Doctor Strange: Chains of Revelation   作:Mr.グッドマン

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ドクター。取り戻す。

空が、淡い藍から橙へと変わる頃――

焚き火の炭はまだわずかに燻っていた。

 

私は静かに目を開けた。

そして、そっと手を握り、夜のうちに顕現させた光の感触が、まだ指先に残っていることを確認する。

 

遠くで、鳥の声がした。

 

そして間もなく、

ジクが無言で肩を伸ばしながら起き上がり、

ブルダがまだ片手に包帯を巻いたまま、荷物の整理を始めていた。

 

「……おはよう、医者先生。」

 

ブルダがあくび混じりに笑いながら声をかける。

昨日の傷は、しっかりと閉じつつある。

やはり、あの料理と生命力はある意味“魔術”だったのかもしれない。

 

「今日から、東の森に入る。」

 

「リュトメルまでの道、簡単じゃねぇが……もう戻る道はねぇしな。」

 

カトラはすでに荷車の横で起動を終えていた。

 

「外部気圧:正常。生体反応:安定。

心拍数……“緊張しながら希望を抱いている”モードと判断。好きです。」

 

トレムは、昨夜遊んだ子どもと、ささやかに蔦で握手を交わしていた。

まるで「さよなら」よりも「またね」に近い仕草で――

その一歩が、あの子の中の世界を変えるきっかけになるかもしれなかった。

 

「……さあ、進もう。」

 

「“調和の天秤”が、また揺れ始めた。

次はどちらに傾くのか――歩かなければわからない。」

 

焚き火を崩し、荷をまとめ、

一行は再び、東へ向かって歩み始める。

 

草原を抜け、森の入り口へ――

その先に、“自分たちの居場所”を探す旅が続いていく。

 

車輪が軋む音が、森の静けさをかすかに揺らしていた。

朝露をまとった草の道を、馬車がゆっくりと進んでいく。

 

中ではそれぞれが穏やかに過ごしていた。

 

カトラは腕の機器をメンテナンスしている。

ブルダは片手で果物を剥きながらトレムに勧めている(彼女は反応に困っていた)。

ジクは前方の木々を警戒しつつ、手綱を握っている。

 

――そして私は、

再び、瞑想に入っていた。

 

目を閉じる。

空気を読み、世界の“深層”へと意識を沈めていく。

 

「……“エルドリッチ・ライト”は呼べた。

扉は、確かに開き始めている。」

 

しかし私は考えていた。

あの扉は、ただ魔力を通す通路ではない。

 

それは――

 

“異なる存在たちの声”が届くための門でもある。

 

「もし――

私が再び、“契約”を結べるのだとしたら?」

 

「この世界の魔法が弱く、拒絶されるのならば――

“向こう側の力”を、直接現世に呼び込めばいい。」

 

これまでの魔術――

それは、構築、変換、変性の連続だった。

 

だが、“召喚”とは、存在そのものの影響を直接受け入れる契約。

 

“契約魔術”は、術者の存在をも変質させる。

 

精神に刻まれ、体を媒介にして存在が流れ込む――

それは、“選ばれる者”の魔術。

 

「異次元に名を持つ者たちよ――

サイトラック、アイコン、ウィナーホ、ダナク……」

 

「貴様らのうち、

私を覚えている者がいるのなら――

再び契約を、結ぼうじゃないか。」

 

空間が、わずかに揺れた気がした。

だがそれはまだ“返答”ではない。

この世界と多次元の位相が完全に重なるには――もう少し、深く踏み込む必要がある。

 

「私は、“かつてのソーサラー・スプリーム”だ。

再び、お前たちをこの手に。

再び、“この世界を守るために”。」

 

外界の光が瞼をくすぐる。

 

瞑想を終える頃――

私はひとつの確信を得ていた。

 

“この世界でも、異次元との契約は可能だ。”

 

“問題は、何を代償に、どれだけの力を引き出せるか――”

 

車輪が跳ねる音を遠くに聞きながら、

私は再び、瞑想の中に沈んでいた。

 

光ではなく、闇でもなく――

ただ、深さだけが存在する空間へと意識を落としていく。

 

「サイトラック――紅の力の主よ。」

 

「私はかつて、貴様の名を呼び、

束の力を我が手に宿した者だ。」

 

静寂が広がる。

 

しかし、それは虚無ではない。

 

確かに、“何かがこちらを見ている”。

 

