Doctor Strange: Chains of Revelation   作:Mr.グッドマン

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ドクター。安らぎの時。

広場へ戻ると、

かがり火の近くで待っていた仲間たちの姿が見えた。

 

ブルダは壁にもたれかかり、

腕を組みながら空を見上げていた。

 

トレムはその足元で、蔦を丸めて座っている。

カトラは荷車の影に静かに佇み、

夜空のデータでも収集しているのか、無表情で空を見上げていた。

 

私たちが近づくと、

ブルダが気づいて顔を上げた。

 

「おかえり!

 ……って、ちゃんと生きてるじゃん。よかったよかった。」

 

私は肩をすくめる。

 

「たかが夜市だ。

 戦場じゃない。」

 

ブルダはニヤリと笑った。

 

「アンタたちなら、市場でも一悶着起こすかと思ったけどね。」

 

ジクが小さく鼻を鳴らす。

 

「起こしかけたがな」

 

「……どんな顔して言うんだか」

 

ブルダが呆れたように笑った。

 

トレムが小さく蔦を伸ばし、

私の外套の裾をちょんちょんと引いた。

 

私は目線を落とし、彼女にだけ聞こえるように言った。

 

「心配には及ばない。

 問題なく、戻った。」

 

トレムは、ほっとしたように蔦を揺らした。

 

カトラは、こちらを一瞥し、

事務的に一言だけ告げた。

 

「帰還確認。主たち、異常なし。」

 

無機質な言葉。

けれどそれは、今の私たちにとって、何より温かい報告だった。

 

私は一同を見渡すと、小さくうなずいた。

 

「……行こう。

 宿へ向かう。」

 

それぞれ荷物を持ち直し、

誰からともなく歩き出す。

 

街の外れにひっそりと建っていた宿は、

年季こそ感じられるものの、どこか温かみを湛えていた。

 

粗削りな石壁。

木の扉には手彫りの花模様。

窓辺には、古びたレースのカーテンが揺れていた。

 

中に入ると、

柔らかなランプの灯りが迎えてくれた。

 

壁には、かすれた絵画と小さな乾燥花。

床は少しきしむが、踏みしめるたびに妙な安心感がある。

 

暖炉には弱々しい火が灯り、

小さな空間ながらも、人の手が丁寧に入れられていることが伝わってきた。

 

カウンターの奥にいたのは、

小柄な中年の男だった。

 

丸い眼鏡をかけ、

毛糸のベストを着込んでいる。

 

年齢の割に柔らかな声で、

ストレンジたちに向かって穏やかに微笑んだ。

 

「いらっしゃい。

 おや、旅のお方だね?」

 

私は一歩進み、

カウンターに手をかけた。

 

「部屋を取りたい。四人と……一体。

 できればまとめてだ。」

 

男は笑いながら、

レジ横の帳簿に指を滑らせる。

 

「ちょうど空きがあるよ。

 大部屋だけど、君たちだけで使える。

 ……なに、壁は厚いから、隣の音も気にならないさ」

 

ジクが肩越しに小さくうなずいた。

 

私は一息つく。

 

「助かる」

 

カウンター越しに帳簿を書き終えた主人は、

ランプの灯りに目を細めながら話しかけてきた。

 

「……今は旅人も減ったからねぇ。

 この町も、昔はもう少し賑やかだったんだが」

 

私は軽く相槌を打った。

 

「人が減った理由は?」

 

主人は小さく肩をすくめる。

 

「戦争さ。国境が近いからね。

 おまけに獣の被害も増えた。

 ……あんたたちも、くれぐれも森には近づかないほうがいい」

 

「心得ておく」

 

私はそう答えながら、ふと尋ねた。

 

「……それと、もう一つ。

 風呂は、あるか?」

 

主人は一瞬、きょとんとした顔をした。

そして、申し訳なさそうに笑った。

 

「はは、悪いがね。

 こんな辺境の宿に、そんな高級なもんは置いちゃいないよ」

 

私は心の中で小さくため息をついた。

 

まあ、予想はしていた。

 

その時、隣で聞いていたジクが、

カウンターに身を乗り出す。

 

「なら、湯だけでももらえねぇか?

