本日の最後の授業だった錬金術の授業が終わった放課後。
二組の教室では数人の生徒達がリィエルの席に寄り集まっていた。
教室に残った生徒達が雑談していると、リィエルが実技授業で見せた高速錬成が話題に上がり、なし崩し的にリィエルは自身の錬金術、高速武器錬成の魔術式の解説をすることになったのだ。
法陣は構築された術式と魔力を通す幾何学模様の形によって様々な効果を発揮する。
それらの構造をいじることで、作用強化や、別効果を付与することが可能になるのだ。
ちなみに、肉体と精神を扱う「白魔術」、運動とエネルギーを扱う「黒魔術」、元素と物質を扱う「錬金術」、使い魔などを呼び出し使役する「召喚魔術」といったように魔術の系統が分かれているのは、使うの法陣の構造に依るものだからと言っても良い。
「で、ここがこうなって……この場面でここの元素配列式をマルキオス演算展開して……こんな感じで根源素を再配列していって……物質を再構成して……」
スラスラと数枚に渡って、複雑極まりない元素配列変換の錬成式と、それを制御する魔術式が、びっしりと記載されている。
「…わかった?」
「おう、まったくわからん」
「リィエルって凄いね……私も途中から何をやってるのか全然わからなくなっちゃったよ……」
昼休みに教えてもらう約束をとりつけていたカッシュやルミアは白旗を掲げた。
「す、凄すぎる……」
「なんて事……こんな術式、誰が作ったのよ……」
その他の生徒も理解できない者が過半数だが、座学だけは優秀なセシルや、学年トップクラスの成績優秀者のシスティーナは驚愕に顔を強張らせていた。
「こんな応用見たことがない…ウーツ鋼の大剣をどうやって、あんなに素早く錬成していたのか不思議でしょうがなかったけど…まさか魔術言語ルーンの仕様に存在するバグすら利用していたなんて………道理で帝国軍にも配備されていない術式だと思ったよ……」
「リィエル……いつもこんなことをやっていたの?」
セシルが脂汗を浮かべながら感嘆の息を吐く中、システィーナが険しい表情でリィエルを問い詰める。
「これ一歩間違えたら、脳内演算処理しきれずに意識が飛んで、数日は確実に寝込んでしまうわよ」
「……そうなの?」
「そうよ!!」
「……だけど、こうした方がまだ安全だって、兄さんは言ってた」
何の感慨もなく、リィエルはそう呟く。
「ちょっと待って。この術式がまだ安全の部類だって言うなら、これよりもっと危ない術式があるというの?」
「んと……」
リィエルが再び羽ペンを紙面に走らせ、その術式を記載していく。
書き終えた術式を見て、システィーナは激しく憤慨した。
「なんなのこの術式は!?こっちの術式は深層意識野の使わせ方がデタラメで、使う術者の安全を全く考慮されていないじゃない!!一歩間違えたら廃人になっちゃうわよ!!」
「ええ!?」
「廃人……!?」
システィーナの言葉を聞いた生徒達は恐怖で顔を青ざめた。
「まったく……正気とは思えないわ、この術式作成者。術者なんて使い捨てだという、術式製作者の意図が丸わかりよ。これならさっきの術式の方が遥かにマシだわ」
「確かに本当に凄いね……」
記載された二つの術式を見比べるセシルは感服したように呟く。
「効果は同じなのに術式の構造がかなり違う。こっちの術式を一から構築し直したのかな?この術式の方が深層意識野への負荷が少なくて、間違いなく安全性をある程度確保できている………この術式を考えた人は間違いなく天才だよ」
「本当にその通りね。どうしたらこんなの思いつくのかしら」
システィーナもセシルの意見に同意する。
「リィエルちゃんのお兄さんが考えたのか?」
話の内容から凄い事だけは理解したカッシュは好奇心からリィエルに質問をするが、
「……違う」
「「「え?」」」
「
「友達?その人ってどんな人?」
「知らない……会ったこともない」
「じゃあ、名前とかは?」
「兄さんはただ
リィエルからはこれ以上術式の製作者について聞けないようだった。
「…まあ。どっちにしろ、この術式を使いこなすには錬金術に対して圧倒的な天賦のセンスがいるから真似できないわね。もう固有魔術と言っても過言じゃないわ」
システィーナは場をまとめにかかる。
「真似なんてできるわけねーだろ……」
「多分、リィエル以外の誰にもできないよ……」
