白衣の戦士   作:海野ミウ

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3.緑──軽症

 

 断っておくがトラファルガー・ローは暇ではないし馬鹿でもない。

 

 彼は自分が海賊かつ賞金首である意味を理解しているし、賞金首が一般市民にどう思われるかを知っている。

 しかし彼はついこの間まで商船だった船で偉大なる航路(グランドライン)に入る無茶も理解していたし、海賊にとって拠点の存在にどれほど利があるかも知っていた。

 総合的な検討の結果、彼らハートの海賊団はに燦然と光り輝く〝医学と黄金の島〟、アイスクレピアに戻ってきていた。決して再び漂着したわけではなく、自らの意思で。

 

 この国は豊かだ。人口は多く、食べ物は豊富で、酒は美味い。医学の島とはいえ観光客を含む外部の人間も大量に流入し、また大量に出ていく。約一ヶ月暮らした勘と経験もある。海賊まるだしの振舞いさえしなければ、そして中心エリアに近づかなければ、物資の補給と息抜きを行うにはかなり適した土地だった。

 船長が馬鹿ではないのだからクルーもそうだ。賞金首たるローが別行動をしていなければ、よほどのことがない限り怪しまれまい。元々警邏がそれほど厳しくないのを知っている。

 

 そんなわけでひとり気ままに島を散策していたローは、ふと思い立って島の西端に向かった。彼らが船をつけた正規の港は東の端にあるから、小さくはない島を横断する形になる。

 前回は船の購入金を支払いに戻ってきただけで時間もなかったうえ、途中でうっかり病人を拾ってしまって面倒ごとに巻き込まれたものだから、あと少しのところで目的地まで行けなかったのだ。

 難破するまでハートの一味と苦楽をともにした船の(むくろ)が、西の海岸にはそびえ立っている。

 

 はずだった。

 

「……は?」

 

 ローは唖然と海岸を眺め渡した。

 それなりに大きな船が漂着していたはずの現場には木の一片すら残っていない。かろうじてなにか巨大なものがあったとおぼしき窪みがあるだけだ。

 場所を間違えたかと周囲を確認したが、波の様子からして砂浜と呼べる地形はここにしかないようだ。

 

 跡形もない。彼らの船が。まさか盗まれたとでも言うのだろうか。嵐と戦闘に揉まれてぼろぼろの、価値あるものはみな持ち出されたあとの廃墟が?

 

「……」

 

 ローはしばらく逡巡したのち、事情を聞き出せそうな人物を探すことにした。まともに話ができそうな人間の心当たりはひとりしかない。

 村外れの小さな診療所の、その裏口から中の気配を探る。素人の気配がひとつ。既に夕刻に近いがあの女は在室のようだ。

 まあ彼は海賊なので遠慮する必要もない。裏口の戸を押すと若干がたついたが普通に開いた。気配を頼りに古ぼけた建物を歩く。

 

「おい。……おい、おい」

 

 結構大きな音を立てたというのに女医は手元の紙束に何やら書き込む姿勢から動かない。手元が影になるように立ってやったがそれでもまだこっちを見ない。

 しばらく待ってしびれを切らしたローは『鬼哭』の鞘尻でテーブルを軽く叩いた。

 

「おい。内科屋」

「……ん? え、何⁉」

 

 女は椅子から数センチ飛び上がった。……気づいていなかっただけか。

 

「な、な、なんの御用でしょう⁉ っていうかなんでいるのよ⁉」

「海賊が航路の途中の島に寄ってそんなにおかしいか?」

 

 言いたいことはわかるが適当に濁しておく。

 

「そんなことより一つ聞きたい。海岸に漂着してた船はわかるな」

「……トラファルガーさんたちが乗ってきた船ですね。あれが何か?」

「跡形もなかったんだが何か知ってるか」

「あ……ああ」

 

 女はなんだそんなことかみたいな顔をした。

 

「村のみなさんが持っていったんでしょう。怖い海賊がいなくなったので」

「……『持っていった』?」

 

 あのデカいのを?

