ようこそロクでなし魔術講師のいる教室へ   作:嫉妬憤怒強欲

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ふと思ったのですが、某恐竜テーマパークの映画に出てくる恐竜もある意味キメラですね。抽出した遺伝子情報は断片化や劣化が激しいため完全な復元ができず、完全な遺伝情報を得ることはできない以上、その足りない部分を現生生物のコードで補ったという説明がありましたし


弱肉強食

 魔獣とは霊脈の関係で異常進化を遂げた動植物の総称で、種類によってそれぞれ異なる能力を有する。

 

 例えば、

 

――学院の迷いの森に生息している狼型の魔獣シャドウ・ウルフは、恐怖心の有無によって対象を襲撃するかを決める「恐怖察知」という能力を持つ。

 

――3つの尻尾が生えたキツネの魔獣リトルラックキャリーは、テレパシーのような能力で、主と認識した者の元へ、その主が必要としているものを集める習性がある。

 

――見た目がごく小さいスカラベのような昆虫型の魔獣魔導書喰らい(グリモア・イーター)は、魔導書を餌にする能力を持ち、虫食いにして駄目にしてしまう。

 

 進化によって獲得したこれらの能力は、魔獣達が行使するのに魔術師の様に呪文を詠唱する必要が無い上、白金術で他の生物へ移植することが可能だ。

 

 ハイブリッド種である合成魔獣(キメラ)は、複数の魔獣を掛け合わせることで、単一の魔獣よりも多くの能力を持つことが可能になる。

 

 合成魔獣を兵器として運用するための研究が昔行なわれていたのは、そういうメリットがあったからなのだろう。

 だが、何でも適当に掛け合わせれば良いというわけではない。

 例えば、俊敏性の高い獣と鈍重な獣を無作為に掛け合わせても、足の遅い獣ができあげるだけ。せっかくの長所を短所で打ち消してしまっては意味がない。相性の問題もあり、最悪フラスコの中でしか生きられないか、生まれてすぐ拒絶反応を起こして死ぬこともある。

 元の魔獣よりも強力なモノを造り出したいのなら、どの生物をベースに、どの生物のどの長所を移植したいのか、拒絶反応の可能性なども含めて、細かく吟味する必要がある。

 

 ホワイトルームにいた頃、実践カリキュラムで実際に自分で合成魔獣を造り、従魔として他のと戦わせるのがあった。

 当然オレもいくつか造った。この場に召喚したのはその一部である。

 

 

 

「ォオオオオオオオオオオオオンッ!」

「グオオオオオオオオ!!」

 

 青い毛皮を持ち、頭と背中が分厚い甲殻に覆われた巨大な熊が立ち上がり、後肢より長く発達した前肢で地面から抉り取った岩を掴み、迫ってくる異形に向けて投げつける。

 

 蝙蝠の翼を持つ巨大な獅子(バークスが造ったキメラ)は、真っ直ぐ飛んできた岩を跳躍してかわし、そのまま三角飛びの要領で壁を蹴り、中空から熊へと躍りかかる。

 獅子の鋭い爪と牙が迫る。

 だが熊の硬い甲羅の前に、あっけなく砕けた。

 

「グオオ!」

 

 至近距離に近づいた瞬間を狙い、熊がその巨体に似合わない素早さで鋭い爪を生やしたその長い腕を振るった。

 獅子は俊敏さを駆使し、その強烈な一振りを、体を捻ってかわす。

 素人目には、熊の爪が掠りもせず、獅子はかわしきったように見えただろうが……。

 地面に着地した瞬間、獅子の胴体がズルと斜めにずれ、そのまま噴水のように血を噴き出しながら別々の方向へ、ドサリと凄まじい質量を感じさせる音を立てて崩れ落ちた。

 

 

 延々と続く、幅広く天井の高い通路を、オレ達は地面に転がるバラバラの死骸を避けながら駆け抜ける。

 

「次から次へと、大盤振る舞いだな…何匹倒せばいいんだよ……つーかキヨポン、お前が召喚したコイツらなに?」

「なにって合成魔獣ですが?」

「合成魔獣ですがって……えっ、まさかお前が造ったのか?」

「はい。オレがホワイトルームのカリキュラムでちょっと」

「いや、ちょっとってレベルじゃねえだろどう見ても!?」

 

 駆けながらきょろきょろ周りを見渡す先生の視線の先は、どれもオレの使い魔達。

 

 猪くらいのサイズはあり、左右交互にジグザグに動いたり、カーブを描く様に回り込んだりと不規則な軌道を描きながら、尻尾の代わりに蛇を生やした黒ヒョウを翻弄し、止めに鋭い角で刺し貫くアルミラージ。

 

 シャドウ・ウルフよりも一回り大きいながらも、巨躯に見合わない俊敏且つ軽快な動きで駆け、鋭い爪と牙で苛烈な攻撃を仕掛ける、気品溢れる白の毛並みに、額から尻尾に掛けて生え揃うヤマアラシの針毛のような鋭い棘が特徴の巨狼。

 

 頭部の吻から生えている重厚な刃物(刃の峰は三日月のように反り返っている)と、伸縮性のある胴体によるバネのような挙動を駆使し、巨大な烏賊と周りにいた半魚人達を切り伏せていく青白い大蜥蜴。

 

 獅子をバラバラにした後、身体を丸めてボール状の形になり、ゴム毬のように通路の壁と天井を跳ねまわりながら、オレ達へと迫ってくる化け物を押し潰していく甲羅付きの熊。

 

