白衣の戦士   作:海野ミウ

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今回は2話投稿しています。これは2話目。


4.白──非緊急

「……ん…………うわっ⁉」

 

 目が覚めると目の前にローの顔があった。

 

「悪いな。起こすつもりはなかったんだが」

 

 彼は淡々と言って、どこか引いた目でこちらを見た。

 

「……念のため聞くが、身体は動くか? 痺れは? 視野に欠けは?」

「ないわよ……」

 

 女医は身体を起こしながら答えた。一緒にローが曲げていた腰と膝を伸ばして、ひとまずパーソナルスペースは確保される。

 外科医がその質問をしたのは彼女がソファで寝ていた──というかどちらかと言えば引っかかって、四分の三くらい床に落ちた状態で寝落ちしていたからだろう。そりゃあそんな人間を見たら彼女だって脳出血か何かを疑う。

 女はまだぼんやりする頭を振って状況の把握に努めた。

 

「あー……ごめんなさいね、あたし手術(オペ)帰りで」

「見ればわかる。それをなんとかしてこい」

「ええ? ……うわあ……」

 

 周囲を見ると血液がこびりついたままの手術(オペ)器具が散乱している。抱えていた道具を取り落とすレベルの激烈な寝落ちをしたらしい。ソファがあってよかった。頭を打っていたらさっきのローの心配が現実になっていたかもしれない。

 

「うーん……」

 

 女医は散乱した道具やら術衣やらをもたもたかき集めて立ち上がった。腕の中の金属が日光を反射してきらめいている。帰ってきたのが明け方だったように思うから……寝落ちていたのは三時間ほどか。わりとよく寝てしまった。

 道具類を一旦まとめて置いて、井戸から桶に水を汲む。重たい。

 ローは中に留まったまま手伝う素振りを見せなかったが、女は気にしなかった。元々独りで切り盛りしているのだ。数週に一度しかやってこない海賊をあてになどできないし、しない。

 

 トラファルガー・ローと出会ってから、そろそろ一年になるだろうか。

 彼らは村に害をもたらさなかったし、定期的に顔を出した。そして彼は医者で、彼女も医者だった。あとこの男がちょっと海賊とは思えぬほど律儀だった。なし崩し的に親しくなってしまったのは当然と言える。

 

「転ぶなよ」

「心配どうも。よいしょ……」

 

 小さな容器に移した水で鋏や鉗子を洗う。汚れは雑菌のもと、雑菌は感染症のもとだ。

 興味深そうに道具を眺めていたローから声が降ってくる。

 

「……骨折の手術(オペ)か? お前内科だろ」

 

 道具を見れば手術(オペ)の種類がわかる。特に骨折の手術(オペ)はノミやらネジやらボルトやら、DIYじみた器具が並ぶのでわかりやすい。

 

「脛骨の開放骨折整復術。あたしに医者がいないんだからやるしかないでしょ」

 

 基本的に女医は内臓の手術(オペ)はしない。手術(オペ)に至るまで体力の保たない患者か、この村にやってきた時点で彼女の手には負えないかのどちらかだからだ。薬でなんとか誤魔化していくことになる。

 

 だが骨折は違う。ほとんどの場合手足の骨折は致命傷にはならないが、適切に処置をしなければ動けなくなってしまう。そしてこの村に働けない者が生きていく道はない。開放骨折(とびでちゃったやつ)など手術適用の最たるものだ。だから女医が夜なべして骨をしまってくっつけて固定せざるを得ない。

 今回はそれが脛骨──いわゆる「弁慶の泣き所」の骨だったというわけだ。脛は骨が浅いので皮膚を突き破ってしまいやすい。

 

「うーん落ちない……」

 

 金属の汚れは落ちたが術衣のが落ちない。布なので。

 目をしょぼしょぼさせながら作業をする様子を、ローは無言で見下ろしていた。別に手伝ってほしいとは思わないが会話のネタくらい提供してくれてもいいのではないか。

 

