「キヨト、外に出てみたくないかい?」
「は?」
ある日、あの男―――シオンから投げかけられた質問の意図を理解できなかった。
「なにを言いだす?オレはここから出られないんだぞ。そんなことあいつが許す筈がない」
「帝国宮廷魔導士団………この国の軍の一人と取引をした。僕がいる組織の情報とこの施設の存在を教えることを条件に、君と僕の家族の安全を保証すると。じき、この施設に軍が来る。外に出れるんだ」
取引をしただと?
「どうしてそんなことをした?」
「………『Project : Revive Life』。僕達が取り組んだあの儀式魔術……あれは、完成させるべきじゃなかった」
沈んだ表情を浮かべるシオンは、弱々しく言葉を紡いでいく。
「君の発想でいくつもの問題は解決したけど、結局誰かが犠牲になることに変わりない。命令とはいえ、それは許されることじゃない」
出会った時から精神的にも肉体的にも弱そうな奴だとは思っていたが……。
「ようするに罪の意識に耐えきれなくて、組織を裏切ることにしたと……で、抜けた後お前はどうなる?一緒に保護されるのか?」
「………」
「違うのか?」
「……僕の手は君に会う前からこの計画で大勢の人を犠牲にしてしまった。この罪をなかったことにはできない」
こいつ、まさか………。
「君はただ無理矢理計画に加担させたられただけだ。計画の罪は僕が全て引き受けるよ」
シオンは悲しみを纏った笑顔で、オレに告げた。
「君達には自由に生きて欲しいんだキヨト………僕の『家族』を……頼んだよ」
それが、アイツとの最後の会話だった。
シオンの言う通り、帝国宮廷魔導士団が施設を奇襲。
そのどさくさに紛れてオレはホワイトルームから抜け出し、しばらくの間身を隠した。
シオンが死んだことを知ったのは、そのしばらく後だった。
♢♢
「やっぱり、口ほどにもなかったな」
血だまりの中に蹲る無惨な死体に抱いた感想はそれだけだった。
「……うん、ヤベェ………ザマァとか思ってだけど普通にグロすぎる」
「気にすることですか?」
「…ふん、散々人の命を弄んできた報いだ。聖句を手向ける価値もない」
「アルベルトまで…」
相手の切り札に対して有効な
入会を拒否されるだけの無能が天の智慧研究会に関する情報を何も持っているわけがない。生かしておく理由がない相手に遠慮するのがおかしい。
そもそもバークスを殺すことは、この島に来る前から決まっていたことだ。
「それより、行きましょうか。少し時間をロスしてしまいましたし」
「お、おう……」
あっ、そうだ。
「アルベルト、一応エレノアにも使い魔を使って足止めしている」
「手際が良いな」
バークスと違い簡単に死なないだろうが、内側から食い千切るのに集中すれば、しばらくは動きを止めれる。
「今なら追いつけるかもしれないぞ?」
「………わかった。あの女の相手は俺が務める。お前達は先に進め」
「はぁ!?おいアルベルト!」
「エレノア=シャーロットは重要な情報を持っている人物だ。天の智慧研究会が何故元王女を執拗に狙うのか……その理由がわからないままでは、救出した後でもいたちごっこに付き合わされることになるぞ?」
「うっ…確かにそうだけどよ…それだとお前一人で相手することに…」
「俺の命以上に王女の命が最優先だ。それに残っているのがリィエルと『兄』だけならお前たちだけで問題ない」
異論は認めないと言わんばかりに、アルベルトはオレとグレン先生に制御室に向かうことを促した。
その場を後にし、次なる通路へと出るオレ達。
オレが使い魔との視覚共有で見た分かれ道でアルベルトが離脱し、残るオレとグレン先生は制御室へと通じる通路を駆ける。
「………なぁ、キヨト」
「なんですか?」
視線は前に向けたまま、並ぶグレン先生の声に応える。
「お前は……リィエルを殺すつもりなのか?」
「向こうが殺しにかかってくるのなら。突入の時も言ったはずですが?」
リィエルを殺すかどうかはリィエル次第。オレにそれ以上を望まないようにとも言った。
殺さなければ殺される。死にたくないのなら殺すだけのこと。
殺しに来る相手に情けをかけるほど、オレは甘くない。
