黄泉を救いたいだけの話   作:矢野優斗

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 芽衣のドレスはスワンと踊っている光円錐のものをイメージしてます。


出雲編 参

 慰労会当日──

 

 三つ揃えのスーツに身を包んだ現世は会場入り口前で待ち人を待っていた。

 

「此処で待ち合わせと言われたけど、迎えに行かなくてよかったのだろうか……」

 

「女の子の準備には時間がかかるものよ? 慌てず、ゆっくり待ちましょう」

 

 絵里がそう言うものの、現世はそわそわと落ち着かない様子で会場に訪れる人影を目で追う。間違っても芽衣を見逃してしまわないように、目を皿のように探した。絵里(虚空)相手に独り言を連発しながらきょろきょろとする挙動不審な姿を、訪れる隊士たちに不審がられていることには気付かないまま。

 

「ん? あれは……」

 

 流れる人混みに目を凝らしていると、俄かに人垣が騒がしくなる。そちらに目を向ければ、道を譲るように人垣が割れていく。

 

 道を譲る隊士たちの表情にはあからさまな驚愕の相が浮かんでいる。信じられないものを見た、珍しいものを目の当たりにしたと顔に書いてある。分かりやすい反応だ。

 

 現世は割れた人垣の先を見て──言葉を失った。

 

 周囲の視線を一挙に集めながら、芽衣は颯爽と迷いなく姿を現した。

 

 長く艶やかな髪を結い上げ、冷色の優美なイブニングドレスで美しく着飾り、高いヒールを物ともせず歩む。その佇まいは力強くありながら、芽衣の持つ女性らしさを微塵も損なうことなく同居させていた。

 

「わぁ! 芽衣ったら、あんなに綺麗になっちゃって。みんな芽衣の美しさに見惚れちゃってるわ!」

 

「…………」

 

 わいわいはしゃぐ絵里と対照的に現世は呆然と芽衣の姿に目を奪われていた。美人であることは重々承知していたが、それでも許容量を遥かに超えてしまっていたようだ。

 

「遅くなってすまない。待たせてしまったか……現世?」

 

「……え? ああ、いや、そんなに待ってないよ」

 

 声を掛けられてやっと我に返り生返事をする。戦装束とは違う女性らしさが際立つ立居姿。普段とのギャップに現世は内心の動揺を隠せなかった。

 

 そんな現世の反応を悪い意味に取ったのか芽衣は僅かに眉尻を下げる。

 

「やはり、私にはこのような格好は似合わないか」

 

「ちょっと、現世。いつまでも見惚れてないで、ちゃんと芽衣を褒めないと! ほら、早く!」

 

 微かに気を落とす芽衣と後ろから絵里に頭を小突かれ、現世は慌てて口を開く。

 

「そんなことはない、よく似合ってる。ちょっと驚いただけだ。その……芽衣のドレス姿があまりにも綺麗で」

 

「……そうか。ありがとう」

 

 飾らない素直な現世の称賛に芽衣はやや目を逸らして素っ気なく返す。その耳先は微かに朱に染まっていた。

 

「会場に入ろう。此処に居座っては邪魔になってしまう」

 

「ああ……いや、ちょっと待った」

 

 視界の端で早くしろとばかりに急かす絵里に背を押され、現世はややぎこちない所作で芽衣に手を差し出した。

 

「お手をどうぞ、レディ。僭越ながら、エスコートさせていただきます」

 

「……エスコートは初めてじゃなかったのか?」

 

「初めてだよ。親切な隣人に今日のために教えてもらったんだ」

 

 ふふん、と得意げに胸を張る絵里に苦笑する現世。絵里はやたらとこの手のパーティーに造詣が深く、芽衣に恥を掻かせまいと現世に必要最低限の知識を叩き込んだのだ。

 

「そうか。なら、私はその隣人に感謝しなければならないな」

 

 微笑を零しながら芽衣はそっと差し出された手に己の手を重ねた。

 

 初々しくも微笑ましい一幕を経て、現世と芽衣はようやく会場入りするのだった。

 

 

 ▼

 

 

 出雲において日夜命を削りながら戦う隊士たちを慰労するために開催される慰労会。

 

 内容は堅苦しいものではなく立食形式で自由に出入り可能、パーティーを盛り上げるために演奏やイベントなどが用意されている。参加も強制するものではなく、純粋に隊士たちを慰撫するために催されている。隊長格は慣例的に出席はほぼ強制だが。