 その他諸々。

 バークスが造った合成魔獣の方が数では圧倒的に上だが、オレ達は着々と連中の数を減らしていた。

 量と質との勝負では、今のところこっちの質が優勢である。

 

「さっきの熊といい、包丁から身体が生えたみたいな蜥蜴とか魚共を料理するみてぇに捌いたちまうし、おっかな過ぎだろ!」

「でもおかげでこっちの負担は軽いでしょ?」

「そりゃそうだが…!」

「無駄口叩くな。距離前方三十、後方三十からそれぞれ数四。来るぞ」

 

 騒ぎ立てるグレン先生にアルベルトが鋭く警告の声を上げた瞬間。

 前方と後方の壁の一部が扉のように開き、そこから葉と蔦で人間の姿を模った植物の化け物がぞろぞろと現れる。 

 アルベルトの言う通り、前方に四体。後方に四体。挟み撃ちの形だ。

 

「ふん…」

 

 アルベルトは無言で、後方へ振り返り――

 

「それじゃ、行ってきますかね――」

 

 グレン先生は、そんなアルベルトを置き去りに前方へ向かい、呪文を唱えた。

 

「《我・時の頸木より・――》…」

 

 ん?この呪文ってまさか

 

「《解放されたし》!」

 

 やっぱりか。

 先生が唱えた呪文は黒魔【タイム・アクセラレイト】。

 自身に流れる時間を加速させることで、一定時間爆発的に加速することが出来る。

 接近戦ではかなり優位になるだろうが、勿論デメリットがある。

 

 術の効果が切れると同時に加速した分、減速してしまうのだ。

 案の定、蔦人間相手に高速格闘術を披露して数秒後、グレン先生の動きが一気に鈍くなった。

 

 この位置からだと先生も巻き込むな………仕方ない。

 

「《爆ぜろ》」

 

 打撃を受けただけで殆ど無傷の蔦人間に向け、オレは炎熱系の改変呪文を詠唱する。

 

 黒魔術において、三属エネルギーを利用する攻性呪文は、物質を構成する最も基本的な要素である根源素(オリジン)中の電素(エトロン)の振動方向と流動方向の二つの導力ベクトルで構成される。

 更に電素の振動運動には、振動加速運動と停滞運動の二つがある。これがそれぞれ、炎熱と冷気の二属エネルギーとなる。

 ようするに、空気を激しく振動させると熱が発生し、炎に変換されるわけだ。

 それが基本的な炎熱系の呪文である。 

 

 だが、炎発生までの工程を省略し、振動させるのは空気ではなく、蔦人間に直接指定する。

 植物なのだから当然、全体に水分が含まれている。

 振動による熱で対象内部の液体を瞬時に気化させる。

 液体を気化させれば、体積が圧倒的に大きくなるわけで………

 

 ボンッ!

 

「おわぁ!?」

 

 グレン先生に肉薄する蔦人間が一気に身体を膨張させ破裂、バラバラに四散した。

 相手が植物だったからまだマシな方だが、人間に行使した場合かなりグロいことになるな。

 範囲を細かく調整すれば、手足だけ吹っ飛ばせるだけで済むだろうが……、

 

「グワアアアアア!」

 

 真横から人間と爬虫類の中間のような姿をしている獰猛な怪物達が、オレへと襲いかかってくる。

 

 オレはすぐさま懐から護符を取り出し、トカゲ人間に向ける。

 護符は魔術競技祭の時同様、魔導回路と簡易魔力炉を構築されていて、詠唱なしで構築した魔術を起動できる消費符呪型―――使い捨ての魔導器だ。予め魔力が吹き込まれているため、魔力の消耗を控えたい時に使える。

 今回のには攻撃用のが符呪されているわけで………

 

 轟!

 

 鋭い爪がオレに届く一歩手前で、護符から火球が飛び出す。

 炎の渦に吞み込まれたトカゲ人間は簡単に焼き尽くされ、灰と化した。

 

「行くぞ」

「ああ」

 

 後方を片付けたアルベルトと共に、グレン先生を追い越して先に行く。

 

「バカ野郎!お前ら、フォロー遅ぇぞ!?殺す気か!?」

 

 ちょうど時間の帳尻合わせが終わったグレン先生は、オレ達の後を追って駆けて来て、追いついて並んだ時の第一声がそれだった。

 

「お前こそ前に出過ぎだ。死にたいなら勝手に死ね。【タイム・アクセラレイト】などという自殺魔術、好んで使う阿呆は帝国軍の中でもお前くらいならものだ。付き合わされる俺の身にもなって欲しいものだがな」

「別にいーじゃねーか。使いどころ選べば、結構、便利で強いじゃねーか、これ」

「いやさっき危なかったですよ。効果時間が切れた後、しばらく隙ができるのは知ってるでしょ?いったいどうするつもりだったんですか?」

「うっ……そ、それは……色々と………」

「三節詠唱をする余裕があるなら、普通に【ブレイズ・バースト】を使えば良かったんじゃ?」

「……あっ」

 

 どうやらグレン先生はなにも考えず突っ走ったようだ。手札のきり方が下手なのはギャンブルだけじゃなかったのか。よく今まで生きてたな。

 

「ふん、腕だけでなく判断力も鈍ったか。その上ただでさえまともに扱える軍用の攻性呪文は、基本三属くらいしかない上、無駄に癖の強い術とばかり相性が良いとは……先が思いやられる」

