ようこそロクでなし魔術講師のいる教室へ   作:嫉妬憤怒強欲

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原作七巻から登場のキャラを登場



そして事件は終わりへ

「――――初めまして、キヨト=タカミネ」

 

 何もない薄暗い部屋の中央にある椅子に座らされ、封縛の結界で身動きが取れない状態にあるオレは、結界越しにいる一人の女と対峙していた。

 

 歳はオレとそう離れていないだろう。

 燃えるような紅い髪を、三つ編みに束ねてサイドテールにしている。

 顔立ちはオレから見ても美女と言っても過言ではないが、オレを見据える切れ長の半眼と口元に浮かべる薄い笑みは、どこか氷のような冷たさを湛えている。

 この女性とは初対面だが、オレを捕らえた連中と同じデザインのローブを着込んでいた。

 

「誰だアンタは?」

「私はイヴ=イグナイト。帝国宮廷魔導師団特務分室室長にして、執行官NO.1【魔術師】よ。貴方を捕らえたアルベルト達の上司と言えばわかるかしら」

「帝国宮廷魔導師団?特務分室?」

 

 いきなり訳の分からない単語が多すぎる。

 

「簡単に説明すると、”帝国の力の象徴”である精鋭魔導士で構成された帝国軍、帝国宮廷魔導士団の中でも、主に魔術がらみの特殊任務や国家機密クラスの事案の対処を行う部署のことよ。立ち位置としては、宮廷魔導師団の実質的頂点にあるわ」

「で、その軍で偉いアンタがオレに何の用だ?」

 

「―――単刀直入に言うわ。私の部下()になりなさい」

 

 は?

 

「今の特務分室は人手が不足していてね。優秀な人材を探しているのよ。それで貴方に目を付けて勧誘しに来たわけ」

「……オレに利用するほどの価値があるとは思えないが」

「あら?謙遜が過ぎるわよ。あのアルベルト達の手を焼かせたじゃない?それだけで貴方の実力は十分に使えるわ」

 

 今はこうして捕まってるけどな。

 

「単なるまぐれだ」

「そう?貴方五歳の頃、ある魔術師育成施設のカリキュラムで手練れの魔導士達を再起不能手前まで追い込んだ実績があるそうじゃない」

 

 ん?

 

「………誰かと勘違いしていないか?」

「惚けたって無駄よ。あの施設のカリキュラムがどれだけ過酷なものだったのか、そのカリキュラムの中でも最高難易度のを難無くクリアした貴方が”最高傑作”なんて呼ばれてたことも知っているわ」

 

 久々に聞いたな。その単語。

 

「どうして詳しいのか気になるわよね?だってあの施設を潰したのは私の特務分室なんだから」

 

 へぇ。

 突然の施設への襲撃の混乱に乗じて脱走したわけだが……こいつらだったのか。

 

「ちなみに、施設で大事に保管されていた最高傑作の魂紋と貴方の魂紋、既に照合済みよ。結果は…言われなくても分かるわよね?」

 

 そこまで調べられているのなら誤魔化しは効かないか。

 

「…あそこでオレが何をしたのか知った上で引き入れたいと?」

「ええ。使える駒なら私は経歴なんて気にしないわ」

 

 はっきり駒って言ったぞコイツ。この女はオレをこき使う気満々だ。

 

「………もし断ったらどうなる?」

「そうね…危険分子であることには変わらないから、死ぬまで封印の地に投獄、が妥当かしら?」

 

 妖艶な笑みを浮かべながらオレを脅してきたぞ?

 

「もう一度言うわ。私の下につきなさい。悪いようにはしないわ」

 

 もはや覆らない決定事項だ。初めから選択肢がないのと同じだ。から断れるわけがないとこの女高を括っている。

 

「………確認したいことがあるんだが」

「何かしら」

「アンタの下につけばオレの自由は保証されるのか?」 

「勿論ある程度はね。ただし、仕事はきちんとやってもらうわよ」

 

 自由を守るために、自由を捨てるか…。

 

「………選択の余地なしか」

「決まりね。今日から貴方は帝国宮廷魔導士団特務分室、執行官ナンバー0《愚者》キヨト=タカミネよ。空いている席の一つを貴方に譲るわ」

 

 半ば、というかかなり強引な形でオレの特務分室の入隊が決まったわけだが…

 

