慰労会を終えて数日が経った日のこと。昼時を迎えた食堂にて、現世は哪吒と同席して昼食を取っていた。
「それで、芽衣お嬢様とはどこまで進んだんだ?
「不躾にも程がないか?」
味噌ラーメンを啜っているタイミングで容赦なく投げ掛けられた問いに現世は顔を顰める。現世が席に着くや否や相席してきた三番隊副隊長こと哪吒は、そんな現世の反応から色々と察して呆れたように溜め息を吐いた。
「なんだ、まだなのか。意外とヘタレなんだな」
「帰らせてもらう」
「まあまあ、落ち着けって。奥手な現世のために私が一肌脱ごうと思っているんだからさ」
席を立とうとした現世の肩を無理矢理に抑えて座らせると、哪吒は取って付けたような真剣な顔付きで机の上に手を組んだ。
「実は芽衣にそろそろ休暇を取らせようと思ってるんだ」
「休暇は自分で取るものじゃないのか?」
「そうだ、そうだよな? でもあのポンコツお嬢様は人に言われないと取らないんだよ。お陰で下が休み難いのなんの……」
途端にやさぐれた空気を背負い始めた哪吒。余りにも哀愁漂う姿に現世は思わず同情的な眼差しを向けてしまう。傍に居る絵里ですら可哀想なものを見るような目を向けていた。
「……芽衣は仕事熱心なんだな」
「ちなみに前回の休暇は一年前だ。私が纏めて三日休ませたんだよ」
「…………」
現世、言葉を失う。現世も積極的に休暇を取るような
「で、休みを取ったにも関わらずだ。あのポンコツお嬢様はやることもないからとほざいて練兵場で一人で鍛錬を始めるんだぞ? お前が、いると、他が休めないんだって言ってるんだよ私はァ……!?」
「分かった、全面的に僕が悪かった。だから落ち着いてくれ」
人の目も憚らず怨嗟の声を吐く哪吒を現世はどうにか宥める。ただでさえ独り言の多い変人と噂されているのだ。これ以上、食堂中の注目を集めたくはなかった。
ふぅ、と息を吐いて落ち着きを取り戻した哪吒は改めて話を切り出す。
「そういう訳で、現世には芽衣を
「それは……」
「私と三番隊の心の安寧を守るためにも、頼むよ現世隊長」
ここぞとばかりに隊長の肩書きを強調する哪吒に、現世は困ったように眉間に手を当てた。
哪吒が現世と芽衣の関係性を進展させるためだけのお節介で画策しているのならば断っていたのだが、建前であっても出雲を守る隊長の一角として願われてしまっては拒めない。
「分かった、引き受けよう」
哪吒の良いように乗せられている自覚はるが、これも三番隊が休暇を取りやすい環境を作るため。世守の英雄の一人としての役目と受け入れよう。決して芽衣との逢瀬に心惹かれた訳ではない、決して。
によによと笑顔で見つめてくる絵里と目を合わせないようにしつつ、現世は話を続ける。
「しかし、僕も人に教えられるほど休暇を満喫できているわけじゃないが……」
「特別なことなんてしなくても大丈夫だぞ。いつも通り、孤児院に訪問するだけでも十分だ」
「何故、当たり前のように僕の休暇の過ごし方を知っているんだ」
「そこは企業秘密さ」
口元の前で指を立て、哪吒は悪戯っぽく笑う。恐らくは矢鱈と広い人脈を駆使したのだろうが、そこまでするかと現世は呆れを禁じ得なかった。
「いいだろう。子供たちも、遊び相手は多い方が喜ぶ。芽衣さえよければ、一緒に来てもらうよ」
「そこは私が適当に丸め込んでおくから心配無用だな。当日を楽しみにしておいてくれよ」
ニヤリとニヒルに笑う哪吒。とてもではないが上司に対する態度ではないなと思いつつ、現世は心の中で今度の休暇を楽しみにするのだった。無論、態度にはおくびにも出さずに努めたが。
それから芽衣との休暇まで浮かれ気分を気取られないよう、日々の鍛錬に矢鱈と仏頂面で打ち込む現世の姿が見られるようになる。鍛錬に付き合う芽衣は様子の可笑しな現世に首を傾げ、そんな様子を見て笑い転げる絵里がいたのだった。
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そうして迎えた当日、現世と芽衣は予め隊舎付近で落ち合った。
顔を合わせるや否や芽衣は眉を下げて謝罪から始めた。
「私の休暇に付き合わせてしまってすまない」
「それは此方の台詞だ。僕の用事に付き合ってもらうんだから、気にしないでほしい」
「いや、元を正せば私がろくに休暇も取らないのが悪いんだ……哪吒にも怒られてしまった」
