黄泉を救いたいだけの話   作:矢野優斗

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 オンパロスの先が気になる中、黄泉の再登場に歓喜して投稿です。スタレの二次創作もっと増えて欲しい……。


出雲編
出雲編 壱


 

 ──この世界は君に任せた、◼️◼️◼️。

 

 夢を見る。それはいつも断片的で、一人の男の一生涯にしては余りにも永く重い。

 

 前時代のヒーローが人類を背負い、現時代のヒーローたちへと未来を託す。絶望から希望への物語。

 

 似て非なる世界、似て非なる人たちが歩んだ、似て非なる軌跡。どうしようもなく心を惹かれてしまう、眩しい物語。

 

 今日も夢を見る。己とは似ても似つかない男の物語を、何処までも──

 

 

 ▼

 

 

「──起きて〜、起きないと遅刻してしまうわよ、現世(ウツシ)?」

 

 舌足らずな少女の幼い声に重い瞼をゆっくりと持ち上げる。寝起きの視界を埋め尽くすのはピンクの髪と花のように美しい幼女の顔だった。

 

 万人を魅了して止まないだろうにっこり笑顔に対して、しかし青年は特別反応することもなく欠伸を返した。

 

「おはよう、絵里。邪魔だから、退いてくれ」

 

「酷いわ。こんなにも可愛い女の子が甲斐甲斐しく起こしてあげたのにお礼の一つもないなんて。現世は女の子の扱いが分かってないの」

 

 ぷりぷり怒っているような態度を示しながらピンクの幼女──絵里は現世の胸の上で仁王立ちする。そのサイズ、驚くべきことに三頭身の女児といって差し支えないもの。重さに至っては感じない。何せこの幼女、妖精の如く文字通り浮いているのだ。

 

 物心ついた頃から、この妖精のような幼女のような存在は現世の側に居た。幼き時分から今日まで、絵里は姿形もサイズも変わらない。挙句に現世以外にはその姿を視認することはおろか、感知することすらできない摩訶不思議生命体。

 

 その正体は本人曰く楽園の妖精。現世は欠片も信じておらず、幼き身空で天涯孤独となった己が孤独を紛らわすために生み出した幻では、と考えていたりする。

 

 やたらとあざとい仕草で文句を述べる妖精の如き幼女を暫し胡乱に眺めたあと、現世は絵里の首根っこ掴むとぺいっと雑に退かす。きゃ〜、などと可愛らしい悲鳴を聞き流しながら寝台から起き上がった現世は、ふと傍に置いてあった姿見に目を向けた。

 

 鏡の中には白髪碧眼の青年の姿。寝起きを加味しても整った顔立ちに、余すところなく鍛え上げられた総身。若くして征討部隊の隊長の一角に登り詰めてしまった男がそこにはいた。

 

 現世が鏡の中の自分と睨み合っていると、いつの間にか復帰した絵里が肩口から顔を覗かせた。

 

「なにを難しい顔をしているのかしら。今日は大切な顔合わせの日でしょ? ちゃんとしないと、他の隊長さんたちに笑われてしまうわ」

 

「分かってる。ただ、まだあまり実感が湧かないんだ」

 

 出雲が擁する十二の征討部隊、その七番隊の長への昇進。それは本来であれば喜ばしいことであるが、昇進に至った経緯が経緯なため歓迎できるような状況ではなかった。

 

 前七番隊隊長の卑弥呼が戦場で殉職、まだ平の隊員であった現世が副隊長をすっ飛ばして世守の刀『烈』を受け継ぎ、荒れ狂う禍神を討伐してしまった。

 

 それからは済し崩し。隊長の証である世守の刀を扱えるのならばと、あれよあれよという間に次の七番隊隊長に据えられ、肩身の狭い思いをしながら他隊長たちとの顔合わせを迎えてしまったのだ。

 

「急なことだったものね、戸惑ってしまうのも仕方ないわ。でも、ここで尻込みしてても始まらないわよ。さあ、支度を整えて、たんと朝ごはんを食べて会合に向かいましょう!」

 

 うんうんと頷きつつ、その小さな手は現世の寝癖を直そうと髪を弄っている。果たしてこの奇怪な生物に人の心が理解できているのかと、現世は胡散臭げな目を向けつつ溜め息を一つ零した。

 