 まあなんとか許せるかな、程度まで汚れが落ちたところで彼女は立ち上がった。再利用を繰り返した術衣には元々染みが多く、まっさらにするのはとうに諦めている。

 布は干して道具は中へ持ち帰る。専用の一角へ置いて女医は指を振った。

 

「〝Theatre(シアタ)〟」

 

 濡れた器具を覆う球状の力場。

 

「〝滅菌(ステラリゼーション)〟」

 

 頭は痛いし疲れるがこれをサボるわけにはいかない。

 ため息をついて踵を返す。さすがに手術(オペ)明けは急患以外の診療をお休みさせてもらっている。もう少し寝ようか。

 

「……おい今のなんだ?」

「何って……〝オペオペ〟でもできるでしょ? 放射線滅菌」

「できるわけねェだろ……?」

「えっ」

 

 女医は一瞬疲れと眠気を忘れて海賊を振り仰いだ。

 

「あんた手からガンマ線出せないの⁉」

「手から出てんのか危ねェな⁉」

 

 正確には、手から『も』ガンマ線が出る。

 要は〝処置室〟の中ならどこでもいいのだ。今は自分が力場の中にいないだけ。

 彼女は──〝ジュツジュツの実〟は〝オペオペ〟の下位互換のはずだが、話を聞くにローはできないらしい。一年越しの衝撃の事実。

 

「あたしでもあんたに勝てるところあるのね……」

「おれはROOMから離れるのもできねェよ。互換とは言うが悪魔の実なんだ、独自の強みはあるってことか……」

 

 周りに能力者などいないのでわからなかった。

 女医はうまく開かなくなってきた目を顔面ごと揉んだ。

 

「すごく……すごく面白そうな気配の話なんだけど……さすがにもうちょっと寝るわね……」

 

 学生時代ならともかくもうあまり無理がきかない。せめてあと二時間くらいは寝たい。

 

「……ベッドは使える状態なのか?」

「大丈夫よ……」

 

 多少のものは下敷きにして寝る。

 

「今日はさすがに外来と往診は休みだから心配しないで。救急が来るか二時間したら起こして。それじゃ」

「フン……」

 

 よし、あの返事は八割了承だ。

 女医はふらふらベッドへ向かった。途中で白衣を脱ぐくらいの理性はあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生ー、せんせぇー⁉ 困ったなぁ……」

「今日は休診だとよ」

 

 診療所の前で盛んに大声をあげる老爺に向かって、ローはそう告げてやった。

 表口のドアにはそのへんから発掘してきた「本日休診」の札がきっちり掛かっているが、まあ老人というのは注意力に欠けがちなものである。大目に見てやろう。

 

 ここの主が気絶してから一時間半ほど経つ。時刻はまだ午前だ。ローも適当にソファを借りて仮眠を取っていたが、この老人がしつこいものだから起きてしまった。

 

「お前さんあれだろ、海賊の人じゃねえか」

「それが?」

「おれァ海賊の人じゃァなくて先生に用があんだよ。先生ー!」

 

 人の話を聞かないうえに肝が太い。ローは呆れて語気を強くした。

 

「だから今日は休みだと言ってる! それとも緊急か?」

「おお緊急なんだよ!」

「どう緊急なんだ」

 

 急患ならあの女を叩き起こさねばならない。ローは顔をしかめた。

 老人は持った杖を大げさに振り回した。

 

「おれが薬を貰う日なんだ!」

「ハァ? ンなもん明日でいいだろうがよ」

 

 見たところ老人は元気だ。物言い的にも今日処方すべき薬剤などあるとは思えない。

 

「日付なんか間違っちゃいねえよ、前回貰ったのが先月のこの日なんだ、ほら、ほら、な?」

「あ?」

 

 老人が突きつけてきたのはどうやら処方薬の袋だ。先月の日付と、三十日ぶんという手書きの細い文字。計算すれば今日がちょうど四週で二十八日目になる。

 なるほど老人の妄言というわけだ。別にこの村の医者ではないローはあからさまな態度を崩さなかった。

 

「それからひいふうみの四週目で、今日が薬の日だよ! な? な? おれだって暦くらい数えられらあ、馬鹿にすんじゃねえよ!」

「……」

 

