スタレも3rdも設定が複雑で難しいのです……。
本作での出雲は救いの目がないベロブルグ、再創の目のないオンパロスみたい世界観です。こんなのどうやって救うの……?
隊長に就任してから早一月。異例の昇級を果たした現世は、この一ヶ月で七番隊隊長として受け入れられ始めていた。
現世本人が認められるべく職務に励み、征討時に己の実力を示し続けたのが大きな要因である。だがもう一つ、認められるに至った理由があった。
それは芽衣の存在である。芽衣が鶴の一声で認めさせた、という話ではない。芽衣が施す加減も容赦もない鍛錬に折れることなく向き合い続けた気概と根性が認められたのだ。
初めて手合わせをしたあの日以来、現世は折を伺って定期的に鍛錬の相手をしてもらえないか頼み込んだ。幸いなことに芽衣はその申し出を受け入れ、以来二、三日に一度の頻度で芽衣主導の鍛錬が行われることになった。
現世としては一日でも早く、隊長の肩書きに恥じない実力を付けたいがための考えであった。その考えを後にちょっぴり後悔するほどに厳しい内容だったのだが、全ては後の祭りである。
常人ならば一刻も待たず根を上げるだろう鍛錬の内容にも死に物狂いでついていき、手合わせの際に鞘入りの刀で容赦なく叩きのめされても立ち上がり、泣きたくなるほどの激痛に耐えながら日々の業務をこなし続けた。
結果、盛大な後輩虐めといっても過言ではない苦行から逃げずに向き合う現世の姿がなんだかんだと評価された。同情されたと言っても間違いではない。
そんな紆余曲折を経て隊長として認められつつある現世は、七番隊での訓練を終えて食堂に向かっていた。
「なんだか物足りない気がするな……もう少し、訓練強度を上げるべきだろうか」
「ぜ〜ったいにダメよ、現世。芽衣の鍛錬と同じ感覚でやったりしたら、七番隊からみんな異動してしまうわ。そんなにみんなを泣かせたいの?」
「それは、困るな……」
今後の訓練方針について、殆ど無意識のうちに絵里と意見を交わす現世。こういったやり取りを第三者に見られて独り言の多い変人扱いされているのだが、本人に自覚はなかったりする。
ああでもない、こうでもないと呟きながら食堂に辿り着いて、ふと現世は食堂が妙に騒ついていることに気付く。諍いやトラブルといった気配ではないが、何処となく緊張めいた空気が漂っていた。
「なんだ、一体何が……」
妙な空気の原因を確認しようと食堂内部に目を向けて、即座に妙な空気感の原因を察した。
多くの隊士たちで賑わう昼時の食堂。普段であれば食事に訪れた隊士たちが交流する声で満ちる空間が、今はひそひそと静まり返った囁き声に埋められている。
その原因たる女性──芽衣は常と変わらぬ無表情で壁際に一人で佇んでいる。纏う浮世離れした雰囲気のせいで、芽衣の存在は食堂でひたすらに目立ち浮いていた。
「芽衣? 珍しいな、彼女が食堂を利用するなんて」
現世はよく食堂を利用しているが、今まで一度たりとも芽衣の姿を食堂で見掛けたことはなかった。食堂の空気感からして、この場に現れること自体が相当に珍しいことなのだろう。
出雲最強の英雄が何をするとはなく食堂に立っている。一般隊士からすればこれ以上になく居心地の悪い状況だろう。せめて芽衣が食事を取るか、誰か他の人間が隣に居れば話は別だったのだろうが。
「あら、芽衣ったらもしかして一人なのかしら。じゃあ、ここは現世が甲斐性を見せる時よね。さあさあ、早く芽衣をデートに誘いましょう!」
「食事から趣旨が変わってるじゃないか、まったく……」
隙あらば芽衣との親睦を一足飛びで深めさせようとする絵里に、現世は溜め息を禁じ得ない。
とはいえ、このまま食堂の空気を張り詰めたものにしておくのは忍びない。芽衣は圧倒的に先輩であるが、同じ征討部隊の隊長として収拾をつけるのも吝かではなかった。
だが、その前に──
「──僕に用があるのなら、こそこそせずに正面から話しかけてくれ」
気配を消して背後から忍び寄っていた相手を振り返り、現世は見覚えのある女性の姿に微かに目を丸くする。
灰色の髪を短く切り揃えた、赤い瞳の女性だ。相手は接近がバレたと見るや、ニヒルな笑みを浮かべて降参とばかりに両手を上げる。
「おっと、気を悪くしたのなら謝るよ。噂の七番隊隊長がどんな人なのか見てみたかっただけなんだ」
