ようこそロクでなし魔術講師のいる教室へ   作:嫉妬憤怒強欲

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乱闘戦

『さぁ、魔術競技祭もいよいよ酣!午前の部では大健闘を果たした二年次生二組、後半になって遂に失速か――ッ!?』

 

 競技場に相変わらず威勢の良い実況の声が響き渡る。

 次の種目は『変身』、リンの出る種目だ。

 

『おおっ――とぉおおおおッ!?ハーレイ先生率いる一組、セタ選手!迫力満点な竜に変身したぁっ!これは凄い!』

 

 今は一組の番で、会場が大きく騒いだ。

 真っ赤な鱗に、大きく広げた一対の翼、太い四肢の指先から生えた鋭い爪、口から覗く鋭い牙、本物と見間違えるほどの迫力に満ちた巨大な有翼の竜が現れ、フィールド上で咆哮を上げる。

 

「ひっ……!?」

 

 その迫力に、オレの近くにいるリンが思わず後ずさってしまう。

 

『これは各審査員の先生方も高評価!9、9、10、9点…合計37点!これはいきなり決まってしまったか――ッ!?』

 

 次はリンの番だ。

 これを落としたら優勝はないため、二組にしてみれば、かなり重要な競技になっている。

 そんな状況下にリンはというと、

 

「や、やっぱり無理だよぉ…」

 

 涙目になって、怯えたハムスターのようにカタカタ震えていた。

 そりゃそうか。真面目でプレッシャーに弱いタイプにこれはキツイ、が今更誰かと交代させるつもりはない。

 リンが”成長”するためには必要だからだ。

 仕方ない。

 

 トンッ

 

 オレは人差し指の腹で、リンの頭のてっぺんにあるツボ、百会を軽く押す。

 

「ひゃあぁぁ!?!?」

 

 オレの不意打ちに、リンは驚いて頭を両手で覆いながら身を屈めた。

 

「き、キヨト君!?な、何するの」

「悪い。ツボを押して緊張をゆるめてやろうかと…落ち着いたか?」

「あっ、あれ?」

 

 万能のツボである百会を押さえることで、全身の気血のめぐりが良くなる。そうすると自律神経が整い、ストレス解消や不眠、頭痛、肩こり、目の疲れなどの症状の解消に繋がるのだ。

 

「これはルミアにも言ったことだが、今慌てたって仕方ないし、リンが今日まで頑張ってきたのは確かだ。余計なことを考えず、ただそれを発揮するだけでいいと思う。そういえば、変身はもう大丈夫か?」

「あっ、う、うん……うまくいかなかったのはイメージがあやふやになってたからで、その…イメージを固めるために、競技開始までこの前の聖画集をずっと眺めるように先生から言われた」

 

 ああ、練習期間初日に図書館で見せてくれたあれか。

 

「なら問題ないな。この競技、リンが勝つ」

「え?」

「気にしなくていい」

 

 オレが差し伸べた手を、リンは掴んで立ち上がる。

 

「どうせ祭りなんだ。もし失敗してお前を責めるような奴がいれば、先生に頼んで黙らせてもらう」

「そこはキヨト君が鉄拳制裁しないんだ……」

「生徒同士の暴力沙汰は問題になるからな」

「……ふふっ」

 

 なにが面白かったのか、リンは突然くすくすと含むように笑い始めた。

 

「どうした?」

「だって…キヨト君と先生がどこか似てて」

「えっ」

 

 あのロクでなしとオレが似てる?

 流石にショックだ。

 

「どう似てるんだ?」

「その……性格とかは違うんだけど、私のこと励ましているんだなって」

 

 なんだそういうことか。安心した。気を取り直して………。

 

「オレも後の競技があるから気楽にいけ、とは安易に言えないが、お互いベストを尽くそう」

「うん!いってくるね!」

 

 ようやく決心が固まったのか、さっきとは打って変わった笑顔で競技場へ駆け出していった。

 

 

『さぁ、次は変身魔術なら学院内でもちょっと有名人、二組のリンちゃんの登場だ!さて、彼女はどんな変身を見せてくれるのか――ッ!』

 

