ヒロインを誰にするかまだ決まらない。
ここは一人に絞るか、よう実通りにいくべきか迷います。
決闘騒動から三日後。
自らの評判を地におとしめてみせたグレン先生に、生徒達は諦めたのか自然と自習をするようになっていた。あのシスティーナでさえもだ。
「はーい、授業始めまーす」
その日もグレン先生はいつものように大幅に授業に遅刻してやって来た。そして、死んだ魚のような目で、やる気のない授業を始める。生徒達はため息をつき、教科書を開いて自習の準備に入る。
そんな無為な時間を過ごす中でひとりグレン先生のもとへ質問に行く生徒が出る。
「あ、あの……先生。質問があるんですが……」
眼鏡をかけた小柄で小動物のような雰囲気を醸し出している女子生徒、名前は確かリン=ティティスだったか。
オレの座る最前列から通路を挟んで右隣の席に座っているが、登校して席に着く時軽く挨拶する程度で別段世間話をする程仲が良いというわけではない。
編入して日は浅いが、未だにこの不真面目な怠惰の権化に質問をするあたり健気な性格だとわかる。
「んだよ、しゃーねぇなぁ。で、何?」
「え…えっと……このページなんですけど……」
そう言うグレン先生にリンは呪文の訳を聞いていたが、グレン先生はルーン語辞書の引き方を教えだした。それに我慢できなくなったのか、システィーナがリンに声をかけた。
「無駄よ、リン。その男に何を聞いたって無駄だわ」
「あ、システィ」
グレン先生とシスティーナに挟まれたリンはオロオロしている。
気弱な性格にあれは少し辛いだろうな。
「その男は魔術の崇高さを何一つ理解していないわ。むしろ馬鹿にしている。そんな男に教えてもらうことなんてないわ」
「で、でも………………」
「大丈夫よ、私が教えてあげるから。一緒に頑張りましょう? あんな男は放っておいていつか一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう?」
「───なあ、魔術のどこが偉大で崇高なんだ?」
ん?
システィーナがうろたえているリンを安心させるように、笑いかけたその時だ。
何時もならあっさりとスルーするグレン先生が珍しく、システィーナの一言に噛み付いた。
「魔術って…………………そんなに偉大で崇高なもんかね?」
ぼそり、とグレンが誰ともなくこぼした。
「ふん。何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まっているでしょう? もっとも、貴方のような人には理解できないでしょうけど」
鼻で笑い、刺々しい物言いでばっさりとシスティーナは切り捨てた。
「何が偉大でどこが崇高なんだ?」
「…………………え?」
「魔術ってのは何が偉大でどこが崇高なんだ?それを聞いている」
「そ、それは……」
「ほら。知ってるなら教えてくれ」
システィーナが言葉に詰まっている。
まぁ、魔術が偉大で崇高とかいうのは、あくまで回りがそう勝手に言ってただけだ。オレは別にそう言う風には思ってなかったけど。
食い下がるグレンの言葉にシスティーナは一呼吸置いて答えた。
「魔術は―――」
「長くなりそうだからやっぱいいや」
「聞いたんだから最後まで言わせなさいよ!」
「どうせあれだろ?魔術とは世界の真理を探究し人をより高次元の存在に近づけるとか、神に近づく尊い学問なのよとか言うんだろ?」
「え、ええ……大体そうよ」
改めて説明したシスティーナ曰く、魔術はこの世界の真理を追究する学問で、世界の起源、構造、支配する法則。魔術はそれを解き明かし、自分と世界が何の為に存在するのかという永遠の疑問に答えを導き出し、人よりも高次元の存在へ至る道を探す手段とのこと。
「ふぅん…で?それが何の役に立つんだ?人をより高次元の存在に近づける?そんな事して一体どうするんだ?」
「…え?」
「例えば医術は人を病から救うよな?農耕技術、建築術…人の為に役立つ技術は多い。だが魔術は?まともに生きてれば、一般人には見ることさえない代物だ」
「魔術は……人の役に立つとか、立たないとかそんな次元の低い話じゃないわ」
おっと、今のは失言だな。
「でも、なんの役にも立たないなら実際、ただの趣味だろ。苦にならない徒労、他者に還元できない自己満足。魔術ってのは要するに単なる娯楽の一種ってわけだ。違うか?」
大胆な発言だな。
魔術は基本的に、それを扱う魔術師しか恩恵を受けることが出来ない。
どうも魔術は秘匿されるべきものだという思想が、大多数の魔術師達の共通認識となっているそうで、魔術の研究成果が冶金技術や農耕技術のように一般人や社会に還元されることを頑として妨げているようだ。
秘匿する最もな理由としては、人間が集まると上下を作りたがる生き物だからだろう。
素養云々の理由で魔術を使える人間はごく一部に限られるという現状から、その強大な力を扱える自身は選ばれた存在で、天から与えられた特権だと捉える奴がいてもおかしくない。
最悪なのが魔術を使えない多数の人間は劣った下賤な人種だと蔑むケースだ。
システィーナが人の役に立つことを低次元のことだと吐いた時、その一端を垣間見た気がした。本人に自覚は無いだろうが。
アルザーノ帝国は文字通り帝政国家で、貴族という家柄などで特権を認めれた少数者が多数を支配する政体となっている。無論その貴族達の殆どは魔術師の家系だ。
では門閥意識の高い貴族と選民思想の強い魔術師が同一人物だとどうなる?
