ようこそロクでなし魔術講師のいる教室へ   作:嫉妬憤怒強欲

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時間の無駄

 二組の臨時非常勤講師グレン=レーダスの初授業が終わり、その次の錬金術実験も担当する講師が人事不省に陥ったという理由で中止となり、結局本日の午前枠の授業は自習で終わった。

 

 昼休みに入り、クラスはいくつかのグループによって分かれていた。

 雑談する者、教室で弁当を食べる者、食堂に向かう者。

 だが編入してきて日の浅いオレはどれにも属さなかった。

 誰かを誘うという勇気もなく、オレは一人昼食を食べるために食堂へ足を運んだ。

 学院校舎本館の一階にある食堂はかなり広い。

 午前の授業を終え、同じように食事を取りに来た各学年各クラスの生徒達で混雑していた。

 出される料理は安くて美味しいのもあるため、それだけ生徒達から伝統的に評判があるとのことだ。

 編入したばかりのオレはこの施設をまだ数回しか使っていない。だから当然、まだ食べてない定食も沢山ある。

 本日のメニューから選んだ定食コースを奥の厨房カウンターで料理を注文する。

 代金を支払ってしばらくして料理の載った木製お盆を貰い、空いているテーブルを探す。

 食事をする生徒達で賑わい、ほとんどの席が埋まっている中、向かって右端のテーブルの端の席が空いているのを見つけた。

 席を取られる前に座り、口に運ぶ。

 おぉ……!今日の定食コースも美味しい。

 

「相席良いかなキヨト君?」

 

 黙々と食べていると、料理ののった盆を手に持ったルミアとシスティーナが声をかけてきた。どうやら他に空いてる席が無かったようだ。

 

「ああ、座るとこもないようだしな」

「ありがとう」

 

 ルミアとシスティーナと同じ席に座ると、教室の時以上に鋭い視線が背中にひしひし伝わってくる。

 

『ルミアちゃんと相席なんて羨ましいぞ!』

『クッ、無理にでも隣を開けとくんだった!』

『視線だけで射殺せる魔術は無いのだろうか?』

『ねえ、あの茶髪の男の子ちょっとカッコよくない?』

『そう?なんかパッとしないけど』

『確かこの前二組に編入した男子だったっけ』

『あ、私ありかもです……』

『えー!』

 

 気にするだけ無駄か。視線を無視して料理を口に入れる。ん、このコロッケも美味しい。

 

「ふふっ」

「ん?どうしたルミア。急に笑って」

「あっ、ゴメンね。キヨト君って普段教室では無表情だけど、ご飯食べてるときだけ変わるからさ」

「ん?そうなのか?」

「自覚なかったのね…」

 

 そんなに顔に出ていたのか。

 自分の顔を触れても今どうなっているのかさっぱりわからない。

 

「…そりゃあここの料理はどれも美味しいからな」

 

 噓は言っていない。

 ここに来る前に今まで口にしていた、人間に必要な栄養素を重視するだけで味なんて二の次の固形物とは一線を駕す味だ。

 

「それはそうと、システィーナはそれだけで足りるのか?」

 

 システィーナの前の皿を見る。そこにあるのは、薄くジャムを塗っただけのスコーンが二つだけ。ルミアはシチューにサラダ、パンと比較的しっかりと食べているのに対し、これは少なすぎるだろう。

 

「いいのよ。私は……」

「邪魔するぜ~」

 

 システィーナが何か言おうとしたところで突然乱入者が現れた。

 

「―――――ッ!? あ、あ、貴方は―――」

「違います。人違いです」

 

 オレの隣、ルミアから正面の席に断りもなくドカッと座って食事を開始したのは、まともに授業をしなかった非常勤講師グレン=レーダスその人だった。

 って、なんか最初に教室に来た時よりもボロボロになってないか?引っかき傷とかもあるぞ。

 

「ああ貴方、あんなことしておいてよく私達の前に顔を出せたわね!?」

「ありゃ事故だよ事故。あそこ数年前まで男子更衣室だったんだぜ?」

 

 あっ、大体察した。人事不省に陥ったってそういうことなのか?アホすぎるぞ。

 

「だったら謝罪とかはないんですか?普通しますよね?」

「美味ぇ。なんつーか、この大雑把さが実に帝国式だよなぁ……」

「露骨に無視してんじゃないわよ!」

 

 ふてぶてしく美味しそうに食事を進めるグレン先生の盆の上には、地鶏に揚げ芋にチーズに、サラダ、ポタージュスープ、ライ麦パンと…いかにもカロリーが高そうな料理が全部大盛りで載っていた。

 

「あ?なにこっち見てんだリア充?あげねえぞ」

「いや、いらないですよ。ただ量にドン引きしているだけで…って誰がリア充だ」

 

