黄泉を救いたいだけの話   作:矢野優斗

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既に書き溜めは尽きたのでのんびり更新になりまする。


出雲編 陸

 

 ──練兵場にて二人の英雄が対峙している。

 

 一人は出雲最強の肩書を有する英雄、芽衣。

 

 鞘に納めたままの刀を手に佇む姿は一見すると無気力。しかして纏う圧力と鋭い剣気は出雲最強の実力を示している。一般隊士であれば、正面に立つだけで息苦しさを覚えることだろう。

 

 そんな芽衣に対峙するのは桜色の髪の女性。芽衣に負けず劣らず研ぎ澄まされた剣気を纏い、腰紐には世守の刀が一振り『霜』を吊っている。つまりは出雲が征討部隊の長の一角を担っている人物だ。

 

 彼女こそが五番隊隊長──八重桜。十二人の隊長たちの中でも戦闘能力に関しては上位に入る実力者であり、その卓越した剣術は芽衣にも迫ると謳われている。

 

 世守の英雄の中でも純粋な戦闘能力であれば傑出した芽衣と桜。刃こそまだ抜いていないが、両者の間には一触即発に近い空気が漂っている。

 

 張り詰めた空気の中、先に口火を切ったのは桜だった。

 

「しかし驚いた。出雲最強と名高い芽衣殿から、決闘の誘いを受けるとは……果たして妾に汝の相手が務まるかは知れぬがな」

 

 芽衣と桜が練兵場にて対峙しているのは、偏に芽衣が決闘を挑んだがため。そしてその申し入れを桜が受理したからだ。

 

「…………」

 

「ふむ、つれぬ態度じゃな。まあよい。して、妾に決闘を申し込んだ故はなんじゃ?」

 

 唐突な決闘の申し入れを桜は受けて立った。出雲最強と謳われる芽衣と腕比べをしてみたかったというのもあるが、芽衣に何かしらの意図を読み取ったのも理由の一つだ。

 

 桜の問い掛けに芽衣がやっと口を開く。

 

「私が決闘に勝ったら、頼みを一つ聞いてもらいたい」

 

「頼みの内容次第じゃな。妾個人の権限に収まる範疇であれば構わぬが、部隊を動かすような話であれば受けられぬぞ」

 

 芽衣と雌雄を決するまたとない機会であるが、理性を捨ててまで乗るつもりはない桜。頼みの内容によっては口惜しいが決闘の誘いを辞退するつもりだ。

 

「私が勝ったら、あなたの剣術を教えてほしい」

 

「妾の剣術を?」

 

「そうだ。私が修めた北辰一刀流とは違う流派、特に抜刀術においてあなたの剣は出雲で他に並ぶものはないと考えている。その剣術を手習うことができれば、新たな見地を得ることもできるだろう」

 

「芽衣殿にそこまで高く買ってもらえるのは嬉しいが、なにゆえ決闘までして力を得ようとする」

 

 芽衣の実力は名実共に出雲最強。今のままでも手が付けられないほどの実力を有しているというのに、更に高みを目指そうとするのは研鑽のためか。あるいは他に理由があるのか。

 

 芽衣は少し悩むように腕を組み、ややあってから答える。

 

「最近の禍神の異常について、あなたなら気付いているだろう」

 

「それが禍神が以前よりも力を増しているということであれば、把握している。先日の征討で、身を以て実感したからの」

 

 出雲は定期的に都市外部へと部隊を派遣し、禍神の討伐作戦を実施している。禍神が出雲に大挙して押し寄せることを防ぐためだ。

 

 つい先日も、桜は五番隊を率いて征討に赴いた。いつも通り、高天原より降り立った禍神を間引く任務。気を引き締め油断することなく臨んだ。

 

 その時、桜は明確に禍神の能力が増大していることを悟った。数字としても、以前までなら一割もなかった部隊の損耗率が三割に増していた。幸い死傷者こそ出なかったものの、負傷者多数という結果は桜の脳裏に不吉な予感を過らせるには十分だ。

 

「私も前回の征討で感じ取った。今はまだ抑えられているが、いずれ一般隊士では太刀打ちできなくなる可能性がある」

 

「妾もその懸念については上に報告しておる。近くに会合で周知され、対策を練ることになるじゃろう」

 

「だがその対策は部隊規模での話になるだろう」

 

「なるほど、言わんとすることは分かった」

 

 対策として挙げられるのは部隊全体の戦力向上、あるいは部隊編成の工夫。隊長格の実力向上は個人で行えという話になるのは想像に難くない。

 

「うむ、そういうことならば我が剣を授けるのも吝かではない。というより、事情を話してくれたのならば決闘なぞしなくとも教えるぞ」

 

「そうか、感謝する」

 

「よい、我らは共に出雲を守る英傑じゃからな。お安い御用だ。して、いつから修行を始める? 今からでも妾は構わぬぞ」

 

「……確認してみないと分からないな」

 

