「久しぶりですねキヨト」
「…お久しぶりです、陛下」
今オレの目の前には、アルザーノ帝国のトップにして、オレに娘のルミアの護衛を命じた張本人であるアリシア七世がいた。
一応マナーとして平伏をしようとすると陛下に止められる。
「いいですよ、そのままで。今の私は帝国女王アリシア七世ではありません。帝国の一市民、アリシアなのですから」
「…わかりました」
お忍びということか。
陛下の周辺を見回しても、王室親衛隊とかいう護衛の連中が一人も付いていない。
たった一人でここまで来るその理由。
「ルミア……エルミアナ王女を探してるんですか?」
「ええ、どこにいるかご存じないかしら?」
娘に会いに来た。そのことを肯定した陛下は少し困ったように笑みを見せる。
恐らくはこの昼休みの僅かな時間、それも護衛の目を欺いてとなれば会える時間は本当に数分程度だろう。人避けの魔術については、先程の「セリカが掛けた魔術を見破る」という台詞からして、アルフォネア教授も一枚嚙んでいるか。
「使い魔を通して位置を把握しています。今は……北側の中庭にあるベンチに座っていますね」
あと差し入れのサンドイッチで飢えを凌いだギャンブル依存症患者が一人いる。
「良かったら案内します」
「ふふ、それではお願いしますね」
なにもせず見送ったら、後でイヴから不敬だのなんだのと五月蠅く言われるかもしれないしな。
使い魔を通しての視覚情報を頼りに、陛下をルミアの下へ案内する。
その道中、軽く雑談をすることに。殆どの内容はルミアと彼女の護衛のことだが。
「──という感じで、貴女の娘には常日頃からお世話になってます」
「まあまあ、最高傑作と呼ばれていた貴方でも意外な弱点があるんですね」
「その呼び方は施設の中でしか意味を持ちませんよ。何もかもが初めてのオレにとっては、自己紹介や同年代の接し方も未知の分野です」
「ふふ、そうでしたね。すみません」
傍で散々からかった後、チロリと舌を出して謝罪する陛下。
ちなみに彼女はオレの事情をある程度把握している。
オレが生まれてから十年以上、ずっとあの施設の中に居たこと。
魔術のこと以外、大勢が知る当たり前の事を知らないことも。
「あの子が良き師、良き友人達に恵まれているようでなによりです。貴方も貴方で学生生活を過ごせているようですし……」
過ごせてる、かどうかはともかく、正直今まで外に出たことがないオレにとって、この学生生活は新鮮だな。
「………ひょっとして陛下、今回の彼女の護衛、オレを気遣ってのことだったんですか?」
「ふふ、さあ?どうでしょう」
そう言って、陛下は立てた人差し指を口元に当て、いたずらっぽくウインクする。ルミアの時もそうだったが威力が凄いな。いやそうじゃなくてだ。
そういう意図だったのなら合点がいく。
色々と黒い繋がりがあったあの施設の出身者であるオレを、学院に通う娘の護衛につかせたり、護衛だけなら陰でひっそりと見守ればすむのに、戸籍の偽造や編入の手続きなど手間のかかりそうな手回しがされていたりと、陛下の行動を最初不可解に思っていたが……。
とんだ世話焼き女王様だな。
ん?
「…ところで陛下、その首飾りはなんですか?」
陛下の首元にかかっている物は以前見たロケットとは違い、翠玉色の宝石がついたネックレスだった。
「これですか?傍付きの者に用意していただいたものです。いつものロケットだと、万が一のことがあれば問題になるということで」
オレの質問に、陛下は微笑みながら首にあるらネックレスを持ち上げる。
「傍付きって、一緒に来ていたあの黒髪のメイドのことですか?」
「ええ。エレノアにはいつも助けられています。実は彼女からもあの子に会うことを勧められたんです。”この時くらい、ご自分に素直になられてはいかがでしょうか?”と」
陛下の口振りからして、かなりそのメイドを信頼しているようだが…。
「…あ、いました」
学院北部にある『迷いの森』の入口付近のベンチに座るルミアとグレン先生を発見し、陛下は後ろからこっそり近付く。
「グレン、ですよね?あの…………少し、よろしいですか?」
「はいはい、全然よろしくありませーん。俺今ちょー忙しんで」
陛下が背後から声をかけるが、グレン先生はこっちをロクに確認もせず、非常にかったるそうな口調で言葉を返した。
「先生、いいからこっち向いてください。さもないと不敬罪になりますよ」
「ハァ……不敬罪?なんだあんた、そんなに偉いの………って、ぇええええええええええええええええええ――――ッ!?」
オレの声でこっちを振り向いたグレン先生が陛下の顔を見るなり、素っ頓狂な叫びを上げた。
「じょ、じょ、じょ、女王陛下――ッ⁉︎」
「お久しぶりですねグレン………それに、エルミアナも」
「ぁ……」
♢♢
「さて、アリスのやつ、うまく接触できたかな?」