「リィエルを説得するのなら、当然あのことを話すことになりますが……先生にそれができるのですか?なんなら、オレが代わりに言ってあげてもいいですよ」
リィエルの暴走の原因は、『兄』に対する依存。
なにも考えず『兄』に尽くすことでしか、あやふやな自分を保てない。
何のために生きてるかもわからないから、『兄』に自分を任せている。
その在り様はまさに寄生虫以外の何者でもない。
リィエルの暴走を止めるなら、一度徹底的に精神を壊した方が効果的だろうが……。
「…いや、俺が言う………あいつがああなっちまったのは、俺があいつに対して『事実』を有耶無耶にしてきたからだ。
「……」
「だから言えなかった……『いつか』と先延ばしにして………あいつが望むように兄の代理を演じて、紛い物の希望を守るために魔導士として戦わせ続けるしかなかった」
「最低ですね。普通の人生を歩ませることだってできたでしょうに」
新しく始めたいのなら、時には壊す必要がある。
先生には、その覚悟がなかったわけだ。
「ああ、ホント最低なクズだよ俺は……挙句の果てに俺はそんなあいつを置いて逃げ出した。魔術の現実………自分の限界……自分勝手な理由のために自分を見失って……」
それが一年前のあの事件の後か。
「…だが今度こそ救ってみせる!昔のリィエルじゃ無理でも………クラスのあいつらと一緒に日々を過ごした今のリィエルならきっと……!」
希望的観測だな。
「……それ、リィエルが先生の言葉に耳を貸さないと意味がないのでは?」
「だから、無理矢理にでも聞かせて――」
「具体的にどうやって?」
「そ、それは……その場の状況の変化に合わせて…」
「それ、何も考えていない奴が言う台詞ですよ」
要は行き当たりばったりということか。
リィエルのあの猪突猛進な性格は、グレン先生の影響かもしれないな。
「だから、そこはアドリブで何とかして……」
「何とかって何ですか?そんないい加減じゃ上手くいくものも上手くいきませんよ」
「じゃ、じゃあお前は何か良い手を考えてるのかよ!?」
「ありますよ。『兄』に依存しているリィエルの動きを止めることができる確実な方法が」
「えっ、どんな方法?」
オレの考えを伝えると、グレン先生は物凄く嫌な顔をする。
「お前、それは流石に性格悪いって」
「ですが回りくどくいくよりも効果的です………ところで先生」
「あ?なんだ」
「リィエルの『兄』を名乗った青髪の男………ひょっとしてアイツじゃないですか?」
「は?アイツってどいつだ?」
「シオンを殺した奴に決まってるでしょ」
「っ!?」
「っと、着きましたよ」
前方に分厚い扉が見えてきた。あの先が中央制御室である。
「だらっしゃぁあああッ!!」
その扉をグレン先生が乱暴に蹴り開けた。部屋の中にはリィエル、ルミア、そして青髪の青年。三人の視線がこっちに集まる。
「せ、先生っ!?…キヨト君っ!?」
ルミアは部屋の最奥で、天井から鎖に吊られ、服を破かれ、その体には夥しいルーン文字や紋様が刻まれていた。
「おい、ウチの生徒に随分と趣味のいいコーディネートしてくれてんじゃねぇか?」
「う……」
ルミアの状態を見て怒りに火がついたのか、普段のグレン先生から想像もつかない鋭い目つきで青年は萎縮する。
確定だな。
「馬鹿な………なぜここに………バークスとエレノアはどこへ行ったんだッ!? まさか、やられたというのか!?」
「二人ならもういねえぞ。エレノアの方はお前ら置いて逃げたみてえだが」
「逃げた!?そ、そんな……」
エレノアに見捨てられたことは予想外だったようで、男は顔を青ざめ、後退する。
「後はテメェだけだ」
明らかに怖じ気づく『兄』に、オレ達は近づこうと一歩踏み出す。が―――
「グレン、キヨト……それ以上、兄さんに近づかないで」
リィエルが錬成済みの大剣を構えて、オレ達の前に立ちはだかっていた。
「リィエル! さ、流石は僕の妹だ!例の素体の調整にはもう少し時間がかかる!それまでにそいつらを抑えておいてくれ!」
「……わかった」
リィエルが立ち向かったを見て、青年は部屋の奥に描かれた儀式法陣へと駆けていき、作業を始める。
「……おい、リィエル。マジでやる気か?」