 実況のアナウンスが流れ、フィールドに立つリンに観客達が注目する。

 先程までの狼狽えぶりが噓だったかのように落ち着いているリンの詠唱が開始した。

 

 

「《刮目せよ・我が幻想の戯曲・演者は我也》!」

 

 

 そうしてリンが【セルフ・イリュージョン】で変身したのは……。

 

『て、天使様だぁあああ――ッ!?魔術学院に聖画から抜け出てきたような天使様が降臨したぁあああ――ッ!?これは美しい!』

 

 手に持っている鍵が黄金色からして、時の天使ラ=ティリカの方か。

 まるで聖画集から飛び出してきた様なその神々しい姿に、会場の誰もが息を吞んでいる。

 

 

 この競技は出場者が何かしらの姿に変身して、その変わり様の出来に応じて点数を競い合う競技だ。つまり審査員が抱いた”印象”の度合いが、数字として反映されるということだ。

 審査員や観客たちがさっきの竜に対して抱いた印象は”恐怖”。

 対する天使には”神々しさ”だ。存在自体が定かじゃない分、人はそれに強く惹かれるものだ。

 

 実在している生き物と神秘的存在の内、どちらが数字として勝るかと問われれば当然………。

 

『得点は…10点、10点、10点、10点!40点満点!パーフェクトだー!』

 

 完璧と言っていいほどの出来具合も含めて、一組を上回った。

 鼓膜に響くほどの大きな拍手と大歓声が会場に木霊した。

 

「やったやった!キヨト君!私やったよ!」

「ああ。見てた。おめでとう」

 

 オレのところにトコトコと駆け寄ってきたリンは、興奮が収まられないのか、いつもと違いテンション高い。

 

「ありがとう!満点取れたのキヨト君のおかげだね!」

「いや、オレはなにもしていない。満点を取ったのはリン自身の実力だ」

「そ、そうかな?」

「そうだ。お前はお前が思っている以上に優秀だ。ちょっと自分に自信がないだけだ」

 

 魔術の行使の精度は、術者の精神状態にも左右される。自信がなければ、力を上手く発揮できないのは当然だ。

 

「お前の実力はここにいる皆が保証してくれる。勿論オレもな。だから誇っていいと思うぞ」

「……っ!」

 

 オレの正直な感想を告げると、途端にリンの顔が真っ赤に染まった。

 

「あ、ありがとう…」

 

 照れているのか、リンは顔を隠すように俯かせながら、クラスのところへ戻っていった。

 

「頑張ったなリン!」

「パーフェクトを取るなんて凄いですわ!」

「あら?お顔が赤いようですが?」

「な、なんでもないよ……」

 

 クラスのところに戻ったリンをクラスメイト達が褒め称える。これだけの高得点を取ったんだから、文句を言う奴は誰一人としていなかった。

 

「むっ……」

「どうしたル…リィエル?」

「……別に」

 

 ぷい、とそっぽを向くリィエルはふくれっ面をしていた。

 なんで?

 

 

 

 リンの最高得点獲得を皮切りに、それからの二組の勢いが完全に戻り、続く『使い魔操作』、『探査&解錠』でも結果を出していった。凄いな皆。どんだけ、グレン先生にバカにされるの嫌なんだよ。

 

 午前の部を彷彿とさせる快進撃に、観客も再び熱狂に火が点いたようで、沸き立ち始めている。

 『グランツィア』でも、条件起動式を利用したエグい戦法で二組が圧勝し、総合順位トップの一組との差が縮まり始めた。が、各競技において常に一位か二位を取り続けてきた一組にはまだ届かない。

 

 残す競技は二つ。

 オレが出る『乱闘戦』とシスティーナ、ギイブル、カッシュの三人が出る『決闘戦』のみ。

 二組が優勝するには、両競技で一位を手にする以外に道はない。

 

 まあ、別に二組の優勝に拘る必要はないと思うが……。ここで空気読まずに負けたら流石にクラスで浮きそうだ。

 

『次の競技、”乱闘戦”に出る生徒は入場口まで来てください』

 

 そろそろ『乱闘戦』の時間になり、フィールドに向かおうとしたとき、リィエルにくいっと袖を引っぱられた。

 