 事実、絵里の言う通り此処でうじうじしていても話は進まない。腹を括って現実と向き合うしか道はなかった。

 

 手早く朝餉と身支度を整える。隊長に昇格してから宛てがわれた部屋に落ち着かなさを覚えつつ、鞘に納められた世守の刀『烈』を紐で腰に吊るした。

 

 戦場で一度振るった切りそれ以来の刀は未だ馴染まず、その圧倒的な存在感がどうにも慣れない。それよりも、と現世は手近なラックに仕舞っていた二丁拳銃に手を伸ばす。

 

 手にした二丁の拳銃は現世にとって数少ない両親の遺品だ。幼き時分に死別してしまったがため、絵里の存在を除けばこの二丁拳銃が唯一の家族との繋がりといっても過言ではない。

 

 くるくると慣れた手つきで拳銃を弄び、すっと両腰のホルスターに納める。刀よりも馴染み深い拳銃の感触が浮き足立つ現世の心を宥めてくれた。

 

 そんな一連の様子を絵里がにこにこと微笑みながら見守っていたが、現世はついぞ気付かなかった。

 

「行こうか」

 

「ええ、出発しましょう。お友達がたくさんできるといいわね!」

 

 呑気な絵里の発言に呆れながら、現世は各隊隊長が集う会合へと向かうのだった。

 

 

 ▼

 

 

「疲れた……」

 

 他隊長との顔合わせ、前隊長が残した大量の業務、その他様々な雑事諸々。慣れない隊長としての業務に現世は疲労困憊といった様子で兵舎への帰路についていた。

 

「卑弥呼隊長、面倒だからって書類仕事を後回しにしすぎだ……」

 

「うーん、あの人らしいと言えばらしいわね。まさか、執務机の引き出しにお酒が山ほど隠してあるなんて……好きな時に好きなだけ飲めるなんて、素敵なことだけど。あ、でもお仕事中に飲むのはよくないと思うの」

 

「僕は飲まない」

 

 前任の卑弥呼の姿を脳裏に思い浮かべ、現世は溜め息が溢れるのを止められない。

 

 卑弥呼は人望厚く実力も高かったが、酒にだらしなかったり色々と問題のある一面もあった。二日酔いのままストレス発散とばかりに暴れ散らされ練兵場の地面に沈められた時は、然しもの現世も同僚と共に他の隊への異動を考えたものだ。

 

 懐かしい思い出に思わず苦笑し、ふと歩みを止める。何処からか鈴鳴りの如き風切り音が聞こえてきたのだ。

 

「練兵場か」

 

 卑弥呼との思い出を振り返っていたタイミング。軽く身体を動かすのも悪くないかと、音の正体を確かめる意味も込めて練兵場へと向かう。

 

 練兵場に近づくにつれて風切り音が大きくなる。鋭く淀みのない澄み切った音色だ。音だけでも相当な腕の持ち主であることが窺えた。

 

 誰が鍛錬しているのか気になりつつ練兵場に踏み込んだ現世は、刀を振るう相手を見て目を見開いた。

 

 広い練兵場の中央には、紫電を具現化したかの如き刀を構える女性。長く艶やかな髪を背に流し、静かに佇むその様は撫子。されど纏う静謐な圧力は苛烈な戦乙女の如し。

 

 女性が刀を振るう度、虚空に紫電の軌跡が描かれる。息を呑むほどに美しい剣閃、そして舞踊の如き太刀筋から目を離すことができない。

 

 現世はその女性の名を知っていた。それはつい先ほどの会合で顔を合わせたから──否、それよりもずっと前から、彼女のことを知っていた。

 

 出雲が征討部隊、三番隊隊長。齢にして十の時分に世守の刀『鳴』に適合、戦場にて雷神の如き力を振るい、瞬く間に出雲最強の肩書きを掴み今日まで誰にも譲ることなく保持し続ける真正の天才。

 

 そして、現世の夢に幾度となく登場する女性。

 

 その名は──

 

「雷電忘川守芽衣……」

 

 蚊の鳴くように小さな現世の呟きを聞き取ったのか、今まさに刀を振るおうとしていた芽衣が動きを止めた。次いで纏っていた威圧感、剣気が霞の如く霧散した。

 