 

 慰労会の主催者は出雲において唯一財閥の体裁を保っているグループ、そのトップであるエデンという女性。人類最後の楽園となった出雲の経済、文明、社会を支える女傑だ。

 

 征討部隊の後援者でもあり、エデンの支援があるからこそ出雲は最後の楽園として機能している。もしもエデンがいなかったら、出雲は人類生存を最是としたディストピアに成り下がっていただろう。

 

 主催者たるエデンによって慰労会の始まりが告げられ、隊士たちは銘々に食事や演奏などを楽しむ。そんな中、現世と芽衣は好奇の視線を向けられながらも自分の部隊の隊士たちへ一言二言掛けて回り、ようやく一息吐いて落ち着く時間を得た。

 

「落ち着かないな……」

 

「いつもは帰ってしまう芽衣が挨拶の後も残っているから、珍しがっているだけじゃないか?」

 

「そうだろうか?」

 

 事実は芽衣の着飾った姿と、彼女をエスコートする現世という組み合わせに興味関心が集まっているのだが、二人は気付かない。気付く余裕がないともいえた。

 

 周囲から向けられる視線に落ち着かない気分でいる現世と芽衣。そこへ気品あるドレスを着こなす女性が声を掛ける。

 

「現世さん、芽衣さん。慰労会は楽しんでもらえているかしら?」

 

 現れた女性──エデンに現世と芽衣は目を丸くする。隊士たちへの労いで肝心の主催者への挨拶を忘れてしまっていた。慌てて頭を下げようとする現世だが、気にするなとやんわりエデンに手で制される。

 

「今日は堅苦しい作法を気にせず楽しみましょう。それより、こうしてお話をするのは初めてね」

 

 現世は以前まで平の一般隊士、芽衣は開幕と同時に行方を晦ます神出鬼没。話をする機会自体がなかったため仕方ないだろう。

 

「現世さんは隊長就任おめでとうと言うべきかしら。色々と大変だと思うけれど、貴方の行く末が幸運に満ちていることを祈っているわ」

 

「ご丁寧にありがとう。今後とも、より一層精進させてもらうよ」

 

「ええ。そして、芽衣さん。わたくしが贈ったドレスは気に入ってくれたかしら。かなりの自信作だったのだけど……」

 

「ああ、私には勿体無いくらいだ……その」

 

 芽衣は僅かに目を伏せ申し訳なさそうに切り出す。

 

「隊長の身でありながら、ろくに顔も出さずにすまなかった。あなたの善意を踏み躙るような行いだったと改めて理解した」

 

「いいのよ、慰労会への招待は強制ではなく任意ですもの。慰労会はあくまで出雲を守る隊士のみなさんが一時でも心休まる時間を得られるように、わたくしが自主的に開催しているだけ。参加すること自体が負担になるのなら、それを咎めるのは趣旨に反するというもの。だから、本当に気にしないで?」

 

「……ありがとう。今後は、可能な限り参加したいと思う」

 

「そう言ってもらえると、とても嬉しいわ」

 

 心からの微笑みを浮かべてエデンは芽衣の意思を歓迎した。

 

 芽衣とエデンが和やかなやり取りを経て仲を深めている一方。現世は邪魔をしまいと一歩引き、会場内のステージで行われる演奏や催しに意識を傾ける。

 

 エデンが用意した楽団による演奏は慰労会の穏やかな雰囲気を壊さず、隊士たちの心を優しく慰撫してくれている。演奏以外では会場の一角を占拠し、何処からか持ち込んだ数々の道具を駆使して奇術を披露している女性が目立っていた。

 

 帽子を被った女奇術師はやたらと派手な手品で観客たる隊士たちを沸かせ、次いでとばかりにお捻りを巻き上げていく。

 

 なんだか慰労会らしからぬ光景に現世が目を丸くしていると、不意に肩をポンと叩かれた。

 

「よっ、現世。お嬢様のエスコートは滞りないか?」

 

「哪吒。今までどこ、に……」

 

 反射的に振り返った現世は目の前に立つ哪吒の格好に唖然とする。

 

 哪吒は何故か男物の給仕服を着こなし、ドリンクを載せたトレイを片手に立っていた。元のスタイルの良さも相まってよく映えてはいるが、一体どんな経緯で運営側に回っているのか、皆目見当もつかない。

 

 首を傾げる現世に悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、哪吒はすらすらと種明かしを始める。

 