魔術という既得権益を下級層に位置する多数に還元するなんてことはするわけがない。
自分達の
ようするに魔術が偉大で崇高だいうのは、それを扱える特別な存在だと大きく見せるための方便に過ぎない。
…とは編入したばかりのぽっと出が口にしていい発言ではないな。
「嘘だよ。冗談だ。魔術はちゃんと役に立ってるよ」
「え?」
誰もが先制に言い返すことが出来ないでいる中、なんと先生の方から手の平を返してきた。
「あぁ、魔術は凄ぇ役に立つさ………人殺しにな」
そう言った先生の顔は、何かを憎むような、そんなとてつもない悪意に満ちていた。
「実際、魔術ほど人殺しに優れた術は他にないんだぜ? 剣術が人を一人殺している間に魔術は何十人も殺せる。戦術で統率された一個師団を魔導士の一個小隊は戦術ごと焼き尽くす。ほら、立派に役に立つだろ?」
「ふざけないでッ!魔術はそんなんじゃない! 魔術は――」
「お前、この国の現状を見ろよ。魔導大国なんて呼ばれちゃいるが、他国から見てそれはどういう意味だ?帝国宮廷魔導士団なんていう物騒な連中に毎年、莫大な国家予算が突っ込まれているのはなぜだ?」
「そ、それは――」
「お前の大好きな決闘にルールができたのはなんのためだ? お前らが手習う汎用の初等魔術の多くがなぜか攻性系の魔術だった意味はなんだ?」
「――それは」
「お前らの大好きな魔術が、二百年前の『魔導大戦』、四十年前の『奉神戦争』で一体、何をやらかした?近年、この帝国で外道魔術師達が魔術を使って起こす凶悪犯罪の年間件数と、そのおぞましい内容を知ってるか?上げるだけでキリがねえ。それに、最近巷じゃ人間主義者なんて反魔術師主義者達が出てきてデモ活動をしてくる始末。偉大だの崇高だのお前がさっき言ったこと、そいつらや外道魔術師に殺された連中の遺族たちの前で堂々と言えんのか?返ってくるのは罵倒と蔑みだけだ」
「――っ!」
「ほら、見ろ。今も昔も魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だ。なぜかって?他でもない魔術が人を殺すことで進化・発展してきたロクでもない技術だからだ!」
偏見だな。火事になる危険があるから火を否定するのと同じ理屈だ。
「全く、お前らの気が知れねぇよ。こんな人殺し以外、何の役にも立たんモンを勉強するなんてな!お前もこんなくだらんことに人生費やすならもっとましな――」
パチンッッッと。と、乾いた音が教室内に響いた。
音源は目の前。歩み寄ったシスティーナがグレン先生を引っ叩いた音だ。
「いっ……てめっ!?」
グレン先生は非難めいた目でシスティーナを見た。そして彼女の顔を見て、やっと自分が何を言っていたのか気づいたんだろう。
「違う…もの……魔術は……そんなんじゃ…ない…もの…」
システィーナはいつの間にか、泣いていた。
「大っキライ……!」
そう言い捨てると、彼女はとめどなく溢れる涙を袖で拭いながら教室を出ていった。
「──ち」
グレン先生はガリガリと頭をかきながら舌打ちする。
「あー、なんかやる気でねーから、本日の授業は自習にするわ」
張られた頬を押さえながらグレン先生も教室を退出する。後に残されたのは圧倒的な気まずさと沈黙だった。
結局、まったく議論にすらなっていなかったな。
ただ自分の価値観と理屈を押し付けるだけで、なにも解決しないどころか場をかき乱すだけかき乱して両者逃げ出す始末だ。
「キヨト君はどう思う?」
「ん?」
突然ルミアから声をかけられた。
「どうってなにがだ?」
「さっきのグレン先生とシスティの話だよ」
編入生のオレに聞かれてもあまりご期待通りの答えは返せないと思うがな。
「どっちもどっちだな。戦争で使われた魔術…言わゆる軍用魔術に関しては、歴史書にも書いてある通り『魔導大戦』や『奉神戦争』で魔術が使われたのは事実だろうが、それを扱う宮廷魔導士団も含めて必要悪に過ぎないとオレは思う」