「今、私は別世界にいる。」

 

「この世界は、私の力に応じぬ。

だから私は、“貴様の力”を再び求める。」

 

一瞬、耳鳴りが走る。

 

空間が、裂ける。

 

音もなく、色もなく、

ただ空間の“密度”が変わったのがわかる。

 

「……《束を欲するか》」

 

それは、声ではなかった。

 

音と知覚のあいだにある“圧力”――

心の深層に直接刻み込まれる、異次元存在の意思。

 

「ああ。“束を欲する”。

再びこの手に、紅鎖を。」

 

「《代償を払え》」

 

「代償として――我が術の門を一つ閉ざそう。

貴様の力を使うたび、我は他の力を使えぬ。

その制約に、我が意思を縛ろう。」

 

沈黙。

 

そして次の瞬間――

 

紅い光が、世界の“底”から湧き上がった。

 

それは火でもなく、血でもなく、

ただ“力そのもの”が、紅の鎖となって私の両腕に巻き付いた。

 

「《契約は成立した》」

 

「《束を以て、縛れ。破壊せよ。》」

 

私は目を開ける。

 

周囲は何も変わらない。

 

だが、自分の中に異質な力が流れ込んだ感覚は、はっきりと残っていた。

 

「――再び、“束”を手にした。」

 

「異世界でも、“私の戦い方”は変わらない。」

 

静かに手を握る。

今なら、必要なとき――クリムゾンバンドを呼び出すことができる。

 

ただし、その間、

他の魔術は封じられる。

 

それがこの“契約”の代償――

だが、それでも構わない。

 

森の中、馬車は静かに進んでいた。

 

視覚は閉ざし、意識をさらに奥へと沈める――

世界の表層を越え、多次元の残響に耳を傾けるように。

 

「……サイトラック、応えよ。紅き鎖よ、我が意志と重なれ……」

 

そのときだった。

 

「よっ――!」

 

唐突に、隣から肩をわしっと掴まれる。

 

「ねぇストレンジ、真顔で座ってるとさすがにツッコミたくなってさ――うわっ!?」

 

瞬間、何かが“弾けた”。

 

ドンッ!!

 

紅の魔力が、反射的に空間を割って噴出する――!

 

異次元から引きずり出された“束”が暴走のように絡みつき、

ブルダの両腕と胴をぐるぐると拘束した。

 

「……っ!?

しまった、契約魔術が反応した――!」

 

「えっ!?ちょ、ちょっと!?これ、なに!?何なの!?めっちゃ縛られてんだけどぉぉ!!」

 

馬車の中が凍りつく。

 

トレムが口をあんぐりと開け、

カトラはすっと現れて呟く。

 

カトラ:「異次元出力・不意発動。制御不能。

緊急プロトコル?存在しません。」

 

「……お前、なんかヤベェもん呼んだのか?」

 

「……軽く呼ぶつもりだった。

ただ、“触られると危険”なのは今後ちゃんと周知徹底しよう。」

 

「いやいやいや!?私、悪気なかったって!

ごめんって!ごめんごめん!縛るな!変な性癖じゃないからあたし!!」

 

ストレンジは無言で手を振り、紅鎖を解いた。

 

ブルダの拘束が解け、手からでていた紅い扁平状の職種が消えていく、

 

彼女はゼェゼェと息をしながら、

それでも笑っていた。

 

「アンタさ……魔術、前よりヤバくなってない?」

 

「……自覚はある。」

 

“力”を取り戻すとは、“かつての制御”を超えて行くことだ。

 

 

ー ー ー

 

 

森道の緩やかなカーブを曲がったその先。

数人の影が、道を塞いでいた。

 

粗末な装備、血走った目、

そして何より、「武器を持った者しか出せない“殺気”」が漂っていた。

 

「チッ……野盗だ。馬車狙いか。」

 

「小火器、大砲、魔術感知:ゼロ。

おそらく徒党を組んだだけの寄せ集め。弱いです。」

 

「おい、止まれェ!!

その荷車と獣人女、置いてけェ!!」

 

「……は?」

 

「……」

 

トレムが彼らをじっと見る。

 

その時、私はふっと微笑んで立ち上がった。

 

「ほう……これはありがたい。」

 

「……何がありがたいんだよ。」

 

「新しく契約した“力”、ちょうど試したくてウズウズしていたところさ。」

 

「……ちょっと静かにしててくれ。

今から実験開始だ。」

 

私は、馬車から一歩前へ。

 

野盗たちが戸惑う中、両腕をゆっくりと掲げ、呟く。

 

「サイトラックよ。私に力を。」

 

空気が震えた。

 

紅の光が螺旋状にねじれながら腕から放たれ、

野盗たちの足元から跳ね上がるように絡みつく!

