よう実三年生編でリミッター解除のキヨポンに興奮して思わず書いてしまった。
最初の授業
――そこは辺り一面が真っ白な部屋だった。
白い簡素な服を着た多くの幼い子供たちは水銀で白い床に円を描き、文字を書き連ねていき、ただひたすらに術式を構築する。
無駄なものは一切何もなく、この部屋にあるのは、水銀と、水晶石と、最低限の道具と──子どもたちだけ。
難しい式を、彼らは難しい顔で組み立てていく。
時には頭を抱え、時には苦悶の声を上げ、時には水銀をまき散らす子供も居る。
障壁の向こう側にはローブを纏った大人が数名居て、被験者の表情、仕草すらも監察している。
どれだけの時間が経っただろうか。
やがて、一人……また一人と子どもは減っていく。
時間の経過が過ぎる程に、被験者の数もまた比例して減っていく。
その中でオレは、ひとり黙々と術式を構築していった。
──ああ、またか。
そして最後には白い空間にオレ以外誰もいなくなっていた。
最後の1人になったとしてもオレがここから出ることは叶わない。生まれた時から生涯サンプルとしてここに留まることは決まっていた。
オレは一人床に文字を書き込んでいく。
すると床に影が出来る。
「キヨト」
「────」
この窮屈な部屋で、オレの名前を呼ぶ者はたった一人だけ。
「よく覚えておけキヨト」
再度オレの名前を呼んでから、男はそう言った。
そこでようやくオレは顔を上げ、彼の顔を静かに見つめた。
顔を上げた理由はただ一つ──『命令』だからだ。
この空白の部屋の中では、男の言うことは絶対的なものであり、何人たりとも逆らうことは赦されない。
互いに無感情な表情で互いの顔を凝視する。
やがて、男は言った。
「『力』を持っていながらそれを使わないのは、愚か者のすることだ」
♢♢
突然だが、この世界には魔術が存在する。
内から湧く生命エネルギーから昇華された魔力を燃料に、ルーン語と呼ばれる特殊な言語で組んだ術式で数多の超自然現象を引き起こす、この世界にとって当たり前の技術。唱える呪文の詩句や節数、テンポ、術者の精神状態で自在にその有様を変える。
そんなとんでも技術を扱える限られた人種を人は魔術師と呼ぶ。
そしてその魔術師を国指導で育成する学校教育機関がアルザーノ帝国に幾つか存在する。
その中で最も有名なのがアルザーノ帝国魔術学院だ。
約四百年前にアルザーノ帝国の女王アリシア三世の提唱により、巨額の国費を投じて設立された、身分を問わずに魔術師の卵達の育成を目的とした国営の専門学校だ。
今日、大陸でアルザーノ帝国が魔導大国としてその名を轟かせる基盤を作った学校であり、常に時代の最先端の魔術を学べる最高峰の学び舎として近隣諸国にも名高い。
帝国で高名な魔術師のほとんどがこの学院の卒業生で、それゆえに学院は帝国で魔術を志す全ての者達の憧れの聖地となっている。
そんな名門校にオレ、キヨト=タカミネは学院生として通っている。
「ふあ…」
アルザーノ帝国魔術学院、魔術学士二年次二組の教室。その最前列に座っていたオレは大きな欠伸をする。
「大きな欠伸だね。キヨト君」
オレの隣に座る少女から話しかけられた。彼女の名前は『ルミア=ティンジェル』。アルザーノ帝国魔術学院魔術学士二年次二組、オレのクラスメイトだ。
ウサ耳のようなリボンを結びつけたセミロングの金髪が特徴的である。
「寝不足?」
「昨日は夜遅くまで読書していたからあまり睡眠がとれなかった」
「どんな本読んだの?」
「長編シリーズの推理小説だ。面白いあまり次の展開が気になって読み進めてしまった」
「へぇ、私も読んでみようかな」
「それはそうと、親友をあのままにして良いのか?」
前方にある教卓の前で苛立ちを隠さずにウロウロしている女子生徒に目を向ける。
「遅い!とっくに授業開始時間過ぎてるじゃない!?」
長い銀髪にまるで猫耳のようなリボンを結びつけた少女『システィーナ=フィーベル』は、今日から来る筈の担任がまだ来ないことにかなり御立腹のようだ。
その理由は明白、今日来るはずの非常勤講師が授業開始時間を過ぎてもいまだに来ないのだ。
今現在二組には担任の講師がいない。
いたにはいたが、オレが編入する時には既に退職しており、クラスの授業が大幅に遅れているとのこと。そのため非常勤の講師がやってくることになったそうだ。その非常勤講師の事をホームルームにやって来た大陸屈指の魔術師、セリカ=アルフォネアは「まあ、なかなか優秀な奴だよ」と言った。大陸屈指の魔術師にそこまで言わせるのだから生徒達は期待していたのだが…もう既に授業時間は残り半分もない。
「まったく……この由緒あるアルザーノ魔術学院の講師が就任初日から遅刻なんて良い度胸だわ。これは生徒を代表して一言いってあげないと」
「まあまあ落ち着こうよシスティ、もしかしたら何か理由があるのかもしれないし…」