「君は、確か……」
何度か見掛けた覚えがある。記憶に間違いがなければ、彼女は三番隊の副隊長を務めている。つまりは芽衣の部下だ。
出雲最強たる芽衣の右腕、あるいは戦場のワタリガラス。適合する世守の刀があったのならば、隊長の座に就いていたのではと評される実力者。
その名前は──
「哪吒だ。うちのポンコツお嬢様が世話になってるみたいだからな。挨拶がてら、ちょっと話を聞かせてもらおうかと思ったんだが……なんだ、噂と違って案外まともだな」
軽口を叩くような口調で宣う哪吒に、現世は色々と言いたいことが募る。が、その中でも一際気に掛かった点が口を衝いて出た。
「ポンコツ? 芽衣が?」
この一月、鍛錬の時間くらいでしか付き合いのない現世だが、出雲最強と謳われる芽衣がポンコツと形容されるのはどこか違和感を覚えた。
「ん? ……ははーん、なるほど。芽衣お嬢様は随分と上手く取り繕っているみたいだな」
現世の反応から諸々を察した哪吒はにやにやと愉悦混じりの笑みを零す。面白い玩具を前にした子供、という表現がぴったりの表情だった。
「知らないみたいだから教えてやろう。出雲最強だとか雷電女王だとか呼ばれ恐れられてるあそこのお嬢様は──それはもう筋金入りのポンコツだぞ。物忘れは激しいわ、すぐに迷子になるわ、訓練の加減はできないわ……挙げ始めたらキリがないな」
やたら生き生きと指折りながら哪吒は芽衣の欠点を並べ立てる。揶揄い混じりの口調であるため本気で非難しているつもりがないのは分かるが、仮にも自身の上司をここまで直接的に扱き下ろしても大丈夫なのだろうかと現世は不安になる。
「今だってそうさ。食堂の利用方法もろくに分からないから、あそこで突っ立って壁の花になってるんだ。壁の花どころか雷神像になってるけどな」
ワハハ、と哪吒は呑気に笑う。芽衣の新たな一面を暴露された現世は驚きながら、しかし哪吒のように笑うことはできなかった。むしろ引き攣りそうになる表情筋を抑えるのに精一杯だ。
「うん? どうした、そんな怪物でも見たような顔をして──」
「──随分と愉しげな会話をしているようだな。私も、仲間に入れてくれるだろうか」
「────」
音もなく、気配もなく。虚無から滲み出てきたかのように芽衣は哪吒の背後に立ち、その肩を力強く握り締める。吸い込まれそうな瞳には、冷ややかな怒りの色が滲んでいた。
途中で芽衣の存在に気が付いた現世と絵里は、ホラーよりも恐ろしい状況に言葉を失い硬直。骨が砕けそうなほど強く肩を握られた哪吒は、たらたらと滝のような冷や汗を流している。
現世も絵里も、そして哪吒も迂闊に口を開けない。そんな中で、芽衣は不気味なほど静かな声音で告げる。
「折角の機会だ。続きは食事をしながらゆっくりと聞かせてもらおう。私も、部下との交流が必要だと思っていた」
芽衣の提案という名の命令に逆らえる者はその場にいなかった。
後に一部始終を垣間見た者たちは口を揃えて言う。あの時、あの場には比喩抜きで雷神が降臨していたと──
▼
「なあ、悪かったって、芽衣。そんなに拗ねないでくれよ」
「私は拗ねていない」
「声と態度が拗ねてるんだよ。分かりやすい奴だな」
むすっとした顔でカレーを食べ進める芽衣を隣に座る哪吒が宥めようとしている。芽衣と哪吒の距離感はまさしく気の置けない友人そのものだ。
対面の席に座ってラーメンを啜りながらそんな二人のやり取りを眺めている現世。哪吒に巻き込まれる形で相席することになったが、普段は凛としている芽衣の新たな一面を見ることができて内心では僥倖に感じていた。
のんびりと蚊帳の外から眺めていると、不意に芽衣と目が合う。
「すまない、不快にさせてしまったな」
「不快だなんて思ってないさ」
「……幻滅、させてしまっただろうか」
「幻滅? まさか。むしろ、親しみが湧いたよ。出雲最強の英雄も、僕らと変わらない普通の人間なんだって思えた」
世守の英雄の中でも頭一つ以上飛び抜けた実力者。護国に命を懸ける同胞からすらも畏怖される芽衣にも人並みに欠点や抜けている部分がある。それを知ることで現世は純粋に親近感を抱いた。
「そうか……なら、いいんだ」
僅かに安堵したように芽衣は小さく吐息を零した。
