ようこそロクでなし魔術講師のいる教室へ   作:嫉妬憤怒強欲

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容疑者

 男子達との砂浜での魔術行使ありの追いかけっこ(つかまえてごら~んなどとお約束のセリフはなく)でグレン先生を囮にしてなんとか逃げ切った後、オレ達は海から引き上げて各々自由行動を取った。

 

「ちょっと待てお前ら!?行くならせめて俺をここから出してくれぇ!あっやべ!潮が満ちてきた!?」

 

 首から下が砂に埋まっているグレン先生を放置して。

 

 元気のある者は観光街を練り歩き、食事を取りに行ったり、露店を冷やかしに行ったり、走って疲れ果てた者は宿舎の部屋へ休憩に戻ったりと、クラスは幾つかのグループを作って思い思いに行動していた。

 

 オレは予定通りこの自由行動の時間を利用し、既に島に来ているアルベルトに接触した。

 

「どうだった?」

 

 人気のない路地裏でアルベルトに問う。

 

「お前の情報は正しかった。島の住民の話によると、数日前に人間主義者達はこの島に来ていたそうだ」

「仕事が速いな」

  

 遠距離からのルミアの護衛の片手間、島での情報収集をこなしていたアルベルトの調査で、シーホークでの露店商の店主の言う事がガセネタでないことは確認した。

 

「そもそも連中はなにしにここに来たんだ?」

「連中の主張は共通している。”人は、人に許された力でのみ生きなければならない””奇跡は神にのみ許された御業であり、神が定めた自然の摂理を、神ならざるものがねじ曲げるのは悪魔の所業である”などだ。今回はそれらの主張の下、白金魔導研究所の永久的な施設閉鎖を要求していたそうだ」

「まるで宗教の教義みたいだな」

 

 白金魔導研究所……明日オレ達が行くことになっている研究所だ。

 

「だがその翌日、連中は忽然と姿を消した」

「いなくなった?」

「島の住民は本土に帰ったのだろうと、特に気にも留めなかったそうだ」

 

 島の住民にとって余所者だから当然か。

 

「実際連中は帰っていたのか?」

「いいや。ここに来る前にシーホークで定期船の渡航記録を確認したが、帰りの便の乗員名簿に彼らの名前は載っていなかった」

「帰っていないってことか」

 

 シーホークを発つ前にアルベルトに知らせておいて正解だった。

 研究所への抗議活動を行った次の日に集団失踪。

 しかも定期船で帰った記録もない、か。

 

「ひょっとすると、例の容疑者が絡んでいたりしてな」

「………連中は既に死んでいると考えているのか?」

「状況的に考えてな。まあ、遺体でも発見されない限りはっきりしないが」

 

 例の容疑者は天の智慧研究会と通じている可能性がある以上、思考も連中と同じと考えていいだろう。

 外道魔術師にとって魔術の使えない(力を持たない)人間は家畜も同然。殺すことになんの躊躇いもない。

 

 もしそうだった場合、例の作戦に利用できるかもしれない。

 

「……キヨト、まさかとは思うが人間主義者も利用するつもりか?」 

 

 オレを見据えていたアルベルトの鋭い眼光が、より一層鋭くなっていた。

 

「オレになにか言いたいことでもあるのか?」

「………」

 

 アルベルトはしばらくの間、口を堅く閉ざし……やがて、氷のように淡々と返した。

 

「あるにはある。だが、お前の考えた作戦の有益性は認める。ならば任務を遂行するだけだ」

 

 だろうな。

 ショッピングモールでの話し合いからアルベルトのオレへの警戒がより一層強まった気がする。グレン先生にオレのことを話したのも警戒してのことだろうな。

 

 だがこの愚直な男が自ら任務を台無しにするようなことはしない。

 

 

 

 台無しにするような馬鹿がいるとすれば………。

 

 

 

♢♢

 

 『遠征学修』四日目。

 本来の目的である研究所見学の日だ。

 しおりによると、北東沿岸部の観光街周辺はそこそこ開発と発展が進んでいるが、それ以外はほとんどが手付かずの樹海が広がっている未開地に覆われていおり、魔獣が生息しているだけに一般人は立ち入り禁止とされている。

 そんな中、目的の白金魔術研究所はこの島のほぼ中心部に設置されているそうだ。

 オレ達は午前中に軽めの食事を取ってから、宿泊していた旅籠から中心部に向けて歩き始めた。

 