「どうした?」

「……お願い、勝って」

 

 抑揚のない声援に、偽りようのない強い想いが込められているのを感じた。

 

「…まあ、やるだけやる」

 

 それだけ告げ、オレはフィールドへと向かう。

 

 

 

 管理室からの制御呪文が起動し、競技場の環境制御魔導機能が働くと、石畳の平坦なフィールドが土に変わり、あちこちに石柱や樹木が形成されていく。

 変更完了の合図が鳴り、木々が林立する林へと姿を変えたフィール上に足を踏み入れる。

 

 各クラス選手が全員揃い、実況が声を張り上げた。

 

『さあ!魔術競技祭の競技も残り二つ!今年からの新競技”乱闘戦”が始まります!ルールは簡単!各クラスの出場選手には、バトルロワイアル形式で互いに魔術を撃ち合ってもらいます!場外に出るか、気絶、またはギブアップなどで戦闘不能となった選手は即脱落、フィールドから除外されます!最後に立っていた選手だけに得点が入る!まさに最終競技である”決闘戦”の次に目玉の競技と言えるでしょう!』

 

 ルールに関しては予想通りか。

 問題は最後の一人になるまでの過程だ。実況はバトルロワイアル形式とは言ったものの、必ずしも最初から乱戦になるわけではない。

 

 その証拠に、他クラスの出場選手達の鋭い視線がオレに集中していた。

 一、二、三………八人か。二組を除いた九クラスのうち、一人だけオレとは違う方向を向いていた。

 襟章からして、三組か。確か、セシルが出てた『魔術狙撃』で一位を取ってた女子生徒だったか。 

 身長は大体百六十くらいの華奢な体躯、頭に黒いリボンを巻き、サラリとした金色の髪を腰まで伸ばした、冷静さと知的さを感じられるその少女は、周囲の選手たちをキョロキョロと見渡していた。

 オレの視線に気付いたようで、目が合った時に向こうは此方に軽く会釈をしてきた。

 マナーとして、一応こっちも会釈をしておく。

 

『それではカウントダウンスタート!』

 

 実況の説明が終わると同時に、十秒のカウントが始まる。

 出場者達が位置に着き、オレもスタートの合図を待つ。

 

 そしてカウントがゼロになった瞬間、

 

「「《雷精の紫電よ》!」」

「「「《大いなる風よ》!」」」

「「「《白き冬の嵐よ》!」」」

 

 全クラス………いや、三組の女子を除いた八クラスの選手がオレに左手を向け、一斉に呪文を唱えた。

 ま、予想はしてた。

 オレに迫ってきているのは、眩い雷光、吹き荒ぶ暴風、凍てつく冷気の衝撃。 

 

「《大気の壁よ》」

 

 オレは初級対抗呪文である黒魔【エア・スクリーン】を起動し、広く張った空気の障壁で、殺到してきた突風と冷気を受け止め、紫電を逸らす。

 だが一点目掛けての集中砲火は、互いに衝突と相乗を引き起こした。

 

♢♢

 

 競技場が微かに震動するほどの爆裂が巻き起こる。フィールドに土煙が舞い、視界が遮られてしまった。

 

『ああっとぉ!? 二組のキヨト選手に集中砲火あぁ!!まるで示し合わせたかのようだぁああ!!』

 

 実況が声を張り上げるが、観客席からの歓声はない。フィールドで起こった出来事を見て戸惑う者、悲鳴を上げる者、顔を蒼白させる者までいる。

 それは二組のところも同じ。

 

「卑怯よっ!!大勢で攻撃するなんて!!」

 

 システィーナがまず抗議の声を上げた。

 

「他クラスの連中は二組の優勝を阻むべく結託したようだな」

 

 顔をしかめながらも、冷静に分析するアルベルトに、「えっ!?」と他の二組の生徒達の視線が集まる。

 

「そんな、いくらなんでもそこまでする?」

「大方、成績下位者に負けた腹いせだろう。他のクラスの選手達は全員、成績優秀者だ。なのに二組に負けていることに、我慢ならなかったんだろうな」

「だからって、こんな……!」

「あんまりですわよ……」

「汚ねぇぞお前ら!!」

「ふん!他クラスと同盟を組んじゃいけないってルールはなかったぞ!」

 