 芽衣がゆっくりと顔を上げる。表情に乏しいながらも整った顔立ちだ。少女という時期は過ぎ去り、されど大人には一歩届かないあどけなさが残っている。美少女ではなく、美人と形容するのが最も適しているだろう。

 

 その凛とした佇まいに見惚れていると、芽衣が徐に口を開く。

 

「私に、何か用か?」

 

「え、あぁ。いや、軽く身体を動かそうかと思ったんだ。邪魔をしてしまったのなら謝るよ」

 

 本当は風切り音が気になり足を運んだのだが、わざわざ明かすことでもないと伏せた。視界の隅で絵里がによによと揶揄い混じりの微笑みを浮かべているが、努めて無視した。

 

「構わない。私は切り上げるから、好きに使うといい」

 

「……いや、待ってくれ」

 

 刃を鞘に納めようとする芽衣の動きを制し、現世は己の腰に吊った刀に手を掛けた。

 

「雷電忘川守芽衣殿。もし許されるなら、先達として一手ご教授願えないだろうか」

 

 礼儀正しく頭を下げて現世は教導を願う。一人で刀を振るうのも鍛錬としては悪くないが、出雲最強の英傑に教えを請うことができるのならばそれに越したことはない。

 

 深々と頭を下げる現世を値踏みするようにじっと見つめることしばし。芽衣は鞘に戻しかけた刃を再び引き抜いた。

 

「分かった。あなたの期待に応えられるかは分からないが、相手を努めよう。ただし、神業の解放はなしだ。練兵場を更地にしたくはない」

 

「もちろん」

 

 出雲の兵士が手にする刀は、高天原より降り立った禍神の骸から鍛え上げられている。その刃には高天原の業が宿っており、出雲はその力を振るうことで終わりの見えない禍神との戦いを続けていた。

 

 その中でも天変地異同然の猛威を振るった禍神の骸から打ち上げられた刀が十二振り、それらを世守の刀という。いずれも人の手には余りあるほどに強力な神業を秘めており、出雲が今もなお生き永らえているのは世守の刀と、それを振るう英雄のおかげだ。

 

 現世が受け継いだ『烈』は迦具土命の骸から鍛えられた世守の刀だ。秘めたる神業は天をも燎原に変える業火。余りにも強力なその炎は、時に持ち主すらも焼いてしまうほどのものである。

 

 芽衣が所有する世守の刀は『鳴』。建御雷神の骸から鍛えられたその刀は莫大な稲妻を秘めており、振るう一閃は紫電の如く森羅万象を両断する。担い手である芽衣の実力も相まって、その力は正しく雷神そのものだ。

 

 そんな世守の刀が二振り、戯れであっても衝突しようものならばどうなるか。答えは明白であり、必然的に二人は能力を抑えた上での手合わせとなる。

 

「それともう一つ。その仰々しい呼び方と敬称は不要だ。歳もそう変わらないだろう」

 

「そうか? なら遠慮なく、雷──」

 

「芽衣! 芽衣と呼びましょうよ。せっかく可愛くて素敵な名前があるんだもの!」

 

 ここまで現世と芽衣のやり取りを見守ってきた絵里が、ここぞとばかりに現世の視界に割り込んできた。

 

「ただでさえ顔合わせでは緊張して、『僕はクールで寡黙な一枚目』みたいになってしまったんだもの。今を逃したら、ずうっと誤解されたままになってしまうわ」

 

「…………」

 

 余計なお世話だ、と芽衣がいなければ返していただろう。だが絵里の指摘も事実であり、会合では緊張のあまり無口で無愛想な印象を与えてしまったのは間違いなかった。

 

 むすっと黙り込む現世に対して、絵里は畳み掛けるように朗々と続ける。

 

「それに、仰々しい呼び方を嫌ったのならなおさら家名ではなく名前で呼ぶべきだわ。雷電は四文字、芽衣なら二文字。ほら、呼び易さも親しみやすさも段違いだもの」

 

 それはそうかもしれない、と納得しかける現世。しかしすぐに思い直して頭を振る。絵里の意見に一理あるとしても、大して交流のない女性を馴れ馴れしく呼ぶのが非常識であることくらいは弁えているのだ。

 

「もう、頑固で意気地がないんだから。こんなに綺麗で可愛くて美しい女の子を名前で呼ばないなんて失礼なことよ? 今後のことも考えて、仲良くなるのは大切なことでしょう? ねえ、ねーえー?」

