ようこそロクでなし魔術講師のいる教室へ   作:嫉妬憤怒強欲

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○イリアンシリーズ初のドラマを見ました。
初回の二話をだけで背筋がゾッとして、真夏なのに寒気がしました。
それくらい面白いです。


出発

 服選びという名のファッションショーが終わり、オレは会計を済ませる。

 

「お買い上げありがとうございます」

「どうも」

「彼女さんの服をお選びの際も、是非こちらをご利用ください~」

 

 え?なんかカップルと勘違いされている。

 

「いや、別に彼女じゃ――」

「ええ、是非そうさせていただきます」

「おい」

 

 誤解を解こうとしていたら、何故かテレサに遮られた。いやお前も否定しろよ。

 

「こちらカップル限定でプレゼントしておりますカップル向けスイーツギフト券です」

 

 店員からピンク色のギフト券を貰う。

 

「当デパートのフードコートにあるスイーツ店でこちらのクーポンを利用しますとなんと、人気スイーツがプレゼントされます」

「まあ、いいですね」

 

 そういうサービスを提供しているのか。

 

「では早速そのスイーツ店に行きましょ。ダーリン♪」

 

 誰がダーリンだ。

 誤解を解かないまま、テレサと共に服コーナーから出ることになる。

 

「あの店員さん、私達がカップルに見えたようですね」

「否定しなかったお前もお前だけどな…まさか、服選びの手伝いを買って出たのはこのギフト券が狙いだったのか?」

「ふふふ……はて?何のことでしょう?」

 

 ちゃっかりしてるな。流石は商会の娘。

 

「……まあいいや。服選びを手伝ってくれて助かった。水着も買えたし」

「いえいえ、私も服選びについ熱が入ってしまいましたし。あっ、キヨトさん。ファッションモデルに興味ありませんか?」

「いや全然。目立つのは勘弁だ」

「あら残念。キヨトさんのルックスなら良い線いけると思うのですが」

「ルックスならクラスメイトのアルフが適任だと思うけどな」

「うーん……この前のホームルームでアレだったのであの人はちょっと………」

 

 そう言えばアイツも女子の水着姿云々で騒いでいたな。

 やはり自重は大事だ。この通りホームルームでのことが尾を引いて、今後の人間関係に影響しちゃっている。

 

「それより、ウェンディ達と合流しなくていいのか?」

「そうですね。キヨトさんが同行する理由も説明しないといけませんし」

「?なんでオレも一緒に行くことになってる?」

「?男女一組じゃないとギフト券を利用できませんよ?」

 

 それ別に他の男子でも良いんじゃ…って今男はオレしかいないか。

 

「男一人肩身が狭いが…………服選びを手伝ってくれた手前仕方ないか」

 

 ん?

 

「?どうかしましたか?」

「いや、ちょっと手洗いに行く。先行っててくれ。すぐ追いつく」

「そうですか。では後ほど水着コーナーの前で」

「ああ」

 

 オレはテレサから離れ、男性用トイレに向かう。

 清掃中の看板が置かれていたが構わず入ると、いたのは清掃員一人だけだった。

 

「すみませんお客さん。まだ掃除が終わってなくて――」

「連絡は控えろと言われていたから直接聞く。リィエルはただの囮なんだろ、アルベルト?」

 

 清掃員の格好をした男が目深に被っていた帽子を取る。アルベルト(元リィエル係)の特徴である藍色がかった黒の長髪がばさりと広がった。

 

「その通りだ。隠密に長けていているお前に比べて、リィエルのは分かりやすい。護衛が杜撰なものだと思わせておけば、襲撃側の仕掛けも杜撰になる事を期待したものだ」

 

 だろうと思った。アイツ絶対こういうのに向いていないし。

 

「遠くからの護衛をするにしても、ルミアが建物の中にいたら警護もしずらい。だからそんな格好をしているのか?」

「ああ、この施設の清掃は外注に任せているから潜り込むのは容易だった」

 

 任務のためなら、変装してどんな役も演じ切るのは聞いてはいたが、普段とのギャップが凄いな。

 

