Doctor Strange: Chains of Revelation   作:Mr.グッドマン

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ドクター。観光する。

私はまだ、

手の震えを止められずにいた。

 

過去の亡霊が、

指の先まで冷たく染み込んで離れない。

 

そんな私の前に、

大きな影がそっとしゃがみこんだ。

 

ブルダだった。

 

彼女は、

私に何も言わせる隙も与えず、

ぐいっと私の頭を自分の膝の上に引き寄せた。

 

「ほら、こういうときはね――

 あたしみたいな、頼りになる熊さんに甘えときゃいいの。」

 

声は、驚くほど柔らかかった。

 

かすかに、

毛織物と石鹸と、

あたたかい体温の匂いがした。

 

私は抵抗する間もなかった。

 

ただ、

気がつけば、

彼女の膝の上に頭を乗せ、

小さな呼吸を整えていた。

 

「よしよし……」

ブルダは、

まるで子供をあやすように、

私の髪をそっと撫でた。

 

その手は、

ごつごつと武骨だったが、

どこまでも優しかった。

 

私は、

目を閉じた。

 

まだ胸の奥に、

痛みはあった。

 

消えたわけではない。

 

だが――

温かな重力に引かれるように、

静かに意識が沈んでいった。

 

膝のぬくもりに、

無言の優しさに、

私はようやく、心を預けることができた。

 

遠くで、

誰かが毛布を掛けてくれた気配があった。

 

誰の手かはわからなかった。

だが、それすらも、もうどうでもよかった。

 

私は、

何も言わずに、

深い眠りへと沈んでいった。

 

──そして、次に目を開けたときには、

 

部屋に朝の光が差し込んでいた。

 

淡く、白い光。

蝋燭の煤けた残り香。

暖炉には、まだわずかに温もりが残っていた。

 

私は、

静かに、ゆっくりと身を起こした。

 

外では、

鳥たちがさえずりを始めていた。

 

新しい朝が来た。

 

私は、まだ少し重たい胸を抱えながら、

それでも、

今日という日を迎えることを――

心のどこかで、確かに受け入れ始めていた。

 

「……おはよう、先生」

 

目を開けると、

まず耳に飛び込んできたのは、

ジクの半笑い混じりの声だった。

 

彼は帽子をくいっと上げながら、

にやにやと私を見下ろしていた。

 

「いやぁ、珍しいもん見せてもらったぜ。

 “至高の魔術師”サマが、熊の膝でぐっすりとはな」

 

「…………」

 

私は静かに外套を直し、

微かに咳払いした。

 

あたりを見ると、

ブルダも、わざとらしく胸を張っていた。

 

「ふふん!

 どうだい、あたしの“スーパー癒し力”は?

 ありがたく思いな!」

 

彼女は誇らしげにウインクまでしてみせたが、

耳がほんのり赤いあたり、

照れているのは隠しきれていなかった。

 

カトラもまた、

淡々と追い打ちをかける。

 

「主、通常時よりもリラックス効果300%増大。

 今後、定期的に熊枕セッションを推奨。」

 

トレムは、

蔦で小さな何らかのマークを作って私に見せてきた。

 

まるで、「よかったね」とでも言うように。

 

私は、

毛布をかき集めるようにして体を起こした。

 

そして、

一呼吸置いてから――

 

静かに、不器用な皮肉を口にする。

 

「ありがたいな。

 このまま熊枕で一生を終える未来まで、

 用意してくれているとは思わなかった」

 

ジクが爆笑した。

 

ブルダは「ちょ、ちょっと待ちな!」と大慌てで手を振った。

 

「いやいやいや!