ルミアが荒ぶるシスティーナを宥めるが、
「甘いわよ、ルミア。いい?どんな理由があったって、遅刻をするのは本人の意識の低い証拠よ。本当に優秀な人物なら遅刻なんて絶対ありえないんだから。あとキヨト、眠くても授業中に居眠りとかしないでよね」
いきなりオレに矛先が向いた。
「…ああ、善処する」
「それやらない人が言う台詞なんだけど!?まったく、編入したばかりでも学院の生徒となったという自覚を持ちなさいよ―――」
「まあまあシスティ落ち着いて」
この位の冗談も通じないとは。
システィーナは外面は良いのだが生真面目過ぎる性格で、よく講師にズバズバ言うことがある。そのため男子生徒陣から敬遠されがちで、「説教女神」「講師泣かせのシスティーナ」「ミスリルの妖精」「付き合いたくない女」「学院で彼女にしたくない美少女ランキング第一位」などと評されているそうだ。
ちなみに常に彼女の傍にいるルミアは優しく素直な性格でスタイルもいいこともあり、『彼女にしたい美少女ランキング第一位』と男子生徒からの人気は絶大だ。
そんな人気者が学院に編入したばかりで右も左も分からないオレによく接してくる。
思い返せば編入初日の時、
『あー…キヨト=タカミネです。あー…得意と言えることは得意にありません。皆さんと仲良くやれるよう頑張りたいと思います』
時が止まったように教室内が静まり、オレが自己紹介に失敗したと確信する中、苦笑いしながらも一人小さく拍手してくれたのがルミアだった。それが余計に心にきたが。
席が隣のこともあり、クラスでよく会話をするのはルミアとシスティーナくらいだったりする。
まあその結果、今現在彼女に気がある男子達の鋭い視線がオレに突き刺さっていたりするわけだ。
他の男子がルミアと仲良くした場合、きっと今度はそいつに矛先が向くだろうな。
「あー、悪ぃ悪ぃ、遅れたわー」
前方からシスティーナからの説教、後方から嫉妬に狂う男子共からの嫉妬の視線という板挟みの状況の中、がちゃ、と教室前方の扉がやる気の無さそうな声と共に開かれた。噂の非常勤講師とやらがやっと到着したらしい。
「やっと来たわね!あなた、一体どういうこと!?あなたにはこの学院の講師としての自覚は──」
授業半ばまで遅れた講師に怒鳴るシスティーナが突然硬直した。
「あ、あ……あああ──あなたは──っ!?」
「違います人違いです」
「人違いなわけないでしょ! あなたみたいな男、早々いてたまるもんですか!」
「こらこら、お嬢さん。人に指差してはいけませんって習わなかったかい?」
「ていうかあなた、なんでこんな派手に遅刻してるの!?あの状況からどうやって遅刻できるっていうの!?」
「そんなもん、遅刻だと思って切羽詰まってた矢先、実は時間にまだ余裕があるってわかってほっとして、ちょっと公園で休んでいたら本格的な居眠りになったからに決まってるだろう?」
「なんか想像以上にダメな理由だった!?」
システィーナと顔見知りなのか、先ほどのオレへの怒りがどこかに霧散してその非常勤講師の方に向けられるも男は教卓に立ち、黒板に名前を書く。
しかしずぶ濡れの服に、擦り傷、あざ…身だしなみも適当で全然講師には見えないな。
「えー、グレン=レーダスです。本日から約一ヶ月間、生徒諸君の勉学の手助けをさせていただくつもりです。短い間ですが、これから一生懸命頑張っていきま……」
「挨拶はいいから、早く授業始めてくれませんか?」
取り繕った口調で自己紹介をするグレン先生に、システィーナは苛立ちを隠そうともせず冷ややかに言い放った。
「あー、まぁ、そりゃそうだな……かったるいけど始めるか……仕事だしな……」
たちまち素が出てきたグレン先生はチョークを手に取り、黒板の前に立つ。
途端にクラス中の気が引き締まった気がした。システィーナもグレン先生に対するさっきまでのぶっきらぼうな態度をやめ、その一挙手一投足に注視している
クラス中の注目が集まる中、グレン先生は黒板に文字を書き記した。
……『自習』という二文字を。
は?
「えー、本日の一限目の授業は自習にしまーす。眠いから」
机に突っぷすとすぐに鼾の音が聞こえた。
マジかよ。
「ちょおっと待てぇええええええ!」
怒ったシスティーナが分厚い教科書を手に取り、グレン先生の元へと駆け出していた。
そのまま教科書という鈍器で叩き起こされたグレン先生は脳天に巨大なタンコブを乗せたまま、渋々と授業自体を始めたのだが、その授業内容は間延びした声で要領を得ない魔術理論の講釈を読み上げ、黒板には判読不能な汚い文字を書くという、やる気が一切感じられずグダグダとしたものだった。
まさかオレが最初に受ける授業が時間を浪費するだけの無駄なものに終わるとは思わなかったな。
それにしてもグレン=レーダスという名前に聞き覚えがあるようなないような…まあいいや。