 一組の生徒が嚙みついてきたカッシュを黙らせるが、観客席にいる二組を応援していた生徒達からブーイングを浴びる。

 

「落ち着けお前たち。何でもありの乱闘、こうなることは想定していた。既にアイツなりに対策を取っている………と、グレンから聞いている」

「でもあの状況じゃ……」

 

 この煙が晴れれば、キヨトは場外に飛ばされているか、その場に倒れて気絶しているかのどちらかだろうと観戦している面々は思った。

 

 やがて煙が腫れる…そこには…

 

『な、何という事でしょう!集中砲火を受けたはずのキヨト選手が立って………えっ?ちょっと待ってください………キヨト選手が一人じゃありません!二人、いや三人………九人います!?これはどういうことなんだぁぁぁぁ!?』

 

 実況の興奮混じりの叫びが木霊する。

 フィールド上に『乱闘戦』の出場者達の姿が見えず、代わりに九人のキヨトが立っていた。

 競技場中の誰もが奇怪な状況に驚いていたが、キヨト達(?)自身も戸惑っている様子から、アルベルトがいち早く絡繰に気付いた。

 

「………どうやらあいつは【セルフ・イリュージョン】を使ったようだな。それもかけたのは自身にではなく、他クラスの連中全員ときた」

「え?え?」

「どうしてそのようなことを?」

 

 誰もが疑問に思う中、フィールド上で動きがあった。

 

「《雷精の紫電よ》!」

「ちょっ、俺は違―――ぎゃあああああ」

 

 痺れを切らした一人のキヨト(?)が、近くにいたキヨト(?)を攻撃する。

 電撃をまともに喰らったキヨト(?)が倒れると、ぐにゃりと輪郭が歪み、五組の選手へと姿を変えた。

 

『な、なんと!?最初に脱落したのはキヨト選手ではなく、五組の選手だったあぁあ!』

「おい!何やってるんだ!」

「うるさい!この中のどれかが二組だろ!お前か!?」

「馬鹿やめ――がはぁ!?」

「やったな!この!」

 

 五組の脱落してから、別のキヨト(?)が近くのキヨト(?)に攻撃する。

 それをきっかけに、また次、また次と――

 連鎖するように、キヨト選手の姿をした選手同士が互いに魔術を撃ち合い始める。

 

『ああっとぉ!?フィールドで乱闘状態に入りました!全員同じ姿、同じ声をしていて、これでは誰が誰だかわかりません!』

「な、なんかおかしなことになっていますわ……」

「単純な話だ」

 

 まだ状況を掴めていない二組のために、アルベルトが解説を始める。

 

「他クラスは勢いに乗っている二組を落としたくて手を組んだ。カッシュ、もし狙われているのが自分だとわかったらどうする?」

「え?………そりゃあ防御に徹するか、何処かに隠れるな」

「それも手の一つだ。だがそんなことをしても、複数のクラスに狙われている状況は変わらない。最終的に数で推されて終わりだ。だから一対多の状況を覆すには、『最初の狙いが自分一人である』という条件をなんとかするしかない。それでとった手が、この攪乱戦術なんだろう」

「あ、そっか。皆キヨト君の姿をしているから……」

「見分けがつかない以上、同盟は解消になり、一対一のバトルロワイアルに早変わりだ。子供騙しの手口に過ぎないが、学生の域を出ない生徒達には、この通り効果覿面だ」

「マジか……」

「あ、あの…それで、肝心のキヨト君本人はどこに?」

「掲示板を見てみろ…」

「掲示板?あっ」

 

 全員の視線が、実況席に設置されている掲示板に浮かび上がる情報に向く。

 

『フィールド上の残り人数:七人、脱落者:五組、六組、九組』

 

「あれ?でもフィールドにいるのって、一、二、三………六人だぜ」

「あいつはまだフィールドの中にいる。おそらく【セルフ・イリュージョン】をかけた後、どこかに身を隠しているんだろうな」

 