競技場に設けられているバルコニー型の貴賓席で、女王の貴賓席に相席を許される栄誉を賜った学院の魔術教授セリカは紅茶を傾け、優雅な一時を過ごしていた。
「それにしても傑作だったなぁ。アリスが居なくなったことに気付いたときの、王室親衛隊連中の顔!」
アリシアのお忍びを幇助した大陸最高峰の女魔術師セリカ=アルフォネアは、笑いを堪えきれず、肩を震わせている。
「相変わらず神をも恐れぬ女じゃのう、セリカ君は……」
自由奔放唯我独尊を地で行くセリカの態度には、同じく貴賓席に相席する学院長リックも呆れ顔だ。
「ははは、何を言うか学院長。私に言わせれば、ぶっちゃけ神より人間の方が怖いぞ?神はただ人間には及びもつかない強大で絶対的な力を持ってて、やたらめったら強いだけだけど、一方、人間ときたら――」
そんな、ご機嫌なセリカの下に。
「セリカ様……」
「ん?どうした?エレノア」
「女王陛下がいらっしゃらない今、お話しておきたいことが」
「……何事だ?」
アリシア女王の身の回りの世話を務める侍女長で、政務を補佐する秘書官や護衛も兼任している彼女のそのただならぬ様子に、セリカが表情を引き締める。
そして。
「実は…………………」
エレノアがそっと耳打ちしてきたその話の内容に。
「な――なんだと⁉︎ そんな、馬鹿な――」
セリカは顔色を蒼白にして目を剥き、エレノアを凝視していた。
♢♢
結果から言って、束の間の愛娘の再会は失敗に終わった。
自分を捨てた母親に、ルミアは『私は陛下の娘じゃない』とはっきり拒絶するように言い放ったのだ。
一帝国民として接する娘に、陛下はしばし言葉を失っていたが、最終的には諦めたように口を噤み、未練を振り切るようにその場を去ることに。
「当然、ですよね……私はあの娘を捨てたんですから」
競技場の貴賓席へと戻る道中、肩を落とす陛下は悲しげにそんな言葉を零した。
「仕方ありません。私は母親として最低なことをしたんですから」
「……最低かどうかなんて捉え方次第では?陛下は自分の娘を守るため、彼女の病死の偽装や引き取り先の手回したことを聞いています」
「ですが、私が裏で何をしたとしても、私が帝国と王家の威信のために、あの子を捨てた事実は変わりません……憎まれてもしょうがありません」
「そうでもないと思いますよ」
「えっ」
ずっと下を向いていた陛下の顔がこっちを向いた。
「王宮で初めてお会いした時に陛下が首から下げていたロケット、あれと同じ物をどっかの誰かさんが肌身離さず大事に持っているのをよく見かけました」
「っ!」
「本当に憎んでいるなら、さっさとどこかに捨ててるハズです。怒りこそあれど、貴女が嫌いなわけじゃない。ただ恐れているだけなんでしょう。また母親に拒絶されることを……だから咄嗟に傷つかない方を選んだ」
学院襲撃事件では毅然とした態度で振舞っていたルミアも、母親の前では平常ではいられなかったわけだ。
「この話を聞いて、もしもう一度会って話がしたいと望むのなら、この競技祭が終わった後にでもお互いに腹を割って話し合ったらどうですか?」
二人の問題の根底にある物が理屈ではなく感情である以上、どんな正論も慰めも、まったく役に立たない。オレができることといえば、二人の問題を二人で自主的に解決するよう促すだけだ。
正直オレには家族の絆とか、そういうものは分からない。知識として知っていても、精神面でそれを実感する機会なんてなかった。
母親のことはよく知らない。生物学的な父親はいたが、あの男とオレとは互いに親子という認識を持っておらず、互いに淡泊な対応をした。
他のところではどうなのか気にならない、といえばウソになる。
二人が対話できる状況を用意してもいい、と思うのは興味からである。
もっとも、これから起こり得る面倒ごとを片付けた後になるだろうが。
「そう、ですね。考えておきます……」
「そうだ。陛下にこれを」
オレはポケットから二枚の護符を取り出し、陛下に渡す。
「あの、これは?」
「お守りみたいなものです。それなりに役に立つものなので、持っておいて損はありません」
「?はあ…」
ちょうど、周囲を飛び交わせていた使い魔が王室親衛隊の姿を捉えた。一番前を歩いている老騎士の切羽詰まったような鬼気迫る表情からして、面倒ごとの予兆であることが丸わかりだ。
「それじゃあ、そろそろ時間なのでオレはこれで失礼します」
「え、ええ。ここまでありがとうございます」
「では」
オレは親衛隊が来る前に陛下と別れ、行き交う生徒達に紛れて競技場へ戻る。
その道中、見知った顔と対面することになる。
♢♢
「陛下……」
一人残されたアリシアの前に、王室親衛隊の衛士達と彼らを率いる一人の老騎士が現れた。
やや白髪交じりの黒髪に髭、鋭い眼光、あちこち肌を走る古傷がいかにも歴戦の古強者を思わせる男だ。