 桶と布があれば、自分たちでどうにかする」

 

主人はジクを見て、ぱちぱちと瞬きをしたあと、

ニッと笑った。

 

「なるほど、そういうことなら。

 裏手に井戸がある。

 火を起こして湯を沸かす設備くらいは残ってるよ。

 少し待ってな、桶と布を持ってきてやる」

 

ジクは小さく頷き、

私に目配せした。

 

主人は軽快な足取りで裏手へと消えていった。

 

暖炉の火のパチパチという音だけが、

穏やかに室内に満ちていた。

 

外ではまだ、夜市のざわめきが遠く響いていたが――

この宿の中だけは、違う時間が流れているようだった。

 

カウンター前には、

しばらくして誰もいなくなった。

 

主人は裏手で湯を準備している。

その間、私たちは、くたびれたベンチに腰掛けていた。

 

ブルダは大きなため息をつき、

膝をぱんぱんと叩く。

 

「はぁ……早く湯にありつきたいよ。

 今日一日、汗かきっぱなしだったもん」

 

「熊の汗は……さぞかし芳しいのだろうな」

 

私は無表情でそう呟いた。

 

ブルダは、わざとらしくショックを受けたふりをする。

 

「なっ……!?

 そんな言い方しなくたっていいじゃん!」

 

「むしろ、褒めているつもりだったが?」

 

私は肩をすくめた。

 

「――自然の香りだ。人間では到底真似できない」

 

ブルダはしばらく固まり、

やがて苦笑交じりに拳を振り上げた。

 

「こりゃあ後で、桶の中に突っ込んでやらなきゃな!」

 

ジクはそのやり取りを見て、くくっと喉を鳴らして笑った。

 

ふと、ジクが静かに話題を変える。

 

「……それで。

 明日はどうするつもりなんだ?」

 

私は膝に肘を置き、

少しだけ遠くを見る。

 

「とりあえず、休もう。

 ここ数日間は休めてないだろう。」

 

「そこから先は?」

 

私は小さく笑った。

 

「考えていない。」

 

ジクはあっさりと頷いた。

 

「そりゃ、そうだな。

 この世界で確かなもんなんざ、ひとつもありゃしねぇ」

 

ブルダが膝を抱えながら言った。

 

「けど、こうしてみんなで旅してるとさ……

 “どこへ行くか”ってのより、“誰と行くか”の方が大事な気もするんだよね」

 

私はちらりと彼女を見る。

 

「――理屈を超えて、か」

 

「うん。

 理屈なんて超えちゃっていいくらい、あたしら変なメンツじゃん?」

 

「否定はできないな」

 

私は静かに笑った。

 

そのとき、

裏手から湯気とともに、主人の声が聞こえた。

 

「お待たせ、湯が沸いたよー!」

 

バシャバシャと桶を運ぶ音。

木の床に湯気の匂いが流れ込んでくる。

 

私は立ち上がりながら、

軽く一言、皮肉を吐いた。

 

「さて……“高級リゾートのスパ”とまではいかないが。

 この世界では、温かい湯に浸かれるだけでも奇跡だな」

 

ジクが肩を震わせながら言った。

 

「言えてる」

 

主人がカウンター脇に置くと、

トレムがすぐに反応した。

 

彼女は、小さな体を精一杯伸ばし、

蔦をふわりと伸ばして、桶の取っ手に絡みつける。

 

「……ト、レム!」

 

ぎゅっと蔦を巻きつけ、

ずるずると苦労しながら持ち上げる。

 

私は微笑を浮かべながら、軽く訊ねた。

 

「運べるか?」

 

トレムは、フードの中で必死に頷く。

その姿は、見ていて心配になるほど一生懸命だった。

 

その横で、カトラが無表情に口を開く。

 

「積載重量計算中。……許容範囲ギリギリ。

 警告:転倒リスク28%。主、注意が必要です。」

 

ジクが苦笑しながら言った。

 

「……心配してんのか、してないのか、わかんねぇな」

 

カトラはぴたりと首を傾け、

淡々と付け加える。

 

「心配ではありません。

 主のストレスレベル増大を回避するための推奨行動です。」

 

私は溜息混じりに呟く。

 

「……ありがたい助言だが、君の言葉選びは

 毎度どこか心が死ぬな」

 

カトラは、当然のように返した。

 