 さすがにあたしでもそんな重たいオマケは付けないよ!」

 

私は目を細め、

冗談めかして続けた。

 

「感謝すべきか、遺書を書き直すべきか、

 今、微妙に天秤が揺れているところだ」

 

カトラは無表情のまま

 

「主、推奨:前向きな生存計画への移行。」

と冷静に締めた。

 

皆の笑い声が、

まだ寒い朝の空気を温めた。

 

宿の食堂は、

朝の光を受けて、

静かに目覚めたような空気に包まれていた。

 

石造りの壁。

磨きこまれた木の床。

そして、

小さな窓から差し込む、柔らかな光。

 

私たちは、

並べられた粗末なテーブルに集まった。

 

宿の主人が、

手早く、だが丁寧に、

皿を並べていく。

 

木の器には、

素朴な雑穀パンと、

とろみのある野菜のスープ。

 

それに、

干し肉を軽く炙ったものと、

山羊のチーズが添えられていた。

 

見た目に華やかさはない。

 

だが、

湯気を立てるスープの匂いが、

それだけで腹の底を温める。

 

「今朝はこんなもんしか出せないけど良ければ。」

 

主人は、

やや照れくさそうに肩をすくめた。

 

ジクが懐から銀貨を二枚取り出し、

無言で主人に渡す。

 

「十分すぎる」

 

彼は短く、それだけ言った。

 

主人は、

目尻を下げて頷き、

静かに奥へ引っ込んだ。

 

私は、

手元のパンを一口齧った。

 

粗く焼かれた表面が、

カリッと歯に心地よい音を立てた。

 

中はもっちりと温かい。

 

塩気のきいたチーズをのせると、

素朴な甘みが引き立った。

 

スープも、

しっかりと煮込まれており、

口に運ぶたび、

体の芯にじんわりと染み込んでいく。

 

「……悪くないどころか、

 “この世界で初めてまともな食事”に認定してもいいな」

 

私は小さく皮肉を交えながら、

スプーンをスープに沈めた。

 

ジクが笑った。

 

「だろう?

 旅を続けるなら、こういう“小さな贅沢”を噛み締めなきゃやってられねぇ」

 

ブルダは、

干し肉にかぶりつきながら力強く頷いた。

 

「うん!

 あたしもこういう素朴な味、大好き!」

 

カトラは静かに見ていたが、

スープを分析する。

 

「温度、適正。

 塩分濃度、最適。」

と小声で診断していた。

 

トレムは、

小さな蔦をスープに浸して、

吸い上げるようにしていた。

 

その仕草が、妙に微笑ましかった。

 

朝食の皿を片づけた後、

私はゆっくりと椅子に背を預けた。

 

窓の外では、

まだ露の残る街道が、朝の光に濡れて光っていた。

 

旅を続けるには、

悪くない天気だ。

 

……だが、それでも。

 

「今日は休もう」

 

静かに、

けれど、確信を持って私はそう言った。

 

ジクが眉を上げた。

 

「……急ぎじゃないのか?」

 

「急ぐべき時は来る。

 だが、走り続けるには、呼吸も必要だ」

 

私は椅子から立ち上がり、

陽だまりの差し込む床を見下ろす。

 

「心が疲れていては、

 足も鈍る。頭も回らない。

 だから、今日は“旅をしない”ことを選ぼう」

 

ブルダは、最初こそ少し驚いたようだったが、

すぐに顔をほころばせた。

 

「……へへっ、いいじゃないの。

 あたし、そういうの、ちょっと待ってた!」

 

彼女は椅子を蹴るようにして立ち上がり、

手を腰に当てて伸びをした。

 

「そんじゃ、朝から昼寝ってやつを……いや、

 むしろ“日向ぼっこ大会”だね!」

 

カトラは、ほんのわずかに首を傾げた。

 

「主の判断、合理性を欠きますが……

 心理的効果を優先するならば、肯定可能」

 

トレムは、

蔦で“おひさま”の形を描いて見せた。

 

ジクはしばらく無言だったが、

やがて小さく息をついて言った。

 

「……そういう時間も、悪くねぇな。

 特に、今のメンツでなら」

 

私は静かに頷いた。

 

宿の裏手にある小さな庭――

苔むした石と、木製のベンチ。

花壇のような囲いには、手入れのされていないハーブが少しばかり風に揺れていた。

 

朝の光は柔らかく、

空気はほんのりと草いきれを含んでいる。

 

ブルダは、大の字になってベンチを独占していた。

 

豪快に寝そべり、

大きな体を陽にさらしながら、

「……はぁ〜、しあわせぇ〜……」と呟いている。

 

こんなに無防備な姿を見るのは、

たぶん初めてだった。

 