「で、連中はなにか仕掛けてきたか?」

「いいや、今のところはまったく。敵の不用意な仕掛けを一早く察知、密かに対処して何とか連中の尻尾を逆に掴むことが出来れば、と期待した作戦だが………まぁ、件の組織を相手に、こんな小細工が通用するとはとても思えんがな」

「引っかかる奴がいるとしても、手柄を焦った下っ端の奴くらいだろうな」

 

 天の智慧研究会がルミアの身柄の確保に、生死は考慮に入れていない。

 学院襲撃事件で直接手を下さず、転送法陣でルミアを連れ去ろうとしたという事は、死んでいようが生きていようが肉体は回収しておきたいのだろう。魔術競技祭で王室親衛隊にやらせた後、遺体を回収するルートを用意していたかもしれない。

 

 学院襲撃事件の時は二組以外は学会で殆ど無人。

 魔術競技祭では陛下たちを含む外部の人間が学院内に入り込んだ時に仕掛けてきた。

 となると。

 

「今度『遠征学修』でしばらく学院の外にいるが、仕掛けてくると思うか?」

「ゼロ、とは言い切れないな。お前たちが行くことになっている白金魔導研究所には気をつけろ」

「というと?」

「詳しいことは指示書を読んだらわかる」

 

 アルベルトから渡された一通の書状を広げ、文面に目を通す。

 

 ん?

 作戦時のオレの配置に関しておかしな文面があった。

 

 『ルミアの警護はリィエルに任せて、オレはアルベルトのサポートに専念しろ』

 

 どう考えてもこれって…。

 

「…なあ。念の為聞くが、この作戦は陛下からの指示か?それとも軍の独断か?」

「……貴様の考えている通り、後者だ」

 

 だろうな。余程のことが無い限り、陛下がこんな命令を出すはずもないし許可しない。

 

「問題にならないのかそれ?」

「なるに決まっている。こんな作戦がバレでもしたら、陛下だけじゃない。武断派と対立している文治派連中から叩かれるのは目に見えている。そのことを俺から何度も要請したが、上層部の決定は覆らないそうだ」

 

 馬鹿だろ。軍の暴走と捉えられてもおかしくない。

 

「上はかなり確信をもって今回の作戦を指示したようだ」

「単に手柄を焦っているだけじゃないのか?」

 

 作戦が上手くいくにしてもいかないにしても、リスクに見合ったモノじゃなければ意味がない。

 最悪、オレ達が勝手に動いたとか言って、上はオレ達に全ての責任を擦り付ける可能性だってある。

 

「…アンタ自身はこの作戦に納得しているのか?」

 

 アルベルトはしばらくの間、口を堅く閉ざし……

 

「納得はしていない。俺とてこんなやり方は気に食わん。だが、年々彼の組織の勢力が増しているのは事実。政府側が手詰まりなのも事実だ。あの邪悪極まりない外道の組織だけは、如何なる犠牲を払ってでも絶対に潰さねばならない。帝国のために、帝国に生きる人々の未来のためにな、仮令、後世、悪と罵られようと俺は絶対に妥協しない」

 

 淡々と、冷たく告げた。

 

「………大した献身だな」

 

 その辺の偽善者なら弁舌だけで済ませるだろうが、この男にはそれだけの覚悟があるようだ。言葉の重みが違う。

 例え周囲から理解されなくても、なにがなんでも天の智慧研究会だけは潰す。そんな覚悟………いや、執念と言うべきか。

 いったいどんな地獄を見たらこうなるのやら。

 連中に身内を殺されでもしたのか?

 

 まあいいや。どっちにしても、アルベルトはこの作戦に従うつもりのようだ。

 かく言うオレも、あいつとの誓約上従うしかない。

 その上でもしかしたら自分に降りかかる火の粉は払わなきゃいけない。

 

 なにか抜け穴がないか書面にもう一度目を通す。

 そして、現地で天の智慧研究会と通じている可能性のある人物の個人情報に気になる点があった。

 

「……そう言えば、帝国政府は一枚岩じゃないんだよな?」

「?ああ、王室直系派、王室傍系派、反王室派、過激派極右、保守的封建主義者、マクベス的革新主義左派、帝国国教会右派……さらに、それぞれに青い血側と赤い血側……様々な思想主義と派閥が渦巻いている」