「はぁー、はぁー、うぅ……」

「ぜぇ…ぜぇ……」

「きぃいいい…どうして…高貴なわたくしが…このような……ッ!馬車を回しなさいな…ッ!馬車を…ッ!」

「ふん…随分…だらしが…ないね?…ウェンディ、君のような…お嬢様には…荷が重かった…かな?」

「そういう…貴方こそ…皮肉に…いつもの…キレが…なくってよ…ギイブル!」

 

 だが樹海の辛うじて開いていた荒い道で、石畳で舗装された道はフェジテと比べればとても整備されているとは言い難く、時には道なき道になっている領域すらある。

 旅籠から歩いて結構な距離があり、加えて道が悪いのも相俟って、一部を除いてクラスメイト達が半分も行かないうちに息を荒げていた。

 

「大丈夫かリン?」

 

 オレは苦しそうにしているリンに声をかける。

 

「はぁ……はぁ…だ、大、丈夫……あっ!」

 

 リンが石に躓いてコケそうになるのを受け止める。

 

「ご、ごめん……」

「別にいいが…辛いなら荷物代わりに持つぞ?」

「え、でも……」

「今無理してしまうと、帰りはもっときつくなるぞ」

「う、うん…わかった」

 

 オレが荷物を預かると、身軽になって少しは楽になったようだ。

 

「キヨト君って…結構体力あるよね……昨日泳いだ後皆に追い回されても息を切らしてなかったし……」

「………まあ、皆と比べて田舎育ちだからな」

「い、田舎育ちで……あんなに筋肉はつかないと思うけど?」

「両親から恵まれた体を貰っただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 余計な詮索がされないよう、今後人前で肌を晒すのはやめておいた方が良いな、と考えていた時………

 

「うるさいうるさいうるさいっ!」

 

 突然前の方からリィエルの怒声が聞こえてきた。

 前の方を見ると足を止めているルミアとシスティーナに腕を掴まれたリィエルの姿があった。

 

「関わらないで!いらいらするから関わらないで!」

「ちょ……リィエル?」

 

 リィエルが今までの人形のような寡黙さから一転して、明確な敵意を剥き出しにして大声をあげた。それには他の皆も思わず足を止め、呆然と見入っていた。

 

「わたしは……あなた達なんか、大嫌い!」

 

 システィーナの腕を振りほどきながら子供のようにわめき立て、リィエルは二人に背を向けて先へ行ってしまった。

 

「リィエル、どうしたんだろう……?」

「オレにもわからない」

 

 少なくとも昨日までシスティーナ、ルミア、リィエルの仲は良好だったはず。護衛などの事情とは関係無く、友人として過ごしていた。それが一変してあの態度。

 

「リン、少し休憩しよう」

「あっ…う、うん」

 

 荷物を一度返し、オレはすまなそうに顔を顰めている先生に話しかける。

 

「先生、リィエルの様子がおかしいのですが心当たりありますか?」

「………すまん。俺が昨日あいつを怒らせちまってな……。今ちょっと不安定なんだよ」

「何言ったんですか?」

 

 ため息を吐きながら問うが、グレン先生は沈黙する。

 

「……大方、先生の事だから、リィエルに軍から足を洗えとでも言ったんでしょう?」

「……ああ」

 

 いや、反応からしてそれだけじゃないな。

 

「まさか……”俺を死んだ兄貴の代わりにするな”とかも言ったんじゃないでしょうね?」

「!」

「……図星か。何やってるんですか」

 

 システィーナを泣かせた件といい、いざって時以外は余計なことしかしないなオレの前任者は。

 

 リィエルがグレン先生に『依存』している事は編入してからの動向をしばらく観察してわかった。

 その理由も大方察している。

 

 アイツは外見以上に中身が幼すぎるあまり、自己の確立ができていない。

 自己肯定感の不足。

 人間には幼少期の愛情不足や「いい子でいれば好かれる」といった経験から、他者からの承認によって自分の価値を見出そうとする傾向がある。

 ルミアとリィエルがまさにその典型。

 特にリィエルの場合は、自身の存在意義を見出せない代わりに心の拠り所と呼べる存在に『依存』することを選んだ。

 リィエル=レイフォードの拠り所は記憶の中にある『兄』で、今までグレン先生にその兄を重ねていたんだろう。

 