「寝返りうったら、ベンチ壊れるんじゃないか」

 

私はぽつりと皮肉を言ったが、

本人はまったく意に介さず、

「壊れたら地べたに転がるだけさ〜」と笑ったまままぶたを閉じた。

 

カトラはその横に立ち、

無言で“見張り役”を務めていた。

 

いや、あれは正確には「見張り」ではない。

 

「主成分:紫外線、温度22.4度、気圧安定。

 対象:昼寝最適化環境にて休息中。

 警戒モード維持。」

 

口調こそいつも通りだったが、

どこか“見守る”という意思を含んでいるように思えた。

 

トレムはというと、

陽の当たる場所を選び、

まるで花のように蔦を広げて、

静かに“ひなたぼっこ”をしていた。

 

彼女の蔦の先から、

ぽつぽつと小さな新芽が顔を出している。

 

まるで、彼女自身が春に咲く草花のようだった。

 

私は深く息を吐き、

傍らのジクに声をかけた。

 

「……で、今日の市場はどうだ?」

 

「さぁな。行ってみねぇとわからねぇが……

 今朝は荷馬車が多く通ってた。何か仕入れが入ってるかもな」

 

ジクはいつものようにハンチング帽を整え、

懐から銀貨を数枚確認する。

 

「ま、物は試しだ。

 財布は軽いが、目だけは肥えてる。

 見るだけでも損はしねぇさ」

 

私は口角をわずかに上げた。

 

「……それ、言い訳としては初級者だな。

 “買う気はない”と言って結局買う奴の言い草だ」

 

「へっ。

 耳が痛いこった」

 

そうして私たちは、

昼下がりの市場へと足を運ぶことにした。

 

昼の市場は、

人の流れこそゆったりしていたが、

どこか活気に満ちていた。

 

野菜を並べる農夫、

釘や布地を広げる職人、

香辛料の匂いが鼻をくすぐる露店……

 

そんな中、

通りのやや外れに、ひとつだけ異質な店があった。

 

扉の上に掲げられた鉄の看板には、

《ヴォルク=ミル銃砲店》と古びた字体。

 

ガラス越しには、

見慣れたマスケット銃の銃身が、

丁寧に並べられていた。

 

ジクが小さく鼻を鳴らす。

 

「……ここか。

 昔っから、マニアックな仕入れしてる店でな」

 

「期待していいのか?」

 

「期待“してなかった”頃に限って、いいモンが見つかるんだよ」

 

そう言って、

ジクは真鍮のベルを鳴らしながら扉を開けた。

 

店内には、乾いた木の匂いと、

火薬の名残のような金属臭が混ざっていた。

 

壁には、ずらりと並ぶ銃器の数々。

 

長銃、短銃、ラッパのような形の銃まで――

一見して、“戦場帰り”の骨董もあれば、

新しく鍛えられたばかりのモデルもある。

 

奥には、整備用の工具と試作部品が陳列され、

隅の棚には、火薬や雷管、銃弾まで一式揃っていた。

 

私は視線を滑らせながら呟いた。

 

「……博物館と武器庫の間みたいな場所だな」

 

ジクは慣れた手つきで、

壁際の二挺のライフルを手に取った。

 

「こいつは古い。バレルにクセがある。

 こっちは火皿が深すぎて装填が面倒だな……」

 

指先で銃身を叩き、重さを確かめる。

 

その背中は、

まるで昔に戻ったかのように生き生きとしていた。

 

と、そのとき。

 

ジクがふと足を止めた。

 

「……おい。見ろよ、これ」

 

彼の指差す先、

ガラスのショーケースの中にあったのは――

 

見慣れぬ形の拳銃だった。

 

六つの銃身を束ねるように配置した、

回転式の多連装拳銃。

 

ずんぐりとしたシルエットだが、

一発一発が確実に火を噴くような“重量感”があった。

 

「ペッパーボックス……ピストル?」

 

私は銘板の文字を読み上げる。

 

ジクが口元を吊り上げた。

 

「ああ、初めて見るが……構造は理にかなってる。

 回転機構のおかげで連射ができるのか。火薬と弾さえ揃えば“面制圧”には使えるな」

 

「なるほど。戦力としては申し分ないか。」

 