カッシュとセシルの呟きに、全員が揃って首を縦に振っていた。
「…あれ?」
「?どうしたのルミア?」
周りをキョロキョロしているルミアに気付くシスティーナ。
「えっと、キヨト君の姿が見当たらなくて……」
「あっ、本当だ」
「さっきまで近くにいたのに」
「放課後だからもう帰ったんじゃね?」
♢♢
最近オレはこう思う。躾がされていない子供は獣も同然だと。
「……ねぇ、キヨト」
「なんだ?」
「流石にこれはやり過ぎじゃないの?」
「この一週間のコイツの行動を見ても、まだそんなことが言えるのか?」
システィーナとルミアの視線の先、廊下にうつ伏せで倒れ、ぴくぴくと身体を痙攣させているリィエルがいた。近くには錬成した大剣が転がっている。
リィエルが学院にやってきて一週間。以外にも、アイツがクラスに受け入れられるのにそう時間はかからなかった。
ルミアやシスティーナだけでなく、カッシュやウェンディといったクラスの中心的なメンバーが、早々にリィエルを受け入れたのも大きかったかもしれない。あいつらがリィエルと話す光景を目の当たりにし、他の生徒も徐々に受け入れ始めていた。あの常識の無さからすれば、リィエルは驚くほどまともな学校生活を送っている。
だが、リィエルの残念振りが解決したわけではなかった。
リィエルはこの一週間、その常識のなさと感覚のズレっぷりから、グレン先生に対する悪口を言った生徒や講師への暴行行為といった、数々の問題を起こした。
流石は帝国軍の一緒に仕事をしたくない同僚ランキングにおいて万年の一位の実力は伊達ではない。
その都度担任のグレン先生に苦情が来て、監督責任として弁償をグレン先生が引き受けることになるという始末。給料からの天引きみたいだが、このままエスカレートしたらいずれ貰うどころか払う側になるかもしれない。
最初オレはリィエルの暴走には不干渉で行くつもりだったのだが、『このままじゃお前やリィエルが退学になるとか以前に、俺の給料が無くなっちまう!責任とかは俺が取るから、あの馬鹿を止めるの手伝ってくれ!』と、一番の被害者であるグレン先生にしつこく泣きつかれ、渋々フォローに回ることになったのだ。
「でも、もうちょっと穏便に出来ないのかな?」
「武器を錬成したら電撃を流して動きを止める。十分穏便な手段だと思うが?」
「そ、そういうことじゃなくて……」
暴走脳筋イノシシ娘を止めるのに効率的な手段として、オレは魔術罠【スタン・フロア】の条件起動型版をこっそりリィエルの制服に仕込んだ。
もしリィエルが許可なく高速武器錬成を使えば、罠が起動して【ショック・ボルト】と同じく電気ショックで麻痺させて行動不能にする仕組みだ。
リィエルはアホでも一応現役の宮廷魔導士である上、機動力と野生の勘の良さがある。戦闘中は後ろからの攻撃を見ずに避ける程に。【ショック・ボルト】程度の初級呪文では止めれないことは目に見えている。
だからこちらに意識してもしなくても必ず当たる攻撃で、リィエルの近くにオレ達がいなくても周りに被害が及ぶ前に速攻で沈めているのだ。
解呪自体は簡単であるが、気付いたとしても本人は初級の魔術もロクにこなせない劣等生なため、解呪できる程の腕は無いし、それに至る程の知能はない。
デメリットがあるとすれば、一度起動した後は効果が切れること、また仕込むならリィエル本人と周りに気づかれないように毎回こっそりやる必要があるなどだ。
ちなみに術式発動はこれで十回目である。
「ちゃんと威力は殺傷しないレベルにまで調整してある。リィエルの基準にだが」
「こんな物理的な手段で止めるのは、さすがにやり過ぎだと思うわ」
「そう言って言葉で止めようとしても、効果がなかったのをもう忘れたのか?」
「……うっ…」
「でも毎回痛い思いをするリィエルが可哀想だよ」
「毎回痛い思いをするということは、毎回人を傷つけようとしていたということだ。オレからしたら、いきなり大きな刃物で斬られそうになる相手の方が可哀想だと思うが?」
「そ、それはそうだけど……」
「というか、コイツが学院の誰かを傷つけた時にお前ら責任を取れるのか?今まで怪我人も死人も出なかったのは奇跡なんだぞ」
「「うっ……」」
最初はシスティーナとルミアは『リィエルが可哀想』という理由で、魔術罠を仕込むことに大いに反対していた。二人のお望み通り、言葉での制止を二人にさせてはみたものの、効果はまったくなかった。止まった頃にはかなりの被害を被っている。