 グレン=レーダスは自分の全て。

 グレン=レーダスのために生きる。

 グレン=レーダスのために戦わなければならない。

 グレン=レーダスがいなければ生きる意味がない。

 

 そう自身に言い聞かせ、リィエルは自身の存在意義を保っていた。

 だが、『宿主』である先生は一年前にリィエルの前から去った。

 魔術競技祭で空気を読まずに先生に決闘を挑んだのは、自分の傍に戻ってきて欲しかったという話だったが、先生が傍にいないと何のために生きているのか、戦っているのかわからなくなる不安に駆られるからというものだったのだろう。

 

 直に本人にそのことを伝えたかどうかは知らないが、いずれにしろ先生はそんなリィエルを拒絶した。

 

「……で、拒絶された理由を理解できないあのバカは、システィーナ達が先生を自分から奪った敵と認識してしまった……という感じですか?」

「う……大体合ってる。お前、本当恐ろしいくらい鋭いよな」

「そんな世辞はいいです」

「あいつは、俺を亡くなった兄貴の代わりにしようとしてるんだ。……けど、俺はリィエルにはもっと幸せになってもらいたい。俺に依存したままじゃ、いつかあいつの幸せが掴めなくなっちまう」

「それでシスティーナたちと仲良くしてる今がチャンスだと思って説得を試みた、と?」

 

 こくりとグレン先生が頷く。

 

「………先生は間違ったことを言ってないと思いますが、時と場所を考えて欲しかったですね」

「は?時と場所?」

 

 この様子だとアルベルトから容疑者の話を聞いていないようだな。ならここは敢えて言わないでおこう。

 

「ここは学院の外なんですよ?いつ天の智慧研究会が狙ってきてもおかしくない状況じゃないですか。そんな中護衛役の一人を使い物にならなくするなんて、余計な仕事を増やさないでくれませんか?」

「す、すまん……」

「そう思うならできるだけ早くリィエルと仲直りしてくださいよ。今のアイツは何を仕出かすかわからないので……念の為いつものように魔術罠を仕掛けておきますが?」

「いや、それはやらなくていい。今はアイツをそっとしておきたい」

「………そうですか」

 

 先生に拒絶された今のリィエルは自己の役割、価値観、目標などに対する不確かさや混乱に陥り、漠然とした不安や孤独感、虚無感を感じているだろう。

 

 そんな中、もしも記憶の中の『兄』と同じ姿をした奴が目の前に現れた時、果たしてリィエルはオレ達の味方のままでいるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 それから歩き続けること二時間が経過し、オレ達はようやく白金魔導研究所に辿り着いた。

 

「はぁ…はぁ…もうダメ」

「頑張ったなリン。水いるか?」

「う、うん…」

 

 疲れ果てて座り込んでしまっているリンにまだ開けてない水の入ったボトルを渡す。

 

「ぷはっ、ありがとうキヨト君……」

「少し休むと良い。あと、それやる」

「え?でもこれはキヨト君のじゃ……」

「いや、流石に他人が口をつけたのを貰うのはアレだから」

「………あっ」

 

 リンは頬を赤く染めてすぐ「はうぅ……」と顔を隠すように俯き、逃げるようにテレサとウェンディがいるところへと向かった。

 流石に今のはデリカシーなかったか。

 

 他の生徒達が日陰に座り込んで休んでいる中、オレは正面にある建物を見上げる。

 

「おお…」

 

 研究所と言うより神殿みたいだな。

 両側を原生林に囲まれ、そのすぐ背後にある崖から滝が流れ落ちている。滝つぼから常に上がる水飛沫が神殿の足元を微かに白く曇らせ、太陽の光を反射して七色の虹を見せている絶景に、オレは思わず感嘆の声を上げた。

 

「えっと、ひぃ、ふぅ、みぃ……おう、ちゃんと全員いるな」

 

 グレン先生が点呼と人数を繰り返し確認していると、研究所の入り口から人影が近づいてくるのが見えた。

 

「ようこそ、アルザーノ帝国魔術学院の皆様。遠路はるばるご苦労様です」

 

 現れたのは初老の男性だった。頭の天辺はすっかり禿げ上がり、残った髪や口元に生やす髭にも白いものが見え隠れしている。だが、いかにも好々爺然しており、親しみやすい雰囲気を持っていた。