ジクの指が、

ケース越しにそのグリップをなぞる。

 

「……嫌な相手を黙らせるには、ちょうどいい代物だな」

 

私はふと呟いた。

 

「お前には、似合うな。

 過剰な火力と、妙な信頼感が、どこか重なる」

 

ジクは笑った。

 

「皮肉のつもりか?」

 

「……八割はな」

 

ジクはカウンターの奥に座っていた店主に声をかけた。

 

「おい親父、このペッパーボックス……

 回る仕組みなのか?」

 

店主は軽く顎をしゃくって立ち上がると、

「それな、ちょいと新しいタイプでな」と言いながら、

ショーケースの鍵を外し、中の拳銃を取り出した。

 

「これだ」

 

店主は木製の台の上にペッパーボックスピストルを置き、

手早く説明を始める。

 

「銃身は六連。見ての通り、バレルが束になってる。

 この筒が、撃つたびに“回転”する仕組みだ」

 

彼はトリガーを引かずに、

手で銃身の束を回してみせた。

 

「内部の歯車に連動して、引き金を引くたびに次の銃身が自動的に回る。

 単純構造だけど、信頼性は高い」

 

ジクは興味深げに身を乗り出した。

 

「装填は?」

 

「後部に小さな開閉レバーがある」

店主はグリップ下を操作して、銃身の後端がわずかに開く様を見せる。

「そこから火薬と弾を詰めて、雷管をひとつずつセット。

 太くて頑丈な弾を使えるのが利点だ」

 

ジクはピストルを手に取り、

重みを確かめるように少し傾けて握った。

 

「……いい重さだ。

 引き金を引くだけで連射できるなら、

 今のライフルより圧倒的に“場”を切り開けるな」

 

彼の脳裏には、

湿地の戦いも、橋の銃兵との応戦も浮かんでいたのだろう。

 

「お前の長物は、火薬詰め直すだけで一苦労だろう?」

 

私が問いかけると、

ジクは少しだけ眉を上げた。

 

「ライフルは狙撃に向いてるが……

 複数相手にはどうにもならねぇ。

 この回転式のヤツなら、

 遮蔽物から一気に出て、六発叩き込める」

 

彼はそう言って、

銃身の回転機構をカチリと試す。

 

その動きは滑らかで、まるで熟練の機械仕掛けのようだった。

 

「撃つたびに回って、

 次の銃身が待ってるってのは……

 まるで、代わりの命がずっと用意されてるみてぇだな」

 

ジクの口元に、皮肉めいた笑みが浮かぶ。

 

私はそれを見て、

小さく呟いた。

 

「君がそれを“必要”とする日は、

 たぶん、私の魔法だけじゃ足りない日だ」

 

「かもな。

 だからその時は頼むぜ、“異世界の先生”」

 

ジクは手の中でピストルをくるりと回し、

試しに引き金の重さを確かめた。

 

そして視線を上げ、

カウンター越しの店主に声をかける。

 

「……これ、試し撃ちさせてもらえるか?」

 

店主は少し顎を突き出してジクを見返したが、

やがて鼻を鳴らして笑った。

 

「へっ、やっぱり聞くと思ったよ」

 

彼は背後の棚から試射用の火薬包と弾を取り出し、

手慣れた動作でそれを腰のポーチに詰める。

 

「ついてきな。裏に“常連用”の射撃場がある」

 

裏口を抜けると、

そこには思いがけずしっかりとした小屋が建っていた。

 

外見こそ木の壁に囲まれて簡素だが、

内部は防音の厚板と土嚢で補強されており、

標的の位置を調整するワイヤー式の機構まで備わっている。

 

「ここなら多少うるさくしても文句は出ねぇよ」

 

店主がそう言ってジクに手渡したのは、

先ほどのペッパーボックスピストル。

 

「火薬は控えめに詰めてある。

 初撃は軽めの反動だ。安心しな」

 

ジクは無言でうなずくと、

射撃台の前に立った。

 

その動きは迷いがなく、

手際も美しかった。

 

火薬を一つずつ銃身に詰め、

弾を込め、

雷管をセットする。

 

カチリ、カチリと、

一つひとつの音が

静かな緊張を刻んでいく。

 

私は少し後ろから見守っていた。

 

ジクの肩越しには、

ぼろ布を巻かれた標的が揺れていた。

 

距離はおよそ15ヤード。

十分な試射距離だった。

 

ジクはゆっくりと狙いを定め、

一発目の引き金を絞る。

 

バンッ!