「自己認識、更新中。“ブラックジョーク好評”」

 

こうして、

トレムが桶を懸命に引きずり、

カトラが冷静に警告を飛ばし、

私たちは湯気の立つ荷物を抱えて、宿の奥へと向かうことになった。

 

廊下には、

木の香りと、ほんのり湿った湯気の匂いが漂っていた。

 

重い木の扉を押し開けると、

ふわりと、温かな空気が迎えてきた。

 

そこは、粗末ではあったが、

妙に落ち着く大部屋だった。

 

床は無垢の木材で組まれ、

ところどころ年季の入った節が顔を覗かせている。

 

壁には、

乾いた蔦を編んだリースや、

色あせた羊毛のタペストリーが掛けられていた。

 

天井には、小さな梁が這い、

そこに吊された数本の蝋燭が、ぽつぽつと灯っている。

 

蝋燭の光は、

眩しすぎず、

それでいて影を濃くすることもなかった。

 

柔らかな暖色。

肌に優しく染み込むような光。

 

目を細めたくなるほどに、

“優しい夜”が、そこに広がっていた。

 

私は、

しばし黙って、蝋燭の光を見上げた。

 

そして静かに、心の中で思った。

 

――こういう場所では、

  本を開きたくなる。

 

ただ、静かに、

夜と光に包まれながら、

ページをめくる音だけを響かせたくなる。

 

そんな、

ほとんど“喪われた感覚”が、

胸の奥にふっと蘇る。

 

ジクが荷物を脇に置き、

床に腰を下ろす。

 

結局トレムから奪うように桶を取った取ったブルダはそれを隅に置くと、

「ふー!」と伸びをしながら、床に大の字になった。

 

カトラは、壁際の影に静かに立ち、

トレムは、荷車の近くに蔦をぺたりと広げて座る。

 

誰も、何も言わない。

 

ただ、この空間の温もりに、

それぞれがそっと身を委ねていた。

 

湯気の立つ桶のそばで、

それぞれが順番に体を清めていた。

 

私は、壁に背を預けながら、

その様子を静かに眺めていた。

 

ジクは無駄なく動き、

素早く顔と首筋を拭うと、あっさりと桶を譲る。

 

ブルダがその後に続き、

袖をまくり上げて、豪快に湯をすくった。

 

彼女は、

たくましい腕に湯をかけ、

顔、首、背中へと迷いなく湯を浴びせる。

 

一瞬、

蝋燭の光が、彼女の濡れた髪と熊耳を照らした。

 

私はそれを、特に意図もなく、ただ観察していた。

 

だが、

ふと、ブルダがこちらをちらりと振り返る。

 

そして――

少しだけ、頬を赤らめた。

 

「……な、なによ、そんなにガン見しなくたっていいじゃん!」

 

彼女は慌てたように湯を頭からかぶり、

豪快に髪をかき上げた。

 

私は肩をすくめる。

 

「いや。

 湯浴みを見守るのも、医者の職務だと思ってね」

 

皮肉交じりにそう言うと、

ブルダは露骨に顔をしかめた。

 

「ったく、アンタってほんっと、そういうとこ抜け目ないんだから!」

 

耳まで真っ赤にしながら、

彼女はわざと強く顔を拭った。

 

だが、

その動きはどこか楽しげだった。

 

カトラは無言で装甲を拭き、

 

「清掃モード完了。」

とだけ静かに報告した。

 

トレムは、ぎこちなく蔦で体を撫で、

私にちらりと目線を送ったが、

私は黙って小さく頷いた。

 

そして、

最後に私も静かに桶に向かう。

 

湯気の匂いと、

仲間たちの小さな笑い声。

 

その温もりが、

今夜だけは、

少しだけこの世界を許してもいいと思わせた。

 

 

ー ー ー

 

 

湯浴みを終えると、

部屋の中に自然な静けさが広がった。

 

誰からともなく、各々が自由に動き始める。

 

ジクは、銃の手入れをしながら、

時折短く鼻歌を口ずさんでいる。

 

ブルダは、干してあるシャツを広げ、

外套のほころびを縫い直していた。

 

カトラは静かに床に座り込み、

無表情のまま機械の腕を微調整している。

 