 

「私はバークス=ブラウモン。この白金魔導研究所の所長を務めさせていただいている者です」

「や、あんたがバークスさんか。アルザーノ魔術学院、二年次性二組の担当のグレン=レーダスだ。今日はウチのクラスの『遠征学修』に協力頂いてありがとうございます。生粋の研究型魔術師のアンタには鬱陶しくてしょうがないでしょうが、まぁ、今日明日は我慢してください」

「いえいえ、いいんですよ。ここにいらっしゃる皆様がたは、帝国の将来を担う魔術師の卵達。そんな彼らの糧となるならば、これ以上のことはございません」

 

 グレン先生の微妙に丁寧じゃない物言いにも機嫌を損ねず、バークスは朗らかに応じた。

 

「それに私も日夜研究ばかりでは気が滅入りますからな、こうして未来を担う若者と触れ合うのも良い刺激になります。お疲れのところ大変でしょうが、ここまで来てくれた労いの代わりと言ってはなんですが……本日の見学は私がご案内しますよ」

「はぁ!?所長のアンタが直々に!?アンタだって研究で大忙しでしょう!」

「構いませんよ。私の権限があれば普段一般の方が立ち入らない区域にも入れますし……やはり我らが帝国の未来を担う若者には、最高のものを見ていただき、たくさん学んで欲しいものですから」

「……ま、マジっすか?まさかそこまでしてくれるは…いや、ありがとうございます、ホントに。あんた、マジで人格者だな」

 

 人格者、ね。表面的に見ればそうだろうな。

 やり取りの最中、バークスがほんの一瞬だけ、氷のような冷たい目でルミアを見ていたことに、先生はまったく気付いていない様子だ。

 

「ねぇねぇ、聞いた?ルミア。今回の『遠征学修』なんだか凄いことになりそう!最新の魔術研究を見られるなんて、物凄い幸運よ!普通は最新と銘打っても、一、二世代前の研究しか見学できないのに!」

「う、うん……」

 

 浮き足立つシスティーナや恐縮しているグレンとは違い、ルミア本人はそれを敏感に感じたのか、表情が優れなかった。

 

「ルミア、あの所長に注意しろ」

「!わかった」

 

 流石に今ここでなにかをするとは思えないが、念の為ルミアに耳打ちして警戒を促しておく。

 リィエルが使い物にならない以上、ルミアの傍を離れない方がいいだろう。

 

 バークスの案内のもと、研究所内を静かに歩く。

 室内、通路問わず、水路が張り巡らされていて、清浄な水の匂いに満ちていた。

 そして、建物内だというのに、樹木や植物が無節操に群生し、緑の生命力が肌で感じられるほどに空間を満たしていた。

 

「白金術…生命力に干渉する白魔術と元素の配列変換や根源素への干渉を得意とする錬金術の複合術。この術分野が主に扱うのは、皆様もご存知の通り生命そのもの。ゆえに研究には新鮮な生命マナに満たされた空間が常に必要とされます。だからこのような有様になっているのです。まぁ、少々歩きにくいのはご愛嬌」

 

 白金術……ホワイトルームのカリキュラムにあった。主にそれぞれ自分が使役するための合成魔獣(キメラ)を造り出し、対戦させるというものだった。

 最先端の研究をしているこの研究所とホワイトルームのカリキュラムにどれ程の差異があるのか気にはなっていた。

 

 バークスの解説を聞きながら、研究所内にある様々な研究室を練り歩く。

 

 辺り一面に様々な品種と効能の薬草畑が広がる、薬草品種改良を試みている部屋。

 岩や結晶が法陣の上に並ぶ、鉱物生命体を開発している部屋。

 多種多様の動植物が収められた巨大なガラスの円筒が所狭しと並ぶ、生物の肉体構造に関する研究をしている部屋。

 複数の動植物を掛け合わせ、合成魔獣(キメラ)を生み出す研究をしている部屋。 

 巨大なモノリス型魔導演算器が何台も据えられ、人や動物などの膨大な遺伝情報や魂情報の解析を行っている部屋。

 次々と見て回ったどの研究室でも、研究員達が脇目もふらず作業や研究に没頭していた。

 