 いつか後悔するかもしれないぞ。オレを利用しようとしたことを…

 

♢♢

 

「なっ…!?お前…宮廷魔導士団だったのか…!?しかも特務分室で、《愚者》だって!?」

「えっ…特務分室…?なにそれ?」

 

 グレン先生はかなり驚いた様子に対し、システィーナは首を傾げる。

 そういえば特務分室は公には知られていない部署だったな。

 

「グレン先生が軍にいた頃時所属していた部署だ」

「えっ!?先生宮廷魔道士だったんですか!?」

「ま、まあな…あんまり話すことでもねぇよ」

 

 あの職場でのことを話す気にもなれないか。魔術が嫌いになってしまった原因でもあるだろうし。

 グレン先生が前任の《愚者》であることはとっくに調べがついている。というのも、あの冷血女に定期報告をした際に聞いた。

 他の連中からも、なんで辞めたのかもある程度聞いている。

 

「それよりも、ルミアのところに向かいましょう」

「どこに居るのか目星がついてるのか?」

「白亜の塔に行こうと考えています」

「白亜の塔?あの馬鹿高い塔に?だが転送方陣は壊されてるだろうってセリカが…」

「それはあくまでもアルフォネア教授の見解でしょ?先に拠点の転送法陣を破壊するのは立てこもりテロの定石かもしれませんが、今回の連中のテロが立てこもりではなく一個人の誘拐であるなら、流れが変わってくるというのがオレの見解です」

「は?どういうことだ?」

「詳しい説明は移動しながら…無論、先生が付いて来るならの話ですが」

「当たり前だ。軍属とはいえ生徒だけに行かせるか」

 

 なんか講師っぽいな。非常勤だが。

 

「ねぇキヨト。私も……」

「駄目だ」

 

 システィーナも付いて来ようとするが、断っておく。

 

「なっ、どうしてよ!速くルミアを助けないと…!」

「だからこそだ。お前、ずっと魔術を行使してた上、さっきのディスペルで魔力をかなり消費しただろ?」

「そ、それを言うならキヨトだって……」

「オレは魔力の消費を抑えていたから問題ない」

「あの状況で……?」

 

 さっきの戦闘で魔術の使用を控えていたのもそのためだ。

 

「これ以上の行使はマナ欠乏症に繋がる。悪いが今のお前にできることはここまでだ」

 

 無理して一緒に来られても迷惑だ。それにこれから話す内容はシスティーナには酷だろう。

 

「白猫、お前は十分やってくれた。後は俺達に任せて教室に戻れ」

「で、でも!」

「お前になにかあってみろ。ルミアのことだからきっと一生自分を責めるぞ?」

「…わ、わかりました」

 

 グレン先生からの説得もあり、渋々ながらもシスティーナは頷く。

 オレ達はシスティーナを近くの教室に移動させた後、転送方陣のある高い塔へと走る。

 

 その道中、グレン先生にオレの見解を説明する。

 

 誘拐で最も重要となるのは逃げ道の確保だ。

 対象を確保後、軍が来る前にはなるべく早く、確実に遠くへ移動したいのが心理。

 そうなると逃げる手段として最も最適なのが、魔導施設『転送法陣』だ。

 あれは離れた場所と場所を繋ぎ、一瞬で移動することを可能とする高度な長距離転送魔術が施されている。

 実際、ここから帝都オルランドまで早馬で三、四日かかる距離を一瞬で移動できるほどの性能を発揮している。

 同時に転送法陣は入り口であり、出口でもある。帝都と学院を繋ぐ転送法陣が生きていたら、帝都から学院内に侵入される危険はあるが、転送先を改変してしまえば繫がりが切れるため問題ない。 

 外道魔術師という奴は、自身が求める結果を実現するためなら、自分以外の犠牲を惜しまない人種のようだ。例えどれだけ非効率な工程でも、周りから人道から外れていると非難されようとも、自分が満足のいく結果さえ出せればいいのだから。

 天の智慧研究会とかいう連中も例外ではない。

 確実な結果が出せるなら、たとえ改変に手間と時間がかかろうと利用したいという欲に駆られるのが心理だ。

 