王室親衛隊、総隊長ゼーロスだ。すでに初老の域にさしかかっているものの、四十年前の奉神戦争を戦い抜くことで鍛え抜かれたその士魂には微塵の陰りもなかった。
(おや、変ですね。どうして私のことを認識できたのでしょう? まだセリカの魔術が効いているはずなのですが……)
不思議に思いながらも、アリシアはこの忠義あふれる衛士に声をかける。
「探しました…」
「あらあら、見つかってしまいましたね。勝手に外を出歩いてしまって、すみません」
「いえ、それよりも陛下。少し、お話があります」
ゼーロスはアリシアの前に立ち、手を振り上げた。
それが合図だったのか。
「――ッ!?」
待機していた衛士が、あっという間にアリシアを取り囲んでいた。
「……これはいったいどういうことでしょうか?」
そのただ事ではない雰囲気にも動じず、アリシアが静かに問う。
「ご無礼をお許し下さい陛下。暫しの間、御身を拘束させて頂きます」
♢♢
昼休みも終わり、午後の部が幕を開けた。
現在行われている競技は、念動系の物体操作術による『遠隔重量上げ』。白魔【サイ・テレキネシス】の呪文で鉛が詰まった袋を空中に持ち上げて競う競技だ。より重い袋を持ち上げた選手に多くの得点が入るルールだ。
『二組のテレサちゃん、五十キロスを難なくクリア!!』
「「「うおおおおおおお!」」」
二組からはテレサが出場している。おっとりとしたお姉さんといった雰囲気の彼女がどんどん重たい袋を持ち上げていく躍進ぶりに、観客席は大盛り上がりだ。
午前同様に盛り上がるクラスの意識がフィールドに向いている中、二組から少し離れた通路の一角のところで、オレはある二人と会っていた。
「まさかお前達がいるなんてな」
「ん。キヨト久しぶり」
「此方は別件で来ていただけだ。本当なら護衛任務についているお前と顔を合わせるつもりなど無かったが」
素っ気ない返事を返す黒の長髪、鷹の目をした男はアルベルト=フレイザー。帝国宮廷魔導士団特務分室、執行官ナンバー17《星》。
普通に挨拶する青髪の小柄な少女の方はリィエル=レイフォード。同じく特務分室の執行官ナンバー7《戦車》。
二人ともオレを捕まえる時にいた特務分室のメンバーの一部だ。
アホのリィエルはともかく、アルベルトの方はあの施設出身のオレを警戒している節がある。ま、それが普通の反応だから仕方ない。
「その言い分だと、その別件で動いていたアンタ等がオレを呼び出したってことは、相当の緊急事態なのか?」
「…ああ。まず、俺達の任務は王室親衛隊の監視だった」
軍が帝国トップの衛士達を監視?一歩間違えれば色々と問題になりそうな案件だな。
「監視にはそれ相応の理由がある。右派の筆頭である王室親衛隊に、最近不穏な動きがあるとの情報が入った。原因はおそらく、異能者差別に対する新しい法案が円卓会で閣議されるようになったからだと思われている。ちょうどそのタイミングから特に顕著になったとの事だ」
「その法案、ひょっとして言い出しっぺは陛下か?」
「そうだ」
だろうな。上層部の中で法案発令などの決定権を持つのはトップである陛下だ。それに加え、そういった法案を出そうと考える人間なんて、この国ではごく少数に限られる。
「世間一般的に、異能者は悪魔の生まれ変わりだと信じられている。そして、法は女王陛下の名の下に発令されるものだ。つまり、異能者を女王の名の下に法的に保護する事は神聖なる王室の威光に傷がつく、と考えているかもしれない」
その言い分だと、まるで王室親衛隊が捧げる忠誠の対象は、何百年も続いた問題に向き合っている陛下ではなく、何百年もろくに向き合おうとしなかった王室というブランドそのものだと言っているようなものだ。
その程度で簡単に傷ついてしまう威光なんかに、果たして守る価値があるのか甚だ疑問だな。
「で、その王室親衛隊が動いたのか?」
「……?それは動くでしょう?彼らも生きた人間なのだから」
「リィエルは黙っていてくれ。つい先程、連中は何の前触れもなく女王陛下を強引な形で軟禁した上、自分達の監視下に置いた」
アルベルトの話に耳を傾けながら貴賓席を見てみると、陛下自身は普通に競技場の貴賓席に居る。ただし、周囲を自分の部下に隙間なく取り囲まれ、身動きが取れない感じだ。
「傍にいるアルフォネア教授は座ったままだな」
「それが不可解だ。元・特務分室のナンバー21で、女王陛下と旧知の中である彼女が、親衛隊の暴挙に対して何も行動を起こさないとは……」
そういえばあの人、元特務分室だったな。
【イクスティンクション・レイ】などの高火力の技を行使できるうえ、二百年前の『魔導大戦』で外宇宙から現れた邪神の眷族達を倒した英雄達の一人でもある。
護衛程度、簡単に蹴散らせるはずだが………。
「この異常事態だ。正直気が引けるが、致し方無い。ルミア嬢の護衛についているお前には、此方に協力してもらう」
普通に手伝ってください、と言えないのか?