「その中で陛下の異能者保護法案に反対している派閥はあるか?」

「ある。過激派極右の連中が法案反対派の筆頭だった。彼らに元王女のことを知られるのは非常にマズイ」

「というと?」

「過激派には、聖キャロル修道会という非公式の武装修道会が所属している。表向き敬虔な信徒だが、密かに神の名の下に粛清という形で異能者狩りを行っているような狂信的な連中だ」

「今まで異能者を殺して当然だと振る舞っていた排他主義の連中にとって、陛下の進めた変革は受け入れられないだろうな」

 

 他者を排斥するのにそれっぽい大義名分を振りかざし、自らの正当性を保とうとしているわけだ。

 魔術という強大な力を扱える自分達は天から選ばれた優れた存在だと豪語し、己が欲望のために他者を顧みない、どっかのテロリストと大して変わらない。

 

 使えるな。

 

「そうだろうな………何故そんなことを聞いてくる?」

「アンタの言う帝国に生きる人々の未来に邪魔な連中が天の智慧研究会以外にいないか気になってな」

 

 文字通り、帝国に生きる全ての人間にとってだ。

 

「もし過激派連中も排除できたら、陛下に大きな貸しを作れると思わないか?」

「………貴様、いったい何を考えている?」

「そう睨むな。ちゃんと説明する。アイツも交えてな」

 

 これを成立させるには話を通しておかないといけない。

 オレはポケットから通信用の魔導器を取り出し、魔術をかける。

 

『なに?』

 

 しばらくして、アイツが通信に出た。

 

「ちょっと話がある。サイネリア島での作戦についてだ」

 

♢♢

 

 数日後。『遠征学修』当日。

 まだ薄暗い早朝に、オレは魔術学院の中庭に来ていた。

 理由は単純。オレ達が行くサイネリア島へは、船で行かねばならないため、港町へと向かわなければいけない。そのためフェジテから馬車に乗って港町へと向かうスケジュールになっている。

 集合時間までまだ余裕があるが、既にクラスの連中は全員揃っていた。

 

「いよいよだぜ……なんかテンション上がってきたッ!」

「ふん。君は相変わらずだね、カッシュ。僕らは遊びに行くわけじゃないんだけど?」

「ったく、お前も相変わらずつまんねーヤローだな、ギイブル......」

「なあ、俺、今回の遠征学修中に憧れのウェンディ様に告白するんだ……」

「止めとけよアルフ。お前にゃ高嶺の花過ぎる。盛大に爆死する未来しか見えん」

 

 早朝だというのにほとんどの生徒達はテンションが高い。

 男子の方では不純が混じっているが。

 

「全員いるかー?いるなー?じゃ、出発するぞー?」

 

 点呼を取った後に手配されていた都市間移動用の大型コーチ馬車数台に、いくつかの班に分かれて乗り、フェジテを出発した。

 港町まで丸一日以上かかる。それまで何をするか考えていると、同じ馬車に乗っているカッシュが言い出す。

 

「おーい、ゲームしようぜー。俺この為に生活費切り詰めてカードやボードゲームを買ったからよ」

「いいね。やろうか」

「俺も入れてくれー」

 

 ギイブル以外の班の皆(一緒に乗ってきたグレン先生も含む)も賛成してた。オレも賛成する。

 まず最初は『リアル人生ゲーム』というものだったが、オレはルールを知らないため説明書をカッシュから借りて読む。

 

「キヨト君、人生ゲームしたことないの?」

 

 オレが説明書を読んでいるのを疑問に思ったのか、セシルが聞いてきた。

 

「聞いたことはあるが、やったことはない」

「そうなんだ」

「うし、じゃあ今日から極めて人生ゲームマスターを目指そうぜ」

「いや、そこまでやるつもりはないんだが」

 

 そうしてオレたちはゲームを始める。

 

「ぎゃああああああ!?『ギャンブルで有り金全部スッて無一文に』だとぉ!?なんでだよ!なんで俺っていつもこんな人生なんだよ!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!『クラスのマドンナに告白するも玉砕される。彼女ができないまま卒業する』だって!?いつになったら俺に彼女ができるんだぁあああ!?」