「グレンはわたしのすべてって言っておきながら、いざ拒絶されたら周りに八つ当たりした上、突然目の前に現れた『兄』の為にグレン先生を殺しかけた挙句、友達を売る。随分と身勝手な奴だな」
「なんとでも言って。わたしは兄さんのために、戦う。それが、わたしの存在理由」
リィエルはオレ達を虚ろに見つめたまま、盲目的な言葉で返した。
なんとでも言え、か。
「なら遠慮なく言わせてもらうが―――残念ながら、お前に兄妹なんていないぞ」
「……………え?」
オレのストレートな言葉に、リィエルだけではなく、ルミアもリィエルの『兄』も動きを止めて呆然としていた。
「ちょっ、だからお前直球すぎるって…」
「変に遠慮する必要ありますか?なんとでも言えって、向こう言ってましたし」
「…な、なに…を……言って……?」
「そのままの意味だ。特殊な生まれ方をしたお前に、生物学的な兄貴は存在しない」
「そ、そんなわけない……兄さんはここにいて……」
「それこそとんだ勘違いだ。そもそも、お前の頭の中にある兄貴は、《こんな姿だろ》?」
一節詠唱で【セルフ・イリュージョン】を発動する。
変身するのはリィエルの『兄』。
ただし、現在進行形で儀式の調整をしている男とはいくつも違いがある。
「兄……さん?」
「えっ、でも……」
「ば、馬鹿な!お前がどうしてその姿を知って!?」
リィエルとルミアが困惑する中、青髪の男だけはかなり動揺している。
「お前の『兄』と呼べる男は二年前に殺された。ナイフで心臓を一突き、即死だったそうだ」
【セルフ・イリュージョン】で変身した姿で、左胸をなぞる。
当時の報告書を参考に、ある程度傷口や出血の跡を再現している状態だ。
「そ、そいつの言う事は出鱈目だ!僕がリィエルの兄「おい」ひっ!?」
「お前は黙ってろ。喋っている最中だ」
軽く睨んだだけで怯むか。
「……話を戻す。確かにあの男は実在し、血のつながった『妹』がいた。だが残念ながら――――それはお前のことじゃない」
「な、なにを言ってるのか……全然わからない……」
「お前は頭の中にある仮初の記憶から、自分があの男の『妹』だと思い込んでいるだけだ。お前に初めから兄妹なんていない。お前が必死に縋り付いているのは、お前の記憶が見せた幻に過ぎない」
「そ、そんなはずない!わたしにはちゃんと兄さんが……」
ここで止めを刺すか。
「そこまで言うなら一つ質問する―――お前が『兄』と認識した男の名前はなんだ?」
「意味がわからない。なんでそれを聞くの?」
「お前があいつの妹だと言うのなら、名前を知っている筈だろ?まさか、忘れてしまったとか言わないだろうな?」
「そんな事ない!何でキヨトがそんな事を知っているの!?」
オレの言葉にリィエルが声をキツくして問いつめる。知らない筈の事を知っていれば、誰もがそうなるだろう。
「名前を答えれたら教えてやる。ついでに、オレも先生も、そこにいる男に危害を加えないことを約束するよ」
「…………わかった。そんな簡単なことでキヨト達がそうしてくれるなら」
一見、かなりの好条件に聞こえるだろう。
普通は質問の意図を考えるところだが、リィエルは元々そこまで深く考えて行動を起こすタイプでは無い為、考えるだけ時間の無駄と、諦めてオレの指示に従うしかない。
そんな約束が果たされるわけがないことを知らずに………。
「わたしの兄さんの名前は……」
そう、普通ならそれは簡単なことだ。
本当に物心ついた時から支え合って生きてきた兄妹なら、名前を言うなど造作のないことだろう。
普通なら。
「名前は…………」
だが、リィエルは言葉に詰まった。
「……………………」
沈黙、戸惑い……そして、焦燥。
リィエルの眠たげな能面から、様々な感情が浮き彫りになる。
「どうした。答えれないのか?」
「違う!私の兄さんの『名前』は……ッ!『名前』は……ッ!…………ッ!…………うっ……頭が……痛い……な、なんで……?」
微かに怒気を浮かべ、オレを睨みつけてくるリィエル。
だが、名前を言おうとしても、リィエルは口をぱくぱくさせるだけ。やがて表情を苦痛に歪め、頭を押さえて、脂汗を浮かべていく。
「思った通りだ。感覚としては当然のように兄の名前を知っているつもりだが、それを言葉として明確に思い浮かべようとすると、どうしても出てこない。無理矢理思い出そうとすると、今度は頭が痛くなる……違うか?」