 通路を抜けると、広い空間に出た。そこではあちこちに何かの薬品の詰まった円筒に様々な姿をした生物が閉じ込められていた。

 

「……すげぇな」

「ああ…凄い」

「これは…圧巻ですわね」

 

 ガラス管の中でしか生きられなかった魔造生命体の標本、形容しがたい造形の命の出来損ないの標本、殺人だけを目的とした戦争用の合成魔獣の研究内容と結果の展示物に、クラスの皆は圧倒されてしまっているようだったが、オレは正直少し落胆していた。

 魔獣は霊脈の関係で進化した生物である。

 生命の神秘の研究をうたうからには、てっきり普通の生物から魔獣に至るまでの進化過程を解明済みかと思っていたが、モノリス型魔導演算器に表示されている情報からして、そうではないようだ。

 ただ好き勝手に生物をいじくっているだけ。ガラス円筒の中でしか生きられない個体がいて当然だ。

 生命を弄び、神を冒涜するような傲慢な行為。

 人間主義者達が研究所の閉鎖を要求するのも納得だな。

 

 バークスの動きに注意しつつ、ルミアとシスティーナの傍に寄る。

 

「―――流石に『あの研究』はここでもやってなさそうね。まぁ、当然といえば当然だけど」

「あの研究って何?システィ」

「えっとね、死者の蘇生・復活に関する研究。かつて帝国が大々的に立ち上げたプロジェクトで、その名前が……」

「……『Project : Revive Life』」

 

 二人の背後から、バークスが好々爺然とした顔で会話に割って入った。

 

「まさか学生さんの口からその言葉を聞けるとは…………よく勉強していらっしゃる。あなたのような優秀な若者がいれば帝国の未来は明るいですな」

「いえ、そんな……」

 

 ここであの計画の名前が出てくるとはな。

 

「あの、死者の蘇生ってどういうことですか?」

「おや?興味がおありで?」

「いえ、そんなことが可能なのか気になりまして」

 

 オレはルミアに近づかせないよう割って入る形でバークスに問いかけた。

 ここは敢えて無知な振りをして、この男がどこまで知っているか探ることにしよう。

 

「生物の構成要素は肉体たる『マテリアル体』、精神たる『アストラル体』、霊魂たる『エーテル体』の三要素なのですが……死を迎えた生物はその三要素が分離し、それぞれがそれぞれの円環に還ります。すなわち『マテリアル体』は自然の円環へ、『アストラル体』は集合無意識の第八世界……意識の海へ、『エーテル体』は輪廻転生の円環、摂理の輪へと回帰します。ゆえに生物の死後、『アストラル体』が意識の海に溶け消え、『エーテル体』が次の命へと転生する以上、死者の蘇生は不可能。これを死の絶対不可逆性と言います」

 

 要するに生物は目に見える肉体と、目に見えない精神と魂が三位一体となり調和した存在だ。死んだらそれらがバラバラに散ってしまうために、それらを手繰り寄せる事は魔術では不可能だから必然、死者蘇生は事実上不可能だということだ。

 

 ちなみに死霊術は死者の蘇生には該当しない。降霊と呪詛の両系統に属しており、主に死者の肉体や怨念を利用・加工する術式全般を指す。代表的用途でいえば、死者の肉体を食屍鬼(グール)に変質させ、仮初の生命を吹き込んで召喚·使役するなどだ。

 

「今のところ、この死の絶対不可逆性を覆す魔術はございません。それゆえに、この死者蘇生計画たる『Project : Revive Life』……通称『Re―」

「要するに、生物の三要素を別のもので置き換えて、死者を復活させようという試みなんだよ」

 

 突然、バークスの言葉尻を奪うかのようにグレン先生が割って入ってきた。

 システィーナやルミアが面食らう様子を見ながら、オレは視線を担任講師へ向ける。

 

「復活させたい人間の遺伝情報から採取した『ジーン・コード』を基に錬成した代替肉体と、精神情報を『アストラル・コード』に変換した代替精神、そして他者の霊魂に初期化処理を施した『アルター・エーテル』を代替霊魂とする。そして、この三要素を一つに合成し、本人を復活させる…かいつまんで話せば、そんな術式だ……」

 

 いつものように流暢な説明をするが、先生に微かな焦りが見えた。

 

