シャングリラ・フロンティアのゲーム内でプレイヤー達が慌てている頃、現実世界でも慌てている。いや、
「
巨大なビルが立ち並ぶオフィス街、その中でも目を引くビルの前に止まった黒塗りの車から髪をオールバックにしメガネをかけたスーツの男が降りた。そして、男性に慌てた様子で男性が走ってくる。
「状況は?」
木兎夜枝と呼ばれた男は冷静に走ってきた男性にそう言い並んで歩く。
「『墓守のウェザエモン』撃破。予想外のタイミングでの撃破に社内が騒然としてます」
「だろうな」
冷静にそう応えるこの男はフルダイブ型VRゲームを作り上げたユートピア社の宣伝部長。名前を木兎夜枝境。
ユートピア社の創設者にして『シャングリラ・フロンティア』の世界を作り上げた人物の友人であり、仕事仲間だ。彼の隣を歩くのは彼の部下である。
(想定されていた順番ではクターニッドが最初でウェザエモンは中盤…もしくは終盤だった…2日ぶりに妻の手料理を堪能出来る筈だったのに会社に戻ることになるとは…)
「
色々と想定通りに行かない状況にため息が出そうになるが部下の前では出来ない。木兎夜枝は吐き出したいため息を我慢して部下にそう尋ねた。
「はい、いつも通り地下に籠っているかと…」
「わかった。いつも通りだ」
「あと、先程ですが天地さんも乗り込んでいかれたらしく…」
「わかっている。それもいつも通りだ」
部下の遠慮した言葉に木兎夜枝は冷静にそう応えてスーツの胸ポケットを探りながら地下行きのエレベーターを待つ。
そして、ポケットから目当ての物を探し当てるとの同時にエレベーターが到着し彼はそれに乗る。はずだった
(なに!?弾切れ!!)
しかし、胸ポケットから出した"胃薬の瓶"が空になっているのを見て足を止めてしまう。
「………君、胃薬とか持ってる?」
そして、焦りを悟られないようにしながら部下にそう尋ねる。
「い、いえ…持ってないです……」
しかし、部下からの応えは一縷の希望を断ち切るものだった。木兎夜枝は「そうか」と言い残しエレベーターに乗った。
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カツカツカツカツカツっ
ユートピア社の地下10階に1人の女性が訪れていた。その足音はささくれておりどう聞いても不機嫌な足音だった。
そして『原典閲覧室』のプレートがかかった部屋の前に到着しカードを機械にかざす。
『社員証を認証』
『コードを入力して下さい』
「チッ」
部屋の警備システムは正常に作動し部屋に入る為の手順を促すが女性は苛立った様子で舌打ちをしてナンバーを入力する。
『指紋を認証します』
そして、続く作業工程の指示に彼女は更に苛立った様子を見せる。
『網膜をスキャンします。顔をセンサーに近づけて下さ「面倒くせぇぇぇあ!!サッサと開けろぉ!!」
そして、続く作業に目をガン開きにして叫び女性はやっと開いた部屋へと入っていった。
女性の名前は天地律。木兎夜枝と同じくシャングリラ・フロンティアを作り上げた人物の友人でありシャングリラ・フロンティアをゲームとして成立させたエグゼクティブ・プロデューサーである。
「おい、どうなってんだ創世」
天地は部屋に入るなり不機嫌丸出しで中にいる人物に話しかける。部屋には1台のパソコンと机、椅子が置かれており「創世」と呼ばれた女性が座っていた。
彼女は『継久理 創世』。ユートピア社の創業者にしてシャングリラ・フロンティアの『ゲームマスター』。つまり、あの世界の神である。
「ウェザエモンが倒されたぞ!お前…『この調子じゃ10年経っても攻略できないわね』とか言ってたよな!」
パソコンを前に座っている継久理に天地は詰め寄りながらそう言う。
「『今の阿修羅会じゃ無理』って言ったのよ」
怒る天地に継久理は冷静にそう言いパソコンを操作する。画面にはウェザエモンの攻略者であるユウヒ、サンラク、カッツォ、ペンシルゴンが写っており戦いの映像も流れていた。
「まさか、対価の天秤を持ち込んでくるとはな。当然、チートやグリッチも無し…ケチのつけようのねぇ結果だ!」
そして、その映像を見ながら天地はそう言う。口調は荒く苛立ちが乗っているが攻略者に対して敬意を払っているようだった。
しかし
「ケチのつけようのない……?」
天地の言葉で今まで冷静だった。いや、冷静を装っていた継久理の皮が剥がれた。
「はぁ!?何言ってんの!?無粋って言葉さえ生温いくらいウェザエモンを弱体化させたのは貴女でしょう!!間違いだったと認めなさいよ!!」
部屋に響く継久理の怒号、それは喧嘩の始まりのゴングだった。
「はぁー!?お前の当初のパラメータで行ったら誰も攻略できねぇだろうがよ!!」
「ウェザエモンはね!それくらい強い存在なの!!神代最強の英雄なのよっ!!それをゲームバランスだのなんだのしょうもない理由でぇぇ!!」
「プレイヤーが倒せない敵をストーリー進行フラグにするんじゃねぇよ!!頭おかしいんじゃねぇのか!?」
「言ったわね………!!私の世界のお零れに吸い付いてる寄生虫の癖に!」
「んだとぉ!?お前のその大事な自分の『世界』とやらもマトモに調整できへぇから!私が仕方なく調整してやってんだよ!バーカ!」
お互いに取っ組み合い髪を引っ張り頬を伸ばし服を掴み喧嘩をする。まるで幼稚園児のような喧嘩をいい歳した大人がやっている(お互いに体力がないが故)。
その様子を天地に遅れて部屋にやってきた木兎夜枝は目撃し直後に腹を抑えた。
「胃が痛い!」
(落ち着け木兎夜枝境!この幼稚園児の如き喧嘩はいつもの事だ!これで挫けていてはいられない!!)