「王室親衛隊の行動には必ず何等かの思惑があるはず。俺達は連中のこの無謀な行動の裏に隠された意図を探り、事態を収拾すべく行動すべきだ」
「……アルベルト」
「なんだ?」
「言っている傍から、お前の相方が動いているぞ」
早速、迷わず歩き始めるリィエルの後ろ髪を、アルベルトは手を伸ばして掴んだ。
「何処へ行く気だ?」
「決まってる。敵は、わたしが全部斬る」
「………先程俺が言ったことを復唱してみろ」
「王室親衛隊を、斬る?」
聞いてなかったなコイツ。いや、聞いたところでコイツの脳味噌じゃ理解できないか。
一言で例えるならアホだ。高速錬成のセンスと高い近接戦闘能力を持ち合わせているが、肝心のおつむが弱い。
暴走脳筋イノシシ娘、ナチュラルボーン破壊神、がっかり斬殺天使、一緒に任務に就きたくない同僚ランキング万年ぶっちぎりナンバーワン、連携作戦を台無しにすることに定評があり、作戦なんて立てる意味ないだろう、だってリィエルがいるから、と各軍閥から太鼓判が押されているそうだ。
また、彼女と組んだ相棒には「リィエル係」という不名誉な称号が与えられるとか。
「作戦を考えた。わたしが正面から敵に突っ込む。次にアルベルトはわたしの後に正面から突っ込む。最後にキヨトが敵に正面から突っ込めばいい。…どう?」
「「却下だ」」
「…キヨト、今俺に対して不愉快なことを考えなかったか?」
「………気のせいだ」
なんでわかった。
「……それはそうと、さっきアンタが言っていた王室親衛隊の行動の意図について、オレに一つ心当たりがある」
「なに?」
予想外だったのか、ずっと険しい表情を浮かべていたアルベルトは目を丸くした。
「………どういうことだ。説明しろ」
「まずオレが思いつく連中の目的についてだが――」
この状況とオレがこの眼で見たもの……情報のピースを繋ぎ合わせれば、アルベルトやここにいないイヴもオレと同じ結論に至るだろう。
「王室親衛隊は陛下の娘であるルミアを見つけ出し――――」
♢♢
母親との対面の後、一度はグレンと共に競技場へ戻ったルミアは、誰に告げることもなく競技場を抜け出し、学院敷地の南西端にあるベンチに座り、沈鬱な表情で空のロケットを見つめていた。
そこにルミアを探しに来たグレンが現れ、暫く話をしてから競技場に戻ろうとしていた矢先。
「ルミア=ティンジェル……だな?」
王室親衛隊の衛士が五人。
前方で競技場に向かって歩いていたグレンとルミアの前に現れ、二人を囲むように、音もない足捌きで素早く散開した。
「ルミア=ティンジェル……だな?」
「え?は、はい……そ、そうですけど……」
ルミアが返答した次の瞬間、衛士達は弾けたバネのように一斉に抜剣し、ルミアにその剣先を突きつけていた。
「お、おい!?なんのつもりだ!?」
グレンがルミアを庇うように前に出る。
「傾聴せよ。我らは女王の意思の代行者である!」
一隊の隊長格らしい衛士は、朗々と宣言した。
「ルミア=ティンジェル。恐れ多くもアリシア七世女王陛下を密かに亡き者にせんと画策し、国家転覆を企てたその罪、もはや弁明の余地なし! よって貴殿を不敬罪および国家反逆罪によって発見次第、その場で即、手討ちとせよ。これは女王陛下の勅命である!」
あまりにも現実離れした、その現実に。
グレンとルミアは凍りつくしかなかった。
ここでのプロットは、
・女王と対面、ルミアのところに案内
・帰りも送迎
・午後の部スタート、二人と対面
・護衛の暴走を第三者の視点で
と言った感じです。