アイツが言葉では止まらないことを証明させた上で、オレは今回の手段を講じたのである。
それでも二人が文句をつけてくるが、それなりに効果はあった。
リィエルが剣を振るう前に鎮圧できているため、被害が最小限に留まっている。
現在被害があるとすれば、電気ショックで気絶しているリィエルと、錬成で十字架型の窪みが出来上がった廊下の床、騒ぎを聞きつけてきた生徒会役員のリアナに土下座しながら説明するグレン先生くらいだ。
「別に好きでこんなことをしているわけじゃない。リィエルが反省してやらなくなればオレもこれ以上はやらないが………」
やられた後もケロッとしていることから、本人に反省の意思があるない以前に、善し悪しを理解していないことがはっきりした。リィエルが常識、というか自重を覚えるのはまだ当分先だろう。
「…これがオレの考えた、被害を最小限に抑えるための方法だ。気に入らないのなら先生に言えばいいし、二人が実力行使以外の良い案を持っているならそれをやればいいさ」
「………ようするに自分達で代案を考えろってことね」
「そうだよね。先生とキヨト君に文句を言っても何の解決にもならないし……」
しばらくの間、現状維持で社会常識を少しずつ教えていくしかないと二人を納得させた時、ちょうどグレン先生の方で話が終わった。
リィエルを簀巻きにして連行する先生の後をシスティーナとルミアが追いかける。
一人残されたオレにリアナが話しかけてくる。
「彼女、またやらかしたそうだな」
「みたいだな。なんか悪い」
オレはあたかも近くで居合わせたかのように振る舞う。
「いや。最初の数日に比べればまだ被害は軽い方だ………しかし今回も騒動の原因も二組の担任が関係しているか。慕っているとか言うレベルではない。二人はなにか親密な関係なのか?」
「さあな」
軍時代の同僚です、なんて言うわけにもいかないし、他人であるはずのオレが知っているのもおかしいため誤魔化しておく。
だがリアナの言う通り、慕っていると言うよりも依存しているの方が正しい。
帝都にいた時はただのアホかと思っていたが、こっちに来てからグレン先生への依存振りが浮き彫りになった。
「…まあとにかく、担任にも言ったが生徒会には私の方で上手く伝えておく」
「ああ、助かる」
編入初日にリィエルと顔を合わせたこともあり、リアナも最初は『アルミラージみたいな奴というのはこういう意味だったのだな』と驚いてはいたが、リィエルの残念振りを早くに受け止めた。
以来、生徒会役員である彼女は生徒会にリィエルに対する認識を誤らないよう、取り持ってくれている。
あっ、そうだ。
「礼と言ってはなんだが………」
忘れないうちに、リアナに折りたたんだ紙を渡す。
「これは?」
「前にオレに鍛えて欲しいと言ってただろ?取り敢えず、初級メニューやアドバイスをオレなりに考えてみた」
魔術競技祭でリアナの実力はある程度できた。
間合いの取り方や立ち回りが上手く、対応力も悪くない。後は基本的な体力作りと身体の動かし方などの土台を初級で固め、それから本格的に鍛えればいい。
初級で躓くことがなければだが。
「凄いな。かなり厳しそうな内容だ」
「嫌なら修正するが?」
「………いや。ありがとう」
「それと、このことは他の奴には黙っておいてくれるか?編入生風情が他生徒を鍛えているとなれば流石に目立つ」
「……うむ、わかった。このことは二人だけの秘密だな」
他の男子が聞いていたら嫉妬を招きかねない発言だな。
「じゃあ、そろそろ予鈴が鳴るからオレはもう行く」
「うむ、またな」
心なしか上機嫌に見えるリアナとその場で分かれ、オレは自分の教室に戻る。
それにしても依存か。
リィエルの成長を妨げているのはおそらくそれかもしれない。
となるとすべきは……。
♢♢
「とまあ、そういうわけで……」
その日の放課後のホームルーム。いつも以上に面倒臭そうに、グレン先生は教壇で告げた。
「これから、今度、お前らが受講する『遠征学修』についてガイダンスするわけだが…ったく、なーにが『遠征学修』だよ?…どう考えてもこれ、クラスの皆で一緒に遊びに行く、『お出かけ旅行』だろ……」
「もう、先生ったら!真面目にやってください!」
グレン先生のやる気なさげな態度に、即反応したシスティーナが席を立ってわめき立てる。