「学会で講師全員が学院を留守にしている間、塔には学院生があまり出入りしないだろうから改変作業に集中できているんでしょう」

「っ!…そうか。コートの男の時はあれだけ素早かったのに、ここにきて敵の対応が遅いのは今も転送法陣の座標の書き換えをしている真っ最中だからか。帝国一の魔術学院の結界を書き換えるほどの奴なら、転送法陣の転移先を別の法陣に書き換えるなんて芸当が出来てもおかしくねえ」

「状況から見て、そいつが学院に連中を手引きしたんでしょう。そしてそれに該当する空間系の魔術を専門の魔術師が一人、学院の講師にいます。いや、いたが正しいでしょうか」

「は?いた?」

「そもそも、この日に連中が仕掛けてきたのが偶然だとでも?誰のせいで連休に二組だけ学院に来ることになったと思います?」

「っ!おい、ひょっとして――」

 

 校舎から中庭へ出て並木道を抜け、校舎内でそびえ立つ白い巨塔――白亜の塔の入り口が見えてきた頃、オレの予想は確信へと変わった。

 歩を止めたオレ達の目前には、入り口の周りを無数の石で出来た巨人が徘徊していたのだ。

 だいたい五十体はいそうな巨大ゴーレムの群れである。

 普段はバラバラの石片として、学院内の風景の一部になっているが、有事の際は積み重なってゴーレムとなり、ガーディアンになる。

 そういう単純な命令しか与えられていないゴーレムが、塔を守るように配置されているということは。

 

「…お前の言う通りルミアはここにいるみてえだな。けど、最後の最後できっついなぁ……」

 

 転送塔に近づかない限りは攻撃してくることはないだろうが、オレ達が突破するのを全力で阻止しにくるだろう。

 

「………グレン先生、【セルフ・イリュージョン】を使う余裕ありますか?」

「あ?あるにはあるがそんなのなんのために使うんだ?」

「ゴーレムに化けてどうどうと通ります。侵入者を迎撃するようにだけ設定されているなら、それ以外の物には反応しないと思うので」

「ええ…」

 

 オレ達はすぐさま変身系の黒魔術【セルフ・イリュージョン】の呪文を唱える。

 周囲の空間が一瞬、ぐにゃりと揺ぎ……互いのの姿の焦点があやふやになり、再び焦点が結像した時。

 見た目がガーディアン・ゴーレム達と同じ背丈、同じ形に変わった。

 変身といっても、光を操作をすることで変身したように見せかけるだけの幻影の魔術だ。

 一流の魔術師なら偽物だと気付かれるだろうが、意思のない半自立人形のゴーレム相手ならいけるだろう。

 最も、向こうに偽物を看破する機能がついていた場合無駄に終わるが。

 

「……行くか」

「……はい」

 

 意を決して、ゴーレムに化けたオレ達は進む。結論からして意外とうまくいった。

 簡単にゴーレムの防衛網を素通りでき、塔内に入ると変身を解いてから螺旋階段を駆け上っていく。

 

「チェストォオオ!!」 

 

 ガシャアアンッ!

 

 長い長い石階段を上り終え、グレン先生が最上階への扉を蹴破り、中に突入すると………

 

「先生!キヨト君も!」

 

 薄暗い最上階の中央、石畳の床に設えられた転送法陣の上にルミアが座り込んでいた。

 そしてもう一人、暗闇の中にローブを纏った長身痩躯の男が立っている。

 

「・・・単刀直入に聞くが、あんたが裏切り者ってことでいいか?────ヒューイ=ルイセン?」

「おや?君と面識はないと思いますが、私のことをご存知ですか?」

 

 暗闇に慣れ始めた視界にぼんやりと男の姿が浮かび上がる。二十代半ばぐらいの優男。髪色は柔らかい金で顔立ちは涼やかに整っている。優しげに細められた目の青年であった。

 グレン先生とオレが来る前、二組を担当していた前任の講師ヒューイ=ルイセンだ。

 

「…こいつがヒューイか。行方不明になったって聞いちゃいたが、そういう理由があったのか」

「ええ。今さらですが、初めまして。僕の後任のグレン=レーダス先生」

「非常勤だけどな。で?なんでこんなことを?こいつらの講師だったんだろ?」

「まあ、単純に言えば来るべき時が来てしまったと言ったところでしょうか。僕はね、王族もしくは政府要人の身内などといった身分の方がこの学院に入学した時のために、組織から送られた人間爆弾なんですよ」

 

 そんな人間が来るかもわからない中で学院の講師として潜伏していたのか?