「お、俺だって、こんな変則的な呪文じゃなくて、もっと扱いやすいマトモな呪文を習得したかったよ!」

「お前がそういう異端児だから、俺が何時も苦労するのだ」

「ああ、そうかい。そりゃ悪うござんした」

 

 二人がそうこう言い合っているうちに、今度は通路を埋め尽くすほど巨大なゲル状の無機生物が、その体で壁を作って迫って来た。

その半透明な体の中には、恐らく犠牲者か、人間の骸骨が何体分も埋まっていた。

 

「―――やれ」

「ガウ!」

 

 オレの指示に返事した狼は駆け寄ってきて前に出る。

 グルルと唸りながら全身の毛を逆立てると、針毛からバチバチと放電を始めた。

 

 生物は基本的にその程度に違いはあれど、体内を流れる電気によって神経と筋肉を動かす。

 その中で電気魚は、筋肉細胞や神経細胞が変化した発電細胞を持っていて、【ショック・ボルト】並の電気を発生させることができる。

 狼型の合成魔獣はシャドウウルフをベースに、ヤマアラシの体毛組織の他にその電気魚の進化系である雷ウナギの発電細胞を組み込んである。

 

 これにより、体の周りに微弱な電場を発生させ、周囲の物体の位置、形、大きさを把握することが出来たり、放電パターンを利用して仲間とコミュニケーションをとったり、電気刺激により筋肉を変化させて攻撃力や俊敏性を飛躍的に上昇させるなどの副次効果を得られた。

 

 そして、その中でも最大の攻撃力を持った能力がある。

 

 体内の発電器官で生み出した電気を体毛に蓄え、増幅していく。

 そして、青い光を体の周囲に纏ったところで、狼は天井に向かって吠えた。

 

「アオオオオオオオオオォ――!」

 

 通路に反響するほどの大きな咆哮と共に、前方へ稲妻の嵐が幾条も乱舞し、通路を猛然と奔る。

 瞬時にゲル状生物の波は、黒魔【プラズマ・フィールド】に匹敵する稲妻の嵐の前に、跡形もなく蒸発した。

 

「………やっぱおっかねえ」

 

♢♢

 

「ば、馬鹿な……」

 

 唖然とするバークス。

 室内に設置されている水晶壁の鏡面に、通路の様子が映像として映し出されていた。 

 

「(あれは確かホワイトルームで回収された合成魔獣。あまりにも危険なため全て封印の地に送ったと軍からの報告にありましたが……どうやら一部を手元に置いていたみたいですわね)」

 

 ホワイトルーム製の合成魔獣とバークス自慢の合成魔獣との激戦。

 その惨憺たる戦闘結果が、モノリス型魔導演算器の表面上に次から次へと送られてくる。

 

「(並の魔獣とは比較にならないという話でしたが、まさかこれ程とは……)止まる様子がありませんね」

「くそ……ッ!」

 

 からかうようなエレノアの言葉に、バークスは拳を震わせ、忌々しげにモノリスを拳で叩いた。

 

「い、いいだろう…これまではタダの小手調べだ!あの程度でくたばられてしまっては、こちらも面白くないッ!こちらも最高傑作で出迎わせてもらおう……ッ!」

 

 血走った目で、バークスが魔導演算器を操作していく――

 

「ふ、ふははははッ!今度のこいつは凄いぞぉ!?かき集めた魔鉱石から作り上げた宝石獣だッ!三属攻性呪文など効かんし、いかなる武器でもこの獣を傷つけることはできん!真銀(ミスリル)日緋色金(オリハルコン)の武器でもない限りなぁ!?ふはははははは――ッ!」

 

 エレノアは、そんなバークスを実に楽しげに見守っている。

 

♢♢

 

「ゥォオオオオオオオオン……」

「こ、こいつは…ちょっとヘヴィかなー?」

 

 通路を踏破した先、大部屋でオレ達を待ち構えていた巨大な大亀を前に、グレン先生は頬をひきつらせた。

 見上げる程の大きさはあるその巨躯は、魔鉱石が使われているのか、透き通る宝石のようなもので構成されている。

 

「宝石獣か。過去、帝国が密かに行っていた合成魔獣研究の最高傑作として、理論上の設計だけは為されていたとは聞いていたが……」

「こいつの性質は?」

「殆どの攻性呪文が効かん。それに恐ろしく硬い」

「……厄介の極みじゃねーか」

 

 恐ろしく硬い、ね。

 

「………アルベルト。恐ろしく硬いって、具体的にどれくらいだ?」

「…そうだな。ウーツ鋼より上だが、真銀や日緋色金程ではないだろう」

「そうか」

 

 なら問題ないな。

 

 

「ブオ”オ”オ”オ”オ」

 

 ちょうどその時、後方から追いかけてきた大蜥蜴が咆哮を上げながら奔り、オレ達に届く一歩手前で、助走なしで自身の体長の約五倍の高さまで跳躍。

 全身を使った大跳躍で、オレ達の上を軽々と超えながら身体を一回転する。

 

「ゥォオオオオオオオオオオン……」

 

 大亀が後ろ足で立ち――オレ達目掛けて倒れこむようにその豪腕を叩き付けようとした時、大蜥蜴の刃状の頭部が大亀の頭上にきていた。

 

 大蜥蜴はひゅん、という鋭い音を立てながらオレ達の前に着地する。

 

 そして、オレ達の前で、ゆっくりと、大亀の頭から尾に向かって縦線が入っていった。

 

 宙返りで勢いをつけての大上段斬り。

 

