「ふぅ〜、楽しかったなぁ!シャンフロ。流石神ゲーだ」
VRヘッドギアを外し自室の天井を見ながらそう呟いた遊仁はベッドから起き上がると身体を伸ばして部屋を出た。
隣の部屋は兄である楽郎の部屋だが騒がしくない所から察するにまだシャンフロをプレイしているのだろう。
「楽のヤツ、俺が特殊クエストを引き当てたって言ったらどんな顔すっかなー」
大体想像できるが楽郎のおもしろ顔を思い浮かべると笑ってしまう。
「まぁ、どうせ楽は徹夜すんだろうから伝えるのは明日以降で良いな」
そう呟きながら階段を降りリビングの扉を開ける。食事用のテーブルには母が作った生姜焼きが2つ置かれており夕食を食べていないのが自分と楽郎だけだと察することが出来た。
「父さんはまだ帰ってきてなくて、瑠美はバイト。母さんは部屋に籠ってんのか…。相変わらずだよなウチは」
我が家「陽務家」は趣味人の家系だ。父は釣りで母は虫、楽郎はゲームで俺は運動、妹はファッションとそれぞれが夢中になれる何かを持っている。俺はたまたま運動と同じくらいゲームも好きだったので楽郎と顔を合わせる機会が多いが、それ以外の家族とは同じ家に住んでいるとは思えないくらい顔を合わせない。
この前、家に俺、楽郎、母さん、瑠美が居たのが珍しいくらいだ。世間からはウチは少し、いや、かなりおかしな目で見られているが俺も含めてその事を気にしている人はいない。
「まぁ、昔は色々あったけどな」
それ故に児童相談所に連絡されたり警察が家に来たりと色々あったが今は落ち着いている。
「明日、明後日は師匠の所だからな。よく食ってよく寝とかねぇと」
席に着き「いただきます」と言い両手を合わせる。箸を手に取り料理を口に運ぶ。帰宅してからずっとゲームをしていた身体には最高のエネルギーだ。俺は、次々と料理を口に運びあっという間に食べ終えた。
「ふぅ〜、ご馳走様。さて、サクッとシャワー入って寝よう。あんまり時間空けるとまたシャンフロやりたくなっちゃうからな。それに朝、走れないの嫌だし」
食器をシンクに入れて水に浸す。気が変わる前にさっさとシャワーを浴びに俺は風呂へ直行した。
「そう言えば、シャンフロのクリティカルの発生条件って詳しく調べられなかったな」
シャワーを浴び身体を洗いながら俺はそう呟いた。戦いの中でおおよその見当はつけている。恐らく『攻撃が理想的な当たりをする』事がシャンフロでのクリティカルの発生条件だが遊仁は更に先、恐らく他のプレイヤーは考えないであろう事を考えていた。
(人体にとっての致命的な攻撃に対してはクリティカルは発生するのだろうか?)
武道を修めているからこその思考。人体にとっての致命的な攻撃。師匠から「絶対に使うな」と言われた攻撃。それは『シャングリラ・フロンティア』ではどうなるのか?
遊仁はそれが知りたかった。ただ、初めてから直ぐに特殊クエストを発生させてしまった為に確認するのを忘れてしまった。
「シャンフロの中で会ったら楽を実験台にするか……」
シャワーのお湯を止めてそう呟き。遊仁は風呂から出ていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「痛てー、師匠本気で殴ってくるとは…」
初のシャンフロプレイから2日が経った日の夜。遊仁はそうボヤきながら家へと走っていた。
フェアクソクリアの為に休んでいた習い事。久しぶりに顔を出した遊仁は2日間。師匠である獅子宮巫堂に実戦形式の組手で投げられ続けボロボロになっていた。
実際、休む事は巫堂にも奥さんの朱璃さんにも伝えてはいたし日課であるランニング、筋トレ、型の練習、柔軟はかかしていなかった。
しかし、数日休んだツケはデカく。遊仁は何時もより数回多く投げられてしまった。
『愛弟子が来なくなったから拗ねているだけよ』
朱璃さんは笑ってそう言っていたが稽古中に感じた「絶対に殴る」と言う圧はそれが理由では無い気がする。
ちなみに今は夜の22時、この時間の帰宅は特段珍しいと言う訳でも無いが明日は夏休み前の最後の登校日だ。流石に寝坊とかはしたくない。
「そう言えば、楽のヤツ結局この土日会わなかったけどシャンフロ何処まで進んだのかねぇ」
遠目に見えてきた我が家を見てそう呟く。ユウヒはこの2日丸々道場で師匠と実戦形式で組手をしていた為、家に帰るのが遅く楽郎とは顔を合わせていない。
「どうせアイツの事だからエリアボスは倒してるんだろうな」
未だにシャンフロでも家でも会っていない為何とも言えないが間違いないと確信している。双子の勘だ。
「ただいまー」