「実はエデンに頼んでな。毎度毎度飲み食いしてるだけじゃつまらないから、バーテンダーの真似事でもさせてくれって言ったら、二つ返事でOKが貰えた」

 

「随分と仲が良いみたいだな」

 

「まあな。私もエデンも、酒に目がないからな」

 

「彼女も?」

 

 気品に溢れるエデンが酒好きというのはなんとも想像し難い。しかし何度かエデンと酒を飲み交わしたことがあるらしい哪吒は苦笑いを浮かべた。

 

「エデンは飲み始めると酒を手放そうとしないから厄介だぞ? 私は付き合いで美味い酒が飲めるからいいんだがな」

 

 哪吒の反応からしてエデンの酒癖は相当に悪いようだ。エデンの気品あるイメージを壊したくない現世は、彼女がお酒を飲む場面には出会さないよう心中で祈りを捧げた。

 

 現世が胸中でそんなことを祈っていると、一頻り話を終えたのか芽衣とエデンが連れ立って現世と哪吒の元へ合流する。

 

「すまない、現世。エデンと少し話し込んでしまった……何をしているんだ、哪吒?」

 

「趣味と実益を兼ねたバイトだよ、バイト。せっかくだから、芽衣のために特製ドリンクを用意してやろう。ミルクたっぷり、アルコール抜きのピーチジュースでいいな?」

 

「結構だ」

 

「ならわたくしは哪吒お勧めのドリンクをお願いしようかしら」

 

「エデンは慰労会が終わった後にしておけよ。主催者が潰れたら困るだろう」

 

「それは残念……」

 

 しゅんと眉尻を下げてエデンは肩を落とす。愛嬌のある仕草だが、酒が飲めなくてその反応が出てくるあたり、酒癖が悪いという情報は強ち間違いではないのかもしれない。

 

 主催者たるエデンに哪吒を加えて一行は和やかに慰労会を楽しんでいると、俄かに会場の一角が騒がしくなる。揃ってそちらに目を向ければ、何やら奇術師風の女性が白衣姿の女性に詰め寄られている光景があった。

 

「ヴィルヴィ、こんなところで油を売って何をしているのかしら。この前のレポート、今日が締切ってことを忘れているの?」

 

 冷ややかな微笑で詰め寄る白衣の女性は緑の髪を揺らしながら奇術師風の女性に迫る。気のせいか、滲み出る怒気に合わせて長い緑髪が蛇のように蠢いているように見えた。

 

 慰労会の雰囲気には似つかわしくない空気を醸し出す女性。特徴的な容姿であり、尚且つ征討部隊の隊士であれば知らないことは有り得ない人物。

 

 出雲が誇る科学技術、取り分け生物分野において凄まじい研究成果を上げ、戦場で戦わずして禍神との戦争に多くの貢献を果たしている科学者──メビウス。

 

 メビウスの研究成果のおかげで出雲の隊士は常人離れした身体能力を獲得し、禍神との戦争を継続できるようになった。故に出雲の隊士で彼女の名を知らぬ者は早々いない──が、有名な理由は他にもある。

 

 征討部隊にはこんな噂が流れている──メビウスは隊士たちを対象に人道に反した人体実験を繰り返していると。メビウスの実験動物(モルモット)になった者は一人として還ることなく、彼女の知的好奇心を満たすためだけに利用されて捨てられるのだと。

 

 あくまで噂でしかなく、実際に実験対象にされたなどという隊士の情報はない。しかし火のないところに煙は立たないとも言う。何より、彼女の纏う妖しく近寄り難い雰囲気が、その噂に説得力を持たせてしまっていた。

 

 そんな良くも悪くも有名人なメビウスが詰め寄るヴィルヴィという女性もまた、出雲においては有名な科学者だ。

 

 生物の分野においてメビウスが他の追随を許さない天才であるのに対して、ヴィルヴィは機械工学の分野において並ぶ者がいない天才だ。しかし、それだけで有名な訳ではない。

 

 ヴィルヴィは事あるごとに、或いは事がなくとも彼方此方で事件を引き起こすトラブルメイカーなのだ。出雲で何かしら妙な事が起きていたら大体ヴィルヴィが噛んでいると言っても過言ではないくらいには、問題児として認知されている。

 

 現に今もメビウスに詰め寄られながら悪びれもせず、愉快そうに笑っている。

 

「あちゃー、お目付役に見つかっちゃったか。仕方ない、今宵のショーはここまで。続きましては主催者エデンのオンステージ、黄金の歌声をお楽しみあれってね!」

 