 

火花と共に、太い銃身のひとつが火を噴いた。

 

布が裂け、木板の芯に穴が空いた。

 

銃身がわずかに回転し、

次の弾が自動的に待機する。

 

バン! バン! バン!……バンッ。

 

連続して、五発。

 

ジクの腕は微動だにせず、

撃つたびに煙と火薬の匂いが射撃場を満たしていった。

 

最後の一発は少し高く逸れたが、

それでも命中率は申し分なかった。

 

ジクは深く息を吐いてから、

ピストルを机に置いた。

 

「……こいつは“吠える”な。

 だが、手に馴染む」

 

店主がにやりと笑った。

 

「そうだろ?

 この重さが“信頼できる”ってやつだ」

 

私は静かに呟いた。

 

「まるで、お前のために削られた鉄の塊だな」

 

ジクはペッパーボックスの試射を終えた後も、店に戻り

棚を見渡していた。

 

その目はすでに次の“戦う道具”を探している。

 

私はその視線の先を辿る。

 

ジクが立ち止まったのは、

木製のラックに立てかけられていた、一本の銃。

 

スリムなシルエット。

だが、その銃口は二つ並び、横に広がっている。

 

「……物珍しい見た目だな。」

 

ジクは静かに呟き、

その銃を持ち上げた。

 

程よい重量感と、バランスの取れたストック。

彼の指が、機械的に開閉レバーに触れる。

 

カチリ、と小気味いい音を立てて銃身が折れた。

 

「……おい、これって……」

 

ジクが目を丸くした。

 

店主が近づいてきて、得意げに笑った。

 

「そうだ。金属薬莢だ。

 弾と火薬と雷管が一体になった、いわば“次世代”の弾丸だな」

 

「……聞いたことはあったが、

 実物は初めてだ。こいつを使う銃がもうあるとはな」

 

ジクは銃身を覗き込むようにして言った。

 

「元々は貴族の狩猟用に輸入されたもんだ。

 だが最近、近衛兵の中でも使い始めてるって噂だ。

 火薬の湿気にも強くて、装填も一瞬で済む」

 

店主は、弾薬箱から輝く薬莢入りの実包を一つ取り出した。

 

「これがその“金属の果実”ってわけだ」

 

ジクはそれを受け取り、

じっと見つめた。

 

「……こいつが普及したら、

 “銃の世界”がまるごと塗り替わるな」

 

「そうだな。

 もはや『詰める』じゃない。

 “押し込むだけ”で殺せる時代だ」

 

ジクはもう一度ショットガンを構え、

その銃身のラインを目でなぞるようにした。

 

「……悪くねぇ」

 

私はふと尋ねた。

 

「それも試してみるか?」

 

ジクは目を細めて笑った。

 

「弾代は高くつきそうだが……

 “二発で仕留める”なら、問題ねぇさ」

 

ジクはショットガンを慎重に棚へ戻すと、

深く息を吐いた。

 

「……悪くねぇ。

 だが、今は財布が“弾切れ”だな」

 

店主は肩をすくめて言った。

 

「ま、そうだろうと思った。

 その分、目利きは確かだったがな」

 

ジクは小さく笑うと、

自分の背にかけていた古いライフルを肩から下ろした。

 

「じゃあこいつを、

 そっちのベンチで診てもらえねぇか。

 火皿の溝が甘くなってて、たまに火が跳ね返る」

 

店主は受け取ると、

銃の側面を軽く叩いて音を確かめた。

 

「……なるほど。手入れ自体は悪くねぇが、

 撃ちすぎてる。バレル内の煤も残ってるな。

 火皿を交換して、バネも締め直しとこう」

 

ジクは深く頷き、

作業代として数枚の銀貨を手渡した。

 

「……いい武器ってのはな、

 買うもんじゃなくて“育てる”もんなんだ」

 