「……僕なんて『女の子に間違えられて女子用の制服を支給される』だよ。何の嫌がらせなんだろ」

「…オレのは『彼女と破局後、他クラスの女子に寮で押し倒されて濃密な一夜を過ごす』ってあるが」

「ぬわぁにぃ!?」

「おいおいキヨポンさんよ~?テメェなに一人だけ大人の階段登ってるんだよ?しかもできた彼女を○リ捨てた後に別の女と始めるだぁ?」

「港に着いたら海に沈めたろうかぁ?」

「落ち着けお前ら、あくまでもゲームの中の話だ。そんな事実はない」

「………君らは一体どんな人生ゲームをやっているんだ?」

 

 盤上でのおかしな展開のせいで現実の方もカオスなことになってしまい、収拾がつかなくなる前にこの人生ゲームは急遽中止となった。

 

「まさか人生ゲームがこれ程恐ろしいゲームだったとは………」

「いや、このボードゲームがおかしいだけだから」

 

 

 それからカードゲームやチェスなどに興じて時間を潰している間も、オレ達を乗せた馬車は進み続ける。

 森を過ぎ去り、峠を越え、街道の一定区間ごとに設けられたステージと呼ばれる各停車駅で、馬を取り替えつつ、休憩を挟みつつ、街道を通る。

 夜通し走り続ける馬車の中で睡眠を取り、次の日の正午には港町シーホークに着いた。

 

「ここがシーホーク!!」

「すげえ、大きな船がいっぱい停まってるぜ!」

「屋台も並んでるよ!」

 

 馬車から降りたクラスは皆町を見て驚く。

 しおりに書いてあったが、帝国西海岸部の各主要都市や周辺列島を繋ぐ定期船が行き交う、アルザーノ帝国ヨクシャー地方の玄関口なだけに町の規模はそれほど大きくなくても、活気に満ちていた。帝国沿岸部各地や、海外からの貨物船が常に出入りし、ここから南部ヨクシャー地方の各都市へ向かう物資が集まる重要な交易拠点の一つだとか。

 

「まだ船まで時間もあるし自由休憩にするわー。昼飯も済ませとけよー」

「「「はーい」」」

 

 グレン先生がそう告げると、すぐ生徒達はそれぞれ町中へと向かって行く。

 

 さて、ルミアは………。

 

「へーい、お嬢さん達可愛いねぇ〜?その制服、フェジテの魔術学院の制服でしょ?ね?ね?こんな所で何やってるのぉ〜?」

 

 いかにもボンボンの軟派師といった感じの青年に絡まれていた。

 

………何やってるんだあいつ。

 

「はぁ〜い、ストップ。うちの生徒になに絡んでるんすか」

「げ!?な、なんなんだよ、お前!?じゃ、邪魔するなよ!?これは僕とこのお嬢さん達とのプライベートな……」

 

 しつこくルミア達に絡んでいるところにグレン先生が現れ、その軟派青年の首根っこを背後から掴んだ。

 

「俺がこのお兄さんとちょぉ〜っと『お話』しておくからさ。白猫達は安心して行ってくれ」

「は、はい」

「ぎゃあー!ぼ、暴力反対!?お嬢さん達、助けてぇぇぇぇぇ!!!」

 

 グレン先生に引きずられ、その青年は情けない悲鳴を上げながら、通りの向かい側にある路地裏へと姿を消した。

 ああ、成程。先生は文字通りあいつとお話しに行ったようだ。

 予定にないがまあいいや。

 心配する風を装って、ルミア達に声を掛ける。

 

「…なんか絡まれてたみたいだが大丈夫か?」

「あ、キヨト。先生が来たから大丈夫だったけど、何だったのかしらあれ?ってどうしたのルミア?きょとんとして」

「うーん、なんていうか…あの人、どこかで見たような気が……?」

 

 相変わらず鋭いなルミアは。

 

「やっぱり、女子だけだとああいうのに絡まれる危険性が高いんだろうな」

「まったく、困ったものだわ。護衛としてリィエルがいるけど………流石に一般人に大怪我させるのは不味いわよね」

 