 反射で聞き返したローがきちんと考えを巡らせる前に答えがあった。

 

「まさか丸ごと持っていくわけがないでしょう。中身も含めて解体したはずです。木材や帆布は貴重ですからね。……そういえばジェスタさん家の雨漏りが直ってたっけ……」

 

 それは当然、まるごとどこぞへ引っ張っていけたわけはない。咄嗟に思い至れなかったことに彼はやや渋面になった。

 だが女は何か勘違いをしたらしい。こちらを見上げる表情が固くなる。

 

「その、今から返還というのは……難しいと思いますよ。怒らないでいただけると」

「そういうことならいい。使えるものは全部持ち出した」

 

 ローは首を振ってみせた。多少喪失感はあるがキレるほどではない。純粋にからくりに興味があっただけだ。

 そうですか、と女医は隈のある目元を和らげて、書き込んでいた紙──帳簿か何かだ──に向き直った。

 

「他に何か? 急患ですか?」

「いや。邪魔したな」

「お大事に」

 

 ローは侵入したのと同じ戸口から外へ出る。歪んで閉まりきらない扉を力を込めて戸枠に押し込んだ。

 ……漂着船がシロアリに食われたかのように消える治安で、この防犯レベルは大丈夫なのか? と彼は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら例の海賊たちはまた戻ってきたらしい。

 船長が押しかけてきたのを皮切りに、数日にわたって見覚えのある顔を何人か見た。噂を聞くに、せっかく寄ったから顔を出しにきた、らしい。一味はみなの警戒も気にせずグイグイ来て勝手に作業を手伝って勝手に帰ったとも聞いた。

 

「久しぶり先生! なんか手伝うことある?」

 

 訂正、帰ってない。

 女医は突然やってきたペンギン帽の男をまじまじと見つめた。目元は陰になって見えないが、口元だけでも朗らかな笑みがわかる。

 

「……いえ、ありませんよ」

「おれたち船長に仕込まれてるから作業ちょっとわかるよ? いつも忙しいんだろ」

「『仕込まれてる』?」

「うちの船長医者だから」

 

 クルーまで教育しているとは恐れ入った。

 彼女は肩をすくめた。

 

「だとしても、島の外の人には預けられません。ごめんなさいね」

「あそう?」

 

 幸いペンギン頭はあっさり退いた。代わりとばかりに持っていた包みをテーブルに置く。

 

「じゃあこの土産だけ置いてくわ。前は余裕なくて世話んなったお礼できなかったからさ。じゃあな先生! 倒れんなよ」

「……」

 

 あっという間にいなくなった海賊の手下を呆然と見送ってから、女医はそっと包みを手にとってみた。ずっしりと重量があって、置き直すとごつりと硬い音がする。瓶──たぶん酒。

 

「……こんなに?」

 

 

 

 その晩。

 

「おい」

「うひゃっ」

 

 院内を掃除中に海賊が裏口から現れたので女医は思わず手に持っていたものを投げた。

 トラファルガーは足元に転がった箒を一瞥して拾いあげる。

 

「……武器のつもりか?」

「ち、違います。びっくりしただけ」

「……」

 

 ため息と共に押し付けられたのは箒と、……包み?

 女医は思わず表情を繕うことも忘れて男を見上げた。

 

「これは……」

「ここにいた間世話になった。告げ口もしなかったようだからな、そのぶんの色もつけた礼だ」

「……」

 

 女医はあんぐり口を開けたまま三回瞬きをして、それから吹き出した。

 トラファルガーの不機嫌そうな声が降ってくる。

 

「……なんだ」

「だ、だって、あ、あんたち律儀で、海賊なのに」

「はァ……?」

 

 愛想笑い以外で笑ったのは久しぶりかもしれない。彼女は手振りで居住スペースまで海賊を招いた。

 

「だからなんだ──あ」

 

 『あ』。

 その呟きすら間抜けに聞こえて、女医は腹を抱えて笑い転げた。どこかスイッチが入ってしまってオフにできない。疲れているので。

 

 居住スペースは全体的に雑然としているが、片付けられていないからこそ昼間に届けられたあの包みがまだそのまま置いてある。

 海賊が、報連相もできないうえに上も下も律儀にお世話になりましたのプレゼント! 北の海(ノースブルー)いちの極悪海賊が!