「……ッ!?な、なんで……?」
オレは苦しむリィエルに、容赦なく今の状態を指摘する。
「白魔術の記憶操作式系に【キーワード封印】というのがある。あるキーワードを基点にすることで、それに関連付けられた記憶を封印・捏造する術だ。お前の場合、『兄の名前』だけじゃない。顔や髪の色なんかの特徴だけじゃなく、アイツとの思い出、アイツが殺された瞬間の記憶も曖昧なんだろ?」
人の記憶というのは思いの外複雑だ。自分の記憶と少し食い違ったり、封印した筈の記憶を刺激する者に会うと、途端に人の認識が変わってしまう。
青髪の男がわざわざ口調をアイツに似せたり、髪の色はリィエルとお揃いにしたのは、リィエルに自分が『兄』だと認識させる魂胆なのはまるわかりだ。
だが、オレが『兄』に変身したことで、かなりの刺激を受けた筈だ。
「ッ!?ど、どうして、そこまで知って……!?」
「リィエル!そいつの言うことに耳を貸すんじゃない!」
あからさまに動揺するリィエルへ、青髪の男が口を挟んできた。
「に、兄さん……兄さんの『名前』は……『名前』は……なんだっけ?」
「そんなの今はどうでもいいじゃないか!僕は僕だ!君の唯一の無二の兄だ!」
「で、でも……わたし……ッ!」
リィエルが視線をオレ達から外し、青髪の男へと向ける。
―――この瞬間を待っていた。
リィエルと面と向かって相対した場合、アイツの不意を討つなんて至難の業だ。常にその意識は敵に対して払われている。
だが、『兄』が絡めば話は違う。
リィエルは『兄』へと注意が逸れている瞬間を狙い、グレン先生が背中のベルトから拳銃を出し、リィエルへと向けて引き金を引く。
「っ!」
だが不意打ちにも関わらず、足を狙ったグレン先生の弾丸は回避された。
今のでリィエルの意識もこっちに向き、大剣を盾にしながら突っ込んでくる。
先生は銃撃で迎撃するも、リィエルの突撃は止まらない。
単純な奴だ。
「いやぁあああああああ――ッ!」
「《虚空の砲口よ》」
オレは黒魔【スタン・ボール】を改変・発動し、広範囲に及ぶ空気の衝撃波を放つ。所謂、空気砲だ。
まともに受ければいくらリィエルでも吹き飛ばせる。
当然本能的にそれを察知しているリィエルは回避しようと、唯一の逃げ場である上へ跳躍する。
ゴンッ!
「きゃん!?」
だが、既にオレが空中に展開しておいた魔力障壁にリィエルの脳天が直撃した。
逃げ場を阻まれ、空気の衝撃波を諸に喰らったリィエルは吹き飛び、地面をバウンドする。
「うぐっ……!?」
「今だ!」
グレン先生はこの隙を見逃さず、リィエルをそのまま押し倒し、馬乗りになった。
「《・――理の天秤は右舷に傾くべし》!」
黒魔【グラビティ・コントロール】。自身、もしくは触れている物体にかかる重力を操作する魔術。それをグレン先生は仰向けのリィエルに触れながら起動する。
リィエルにかかる重力を加重し、動きを封じることに成功した。
「くっ……うッ!」
「ちょっと大人しくしてろ」
「ぼ、僕の妹に何をする気だ! 離れろ!」
リィエルの劣勢を見て、青髪の男が金切り声を上げる。
「――るせえよテメェは黙ってろ、ニセモンがっ!」
「な、何を言ってる……僕は正真正銘リィエルの──」
「そもそもコイツの事をずっとリィエルなんて言ってる時点でテメェは真っ赤な偽物なんだよ。テメェの面、そして後ろの術式……もう全部わかってんだよ。それは『Project Revive Life』……通称『
「なっ!?」
「「え……?」」
グレン先生の言葉に男と、ルミアとリィエルの驚きの声が部屋に響く。
「い、一体……何の……話を……して?……な、なんで……わたしの名前が……?」
「……『シオン』だ」
「え?」
「シオン=レイフォード……それがお前が兄だと思ってた、
「……『シオン』……?」
オレが告げた『シオン』という単語を、反駁するように何度も呟くリィエルだったが、次第に目を見開き、身体をがたがたと震わせていく。
「なに……今の……?なんで、みんな……わたしのことイルシアって……イルシアって誰……?」
【キーワード封印】が解け、あの偽物に封印された記憶情報が一気に解放されたようだな。
