月兎大亡命 -A lunatic rabbits lost in fantasy-   作:vespa MDRN

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退屈な生活に刺激を求めて

 月は決して地球に背を向けることはない。だから地上の者は月の裏側で何起こっているのか知る由もない。それは逆も然りなのか……。月の住人達の殆どは日々を暢気に過ごしていた。今日もまた、玉兎達が街道を駆け抜ける。

 

「待ちなさーい!!」

 

 二人のブレザーを着た玉兎が白い耳を揺らしながら、その先の一人の玉兎を追いかける。追いかけられている方の手には一挺のリボルバーが握られていた。

 

「これって沢山ある試作品の一つでしょ? 一個くらい借りてもいいよね〜?」

「借りるって言っても、あんたは返さないでしょーが!」

 

 銃を持つ玉兎は得意げに笑い「よく分かってじゃん♪」と舌を出した。それを目にした追手の玉兎達は顔を真っ赤にして、全力疾走。短いスカートの中から白が見え隠れすることなんて気にも留めない。

 暫くして……。追手を撒いた玉兎は手にした銃をスピンさせながら、また得意げな顔を浮かべる。かなりの距離を走ったのだが、彼女は息を切らしている様子は全くない。

 

緋燕ヒエン〜、また武器を盗んできたの? マジやるじゃん」

 

 名前を呼ばれた紅葉色の髪をした玉兎──緋燕が振り返る。そこには瑠璃色の髪を持つ玉兎が腰に手を当てて立っていた。

 

彗青スイセイ〜! 今回のはマジ凄いよ! 見てよこれ!」

 

 彗青と呼ばれた玉兎は苦笑いをしながら、差し出された拳銃をまじまじと観察する。しかし武器に疎い彼女には旧式のリボルバーにしか見えない。

 

「これって何か古臭くない? 旧式?」

「あ、ごめんごめん。凄いのはこっち」

 

 緋燕はシリンダーから弾薬を取り出して見せる。その形は通常の弾薬とは全く違う。下の部分は一見普通の弾薬なのだが、問題なのは上部だ。先端には弾頭と思わしき画鋲のようなものがある。

 

「何これ? 画鋲を撃ち出すの?」

「も〜彗青はイントレピッドなのに武器に興味なさすぎ〜。これね、APFSDSって呼ばれてるんだけど、地上の技術なんだよね」

「尚更、意味わかんないんだけど。地上の武器を再現するなんて簡単なのに?」

 

 彗青の疑惑の目は更に強まった。地上なんて月の都と比べれば何千年も遅れた文明なのだ。その技術を用いた武器なんて、大したことない。十人の玉兎に聞けば全員がそう答えるだろう。

 

「そーなんだけどね……これ、地上じゃあ戦車砲に使われるんだよ」

「それじゃ、ここまで小型化したのが凄いってこと?」

 

 親指程の弾薬を物珍しげに見ながら彗青がそう答える。すると緋燕は仰々しく「彗青君、当たりです!」と言いながら報酬と言わんばかりのキャンディーを差し出した。この一連の流れを二人はことあるごとに繰り返している。変わらない、いつもの日常の小さな退屈しのぎだ。

 

「でもさぁ、弾が凄いなら銃はいらないんじゃ?」

「いるいる! 専用弾だし、何より──」

「何より?」

「丹精込めて作ったものには価値があるんだよ」

 

 そう言うと緋燕はうっとりした表情でリボルバーに舐めるような視線を送った。彼女の武器オタクは今に始まったことではないが、なかなか理解できずにいた彗青。若干、引きつつも退屈させない人だと彗青は心の中で微笑んだ。

 それから二人は行きつけの食事処へ赴いて、いつもの様に団子とお茶を注文する。

 

「それであの娘、なんて言ったと思う? 黒い獣に襲われた、だよ!? 月に獣がいるわけねーじゃん! ちょいと男らに持ち上げられてるからってかわい子ぶんなよな〜」

 

 彗青がお腹を抱えて笑っていると注文の品がやって来る。しかし余程ツボだったのか彗青はゲラゲラと笑うばかりで手をつけない。呆れた緋燕は一人で団子を食べ始めると、一人の玉兎が彼女らのテーブルに近寄ってくる。

 

「食べないなら貰うよ」

 

 そのハンチング帽を被った玉兎は、手のつけられていない彗青の団子を指差した。それなのに未だ瑠璃色髪の玉兎は笑い続けている。

 

「どうぞ勝手に。この子のことは気にせずに」

「それじゃ遠慮なく」

 