 トラファルガーの顔を伺うと最上級の仏頂面でこれまた面白い。

 

 いい加減酸欠になってきた女医はなんとか息を落ち着けて、まだ笑い含みの声で喋った。

 

「はぁ、ええ、見ての通りです。お礼ならペンギンの人に既にいただいてていて……うふふ」

 

 そういえば先に貰ったほうの中身に瓶があった気がする。外装をほどいて確かめると、燻製の肉やチーズに混ざってやはり酒瓶があった。それも二本。彼女はそれを男に差し出す。

 

「こういうわけですから、あまりお気になさらないで。それから残念ですけど私お酒飲まないので、これお返しします。トラファルガーさんも海賊ならお酒お好きでしょう?」

「馬鹿言え。手下がやったはずのもんおれが持って帰ったら面子がねェよ」

「でも私本当に飲みませんから。消毒に使える度数でもないですし」

 

 何度か蒸留してやれば話は別だが、そんな道楽をしている暇はない。

 三白眼がじろりとこちらを睨んだ。

 

「じゃあ何か、ここで飲み干していけとでも?」

「なるほど。どうぞ?」

 

 バカなのかこいつは? とトラファルガーはでかでかと顔に書いた。

 女医はまた笑う。

 

「野外に放り出すのもどうかと思いますし。仕事があるのでお構いはできませんし、散らかってますけど」

「お前……」

 

 彼はしばらく珍生物でも見たかのように沈黙して、それからがりがり頭を掻いた。酒瓶をもぎ取るように持っていかれる。

 

「……もうそんだけ笑ってくれやがったんだからローでいい。敬語もいらねェ。お前もうおれたちにビビる気ないだろ」

「あら、じゃあ遠慮なく」

 

 女医はお言葉に甘えて速攻でタメ口を利いた。確かに相手は信頼を築くべき患者ではなく海賊で、彼女は出奔以来気が強いほうだ。

 

「治療費も踏み倒さない、急患を運んで手伝いまでしてくれる、おまけに船長もクルーもお礼までしてくれるような海賊、そりゃあ全然怖くないに決まってるじゃない」

 

 睨まれたが本当に自業自得だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生また海賊が……」

「まあまあ、ひどくされたことはないんでしょう?」

「そうは言ってもさ……」

「海賊に奪われるようなものもないですし?」

「そりゃちげぇねえ! 絞り取るもんもねェや! アッハッハッハ‼」

「色々手伝ってくれるって聞きましたよ。うまくすれば島の外のものが密輸できたりして」

「そうさな……まあ高潮か何かと思ってなんとかしていくしかねえやな」

 

「……」

「うわっ聞いてたの⁉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、急患だ」

「……いつから⁉ あたし今帰ってきたんだけど⁉」

「居なかったから勝手に処置した。今は安定してる。これは使った物品のリスト、経過まとめたのはこれ。カルテは見てないから安心しろ、おれはあいつの名前も知らねェよ。じゃあな」

「……あ、ありがとう……じゃあね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔するぜ。うちのクルーもしばらく顔を見せるだろう。予告だけしておく」

「久しぶり。そういう報告は村長にしたほうがいいんじゃないの?」

「知るかよ。じゃあな」

「仲間の人たちはいつも手土産持ってきてくれるんですってね。みんなが楽しみにしてたわ」

「……それこそ知るかよ」

「むしろ知ってなさいよ船長でしょ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生! 海賊がッ!」

「! まさかとうとう狼藉を」

「頭切って血だらけだ‼」

「……あらまあ。たくさん血が出てますね」

「先生……これくらい大丈夫だって言ってるのに聞いてもらえなくて……うちのキャプテン医者だし、あとで診てもらうからさ。な?」

「血だらけの人来ちゃったのに追い返せません。はいちょっと縫いますよ」

 

「おい」

「あらこんばんは」

「……うちのクルーが世話になったな。縫い目が綺麗で助かった。やる」

「……ふ、ふふふふふ……あはっ……」

「笑うなコラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

「どうも。毎度律儀ね。……いつまでいるの?」

「三日後に出航する」

「そう。コーヒーでも飲む?」

「……この泥水を?」

「失礼ねちゃんとカフェインよ。……じゃなくて、コーヒーよ」

 

 

 




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