「おはようございます!」
ペンシルゴンの手伝いからのサンラクによる爆弾メールの被害を受けた翌日、俺は道場の入口で一礼しつつそう言って中へ入った。
「応、今日も早いな遊仁」
「師匠も俺の事言えないじゃん」
道場に着く前に日課の筋トレとランニングを済ませた俺は既に身体を解して準備万端になっている師匠の獅子宮巫堂にそう言った。
「当たり前だ。弟子達を教え導く立場の人間が準備も満足に出来ねぇなんて笑い話にもならねぇんだよ」
「確かにね。準備不足は怪我への最短コースだし師匠その辺徹底してるよね昔からさ」
師匠が開く道場ではあるルールがある。それは『準備運動に必ず1時間』というルールで内容は言葉の通り準備運動を1時間じっくり行えと言う事。これをやらないと型などの基礎練にすら入らせて貰えない(やらずに鍛錬をやろうとすると外へ放り出される)。
行う準備運動の内容は決まっていないが基本的に皆同じ準備運動をする。股割り等の柔軟に始まり道場内のランニング(軽く流す程度の走りで5周ほど)と軽い筋トレ。
関節の柔軟性は怪我の防止に繋がる他、体の可動範囲を広げる事に繋がり心拍を事前に少し上げる事は身体が急な心拍の上昇に驚くのを防ぐ。軽い筋トレも急な筋肉への負担を減らす為に執拗な事で師匠曰く「柔軟等を行うと同時に筋トレをするとしなやかな筋肉になる」らしい。
(そういえば昔『お前にはそう言うのは要らないけどな』って言われたっけ…)
股関節の柔軟をしながら昔に言われた事を思い出す。言葉の意味は今思い出してもよく分からないが師匠の言うことは体感して十二分によくわかっているのでゆっくり時間をかけて準備運動をしていく。
そうこうしているうちにどんどん人数が増えて道場には俺も含めて15人程が集まった。みんな各々準備を進めていき全員の準備運動が終わった後、俺たちは並んで正座し師匠へ一礼する。
そうして道場での1日が始まった。
「遊兄!蹴り技教えて!」
「ずりぃ!俺が最初!」
「私も!」
「あぁ、はいはい、順番順番!」
準備が終わると俺はすぐに小学生達に囲まれてしまった。道場では年齢関係なく幼稚園、保育園の年齢から社会人まで色々な年代が集まる。
そんな中で、他人に技や型を教える事が出来るのは師匠とそれ以外では俺を含めた3人。今日は俺と後1人の指導者が道場にいる。
「あははっ、相変わらず遊仁は人気者だな」
「大変ですよ…」
ちびっこ達に囲まれている俺に笑いそう声をかけてきたのは兄弟子である社会人の
組手になってこの人に崩され攻撃を貰わずに勝つのはかなり難しい。
俺は三弥さんにしか聞こえない声量でそう言いつつわちゃわちゃしているちびっこ達を並ばせて一人一人型を見ていく事にした。
「翔馬、身体もう少し捻った方がいいぞ」
「涼太は少し腰が高い、足をもう少し広げて腰を落とせ。背中は丸めるなよ」
「未帆は拳の位置を高く、そこじゃ相手に上手く当たらない」
空に向かってゆっくりと型を行っていくちびっこ達にそうアドバイスしながら正しい形に直していく。
「遊仁、俺の型も見てくれないか?少し違和感あんだよ」
そうしていると今度は同い年の九重拓磨が声をかけてきた。拓磨は隣町から道場に来ている友達で空手が得意だ。
「おう、いいよ」
俺は拓磨に頷いてそう返し拓磨の型も見ていく。道場では入って2年の間は師匠に教えを受ける。2年は股割りや型を師匠が完全に教える事が出来る大体の期間であり。2年間はそれしかやらない。
そして、それか終わると組手等を少しづつ行う事ができるようになる。そして、師匠に認められると他人に教える事が許可される。
コレは既に師匠の教えの全てを吸収し尚且つ自分の得意を伸ばし始めた人達の役目らしく
『他に自分の言葉で教え己も学べ』
と言うことらしい。
ちなみに拓磨も人に教える事が許された生徒だが自分で言っていたように違和感があったり他から意見が欲しければお互いにこうして協力し合う(三弥さんも教える側)。
「拓磨、足を伸ばすタイミングと腰をひねり切るタイミングがズレてないか?」
俺は拓磨の型を見てそう言い拓磨は何度も型を行うと納得したように頷いた。
「…確かに微妙にズレてるな」
「最近、お前背が伸びたから感覚がズレてるんじゃねぇの?前3cm一気に伸びたって言ってなかったっけ?」
「言った。確かにそうだ、それでかぁ!ありがとな遊仁、少しメニュー変えるわ」