 ハンチングの玉兎が串に連なった団子を一気に平らげる。一瞬すぎて団子が消えたかに思えるほどだった。

 

「それ、あたしの団子なんだけど」

 

 彗青はようやく気づいたようで目の前のハンチング玉兎を睨みつける。だが当の本人は不敵に笑うのみ。今にも喧嘩が始まるのか、そんな雰囲気を醸し出す二人だったが──。

 

「……って鈴瑚かーい」

「ご馳走様でしたー」

 

 鈴瑚と呼ばれた玉兎はハンチング帽のつばを持ち上げてニカっと笑う。拍子抜けした彗青はぐで〜、という音が聞こえそうなくらいに姿勢悪く座った。鈴瑚に借りがある彼女は団子を食べられても文句は言えないのだ。

 

「鈴瑚は今日非番なんだね」

 

 食べ終えた串をきれいに拭きながら緋燕が聞くと「どっちにしても暇なのは変わりないよ〜」と鈴瑚は返しつつ、また団子に手を伸ばす。

 

「ちょっと、こればかりはキツイって。お腹減ってるんだから」

「後で私が作ってあげるからさ〜」

 

 彗青が串団子を掲げて略奪を阻止しようとしたが、彼女は何かに躓いてバランスを崩した。

 

「あ、ヤバ……」

 

 倒れゆく彗青の目には黒髪の玉兎の背が映る。その距離はどんどん近づいていき、接触間際だ。避けて、そんな言葉は過っても声にすることは出来ずに……。

 ごつん。ガラガラ、ガシャン!

 大きな音が団子屋中に響いた。何事かと人だかり……兎だかりが出来る。その視線の先には床に伸びている二人の玉兎がいた。

 

「いててて……ご、ごめ〜ん、あんた大丈夫?」

 

 横たわる黒い長髪に彗青が話しかけるが全く反応がない。生存確認の為に彼女は強めに揺さぶると「痛っ!」という声と共に体がピクリ動く。

 

「あ、生きてた」

「君、怪我はない?」

 

 緋燕が黒髪に近づいて、その体を起こす。玉兎兵のブレザーを着ているから、よっぽど大丈夫だろうと緋燕は思っていたが体を抱えた時に驚愕する。

 

「軽っ! そして細っ!」

「マジ? うっわ〜、羨ましい〜」

 

 二人が黒髪の玉兎の体を触っている間、触られている側は顔面蒼白のままビクビクとしていた。見かねた鈴瑚が大きくため息をつき「それぐらいにしてあげな」と制する。

 彗青達が気づいた頃には黒髪は既に気絶していた。流石にやりすぎたと反省した二人は気を失った玉兎を診療所へと連れていく。だがその間も黒髪の玉兎は体は触られ続けるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「あ。彗青、起きたんじゃない? 瞼が開いた」

「でもさっきは目を開けたまま気絶してたじゃん?」

 

 緋燕と彗青が横になった黒髪玉兎を覗き込む。半開きになった赤い瞳に二人の玉兎が映った途端「ひ、ひぇぇぇ……」と毛布に顔を隠した。しかし長くシワシワな白い耳が外に飛び出したままだ。

 

「あっ、ちょっと隠れないの。さっきはごめんってば〜」

「私も謝るよ。ごめん、君があまりにも華奢すぎて……」

 

 二人が頭を下げると、その背後にもう一人いることに黒髪玉兎は気づいた。兎の耳がなく、背の高い人物。

 

呑柳ドンリュウ様!? 何故ここに?」

「うちの鋭ちゃんが倒れたと聞けば、すぐ飛んでくるのが主人というものでしょう?」

 

 呑柳と呼ばれた女性の月人は微笑みながら手に持った扇子で口元を隠す。どうやら彼女は黒髪玉兎──鋭の主人のようだ。

 

「あんた主人に仕えてるの? ちゃんとご飯は貰ってる?」

 

 心配する彗青に対して呑柳は「ほほほ。無論ですわ」と答えるがとてもそうは思えない。玉兎の中でも比較的高めの身長である彗青と同じ高さである鋭。それなのに体重は非常に軽く、手足は折れてしまいそうなほどに細い。まともな栄養を得られてないのは火を見るより明らかだ。

 

「い、いえ……。呑柳様は、わ、悪くありません……。悪いのは……」

「自分を責めないで。鋭ちゃんを治せない私の責任よ」

 

 先程まで微笑んでいた呑柳の顔は途端に曇る。その険しさ故に、緋燕は何があったのかを尋ねることが出来なかった。しかし彗青は気にせずに「え? ビョーキなの?」と軽い口調で聞いてみる。