「それは……今度、改めて謝ろう」
食堂での哪吒の姿を思い出し、現世は改めての謝罪を勧めた。互いに気の置けない間柄であったとしても、親しき仲にも礼儀は必要だ。芽衣も自覚はあるのか素直に頷いた。
「これから何処へ向かうんだ?」
「僕が世話になっていた孤児院だ。育ち盛りの子供たちが多いから、偶に面倒を見に顔を出しているんだよ」
「孤児院……」
ぽつりと呟いてそれきり黙り込んでしまう芽衣。何か訊きたいことがあるような様子ではあるが、デリケートな問題だと察して口籠もってしまったようだ。
とはいえ隠すようなことでもないため、現世は芽衣が気になっているだろうことを明かす。
「僕が孤児院に預けられたのは十年前の話だ。故郷が禍神の侵攻で滅びて、運良く生き残り救出された。ただ、身寄りを失った僕は行く当てがなかった。その時に身を寄せたのがその孤児院だ」
全てが手遅れとなった瓦礫の街に駆け付けた征討部隊の一員に救出された幼い現世。生まれ故郷も家族も一度に喪った現世は、出雲に居を構える孤児院の一つに預けられた。
そこで心優しい院長に救われ、似たような境遇の子供たちと新たな家族となった。そこに絵里の存在も加わり、現世は比較的屈折することなく真っ直ぐ育つことができたのだ。
今の現世があるのは孤児院のおかげだ。故に現世は孤児院を出て征討部隊に入隊した後も暇を見つけては顔を出し、金銭や物資の援助をしている。今日の訪問もその一環だった。
現世と芽衣が肩を並べて出雲の街並みを歩くことしばらく。出雲の中心地たる大社から離れた、郊外に位置する丘上。そこに現世が身を寄せていた孤児院はあった。
丘を登ると孤児院の入り口が見えてくる。両開きの扉の前には箒を手にした女性がいた。
眼鏡を掛けた生真面目そうな女性は孤児院へと向かってくる現世と芽衣を見るや驚いたように目を丸くする。玄関周りを掃いていた箒はその手ごと完全に止まってしまっていた。
唖然とした様子で固まる女性に首を傾げながら現世は声を掛ける。
「元気そうだな、フカ。子供たちは中か?」
「…………」
「フカ? どうしたんだ?」
話しかけても反応しない女性──フカに現世は怪訝に眉を顰める。どうかしたのかと絵里が目と鼻の先から顔を覗き込むが反応はない。そもそも絵里の姿は現世以外の誰にも見えないので意味がないのだが。
立ち尽くすフカの視線は現世の隣に並ぶ芽衣に固定されて動かない。初対面の相手から無遠慮に見つめられ、然しもの芽衣も居心地悪そうな様子だ。
「──ハッ、失礼しました。現世に女性の友人がいるとは思わず、つい……」
「失礼だな。僕にだって異性の友人の一人や二人……」
「私以外にいたのですか? 今まで一度たりと名前すら話題に挙がったこともなかったと記憶していますが?」
「…………」
現世、反論できず撃沈。元々の性格からして積極的に友人を作ろうという
「だから普段から愛想良くしましょうって言ってるのに〜」
絵里がつんつんと現世の頬を突いてそんなことを宣うが、それが出来ていれば苦労はしないのだと声高に主張したいところだった。
精神的ダメージを受けて撃沈した現世から目を逸らし、改めてフカは芽衣に向き直る。
フカと芽衣は互いに互いを観察し合う。その視線は相手の立ち居振る舞い、ほんの僅かな仕草、挙動を見逃すことなく捉えている。
((──強い))
隙のない立ち姿、鍛えられた手足を見て取って奇しくも両者は同じ感想を抱いた。特に芽衣は征討部隊に所属している訳でもないフカが、平の隊士にも引けを取らないほど鍛え上げられていることに内心で驚いていた。
「すみません、自己紹介が遅れてしまいましたね。私はフカと申します。この孤児院の職員で、現世とは腐れ縁のようなものです。あなたは……」
「私は雷電芽衣。現世とは……友人、でいいのだろうか。師弟……同僚が間違いないが……」
「友人ですらないのですか……」
今の関係性を表す表現に迷う芽衣の反応からフカは物言いたげな眼差しを現世に向ける。現世はといえば芽衣に友人とすら断言してもらえなかった現実に打ち拉がれて空の彼方を仰いでいた。
「いや、彼にはよくしてもらっているんだ。つい先日も、慰労会にエスコートしてもらった。ただ、私たちの関係性にどんな言葉を当て嵌めるべきか迷ってしまったんだ……」