「自分のことじゃろうに……」

 

 呆れ混じりに桜は溜め息を零す。対して芽衣は何処か不思議そうに首を傾げ、はたと認識の齟齬に思い至る。

 

「すまない、伝え忘れていた。剣を教えてほしいのは私ではない、別の人間だ」

 

「……聞いとらんぞ、一言も」

 

 教える相手が芽衣ではない。決闘でこそないが共に修行をするのであれば、自分も芽衣から刺激を享受できると考えていた桜は眉を顰める。

 

 乗り気であった気分が萎み、代わりに少なくない憤りが湧く。桜の剣を教わりたいと願いながら、その申し出を芽衣を経由して届けるなど誠意の欠片もない。一体何処の何奴がこんな失礼な真似をしたのか。

 

「それで、妾の剣を教わりたいのは誰じゃ?」

 

「七番隊の現世だ」

 

「あぁ、あの噂の……」

 

「噂?」

 

「芽衣殿と恋仲と噂されておる男のことじゃろう」

 

「……………………?」

 

 己の理解を超える桜の発言に芽衣は目を丸くしてぽかーんと立ち尽くす。常の無表情が間の抜けたものに取って代わり、珍しい反応に桜も目を瞬かせる。

 

「違うのか? 鍛錬と称して毎日のように逢引きし、休暇を合わせて仲睦まじく過ごしておると聞いたが?」

 

「?????」

 

 芽衣の頭上に疑問符が大量に浮かぶ。なぜそのような尾鰭背鰭が付いて噂になっているのか、皆目見当がつかなかった。

 

 殆ど毎日のように鍛錬を共にしているのは事実だ。しかし鍛錬以上の何ものでもなく、終わりがけにはほぼ屍と化した現世が練兵場の地面に転がっているだけ。色気もへったくれもあったものではない。

 

 休暇を合わせて一日を過ごしたのも事実だ。ただし実態は孤児院へ訪問して子供たちの相手をしているだけで、決して現世と二人きりで逢引きしているわけではない。側から見れば仲睦まじい恋人であるが。

 

 しかし芽衣の視点からでは恋仲などという関係性はなく、故にただただ混乱している。自分たちの関係性が第三者から見た時、明らかに恋人のそれに近しい距離感であるということには全く気付いていなかった。

 

 芽衣が小首を傾げたまま硬直し、桜は出雲最強に対する印象に罅が入り始めている。決闘騒ぎを聞き付けた現世と哪吒が練兵場に飛び込んできたのは丁度その時だ。

 

「芽衣! 決闘だなんていったい何があったんだ!?」

 

「いや、決闘の必要はなくなった」

 

「は……?」

 

 芽衣が桜に決闘を仕掛けたと哪吒経由で聞いて駆け付けてみれば、当人はあっけらかんと宣う。一体全体何があったのか、現世は目を白黒させた。隣で哪吒も怪訝な表情を浮かべている。

 

 混乱の渦中に陥る現世。そんな青年を桜は頭の頂点から足の爪先まで値踏みするように観察していた。

 

「ふむ、まあ身体はよく鍛え上げられているようじゃな。あとは剣の腕前か」

 

「……桜隊長。何故、僕に向けて刀を構えているんだ?」

 

「妾に教えを請いたいのならば、まずは自らその意志と実力を示すのが道義じゃろう」

 

「…………んん?」

 

 若干の棘を含んだ桜の物言いに現世は疑問符を浮かべる他ない。何せ、桜の言葉に全くもって心当たりがなかったからだ。

 

「僕が桜隊長に教えを願った……いつのことだ?」

 

「…………んん?」

 

 嘘偽りなく身に覚えのなさそうな現世の反応に、桜も困惑を隠せない。現世が桜の剣術を手習いたいと願ったから、芽衣が決闘などと回りくどい手段に訴えたのではないのか。

 

 鏡写しのように揃って首を傾げる現世と桜。二人の様子をぼうっと眺めている芽衣。混沌とした空気が広がる中、芽衣と最も付き合いの長い哪吒がぽんと手を打った。

 

「なるほど、だいたい理解した」

 

「どういうことだ?」

 

「要はあれだ、お嬢様のポンコツが盛大に炸裂したってだけの話だよ」

 

 訳知り顔で哪吒は端的に状況を解説する。

 

「どうせ芽衣が『現世に剣術を教えてほしい』とか言ったんだろ」

 

「そうだ。彼女の剣術を学べば、新たな視野を得ることができる。必然的に実力も上がるだろう」

 

「それ、現世には伝えたのか?」

 

 哪吒の的確な切り返しに芽衣は腕を組んで黙り込む。しばし記憶の底を浚い、芽衣は己の失態を悟った。

 

「……伝えてない」

 

「芽衣……」

 

「芽衣殿……」

 

 事態をややこしくした元凶は此処にいた。

 