 

「ちょっと彗青!?」

「いいの、気になってしまうのは当然よね」

 

 呑柳曰く、鋭の体質は特殊で食べたものがすぐにエネルギーとして消費されてしまうそうだ。故に沢山食べていないと痩せ続けてしまうのだ。とは言え鋭は元来、少食気味な玉兎なので食べ続ける訳にもいかない。そうして彼女は“折れてしまいそう”と言われるほどの痩せ型となったのだ。

 

「あらゆる手を尽くしても原因は不明。私は精神的な要因が絡んでいると考えているわ」

「精神的……ストレスってことかなぁ?」

 

 緋燕は腕を組みながら視線を落とし、思考を巡らせた。対して彗青はすぐに結論が出たようで、すぐさま口を開く。

 

「ここの環境が良くないんじゃ?」

「環境? 月の都が良くないって言うのかしら?」

「そうそう、あたしら玉兎は毎日同じことの繰り返し。そりゃ詰まらなくてストレスも溜まっちゃうし〜」

 

 実際に彗青はこの退屈な日常から飛び出していきたい気持ちでいっぱいだった。一切の変化を拒み、時間が凍りついた月の都は彼女にとって“よくない環境”だったのだ。そういう考え方なら鋭の体質もそれが原因と考えるのは至極真っ当。

 

「だからさ、あたしが鋭を地上に連れていってあげる」

「「「えぇっ!?」」」

 

 突拍子も無い彗青の一言にその場の人物らは一斉に声を上げた。彼女の行動力の高さを重々承知していた緋燕でも、これには驚かされていた。

 

「ちょっとちょっと! 地上に行くったって、許可が無いと」

「こっそり抜け出せば大丈夫でしょ? ほら緋燕はそう言うの得意だし?」

「何で私も行く前提なの!?」

「地上ねぇ……案外良いかもしれないわね」

 

 意外にも呑柳は提案に好感を示している。穢れを嫌う月人なら“地上”という言葉を耳にしただけで顔を歪める筈なのにだ。

 

「呑柳様……ほ、本気なの、ですか?」

「ええ、それに地上には“かつての月の名医”も居るらしいから。彼女に診てもらうのも一つの手、かもしれないわ」

「じゃあ決まりってことで」

 

 彗青の言葉に呑柳はうんうんと頷くのだが、他の二人は違うようだ。緋燕は冷や汗をかいており、鋭はあたりをキョロキョロと見回しながら震えている。

 

「ちょい待ちなって」

「ま、まだ……了承は……」

「何かを変えるには、何かを捨てなきゃいけないって偉人は言っていた!」

 

 キメ顔をしたまま彗青は人差し指を真上へと掲げた。その先に何があるのかと玉兎らは目線を移すが……何も無い天井だった。これだけ仰々しくしておいて指さすものが何もないのは些か格好悪い。玉兎達は勿論の事、月人の呑柳もそう思っていた。

 

「その偉人って誰……?」

「……覚えてない」

 

 そうだろうなぁ、と緋燕はすっ転びそうになった。その様子を見ていた呑柳はまたしても微笑みを扇子で隠す。

 

「面白い兎さんね。度胸も行動力もある。あなたになら鋭ちゃんを任せられるわね」

「ひぇぇ……どうしてこんな事に……」

 

 かくして地上行きの話はトントン拍子で進み、実行の時がやってくる。出所不明の月の羽衣を用意した緋燕は合流地点である“裏”の静かな海へとやって来た。そこでは既に彗青、鋭、呑柳が到着を待っており、海面に映る星を眺めていた。親友の到着を波長で感じ取った彗青は「お疲れ〜」と駆け寄ってくる。

 

「彗青、本当に行くの?」

「当たり前じゃん? 月での生活って退屈だし」

「退屈しのぎで行くってならオススメはしないよ。もしかしたら帰って来れない可能性も……」

「え? 帰るつもりなんてないけど?」

 

 その言葉に緋燕は絶句した。てっきり、ちょっと地上に鋭を送ったら戻るくらいだと思っていたからだ。

 

「マジで言ってるの?」

「あんな何の変化もない場所で朽ちていくのなんて、あたしからすればあり得んし。それなら地上で一発逆転狙ってみたくね、ってなるじゃん?」

 

 彗青はまた指を指した。今度は虚無ではなく、目の前の青い星へと指先は向かっている。その自信満々な表情からして、彼女が何が策を持っているように見えるのだが、大抵は何も考えてはいない。緋燕はそれを分かっているから、大きくため息を零した。

