ようこそロクでなし魔術講師のいる教室へ   作:嫉妬憤怒強欲

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今年の夏は暑すぎて海に行く気力すら湧きません。
クーラーの効いた涼しい部屋に引きこもって執筆をしています。


楽園とは

 『遠征学修』三日目の朝。

 今日は一日自由行動となっている。

 と言ってもクラスの皆が来るのは同じ場所で、朝食を終えたオレ達は水着を着込んでビーチに来ていた。

 快晴の青い空、照りつける太陽、白い砂浜、白い水飛沫を上げて煌めく海。

 旅籠から然程遠くないにも関わらずのこの絶景……さすがリゾート地と言うべきか。

 

「……え、『楽園(エデン)』はここにあったのか……ッ!?」

「焦らずとも『楽園』はいずれ俺達の前におのずと現れるから今日のところは退け……全て、先生の言うとおりでした……」

「ごめんなさい、先生……俺達が……俺達が間違っていました……ッ!」

「なのに俺達ときたら、先生に散々呪文をぶつけて痛めつけて……ッ! 目先のことばかりしか考えられなくて……ッ!」

「ありがとうございます、先生……どうか、あの世で安らかに眠っていてください……俺達のこと、ずっと見守っていてください……」

「いや、生きているから、俺」

 

 砂浜でカッシュを始めとしたクラスの男子生徒達は涙を流している。

 ただし、あいつらが眺めているのは景色ではなく…。

 

「やっほー、システィもリィエルもおいでよ!」

「うん!わかったわ!今、行く!ほら!一緒に泳ごう?リィエル」

「……ん」

「そこのお三方!私達と一緒にビーチバレーにでも興じませんー?」

「その…皆で遊べば、きっと楽しいよ……」

「ふふ、ところでちゃんと日焼け対策されましたか?」

 

 色とりどりの水着を着ている女子たちだった。

 学院指定の制服もへそ出しガーターミニスカートという正直アレなやつだったが、今はあれより布面積が少ない。

 明るい太陽の下、透き通るように白く、張りのある健康的な肌と体のラインが惜しげもなく晒されている。

 また、潮風に乗って舞い上がる水飛沫が太陽の光を受けてきらきらと輝き、海の中できゃっきゃとはしゃぐ彼女たちを美しく彩っていた。

 ……成程。

 確かに思春期真っ盛りな男子からすれば、この光景が一種の楽園と言えなくもないか。

 

「ったく、お前ら、全力でやりやがって……少しは手加減してくれ……非殺傷系の呪文のはずなのに死ぬかと思ったぞ?」

「あ、あははは……昨日は色々すんません……」

「まぁ、いい。今日は予備日、丸一日自由時間だ。好きなだけ遊んできな。ふぁ……俺はここで寝てるわ……なんかあったら……呼んでくれ……」

「わかりました!先生!」

 

 だだだだっと、男子生徒陣が勢い良く海の方へと駆けていった。

 ここに遊びに来たはずじゃないのに、システィーナを含めた皆は凄くはしゃいでいるな。

 はしゃいでいないのはヤシの木の木陰で制服姿で読書しているギイブルくらいだ。

 

「あー……お前も行かなくて良いのか?」

「ん? ああ、勿論行きますよ。ちょっと海に興味ありますし」

 

 日焼け対策で七分袖のパーカーを上着として羽織ってはいるが、泳ぐときは脱いでおくか。

 

「そういえばお前海は初めてだったか…」

 

 海が初めてなことを先生に話した覚えはないが………そうか。

 

「……シーホークでアルベルトからオレのことを聞いたみたいですね」

「っ!」

「図星か」

 

 昨日の午後から、先生は時々オレに視線を送っていた。

 タイミングからして、シーホークであの男が接触して来た時だとわかる。

 

「オレが裏切らないよう、しっかり見張っておけとでも言われましたか?」

「……なんでわかるんだよ」

「仕草や反応で大体のことはわかりますよ。それにあの男の性格なら、いつかオレのことで先生に忠告するだろうと思いまして」

「予想してたのかよ………まあいいや。別にお前があのイカれた施設の出身だからって、お前は被害者だろ?なのに脅して強引に軍に入れるなんてあの冷血ヒス女マジ鬼畜だぜ」

「それには同意見ですね」

 