グレン先生が【グラビティ・コントロール】を解除し、リィエルから離れる。
だが、リィエルはそのまま寝そべったまま、震えるだけだ。
もう化ける必要がないため、変身を解く。
「ねぇ……今の……なに?……なんなの?」
「それがお前の頭の中にある記憶だ」
「……そんな……あの青い髪の子……どうして……わたしの記憶の中にわたしの姿が……?これじゃ、まるで」
「まるで他人の記憶が自分の中にあるみたい、か?」
「…っ」
「それはシオンの実の妹、イルシア=レイフォードの記憶だ。シオンと同じく天の智慧研究会に囲われ、組織の
「えっ」
「《この手に曲刀を》」
口で説明するより実践した方が早い。
足元の地面からウーツ鋼製の曲刀が形成されていき、グリップ部分がオレの右手に納まる。
「……な、なんで」
「オレが術式を作ったんだから、オレも使えて当然だろ」
まあ、後からイルシアに伝えた術式よりもより安全性を重視したのに調整したがな。
「これでオレとシオンとの間に繋がりがあることが証明された。さっきの質問に答えると、オレとシオンの間には交流があった。当時ホワイトルームにいたオレは、天の智慧研究会から『Project Revive Life』の術式構築を依頼された」
「え、キヨト君がっ!?」
「その際、共同研究者として天の智慧研究会から派遣されて来たのがシオンだった」
アイツはオレのことを天才と呼んだが、シオンの方がオレより天才と呼ぶに相応しい。
全ての生命、全ての世界に分枝派生する万物の根源『原初の魂』が初めて“人間”へ派生した時の、『原初人類の霊魂』の複製してしまうなんて、オレでも無理だ。
アイツなら人の身でいずれ、世界の真理というのに至れたかもしれない。
「作業の傍ら、アイツは外の世界のことや自分の『家族』のことをしつこく聞かされたよ。だからお前と初めて会った時、お前がその妹だと一瞬思った。使っている錬金術がオレの考えた奴だからな。だが、すぐに違うとわかった」
「えっ」
「シオンから聞いていた妹とお前の人物像が全然一致しなかったんだ。シオン曰く、イルシアは感情表現がはっきりしていて、髪の色は兄と同じく、
「っ!!?」
その時、オレの頭にある可能性が浮かんだ。
「で、イルシアとシオンが最後どうなったのかについてだが………それはグレン先生の方が詳しいでしょ?」
「………ああ」
会話のバトンをグレン先生に渡す。グレン先生は苦虫を噛み潰したような顔で、『真実』を告げた。
「二年前、シオンは俺に接触を図ってきて、取引を持ち掛けてきた。『天の智慧研究会の情報と、組織から資金援助を受けているホワイトルームの場所を教える代わりに、ホワイトルームから一人、天の智慧研究会に囲われているイルシアともう一人の仲間を帝国に亡命させて欲しい』と。それからシオンは内通者になって、俺に情報を流していた。だが突然アイツからの連絡が途絶えちまって、俺はアルベルトと一緒にアイツのいる天の智慧研究会の運営の研究所支部を強襲した。そしてその道中、イレッセの大雪林にてシオンの妹、イルシアを発見したが、何者かに瀕死の重傷を負わされていたイルシアはすでに手遅れで……間もなく息を引き取った」
「………あ……ぁあ……」
「そして俺はその後、件の研究所支部でシオンの遺体を発見、同時にガラス円筒に収まった、奴の行った研究……『Project Revive Life』の成功素体を発見した」
「あ……」
「その成功素体が目を覚まし、自分をリィエルと名乗った」
錯乱一歩手前なのが一目で分かるような顔をするリィエルへ追い討ちをかけるように、しかしそれをどこまでも申し訳なさそうにグレン先生は続ける。
「お前は、世界初の『Project Revive Life』の成功例。シオンの妹、イルシアの『ジーン・コード』から、錬金術的に錬成された身体を持ち、イルシアの『アストラル・コード』……要は、イレッセの大雪林で事切れる直前までのイルシアの記憶を引き継いだだけの魔造人間だ。さっきキヨトが言った通り、シオンの妹とは別人だ。お前には本当の意味で家族がいない」
自己存在はこの世界で唯一無二のものだ。
例え肉体の構造や記憶が全く同じでも、それは本人ではない。