「必要悪?」
「人の命を奪う危険があるものの、外敵やテロリストから民と国を守るためともなれば、そっち方面にも利用するのも仕方ないって話だ」
「仕方ないって……」
「今更魔術は神聖な学問だという価値観を押し付けて軍用に利用することを否定するわけにはないだろ?そんなことをすればこの国が無防備になってしまう。過去の戦争でそうなっていれば、この国はとっくに外宇宙から現れた邪神の眷族や隣の宗教国家に滅んでいたに違いない」
それは駄目だと今更否定したところで意味はない。すでにそれは在るのだから。
「あくまでも魔術という強大な力がそういう攻撃の方面にも使えるというだけであって、人殺し以外に役に立たないというのは流石に極論すぎる。傷を癒す白魔術なんかは到底人殺しには向かないしな」
極論なんてものの大半は論点のすり替えでしかなく、「それとこれとは話が違うだろ」と片づけるべき話術だ。そして極論を語る人間はものごとを単純化して、それ以上にこころを考えようとしない、見せかけの正解マシーンにすぎないのだ。
先生はただ残酷な事実だけを並び立てながら噛みつき、システィーナが抱く魔術の情熱を無下にしようとした。対するシスティーナは華々しい部分のみを見て、世界真理などと言う耳に心地良いことだけを追い求めていただけ。
あの先生もきっと以前はシスティーナ達同様魔術を極めるために日々、なんの迷いもなく切磋琢磨してたんだろう。だが『魔術は人殺し以外に役に立たない』と憎しみを込めて吐いたあたり、どこかで魔術の黒い面を目の当たりにしまい、『こんな筈じゃなかった』『こんな思いをするなら魔術に関わるんじゃなかった』と、自分の人生の失敗を魔術のせいにして拗ねているだけといったところか。
先生も生徒相手に大人げないが、システィーナの方も新聞や歴史書にも載っていることを突きつけられてあんなに動揺するなんてな。しかも言葉ではなく暴力で黙らせると来た。
結論を言えば、どっちも子供だっただけの話だ。
「オレから言わせれば、魔術の価値観なんて人それぞれでいい。自分が物事を判断する際の基準なんかを他人に強制されるなんて真っ平御免だ。まあようするに、真理を追究するためにしろ、何のために魔術を学ぶか、なんのために使いたいかは自分達で決めるのが重要だとオレは思う。まっ、編入してそれほど日の経っていない奴が言うのもなんだけどな」
「……じゃあキヨト君は魔術をどう使いたいの?」
「……さあな。学院に編入したのは主に好奇心に突き動かされたからって言うのが正直な理由だ」
理由は他にもあるが。
「ま、魔術についてもう少し理解を深めれれば自ずと見つかるかもな」
もっとも、オレにそれを選ぶ自由があればの話だがな。
♢♢
「昨日はスマンかった」
次の日、授業の予鈴前。予想外なことが目の前で起こっていた。あの捻くれ者のグレン先生がシスティーナに頭を下げていたのである。
「その、なんつーか。いろいろ言いすぎたつーか、まぁ、なんだ。人それぞれ価値観はある。悪かった」
そう言ってグレン先生はもう一度頭を下げる。マジで誰だこいつ。システィーナも戸惑っているようだ。顔を上げたグレン先生は、話はこれで終わりだと言わんばかりにサッと踵を返し、教壇へと向かった。そして信じられないことを言った。
「それじゃ、授業を始める」
どよめきがうねりとなって教室中を支配した。
昨日の今日でグレン先生に何があったのだろうか。あと、何故かオレをチラ見した気がするんだが。
昨日の事を思い返しながらなんとなく隣の席に目をやると、ニコニコしながら座るルミアと目が合った。彼女はオレの目を見てひとつウインク。
……高威力なので控えた方がいいと思う。いやそうじゃなくて、彼女は何が言いたいのだろうか?