 

「うわあああっ!?な、なんだこれぇ!!」

 

「動けねぇっ!?手が……手が抜けねぇ!!」

 

「おい、斬れねぇぞ!?これ、なんだよぉぉっ!!」

 

ストレンジは腕を交差させ、鎖を“編む”。

 

紅の束は空中で花のような結び目を作り、

複数の敵を同時に拘束する絵画のような陣形を展開していた。

 

「ああ、なるほど。

この国でも、力は通じる。

だが“力の通路”は脆い。まだ不安定だ。」

 

「よし、テストは合格。」

 

「お前……ちょっと楽しんでないか?」

 

「医者だった頃もね――

手術の成功を見ると、少しだけ楽しかったもんさ。」

 

野盗たちは文字通り“縛られたまま”呻いている。

 

「……どーする?こいつら。」

 

「正直面倒だな。」

 

「害意消失。処分はお任せします。」

 

トレムは蔦を動かしながら、

足元に落ちたナイフで地面に“顔文字”のような模様を描いていた。

 

「とりあえず……通報するまでもない。

この“束”は、数時間は解けないからな。」

 

「その間に……じっくり反省するがいい。」

 

馬車は再び動き出す。

 

その背後に、紅鎖に絡まれた野盗たちの情けないうめき声だけが、森にこだました。

 

 

ー ー ー

 

 

陽は高く昇り、風はやや湿り気を含んでいた。

遠くにぼやけた山脈が見える。

その先に“目的地”があると信じるには、まだ少し距離がありすぎる。

 

だが、一行は確かに前進していた。

 

「……そろそろ次の宿営地を探す。

前方に、廃村を改築した“旅人の止まり場”があったはずだ。」

 

「ん〜!やっと一息つけるかねぇ!

そろそろちゃんとした釜が欲しいわ!」

 

「主。周辺に高エネルギー反応はありません。今のところ、安全圏です。」

 

「そういう言い回し、毎回“今のところ”が一番信用ならん。」

 

「……ト、レム……♪(ストレンジの膝の上に草冠を乗せる)」

 

「……それは、どこから摘んできた。」

 

馬車は草原を越え、緩やかな丘陵を登っていた。

 

青みがかった空。

揺れる黄金の草。

どこまでも穏やかな風――だが、その静けさに、誰もが少しだけ言葉を失っていた。

 

そんな中、ぽつりと声が響く。

 

「ねぇ、ストレンジ。」

 

「……なんだ?」

 

「アンタさ、前の世界で何してたの?」

 

ストレンジは、手にしていた旅路の地図を一度たたんだ。

それから、顔を上げずに返す。

 

「……色々と、厄介なことを。」

 

「ふーん……それで?

ほら、“魔法使いになる前”の話さ。」

 

しばらくの沈黙。

 

馬車の車輪が草をかき分ける音だけが続く。

 

「……医者だったよ。」

 

「へえ、やっぱりね。

なんかそれっぽい雰囲気はあると思ってたんだ。」

 

ブルダがにやりと笑って、手を膝に置く。

だが、その笑顔を見ても、ストレンジの目元は曇ったままだ。

 

「じゃあさ、なんで魔法使いになったの?」

 

――質問が、少し深く刺さった。

 

ストレンジはふっと短く息を吐き、口角だけを少し上げる。

 

「不幸と傲慢と、事故と過ち。

あとは……それを帳消しにしたくなった、バカな感情論だ。」

 

「詳しくは語らんよ。話しても気分が良くなるものでもないしな。」

 

ブルダはしばらく、彼の横顔を見ていた。

 

それからふっと立ち上がり、車輪の横に座り直す。

 

「ま、誰だって過去のひとつやふたつあるってもんさ。

聞いた私が悪かったね。忘れてちょうだい。」

 

「……忘れるのが得意なら、私はもっとマシな魔術師だったよ。」

 

風がまた、草を揺らした。

 

空は美しく、道は静か。

けれどその馬車の中には、誰にも語られない傷跡が、確かにひとつ残っていた。

 