「……へぇ」
芽衣と現世の短いやり取りを見ていた哪吒が意味深な笑みを洩らし、わざとらしく両手を打ち鳴らす。
「ところで話は変わるんだが、現世は今度の慰労会には参加するんだよな?」
慰労会とは日頃から出雲を守る隊士たちを慰労するために定期的に開催されるパーティーだ。立食形式の催しであり、その時々で様々な演出が用意されている。そこで隊士たちは疲弊した心と身体を慰撫するのだ。
「ああ、これでも七番隊の隊長だからな。隊士たちの労いも職務の一環だろう」
「聞いたか、芽衣? これが隊長の在るべき姿だぞ。少しは見習ったらどうだ?」
「いつも、顔は出している」
「開始と同時に姿を晦ますことを、顔を出すとは言わないんだよ。少しは部隊の連中と交流しないか」
「……私がいると、隊士たちが萎縮してしまうだろう。せっかくの慰労会を、私のせいで台無しにしたくはない」
伏し目がちに訥々と語る芽衣。自分の存在が他の隊士たちに与える影響を理解しているからこそ、芽衣は慰労会への参加に消極的だった。
「と、まあうちのお嬢様はこんな具合でな。まともに慰労会に参加したこともないんだ。そこで現世に頼みがある」
「僕に?」
唐突に話を振られ現世は首を傾げる。今の話の流れからどんな頼みに繋がるのか、皆目見当もつかなかった。
「この居るだけで他の隊士を威圧してしまうポンコツお嬢様のエスコートをお願いしたいんだ。ドレスで着飾らせて、隣に男の一人でもいれば隊士たちだって怯えることはないだろ……まぁ、別の意味で騒ぎにはなるだろうけど」
「「え?」」
予想だにしない哪吒の提案に現世と芽衣は揃って声を上げ、思わず二人で顔を見合わせてしまう。それも一瞬で互いにすぐ目を逸らしてしまったが。
「哪吒、あまり勝手なことを言って現世を困らせるな。彼の迷惑になるだろう」
「いや、迷惑なんてことはないが……むしろ、僕が分不相応じゃないか?」
出雲最強の芽衣に対して隊長成り立ての現世。肩書きと実力、容姿の点でも芽衣とは見劣りしてしまうのでは、芽衣の顔に泥を塗ってしまうのではないかという懸念があった。
しかし現世の懸念は乗り気な哪吒によって一蹴される。
「仮にも現世だって世守の英雄なんだぞ。見劣りも何もないさ。それに──」
くいくいと指で耳を寄せるように指示されて現世は素直に従う。
「──芽衣のドレス姿を間近で見たくないのか?」
「────」
それは危険で魅力的な誘惑であった。
出雲最強の英雄と謳われる芽衣だが、その容姿は間違いなく美しい。普段の戦装束ですら凛々しく映えているのだ。ドレスで着飾ればその美しさはより際立つことだろう。
男ならば誰だって首を縦に振ってしまう誘惑だ。しかし現世はぐっと堪えた。ここで頷いてしまうのは余りにも癪であり、何よりも他意なく鍛錬に付き合ってくれている芽衣に対して不誠実だと思ったからだ。
だが哪吒からすればそんな葛藤は知ったことではない。少なからず脈があるのならば十分だと判断して話を進める。
「現世は問題ないみたいだな」
「待ってくれ。私は了承していないし、そもそもドレスなんて持っていない」
「隊士の慰労は隊長の職務の一環だし、ドレスなら私が用意してやる。前々からエデンが芽衣と話したがってたからな。話を通せばドレスの一着や二着、用意してくれるさ」
「…………」
現世の言葉をそのまま引用されては芽衣も否定できない。ほんの僅かに現世へ物言いたげな眼差しを向け、やがて観念したように肩を落とした。
「……分かった。今まで逃げてきたツケだと思っておこう」
「芽衣、そんなに嫌なら遠慮しておこうか?」
「あなたが嫌だとかじゃないんだ。気にしないでくれ。むしろ、当日は私が迷惑をかけることになるかもしれない」
「それこそ僕の台詞だ。エスコートの作法なんて知らないから、正直どうすればいいか……」
現世と芽衣は揃って困ったように眉根を下げ途方に暮れる。果たして何事もなく慰労会を乗り切れるのか、二人は甚だ疑問であった。
「さて、どう転ぶかみものだな」
現世と芽衣に気取られないように哪吒は一人ほくそ笑むのだった。
哪吒
容姿と中身はスタレのナターシャよりは3rdのナターシャ寄り。優しいお医者さんのお姉さんはここにはいません。使い勝手がいいので色んな場面で登場予定。