 ようやく斬られたことに気づいたように、その亀裂から紫色の鮮血が吹き出し、大亀の身が左右に分かれて倒れ込んだ。

 

「えぇ……」

 

 真っ二つになった大型の宝石獣を見て、グレン先生は啞然とする。

 

「おいアルベルト、この亀滅茶苦茶硬いんじゃなかったのか?」

「ああ、言った。単にあの蜥蜴が特殊なだけだ」

「は?おいキヨポン、説明しろ。あの包丁蜥蜴はなにを掛け合わせてんだ?」

「ミスリルリザードをベースにしてますけど」

「はぁ!?ミスリルリザードって、あのメタルリザードの変異種の?!?」

 

 メタルリザードは爬虫類系の魔獣で、主食は鉱物で鉱脈のある地域に生息することが多い。

 体内に取り込んだ鉱石と同化、自身の鱗を同じ性質に変化させる固有能力があり、メタルリザードが真銀鉱石を食べて変異した特殊個体がミスリルリザードだ。

 真銀は青白い光を放つ魔法金属で、鋼よりも非常に軽く強い硬く、魔力の通りが良い。

 魔力の通りが良いということは、魔術を放ってもそれを受け流す感じで拡散してしまい、威力もいつもの半分以下にまで抑えられてしまう。

 魔力遮断物質として『術式を斬る剣』に利用されることがあるとか。

 

 そんな真銀の鱗を持つミスリルリザードを、白金術で意図的に生み出すのは結構簡単だった。

 

 そこから個体の攻撃性を高めるため、ノコギリザメの進化系である魔獣ナイフヘッドシャークの頭部の構造と、ネコの進化系である魔獣サーベルキャットの体の構造を組み込んだ。

 

 その結果、包丁から爬虫類の胴体が生えたような生き物が誕生。

 

 ナイフヘッドシャークの能力『超振動』で刃先の切断力を底上げし、魔獣をたった一太刀で輪切りにするだけでなく、シャベルの代わりに地中に潜ることが可能。

 更に、サーベルキャットと同じ伸縮性のある胴体で、全身をバネのような挙動で攻撃をことごとく捌く高い移動速度と機動力を実現した。

 

「……滅茶苦茶硬い上に切れ味抜群の包丁を持った蜥蜴って、お前とんでもねえモン造り過ぎだろ。俺怖くて近づけねえよ」

「グルゥ?」

「ひぃ!?」

 

 大蜥蜴の赤い眼にぎょろりと睨まれたグレン先生は、怯えて俺の背後へと隠れる。

 大蜥蜴はグレン先生を一瞥した後、のしのしと悠然と大亀の死骸に近寄り、頭部の刃物を振り下ろしてその身体を輪切りにしていった。

 

 バリッボリッグチャ

 

 そして、食べやすいサイズになった肉を、咀嚼音を立てながら喰らってゆく。巨体を構成していた魔鉱石も含めて。

 

「お、おい…なんかあの蜥蜴の身体バチバチしてねえか?」

「あの亀の死骸を取り込んだからでしょう。リザードの能力はそのままだから、宝石獣の能力を取り込んでもなんら不思議ではありません」

 

 ベースとなっているメタルリザードは鉱物が主食で、鉱物生命体である宝石獣はリザードにとって良い餌だ。

 体表の鱗に小さな稲妻が奔っていることから、あの大亀は帯電能力を持っていたのだろう。

 それを使う間もなく、あっさりと殺されるとはな。相手が悪かったとしか言いようがない。

 

「えっ、じゃあなにか?取り込んだ鉱石次第では能力も増えるってことなのかコイツ?お前の合成魔獣ヤバ過ぎだろ」

「………こんなのはまだほんの一部に過ぎないぞグレン。これよりももっと危険なのが封印の地に閉じ込められている」

「マジかよ……絶対に相手したくねえな」

「心配せずとも、これが終わったらコイツらを拝むことはしばらくないだろう。今回特別に使用が許可されたに過ぎないからな」

「そ、そうか」

「でもこの状況を打破できたでしょ?コイツを使う以外に、大亀を倒す方法があるとすれば【イクスティンクション・レイ】でしょう」

「ま、まあ確かにな…」

 

 とにかく、侵入者であるオレ達がここまでやったんだ。

 ここの管理者は今頃怒りで顔を真っ赤にしているだろうな。

 

 

♢♢

 

「……突破されてしまったようですね(正直、話になりませんわね)」

 

 エレノアが唖然とするバークスに、くすりと笑いかけた。

 

「……なっ…なッ!」

 

 水晶壁に映し出された、自身の自慢の最高傑作がものの数秒で沈められ、輪切りにされて貪られている光景に、バークスは顔を真っ赤にして震えていた。

 

「いったいなんなのだあの魔獣は!?いかなる武器も通さない宝石獣がああもあっさり!?」

「落ち着いてくださいませ、バークス様。真銀か日緋色金の武器でもない限り攻撃が通らない先程おっしゃっていたではありませんか?つまり、あの合成魔獣の刃はそれに匹敵する武器だったということですわ」

「だ、だが何故あのようなモノを使い魔にしているとは聞いてないぞッ!?あの小僧は一体、何者なんだ!?」

「ですから、先程申したはずです。並の魔術師では太刀打ちできないと」

 

 落ち着き払った声色で、それでもどこか楽しそうにエレノアが言う。

 

「それよりもバークス様。いかが致しましょう。あの区画を突破されてしまいましたら、この中央制御室まではもう、目と鼻の先――早急に対処する必要が御座います」

「そんなことは、わかっておる!」 

 