「って、ちょっと、先生!説明はありがたいんですけど、今、バークスさんがお話してるでしょ!?横から割り込みなんて失礼ですよ!」

「いいんですよ。私なんかより余程簡潔で分かり易い。流石に現役講師ですな。説明が理路整然としていて、私が説明するより話が早かったでしょうな」

「でも………それって復活って言えるんでしょうか?」

 

 割り込んだグレン先生にシスティーナが注意するも、特に気にした様子のないバークスに、ルミアが問いかける。三つのコピーが合わせたことを復活と呼べるのか。

 

「ええ。確かにこの方法で蘇生させた人間は、厳密な意味で本人とは言えません。けれど、周囲の人間にとっては失ってしまったまずの人間が、寸分変わらない姿形と人格記憶を持って戻ってくる…そういう意味での有用性が唱えられたのです。これが成れば、偉大なる英雄や優秀な人材が不慮の死を迎えても、まったく同じ能力、同じ姿形を持つ者を、すぐに復活させることができる…として」

「それ、兵器としての運用も可能ということですか?」

「え、兵器?」

「どういう意味なのキヨト君?」

 

 一同の視線がオレに集まる。

 

「いや、求めているのは本人そのものじゃなくて本人に近い能力のように聞こえてな。たった一人で千人の敵を屠ることが可能な、過去の強力な英雄を復活させて味方にすれば戦術的優位に立つことができるんじゃないか?例えば、《剣の姫》エリエーテ=ヘイヴンとか」

「エリエーテって……二百年前の『魔導大戦』で活躍した『六英雄』の一人じゃない。過去の英雄を兵器にって……」

「あくまで例を挙げただけだ」

 

 精神コードの一部を都合よく弄ってしまえば、自分に従順な駒にもなる。

 軍のお偉いさんが欲しがりそうだ。

 

「成程…あなたの言う通り、そういった側面もあるのでしょう。ですが、結論としてこのプロジェクトは失敗に終わりました」

「失敗ですか……?」

「ええ。なぜなら研究が進むうちに、魔術言語『ルーン』の機能限界という絶対的な問題にぶつかってしまいました。結果、プロジェクトは呆気なく破棄される運びとなったのです」

「それって、一体どういうことなんですか?当時の術式構築技術が足りなくて作れなかったとか、そういうことではないんですか?」

「ルミア。ルーン言語が、この世界で生み出された最初の魂が発した音色…『原初の音』に近く作られた言語だというのは覚えているな?」

 

 不思議そうに問い返すルミアの疑問に応じたのはグレン先生だった。

 

「あ、はい。私達が表層意識上は意味を理解できなくても、深層意識下でちゃんと意味を理解できるんでしたよね?ただ、『原初の音』に近いと言っても、しょせん人が作った言葉だから、天使言語や竜言語と比べると、かなり杜撰だって……」

「ああ、そのルーンで魔術関数を作成し、その魔術関数を組み合わせて、魔術式を作るわけだが…ルーンじゃ、どこをどうやっても先の三要素を一つに合成する関数と式が構築できなかったんだ。これは術式構築技術の不足というわけじゃなく、ルーンという杜撰な魔術言語そのものが抱えた問題で、ルーン語のポテンシャル・スペックでは、その術式をなすことは不可能であるという証明までされちまった。これが、魔術言語ルーンの機能限界ってことだ………要するに、どんなに腕の良い刀剣鍛冶師でも、鋼を材料にしては、鋼より剛性と靭性、共に大きく勝る真銀製の盾を叩き斬れる剣は作れないってことだ」

「いやはや、なかなかお上手な例えで」

「それにもう一つ、致命的な問題があった。『ルーン』の機能限界以前に倫理的に大問題なやつがな」

 

 バークスからのお褒めの言葉をさらりと流し、さらにグレン先生が淡々と言葉を続ける。

 

「復活に必要な三要素の一つ…霊魂体の代替品『アルター・エーテル』だが…これを作製するには、何の関係もない複数の他人から霊魂を抽出して加工・精錬するしか手段がなかったんだ」

「え!?それって…まさか……」

「そうだ。一人復活させようとすれば、別の誰かが何人か確実に死ぬ。こんなこと許されるはずがねぇ」

「そういうわけで様々な問題が噴出し、このプロジェクトは封印されることになったのですよ。まぁ、どこかの魔術結社が、このプロジェクトを盗み出し、稀代の天才錬金術師を使って、なんとか完成に漕ぎ着けた…などという眉唾ものの逸話もございますが」

