燃える。
私の世界が燃えてゆく。
私の躯も、傍らの相棒も、深紅の炎の中で、緋緋色に輝いている。
ああ、まるで太陽になったようだ。
相棒の霊体の像が崩れ、輪郭が乱れる。
役目を終えた白霊からソウルが抜け、急速に実体が薄れていく。
虚空に溶けゆくその刹那、確かに彼は私に向かって右手を突き出し、満足そうに頷きながら、親指を立ててみせた。
私は消えゆく彼に微笑み、祈りのジェスチャーをしてみせた。
―永久(とわ)に太陽と共にあれ。さらばだ、相棒(ソラール)
言葉にはしなかった。しかし『届いた』という確信があった。
僅に燐光を残し、彼は自身の世界へと帰還した。
眩暈。揺れる視界と虚脱感。
私はその場に倒れ伏した。
手足に力が入らない。
起きあがれない。その気にすら、成れない。
ソウルの燃え散る臭い。
そこで初めて、私自身の生命点も限界に達していることに気付いた。
ああ、私は死ぬのか。
恐怖は感じない。これまでに幾度と無く体験してきたことだ。
肉体が欠損、損壊し、生命点が尽きる度、肉体は再構築され、篝火で目を覚ます。
自身の人間性を磨り減らして。
だが、今回はもう駄目だろう。
何故なら私はもう、薪の王(グウィン)を『継いで』しまった。
喩えここで燃え尽きても、次に目覚めるのはこの場にある『最初の火の炉』の篝火だろう。
再生された私は目覚める間も無く、織り成す業火に焼かれ、燃え尽きる。
そしてまた、再びこの場で甦る。人間性を摩耗させながら。
そのサイクルが半永久的に続くのだろう。
いずれまた、何百年か先。
火が陰り、新たな『誰か』が王を継ぐまで。
ただ火を維持すること。
『薪の王』とは詰まるところ、『火種』であり、『ふいご』である。
故に、王に玉座は無い。
どうやら、無駄に永く生かされた私にも、ここに至って漸く詰みに達したらしい。
困ったな、もう本当に何も無い。
それは安堵か、それとも諦念か。
魂魄を焦がす灼熱さえ、今の私には慈母の抱擁のように暖かだった。
思えば、不死に為って以来、ずっと背に負う寒気に追いたてられて生きてきた。
寒気。或は冷気。死体が腐敗する時に放つ、死の熱。
ソウルという生命の根幹。背中合わせの死。生命(ソウル)の暗黒面。
―DARK SOULS(ダークソウル)
飲食を拒む膓(はら)、砂を噛むような舌、眠らない髄、色彩(いろ)の無い世界。
篝火の焔と、エストの齎す熱だけが私の縁だった。
だが、それももう終わりだ。
見知らぬ誰かに押しつけられた、『不死の使命』は完了した。
終わりの無い夜が明ける。
眠れぬ夜に這いよる寒気に凍える日々も、終わる。
もう誰も私に石を投げない。
私も何も奪わない。
だから、これで終わり。
これで良いのだ、私の物語(じんせい)は。
これで―
―――――本当に?
墜ちてゆく最期の意識の中。
柔らかく爆ぜる埋火のような、優しげな聲が、静かに聴こえた気がした。
――――――――――
――――――――
――――――
――――
――
―
で。
「何処だ此処は」
“何時もと変わらず”、背を丸め、愛剣を掻き抱くように凭れ、篝火で身を暖めながら、私は誰にともなく呟いた。
何処かの洞の中であろうか。
滴る水滴を遮る、黄金色に輝く不思議な若木の根本で覚醒した。
近くには、外に通じていると思しき大きな門扉と、大量の柩に白骨。
それと粗末な椅子に腰掛ける霊体が居る。
始末すべきだろうか?
パッと見、敵意は感じないが、経験上あの手の手合いは此方の意識が逸れた隙に背後から襲ってくる事が多い。
今なら此方を認識していないように見えるので、神聖クレイモア致命か、長子指輪『神の怒り』で即殺できるだろう。
白教の信徒としては、亡霊、闇霊、ダークレイス、アンデッド、バジリスクは殲滅しておきたい処だが………
まあ、いい。
今は篝火の加護で最低限の護身は保障されている。
それに正直、亡霊はドロップの旨味が薄いし獲得できるソウルの量も多いワケではない。
それに不意打ちからの返り討ちも恐ろしい。
1匹見かけたら最低3匹は待ち伏せしていると考えるべきだ。
リスクとリターンを秤にかければ、この場は放置でも構わないだろう。
今は先ず、状況を確認するのが先決だ。
火継ぎは?ロードランはどうなった?