 リィエルの方を見やると、当の本人は「ふわぁ…」と眠たそうに大きな欠伸を欠いていた。

 

「…良かったらついて行こうか?一応男避けにはなると思う」

「それは助かるけど、良いの?他の男子と一緒に行く約束とかあるんじゃ………あっ、ごめんなさい」

「情けないことに、お察しの通りだ」

 

 馬車での人生ゲームが尾を引いちゃっているしな。海に沈められる可能性はゼロじゃない。

 

「あはは……じゃあ、お願いしようかな」

 

 ルミアの許可もあり、オレはシスティーナとルミア、リィエルの三人組と行動を共にすることができた。

 

「それにしても、色々あるんだね」

 

 昼食を採りにレストランへ行く道すがら、露店通りを見て回る。

 港町なだけに、露店には海外からの嗜好品や輸入品が並んでいた。

 

「あっ、見てシスティ。このペン凄く変わってるね」

「本当だ。これ、ガラスでできてるの?」

 

 ルミアとシスティーナが見ているのは変わったペンだった。

 学院でよく使う羽ペンと違いガラス製で、それぞれ凝った装飾や加工が施されていて繊細で美しい見た目をしていた。

 

「お目が高いね、お嬢ちゃん達」

 

 まじまじと見ているオレ達に露店の店主が話しかけてきた。

 

「これはガラスペンって言って、見ての通りガラスでできているんだ。凄いのは見た目だけじゃないぜ。なんと一回浸すだけでハガキ一枚分ほど連続して書ける優れ物だ」

「え?本当に?」

「まあ百聞は一見に如かずだ」

 

 そう言って店主は一枚のハガキと青いインクをオレ達の前に置き、一本のガラスペンのペン先をインクに浸けて見せる。すると、

 

「えっ!?インクが上に上がっていくわ!?」

「どうなってるんだろう?なにかの魔術?」

「落ち着け二人共。ペン先に入っている溝にインクが吸い上げられているだけだ」

 

 おそらく布を水に浸すと、水が布を伝って液面よりも高い位置に上昇するのと同じ原理なのだろう。

 

「おっ、鋭いねニイチャン。まさしくその通りだ。まあどうしてこうなるのかは俺も知らないけどな」

「って売ってる本人が知らないのよ!?」

「俺は売れそうなのを海外から仕入れただけだから、難しい原理は聞いてないんだよ」

 

 いつものようにすぐさま食いつくシスティーナに、店主は笑って受け流しながら作業を続ける。

 インクがついたままペン先をハガキの紙面に走らせる。

 ペン先が透明になってくる頃には、可愛らしい蝶々が細かく描かれていた。

 

「うわあ、本当にちょっと浸すだけでここまで書けるんだ」

「ちなみに、羽ペンと違ってインクが染み込むことが無いから、使い終わった後は水洗いで綺麗に拭き取れるぜ」

「へえ、凄いねシスティ」

「そうね…見た目だけじゃなく機能性も高いなんて」

 

 確かにな。ガラス製だから割れる危険はあるが、学院でよく使う羽ペンよりも使い勝手が良さそうだ。軽い筆圧で書けてたから、書き疲れにくく、長時間の書き物にも適してるだろう。

 

「…さっき海外から仕入れたって言ってたが、どこ産なんだ?」

 

 システィーナとルミアがガラスペンを見ている間に、オレは店主に興味本位で聞いてみる。

 

「ん?ああ。リザーン自治領ってとこのだよ」

「リザーン自治領?」

「知らないのか?北セルフォード大陸の南東部にある連合国家『セリア同盟』に属する自治領ってなってはいるが、かなりの富を独占しているから事実上の独立国家だな」

 

 セリア同盟………確か近い将来開催される『魔術祭典』の舞台だったか。

 

「富を独占している、というと?」

「あそこを取り仕切っている自治領主様が商売上手でな、色んな国に事業を展開して上手く儲けているんだと」

 

 実質商業国家に近い自治領か。帝国の外ではそんなところがあるのか。

 

「…成程。興味深い話が聞けた。ガラスペン一本買うよ」

「おう、毎度」

 