 冷血ヒス女……あいつにぴったりだな。

 

「任務で編入したとはいえ、今は俺の生徒だ」

「まあ、一応そうですね。前任者後任者の関係でもありますが」

「おう。先輩後輩の関係でもあるだろうが、少しは先輩を敬え」

「えっ、無理です」

「おい」

 

 敬う要素が見当たらないのだから無理なものは無理だ。

 

「ったく……とにかくだ。生徒を信じないで何が講師だよ。ま、なにかやらかしそうな時は拳骨喰らわすけどな」

「いつになく講師らしいことを言いますね」

「講師だからな」

 

 ロクでなしが前につくけどな。

 

「それに――」

「先生〜!キヨト君〜!」

 

 先生は何かを言いかけて、その口を閉じる。丁度近くにいつもの女子三人が来ていたからだ。

 

「どうした、お前ら?おうおう、なんともまぁ、眼福な恰好してくれちゃって……」

「じっ、じろじろ見ないでよ……」

 

 グレン先生が生徒の水着姿を見てどこぞのチンピラみたいにニヤニヤと悪そうに笑っている。とても講師とは思えないな。この前ショッピングモールでストーカーと間違えられても仕方ないな。

 

「キヨト君、どうかな?先生は眼福だっていってくれたんだけど」

 

 ルミアはオレの目の前でくるりと一回転して両手を広げる。

 

 ルミアが着ている水着は青と白のストライプが可愛らしい、ビキニタイプ。

 ルミアは童顔だが体つきは同じ年代の少女達と比べても一際肉感的であり、一回した際にぶるんと揺れた。どこがとは言わないが。詳しくは分からないが、少なくとも常人を遥かに超える物を持つ逸材の持ち主。

 さっきまで海に入っていたからか、その優美な曲線を描く艶めかしいボディラインを海水が伝い滴っていて、太陽の光を反射している。

 

 うん、思春期男子にとっては毒そのものだ。

 オレはひたすらに心を無にする。そして、神に感謝した。嗚呼……世界は今日も平和だ……。

 

「いいんじゃないか?」

「………」

「ちょっと、そこは可愛いとか褒めるところでしょ」

 

 心の平静を保ちつつ無難に答えたが、どうやらお気に召さなかったようだ。

 だがもしそんなことをすれば、ナンパ師か「え?この人私に気があるんじゃないの?」とあらぬ誤解を招きかねないため、そういうのをストレートに言うほどの勇気はオレにはないのだ。

 凝視していたらまた、己との戦いに臨むことになりそうだったので、ひたすらに心を落ち着かせることに専念する。

 

「おいおいなんだよキヨポン、褒め方が全然なってじゃねえか」

「………」

「ん?どうしたリィエル」

「………」

「…いや、言わなきゃ分かんねーよ」

 

 リィエルが一歩グレン先生の前に出て、意味深にじっと見つめ始めるが、その意図がわかっていない先生は首を傾げていた。

 

「…………なんでもない」

 

 プイ、とリィエルは背を向けてトボトボと離れていった。

 

「……先生も大概ですね」

「は?何言ってんの、お前?」

 

 リィエルの行動の意味が全くわかってないようで、システィーナとルミアは呆れていた。

 

「ところでお前ら一体どうした?向こうで遊んでいたんじゃなかったのか?」

「あっ、それがですね。これから皆でビーチバレーでもしようっていう話になって…………二人を誘いに来たんです」

 

 ビーチバレーか。やったことないな。

 

「そうだな…せっかくだし、やろう」

「やった♪先生もどうですか?」

「え〜……俺はなぁ〜……お肌焼けちゃうし〜」

 

 この時グレン先生は明らかに渋っていたが………。

 

 

 

 

 

「──っしゃ、来いやオラァ!」

「滅茶苦茶ノリノリだな」

 

 隣のコートで、グレン先生が生徒達よりハイテンションな状態でビーチバレーに挑んでいた。情緒どうなってるんだ。

 

「というか、何故僕まで巻き込まれているんだ!」

 

 なんか向こうにギイブルも気付かぬ間に引き込まれ、今になって自分が何処にいるのか気づいたようだ。

 