 話が全く通じない。海賊は一旦頭の重みに任せて天を向いて、それから帽子を引き下ろして、老人に背を向けた。

 

「今日は、休みだ。明日来い」

「ああ困ったな、先生ー‼」

 

 閉じた戸をドンドン叩く音さえする。このままこじ開けられるんじゃないかと思った彼は、戸を背中で押さえたまま吐き捨てた。

 

「ああ畜生うるせェなクソジジイ……!」

「あのねえ、うちの村の人をそんな風に呼ばないでくれる?」

「は⁉」

 

 帽子のつばを押し上げると痩せて顔色の悪い女がこちらを睨んでいた。頬に無惨なシーツの痕がついている。

 

「この声は……マボットさんね。こないだ薬調達してきたから……」

 

 女医は一旦奥に引っ込むと、さっき老人が見せてきたのと同じような紙袋を持って戻ってきた。『三十日ぶん』。

 

「ほらそこどいて。バリケードじゃないんだから」

「……」

 

 ローを半ば押しのけるようにして女は外へ出ていく。それで大声が──もうほとんど怒鳴り散らしていると言っていいありさまだった──やっと止んだ。

 

「先生! おれ呼んだんだけどよ」

「ええ気づかなくてごめんなさいね。お変わりないですか?」

「ないない。これトマトだ、な? 先生にやるよ」

「まあどうもありがとう。じゃあこれ、いつものお薬です。先にお渡ししますね。悪いんだけど明日もう一回来てくれますか? そのときちゃんと診察をしましょう」

「おうとも、わかったよ」

 

 お大事に、という声を最後に彼女は中へ戻ってくる。同時に老人の気配も遠ざかっていった。

 女はローを見上げて苦笑する。

 

「よしなさいよ、顔怖いわよ」

「目付きが悪いのは元からだ」

 

 彼女は肩をすくめた。

 

「……あの人ね、悪い人じゃないのよ。症状はコントロールできてるし、薬の服用も受取も忘れないしね。ただちょっと融通が効かないだけ」

「……あれはちょっとか?」

「ええ、ちょっとよ。ふぁ……」

 

 女はきっぱり言い切った後に欠伸をした。二時間より早く起きたことになるが、寝る前よりは多少まともな顔色をしている。

 

「まあ店番にはお礼を言っておくわ。今回はいつまでいるの?」

「明日には発つ」

「この国で他に用事は?」

「ねェよ。ここで医療品買うと渋られるしな」

「そりゃあそんなもの買わずにここで病気になってほしいものね……」

 

 〝医学と黄金の島〟は基本的にがめつい。〝黄金〟の二つ名の意味するところは貴金属ではなく、直球で金銭だ。

 

「じゃあちょっとお喋りに付き合ってよ。あたしも久しぶりの休みで、今日は出かけなくて済みそうだし」

「『お喋り』?」

 

 ローは片眉を上げた。確かに付き合いは長いがはっきり誘われるのは初めてだ。

 

「なによその顔は」

 

 女は目尻を崩して笑った。

 

「さっき能力のことで面白そうな話題があったでしょ!」

 

 

 手からガンマ線が出る物騒な女が目の前でロールサンドを頬張っている。

 ローはこいつと違って能力を主に戦闘に使うため、放射線が出せるかどうかなど考えたこともなかった。

 いくら医者同士でも能力のことを論理的に説明するのは難しい。女医も「検証したことないけどたぶんガンマ線だと思う」などと曖昧なことを言っていた。

 

 食事と事務処理を並行している行儀の悪い内科医が問題提起をする。

 

「それであんたはそもそも何ができるんだっけ?」

「〝ROOM〟」

 

 ひとまずリビングを包む程度の小規模な〝手術室〟を張る。この部屋は主が多忙なせいで常にものが散らばっており、デモンストレーション用の小物に困ることはない。彼は掌を掲げた。

 

「〝シャンブルズ〟、──〝タクト〟。基本はこうだな」

「えっ、便利ー!」

「こっち見て言えバカ」

 

 女医はあれこれ書類を参照したり書き込んだり算盤(そろばん)を弾いて計算したりと、手元しか見ていない。

 適当にあしらわれたと思ったローはやや鼻白んだ。

 

「違うわよ。もの動かすくらいならあたしもできるけど──〝タクト〟」

「……、ん?」

 

 ローが適当に操った注射器の制御権が女医に移る。掌の上で控えめに宙返りした動きがそれだ。彼は怪訝な顔を抑えられなかった。

 

 今こいつサークル展開省略したか?