 オレが見ていたのに気づいたのか、グレン先生はオレと自分の料理を交互に見ると隠すようにして食べる。

 

「一人口うるさいのがいるが、美少女と一緒に食事してる状況でリア充じゃなかったらなんなんだよ。一人口うるさいのがいるが」

「口うるさいって誰のことですか!?あとなんで二回言ったの!?」

 

 システィーナ、それ反応したら自分だって認めちゃってることになるぞ。

 

「まあまあシスティ。先生って、ずいぶん食べるんですね。ひょっとして食べるのはお好きなんですか?」

「ん?ああ、食事は俺の数少ない娯楽の一つだからな」

「ふふっ、その炒め物、すごく美味しそう。なんだか凄く良い匂いします」

「お、わかるか? ちょうどこの時期、学院に今年の新豆が入るんだ。キルアの新豆は香りが良いんだ。これを食べるなら今が旬ってやつさ」

 

 おお、さすがルミア。持ち前の人当たりの良さとコミュ力で場を和ませたぞ。

 どうやらグレン先生の方も自発的に人に話しかけるタイプではないが、話しかけられればそれなりにきちんと応じるタイプのようだ。それなら授業をちゃんとやれって話だが。

 

「ところで、そっちのお前はそんだけで足りるのか?成長期なんだから食わないと育たないぞ?」

 

 すると、不意にグレン先生がシスティーナの皿を見てそう言った。さっきのオレと同じだな。

 

「余計なお世話です。私は午後の授業が眠くなるから、昼はそこまで食べないだけです……もっとも、この後先生の授業だったら、もう少し食べてもいいと思いますけど」

「……回りくどいな。言いたい事があるならはっきり言ったらどうだ」

「分かりました。この際はっきり言わせて貰いますけど……!」

「あー、もういい。皆まで言うな」

 

 システィーナの言葉を途中で遮り、グレン先生がおもむろにキルア豆の皿にスプーンを入れる。そして、何を勘違いしたのか、システィーナのスコーンの皿に、ちょこんと一粒の豆を置いた。

 

「え?何してるんですか」

「お前も食べたかったんだろ?まったく、このいやしんぼめ」

「ち、違います!私は……!」

「代わりに、そっちも一口寄越せ」

 

 思わぬ勘違いに顔を赤くして否定するとシスティーナ。しかし、そんなものは華麗に無視し、グレン先生はスコーンにフォークを刺すと、そのまま一口で丸々食べてしまった。

 

「お、スコーンもなかなかうめーな」

「ああ───っ!! 何、勝手に取ってるのよ!!」

「いや、まあ等価交換ってやつ?」

「ど・こ・が・等価なの!?どこが!?ええい、もう許さないんだから!ちょっとそこに直りなさい――ッ!」

「うおっ!?ちょ、危な!!暴力反対!!」

 

 さすがに沸点が限界に達したのか、システィーナは怒りに身を任せるままナイフとフォークで突き始める。それを防御するようにグレンもナイフとフォークを振るい、まるでそれはじゃれあっているようだった。

 

「…案外この二人仲が良いんじゃないか?」

「あはは…そうかも」

 

 苦笑いを浮かべるルミアがオレに同意する。

 それにしても、二人が騒いでるせいで周りからの視線が痛いな。

 このままこいつらの近くにいたらお仲間だと勘違いされてしまう。

 オレは残りを全部平らげ、席を立つ。

 

「あれ?キヨト君どうしたの?」

「食べ終わったからもう行く」

「あっ、うん。じゃあ教室でね」

「ああ」

 

 ルミアに一言言ってから食べ終わった盆を持ってその場から退散した。

 

 

♢♢

 

 グレン先生が非常勤講師としてやってきて数日が過ぎたが、一向に態度を改める気配はなかった。それどころか、むしろ日に日に悪くなっていく一方であった。

 最初は一応教科書の内容の要点などを黒板に書き説明もしていたが、段々面倒臭くなってきたのか、そのうち教科書の内容をそっくりそのまま書き写しだし、やがてそれも面倒臭くなったのか、ちぎった教科書のページを黒板に貼りつけていくようになった。最終的にそれすらも面倒臭くなったらしい。グレンが黒板に教科書を釘で直接打ちつけ始めた時、とうとうシスティーナの怒りは頂点に達した。

 

「いい加減にしてくださいッ!」

「あ?見てわかんねえのか?ちゃんといい加減にやってるだろ?」

「子どもみたいな屁理屈こねないで!」

 

 バンッ!と机を叩きつけ、立ち上がるシスティーナ。

 

「……私はこの学院にそれなりの影響力を持つ魔術の名門、フィーベル家の娘です。私がお父様に進言すれば、貴方の進退を決することもできるでしょう」

 