 

♢♢ 

 

「……思っていたより簡単に引っかかったな」

 

 現在オレは、他クラスの選手同士が互いに潰し合う様子を、木の陰から窺っていた。

 

 爆発が起こる直前、オレは縮地による高速移動でその場から離れながらもう一度【エア・スクリーン】を起動し、球体状に形成した圧縮空気の膜で全身を覆い、爆発の衝撃を凌いだ。

 それから視界が土煙で遮られている状況を利用して、その場から動いていないであろう選手全員に【セルフ・イリュージョン】をかけた。

 ただし、『変身する対象を一つに絞る』、『十分を過ぎる、あるいは攻撃が当たると解ける』という制限をつける代わりに、一度にかける対象を複数にできるように改変したもの。

 

 なんてことはない。基礎さえおさえていれば誰でもできる。

 制限時間付きだが、それでいい。

 

 そもそも連中は優勝を狙う敵同士で、手を組んだのは『勢いに乗っている二組を落としたい』という一時的な利害の一致によるものであるため、協調性を欠いている。

 優勝を狙う敵同士である以上、蹴落とすことに躊躇ない。相手が本人かどうかなんて二の次だ。

 自分にかけられた変身を解呪する手もあるが、その間に攻撃を受けるというリスクがある。

 

 変身が解ける頃には、何人かが脱落し、残った選手は魔力を消耗しているだろう。

 このままやり過ごすのも手だが………。

 

「おっと」

 

 横に跳んで木の陰から出る。その直後に電気の力線が、オレのいた場所を通り過ぎた。

 選手の一人がオレに気付いたようだ。

 

 ちょうど十分が経過し、変身が解ける。

 残っているのは一組、三組、四組、七組、十組の五人。軌道を逆算してみた限り、オレに攻撃したのはどうやら三組の女子か。

 

『二組のキヨト選手健在!?あの集中攻撃をやり過ごしていたようだ!!』

「ふざけた真似しやがって……もう一度だ!今度こそあいつに――」

「――《雷精の紫電よ》!」

「グハァ!?」

「ん?」

 

 透き通った声での詠唱が響く。

 扇動しようとしていた一組の生徒に、【ショック・ボルト】を放って黙らせた選手がいた。

 

『三組のリアナ選手!一組のクライス君を脱落させた!現時点で一位の一組にこれ以上得点を取らせないつもりなんでしょうか!?』

「おい!どういうつもりだ!」

「――これ以上の痴態は見るに堪えなかっただけだ」

 

 なにやら向こうは言い争っている様だが、まあいい。

 

「《虚空の残響よ》」

 

 オレはこの隙を逃さず、黒魔【スタン・ボール】を発動。左手のひらに形成された圧縮空気球を連中の中心へ投げ放つ。

 

「な――ッ!?く、くそ、≪大気の壁よ≫――ッ!」

 

 向こうが泡を食って対抗呪文を唱える。

 空気の球はばんっ!と大きな音を立てて破裂し、大気が激しく震えて振動する。

 向こうが張った空気障壁で防がれたが、想定の範囲内だ。

 

「《雷精の・紫電よ》」

 

 【ショック・ボルト】を二節のルーンで発動する。

 七組の選手へ向かっていた力線は途中で軌道を変え、右に大きくカーブを曲がって四組へと向かう。

 

「えっ、なんで―ぎゃあああ!?」

『ま、曲がったああああ!?直進するはずの電撃が右に曲がったあああ!?予想外の攻撃に四組は回避する間もなく直撃!!』

 

 やっぱり他のクラスはこれを知らないか。

 グレン先生が非常勤講師だった頃に(真面目に)やった授業で、最初に習った【ショック・ボルト】発動の失敗例。あれを意図的に起こしてみせた。

 失敗例は失敗例でも、使い方によっては成功例よりも役に立つことがある。

 前方に障壁を展開している相手に攻撃を届かせたいなら、障壁を避けつつ上か横から攻撃を当てればいいだけのこと。

 『電撃は真っ直ぐ飛ぶ』という固定観念に縛られている相手の虚をつくには効果覿面だが、あくまでも初見殺しの技だから二回目以降は通じないだろう。

 別にそれはいい。相手の攻撃パターンを把握した今、既に勝ち筋は見えた。

 