トレムは、隅の荷物の脇で、

蔦をふにふにと指先で弄びながら、静かに座っていた。

 

私は、蝋燭の光の届かない部屋の片隅へ移動する。

 

膝をつき、目を閉じ、

深く、深く呼吸を整える。

 

空気に意識を溶かすように、

この世界の“気配”を探る。

 

……やはり、まだこの国では、

完全に異次元への扉は開ききってはいない。

 

だが。

 

それでも、

確かに微かに“道”は繋がっている。

 

私はそっと、指先を滑らせるように動かした。

 

掌に、静かに“円”を描く。

 

――エルドリッチライト。

 

異次元から呼び寄せる、

最も基本的な魔術の光。

 

最初は何も起きなかった。

 

空気が静かに震えるだけ。

 

だが――

 

しばらくして、

掌の上に、

わずかに淡い、黄金色の光点が現れた。

 

小さく、脆く、

今にも消えそうな光。

 

だが、

確かに“存在”していた。

 

私は静かに目を開け、

その光を見つめた。

 

かつては、

呼吸をするのと同じくらい自然に呼び出せたもの。

 

今は、

こうして慎重に、命を吹き込むように呼び出すしかない。

 

それでも。

 

「……悪くない」

 

私は小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。

 

光点は、私の掌の上でふわふわと揺れ、

やがてそっと消えていった。

 

蝋燭の灯りが、

静かに、静かに、低くなっていた。

 

部屋にはもう、

わずかな火の明滅と、

微かな寝息だけが満ちていた。

 

ジクは、荷物を枕にして無防備に横たわっていた。

 

ブルダは、外套をくるまるようにして、

豪快ないびきを漏らしている。

 

カトラは背中を壁に預けたまま、

機械の目を閉じ、完全に休眠モードに入っていた。

 

トレムは、

くたくたの蔦を枕にして、

小さく丸まって寝息を立てていた。

 

私はまだ、

蝋燭の最後の灯りをぼんやりと見上げていた。

 

手を伸ばせば、

そこに触れられそうなほど近く、

けれど決して届かない場所にある光。

 

異世界の片隅で、

こうして誰かと同じ空気を吸い、

同じ夜を越えていることが、

ひどく不思議だった。

 

……だが、

それも悪くない。

 

私は外套を肩まで引き寄せ、

ゆっくりと体を横たえた。

 

床のきしみも、

寝息も、

蝋燭の焦げる音も、

すべてが、心地よい雑音だった。

 

瞼が、

自然と重くなっていく。

 

明日また歩き出すために、

ただ静かに、今夜は休もう。

 

私は最後に、

かすかに呟いた。

 

「……おやすみ、みんな」

 

誰に聞かれるでもなく。

ただ、自分自身に言い聞かせるように。

 

そして、

ゆっくりと意識を手放した。

 

 

ー ー ー

 

 

──霧の中。

 

病院の廊下。

硝煙と血の匂い。

割れたガラスの破片が、光を吸い込んで沈んでいる。

 

私は彼女の手を引いて走っていた。

……走るべきだった。

 

だが、足が止まった。

 

その瞬間だった。

 

空気が、歪んだ。

 

耳障りな高音――金属が引き裂かれるような、乾いた音。

 

私は咄嗟に身構えた。

 

だが。

 

次の瞬間。

私は、自分の手から彼女の温もりが消えたのを、感じた。

 

振り返った。

 

そこにいたのは、クリスティーン。

 

彼女の胸に、

瓦礫の破片が深く突き刺さっていた。

 

血が、

静かに、静かに、

彼女の白衣に滲んでいく。

 

深紅が、滲んでいく。

 

「……クリスティーン」

 

声が出なかった。

 

それでも、彼女は笑った。

かすかに、微かに。

 

私に気づかせないように。

痛みを、隠すように。

 

けれど、彼女の膝は、

もう耐えきれず、ふらりと揺れた。

 

私は駆け寄った。

だが、世界がスローモーションになったかのように、

彼女はゆっくりと、私の方に倒れ込んできた。

 

私は、彼女を抱き止めた。

 

小さな体が、腕の中で震えていた。

 

瓦礫の破片は、

彼女の胸を深々と貫き、

出血は止まらなかった。

 

魔術で、なんとか止めなければ。

そう思った。

 