 教壇の前まで迫り、最後通告のようにシスティーナは言い放つ。

 だが、

 

「お父様に期待してますと、よろしくお伝えください!」

「なっ!?」

 

 逆効果だったようで、グレン先生はそんなシスティーナの神経を逆撫でするように嬉しそうに手を握った。

 さすがの彼女もこれには絶句だ。

 

「いやーよかったよかった!これで辞められる!」

 

 とうとうシスティーナは我慢の限界をついに迎えたのか、遂に左手の手袋を外し、それをグレン先生に叩きつけた。

 

「貴方に、それが受け取れますか?」 

「お前…マジか?」

 

 さっきまでふざけたようなグレン先生の態度が一変して真剣な物になる。システィーナがしたその行為はそれほどまでに意味がある物だったのだ。

 

 古来より、魔術師というのは強大な力を持つ者達の総称であり、彼らがルール無用で争い始めれば国の一つや二つ滅びかねない。

 そこで彼らは互いの軋轢を解決するため、一つの規律を定めた。それが決闘である。心臓により近い左手の手袋を相手に投げつけ、それを相手が拾う。決闘申し込みから受諾の流れだ。そして勝者は敗者に一つだけ、願いを通す事ができるというものだ。

 帝国が近代国家として法整備を行った現在では形骸化された魔術儀礼に過ぎない。弁護士を雇って法廷で争う方がよほど効率的だ。

 

「だめ!システィ、早く先生に謝って、手袋を拾って!」

 

 ルミアも普段は聞くことのない大声を上げてシスティーナに叫ぶが、そんなこと御構い無しに二人の決闘が進行してしまう。

 

「こんなカビ臭い風習すっかり忘れてたぜ…で、お前の要求はなんなんだ?」

「その野放図な態度を改め、真面目に授業を行ってください」

「……辞表を書け、じゃないのか?」

「もし貴方が本当に講師を辞めたいなら、そんな要求に意味はありません」

「あっそ、そりゃ残念」

 

 グレン先生は本当に残念そうに肩をすくめた。

 

「だが、お前が俺に要求する以上、俺だってお前になんでも要求していいってこと、失念してねーか?」

「承知の上です」

「……お前、馬鹿だろ。嫁入り前の生娘が何言ってんだ? 親御さんが泣くぞ?」

「それでも、私は魔術の名門フィーベル家の次期当主として、貴方のような魔術をおとしめる輩を看過することはできません!」

 

 

「き、キヨト君…システィが…」

 

 親友のシスティーナの事が心配なのであろうルミアの顔には心配な表情が見てとれる。

 

「大丈夫なんじゃないか。あの先生が決闘を受けるにしても本気でやるのかどうかすら疑問だしな」

「だといいんだけど…」

「そこまで心配することないと思うぞ。先生が勝った場合のシスティーナに対する要求もどうせ説教の禁止くらいで済むだろう。もし下衆な要求を口にした場合―――」

 

 

「学院かグレン先生を推薦したアルフォネア教授に直訴して、責任ある大人の対応をしてもらうことを切に願うだけだ」

 

 生理的嫌悪感が浮かび上がるような笑みを浮かべてシスティーナの体を値踏みするように見回していたグレン先生にも聞こえるように言ってみた。

 

「まあ、ロクでなしとはいえ一応大の大人であるグレン先生も節度を弁えているだろうが」

「あ、あああ当たり前だろう!!そもそも俺ガキにゃ興味ねーし!!言ったとしてもほんの少しこの生意気な娘を怖がらせてやろうっていう軽い気持ちだし!チクられでもしたらマジでセリカに消し炭にされちまうし!!そんな軽い気持ちで身内に殺されるなんてバカらしいし!節度くらい弁えているっての!」

 

 滅茶苦茶動揺してるなグレン先生。オレが釘を刺しておかなかったら下衆なこと要求するつもりだったのか。

 というか決闘受けるつもりなのか。

 

「じゃあ俺が勝ったら、俺に対する説教禁止な。それでいいな?」

「分かり…ました」

 

 システィーナの同意の言葉を聞いたグレン先生はさっと振り返り教室のドアへと向かっていく。

 

「ほら、さっさと中庭行くぞ? なんだ?怖くなったのか?やめてもいいんだぜ?」

「だ、誰がっ! 貴方絶対に許さないんだから!」

 

 安い挑発に肩を怒らせてシスティーナはグレン先生の背中を追った。

 二人の決闘を見ようと、クラスメイト達が席を立って二人についていく。

 ハッキリ言ってこの闘いの行く末は決まってるが、ここで一人だけ行かなかったら流石に浮いてしまうためこの流れに乗っておく。

 

 