「さて、授業を始める前に言っておくが……お前らって、本当馬ぁあああ鹿だよなぁ」
『『『はああああ!?』』』
いきなりぶっこんだな。
「昨日までの十一日間お前らをずっと見ていたが、お前らは魔術のことをな〜んもわかっちゃいない。やれ呪文の共通語約を教えろだの術式の書き取りだのお前ら魔術を舐めてんのか?」
「テメェに言われたくねえよ!」
「【ショック・ボルト】程度の一節詠唱もできない三流魔術師に言われたくないね」
「ま、正直、それを言われると耳が痛い。俺は男に生まれながら魔術操作と略式詠唱のセンスが無くてね。だが【ショック・ボルト】程度とか言ったか?やっぱお前ら馬鹿だわ」
その物言いに段々とピリピリしてくる生徒達。場は完全にグレン先生のペースに乗せられている。
「まぁいい。じゃ、今日はその件の【ショックボルト】の呪文について話すとするか。お前らにはこれで十分だろ」
「今さら初等呪文を説明されてもな…」
「やれやれ、僕たちはとっくの昔に【ショックボルト】なんて極めたんですが?」
やいやい騒ぐ生徒達を無視し、グレン先生は教科書を掲げて呪文【ショックボルト】について簡単に説明した。そして、グレンは壁に指先を向けて呪文を唱えた。
「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」
グレン先生の指先から紫電が迸り、壁を叩いた。
「やっぱり三節詠唱…」
「とっくに極めてますわ」
相変わらずの三節詠唱に呆れた声が後ろから聞こえてくるが、グレン先生は無視して自分が唱えた呪文をルーン語で黒板に書き表していく。
「さて、これが【ショック・ボルト】の基本的な詠唱呪文だ。魔力を操るセンスに長けた奴なら《雷精の紫電よ》の一節でも詠唱可能なのは……まぁ、ご存知の通り。じゃ、問題な」
《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》
グレン先生は黒板に記した詠唱に更に節を加えた。
「さて、これを唱えるとどうなる?」
クラス中が沈黙する。
「オイオイオーイ、まさかの全滅かぁ〜?」
嘲るように笑みを浮かべるグレン先生。優等生のシスティーナすら、額に脂汗を浮かべて悔しそうに押し黙っているのが見えた。
「あれれ〜おっかし〜な〜?チミ達この呪文はとっくの昔に極めたんじゃなかったのかなにゃあ〜?」
「そんなヘンテコな呪文詠唱、あるはずなんてありませんわ!」
最前列から一つ後ろの席に座る、いかにも高飛車なお嬢様な感じのツインテールの女子、ウェンディ=ナーブレスが声を張り上げ、机を叩いて立ち上がる。
「その呪文はまともに起動なんてしない。必ず何らかの形で失敗しますね」
眼鏡をかけたインテリっぽい男子、ギイブル=ウィズダンも答えるとグレン先生は呆れたようにため息をつく。
「んなことは知ってんだよ。わざわざ完成した呪文を違えてんだからな。俺は、その失敗がどんな形で起こるのかって聞いてんだよ。ちなみに答えはランダムとかじゃねえから。まぁっさかとは思うが『ランダムです』、とか言うやつなんていねーよなぁ?いるわけねーよなぷぷっ」
物凄く煽るな。
なんかウェンディから『ラッ……!』とか聞こえた気がしたが聞かなかったことにしよう。
何かを言おうとして口をパクパクしているのが見えたがそれも気のせいだ。
どこまでも馬鹿にするような高笑いを上げてグレン先生は腹を押さえる。
「おいおいおいおいマジかよ!お前ら本当に何もわからずに一節してたのかよ!?そんなんでよく『とっくに極めてますわ』とか言えたもんだなぁ。ええ?」
グレン先生の高笑いの所為でもうクラスのみんなの苛立ちは沸点を越えようとしている。
「さてと、次は誰に……」
と、グレン先生とオレの目が合う。
「よし。お前答えてみろ。えっと…キヨ………キヨポンだったか?」
「キヨトです」
誰がキヨポンだ。
「うるせえ。お前なんてキヨポンで十分だよ」
「………なんかオレ先生に気に障るようなことしましたっけ?」
「そんなのイケメンってだけで腹立たしいからに決まってるだろ?」
妬みかよ。あとイケメンってなんだ。かなりの男子どもが「うんうん」と頷いているのを突っ込んでいいか?