 年季の長い組織にしては随分と運頼みなことをするな。

 いや、来ることを把握できるからか?

 

「チッ!胸糞悪いことをやるバカ共だったな、てめぇら“天の智慧研究会”てのはよ!!」

「否定はしません。ですが、ルミアさんが入学したことで少々事情が変わりましてね………貴方は少々特殊な立場なので生け捕りになりました。ですので転送法陣の転送先を改変し―――」

「ルミアを奴らのところに転送した後、自分はこの学院を生徒諸共自爆する気か?」

 

 オレの推測を聞いたルミアとグレン先生は信じられないと言った顔になる。

 

「ええ、学生にしては察しがいいですね。いや、ただの学生がここまで来れる筈ありませんか」

 

 ヒューイとルミアの周りに巨大な魔術法陣が出現した。

 ルミアを中心に描かれた五層にも及ぶ大型魔法陣。

 そしてヒューイを中心に小型魔法陣。

 それらが1本の線型魔法陣によって繋がれ、いよいよその効果を発揮せんと起動したのだ。

 

「白魔儀【サクリファイス】――換魂の儀式だと!?」

「ええ。ルミアさんは法陣の力で以て、組織の元へ送り届けられるでしょう。それを切っ掛けに、僕の魂と直結させたこの法陣も効果を発揮し、僕の魂を喰い潰して錬成した莫大な魔力で以て、この学院を爆破します」

 

 ヒューイの言葉には抵抗感が感じられないが………

 

「僕の腕前ではルミアさんの転送するための転送法陣の改変はもう少しかかりますが、白魔儀【サクリファイス】この魔術だけの起動はできる。あと十分もすれば起動します。解呪に取り掛かったとしても間に合うとはとても思えません。ちなみに、僕を殺しても術は発動しますよ」

「そんなことに命をかける価値があるとは思えないな。それはアンタがしたくてしてるのか?」

「……はい」

 

 噓だな。抗う前から諦めているようだ。説得は無意味か。

 そうなると五層構造からなる白魔儀【サクリファイス】をなんとかするしかない。

 一介の魔術師なら一層ずつ解呪するところだろうが…

 

「クソッ、こうなったら一層ずつ解呪していくしか…」

「いや、その必要は無いかと」

「は?」

 

 オレにはオレのやり方がある。

 血を媒介にするつもりだったのか、自分の右手首を噛み千切ろうとしていたグレン先生を制止させ、代わりにヒューイを見張るように頼んでおく。

 その間にオレは隅に残っていた触媒や道具を用いて作業に取り掛かる。

 

「キヨト君…!先生と一緒に逃げて!」

 

 ルミアが逃げるよう訴えてくるが、オレは一切耳を貸さず作業を続ける。

 

「断る」

「な、なんで!?」

「なんでって、逃げる必要生を感じないからだ。そういうお前こそ、危機感を持ったらどうなんだ?連中に何をされるか分かったもんじゃないぞ?」

「いいの、それで。私はこうなる運命だったんだよ」

「嘘だな」

「え?」

「口ではそう言いながらも、お前自身こんなことに納得してはいないんだろ?」

「そんなこと…」

「ならその涙は何だ?」

「え?」

 

 ルミアは自分の頬に流れて溢れ出る涙にようやく気付いたようだ。

ルミアを天使か聖女と呼ぶ人間が多くいるが、オレから見たら典型的な自己犠牲タイプの人間だ。

 自己犠牲型の特徴として、本音を話すことが苦手、他人からの要求を満たそうと気を遣いすぎる、他人を優先して、自分のことを後回しにするなどがある。

生まれつきそうである先天的なものと、過去のトラウマからくる後天的なものがあるが、ルミアの過去を考えればその後者だろう。

 昔はもう少しワガママなタイプだったようだし。

 

 人助けが悪いとは言わない。だが心の奥に自分がそうしたいという気持ちがなければ話は別だ。

 

「…そうやって何もかも諦めて自分を押し殺そうとするのは、肉親に捨てられたショックからくるものなのか?」

「!?」

「大方、自分の全てだった肉親に捨てられ、それまでの自分の中の世界が壊れてしまったんだろ?」

「どうしてそれを……?」

「オレはその肉親から、お前を警護するように言われてこの学院に来た」

「えっ!?あの人が――」

 