「え?」

 

 ヴィルヴィがその手に持つシルクハットをくるりと回し、わざとらしく注目を集めながら頭上へと放り投げる。直後、パァン! と破裂音と共に紙吹雪が盛大に舞い上がり、奇術師の格好をしたヴィルヴィは忽然と姿を消した。

 

 最後の最後に披露されたショーに隊士たちが素直に歓声を上げ、探し人を逃したメビウスがこめかみに青筋を立てながら会場を後にする中、会場を舞っていたシルクハットが狙い澄ましたようにエデンの手元に舞い降りる。思わず受け止めてしまったエデンは目を丸くし、次いで周囲から向けられる期待に満ちた眼差しに困ったように目尻を下げた。

 

「えっと……どうしたものかしら」

 

 助けを求めるように側にいた現世と芽衣に目を向けるが、二人にもこの状況を切り抜けられるような方策は考え付かない。現世に関しては、肩口から身を乗り出した絵里が「エデンの歌が聞けるの!?」といつになく興奮した様子でいるため止める気も失せていた。

 

「歌えばいいんじゃないか?」

 

「哪吒、でも慰労会はわたくしのコンサートではないのだし、隊士のみなさんのお耳を汚すのは……」

 

「エデンの歌声で汚れる耳なんてないよ。いいじゃないか、たまに出雲の市街に繰り出しては街角で歌っているんだから、一曲ぐらいさ」

 

「な、何故それを知っているのかしら……」

 

 予想だにしない衝撃を受けるエデン。本人的には誰にも気付かれていないと思っていたようだが、周囲の隊士たちの中にも何名か苦笑いしている者がいるあたり、エデンの歌は割と有名なようだった。

 

「ええと、そうね……じゃあ、一曲だけ歌わせてもらいましょうか」

 

 周囲からの期待と哪吒の言葉に背中を押され、やがてエデンは舞台へと上がる。主役の登壇に楽団は合わせるべく準備を整え、観客たる隊士たちはその歌声を待つ。

 

 エデンは肩の力を抜いて、深呼吸を一つして──黄金の歌声が会場を席巻した。

 

「────♪」

 

 優しく温かい、天使のような歌声だった。慰労会に参加している隊士たちの心を一人残らず掴んで離さない、眩い黄金のように美しい歌声だった。

 

 時代が時代ならば、出雲に芸術を受け入れる余裕が残っていたのならば、歌姫として名を馳せていてもおかしくないほどに、エデンの歌声は素晴らしいものだった。

 

「すごいな……」

 

「ああ……」

 

 それ以上の言葉が出てこず、現世と芽衣はエデンの歌声にただ圧倒される。現世と芽衣の間でふよふよと浮いている絵里は、いつになく上機嫌な様子で歌声に聞き入ってた。

 

「この時代にはまだ、こんなにも美しい歌が残っているのか……」

 

「どうかしたのか、芽衣?」

 

「いや……なんでも、ない」

 

 現世の問い掛けに芽衣は小さく首を振り、再び美しい歌声に耳を傾け始める。その横顔に、舞台を見つめる瞳の中に強い感情の動きを感じて、現世は驚いて目を奪われてしまう。

 

 しかし一瞬だけ浮かび上がった感情の波は一瞬で消え去り、後に残ったのは凪静まった水面の如き虚無だけ。見間違いだったのかと自身の目を疑ってしまうほど、芽衣はいつもの無感動で静かな表情に戻ってしまった。

 

 それ以降、エデンの歌が終わった後も芽衣の感情が動く気配はないまま、慰労会は閉幕と相なった。

 

 

 

 





エデン
 出雲の経済・文化を支えている女傑。穏やかな人柄ながら滅びゆく出雲に殉ずると覚悟しちゃってる人。万人を魅了する黄金の歌声を持っている。絵里がやたらと懐いている様子を見せているのは……

ヴィルヴィ
 機械工学に精通した科学者でありトラブルメーカー。出雲においては刀造りにいくらか携わっている。筆者に複数人格を書き分ける自信と余裕がないため、基本的には魔術師の人格をベースにしています。

メビウス
 生物分野に精通した科学者でありマッド。倫理観はないけれど、合意なく他者を実験対象にしたりはしない。隊士の肉体強化という形で出雲に貢献している。可愛い助手と実験に勤しむ、比較的幸せな日々を送っている。
 
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