「先生。彼はまだ学院に編入してまだ日がまだ浅いんですよ。流石に――」
「こいつよりも長いお前らが全滅だったからあえて聞いてんだよ。ほら、さっさと答えてみろ。答えねーと単位やんねーぞ」
酷くね。ろくに授業やんなかったくせに理不尽すぎる。
「…詠唱条件はありますか?」
「あー……そうだな。速度二十四、音程三階半、テンション五十、マナ・バイオリズムはニュートラル状態……まぁ、最も基本的な唱え方で勘弁してやるか」
そういう条件なら………。
「………当てずっぽうでもいいですか?」
「おう別にいいぞ。当たればいいだけだしな」
「………じゃあ、右に曲がるで」
「へ?」
グレン先生から素っ頓狂な声が出る。
「どうなんですか?」
「あ、あぁ……正解だ……」
「「「え?」」」
グレンや他の生徒もまさかオレが答えを言い当てるなんて思っていなかったのか口を開けてポカーンとしていた。
「そうですか。いやあ、適当に言ってみて当たるものなんすネ」
「チィ!面白くねぇな!」
態度悪いな。
答え合わせのためにグレン先生は四節になった呪文を唱える。
オレの言った通り、狙った場所へ直進するはずの力線は大きく弧を描くように右に曲がって壁へと着弾した。
「バ、バカな……」
「ありえませんわ!」
クラスの皆は信じられないと言うような表情だった。
「さらにだ。次はここに……」
さらに呪文を区切ったり、節の一部を消したりしながら呪文を唱えていき、どれも宣言どおりになっていく。唖然としている生徒達を見ながら。
「ま、究めたっていうならこれくらいは知らないとな」
指先でチョークをくるくる回転させ、見事なまでのどや顔を浮かべるグレン先生。
「そもそもさ。お前ら、なんでこんな意味不明な本を覚えて、変な言葉を口にしただけで不思議現象が起こるかわかってんの?だって常識で考えておかしいだろ?」
「そ、それは術式が世界の法則に干渉をして――」
「とか言うんだろ? わかってる。じゃ、魔術式ってなんだ? 式ってのは人が理解できる、人が作った言葉や数式や記号の羅列なんだぜ?魔術式が仮に世界の法則に干渉するとして、なんでそんなものが世界の法則に干渉できるんだ? おまけになんでそれを覚えないといけないんだ?で、魔術式とは一見なんの関係もない呪文を唱えただけで魔術が起動するのはなんでだ?おかしいと思ったことはねーのか?ま、ねーんだろうな。それがこの世界の当たり前だからな」
硬直した固定観念ほど危険なものはないということか。
「いいか?魔術ってのは超高度な自己暗示だ。呪文を唱える時に使うルーン語ってのは、それを行う時に最も効率良く行える言語で、人の深層意識を変革させ、世界の法則に介入する。『魔術は世界の真理を追い求める物』なんてお前らは言うけどな、そいつは間違えだ。魔術はな、『人の心を突き詰めるもの』なんだよ」
人の心を突き詰める、ね。
いつに無く真剣な眼差しをクラス全体に向けて、まるで本物の講師のように振る舞うグレン先生を、『無能』と罵る者は既にいない。
「今のお前らは、単に魔術が使えるだけの魔術使いに他ならない。 魔術師は、自分に足りない物を認識し補う努力をするものだ。それをこの教科書は、覚えろだの詰め込めだの……アホか」
グレン先生は肩をすくめて、呆れ返ったように鼻を鳴らしながら手に持っていた教科書を窓の外へと放り投げた。
「じゃあ、今からお前達に、その魔術のど基礎を教えてやるよ」
興味がない奴は寝てな、と最後に付け加えたが、グレン先生の自信気に言い放たれた言葉に看過されたクラスで、眠る者などいない。
全員真剣な表情を崩さず、講義の言葉に耳を傾けるのだった。
ちなみに何故かこの時から『キヨポン』というニックネームがプチ流行しだした。
お気づきかもしれませんが、よう実原作での学校の制服は赤がメインに対し、ロクアカの学院の制服は青がメインです。
青いバージョンのキヨポンもいいと思いました。