 オレの言葉にルミアはかなり驚いているようだ。信じられないと言いたいような驚き方からして、ルミアにとってもかなり辛い別れ方だったみたいだ。

 

「事実だ。お前の母親は未だお前のことを愛しているぞ」

 

 親からの愛情を受けたことが無いオレにはどういうものか分からないがな。

 

「自分は生まれてきてはいけない子だと、自分の幸福なんて諦めるべきだと思い込んでいるみたいだが、それはただの錯覚だ。お前に何かあれば残された奴は悲しむぞ?システィーナや二組のクラスの皆、お前の母親だってな」

 

 周囲を思ってのつもりだとしても、周囲にとっては迷惑だ。本心でやってることじゃないのなら尚更。

 犠牲になることで解決しないことがある。

 だれか一人が犠牲になるというのは、単純な解決策のようだが、意外ときれいにはまらないだろう。相手の立場に立って考えたり、自分も含めた全体にとって何がベストなのかを見渡す視野が必要だ。

 

「それにだ。転送の術が発動すればクラスの連中もオレ達も死ぬ。ここで諦めてオレ達だけ逃げても到底間に合わない。間に合ったとしても、オレが護衛対象を見捨てて自分だけ逃げてしまえば、命令違反で最悪重い処罰が下されるだろう。自分の命を諦めるということは、ここにいる連中の命も諦めることに繋がるんだぞ?」

「あっ…」

「本当に誰かを思いやるのなら義務じゃなく本心でやれ。譲れないものがあるなら簡単に諦めるな。自分のことも、他人のことも。それとも、本当はオレ達やあいつらのことはもうどうでもよくなったのか?」

「え・・・・」

 

 本心を引き出すなら、ムカつく言い方で挑発した方が手っ取り早い。

 

「・・・それじゃ仕方ないな。もう一緒にいたくない連中のことなんてもうどうでも「そんなことない!!」・・・ん?」

 

 ふとルミアを見ると、ルミアは涙を流しながら怒っている。

 

「私だってもっと皆といたいよ!連れて行かれたくないよ!だから!」

「・・・だから?」

「助けて・・・!」

「・・わかった」

 

 ちょうど助ける準備が完了した。

 

「《万象に希う・理の円環にて・その身を崩し・朽ち果てよ》」

 

 四節の呪文を詠唱すると、転送法陣の外側に書き足した法陣が白く光る。

 白い光は石畳の間を、水の流れの様になぞって進み、中心へと向かっていく。

 

「無駄ですよ。その法陣は転送用でもあると同時に強力な結界でもあるんです。無理矢理壊そうものならアルフォネア教授の神殺しの術でもない限り……」

 

 ビシッ

 

「え?」

 

 まず、最外層の法陣から亀裂が入った硝子のような音がした。

 その瞬間、法陣を構築する各ラインが白い光によって寸断され、ラインを走っていた魔力の輝きが途切れ途切れに弱まり始めた。

 

「馬鹿な!?魔力路の断線が広がって転送法陣の機能にエラーが!?いったい何故!?」

 

 ヒューイの疑問に答える間もなく、最外層がフッと消滅する。

 白い光の浸食は止まらず、続いて第二層、第三層と突き進んでいく。次々に各層結界を維持できなくなっていき、消滅する。

 やがてルミアを囲んでいた最後の法陣にビシリとヒビが入り、魔力路の断線が広がっていき………。

 

パリイイイン

 

 硝子が砕け散るような音と共に、霧散するのだった。

 小型魔法陣と繋がっていた線型魔法陣と、ヒューイの足元にあった小型魔法陣も効力を失い消える。

 

「え・・・な、なんで・・・・・・?」

 

 ルミアはわからないと言った様子だ。

 

「いったい、何をしたのですか?解呪をしたようには見えませんでしたが…」

「法陣の魔力回路を断線させた。ただそれだけだ」

「は?」

 