 

「キヨト君、前!」

 

 っと、こっちも今試合中だった。同じチームのセシルからの声を聞いてを聞いて我に返った。

 

「──死ねえ、キヨポンっ!」

 

 相手コートから、アルフの雄叫びと共に炸裂するスパイクが真っ直ぐ、オレの顔面向けて打ち込まれる。

 

「――っぶね」

 

 首を傾けて紙一重の回避。オレの横を過ぎ去ったボールが砂浜を穿ち、得点が相手のチームに入った。

 

「避けたか……ちっ」

「次はボディを狙うぞ」

「おう」

「ちょっと待て、なんでオレ狙いだ。オレ、お前らになにかしたか?」

 

 まったく心当たりのないオレは、相手コートにいるアルフ、ビックス、シーサーに確認してみる。

 

「なにか、だと?」

「この野郎、まさか心当たりがないとかほざくつもりか……?あぁん?」

「ナメてんのかこらぁ?」

「キャラ崩壊してるぞ」

 

 殆どチンピラだ。

 本当に心当たりないんだが。

 外野の男子達、正確には『楽園』への侵入作戦に参加していた連中が、血涙を流さん勢いでこっちを睨み付けている。だからなんでだよ。

 

「そんなの決まってるだろッ!?イケメンは敵だッ!」

 

 は?

 外野にいる男子達のほぼ全員がうんうんと頷いている。

 

「そうだそうだ!けど影が薄くて、コミュ障で、根暗そうな陰キャで、クラスじゃあんまり目立ってなかったから『まあいいや』と思っていたのによ!」

 

 結構悪口出たな。

 

「だというのに!だというのに、なぜッ!!お前は、大天使ルミアちゃんと仲良くしてるんだァ!?」

「なんでか三組のリアナちゃんと最近よく一緒に登校してるしよ!」

「噂じゃテレサお姉さまに服をコーディネートしてくれた上、一緒に食事したって聞くし!」

「ずるい!お前ばかり良い思いしやがって!」

「「「この妬み、ここで晴らさでおくべきか!」」」

「えぇ……」

 

 要するにこれは単なる八つ当たりと言うことだろう。

 ここまで露骨に表に出すと、流石の女子達も引いているということに何故気づかないのか。

 

「お前ら落ち着いて人の話を聞け」

「ほお?」

「命乞いか?」

 

 命乞いって言葉、日常で聞いたの初めてだぞ。

 

「別にルミアとは席が隣同士ならよく話す機会が多いし、テレサのは服選びに困ってた時に親切にも手伝ってくれて、そのお返しに奢っただけだ。リアナの場合もこの前盗み聞きしてたのならその気なんてないのがわかるだろ?」

「くっそぉ、その『興味ないね』みたいな態度が腹立つ!!」

「ドヤ顔されても腹立つけどな!!」

「というか少しは表情崩せや!」

 

 駄目だ、話が通じない。

 ショッピングモールでの昼食でリンとウェンディもいたことを言ったら火に油を注ぎそうだ。

 

「あ、あはは…大変だねキヨト君」

「だ、大丈夫……?」

「………大丈夫と言えばウソになるな。まさかここまで嫌われてるとはな」

 

 ちなみにビーチバレー(魔術の使用あり、ただし相手への直接的な攻撃は除く)の形式はアタッカーとサポーターとレシーバーの三人一組で、メンバーをくじ引きで決めている。

 今相手しているチームはアルフ、ビックス、シーサーの仲良し三人組(男ばっか)。仲良し三人組なだけあって、魔術競技祭でも見事な連携を取っていた。

 対するこっちはオレ、セシル、リンという連携なんて取ったことのないチームだ。

 チームプレーでは向こうが上だが………。

 

 まあ、問題ないか。

 

 

 

 数分後、勝負は決した。

 

「うおおおおぉぉぉぉ!!くたばれえぇぇぇ!!」

「てい」

「なにぃ!?」

 

 例のごとく、オレ目掛けて飛んできたボールをレシーブし、真上に打ち上げる。

 

「キヨト君!」

「ああ」

 

 オレは高く跳躍し、セシルがトスしたボールを相手コートへと叩き込む。

 

