放課後戦線/魔科不死戯アンダーナイト   作:果汁飲料撲滅委員会名誉顧問

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6 フーダニットはわからない

 

 そして、翌日の夜。

 

 アシェラからの指令通り、少ない手がかりを元に過去の陰惨な事件について必死で調べ物をした。気分の良い作業ではなかったがあの訳の分からない状況に関わることなのだと思うと、無視するわけにもいかない。

 

 指定された時間は夜の10時。

 場所は前と同じ、駅前の洒落たカフェだった。こんな時間に高校生が一人でうろつくのは褒められたものではないが命令とあれば仕方ない。

 店のドアを開けると昼間の喧騒が嘘のように、店内は静かで落ち着いた雰囲気に包まれていた。

 

 店内を見回せば、すぐに見つけた。窓際の少し奥まったテーブル。アシェラは一人、文庫本を開きながら静かにコーヒーカップを傾けていた。

 テーブルランプの柔らかな光が彼女の銀髪を照らし、昼間や戦闘中の彼女とはまるで別人のようで神秘的に見えた。普段の無茶苦茶な行動や、人をからかうような笑みが嘘のようだ。

 

 テーブルに近づくとアシェラは読んでいた本から顔を上げた。特に驚いた様子もなく、ただ静かに俺を見つめる。

 

「来たわね」

「まあな」

 

 彼女の向かいの席に腰を下ろした。さて、と彼女に「早く頼め」と言わんばかりに突き出されたメニューに向き直る。昨日のリベンジにコーヒーを頼もうとメニューを指差す。

 

「えっと、ホットコーヒーを……」

「待ちなさい」

 

 言葉を遮ったのはアシェラだった。彼女はメニューの一点を指さしながら店員に、そして俺に告げる。

 

「まさか懲りてないとはね。飲むならアンタにはそっちじゃないわ……こっちのブレンドにしておきなさい。彼にはこれを」

 

 などと反論を挟む前に決められるが、店員さんは「かしこまりました」と頷いて去っていく。

 

「な、なんだよ。勝手に……」

「どうせまた苦いって顔するのはわかってるんだから。それならこっちの方が飲みやすいはずよ」

 

 内心を見透かしたようなアシェラの言葉に、ぐっと詰まる。確かにあの苦さはトラウマレベルだ。

 勧められたブレンドコーヒーが、やがて俺の前に置かれた。見た目は昨日のものと変わらない。恐る恐る、カップに口をつける。

 

 ……苦っ!

 

 やっぱり苦いじゃないか。思わず顔をしかめると、アシェラがまた小さく笑った気配がした。

 だがその苦さの後ろに違う何かがある気がした。ただ苦いだけじゃない。鼻に抜ける香りや舌の奥に残る、複雑な深み。

 よく分からないが、少なくとも昨日のよりは格段に飲める。少しだけ驚きながら、もう一口そのコーヒーを味わった。

 

「さて、と」

 

 新しいコーヒーの味を吟味していると、アシェラがカップをソーサーに静かに置いた。仕事の話に戻る、という合図だろう。

 

「例の件……『赤マント』について、何か分かった?」

 

 低い声で、彼女は切り出した。その名前を聞くだけで、調査中に目にした陰惨な情報が蘇り、気分が重くなる。

 

「ああ……」

 

 カップを置き、スマホのメモを開く。画面に並ぶのは、お世辞にも見たいとは言えない文字列ばかりだ。

 

「連続児童殺人事件……それがきっかけで出回った都市伝説」

 

 声を少し落として続けた。

 

「ここ最近で3件。被害者は全員遺体で発見されてる。共通してるのは家を抜け出して深夜に公園とかで遊んでた、いわゆる『悪ガキ』だったってことと……それから死因。何か鋭いもので、全身をめちゃくちゃに切り刻まれたことによる失血死、らしい」

 

 子供が子供をターゲットにして、惨殺している。その事実だけで十分に異常だった。

 

「それで……一番引っかかるのが」

 

 最も奇妙な点を付け加える。

 

「この最初の『殺人』事件が起こる、ほんの少し前にさ。近くの総合病院から入院してた子供が一人、忽然と姿を消してるんだ。二件目、三件目の前にも、同じような子供の失踪がないか調べたけど……今のところ確認されてるのは、その子だけだ」

 

 行方不明になった入院中の子供。直後から始まった悪ガキだけを狙った連続猟奇殺人。犯人と噂されている、血濡れた外套で飛び回る『赤マント』。

 

 行方不明の子供がD細胞の影響で『赤マント』という化け物になって、子供を襲っている。

 吐き気を覚えた。人の形を失った化け物の『元』が人間だということは、もう嫌というほど理解させられた。だが、それでも、この筋書きはあまりにも……。

 