 儀式系の魔術は詠唱系とは違い、壁や地面に法陣を描き込まないと機能しない。

 真っ白なキャンバスに絵の具を塗らないと絵画が完成しないのと同じだ。

 そして、どれだけ良い画を描こうと、肝心のキャンバスが破れたり汚れたりしてしまえば台無しになる。

 今回転送法陣は石畳の床に書き込まれていた。

 石畳はいくつもの平たい石を並べ、石同士の間をコンクリートで固めた物だ。

 法陣の回路は魔力を循環させないといけないため、石同士の間のコンクリートにもしっかりと線が引かれていた。

 錬金術でコンクリート表面の元素配列を分解して風化を促せば、線が引かれていた部分が崩れ、回路が途切れる。魔力の循環ができなければ法陣はまともに機能しなくなり、展開を維持できなくなって消滅するのを狙ったのだ。

 正攻法で魔力を大量に消耗しながら五層全て解呪するよりも楽な手だ。

 

「まさかそのような方法で無効化するとは………」

「床が一面大理石でできていれば話は別だが………ま。どれだけ複雑な術式でも、使い方を誤った大魔術は、使い方を工夫した小魔術に劣る。それだけのことだ」

「使い方を誤った、ですか………僕の負けですね」 

 

 計画は阻まれ、己が存在意義さえも奪われたというのに、ヒューイのその声に怒りや憎しみの類は感じられない。

 

 あるのは悲愴。痛々しいほどに感じられる、深い悲しみと……仄かな喜びのみ。

 

「不思議ですね。計画は頓挫したというのに…………どこか、ほっとしている自分がいる。僕はどうすれば良かったんでしょうか?組織の言いなりになって死ぬべきだったのか・・・・・それとも組織に逆らって死ぬべきだったのか。こうなった今でも僕にはわからないんです」

「んなこと知らねーよ。同情はするが、自分で道を選ばなかったお前が悪いんだろ?テメェの不始末は、テメェで片付けろ!」

 

 ヒューイの問いに、答えたのはグレン先生だった。

 

「手厳しいですね。でもそうですね。確かに、その通りだ」

「んじゃ、歯ぁ食いしばれよ!」

 

 そしてグレン先生がヒューイの頬に右ストレートを打ち込んだ。

 その威力でヒューイは吹き飛ばされ、床を派手に転がって動かなくなった。

 

「………先生。気絶させるなら、せめてルミアを何処に転送するつもりだったか聞き出した後が良かったんですが」

「ちょっ、せっかく決めたのにダメ出し!?」

 

 ハァ、済んだことは仕方ないか。

 

♢♢

 

 アルザーノ帝国魔術学院で起こった自爆テロ未遂事件から1ヶ月の月日が経った。

 

 一人の非常勤講師の活躍(ということにした)により、最悪な結末を逃れたこの事件は、関わった敵組織のこともあり、社会的不安に対する影響を考慮されて内密に処理された。

 学院に刻まれた数々の破壊の傷跡も、魔術の実験の暴発ということで公式に発表された。

 この事件に関して、帝国宮廷魔導士団が総力を上げて徹底的な情報統制を敷いた結果、学院内でこの事件の顛末を知る者はごく一部の講師、教授陣と当事者である生徒達しかいない。

 また、二組の元担任が敵組織のスパイだったという事実は、生徒達にとっても学院側にとってもショックが大きいこともあり、ヒューイの身柄は帝国宮廷魔術師団に密かに連行された。

 あんな男でもいつかなにかの役に立つだろう。

 

 事件解決後、当初は生徒達の間で様々な噂が飛び交っていたが、一ヶ月も経った今ではその噂は誰の話題にも上がらなくなっていた。

 

「しっかし、まあ、ルミアが三年前病死したはずの、エルミアナ王女で、女王陛下直々に護衛の命をキヨトが受けていたとはなあ…」

 

 ある晴れた日の午後。オレとグレン先生は学院の廊下を歩きながら、ふと、一月前の事件を振り返っていた。

 

 事件の後、グレン先生とシスティーナの二人は、事件解決の功労者として帝国政府上層部に密かに呼び出され、ルミアの素性………彼女が正真正銘の元第二王女であり、また“異能者”でもあったことを聞かされた。

 

“異能者”とは、生まれながらにして魔術とは別の力を持った人間のこと。

 それは魔術と違い原因が解明されておらず、帝国では長年(だいたい四百年前くらい前)悪魔の生まれ変わりとされ、異能者は『嫌悪』の対象とされてきた。

 