「《見えざる手よ》!」

 

 相手方のレシーバーであるシーサーがスパイクを拾おうと、弾道からボールの着弾地点を指差し、白魔【サイ・テレキネシス】――遠隔物体操作の呪文を唱える。

 だがそれは光操作を応用した黒魔【イリュージョン・イメージ】で作った幻影。

 本物はシーサーのすぐ横に着弾し、コート内をバウンドするのであった。

 

「ゲームセット!キヨト君のチームの勝利!」

「やった!」

「わ、私達勝ったよ!」

 

 審判を務めたルミアの宣言に、セシルとリンがはしゃいでいる。

 

「な、なんでだ!?俺達が優勢だったはず!?」

「確かにボディに当てた筈なのに、気付いたらボールがコート外にいってた!」

「しかも向こうが打ってくるボールを上手く拾えねえぞ!?」

 

 相手チームの三人は理由もわからないまま敗北した。

 三人の敗因はオレへの攻撃に執着したことだ。

 スパイクする際は必ずオレのボディを狙っていた。来ると分かっていれば対策のしようがある。コートの端に立っているのがオレの幻影だと気付かずに、ボールを何度もコート外へと打ち込んで失点を重ねてしまった。

 こっちがボールを打ち込む際は幻影の方に注意がいってしまい、スパイクを拾うのに失敗。

 

 チームプレー関係なしの騙し技で、見事オレ達の逆転勝利となったわけだ。

 オレへの嫉妬心を抑えておけば結果はまた違っていたかもしれないが………まあ、済んだ話か。

 

「それじゃ、負けたチームは罰ゲームで」

「「「畜生ううううぅぅぅぅ!」」」

 

 罰ゲームの内容は、負けたチームの代表者が指定ポイント(ここから約五百メトラの距離の海上)までを往復で泳ぎ切るというもの。皆のやる気を引き出すには十分な罰ゲームと言える。ちなみに考えたのはグレン先生だ。

 

 

 

 それから同じ要領で嫉妬に狂った男子達に対処し、準々決勝にまで順調に勝ち進んでいった。

 

「ふう、今のはギリギリだったね」

「ご、ごめんね。わ、私……アタッカーは上手くできなくて」

「いや、問題ない」

 

 リンは小柄だからネットの上まで届かないのは仕方ない。失点はあったが、カバーできる程度だ。

 

 オレ達の試合が終わりコートから出ると、入れ替わりで次のチームが入る。

 片方はロッドとカイがいるチーム。対するはこのゲームのダークホースと言うべき面子だった。

 

「げっ!?また拾われた!?」

「リィエルちゃん、行けッ!」

「えい」

 

 リィエルがハエ叩きみたいな動作で上げられたボールを叩く。 

 いかにもやる気のなさそうなスパイクだったが、次の瞬間………。

 

 ずどごむっ!

 

 ドザアアァァァァ!

 

 ボールから鈍い音と共に、相手コートに砂柱が盛大に空高く上がった。

 

「「「ええ……」」」

 

 ロッド達のコートのど真ん中に、ボールが半分以上めり込んでいた。

 

 うん、無理だな。

 

「あ、あれは流石に防ぎようがないね……」

「あんなの当たったら…大怪我じゃすまないかも……」

 

 リィエルの殺人スパイクにセシルとリンも及び腰になっていた。

 

 ロッド達の対戦チームは、

 一人目が、人間離れした馬鹿力を発揮したリィエル。

 二人目は、クラスで人並みに運動能力の良いカッシュ。

 三人目は、クラスのおっとりお姉さん、テレサ。

 

 リィエルとカッシュはともかく、テレサは意外と強かった。

 一見、運動とは無縁そうだが、二組の中でサイキック系白魔術の腕前が高いため、レシーバーを務めた際に【サイ・テレキネシス】を上手く使いこなし、まだ一度も得点を許していない。

 

 それにテレサがスパイクを打つ時だけ、相手チームの男子達は為す術もなくやられてしまうのだ。

 正確には、まるで全ての時が停止してしまったかのように皆固まる。

 