 オレに続いて、システィーナとルミアも気に入ったのを購入する。  

 

「………そう言えば、嬢ちゃん達のその格好、フェジテにある魔術学院の制服だよな?」

「はい、私達は遠征学修でサイネリア島まで行くことになっていて…」

「サイネリア島か……」

 

 ルミアが行き先の名前を口にした途端、店主は険しい表情になる。

 

「?どうかしましたか?」

「あっいや。最近あの島に人間主義者の連中がたむろしているっていう話を耳にしてな」

 

 えっ。

 

「人間主義者?なんか聞いたことあるような……」

「システィ、前に先生が言ってた反魔術師主義のことじゃないかな。でも、なんでサイネリア島に?」

「聞いた話じゃ、連中は島にある研究所の閉鎖を要求している。命を冒涜しているとかなんとか………まあとにかく、向こうで見かけても関わらない方がいいぞ。魔術師だって知られたら何されるかわかったものじゃないからな」

「は、はあ……わかりました」

「ご忠告ありがとうございます」

「いやいや」

 

 店主からの忠告を心に留め、オレ達はその場を後にした。

 

 

 

 人間主義者か………。

 一応アルベルトとグレン先生に伝えておくか。

 

 

♢♢

 

「ち、ちょっと!こ、こんなところで僕をどうする気だ~!暴力だけはやめてくれよ?!痛いのだけはいやだよおおおぉぉぉ!!」

「いや、もうその芝居はいいってアルベルト」

「……久しぶりだな、グレン」

 

 グレンがルミア達に絡んでいた軟派青年を人気のない路地裏まで連れてきたところで、その青年は瞬時に帝国宮廷魔導師団のエース、《星》のアルベルトへと姿を変えた。

 本来であれば、アルベルトがこうしてグレンに接触してくることはない。だからこそ、グレンはこの場で自身に伝えたいこと、もしくは目的があると理解していた。

 

「んで、わざわざ任務中に俺に接触したんだ。何か用があるんだろ?」

 

 グレンからの問いに、アルベルト少しの間沈黙してから答える。

 

「リィエルには気を付けろ」 

「はぁ?」

 

 グレンは怪訝そうな顔をして、アルベルトに聞き返した。

 

「リィエルに気をつけろだ?そんなもんいつもアイツが暴走しないように………」

「そういう意味ではない。リィエル………あいつは危険だ。お前と俺は知っているだろう、あいつの危険性を」

「……!だが、あれはもう昔の話だ」

「相変わらず甘いな………警告はしたぞ」

 

 視線を逸らすグレンをアルベルトは一瞥し、その場を立ち去ろうとする。だがしばらくしたところで足を止めるとグレンの方へ振り向いた。

 

「それと、キヨトの扱いには十分に注意しておけ。あいつはリィエル以上に危険だ」

「?あいつが危険?何言ってるんだ?」

 

 アルベルトが放った言葉にグレンは疑問の声を上げる。

 

「………その様子だと、奴から聞いていないのだな」

「?何を?」

「――ホワイトルーム」

「っ!」

 

 アルベルトの口から出た単語に、グレンは大きく目を見開いた。

 

「お前も覚えているだろ。あの施設のことを」

「………ああ、覚えているぜ。外部と隔離し、乳幼児の段階から子供に徹底した英才教育を施して天才を育成する教育機関、と聞こえはいいが、完全に人権そのものを無視したところだ。集められた子供がハードすぎるカリキュラムに耐えられずに死んだか廃人になったって……」

「お前の情報提供者だった男がもたらした情報通り、天の智慧研究会がその施設のパトロンだったそうだ。施設を出た者を組織の構成員にするという条件でな」

「……で、あの施設は去年俺らで潰したはずだ。あいつと何の関係があんだよ?」

「………相変わらず察しが悪いな」

 

 大きくため息を吐いたアルベルトは、鋭い眼でグレンを睨みながら告げた。

 

 

「―――奴はあの施設の出身で、『ホワイトルームの最高傑作』と謳われていた化け物だ」

 





アルベルトはキヨポンを物凄く警戒しているため、元同僚のグレンに警告しています。
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