 苛々と、バークスは青髪の青年へと振り返った。

 

「おい、そこの貴様!」

「……はい、僕に何か御用でしょうか?」

「後に残った儀式の細かい調整は任せる!お前でもそのくらいはできるだろう?」

「できますけど…バークスさんはどうするのですか?」

「ふん!私自ら政府の戦争犬どもを駆逐してやろうというのだ。魔術を戦争にしか使えぬ能無し共に、真の魔術師の威力を教育してやるのだ!エレノア、お前も来い!」

「………畏まりましたわ、バークス様」

 

 そしてエレノアを伴い、バークスは肩を怒らせて部屋を出て行く。

 

 

 

(さて、いかがいたしましょうか)

 

 

♢♢

 

 奥の扉から部屋を抜け、暗く狭い通路を進んで行く。

 特に怪物などが出てくることはなく、スムーズに進むことができた。

 合成魔獣達には残りの敵の掃討もとい捕食で、今はいない。

 

「とりあえず、敵はさっきので品切れか?」

「そのようだな」

 

 念の為、研究所内に潜ませていた使い魔達と視覚を同調する。

 

「バークスとエレノアがこっちに向かって来てますね」

「とうとう親玉登場ってか」

「バークスの奴、顔を真っ赤にしています。おそらく、自慢の宝石獣まであっさりやられて、プライドに傷がついたんでしょう」

 

 思った通り。

 中身の薄っぺらい奴ほど、プライドは厚いものだ。

 

 ん?

 

「バークスの後をついてきていたエレノアが、バークスに向けて何かの呪文を詠唱しました」

「え?」

「その後別の通路の方に向かっていますが、バークスの方はエレノアに気付いていない様子です。まるで存在を忘れているかのように」

「認識阻害の類……自分だけここから逃げるつもりか」

 

 バークスを切り捨てたか。

 数が減ったのは、こっちにとっては大助かりだが。

 

「そうなると、天の知恵研究会はここでの用が済んだということだが…キヨト、元王女も一緒か?」

「………いや、ルミアは中央制御室で拘束されたままだ」

「…どういうことだ?暗殺を試みたり、せっかく確保したというのに置いて逃げたりと……連中の行動が読めん」

「んなの今考えたって答えが出ねえだろ。ルミアが連れてかれてねえ今がチャンスだ」

 

 さっきの戦いでも思ったが、グレン先生は向こう見ずなところがあるな。

 見落としていけない事柄を絶対に見落としてしまいそうだ。

 

「………ルミアとリィエルは次の区画を通った先にいます。ただ先生、少し覚悟した方が良いですよ?」

「は?どういう意味だ?」

「見れば分かります」

 

 しばらくして、開けた空間に足を踏み入れる。

 

「ここは……?何かの保管庫か?」

 

 大広間のような薄暗く不気味な空間。

 謎の液体で満たされたガラス円筒がいくつも並んでいる。

 そこが何の部屋かは、昨日の調査で大体察していた。

 

「これは……ッ!?」

「……ッ!」

 

 円筒の中に入っている物体を見たグレン先生は、吐き気を堪えるように口元を押さえている。

 アルベルトも、その表情をいつも以上に硬く険しくする。

 

 ガラス円筒の謎の液体の中に浮いていたのは、全て人間の脳髄だった。

 取り出された人間の脳髄が、延々と標本のように並んでいる。

 そして、全ての円筒につけられているラベルに、『感応増幅者』、『生体発電能力者』、『発火能力者』といった、異能の能力名が記されていた。

 

「通信で言いましたよね。バークス=ブラウモンは典型的な異能差別主義者だと。おそらく、ここに入っている全部、バークスに実験材料にされた異能者達の成れの果てでしょう」

「なんてことを――人間主義者達にしたことといい、これが人間のやることか!?」

 

 異能。

 ごく稀に、人が先天的に持って生まれる特殊な超能力を指す言葉。

 基本、学べば誰でも扱えるようになる魔術と異なり、異能は生まれついての異能者でなければ使うことができず、現代の魔術では再現不可能な効果を持つ強力な異能も多い。

 

 伝統的にこの国では、何故か魔術は『畏怖』の対象であり――異能は『嫌悪』の対象となっている。

 この二つは似ているようで、意味がまるで違う。

 前者は魔導大国ということもあり、強固な社会的地位を確立する後ろ盾に。

 後者は常に差別と迫害の対象と成り得る。

 見た目は魔術も異能も然程変わらず、素人には見分けがつかない。

 だが、この国では何故かそういう事になっている。

 

 歴史の文献では、迫害が始まったのは約四百年前。

 ちょうど、アルザーノ帝国魔術学院の創設者であるアリシア三世が国を治めていた頃と一致する。

 時の女王と謳われるほどの人物が迫害を見過ごすだろうか?あるいは……。

 

「おい、見ろ!あいつ、まだ生きてるぞ!」

 

 何かに縋るような表情で周囲を見渡していたグレン先生が、『それ』に気付く。

 

「待ってろ!すぐにそこから出して――」

 

 ガラス円筒に近づいたグレン先生の言葉はそこで途切れ、膝をついた。

 ガラス円筒の中に浮かぶ『それ』の正体はまだ、年端もいかない少女だ。歳はオレとそう変わらないだろう。

 だが、

 

「……先生、ソイツはもう助かりません」

 

 その少女は手足が切断され、全身を無数のチューブに繋がれて、魔術的に『生かされている』状態であった。

 この装置から解き放たれたら、この少女は数分と生きられないだろう。

 