「そうしろ。変なクセ着くと厄介だから」
拓磨は俺の言葉に頷くと俺たちから離れて早速ゆっくりと型の練習に戻った。それを見た俺はちびっこ達の練習に戻りどんどんアドバイスと矯正をしていく。そして、俺自身も教えながら型を行い練習して行く。
そうこうしながら時間は過ぎていき時間は13時になった。
「遊仁、組手しないか?」
少し早く昼を済ませて身体を解していた俺に三弥さんがそう言ってきた。
「いいですよ」
俺は立ち上がってそう応えると組手を行う部屋へと向かう。師匠の持つ道場はかなり広く大部屋と試合や組手を行う部屋に別れている。ここまで大きい道場は京都の剣術家であったあのじいさんの道場くらいだろう。
「おぉっ、遊仁と三弥さんの組手だ!」
「急げ急げ!」
「まだ食い終わってねぇって!」
「ちょっとまってよ!」
俺と三弥さんが移動すると後ろからバタバタと騒がしく声が響き俺たちは思わず笑ってしまう。そして、2人して組手部屋の入口で礼をすると移動して用意されていたヘッドギアを着ける。そして、適度な距離を保って対峙した。
お互いに構える。開始の合図はない。
構えた瞬間から始まり俺たちは間合いを伺いながら動く。壁際には師匠を始め全員が集まり俺たちを見ていた。
そして、三弥さんと俺の距離が縮まりお互いの攻撃圏に入る。その瞬間に俺は速度重視の拳を放つ。ボクシングで言うジャブだ。
しかし、三弥さんは右拳を横から右手を弾くと同時に俺の肘に左腕を当てて来た。拳の弾きと腕の弾きをほぼ同時に喰らう。
しかし、俺は弾かれた右腕でそのまま肘打ちを放つ。しかし、三弥さんは右の掌で肘を受け止めると俺の肩口から左拳を打ってきた。
俺は上を向くように拳を躱すとすぐさま顔を下へ向け顎で三弥さんの左腕を挟む。そして同時に左手で挟んだ腕を掴むと右手で裏拳を放つ。
一瞬の攻防、俺の裏拳は三弥さんの顔に当たる。仰け反った三弥さんに畳み掛ける用に自分の体勢を保ちつつ掴んでいた左腕ごと身体を押す。
裏拳からの押し。三弥さんの体勢が崩れるが三弥さんは腕を振り払うとその力を足へと伝え蹴りに繋げてきた。
無理な体勢からの蹴りだがこれで完全に崩れるような体幹の人ではない。顔に向けて放たれた蹴りを右腕と左掌で受け止めた俺は口角を歪める。
受けた右腕を外から回し全身を下げる。足を取られた三弥さんは体勢が崩れ顔が無防備になる。
崩れた三弥さんの足を軸にして身体を回すとそのまま顔に蹴りを放つ。三弥さんは咄嗟に全身を捻って躱すと立ち上がり中段突きを放ってきた。
俺は左手を腕を掴み身体ごと内側で侵入すると胸に肘打ちを放つ。そして、掴んでいた左手を話すと三弥さんの右肩を抑えつつ肘を打ち込んだ部分に掌底を放つ。
三弥さんは苦しそうにしながらも左横拳を放ってくるがこの間合いなら俺の方が早い。右手で腕を抑えると素早く首に右手刀を打ち込んだ。そして、左横拳をヘッドギア越しに顔へ
俺の拳は三弥さんの顔を撃ち抜き床へと倒した。
「そこまで!」
その瞬間に師匠の声が響き2分程の組手が終わった。
「大丈夫ですか三弥さん!」
「あぁ、大丈夫だ。しっかしやられた」
俺は三弥さんに手を伸ばしてそう言う。三弥さんは俺の手を取ると立上りながらそう応えた。
「遊仁の得意な間合いに入れないようにしてたはずなのに一瞬で入り込まれた。失敗したな」
「それを言うなら一発目を完璧に弾かれた時焦りましたよ。シラットの弾きさすがです。俺が肘打ちしてながらったら顔に打ってきてたでしょ?」
「あぁ、でもそれよりも早く切り返しの肘が来た。相変わらず反応速度がイカれてるな遊仁は」
「その肘も簡単に止められましたけどね。流石です」
一瞬とは言え完壁な防御に体勢を崩しかけられた事にそう言う。三弥さんは「裏拳ですぐに反撃しやっがった癖によく言うぜ」と言って笑い俺から離れた。
そして、俺も移動する。お互い最初に一礼した場所に戻ると再び一礼、これで組手は終わりになった。
「良い組手だったぞ」
すると、師匠が俺達に近寄りそう声をかけてきた。
「三弥は防御から攻撃までのつなぎをもう少し早くした方が良いな。体勢が完璧でなくとも腰の動きで早く鋭い拳打を放てる」
「押忍っ」
「遊仁は初手を取ろうと動くのが早すぎだ。もう少し初手までの駆け引きをしてもいい。だが、受けてから自分の得意に持ち込むまでの繋ぎは見事だ」
「押忍」