「―――残り三人」

「くそ!《紅蓮の炎陣よ》!」

「《大いなる風よ》!」

「《白き冬の嵐よ》」

 

 十組が黒魔【フレイム・ウォール】、七組が【ゲイル・ブロウ】を放って来る。

 オレは十組が展開した放射状に爆発的に広がる炎の壁に、【ホワイト・アウト】で相手の体の感覚を奪う程の冷気をぶつけた。

 

 読み通り、急激な温度差の影響で空気の動きに変化が起こる。

 下から上に向かって吹く上昇気流が発生し、【ゲイル・ブロウ】を巻き込む。

 回転する暴風が上空へ引き延ばされ、細く強力な渦がフィールド上に形成された。

 

「な、なんだこれぎゃあああああ!!」

「も、《守り人の加――うわああああ!!」

 

 飛ばされないように、オレは【グラビティ・コントロール】で自身の体を大地へと縫い止め、竜巻が収まるまでやり過ごしながら、次に備える。

 

 

♢♢

 

『こ、これはあああ!?竜巻です!!どういうことかフィールド上に発生した竜巻に七組と十組が巻き上げられ、そのまま場外へと飛ばされ脱落――ッ!?残るは二組のキヨト選手と三組のリアナ選手のみとなりました!!このような展開、誰が予想していたかあ!?』

 

 この予想外の展開にいつの間にか観客達は盛り上がり、大歓声を上げていた。

 竜巻は収まったものの、立ち込めた土煙でフィールドは見えないが、掲示板には二組と三組が残っていることが表記されていた。

 

「うそ…」

「マジか……」

 

 観客席にいる二組の面々は唖然としていた。

 

「さっきの【ショック・ボルト】って、前にグレン先生が見せてくれたアレだよね?」

「………アルベルトさん、あの竜巻がどうやって起こったかわかりますか?」

 

 システィーナからの問いに答えるアルベルトの言葉に、生徒一同耳を傾ける。

 

「熱と冷気、どちらが重いか軽いかわかるか?」

「え?確か熱気が軽くて、冷気が重いんでした」

「そうだ。では、その二つが衝突した際なにが起こる?」

「?当然エネルギーの衝突で爆発が……」

「とか言うだろうが、まったくの勘違いだ」

「は?勘違い?」

「実際には、気圧差が起こった影響で軽い熱気が上に、重い冷気が下に移動して熱気を押し上げる。それにより大気が不安定になり、急激な上昇気流が発生する。局所的な変化ならば強い突風が発生するわけで、殆どの奴が爆発したと錯覚しているに過ぎない。自然理学の内容を理解しておけば誰でも気付くことだ」

「ええ……」

「ちなみに、グレンの生徒なら知っているだろうが、【ゲイル・ブロウ】のような風系の攻性呪文の場合、風を巻き起こすにはまず魔力を重力へと変換し、気圧差を引き起こして気流の流れを作り、それから物理作用力を生み出している。気圧差の起こし方は異なるが、気流の流れで風が起こるという点は同じだ」

「じゃ、じゃあその【ゲイル・ブロウ】が竜巻になったのは?」

「自然界で見られる竜巻は、地上付近で風が回転しているところに、積乱雲からの強い上昇気流が重なることで発生する。風が回転しながら上へあがるにつれて、回転の半径が小さくなり、風速が上がることで竜巻となるわけだ。フィールドで起こっているのは、『上昇気流』と『【ゲイル・ブロウ】で発生する暴風』が重なったことで、竜巻発生に必要な条件を満たしたからだろう。過去の魔導戦でも、たまたま似た条件が重なってしまい、敵味方共に巻き込まれて自滅するという事例が少なからずあったらしい」

「こわっ」

 

 もしも軍用魔術クラスで竜巻が起こった場合どうなるか、想像してしまった何人かの顔が蒼白する。それを見逃さなかったアルベルトは淡々と言い放つ。

 