さっそく説教モードに入ったシスティーナの説明を聞くに、『遠征学修』というのは、アルザーノ帝国が運営する各地の魔導研究所に赴き、研究所見学と最新の魔術研究に関する講義を受講することを目的とした、必修講座の一つとのこと。
ただ、グレン先生の言う通り自由時間も多く、旅行と言われても納得がいく。
「セシル。今回、俺達が行く所ってあれだよな?えーと、確か黄金魔導……」
「ははは、違うよ。それを言うなら白金魔導研究所だよ」
「ああ、そうそう、それそれ。それなんだけどさぁー、俺、やっぱ白金魔導研究所よりカンターレの軍事魔導研究所を見たかったなぁー」
「仕方ないさ、カッシュ。それを言うなら僕だってイテリアの魔導工学研究所の方がよかったんだから」
グレン先生がシスティーナの説教を受けている間も、クラスのあちこちで今回の『遠征学修』について、雑談に花を咲かせていた。
やっぱりあっちが良かった、こっちが良かった…クラスのあちこちでそんな話が上がり始めた、その時である。
「ふっ…甘いな、野郎共……やれ軍事魔導研究所だ魔導工学研究所がよかっただ言ってるが、俺から言わせて貰えばこの研究所に決まったのはお前らにとっては確実に幸運と言えるぜ」
「はい?」
「いや、何を馬鹿な……」
「ならお前らに聞くが……そもそも白金魔導研究所のあるサイネリア島がどういうところかわかってるか?」
「え?あそこは水源に富んでて、周辺は霊脈の関係で年中温暖気候のリゾートビーチが有名の……って、まさか先生!?」
ん?どうしたんだ男子たち?
セシルは呆れたように苦笑いしていたが、カッシュやその他の男子達は目を輝かせて立ち上がった。
「ふっ…ようやく気付いたか。そして、この『遠征学修』は自由時間が結構多めに取られていて、まだ少々シーズンには早いが海水浴は充分に可能!」
不満が徐々に期待の眼差しに変わり、グレン先生を中心に熱気が高まっていく。主に男子の。
「…さらに、うちのクラスには一人口うるさいのがいるがやたらレベルの高い美少女が多い…一人口うるさいのがいるが」
何故口うるさいを強調する。二つ隣に座る銀髪のクラスメイトが何か凄い顔になっていたが、見なかったことにする。
「……あとはわかるな?」
「せ、先生……ッ!」
「先生は、このために……っ!」
「みなまで言うな。黙って俺についてこい!」
「「「うおおぉぉぉぉ!」」」
「先生っ!アンタって奴はぁ!」
「あんたに一生ついて行くぜ!」
よくわからない求心力を発揮し、グレン先生は一瞬でクラスの男子全員(オレとセシル、ギイブルを除く)の中心となった。
「馬鹿の巣か、このクラスは……」
「あはは……」
システィーナは呆れてため息をつき、ルミアは苦笑い。
他の女子達も、興奮気味の男子たちの様子を見て冷ややかな視線を送っていた。あんな目で睨まれたらたまったものじゃない。
ただひとり、リィエルは何の話をしているのかわからないのか、不思議そうな顔をしながら首を傾げていたが。
「うひょー、なんかテンション上がってきたわー」
「俺『遠征学修』が楽しみすぎて夜は眠れそうにないぜ」
「ふっ、とうとうバイトで鍛えたこのボディを見せつける時が来たか」
「やめろよカッシュ。男の裸なんて目が腐るだけだぜ」
「そうだなアルフ。女子の方が断然いい」
「女子達の水着姿を拝んでやるぜ」
おい少しは自重しろよ男子。女子に全部筒抜けなんだぞ。
「みずぎってなに?美味しいの?」
「リィエル、水着知らないの?」
「水着って言うのはね。川や海なんかの水辺で遊ぶ時に着る衣服のことなんだよ」
オレの隣では、システィーナとルミアがリィエルに水着について教えていた。
「わたし、水着持っていない」
「じゃあ今度一緒に買いに行こっか?」
「いいわね」
「ん、行く」
リィエルと一緒に買い物に行く約束を取り付けるところまでいったか。
良い傾向のようだ。
って、そういえばオレも水着持ってなかった。
♢♢
ある日の休日、オレは水着を買いに扱っている店へと足を運んだ。
勿論ルミアの護衛任務は忘れていない。彼女たちも同じ店の中にいることは、使い魔で確認済みだ。
システィーナとルミアの傍にはリィエルがいる。女友達が一緒に買い物に行っても誰も不思議がらない。クラスメイトがたまたま同じ店で鉢合わせたとしてもだ。