 そんな悪魔の生まれ変わりが王室に生まれてしまい、王室の権威などの様々な政治的事情で、ルミアが帝国王室から放逐され、フィーベル家に預けられたこと。オレが彼女の護衛として学院に編入したこと。

 そして、グレン先生とシスティーナは、事情を知る側として、ルミアの秘密を守るために協力することを上層部から要請された。

 

「おかしな話ですよね。帝国では魔術と異なる未知の力を使える異能者は悪魔の生まれ変わりだと嫌悪されている。なら外道魔術師が毎年やらかす悪魔の所業は嫌悪の対象と呼ばずしてなんなのでしょうか?現実を見ないから矛盾をきたすことになる」

「言いたいことはわかるけどよ…陛下だって苦悩の果てに決断した処遇なんだからよ」 

「それは知っていますよ。陛下がルミアを救うために相当無茶したようですし。咎めるなら、こんな事態になるまでなにもしなかった上層部と先代の女王達だと思いますが」

「お前護衛で来てるのにサラッととんでもないことを言うな!?下手したら不敬罪で打ち首にされっぞ!」

「心配せずとも公言はしません。オレだって命が惜しいですし」

 

 ちなみにオレの任務の事を知っているのは、その任務を出した女王陛下自らとオレが所属する帝国宮廷魔導士団の特務分室だけだ。

 特務分室の人間が学院の生徒として通っていることがバレるのもマズいため、テロリスト達を全員倒したのがグレン先生だとクラスの連中には伝わっている。

 目立つことが嫌いなオレにとっても、グレン先生がいい隠れ蓑になってくれて大助かりだ。

 

「それはそうと、先生は正式に二組の担任講師になりましたが、どういう心境の変化ですか?」

「あ?まあ、自分の金は自分で稼げってセリカがうるせえからな」

 

 なんか別の本音がありそうな気がするが、そういうことにしたいらしいな。

 

「……そうですか。それじゃあ、これからもよろしくお願いします」

 

 特に隠れ蓑として。

 

「おう、厳しくしごいてやるから覚悟しろよぉ後輩?」

「一応生徒でもありますが」

 

 悪そうな顔して言うが、きっとまたグダグダな授業が多くなるんじゃないかと予想した。

 

「あっ、先生!」

「やっと見つけた…!ちょっと、先生!今日という今日は一言言わせてもらいますからね!」

 

 廊下の向こうから見慣れた二人の女子生徒が、グレン先生を見つけ駆け寄ってきていた。

 システィーナの表情を見るとなにやら怒っているようだ。

 大方、さっきの授業で錬金術について教えた時に授業の後半に犯罪スレスレ…いやれっきとした犯罪である金モドキを売りつけ小銭を稼ぐ話をしたからであろう。

 

「やれやれ…」

 

 グレン先生は頭を右手で掻きながら、システィーナの説教を受けに二人の話を聞きに向かうと、案の定システィーナの説教が始まる。

 ルミアが隣で苦笑いするが、すぐに離れてオレに話しかけてきた。

 

「キヨト君、グレン先生となに話してたの?」

「まあいろいろとな。大したことは話していない…」

「ふーん…」

 

 あのルミアさん?なんかいつもより距離が近い気がしますが。

 

「なんか、キヨト君って前とちょっと変わった?」

「そうか?」

「うん、ちょっと話しやすくなった」

 

 ちょっと?

 

「あまり変わってない気がするが」

「そうかな~?前は偶に苦笑いしてたけど、まったく笑わなくなったよね。でもそっちのがあってる気がする」

「それはオレの笑顔が気持ち悪いと言ってるのか?」

「そうじゃないよ?なんというか、そっちの方が自然だとおもって」

「そうか」

 

 ま、笑ったことがないオレにとって、無表情でいさせてくれるこの場は楽である。

 

「……でも、キヨト君が笑うところ見てみたいかな、なんて

「ん?何か言ったか?」

「ううん、何でもないよ?」

 

 ルミアの奴、なんか前となにか違うな。理由はよくわからないが。

 

 

 

 

「なあ、白猫。あれなんだが……」

「だから白猫じゃ……いえ、何を言いたいかはわかりますが」

「あの二人……」

「はい、怪しいと思います」

 





→「現実を見ないから矛盾をきたすことになる」

とある宇宙戦艦ものの戦争アニメからとった名言を参考にしました。
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