 現世と桜から向けられる形容し難い眼差しに芽衣は居心地悪く目を逸らす。自分の先走りが状況を複雑化させた自覚はあるため、反論も文句も言うことができない。

 

「すまない、みんなに迷惑をかけてしまった」

 

 芽衣の心からの謝罪を桜は嘆息を零しつつ、現世は苦笑しながら受け入れた。

 

「まあよい。今回は出雲最強の新たな一面を垣間見れたことで収めるとしよう」

 

 そう言って桜は凍てつく刃を鞘に納めようとして──

 

「──待ってくれ、桜隊長」

 

 いつの間にか鞘から刀を抜いていた現世が言葉で制した。

 

「一度抜いた刃を何もせずに戻すのは納まりが悪いだろう。もしよければ、改めて僕に剣術の教授を願いたい」

 

「ほう?」

 

 現世の誘いに桜は口端を愉しげに上げる。

 

 迂遠な手段ではなく、真正面からの申し出は桜の好むところである。芽衣と桜の面目がこれ以上潰れないようにという配慮も感じられ、現世の人柄に関しては合格を出してもいいと思えた。

 

 ならばあとは剣術を教えるに値する腕を持っているかどうかだ。

 

「いいだろう。これも芽衣殿が誂えてくれた機会というもの。出雲最強が推す汝の実力を見せてもらおうか」

 

「感謝する、桜隊長」

 

「桜でよい。妾も現世と呼ぶとしよう」

 

 あっという間に打ち解けた現世と桜は肩を並べて練兵場の中央へと向かう。その背中を見送る芽衣と哪吒。

 

「まったく、あんまり他の部隊の連中にお前のポンコツぶりを喧伝しないでくれよ」

 

「……気を付けよう」

 

「ま、結果オーライだからいいけどな。現世も桜もそこまで怒ってないみたいだし」

 

 早速とばかりに剣戟を交わし始めた現世と桜を見やり、哪吒はほっと安堵の息を吐く。出雲を守る英雄同士が不仲、あるいは決別するような結果にならなくてよかったと心から安心していた。

 

 安心から気を緩めていた哪吒。そこへ予想外の爆弾が芽衣から放り投げられる。

 

「哪吒。私と現世は、側から見ると恋仲のように見えるのか?」

 

「ぶはっ!?」

 

「大丈夫か?」

 

 油断していたところへの強烈な一撃に哪吒は激しく咳き込む。思わず芽衣が本気で心配してしまうほどの動揺ぶりだ。

 

 げほげほと咳き込みながらどうにか落ち着きを取り戻した哪吒は、爆弾を放り込んだ下手人をじろりと見やる。

 

「あー、死ぬかと思ったぞ。で、二人が恋仲に見えるかだって?」

 

「ああ、桜からそう噂されていると指摘された。今まで一度も私の耳にはその手の噂は入っていないが……」

 

 本人の前で噂するわけないだろ、というツッコミを飲み込んで哪吒は答える。

 

「そういう噂が流れているのは事実だよ。でも仕方ないんじゃないか? ほぼ毎日一緒の時間を過ごして、休みまで肩を並べて出掛けていれば邪推もされるさ」

 

 たとえその中身が色気の欠片もない修行と鍛錬地獄であったとしても、第三者から見れば現世と芽衣の関係性はそうとしか思えないのだ。故に恋仲という噂が流れるのも仕方ない部分がある。

 

 加えて現世の態度が芽衣と他で違うのも噂に信憑性を持たせているのだが、武士の情けとしてその情報は心の中に仕舞っておいた。

 

「そうか……自重したほうがいいのだろうか」

 

「そのままでいいんじゃないか? 芽衣が嫌だって言うなら、話は別だがな」

 

「他人の噂に一喜一憂するような繊細さは、もう忘れてしまった。だが、現世は違うだろう。以前、自分に纏わる噂話に彼は酷く気落ちしていたはずだ」

 

 思い返すのはこの練兵場で初めて刃を交えた日のこと。どんな話をしたかは忘れてしまったが、噂話に落ち込む現世の姿は印象に残っている。

 

 自分との有らぬ噂に迷惑を被っているようならば対策をする必要がある。無駄な義務感を抱いている芽衣に、哪吒は嘆かわしいとばかりに頭上を振り仰いだ。

 

「いっそ現世が哀れに思えてくるよ……」

 

「……?」

 

「お嬢様は気にしなくていい。余計な気遣いもしなくていい。今まで通り、現世を鍛えてやればそれでいいさ」

 

「……ああ、そうするとしよう」

 

 哪吒を信用している芽衣はそれ以上疑問を挟むこともなく、現世と桜の手合わせに意識を戻した。

 

「恋仲、か……」

 

 芽衣の小さな呟きは剣戟の音に掻き消され、誰に聞かれることもなかった。

 





八重桜
 どの世界線でも大抵悲しい目に遭ってる人。唯一の肉親である妹を守るために征討部隊の一員として活躍している。ウサミミはまだ生えていない。
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