慌てて芽衣が擁護しようとするが、彼女自身も現世に負けず劣らず友人が少ない人種である。致命的なまでにフォローが下手くそで、とうとう絵里までもが頭を抱えてしまった。
悲しみに暮れる現世と適切な表現が浮かばず困り果てている芽衣。おまけに絵里が頭を抱えている状況は、中々に混沌とした光景だ。
手の付けようがない状況にフカがどうしようかと困っていると、孤児院の扉が徐に開いた。
「おや、騒がしいと思ったら。玄関先で何をしているんだい?」
開いた扉から顔を覗かせたのは頭から
孤児院の中から顔を出した女性に対して即応したのは現世だった。
「アポニア」
「ああ、現世。また来てくれたんだね」
帰省した息子の姿に喜ぶ母親のように微笑む女性──アポニア。この孤児院の院長であり、その柔和な微笑み、穏やかな物腰には溢れる母性が滲んでおり、混沌とした空気が見る間に解けていく。
「そちらの方は現世のお友達かな?」
「雷電、芽衣だ。彼とは……友人だと、思う」
またぞろ収拾の付かない状況にする訳にはいかないと、芽衣は迷いながらも肯定した。その返事にアポニアは嬉しそうに相好を崩す。
「それは嬉しいことだ。大したもてなしもできないけれど、遠慮なく上がってください──あ」
アポニアが目を丸くして声を上げると同時、両開きの扉が内側から勢い良く開けられる。扉を開けたのは十歳にも満たないだろう子供たちだ。
突如として姿を現した子供たちは玄関先に屯する面々を見やり、見知った顔である現世を見つけるや否やわっと声を上げた。
「現世だー」「現世にーちゃんがきた!」「お菓子ちょーだい」「
「待ってくれ、あまり引っ張ると──」
凄まじい勢いで子供たちに集られ、腕を掴まれた現世が孤児院の中へと引き摺られていく。あっという間の出来事に芽衣はその姿を見送ることしかできず、フカとアポニアはいつものことだとばかりに苦笑を零した。そして何故かしれっとした顔で絵里もこの場に残っている。
「現世は人気者のようだな」
「そうですね。友人は少ない割に、子供たちにはよく慕われているんです」
本人がこの場に居ようものなら文句を並べるだろうことを平然と言うフカ。自分と哪吒以外の女性でここまで現世に遠慮のない相手は初めてで、芽衣は思わず探るような目を向けてしまう。
その隙を突かれて芽衣はくいっと袖を引かれた。反射的に見下ろせば、幼い少女の不思議そうな瞳と目が合った。
「おねーちゃんはだれなん?」
「私は……芽衣。現世の友達だ」
子供相手に中途半端な濁し方は混乱を招くだろう。三度目にしてやっと芽衣は友人だと断言した。現世が聞いたら、やっと友人に格上げされたことを喜ぶか、まだまだ距離が遠いなと嘆くことだろう。
現世の友人を名乗った芽衣をじっと見つめる少女は、はっと何かを察したような顔をするとやり取りを見守っていたフカヘと視線を向けた。
「フカおねーちゃんの、
「違いますよ?」
「わあ、みんなに教えたらんと! フカおねーちゃんに強敵が現れたんやー!」
「待ちなさい、ああ──」
フカが止める間も無く孤児院の中へと消えていく少女。残されたフカは困ったように眉尻を下げ、芽衣に対して申し訳ないと頭を下げる。
「すみません、子供たちには誤解がないように後で言い聞かせておきますね。それから、私と現世の間にそういった感情はないので、心配はいりませんよ」
「いや、気にすることはない……そういった感情とは?」
無感動な表情で芽衣は小首を傾げる。鈍感というよりは他人からの好意を知らないような反応にフカはポカンと口を開いて固まってしまった。
「……これは前途多難というか、苦労しそうですね」
「現世の春はまだ先になりそうだね」
「……?」
フカとアポニアの微妙な眼差しに芽衣は疑問符を浮かべる他なかった。
そんな三人のやり取りを絵里はニコニコと楽しげに眺めていた。
フカ
委員長気質な真面目で眼鏡な女の子。ステゴロがとても強い拳法美人。征討部隊の勧誘を受けたことがあるが、院長とともに子供たちに寄り添う道を選んだ。現世のことは同じ孤児院で育った家族と見ているので恋愛感情はなし。
アポニア
おっとり優しいみんなのお母さん。運命は見れないし予言もできない。ただしカフカほどではないが言霊めいた能力がある。本人はそれをひけらかすこともなく、心に傷を負った子供たちに寄り添うために利用している。