 

(まぁ、痛い目でも見ればすぐに“帰りたい”って言い出すよね……その時は何とかするかぁ)

 

 観念した緋燕は先で待っている玉兎と月人の元へと歩く。二人は遠くで輝く青い星を見つめ、感慨に浸っているようだった。雰囲気を察した緋燕と彗青は少し離れた場所で待っていることにした。

 

「結局、この時が来るまで何もしてあげられなかったわね」

「い、いえ……。こ、こんな私にでも……大切にして下さり……ありがとう、ご、ございます……」

 

 そう言うと鋭のか細い体が、温かなものに包まれた。跳ねるような鼓動を感じた彼女はどうしていいか分からず、そっと瞳を閉じることしか出来ない。

 

「今日限りで貴女との契約は終わり。でも忘れないで。私がいる限り、帰る場所はここにあるって」

 

 穢れを極限までに落とした月人の体はひんやり冷たいと言われている。だが鋭は今、確かに温もりを感じていた。それは物理的なものではなく、心で感じられるものだったから、お互いの体が離れても残っている。

 

「さぁ行って来なさい。強く生きるのよ」

 

 呑柳は振り返り、隠れている玉兎達へ視線を送った。バレバレだったかと観念した彗青達は物陰から出て来て苦笑い。

 

「羽衣は用意できましたのでいつでもいけます」

「なら早い方がいいわね。ここも時期に警備の目が回るわ」

 

 玉兎達は月の羽衣を身に纏い、水の星へと羽ばたいた。彗青はまっすぐ前へを見据える。対して緋燕と鋭は後ろを振り返りそうになった。だが今振り返れば二度と月からは出られないと分かっていたから、やめた。

 

「それで彗青? 何かプランはあるの?」

 

 緋燕は問いかけてみるが、その返答には全く期待していない。大方"成り行きで何とかなるでしょ"と返されるのがオチだと考えていたが、今回は違った。

 

「とりあえず降りたら分かれて行動しようか。あたしら月の住人は地上だと目立つだろうから」

 

 意外な言葉が返ってきて緋燕の耳はピンと立った。彗青らしからぬ合理的且つ慎重な考えに驚かされたのもそうだが、なによりも大事な事は勢いで決めていない事に感心したのだ。その証拠に出会って間もない鋭が頷いており、提案されたプランに同意している。

 

「分かった。何かあったら通信で呼ぶでいいんだね」

「そうそう。あとは複数人で来たことを悟られないようにするくらい? 特に地上にいる月の民にはバレないようにしないと。連れ戻しに来たと思われて殺されるかも」

 

 そう言われた鋭はぎょっとして「そ、そんな人が、ち、地上にいるんですか?!」と歩みを止めた。流石にそんな蛮族ではないと緋燕がフォローを入れるのだが、彗青はそうは思っていないようで昔話を口にした。

 

「知らないの? 大昔にカグヤ姫を迎えに行った月の使者の一人が仲間を皆殺しにしたって話。だから姫は今でも地上にいるし、月の使者を返り討ちにした月人も一緒に居ると思う」

「だから安易な接触は避けるべきってことだね。彗青にしてはいい考えじゃん」

 

 そう言われて彗青は「一言余計なんだけど」と頬を膨らませる。

 そうして玉兎達は暫しの間、地上へとゆっくり落ちていく。地球の重力圏へと差し掛かるのだが月の羽衣はゼロ質量。纏っている者が下方向への引力を感じることはなければ、落下速度も遅いので空気との摩擦も発生せず、高温に晒されることもない。こんな優れたでも月の都では“原始的”や“玉兎しか使わない”と揶揄されるのだ。

 

「地上が見えて来たんじゃない?」

 

 緋燕は青く生い茂る地表を指差した。それはどこまでも続いており、地上が生命の星と呼ばれる所以である。同時に月人に穢れの星とも表現されてしまうのも、玉兎達は納得したのだった。

 

「そんじゃ、散開しよっか。今度会う時はお互い、地上の兎ってことで! 鋭、少ししたら一緒に医者を探そうねー」

 

 彗青は手を振って飛行コースを変える。向かう先は鬱蒼とした森だ。

 残された二人の間に言葉は交わされない。しかし、鋭が頑張って作った笑みを向けてくるので、緋燕も微笑み返した。

 そうして三羽の玉兎はそれぞれ別の道を進み始める。新たな地、幻想郷で……。

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