 コ、ロ、シ、テ。

 

 少女の口がそう言ったかのように、弱々しく動く。それを見たグレン先生は茫然自失といった感じだ。

 

 アルベルトも少女に同情でもしたのか、長い聖句らしき言葉を粛々と紡いでいく。

 

 

「“――真に、かくあれかし(ファー・ラン)”」

 

 最後の聖句と共に、アルベルトは少女の心臓を雷閃で撃ち抜いた。

 

「……終わったのなら先を急ぎましょう、先生」

「っ!」

 

 オレの言葉に文句でもあるのか、グレン先生は睨むようにこっちを向く。

 

「お前……これを見てなんとも思わねえのかよ!?」

「思ってないわけではありませんが、ここに来た目的をもう忘れたのですか?」

「あっ……」

 

 ルミアの救出が最優先(先生はリィエルも救うつもりだが)。

 ここで感傷に浸っている暇はない。

 バークスが今こっちに迫って来ているし、制御室に残っている青髪の男がルミアに何かしないという保証はない。

 

「軽蔑してくれて構いませんよ。オレはこういう人間です。自分が冷酷な奴で、世間から見たら異常だという自覚もあります」

 

 昨日の砂浜で、グレン先生はオレを単なるホワイトルームの犠牲者で、カリキュラムの影響でこうなったと解釈していたが、それは勘違いだ。

 オレは元々こんなだ。

 

「……ナメんな。今のはお前が正しいよ」

 

 

 その時だった。

 

 

「貴様ら……なんて事をしてくれたのだ!?」

 

 来たか。

 

「バークス=ブラウモンッ!」

 

 円筒の群れの向こう側にある出入り口に、この研究所の主が怒りを露に姿を現していた。

 

「おのれぇッ!今、貴様らが壊したサンプルがいかに魔術的に貴重なものか、それすらも理解できんのか!?この愚鈍な駄犬共ッ!絶対に許さんぞッ!」

「なぁ、お前……」

 

 グレン先生が幽鬼のような表情で、バークスを一瞥する。

 

「聞くだけ無駄だろうが…お前が切り刻んで標本にした人達のこと…どう思ってるんだ?それに人間主義者達の連中も魔獣の餌にしたようだが……少しは罪の意識とかねーのかよ?」

 

 何を今さら………

 

「はぁ?罪だと?何を戯けた「先生、犬畜生に向かって道徳倫理とか説くのは時間の無駄ですよ」なっ」

「き、キヨト?」

「どうせ次にアイツの口から出るのは、”偉大なる魔術師たる私のために身を捧げることができたことを光栄に思うべきだ”とかありきたりなことに決まっています。今まで先生が始末してきた外道魔術師の雑魚達も似たような勝手な理屈を並べてたんでしょ?」

「ざ、雑魚……だと?おい小僧……真の魔術師たる私を、犬畜生だけでなく、雑魚呼ばわりしたのか?」

 

 オレの軽い挑発で、バークスの注意がこっちにいった。

 

「真の魔術師とか、崇高なとか強調している時点で雑魚だ。お前は自分が思っている程、大した実力はない。だが相手の実力を過小評価し、自身を過大評価している有様。無駄にプライドが高いだけの自惚れ屋だ。さっきの合成魔獣達が大したことなかったのがその証拠……天の智慧研究会がお前の入会を拒否するのも頷ける。大方、ルミアを使って儀式魔術を完成させれば、天の智慧研究会への入会を認めるとか条件を出されたんだろ?」

「なっ!?貴様、何故それを知っている!?」

「事前に施設内に潜ませておいた使い魔達を使って、色々見たり聞かせてもらったぞ」

「なん、だと……!?」

 

 魔術師にとって、情報を収集する手段などいくらでもある。

 そんな当たり前なことも、この男の頭に入っていないようだ。

 

「なにか勘違いしているみたいだが、はっきり言わせてもらう。天の智慧研究会が必要としていたのはお前の力じゃない。お前が所有していたこの施設の実験設備だ」

 

「なっ!!??!!!」

「儀式に必要な術式と設備、ルミアさえ揃うのなら、別に頼るのはお前じゃなくても良い。たまたま入会希望者の中に、必要なモノを持っていたから利用しただけ。天の智慧研究会にとって、お前はその程度の存在だ」

「っ!!??!!!~~~~っ!!??!!!」

 

 コケにされて、真っ赤な顔にいくつも血管を浮かび上がらせるバークス。

 ここで止めを刺す。

 

「さっきオレ達のことを能無しとか、政府の戦争犬とか色々言いたい放題だったみたいだがな………」

 

 

 

「―――自分が利用されていることにまったく気付かないお前はそれ以下、ただのかませ犬だよ」

 

 

 プツン

 

 

「貴様嗚呼ああああああああ!!!??!!どこまで私をコケにする気だぁああああああ!!!??!!」

 

 オレに散々ボロクソ言われて、とうとう怒りが頂点に達したバークスの怒号が、広間中に響いた。

 興奮しすぎて息が荒い。

 

「ふうふう…いいだろう。そんなに死にたいのなら望み通りにしてやる!《猛き雷帝――」

「《弾けろ》」

 

 呪文を唱え始めたバークスに先駆けて、オレが先に炎熱系の改変呪文を詠唱する。

 炎を放つのではなく、体内の水分を一気に気化させる方だ。

 

 ばあンッ!