 

 〝オペオペ〟と〝ジュツジュツ〟はよく似ている。この島に限っては、戦闘をメインに使うローよりも診療に割いている女医のほうが能力を使う機会は多いから、もちろん〝ジュツジュツ〟の能力展開の手順も知っている。

 それがなかったということは、そして『下位互換』ということは。

 

「……つまり、お前、おれのROOM勝手に使ったか?」

 

 もし海賊同士だったら相性が最悪だったな、と彼は若干顔を引き攣らせた。

 

「うーん、なんかこれ共同利用可? みたいね?」

 

 女の細い指の動きに合わせて注射器が踊る。ついでにローの頭から爪先までを〝スキャン〟の光が通り抜けていった。その間も彼女はこちらを見ない。

 〝ROOM〟の中の空間を、彼は──今判明した仕様によると彼らは、物体の位置などと共に把握することができる。〝タクト〟や〝シャンブルズ〟の前提となるパッシブ能力だ。

 要は、女医はローと同じようにこのサークルの中で起こったことを余さず把握できていて、それゆえに手間を惜しんで顔を上げないのだと、そういうことのようだ。

 

「えっこれ全然疲れないんだけど」

「代わりにおれの体力使ってる」

「え、ご、ごめん……」

 

 書類に向き合いながらも機嫌のよさそうだった女は、一転して申し訳なさそうに首をすくめた。

 

「これでどうこうなるほどやわじゃねェよ。……そうだな、だが……」

 

 ローは席を立った。座った女の背後に回って柔らかく肩を叩く。

 

「申し訳ないと思うなら代わりにお前の心臓を貰おうか」

「いいわよ。……えっ?」

「……お前な、話聞いてるか?」

 

 まあ冗談の範疇だからいいのだが、仮にも海賊を相手にこの警戒心のなさはいかがなものか。

 外科医は華奢な女の背中に手刀を向けた。手加減してやれば軽い衝撃くらいで済むはずだ。

 

「〝メス〟」

「ん、……あら? え⁉」

 

 そこで初めて女医は作業を中断して顔をこちらに向けた。掌を当てた左胸には四角い穴。

 ローはにやりと笑って手の中のものを投げ渡してやる。

 

「やるよ」

「……っ、」

 

 脈打つ心臓。彼が何度となく奪ってきた海賊どものそれと比べれば一回り小さいか。心臓の大きさは運動量と体重に影響されるから当然だろう。

 女は目を見開いて息を吸った。

 

「……すっごい! 便利ねこれ! 全然痛くない……っていうか動いてる! えっこれ本物……うぐふぅ」

「バカ……」

 

 自分の心臓を弄り倒した結果刺激で撃沈したバカがひとり。大動脈に指を突っ込むな死ぬぞ。

 女医の不摂生さも鑑みて安全性が不安になったローは、テーブルに突っ伏した背中に早々に心臓を押し込んだ。スプラッタでビビるとは思わないが医者が自滅するとも思うものか。

 

「人体解体ショーもできるんだが見るか」

「……りゅ、う、ごほっ、流血は?」

「無い」

「! やってやって」

「〝切断(アンピュテート)〟」

「わぁ! 正直オペのことなんだと思ってるのって感じだけど本当に便利ね! ここ肝臓の輪切り……いぃっ⁉」

「だからなんで自分の断面にそう勢いよく手を突っ込むんだお前は……」

 

 ──そうやって。

 バカみたいな、停滞した日々が続くはずはないと、本当はわかっていた。




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