「怖がって当然だ。今回のは殺傷力が低い学生用の攻性呪文だったおかげであの程度で済んだが、一歩使い方を間違えたら地獄。それが魔術の、厳然たる事実だ。それ以上でも以下でも無い。魔術を学ぶ以上、避けては通れない道だ。それでもお前たちがこの道を選ぶのなら、自らを戒めなくてはいけないし、恐ろしさを忘れてはいけないということを肝に銘じておけ」

「お、おお」

「………なんかアルベルトさん、グレン先生に似てるな」

「ですね。先生みたいに物知りですし」

「というか、本人じゃないかって錯覚しちまったぜ」

 

 生徒達の言葉にアルベルトは動揺しかけるが、必死に平静を装う。

 

「ぐ、グレンならそう言うと思っただけだ。それより、くれぐれも熱系と冷気系、風系の組み合わせには気を付けろ」

「分かってますよ。あんなのに巻き込まれるの御免ですし」

「ひょっとしてキヨトの奴、狙って竜巻を起こしたんじゃ?」

「なに言ってるんだいカッシュ。あんなの偶然に決まっている。竜巻の発生原理を知っていたところで、自滅のリスクが大きいものをやるなんて正気じゃない。僕は絶対やらないよ」

「俺だってやりたくねえけどよ…」

「もし狙ったのなら、彼は相当頭がおかしいことになる」

「お前そこまで言わなくていいだろ…」

 

 カッシュの突っ込みが入ったが、ギイブルはそれを鼻で笑いながら一蹴し、見えないフィールドへと視線を移した。

 

「……偶然にしろ意図的にしろ、残る障害は彼女です」

「?あの三組の女子がどうした?」

「リアナ=オーウェン。僕やシスティーナと同じ成績上位者ですが、実家が騎士の家系であるオーウェン家ということもあってか魔術戦に強く、去年の競技祭でも決闘戦で学年トップのシスティーナを打ち負かしたほどの実力があります」

「マジかよ、じゃなくて……そうなのか。騎士の家系ということは、最初の集中砲火に参加しなかったのは騎士道精神とかでなのかもな」

「あっ、そういえば」

「なんか仕切ってた一組の奴を黙らせてたしな」

「あれ見てスカッとしたぜ」

 

 基本、誰もがインテリ然と澄ましているこの学院の生徒達の中で珍しいタイプである。

 

「どういう意図で行動したかはともかくとして、この『乱闘戦』で一番の障害は彼女と言っていいでしょう。最初の潰し合いで魔力を消耗してるとはいえ、編入して数ヶ月のキヨトには荷が重い気がする。このまま二組全員で優勝といって欲しいところだけど……ってどうしんだい皆。僕を見て?」

「……いや、ギイブルの口からそんな言葉が出るなんて思わなくてな」

「種目決めの時、かなりキツイこと言ってたけど、なんだかんだ言ってクラス皆で勝ちたいんだ」

「キヨト君のこと、気遣ってるみたいだし…」

「なっ!?」

「なんだよギイブル?お前実はクラス思いの良い奴だったのかぁ?」

「ち、違っ…!僕はただあのロクでなし講師に馬鹿にされるのが嫌で―」

「はいはい。お前の言いたいことは分かってるって」

「素直じゃありませんわね~」

「君たち、僕の話を聞けぇ!!」

 

 ギイブルが恥ずかしい思いをしている中、アルベルトとリィエルは静かにフィールドを見据える。

 

(……本当に勝ってくれよ、キヨポン)

 

♢♢

 

 私、リアナ=オーウェンは、フィールドに突如発生した竜巻を【グラビティ・コントロール】でなんとか凌いだ後、未だ土煙に包まれた森の中に潜む二組の選手を探していた。

 この程度の土煙、【ゲイル・ブロウ】で簡単に吹き飛ばせるが、それでは私の位置を知らせることになる。

 いや、既に気付かれているかも。

 

 成績下位者だからと侮っていたわけではないが………勝てないかもしれない。

 

 一組と三組との差は大きい。仮に私がこの『乱闘戦』を制し、後の『決闘戦』で勝ったところで、三組が一位になることはない。

 