 

 範囲指定が上手くいったようで、オレに向けていた左腕のみが破裂し、血肉が辺り一面に撒き散らされた。

 

「ぐああああああああ!!??!!!」

 

 突然左腕が無くなり、瞬時に襲いかかった強烈な激痛にバークスはいい声で鳴く。

 だが意外とタフなのか、すぐに激痛に耐えるように歯を食いしばりながらこっちを睨む。 

 

「お、おのれぇ……何をしたのか知らんが調子に乗るなぁ!!」

 

 どす、と。バークスはいつの間にか手に持っていた金属製の注射器を、自分の首筋へと打ち込んでいた。止める暇もなく、押し子がぐっと押し込まれていく。

 

「……なにしてんだアイツ?」

 

 バークスの妙な行動を警戒して身構えるアルベルトとグレン先生へ、バークスが告げる。

 

「気になるか?ふっ、これはな…魔術を破壊にしか利用できぬ、下らない犬の分際に過ぎん貴様らには想像もつかぬ神秘の産物よ」

 

 その時、バークスの身体に異変が起きた。

 

 バークスの全身の筋肉が突然、隆起し始めたのだ。初老にしては体格の良いバークスの身体が、めきめきと、さらに不自然に膨れ上がっていく――その全身に視覚的にわかるほどの圧倒的な力が漲っていく――

 その上、さっき吹き飛ばした部位から凄まじい速度で骨が生え、肉が成長し、左腕が再生していった。

 

 そして、バークスが呪文も唱えずに、ぬん、気合を込めると、

 バークスの左腕からは冷気が溢れだし、右腕からは激しい勢いで圧倒的な熱量が噴出される。

 

 詠唱済みの炎熱系攻性呪文……いや、呪文起動には何の布石も無い。

 

 

 アルベルトが黒魔【トライ・パニッシュ】を唱えるが、消える様子がなく、バークスの腕から炎の帯がうねり上げて、オレ達に襲い掛かる。

 

「《障壁》」

 

 オレは黒魔【フォース・シールド】を起動し、光の六角形模様が半球状に並ぶ魔力障壁を展開して荒れ狂う灼熱の炎を防ぐ。

 

 周囲のガラス円筒が燃え上がり、溶けていく。

 あまりの熱量に、辺り一面があっという間に火の海と化した。

 

「ほほう?耐えたか?小癪な小細工だけは上手いのう…貴様ら戦争犬は」

 

 エレノアとも違う驚異的な再生能力。

 炎に冷気。

 詠唱なくこの威力の攻撃を──B級軍用魔術にすら届きうる威力のものを使えるのは………。

 

「貴様、異能を取り込んだのか......!」

「ほう、流石に理解したか」

 

 得意げにバークスが言う。

 

「私はな…生命の神秘を解き明かすため、無数の異能者を調査・研究する過程でな…その異能力を異能者から抽出し、己の能力として意図的に引き起こせる魔薬の合成に成功したのだよ…ふははははははっ!」

「……なっ!」

「しょせん、異能といってもこんなものよ!異能は先天的にしか持ちえぬもので、魔術師には扱えないもの?異能は魔術を超えた神秘?馬鹿を言ってはいかん!異能ごとき、真の魔術師にとってはやはり使われる道具の一つに過ぎぬ!そして見たか、この超威力!貴様ら戦争犬がせせこましく鍛え練り上げたものを簡単に凌駕する、完璧で最強の力、これが魔術師だ!魔術師の真の力だ!」

「………コイツ、どこまでクズなんだ」

「今は使える異能もまだまだ少ないが、いずれ研究が進めば、全ての異能を我がものにしてくれよう!この力さえあれば、私はすぐにでも第三団≪天位≫に「長い」は?」

 

 年寄りは口上が長い。

 

「借り物の力でなに得意気になっている?ようするにお前は、自分が持っていない力を他人が持っていること自体に許せなかったわけだ。異能差別に便乗したのも、こいつらをこんな風にしたのも、嫌っている奴の力をわざわざ自分に取り込むなんて発想を思いついたのも、そんな理由だろ?」

「なっ…ッ!?」

「自分を大きく見せないと気が済まない、自己顕示欲の塊。得意げに誇張して長い口上を垂れるのは、自信の無さの表れ。その上プライドが高い。それがお前だ」

「確かにな。屑の上に、取るに足らない雑魚ときたのでは救いが無い。エレノア=シャーレットの不死性や真なる異能の使い手達と比べれば、貴様のそれなど、まるで児戯――」

「児戯……児戯…だとぉ……ッ!?」

 

 オレに便乗するように、アルベルトも容赦ない言葉を浴びせる。

 

「そういうことだ。ただ魔術が使えるだけで、他人の力を搾取してでしか自分を大きく見せれないお前になんの価値もない。かませ犬どころか、寄生虫以下だ」

「くぅッ…寄生虫?寄生虫以下だとぉ!!??!!!」

 

 バークスの逆鱗に触れたらしく、みるみる顔を真っ赤に染めた。

 

「き、貴様らぁ……どうやら本当に死にたいようだなぁ…ッ!」

「《いや・死ぬのは・お前だから》」

 

 怒りで視野が狭くなっている瞬間を狙い、オレは三節で呪文の詠唱する。

 バークスの真上に虚空の門を出現させる。

 

「な、ここで【コール・ファミリア】!?しかも遠隔起動だと!?」

 

 気付いた時にはもう遅い。

 門から出てきたのは全長二十センチはある無数のヒル。

 それが重力に従い、シャワーの様にバークスへと降り注ぐ。

 