自分が死んだその人だと思い込んでいるだけの別人でしかない。
「う……嘘……そんなの……うそ……」
「嘘かどうか……もう、わかってんだろ?シオンというキーワードで蘇った貴女の記憶が――」
「う……うるさい……うるさいうるさいうるさい!」
よろめきながら立ち上がるリィエル。
普段の人形みたいな無表情が剥がれ、縋るような視線を青髪の男に向ける。
「に、兄さん……嘘、だよね……?兄さんは、私の兄さんで……に、兄さんが誰かに殺されたあの記憶は……その……何かの間違いで……」
だが。
「うーん、やっぱり俺の最大の失敗はさ」
その『兄』が唐突に、口調を変えて語りだす。
「あの時、安直にシオンを始末してしまったことだな」
どうやら本性を現したようだ。
「俺が構想したプロジェクトの術式は、いつの間にかシオンの固有魔術と呼べる代物にまで変質してしまっていたんだからな。シオンがいないとプロジェクトの再現性がない……後でその事実が判明した時は正直肝が冷えたよ。ははっ、上手くいかない時は何もかもうまくいかないもんだ」
「あの……兄さん?…一体、何を言って……」
「二年前のあの時、もう少し時間をかけてお前の『アストラル・コード』――記憶情報を調整すれば、お前の中の兄は俺へと完全にすり替わり、俺にとって都合の悪い事実は全て抹消されるはずだった。お前は俺の『妹』として俺の完全な手駒になる……はずだったんだ」
「やっぱり………お前がライネル=レイヤーだな」
「――ッ!?」
「……シオンから俺のことを聞いてたんだな」
「ああ。兄妹と一緒に組織に囲われていた友人で、研究所の方でシオンと一緒に『Project Revive Life』を研究していたと」
ライネルは冷めた目で、頭を抱え狼狽えるリィエルを尻目に、オレを睨み付ける。
「機密保持契約とかなんとかの理由でシオンだけどっかの施設に行って研究を進めていた。戻ってくる度に一緒に研究をした奴の話を聞かされたが、お前のことだったんだな。エレノアが『ホワイトルームの最高傑作』なんて変な呼び方してて最初はわからなかったが…」
オレも変な呼び方だと思う。周りがそう呼んでいるだけで、オレが自称しているわけじゃない。
「シオンとイルシアは死亡、お前だけ行方不明という話は聞いてまさかと思ってはいたが、お前が二人を裏切って殺したんだな?」
「裏切ったのはシオンの方だ!あともう少しで計画が完成して、今まで俺達をゴミ扱いしてきた連中を見返すチャンスだったってのに、あいつが勝手に!」
成程。シオンが罪の意識に苛まれ、組織から抜ける決意を固める中、こいつは組織内でのし上がることしか考えていなかったと。
「それにそこにいるグレン=レーダスもだ!あともう少しで完成、というところでそのガラクタを勝手に持ち帰りやがって!」
「てめぇ…ガラクタ、だって…!」
「ははは!怖い怖い!そう睨まないでくれよ」
さっきまでの怯えようはどこへやら、グレン先生に睨まれてもライネルは余裕綽々でおどけている。
様子から察するにもう………。
「うそ……だよね、兄さん……。だって、兄さんは私の……兄さんで、昔からずっと私を……」
シオンの名を聞いた時点で、リィエルはあいつの事を含めて全て思い出した筈だが、それでも自分の内に秘められた現実を認めたくないのか、ヨロヨロと普段から重い大剣を振ってるとは思えない程手が弱々しく伸ばされていく。
だが、
「もちろん、君は大切な『妹』だったよ。でも、もう要らないや」
そんなリィエルをあざ笑うように、ライネルはあっさりと言い捨てた。
「ライネル、てめえぇぇぇッ!」
グレン先生が怒声を上げながら銃の引き金をひき、轟音が広い空間に響く。
だが、不意に割って入った影に銃弾が弾かれ、甲高い音を上げる。
「何――ッ!?」
「へぇ……」
ライネルを庇うように現れたのは三体の影。
それは――三人のリィエルだった。
着用している衣服こそ黒のボンデージだが、三人が三人ともリィエルとまったく同じ姿形、体格で、リィエルが得意とする錬金術によって錬成された大剣を構えている。
代わりに、さっきまで奥の儀式場にあった三本の氷晶石柱が砕け散っていた。
「だって、俺にはこの子たちがいるから」