フラムトは?相棒は?
世界はどうなった?何故、私はここにいる?
知りたい、知らなければ。
足許の水溜まり、その水面。
覗き込んだ私の顔がゆらゆらと揺れる。
そこに映った私の瞳の中心には、仄暗く燃える炎の円環が、はっきりと刻まれていた。
扉を抜けると、そこは何かの遺跡のようで、道中に霧の障壁で隔てられた横路があった。
障壁を解除する為の仕掛けと思われる、奇妙な小鬼の石像が設置してあったが、どうやら作動させる為には何かのアイテムが必要のようだ。
この先 鍵が 必要だ
足許にメッセージを残し、通路を前進する。
軽く探索した先に昇降機を発見した。
先程の亡霊といい、どうにも小ロンド遺跡を思い出す。
懐から『アルトリウスの契約』を取り出し、手の平に握り締める。
特に意味は無い。単なる、感傷だ。
昇降機を昇った先にはまた扉。
隙間からは外の光が滲んでいる。
私は逸る心を抑え、鉄扉を開いた。
何処だ此処は
同じ疑問。
雄大な原野に、吹き抜ける風。
差し込む陽光に翳り無く、無限に拡がる透き通る蒼穹(そら)
地平の向こうに聳える、輝くあの黄金の巨木はなんだ。
あんなモノは、アノール・ロンドでも、古きウーラシールでも、見たことはない。
ここは………ロードランではないのか?
途方に呉れ、ぺたりと座り込む私に近づく者が一人。
『ヴァレー』と名乗った白磁の面のその男は慇懃で、何とも胡散臭い人物だった。
カタチだけ取り繕われた礼は明かに無礼であったが、まあ気にする程のことでもないだろう。
ロードランではどれだけ礼を尽くそうが殺し合いになる時はなるし、逆に非礼を働いて反感を買っても懺悔一つで和解することもある。
まあ何もしていなくともケツを蹴り上げてくる輩も居るが、それは些細なことである。
但しペトルスとロートレク、そしてチェスター。貴様らは駄目だ。
ヴァレーからの情報は思いがけず有益だった。
『黄金樹』『エルデンリング』『狭間の地』『デミゴッド』『ストームヴィル』『老醜のゴドリック』
『祝福』『巫女無し』『導きの光』『円卓』そして、『褪せ人』
いかんせん、情報量が多過ぎて理解しきれないこともある。
とは言え、地図と方角、大まかな位置情報が知れたことは有り難い。
そして確信できた。
此処はロードラン………いや、『私の世界』ではない。
洞窟内の篝火で転送を試そうとしたが、『行き先』が指定出来なかった。
恐らくこの狭間の地は、『王の器』のチカラの及ばぬ場所なのだろう。
ヴァレーは私が『褪せ人』なのではないかと期待していたようだが。
生憎、この身は祝福だとか呪いだとかはもう人間性が磨り減るくらいに一杯一杯である。
巫女とやらも円卓とかいう場所も、私とは縁遠い存在だろう。
ヴァレーに礼をし、その場を離れた。
篝火が一ヶ所だけとは考えられない。
きっと他にもあるだろう。
残念ながら、『祝福』とやらは私には作動出来なかった。
兎に角、拠点となる場所を探そう。
出来れば雨露の凌げる所が良い。
その後は、ぼちぼちロードランに帰還する方法を考えなくては。
ロードラン。ロードランに帰還。
帰還、出来るのか?
帰還出来たとして、それでどうする?
また、火の炉へ飛び込むのか?
導きの蛇よ、太陽の子よ、暗月よ。
我が友ソラールよ。
私はどうすれば良い?