「うわ、気持ち悪っ」

「おのれぇ醜いものを私にぐぅ――おッ!?」

 

 バークスの身体に纏わりついたヒル達が一斉に、自身の下部にある大きな口で、バークスの皮膚に嚙みつく。口内に並ぶ鋭い牙で肉を、大動脈ごとかじり取りつつ、同時に血液を吸い取る。

 バークスの『再生能力』で、すぐに閉じていくが、ヒル達は勢いを止めない。

 

 このヒル達は、オレが最初に造った合成魔獣だ。元は実験用の吸血性のヒルだったものが、白金術の実験の末に巨大化・変異したもの。

 

 ヒルは寄生や捕食、雌雄同体ということもあり単為生殖による繁殖が可能な生物である。

単純な身体構造をしていたこともあり、白金術の学ぶための実験用サンプルに適していた。

 様々な品種改良実験を繰り返した結果、肉体の肥大化・知能の向上・真社会性生物で見られる集団による捕食・イカのように体色を変化させて周囲の風景に溶け込む擬態能力の発現したりと、様々な変化が発生した。

 

 情報収集だけでなく、隠密や暗殺にも長けていて、使い勝手がいいことから、この施設に潜ませている使い魔の殆どがこのヒル達である。

 

「ええい、離れろおおお――!!!」

 

 冷気と熱、稲妻を放ち、身体に纏わりつくヒル達を消し飛ばすバークス。

 

「ちぃ、小癪な真似を……!」

 

 オレの嫌がらせの攻撃に、バークスは舌打ちをする。

 

「こんな蛆虫程度で、この私をなんとかできると本気で思ってるのか?」

「思っているから使った」

 

 このバークスという男は外道とはいえ、いや外道だからこそ研究者としては優秀だが、しょせん研究者だ。

 殺し合いを知らないのだ。魔術と魔術で互いが殺し合う、その程度しか思っていない。

 だが、実際の殺し合いは何でもアリだ。魔術も、銃も、使い魔も、自分が生き残り、勝つための手段でしかない。

 これもその手段の一つ。

 

 魔術を崇拝しているせいで、視野が狭くなっているバークスに、残酷な現実を教えてやる。

 

「そう言えばお前の傷、さっきより治りが遅いな?」

「は?」

 

 オレの指摘で、ようやく違和感に気付いたようだ。

 

「な、何故だ!?すぐに塞がるはずの傷が、何故!?」

 

 最初の時と違い、バークスの身体にはいくつものヒルの嚙み傷がくっきり残ったままで、だらだらと血が大量に流れている。さっきまで両腕に纏っていた炎と冷気も、だんだんと弱って消え始めていた。

 

「き、貴様ぁ!?一体、何をしたぁッ!?異能に魔術で干渉など出来るはずが――ッ!?」

「お前のその厄介な再生能力、さっき打った薬物の効果に因る物だろう?」

 

 至極簡単だ。

 

「だったらその薬物、全部吸い出してしまえばいいだけだ」

「……は?」

「ヒルが吸血動物なのは流石に知っているだろう。オレのは特別に捕食器官が発達していて、サイズが大きい分一匹が一度に吸い取る血液の量も尋常じゃない。抜かれた血液は、その『再生能力』ですぐに補充できるだろうが、血に溶けていた薬の濃度までが回復するわけないはずない。薬物による能力強化は、血中薬分濃度がある閾値を下回れば、効果を失う。それくらい常識だろ?」

「ば…ばかな……ッ!?」

 

 いかに驚異的な再生能力といえども、まったく出血させずに傷を塞ぐのは不可能だ。

 しかも、ヒルの唾液には血液の凝固を阻止する物質が含まれているともなれば、吸血されても気づきにくく、吸血後も傷口から出血が続き、治癒が遅れることがある。

 

「さて、せっかくの異能も抜けてしまったみたいだが――」

「ひっ!?」

「――――せっかくだから、このまま追加でいくぞ」

 

 オレの言葉を合図に、ずっと薄暗い天井に張り巡らせていたヒル達が、一気にバークスへと降り注いだ。

 

 バキッグチュグチュジュル

 

「ぎゃあああああああ!!痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ――――!」

 

 ヒルの山に埋め尽くされ、姿が見えないバークス。パニックになって呪文を詠唱する様子もない。

 ヒルを剝がそうと必死にもがくが、余計苦しくなるだけだ。

 

「そんな…馬鹿…な…ッ!?天に選ばれたるこの私が…ッ!?世界の祝福を受けているはずの…この私が…こんな…こんなところで……ッ!?」

 

 生きたまま肉を食い千切られ、生き血を啜られていく中、

 

「やぁだぁぁあああああ!やめてぇえええ!あぁ!いやだああああ!いやあああああ!」

 

 子供のように泣きじゃくるバークスの断末魔の叫びと、手足をばたつかせる奴の身体を貪り喰う蟲達の咀嚼音が広間で木霊す。

 

 ヒル達が離れた頃には、バークスの身体は殆ど血や肉が残っておらず、ミイラの様に干からびていた。

 

「──た、たす、たすけ…て、くれ………」

 

 掠れた命乞いの声を最後に、バークスは力尽きたかのようにピクリとも動かなくなった。

 

「………じゃあな」

 

 地に伏したこの男を見下ろすオレはどのような目をしているだろうか。蔑んでいるのだろうか。哀れんでいるのだろうか。

 

 それとも、何の感情もない虚無の窓だろうか。

 




長くなってしまった………!
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