師匠の俺たちへのアドバイス。お互いに反省すべき事を頭の中で反芻しつつ消化していく。そして、俺と三弥さんは師匠に一礼してまた部屋の中心に戻ると今度はゆっくりと組手の一連の動きを行う。
そして、師匠に言われた事を復習しながら出来たであろう行動を確かめ合う。その間、組手を見ていた皆は大部屋に戻って練習を再開する。
俺と三弥さんは練習する皆の大きく気合いの入った声を聞きながら復習を続けた。
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夜、道場には俺だけが残っていた。来ていた皆は日が暮れる前には帰り師匠も「腹が減った」と言って朱璃さんの元へと向かった。
俺は道場で型や組手の再現を一人で行いながら技を放っていく。一つ一つ丁寧に可能な限り速く。
そうして一人空に拳と足を放っていく。
「おいっ、まだやるのか?」
すると、師匠が道場の入口に立ってそう言ってきた。
「へ?」
「もう11時過ぎだぞ。いつまでやってる、毎度言うが帰れるうちに帰れよ。一人でもう5時間はやってるぞ」
そう言われて時間を確認すると確かに時計は23時を過ぎており師匠の言う通り既に一人で5時間以上練習をしていた。
「すんません」
俺は師匠に謝りつつ道着を脱ぎ持ってきていたウェアに着替える。
「ったく、昔から変わんねぇな。声掛けてやんねぇと時間忘れてずっと練習してる。その集中力と体力には脱帽だがいい加減自分で気づけるようになれ」
「ははは…やってると感覚なくなっちゃって…」
呆れ顔でそう言ってきた師匠を誤魔化すように笑いそう言う。道場に行く日は毎回このくだりをやっている。まぁ、実際は俺が全く気づかない時の方が多くそういう時は俺が疲れて倒れそのまま寝落ちしてしまっている。
(今日は反応できたな)
昔から変わらない自分に心の中で笑い着替えを済ませる。
「師匠、ありがとうございました!」
そして、俺は師匠に一礼すると道場を後にした。
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「ったく…。相変わらず化け物じみた体力と集中力だ」
俺は道場で最後に帰って行った遊仁を見送ると小さくそう呟いた。毎度毎度、彼奴は誰かが声をかけてやらないとぶっ倒れるまで練習している。
というか声をかけて反応が帰ってくる時の方が少ない。今日はたまたま反応が返ってきた。
「高校生になってもチビの時のまんまだな」
そう言い遊仁が初めてこの道場に来た時を思い出した。まぁ、一言で言うなら「変わった子」それが俺の遊仁に対する第一印象だ。
少し変わった家と言われている「陽務家」の次男坊、母親に手を引かれて双子の兄と一緒にやってきたのは3つの時
見学の為にやってきた遊仁は子供のようにはしゃぐ訳でもなく
そして、次の日。また、次の日と母親とやってくると見学としてずっと俺達を見ていた。母である永華さんが「やらせてもらう?」と言っても遊仁は首を横に振り1週間ずっと俺達を見ていた。
そして、1週間後。遊仁が本格的に習い始めるようになると才能がどんどん花開いて行った。普通、アレくらいの歳の子は型と股割りだけしかやらせて貰えないと文句を言い始める。だが、遊仁だけはそうじゃなかった。ただ、黙々とそれをやり続ける。
そんな遊仁に「技やってみるか?」と試しに聞いてみれば
「怪我するからやらない」
と返ってきた。さも当たり前のように。その時に確信した。この子は感覚で型と股割り等の柔軟の必要性を理解していると
そして、2年が過ぎた頃初めて技をやらせた時の衝撃。
遊仁は
道場を開いてから始めてみる
遊仁は圧倒的に他の子とは練習量が違う。そして、それをやるだけの集中力と体力が違う。後から聞いた話だが入るまでの1週間で父と一緒に朝のランニングを行い始めていたらしい。
そして、遊仁の家は本当に変わっていた。息子が好きな事に熱中しているからと俺や朱璃が電話を掛けないと母親も父親も迎えに来ない。
虐待しているとかそういうのではなく
そして、遊仁本人の才能と家族の特性が合わさった結果。遊仁は俺に並び始めている。
「上手くできすぎだっつーの」
俺は自分しかいない道場にそう言い放ち笑って家に戻った。
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