手が震えた。

術式が、まとまらない。

 

焦るほど、

冷静さが削れていった。

 

私は、万能ではなかった。

 

私は――

何もできなかった。

 

クリスティーンの指が、

私の胸元を弱々しく掴んだ。

 

その目は、

責めても、恨んでもいなかった。

 

ただ、

愛しさと、悲しみだけが滲んでいた。

 

「……スティーヴン……あなたは、……」

 

言葉は、

唇の動きだけにとどまった。

 

私には、それが何だったのか、

痛いほどわかった。

 

「悪くない」――

彼女は、そう伝えたかった。

 

だが私は、

それを受け入れられなかった。

 

エボニー・マウは、

遠くで冷たく笑っていた。

 

私は、彼を殺せるだけの力を持っていた。

……だが、

その瞬間には、

私は彼女一人さえ救えなかった。

 

それが、私のすべてだった。

 

クリスティーンの体から、

力が抜けた。

 

私の手の中で、

彼女は、

静かに、あまりにも静かに――

 

命の重みを、手放していった。

 

私は、

ただそこに、座り込んでいた。

 

彼女の血に濡れた白衣を、

ただ、

震える手で押さえ続けていた。

 

何の意味もなく。

何の結果も得られず。

 

私の手は、

何一つ、守れなかった。

 

霧が、再び世界を覆った。

 

彼女の温もりを奪い、

彼女の声を遠ざけ、

彼女の笑顔を、

永久に、私から奪った。

 

闇の中。

霧の中。

赤い血の中。

 

私は、クリスティーンの手を掴んだまま、

立ち尽くしていた。

 

何度も、何度も、

同じ瞬間を繰り返す。

 

彼女の命が、指の隙間から零れ落ちる感覚。

あの時の絶望が、

何度も、何度も私を引き裂く。

 

そして――

 

「クリスティーン!!」

 

私は、

叫び声と共に、現実に引き戻された。

 

体が跳ね起きる。

息が荒い。

心臓が耳元で怒鳴るように鳴っている。

 

冷たい汗が、額を伝って流れた。

 

蝋燭の光は、すでに消えていた。

闇に包まれた部屋。

だが、

私はまだ、夢の中にいるかのように、

胸の奥が締めつけられていた。

 

「ストレンジ……!」

 

最初に声をかけたのはブルダだった。

 

彼女は眠気も吹き飛んだ顔で、

慌てて私の元に駆け寄る。

 

「大丈夫!? どこか痛いのか……!」

 

ジクも、銃に手を伸ばしかけながら、

警戒するように辺りを見回していた。

 

カトラはすでに起動しており、

無表情のまま私をスキャンしていた。

 

「異常心拍数検知。

 ストレスレベル最大値到達。

 主、現在危険領域。好きではないです。」

 

トレムも、

蔦をふるふると揺らしながら、

心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

私は、

荒い呼吸を必死に抑えながら、

手で顔を覆った。

 

「……すまない。

 ただの、悪夢だ」

 

かすれた声しか出なかった。

 

誰も、すぐには何も言わなかった。

 

だが、

その沈黙は、冷たいものではなかった。

 

ただ、

そこに“寄り添う”ための沈黙だった。

 

ブルダは、

そっと私の肩に手を置いた。

 

「……無理に話さなくていいよ」

 

その声は、

いつもの豪快さとは違う、

驚くほど優しい響きを持っていた。

 

ジクも、

帽子を目深にかぶり直しながらぼそりと言った。

 

「……悪夢に勝てる薬なんざ、俺も知らねぇ。

 でも、起きた時に誰かがいるってのは、悪くねぇだろ」

 

カトラは無表情で一言。

 

「主、休息を推奨。

 ……この世界は、主の過去を咎めません。」

 

トレムは、

小さな蔦を伸ばして、

私の手の甲をそっと叩いた。

 

まるで、

「大丈夫」とでも言うように。

 

私は、

手のひらの震えを隠すように外套を握りしめながら、

静かに、深く、呼吸を整えた。

 

この世界は、

あの日を、知らない。

 

だが、

それでも――

 

私は、今、ここにいる。

 

彼らと共に。




投稿遅れちゃいました!!まだまだ続くのでぜひお願いします!
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