「あの人です店員さん!なんか死んだ魚の目をした黒髪の人がずっと女の子達の後をつけているんです!」
「ちょっと君、店内でストーカー行為を働くなんて良い度胸してるね?」
「は!?いやいやいやいやい、俺は別にストーカーとかそういうんじゃなくて!」
「はいはい。ストーカーは皆そう言うから。詳しい話は店の奥でね」
「ええい!仕方ねえ!こうなったら、逃げるんだよぉおおおお!!」
「あっ、逃げた!」
「待てこのストーカー!」
なんか見覚えのあるロクでなしの不審者が店員に追い回されていたが……まあいっか。オレもストーカーと勘違いされないよう注意しよう。
それにしても、この店は外資系の商会が経営しているらしいが凄いな。
店内を見て回っているが、衣料品店、雑貨店、飲食店といったいくつもの異なる店舗が、一つの建物の中に区画ごとに設けられている。
ショッピングモールという複合商業施設らしい。一つの場所で様々な買い物を楽しむことができるようにしているのか。
三人がいるのは女性用の水着があるコーナーか。
男性用の水着が置いてあるであろうすぐそばの紳士服のコーナーに向かうと、ジャケットやコート、Tシャツなどが多く置いてあり、試着室もあった。
……水着のついでに私服もいくつか買っておくか。
しばらく並んでいる服を眺めていると、女性店員が声をかけてくる。
「お客様、なにかお探しの物がありますでしょうか?」
「あ、はい。自分に合いそうな服を何着か買おうと考えているのですが……」
「どれにしようか困っておいでで?」
「まあ、そんなところです」
「でしたらこちらの方でオススメをいくつかお見繕いしてもよろしいでしょうか?」
商売上手だな。店の一押しを提示し、試着室で実際に着替えるよう勧めて、気に入ったものがあれば購入するように促す形式か。
「まあ、構いませんが………」
「ではまずはこちらを。お客様のルックスならきっと似合いますよ」
「はあ……」
最初に長袖のシャツに男物のカーディガンを羽織り、紺のスラックスを着て試着室から出ると、試着室の前にいた店員は感嘆の声を上げた。
「とてもお似合いですお客様!」
「どうも」
「では次はこちらなんてどうでしょうか!?絶対に似合うと思います!」
「は、はぁ…」
女性店員が鼻息を立てながらオレに迫り、そう言葉を捲し立てて来る。
あまりの勢いに流石のオレも断りづらい。
「あら?ひょっとしてキヨトさん?」
グイグイ接客して来る店員に困惑していると、声をかけられた。
声のした方を向くと、コーナー同士を挟んだ通路にクラスメイトのテレサが立っていた。普段のあの制服ではなく、清楚な感じのワンピースを着ている。
店員に試着の中断をお願いし、テレサと話をする。
「キヨトさんも買い物に?」
「ああ、水着を買いにな。そっちも一人で来たのか?」
「いいえ。ウェンディとリンも一緒で、今は水着コーナーにいます」
あの二人もいるのか。まあ学院でも仲良しだから当然か。
「皆考えていることは一緒みたいだな」
「ふふ、そうですね」
話から察するに、テレサは手洗いかなにかで二人から離れ、その後戻る途中でオレを見かけたようだ。
「なんか悪いな。引き止めてしまって」
「気にしないでください………ところで、キヨトさんは試着していたのですか?」
「ん?ああ、水着のついでに服も買おうと思ってな。見繕ってもらっていた」
「そうですか……」
すると、テレサがじ~とオレの全体像を確認するように上から下へとじっくり観察し、オレの前髪を軽く直したりしてから、にっこり微笑む。
「では私もお手伝いしましょう♪」
え?なんで?
「安心してください。私、服選びは上手い方なので」
いや、そう言うことじゃなくて。
それからしばらくテレサと店員に着せ替え人形にされ、気に入った服の三セットと水着を購入することとなった。
「……」
「る、ルミア?落ち着いて?顔が怖いわよ?」
「大丈夫だよ?システィ。私はオチツイテルヨ」
「いや全然落ち着いてないでしょ!!」
「ルミア、なんか怖い」
緊急事態発生。緊急事態発生。
店内で不審者が逃走中。
黒髪の若い男性で死んだ魚の目をしている。
三人の少女の後をつけ回していたという証言アリ。
ストーカーの可能性があるため、発見次第直ちに身柄を拘束せよ。
「逃げるなこのストーカー!!」
「だから俺はストーカーじゃねえってばあ!!」