草を渡る風が、一行の間に漂う沈黙をなぞった。

 

ストレンジはもう何も言わず、目を閉じていた。

ブルダも気まずそうに頬をかき、空を見上げて口をつぐんでいる。

 

そんな中、荷台の縁にいたジクが、ぽつりとつぶやいた。

 

「……そういや、そろそろ狩猟に適した獣が出てくる時期だ。」

 

その声は、まるで“ちょっとした知識”を何気なく共有するような調子だった。

だが、あまりにも唐突すぎて、誰もが一瞬きょとんとした。

 

「へっ?……なに、急に?」

 

「このあたりの気候だと、南の森に“野鹿”が出る。

旅人の止まり場には、塩と煙干しの設備も残ってるって話だ。」

 

「……ふむ。今の私に狩りの腕があると思うか?」

 

ジクは肩をすくめて笑ったように言う。

 

「あんたが狩るんじゃない。狩られる側だ。」

 

「冗談指数、約12%。好感度、微増です。」

 

「……ト、レム(鹿の角のジェスチャー)」

 

ストレンジはふっと笑った。

ようやく、場の空気が解けた。

 

ブルダもすっかりいつもの調子に戻り、ストレンジの背中を軽く叩く。

 

「まーたキザに決めてくれちゃって!

よし、狩りがあるなら張り切って仕込みしてやるよ!」

 

その後、馬車は丘を越え、

小さな村跡の廃屋群が、遠くに見えてきた。

 

次の宿営地、そして新たな出会いが待つ場所。

一行は、再び前を向いて進み出した。

 

 

ー ー ー

 

 

日が傾く頃、丘を越えた先に、それは現れた。

 

小高い土地に建てられた、木と石の混合建築。

簡素な城壁に囲まれ、仮設の露店や屋台が連なっている。

旗印や紋章もまばらだが、人の気配はある。

 

この場所は、かつての小規模な村を**“中継地点”として改修した集落**。

遠方からの旅人や獣人たちが、金や物資をやり取りする“商いの交差点”として機能していた。

 

「おぉ〜……なんか久々に“焼きたてパン”のにおいがする……!」

 

「周辺、監視対象:24体。武装比率:低。

 主、この場所は比較的、平和です。」

 

だが、手元には金がない。

 

逃亡奴隷が「買い物」をするには、まず“信用”か“力”が必要だ。

 

そんな中、ジクがふと人混みの外を見ながらつぶやいた。

 

「……あの丘の裏、魔物が出るって噂がある。

 近くの森で“羽蟲獣”が現れたって、露天の奴が言ってた。」

 

「羽と獣と虫。まともな分類を諦めた命名だな。」

 

「一体でも仕留めて戻れば、肉か素材と交換できる。

 それで“初期資金”にしようぜ。」

 

「おっしゃ!だったら行くしかないでしょ!

 あたしもついてくよ!こーいうの、燃えるんだわ。」

 

「私はトレムと拠点に残ります。物資整理、および戦闘圏外待機。

 ……それに主がいない間、彼女、黙って待ってる気がしませんので。」

 

ストレンジは軽く俯いたトレムの頭を撫でる。

 

「留守番は頼んだ。……お土産に“何かキラキラしたもの”でも探しておこうか。」

 

「……ト、レム。」

 

こうして、狩り部隊:ストレンジ+ブルダ+ジクの三人は、

町の外、森のふちにある“魔物の出没地帯”へと向かう。

 

森の匂いが、かすかに変わった。

 

湿った土と草木の香りの中に、

ほんの少しだけ混ざる“獣の息”のような生臭さ。

 

私は立ち止まり、目を細めた。

木立の合間に陽が射し込むが、下草は妙に折れ伏していた。

 

何かが――重い何かが、通った跡だ。

 

その時、ジクがしゃがみこんだ。

 

「……あった」

 

そう言って、彼は茂みの奥を指さした。

 

私も屈みこみ、視線をやった。

 

そこにあったのは――新鮮なフンだった。

 

それは異様な大きさで、湯気すら立っていた。

形も不自然で、細かい繊維質が混じっている。

 

私は口元を押さえながら、拾った枝の先でそれを軽く崩した。

 

「……金属光沢の羽根片。

鱗か羽根か……どちらにしても、鳥でも虫でもないな。少なくとも分類上は。」

 

「食性は肉食か……腸内細菌も強い。これは……嫌な相手だ。」

 