 「アレは精神攻撃?いや、もしくは時間操作系か?」とグレン先生が呟いているが、原因はわかる。

 単純に皆テレサの一部分を見るのに必死になってただけだ。

 おっとりお姉さん系の美少女であるテレサは、ルミア並にスタイルが抜群である。モデル顔負けのメリハリの利いたカーブを描く豊満な肢体は色気も相まって目に毒だ。

 跳んだり跳ねたりする度、あの揺れるアレを見た時は流石のオレも固まってしまう。

 うわっ、凄い揺れ――

 

「―――キヨト君、いったいどこを見てるのかな?」

「いえ、どこも見てません」

 

 横からルミアが声をかけられる。それだけなのに何故か寒気がした。パーカーを着てるのにだ。

 

 とにかく、このチームはこのゲームでは最強の布陣と言える。

 くじ引きで決まったチートチームに勝てるチームがいるのだろうか?

 というか、勝負以前に生き残ることができるのか不安だ。

 

「次の相手はグレン先生のチームだったな」

「うん、ギイブルとシスティーナもいるから苦戦しそうだね」

「か、勝てるかな……?」

 

 セシルの言う通り、グレン先生のチームを相手するのは大変そうだ。

 システィーナとギイブルは成績上位者なだけあって、魔術行使能力は高い。

 勝てたとしても、その次の相手はリィエルのチームだ。

 

 潮時だな。

 

「二人共、この後のことなんだが………」 

 

 

 

 リィエルチームの圧勝で終わり、次は先生達のチームとオレ達のチームとの準決勝決定戦が始まろうとしていた。

 

「おらぁあああ――ッ!かかって来いやぁあああ――ッ!キヨポンッ!」

「「「棄権します」」」

「は?」

 

 オレ達は即ギブアップ宣言をした。

 予想外だったようで、グレン先生達は鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。

 

「なんで?勝負を捨てるのかよ?罰ゲームがあるんだぞ?」

「いや、流石に疲れちゃいまして。ここで無理して挑んでも先生達に勝ち目がありません。疲れ切った状態で泳ぐとなれば命にも関わりますし」

「ま、まあ確かにそうだな…」

 

 チームにも同じことを細かく説明し、少し残念そうだったが二人共仕方ないと納得してくれた。

 

「そういうわけなので、ここは潔く負けを認めて罰ゲームを受けることにしたのですが…」

「んー……お前らがそれで良いのならいいぜ。まあ?俺達はこのまま楽に決勝戦進出できるしぃ」

 

 そう言って勝ち誇った笑みを浮かべるグレン先生が、手に持っていたタロットカードらしきものをこっそりズボンのポケットに仕舞った瞬間をオレは見逃さなかった。

 試合中に【愚者の世界】で魔術を封じるつもりだったようだ。なんて大人気ない。

 

 まあ、次の決勝戦の相手にそんなのが通じるとは思えないが。

 

「じゃあ、次の決勝戦は死なないでくださいね」

「えっ、死ぬ?」

「だって先生達の次の対戦チームはあいつらで決まりじゃないですか?」

 

 隣のコートでは、丁度あっちも片方のチームがギブアップ宣言して試合は終了していた。

 勝ったのは、当然リィエルチームである。

 

「グレン、わたしとも……やろ?」

「「「…………」」」

 

 グレン先生の笑顔が引きつる。既に何度もリィエルの殺人スパイクを目にしている先生チームのテンションが一気にお通夜状態になっていた。

 

「お、お前まさか……こうなると踏んでワザと?」

 

 当たり前だろ。オレだって命が惜しいんだ。

 

「さて。オレは泳ぎに行くので、先生もどうぞ逝ってください」

「なんか字が違う気がする!?やっぱ今のギブアップ宣言なし!俺達が棄権するから!」

「もう遅いですよ」

 

 先生の悲痛な叫びを無視し、オレは泳ぐのに邪魔なパーカーをその場で脱ぐ。

 

「セシル、ちょっとこれ預かってくれないか?」

「う、うん………」

「?どうした?」

 

 セシルの視線がオレの首より下に向いていた。

 

「その、キヨト君の身体見て驚いちゃって…」

「身体?」

「自覚ないの………僕だけじゃなくて、皆も驚いてるよ」

「え?」

 