 学院敷地内にある芝生の生えた中庭にて、グレン先生とシスティーナの二人は互いに十歩ほどの距離を空けて向かい合う。

クラスの生徒達の他にも、講師と生徒が決闘を行うという噂を聞きつけて集まった野次馬たちが二人を遠巻きに取り囲んでいた。

 

「流石にお前みたいなガキに怪我させんのは気が引けるんでね。この決闘は【ショック・ボルト】の呪文のみで決着をつけるものとする。それ以外の手段は全面禁止だ。いいな?」

 

 得意家な表情でグレン先生がシスティーナを小馬鹿にするがシスティーナはそれに食ってかかろうとはしなかった。かなり警戒してのことか。

 

 今回のルールで使用する【ショック・ボルト】。これは学院に入学した生徒が一番最初に習うという初等の汎用魔術だ。

 微弱な電気の力線を飛ばして相手を打ち、電気ショックで行動不能にする、殺傷能力を一切持たない護身用の術である。

 発動条件は基本的に『雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ』という三節呪文の詠唱が必要だが、略式詠唱のセンスに長けた者なら、『雷精の紫電よ』の一節で使うことができる。

 

 呪文を唱えれば、指差した相手を目掛けて指先から真っ直ぐに輝く力線が飛ぶ。なんの奇もてらわないストレートな術なだけに、固定砲台のように立っている位置から動かず【ショック・ボルト】のみの撃ち合いの勝敗は、いかに相手より早く呪文を唱えるかの否かの一点に集約される。

 

 まあようするに、グレン先生が【ショック・ボルト】縛りにしたのはシスティーナが先に最速で呪文を唱えても、それに競り勝てるくらいに節と句を切り詰めた詠唱呪文を持っているのではないかと考えているのだろう。

 

 考えるだけ時間の無駄だと思うが。

 

 静寂が中庭に流れやがてシスティーナが動く。覚悟を決めたシスティーナがグレン先生を指指して、呪文を唱えた。

 

「《雷精の紫電よ》───ッ!」

 

 システィーナの指先から放たれた輝く力線は真っ直ぐグレン先生へと飛んでいく。その攻撃をグレン先生は得意げな表情で───

 

「ぎゃあああああああ──っ!?」

 

 まともに受けたグレン先生はあっさりとその場に倒れ伏した。

 

「……あ、あれ?」

 

 システィーナは驚きのあまり指を突き出したまま固まった。

 

「「「え?」」」

 

 決闘を眺めていた生徒達もざわめいている。

 

「ふぐっ、不意打ちとは卑怯な……!」

「えっ!? いつでも掛かって来いとか言ってませんでしたっけ!?」

「だがしかぁし! 今のは先生からのハンデだ。三本勝負のうち一本をくれてやったに過ぎない。次からは本気だかんな!」

「三本勝負とか初耳なんですけど!?」

 

 それからというもの、グレン先生が詠唱をしようとして先に魔法を完成させたシスティーナの電撃に撃たれ、あれこれと屁理屈捏ねてまた撃ち倒されるという光景が続く。

 作業のように行われたその決闘で地面に大の字で痙攣しているグレン先生は一節詠唱ができないことがわかった。

 あれこれと言い訳染みたことを言うグレン先生だが、決闘はシスティーナの勝ち。システィーナの要求をグレン先生は呑まなければならないのだが。

 

「は? なんのことでしたっけ?バカスカ電撃叩き込まれちゃったから記憶があやふやだなぁ〜」

「なっ、魔術師同士で交わした約束を反故にするつもりですか!? それでも魔術師の端くれなの!?」

「だって俺、魔術師じゃねーし」

「あ、貴方……ッ!?」

「とりあえず今日は引き分けってことにしてやるよっ! ふはははははははははは──!」

 

 そのままグレン先生は高笑いをしながら走り去っていった。何度か転びながら。

 

 

 そりゃそうだ。

 そもそもグレン先生にとって、この決闘に勝つこと自体に意味が無い。そんなことをすれば最低一ヶ月は非常勤として働くことになる。

 面倒臭いとか言う当たり、学院の非常勤講師になったのは本人の意思によるものでないということは大体分かる。

 辞めたくても自分の意思で辞めることができない。なら向こうが愛想を尽かしてくれば良いと考えたのだろう。

 不真面目に授業をやることにムキになっているのも、自分を悪く見せて嫌われ者になるためだ。

 嫌われ者を引き止める奴はいない。

 あえて決闘を受けたうえで無様に負け、約束を反故したのもその一環に過ぎない。

 

 どんな感じで無様に負けるつもりか少し興味はあったがまさか略式詠唱ができないとはな。流石のオレも予想外だった。

 

 

 特に得るものはなく、時間が無駄に過ぎてゆくばかり。

 振り回されるコッチとしてはいい迷惑だな。

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