ジクは周囲を見渡し、木の幹を指差した。

そこには、うっすらと螺旋状の爪痕が残っていた。

 

「こいつ、木に登ってるな。移動もそこそこ速いはずだ。」

 

「飛ぶか、滑空か……

いや、それより問題なのは、我々が今“この獣の縄張りの中にいる”ってことだ。」

 

私はゆっくりと立ち上がる。

 

ブルダが少し離れてから、眉をひそめて言った。

 

「ちょっとあんた……いくらなんでも、

糞からそんなに分析できるのって、どうなの……?」

 

「消化器系の観察には少々心得がある。

君も見習ったらどうだ? 飯を作るにも、排泄の理は重要だ。」

 

「いらないっての!」

 

ブルダは肩をすくめてそっぽを向いたが、

その頬はどこか紅く染まっているような気がした。

 

私は視線を空に向ける。

木々の間から覗く空はまだ青い。けれど、空気には微かな緊張が混じりはじめていた。

 

ジクは、爪痕のついた幹をじっと見つめていた。

そして小さくつぶやく。

 

「……この木の傷、乾いてないな。二時間前。いや、一時間……」

 

私は横目で彼を見た。

彼は指先で傷をなぞり、すぐ近くの枝葉をつまみ取る。

 

「樹液がまだ糸を引いてる。

通ったのは“片足だけの接触”。つまり、地面から一度飛び、木肌に爪を引っかけて、すぐに離れた。」

 

「つまり?」

 

ジクはひと言、答えた。

 

「跳躍型だ。羽根は飾りみたいなもんだな。

こいつは、“滑空しながら奇襲してくる”タイプの獣だ。」

 

私は小さくうなずく。

 

「接近戦に持ち込ませたら危険だな。

距離をとって魔術で焼き払いたいところだが、

あいにく今の私の魔力は“節約モード”だ。」

 

「距離を取るなら、誘導と分断が要る。

飛びつきを読めれば、逆に隙を作れるかもしれん。」

 

ジクはそう言いながら、糞のあったあたりをぐるりと見渡す。

 

「こいつ、地面には巣を作らない。

木の裏、あるいは“枝の空洞”に一時的な巣を作る傾向がある。」

 

「つまり、姿を現すのは狩りの直前――」

 

「……そうだな。もう、出てくるかもしれない。」

 

その声に、ブルダがぐっと表情を引き締める。

 

私は呼吸を整えた。

空気が変わった。風が――一瞬だけ、止んだ気がした。

 

気配が濃くなる。

 

これは、間違いなく“来る”。

 

枝葉の隙間から、一瞬――“影”が走った。

 

次の瞬間、空気が裂ける音とともに、何かが私たちの頭上に落ちてきた。

 

それは、まるで――弓を極限まで引き絞った後の“反動”のようだった。

 

「来たぞ――!」

 

私が叫ぶより早く、ジクが即座に銃を構えた。

 

バネのように跳ね下りてきたのは、

バッタと狼を混ぜたような異形の獣。

 

硬質な脚部、鋭く光る目、そして金属じみた鱗羽。

それが地面を砕く勢いで着地したかと思えば、刹那の跳躍でジクに襲いかかる。

 

「――チッ!」

 

ジクが引き金を引いたが、弾は撃ち出される前に、

魔物の“蹴り上げる脚”に弾き飛ばされた。

 

乾いた金属音。ジクの銃が、無惨に地面へ転がる。

 

彼は肩を打ちながら後方に倒れたが、すぐに体を翻して身を守る構えを取る。

手早い。だが、それでも対応が追いつかないほど、敵は速かった。

 

ブルダが飛び出す。

 

「この――!!」

 

彼女の太い腕が、大木を叩き折るような勢いで振るわれた。

だが、その一撃が触れる寸前で、魔物は身体をひねって空中へ舞い上がる。

 

地を踏み鳴らし、瞬時に背後へ回り込むその動きは――明らかに、人の想定を超えている。

 

ブルダは苦々しく舌を打った。

 

「速い……っ!追えない……!」

 

魔物は空中で旋回しながら、枝から枝へと飛び移っていく。

その動きは虫のようであり、獣のようであり、何より“狩人”のそれだった。

 

私は地面を滑るように後退しながら、

掌に魔力を集めていく。

 

「……さて、どう料理してやろうか」

 

枝の影から、ギラリと光る眼がこちらを覗いている。

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