「そう言えばありましたね、そんな噂。都市伝説レベルの話ですけど」

 

 神妙な顔で呟いたグレン先生。

 なんとも言えない沈黙が流れるが、そこでオレは口を開く。

 

「これは単なる興味本位ですが、仮に魔術言語ルーンの機能限界が解決したとしても、霊的拒絶反応が起こるのでは?」

「……霊的拒絶反応、ですと?」

 

 オレの言葉にバークスはピクリと反応した。

 

「バラバラの代替品を強引に繋ぎ合わせたとて、仮初めの繋がりではやがて限界がくるものです。最初はなんともなくても、いつか肉体と魂と精神が拒絶反応を起こして、ばらばらに分離して死んでしまうのでは?」

「ふ、ふむ………確かにそうかもしれませんな」

「それに、少し工程を変えればルーンの機能限界にぶつかることは避けれると思いますが?」

「工程を変える?」

「お、おいキヨト…何言って――」

 

 割って入ろうとするグレン先生を制止する。

 

「例えばそうですね。まず検体を一人用意します。次に、その検体に最低二つの術を施すんです。具体的には、『ジーン・コード』から変身系の白魔術【セルフ・ポリモルフ】で復活させたい人間の肉体に変質させ、精神干渉系の白魔術で精神情報を復活させたい人間のものに書き換える、とか?」

「ちょ、ちょっと待って、それって生きた人間を使うってこと…?」

「あくまでも仮定の話だがそうだ。正確には生まれたばかりの新生児だが」

「!赤ん坊って……」

「まだ自我が芽生えていない魂なら、わざわざ初期化処理を施す必要がないだろ?」

 

 他者の霊魂に初期化処理を施すのは自我の崩壊を避けるためだ。だが生まれたばかりの魂なら、複数の人間を犠牲にする必要が無くなる。

 三つの要素の繋がりを維持し、そのうちの二つを書き換えるだけでいいのなら、霊的拒絶反応のリスクは軽減される。新生児なら大幅にだ。

 初歩的な白魔術を使っているため、魂の在り方を応用した固有魔術には該当しないし、結果的に蘇生ができるから一つに合成する関数と式の構築は必要ない。

 

 オレの言葉にシスティーナ達は顔を顰めている。倫理的な面から気持ちの良い話ではないのだろう。

 倫理とは時代や個人の感情によって線引きが変わるものだ。この国の場合、人道主義を説きながらも異能者への迫害を是とするような矛盾を抱えているが。

 

「は、ははは…なかなか斬新な発想ですな。我々はすでに魔術的な常識に深く囚われ、そういうことを足元から見つめなおす機会もなくなってしまっています。やはり、若い視点というのは、うらやましいものですな」

「……で?博識な所長の見解では、この方法は使えそうですか?」

「さ、さあ?なにぶん試したことがないのでなんとも――」

試したことがない(・・・・・・・・)?前例がないではなく?」

「っ!い、いえ…言葉の綾です」

 

 予想外の話に動揺してボロが出たな。せっかくの人格者の仮面が剝がれかけている。

 システィーナ達もバークスの挙動不審振りに首を傾げていた。

 

「お、おほん…いずれにしても神ならぬ人間に、生きるべき者の取捨選択する権利なんてありません。そこに無垢な赤ん坊も含まれます。興味本位でやっていいものではありません」

「……そうですね。不躾な質問でした」

「いえいえ。内容はどうあれ、未来ある若者が白金術に興味を持ってくれるのは私としても嬉しいものですよ。さぁ、お話はこれくらいにして、次の部屋へ参りましょう。今日はまだまだ、あなた達にご覧になっていただきたい場所がたくさんあるのですから……」

 

 バークスは『Project : Revive Life』の話を締めくくり、研究所の案内を続けていく。

 

 

 なんとか誤魔化したつもりだろうが、これでハッキリしたな。

 

 

 天の智慧研究会と通じている疑いのある容疑者、バークス=ブラウモンはクロだ。

 





正直、自分は原作の四巻で明かされた禿爺や青いモヤシ男の所業に生理的嫌悪感を抱きました。
第三章の後半を書くのに抵抗がありますが、話を進めるには通るべき道なため、なんとか耐えてみせます。
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