 正直なところ、私は今の魔術競技祭が好きではない。

 自己顕示欲と名誉欲にまみれた講師たちは体裁や格式に拘り、成績の優秀な者だけ優遇して使い回し、残る大半を切り捨てるか捨て駒にするという始末。以前おばあ様から聞いていた、全員一緒に盛り上がったお祭りとは遠くかけ離れていた。

 全然楽しくなかった、というのが私の正直な感想だ。

 どうせ今回も、と思っていたが、まさかの二組が全員出場。観客も歓声を上げるほどの快進撃を見せた。

 

 二組の方を観察してみると、楽しそうだった。

 一丸となって、楽しそうに、一生懸命に勝負に挑み、皆でクラスメイトを応援し合っている二組の熱い姿。あれがおばあ様が語った魔術競技祭のあるべき姿だと思った。

 

 三組の出場者ではあるが、二組が優勝する瞬間を見てみたい自分がいる。

 

 

 だが――――

 

 私は雷の騎士(オーウェン家)の一人だ。

 おいそれと勝ちをくれてやるつもりは毛頭ない!

 たとえ勝てないかもしれない相手だとしても、一矢報いるくらいできる。

 

 万が一見つからないよう、自らに認識阻害の魔術をエンチャントし、気配探知と五感強化で捜索して数分。

 

 ガサリ

 

 見つけた。

 物音がした方向に静かに近づき、木の陰に身を隠して様子を窺う。

 彼は周囲を警戒しながら身を隠すように茂みから茂みへと移動している様子からして、まだこちらには気付いていないようだ。

 

「…っ」

 

 先程の乱戦で魔力をかなり消耗した。

 対する彼が使用した魔術の回数は確認できただけでも計四回。まだ余裕があるはず。

 

 八人の同時攻撃を物ともせずに同士討ちさせ、更にはトリッキーな攻撃で翻弄する立ち回りの上手さは既に学生の領域ではない。ひょっとしたら去年の決闘戦で対峙した学年トップのシスティーナ以上かもしれない。

 

 真正面から勝負を挑んだところで返り討ちにあうか、攻防戦に持ち込めたとしても、私の方が先に魔力切れで終わるだろう。

 

 そうなると、気付かれていない今を狙うしかない。

 一撃で仕留める!

 

「《雷精の紫電よ》!」

 

 最速一節詠唱で【ショックボルト】を放つ。

 指先から放たれた紫色の力線が真っ直ぐ、彼の背中へ飛んでいく。

 

 私の勝ち――――

 

「なっ!?」

 

 当たったと思った瞬間、彼の輪郭が一瞬ぐにゃりと歪んだ。

 再び焦点が結像し、そこに現れたのは、角ばった透明な水晶の塊だった。

 

 囮!?

 

 まさか、物体に【セルフ・イリュージョン】を―――

 

 バチィ!

 

 考える間もなく、私の放った紫電が水晶の平らでない表面で着弾し、拡散。様々な方向に反射しだした。

 

「なっ」

 

 無数の紫電が周囲に着弾していく。

 いくつかが此方に飛んでくるのを察知した私は、すぐさま回避行動を取った。

 

 迂闊だった。

 【セルフ・イリュージョン】を選手だけでなく物体にもかけるなんて……。

 おそらく、あの結晶はフィールドに形成された石柱を錬金術で作り変えたものなのだろう。   

 私を誘い出すための囮として、【セルフ・イリュージョン】で自らの姿をかけてから【サイ・テレキネシス】で動かしていたか。

 

 その上結晶の表面を魔力でコーティングし、反射当てにすることで私の【ショックボルト】を――――。

 

 待て。

 まさか、私が【ショックボルト】を撃ってくることを読んで――――

 

「―――紫電よ》」

「っ!?」

 

 視界の端に人影を捉え、顔を向けた時。

 

 バチンッと電気が弾ける音と共に、身体に痺れが襲いかかった。

 

「がは――」

 

 意識が朦朧する中、無機質な二つの眼が私を見下ろしているのを見たのを最後に、そこで私の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

『決まったあぁあああ!キヨト選手、一人残らず他選手を打ち倒して一人勝ちだああああ!! 』

 

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