 こんな事件が、この街で立て続けに起こっている。だからこそずっと心のどこかで感じていた疑問がある。

 

「なあ、アシェラ」

 

 彼女が俺を見る。その深紅の瞳は、やはり底が見えない。

 

「廃工場でも競技場でも言ってたよな。『この街はおかしい』って」

 

 彼女の目を真っ直ぐに見据える。

 

「なんでなんだ? 具体的に、何がおかしいんだ? この街は、そんなに他の場所と違うのか?」

 

 短期間にあまりにも多くの異常が集中しているこの街。その理由を、彼女なら知っているのではないか。答えを固唾を飲んで待っていた。

 

 核心に迫ろうとする問いかけにアシェラは一瞬だけ目を細め、それからふっと苦笑のようなものを漏らした。

 

「……本当に詮索が好きねぇ、アンタは。自分の身が危うくなるかもしれないって、まだ分かってないのかしら」

 

 彼女は冷めかけたであろうコーヒーカップに口をつけ、一息ついてから続けた。声には呆れとほんの少しの諦めが混じっているように聞こえた。

 

「まあいいわ……ただし、これはあくまで現時点での私の個人的な見解と、断片的な情報からの推測よ。正式な見解というわけじゃないから、そのつもりで聞きなさい」

 

 念を押すように前置きをして彼女はようやく重い口を開いた。

 

「何がおかしいか、ね。……理由は複合的だけど、いくつか明確な異常があるわ」

 

 彼女は指を折りながら、淡々と説明を始める。

 

「第一に、単純に『異常適合者』の発生数がこの波高市(まち)は桁違いに多すぎる。

 第二に、その質。本来異常適合者というのはせいぜいが人の形をかろうじて保っているだけの、不安定で脆い存在なのよ。……なのに、この街で確認される個体は──……」

 

 彼女は俺を見る。

 

「口裂け女もどき、爪男……特殊な方向へ『進化』したかのような見たこともないタイプばかり。過去にいなかったこともないけれど、せいぜいがこの前の巨人とほとんど同ケースよ。こんな局所的なエリアで、短期間にこれだけの多様な『異常』が頻発すること自体が、まず尋常じゃない」

 

 俺は息をのむ。

 

「そして第三に、これが最大の問題だけれど……奴らの性能」

 

 アシェラの声が、わずかに低くなる。

 

「『異常適合者』というのは存在自体が不安定で、常に内側から自壊を続けているはず。だから、安定した適合者である私よりも、本来は明確に性能が低くて当然なの。

 ……なのに、この街の連中は違う。純粋な身体性能(スペック)だけなら私に匹敵するか、あるいは凌駕しかねないレベルを持っている個体が複数いた」

 

 アシェラの瞳に、険しい光が宿る。

 

「何らかの要因……あるいは誰かの明確な意図によって『変異』したD細胞がこの街に限定的にばら撒かれている。それも本来存在しえないはずの、より強力な、あるいは特殊な『進化』を促進する何かが加えられたものが。……これが、私の出した、最悪の仮説よ」

 

 最悪の仮説。超常の力を持つアシェラが口にするからこそ背筋が凍るような言葉だった。

 

「D細胞はね」

 

 彼女は、俺の動揺を見透かすように、静かに続けた。

 

「第一世代が生まれた時点で、既に人類の科学における『技術特異点(シンギュラリティ)』だったの。

 生物の限界を超えた力、あれ以上の『発展』……より強力で安定した細胞を作り出すことはまっとうな科学技術の延長線上だと今後100年は不可能だと結論づけられていた。

 だからこそ、安全性を優先してあえて性能を落とした安定型の『第二世代』が開発された……それでも、完全に安全性が保証されているわけじゃないけどね」

 

 事実だけが淡々と語られる。第一世代は制御不能な奇跡、第二世代は危険性を減らした調整版。ひとまずはそう記憶する。

 

「……なのにこの街では『失敗作』のはずの連中が、未知の『進化』を遂げ、オリジナルの適合者(わたし)に匹敵する性能を見せている。安定性は度外視で、ただ破壊的に強化されたかのような。

 ……これが『おかしい』と言わずして何だと言うの?」

 

 アシェラの言葉はあくまで彼女の「個人的な見解」という形を取ってはいたが、その内容はあまりにも重く恐ろしいものだった。技術的にありえないはずの進化した、あるいは変異したD細胞。それがこの街に意図的に放たれているかもしれない……。

 

 一体、誰が何のために……?

 彼女の説明によって、この街の異常さのほんの一端に触れただけなのかもしれない。それでも、その底知れない闇の深さに改めて言葉を失っていた。

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