――――――――――
歩兵が騎馬兵に勝てるワケないだろいい加減にしろ。勝てたわ。
なんだったんだ………
篝火の気配を辿って近くの街道らしき場所を北に歩を進めれば、突如として巨馬に跨がった重装の騎兵に襲われた。
『デカい』とは『強さ』だ。
頭上から振り下ろされる膂力と、暴れ回る騎馬の馬力から齎される破壊の嵐は、さながら竜巻のようだった。
私は早々に近接戦を諦め、中距離攻撃に切り換えた。
『暗月のタリスマン』『宵闇の指冠』『太陽の長子の指輪』を装備。
「差し伸べる先に、稲妻よ在れ!!」
『雷の槍』『雷の大槍』
1発。2発。3発。幾度と無く雷を投射し、ようやく僅に体勢が崩れた。
「滲み出る膿!呪詛の吐息!厄災の瞳に魅入られ、剣よ踊れ!!」
『墓王の大剣舞』
黄金の騎馬兵の足許から巨剣が大地を穿ち顕れ、騎兵に無数の裂傷を与える。
騎馬の動きが、完全に停まった。
私は全力で最短距離を駆け抜け、クレイモアを振り抜いた。
騎兵が斧槍を振りかぶるのと、私の剣が騎馬の四肢を切断するのは同時だった。
落馬した騎兵に、私は躊躇無くクレイモアを突き立てた。
黄金の騎馬兵は、声を上げることも無く消滅した。
僅な、本当にささやかなソウルを遺して。
緊張の糸が切れる。
「恐ろしい地だ………」
――――――――――
夕刻。
黄金騎兵を倒したあと、這う這うの体でその場を去り、更に北上してきた。
冷える躯にエストの熱を流し込み、寒気を祓う。
おかしい。
私は、王に成った。
白教の使命の通り、『注ぎ火の秘儀』を手に入れた。
故無き騎士の遺言の通り、目覚めの鐘を鳴らした。
不死の使命の通り、アノール・ロンドより王の器を持ち還った。
フラムトの要求に従って、王のソウルを簒奪した。
クラーグを、シフを、マヌスを、アルトリウスもオーンスタインも。
その他、大勢のヒトも、ヒトでなしも、手にかけた。
そして、火を継いだ。
私の不死としての役目は、完遂した筈だ。
私の物語(じんせい)は、終わった筈だ。
なのに、何故、私は未だに凍えているのだ。
夜は明けたのではなかったのか。
闇を抜けた先には、光があるのではなかったのか。
私にこれ以上、どうしろと言うのだ。
寒い。
この地、『リムグレイブ』は、どうもおかしい。
生命は溢れているのに、ソウルの気配をほぼ感じない。
ロードランではあれほどソウルに満ちていたのに。
あの騎馬兵もおかしかった。
あれだけのチカラを持ちながら、倒して獲られたソウルは雀の涙。
病み村のヒルと同程度の量しか吸収出来なかった。
この世界ではソウルが生命の根本原理ではない?
ナニか、私の既知の外の『律』によって、『生かされて』いる?
そんな気がする。
疑問は尽きない。
――――――――――
篝火を見つけた。
朽ちた廃墟。
嘗ては何かの寺院だったのだろう。
会話可能な人間も見つけた。
『カーレ』と名乗った。放浪の商人らしい。
そういう一族なのだとか。
彼自身は好感を持てる人物だ。
少なくとも悪意は感じない。
しかし、何と言うか、彼からは不可思議な熱を感じる。
火の気配。
篝火とは異なる、どちらかと言えば、呪術の火に近いだろうか?
侮り難い。只人ではあるまい。
カーレは気さくで、様々なことを教えてくれた。
この場所は『エレの教会』と言うらしいこと。
ここより更に北に『嵐の関門』、やや東寄りに『関門前の廃墟』と呼ばれる遺跡があり、そこにも篝火が在ること。
この地の住人は、ソウルではなく、『ルーン』と呼ばれるモノを通貨として使っていること。
昼間に戦ったあの黄金の騎馬兵は『ツリーガード』と言う、この辺りでは名の知れた強者であったこと。
倒した、と言ったらとても称賛された。
まあ、雷が通じる分、霊廟の聖獣よりは楽だった。
取り敢えず、商人相手ということで、取引を求めてみた。
『ルーン』というモノを手に入れたいので、不要品を買い取って貰えないか所持品を見せてみる。
各種苔玉、緑化草、投げナイフは二束三文。
火薬壷、黒火薬壷は褪せ人に需要があるらしく、多少色が付いた。
あとは大量に死蔵していた、ギザギザ刃、バトルアクス、スピア、ラージレザーシールド、クロスボウ、亡者装備、バルデル騎士の装備etc.etc...
解呪石と金貨は高値が付いた。ロイド神さまさまである。
総額で結構な収入を獲たので、替わりに私は『ツール鞄』と周辺の地図を購入した。
食物等も勧められたが、断った。
どうせ消化出来ない。
カーレが語るには、今この地は、『エルデンリング』の破壊と、その破片を巡るデミゴッド達の争乱の影響で、荒廃しつつあるのだとか。
特に今、最も脅威となっているのが、先のヴァレーの情報にも有ったデミゴッド『ゴドリック』と、その兵隊であるストームヴィルの軍勢らしい。
正直、ゴドリックにも、この地の戦にも興味は無いのだが。
聞けばゴドリックはエルデンリングの破片たる『大ルーン』の一つを所持していると言う。
特別強大なチカラを持つという『大ルーン』
それを使えば、或いはロードランに帰還することも出来るだろうか?
クレイモアの刀身に身を預け、篝火に当たる。
独りではない夜は、久し振りだった。
――――――――――