道場から家まで2キロの道のりを軽々と余裕で走破した遊仁はそう言って玄関の扉を開いた。直ぐに楽郎の「おかえりー」と言う返事が帰ってきて遊仁は靴を脱ぐとリビングの扉を開けた。
「お久ー楽郎。今、リアルに帰ってきた所か?」
「おー、ちょっと色々あってな。今、帰ってきたところだよ」
同じ家に住んでいるとは思えない会話だがこれが陽務家の普通である。
遊仁は楽郎に「そうか」と応えると手を洗いに洗面所に向かう。道着やその他諸々を洗濯機に入れ手を洗い戻ると楽郎はあまり見ることの無い疲れた表情でソファでグダっていた。
「おいおい、神ゲーをプレイしている割には冴えない顔してんじゃん。なんかあったな?クソゲー展開にでも見舞われたか?」
覇気のない表情にそう言うと楽郎は「あぁ」と呟き次の瞬間、信じられない事を口にした。
「ユニークモンスターと遭遇して装備枠を2つ封じられた……」
「は?何言ってんだお前?」
信じられないセリフに遊仁はそう言うしかない。聞き間違いかと思った。しかし
「ユニークモンスターと遭遇して装備枠を2つ封じられた……」
2回同じ事を言われれば流石にそれがマジだとわかる。
「マジか…ユニークって……しかも神ゲーで装備枠2つ封じって……。完全に詰みだろ」
遊仁は驚き顔でそう言うと楽郎はソファから飛び上がって叫んだ。
「わかってんだよそんな事は!今までの経験で培った寛容な心でその場は落ち着けたけど思い出すと自分の状況がキツすぎて落ち込むんだよ!!……なんでこんな自由度の高いゲームで縛りプレイをせねばならんのだぁ!!」
「こりゃ相当だな。俺も俺で当たりを引いたけど楽も楽で当たりを引いたわけか…」
荒れ方的に本当に落ち込んでいるとわかる。それ故にそう呟くが楽郎は止まらない。
「当たりなわけあるか!あの駄犬クソムカつく!今すぐ消せるなら何がなんでも消したい。なんで!神ゲーで縛りプレイなんてしなくちゃ行けねぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「うるせー」
時刻は22時過ぎ。近所迷惑になるレベルの叫びに遊仁はそう言って冷蔵庫を開ける。中には今日の夕食が入っており今日はそうめんだった。
「ん?俺も俺でって遊、お前もなんかあったのか?」
遊仁がそうめんを食べるために薬味なんかの準備を進めていると我に返った楽郎がそう聞いてきた。
「あぁ、まだ1日しかプレイしてないけど特殊クエストを1個クリアした」
そして、楽郎にそう応えると楽郎は「はぁ!?」と声を上げて遊仁に詰め寄った。
「特殊クエスト!?マジかお前!?」
「おう、マジもマジ、大マジだ。ヴォーパルバニーと戦いまくって色々恩恵ゲットしたぜ」
「マジか!シャンフロの特殊クエストとか超気になる!発生条件教えてくれよ」
遊仁のセリフに楽郎はそう言ってくるが遊仁は「自分で見つけろ」と応えてそうめんを啜った。
楽郎はそんな遊仁に「秘密主義者め」と呟いたが遊仁は気にせずそうめんを食べ続ける。
そして、そうめんを全て食べ終えた遊仁は「ご馳走様」と手を合わせると楽郎にシャンフロの進み具合を尋ねた。
「楽は今何処まで進んだ?」
「エリアボス一体倒して毒で1回死んだとこ」
遊仁に尋ねられそう応える楽郎に「じゃあ今セカンディルか」と呟く。これなら直ぐに追いつけそうだ。
それにエリアボスについての情報がゲット出来た。どうやらファステイアからせカンディルへ進むために倒す必要のあるエリアボスは毒を使ってくるらしい。
「にしても毒で1回死んだのかよ。なら俺は毒を喰らわずに倒すか」
「喧嘩売ってんのか?なら賭けるか?お前が毒喰らわずに勝てたら好きなアイテム一つ買ってやるよ」
「この手の賭けで楽郎が勝った試しないだろ阿呆なのか?」
輩の様な表情と体勢でそう言ってくる楽郎を鼻で笑いつつ永華が見たら「またやってるわね」と笑いそうな言い合いをする。
「シャンフロはそこまで甘くねぇんだよ。絶対に毒は喰らうね」
「どうせ楽郎が余裕かまして油断してただけだろ。俺は喰らわねぇよ」
「上等だ、せカンディルで待っててやるから結果報告しにこいや!」
「いいぜ、せいぜい金貯めて待ってろや」
売り言葉に買い言葉。それぞれ言いたいことを言い合って。楽郎はリビングから出ていった。遊仁は速攻で片付けを済ませ風呂に入る。明日の予定はもう立った。終業式が終わり帰宅したら日課を終わらせシャンフロを進める。ファステイアで色々情報収集を済ませカンディルに向かう。エリアボスを倒して楽郎を煽ってやらねばならんのだ。
テンションが下がらぬまま風呂を済ませた遊仁はそのままベッドに入り1時間かけて眠りについた。