 

 いつになくしつこい絵里に然しもの現世も顔を顰める。世話焼きな面は前々からあったが、それにしても今回は度が過ぎている。よほど芽衣のことを気に入ったのだろうか。

 

 拒否しようとも延々と視界内でアピールする絵里にやがて根負けする現世。一度呼んで、嫌がる素振りがあれば直せばいいと半ば自棄っぱちに現世は口を開いた。

 

「……芽衣、と呼んでもいいだろうか?」

 

 嫌がってくれて構わない、と思いつつ現世は相手の動向を伺う。

 

 家名ではなく名前で呼ばれた芽衣は、予想していなかった不意打ちに微かに目を丸くしていた。無表情に滲むのは純粋な驚きの色。見る限り、嫌悪や不快感などはない。

 

 しばしの沈黙ののち、芽衣は短く答えた。

 

「構わない」

 

 その返答に驚いたのは他でもない現世だった。

 

「いいのか? 嫌だったり、無理してないか?」

 

「大丈夫だ。ただ、家の者以外で私を名前で呼ぶ者は少なかったから、少し驚いただけだ。気にせず、呼んでくれていい。それにしても──」

 

 芽衣は表情を微かに緩めて何処か物珍しげに現世を眺める。

 

「噂通り、あなたは変わった人のようだな」

 

「……噂とは、具体的にどんな内容か訊いてもいいかな?」

 

 無性に嫌な予感を覚えつつも、現世は訊かずにはいられなかった。

 

 現世の問い掛けに芽衣は顎に手を当て、瞼を閉じて悩み込む。言葉を選ぼうとしているようにも見えたが、現世には些細な事柄を思い出す作業のように感じられた。

 

「……異端の拳銃使い、七番隊筆頭、白髪鬼、あるいは白夜叉。戦場での評価はそんなところだろう」

 

 そのあたりの異名染みた噂は現世も聞き及んでいる。身構えていたが大したダメージもショックも受けることはなかった、と気を抜いたところで芽衣は畳み掛けてきた。

 

「だが一番よく聞くのは、独り言の多い変人、だろうか。時折、何もない虚空に向かって話し始める奇行が目立つと、噂になっている」

 

「うぐっ……」

 

 急所を寸分の狂いもなく突き刺され、現世は堪らずその場に膝を突く。絵里が心配するように顔を覗き込んでくるが、全ての元凶はこの自称妖精である。

 

 絵里の姿も声も、そして気配すらも現世以外の人間は感知することができない。そんな状況下で、現世が絵里と会話をすればどうなるか。虚空に向けて独り言を頻発する可哀想な人の出来上がりだ。

 

 ある程度の覚悟はしていた。それでも、何の先入観も偏見も持っていなさそうな芽衣からの言葉だからこそ、現世は精神に多大なダメージを受けたのだった。

 

 すっかり肩を落としてしょげ込んでいる現世。だからこそ、その後に小さく続けられた言葉の先を知ることはなかった。

 

「噂はあくまで噂であって、真実とは些か違うようだが……」

 

 呟く芽衣の鋭い眼差しは、現世を慰める絵里が浮かぶ空間を貫いていた。

 

「すまない、少し取り乱した。始めようか」

 

 やがて精神的ショックから立ち直った現世が改めて刀を構える。合わせて芽衣も己の刀を泰然と構えた。

 

 僅かに張り詰めた無言の時間。あくまで手合わせであるということを忘れてしまいそうなほどに真剣に対峙する二人は、やがて何方からともなく一歩を踏み出し刃を交える。

 

 そして現世はこの日、この時、身を以て出雲最強の肩書きの重さを知ることとなった。

 

 





現世
 容姿は皆まで言わずとしれた救世の英傑。絵里のおかげで孤独にはなっていないが、ファイノンほどの社交性はない。ファイノンよりは擦れていて、救世ケビンよりは明るい。

絵里
 ピンクのナマモノ。ミュリオンじゃないよ、別物だよ。3rdプレイ済みの人はその正体に察しがついているはず。

芽衣
 まだ黄泉ではない。残念ながら拙作にキアナちゃんの登場予定はありませんので、既に割と擦れ気味で口調や人格は黄泉に寄っています。芽衣は現世に救ってもらいます。

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