「2人ともいい加減にしろ!何時まで子供みたいな喧嘩をしている!」
部下には決して見せることの出来ないトップ運営陣の取っ組み合いに痛む胃を抑えて仲裁に入る。
「うるせぇぇえ!」
「おぐ!!」
しかし、そんな木兎夜枝の腹に天地のへなちょこエルボーが決まり既に瀕死に近かった木兎夜枝の胃は限界になってしまった。
(今後の諸々への対応の為にやる事は山積みだと言うのに…!!此奴らは毎度毎度!!)
だが、木兎夜枝は胃痛を抑え踏みとどまった。
「止めるんだ!お前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、取っ組み合う2人を止めるために立ち向かって行った。
十分後に3人の死体(体力切れ2人と胃が限界を迎えた者1人)が部屋に転がったのはここだけの話である。
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「全く…お前らは…幼稚園児のような喧嘩はやめろといつも言っているだろう」
全てが終わり立ち上がった3人はパソコンの前に経って話し合う。
「うるせぇんだよ。メガネが」
「うるさいのよ一々」
まだ、少し不機嫌だが会話が出来るようになった2人の悪態に木兎夜枝はため息を吐くとパソコンに映る映像に目を向けた。
「……この4人か」
「えぇ、ウェザエモンを討伐したプレイヤーよ」
「言っとくがチートの類は一切ねぇぞ」
パソコンにはユウヒ達の戦いの映像が流れており3人は目を細めて画面を見た。
「私の世界でそんな事は出来ない。でも、認めたくないわ!」
天地のセリフを否定しながらも継久理はそう言って爪を噛む。だが、そんな継久理に天地は「これを見ても同じこと言えんのか?」と言ってキーボードをタップした。
「………はぁ?」
そして、天地が開いたデータを見た継久理は声を上げる。
「このデータを見ればわかると思うが、この4人…いや、ウェザエモンとメインで戦ってた2人のプレイヤーはウェザエモンの『裏コード』を発動させてる。そして、その尽くを凌駕してウェザエモンに勝ってんだよ」
天地は声を上げた継久理にそう告げる。パソコンの画面にはあるデータが映っていた。それはウェザエモンがどんな行動パターンをとったかを記録した物であり、そのデータにはウェザエモンが戦いの中で本来なら発動は無理だと思っていた『裏コード』を発動していた事が記されていた。
「ウェザエモンの『裏コード』か…。調整の際に継久理が妥協案として提案した発動することの無い行動パターン…」
「そうだ。スキルの連続発動、同時発動、第3の腕、第2フェイズ終了間際に発動する雷鐘の派生スキル、そして、蓄積した月光の魔力を全開放して戦うスキル。ウェザエモン相手に発動条件を満たすのは無理……のはずだった」
「だが、彼等はそれをクリアしその上でウェザエモンを撃破した…」
そう、本来ならウェザエモンの戦いはもう少し楽なはずだった。だが、継久理の世界をゲームとして成立させる際に切り落とさなければならない要素が出た。その事に継久理は不満を覚え妥協案として切り落とすはずだったモノを『裏コード』として組み込んだ。
ユウヒ達は奇しくもそれを引き当てていたのだ。
「わかっているわよ…そのくらい、あの映像を見ればわかるわ…」
そして、映像からそれを理解していた継久理は不満気にそう呟いた。しかし、その呟きは「悔しさ」の籠った呟きであり先程までの怒りはなかった。
「お前の求める『有象無象』じゃないプレイヤーが出てきやがったんだ喜べよ。特にこの「ユウヒでしょ」
そして、天地の言葉を遮り継久理はユウヒのデータを画面に表示した。
「レベル18でリュカオーンの呪いの条件を達成…その上、『纏雷』を完全に使いこなして魔法を派生させてる。そして、ユニークシナリオEX『世界に刻まれるは七つの遺志』と『致命兎叙事詩』の2つを受注している…。しかも、初めてまだ日がないじゃないか」
「そうだ。ウェザエモン戦もこのユウヒってプレイヤーが『裏コード』を発動させてる」
パソコンを見て驚く木兎夜枝に天地はそう言う継久理はそんな2人に「この動きが出来るなら納得がいくわ」と呟いてウェザエモンの断風を躱すユウヒの映像を見せた。
「な、なんだコレは…」
「マジで人間か…?」
その映像を見た2人は驚愕してそう呟く。そして継久理はその映像にガリっと歯を鳴らした。
「此奴は要注意だわ…」
そして、近くにいる木兎夜枝と天地にも聞こえない声でそう呟いた。