 周囲を見渡すと、セシルの言う通り複数の視線がオレに集中していた。

 

「うわ、すごい体付き」

「なんだあれ、滅茶苦茶仕上がっているぞ!?」

「腹筋が割れてやがる!?」

「腹に板チョコでも貼り付けてんのかい!」

「背中側もやばいぞ」

「………」

「おい!カッシュが固まってるぞ!」

「きっと自分より仕上がってる奴がいてショックを受けてるんだ!」

「あっ、なんか見てるだけでドキドキしてきた」

「くそっ……くそぉ……!どうしてだ……ここまで、ここまで差があるっていうのか、俺たちには……ッ!!」

「ああ、世界はなんて残酷なんだ……」

 

 視線が痛い。なんか悔しそうに砂浜を殴り付けている奴がいるし。

 

「キヨトさんって着瘦せするタイプだったのですね。無駄に筋肉をつけてない細身の理想的肉質といった感じです」

「て、テレサ!?よ、嫁入り前の淑女が殿方の身体をまじまじと見るものではありませんわよ!?」

「そう言うウェンディもしっかり見てるよな」

 

 両手で自分の目を覆いながらも、指の隙間からしっかり見ているのをオレは見逃さなかった。

 

「……キヨト君の、凄い筋肉……触ってみていい?」

「もう触ってるよな」

 

 言ってる傍から、リンが食い入るような目をしながら人差し指でオレの腹筋をつついてきた。

 

「結構硬いですね。何か運動してましたか?」

「いや、あの……」

「私にも触らせてー」

「あっずるい。私も私も」

「えっと……」

 

 見るだけじゃ満足しなかったのか、テレサだけでなくアネットやベラ、キャシーといった特に交流のない女子達までボディタッチをしてきた。

 遠慮なく触り、二の腕やら肩やらにまでそのアクションが繰り返される。

 

 女子達のあれが視界にすぐそばにあり、無数の柔らかい手の感触が伝わってくるこの状況で、オレはひたすらに心を落ち着かせることに専念するが難しい。

 ルミアに助けを求めるが、何故か不機嫌そうにぷくぅと膨れ面になり、ふんっとそっぽを向いた。

 

 

「「「いいからサッサと泳ぎに行けえええええぇぇぇぇぇぇ!!!」」」

 

 嫉妬に狂った男子達が女子たちの中からオレを引っ張り出した。

 

 正直危なかったため、この時ばかりは男子達に感謝だ。戻った時無事か済まないが。

 

 

 気を取り直して、身体を軽く解してから海に足を踏み入れる。

 生まれて初めて海水は少し冷たいが、泳げない程ではない。熱過ぎず、冷た過ぎず。適温といったところか。

 

「《大気の壁よ》」

 

 黒魔【エア・スクリーン】の呪文を唱える。オレの頭に圧縮空気の膜が球体状に形成された。魔術の使用禁止は言われていないから問題ない。

 そのまま海面に頭から突っ込む。

 空気の満たされた膜のおかげで顔や髪が水に濡れることはないし、しばらくの間息継ぎする必要もない。

 オレは顔を空気の膜に守られたまま、海中を潜る。

 

「……おお」

 

 聞こえてくる音は自分の呼吸音と波の音のみ。

 だが目の前の光景は凄かった。

 

 澄み切った青い海の底、太陽の光が海面を通して柔らかく降り注ぐ。

 色鮮やかなサンゴ礁と、その上で乱舞する多種多様な魚の群れ。

 

 海の楽園と言っていいだろう。

 人の手が加わっていない、自然の調和を感じさせるその空間を泳いでいると、空を飛んでいるような錯覚に陥りそうだ。

 

 

――――キヨト、外に出てみたくないかい?

 

 

 あいつの言葉に乗って、外の世界に出て来て正解だったな。あの何もない白い部屋では絶対に見ることは叶わなかっただろう。

 オレは往復するまでの間、この絶景を堪能することにした。

 

 

 

 

「ようキヨポン、オレ達と砂遊びしようぜぇ~?」

「ついでにグレン先生も一緒になぁ?」

 

 浜辺に戻ると、案の定殺意剝き出しの男子達が待ち構えていた。

 




キヨポン、滅茶苦茶青春してる。
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