その一言は、まるで人生の持論のようだった。

 

私はその様子を後ろで見ながら、

小さくため息をつく。

 

(……この時代に、

 ガス圧作動の自動小銃や、

 30連マガジンの突撃銃でも見せたら――)

 

(ここの連中は“魔法”だと信じるだろうな。

 いや、もしかすると悪魔崇拝か、異端の烙印か……)

 

心の中で皮肉交じりに笑いながら、

私はショーケースの中に並ぶ銃器たちを最後に一瞥した。

 

確かに――

粗野で、重くて、手間のかかる“鉄の棍棒”だ。

 

だが同時に、

それはこの時代なりの“進化”の姿でもあった。

 

ジクが店の扉を押し開けた。

 

「……また来ようぜ。

 次はもうちょっと懐があったかい時にな」

 

私は無言で肩をすくめ、

その背についていく。

 

扉の上の小さなベルが、

鈍い音をひとつ鳴らして、

私たちを街の明るさへと送り出した。

 

市場通りに戻ると、

干し肉や染め布の匂いが風に混じって漂っていた。

 

露店の呼び声が遠くから響く中、

ジクがふと足を止めた。

 

「……あの図体、見覚えがあるな」

 

私も視線を向けると、

通りの向こう側――

 

大柄なフードの人物が、

両手を腰に当てて仁王立ちしていた。

 

その肩の厚み、動きの癖、

そして何よりも耳元でピクピク動く“あのフードの膨らみ”――

 

「……ブルダだな」

 

案の定、こちらに気づいたブルダが手を振ってくる。

 

「よっ!おふたりさ〜ん!

 ちょうどいいところに!」

 

私たちが近づくと、

彼女はフードを少しだけずらしながらニカッと笑った。

 

「実はね、あたしも“買い物”しに来たんだわ」

 

「買い物?」

 

「うん、“ブッ叩く用”の相棒探しさ!」

 

「……つまり、武器か」

 

私が問い返すと、

ブルダは満足げに頷いた。

 

「そそ!

 今までは鉱山のツルハシとかこの腕でどうにかなってたけどさ、

 どうせこれから“旅”になるなら、ちゃんとしたヤツがほしいじゃない?」

 

ジクが少し目を細めた。

 

「筋力任せの殴り合いってのも限界があるからな……

 で、何を探してるんだ?」

 

「斧とか? いや、メイスとか?

 ……いやあたしさ、ちょっと“スパイク付きの鉄球”とか憧れるんだよね!」

 

「……完全に“物理で殴る”前提だな」

 

私は少しだけ眉を上げたが、

その発言にジクが咳払い交じりに笑った。

 

「いや、似合うっちゃ似合う。

 敵にとっちゃ最悪だが」

 

ブルダは嬉しそうに笑った。

 

「じゃ、付き合ってくれる?

 腕の立つ男二人となら、武器選びも捗るってもんだよ!」

 

「もちろん。

 ……“戦場向け調理器具”の相談なら任せてくれ」

 

こうして、

私たちは再び石畳の道を歩き出す。

 

目指すは――

ブルダの“破壊的パートナー”との出会いの場。

 

その先に何があるかは、

正直、少しだけ怖くもあった。

 

通りの一角、

人通りの少ない裏路地に、ひとつの看板が静かに揺れていた。

 

《ハンマー&アッシュ 武具店》

 

風に叩かれた木の扉。

古びた鉄の取っ手には、握られすぎて削れた跡。

 

ドアベルもなく、

ただ木がきしむ音だけが、私たちを迎えた。

 

「……さっきの銃砲店とは、ずいぶん対照的だな」

 

私が小声で呟くと、

ジクが隣で鼻を鳴らした。

 

「ま、時代の波ってやつさ。

 “刀で名を上げた戦士”より、“火薬で仕留める兵士”の時代ってこった」

 

ブルダはというと、

店内を見渡しながら

「おお……いいサビ臭さ!」と、逆にテンションが上がっていた。

 

店の中は、

かつては威容を誇ったであろう戦斧、棍棒、スパイクメイス、剣、ナックルガード付きの籠手などが、

壁や棚に雑多に並んでいた。

 

だが、どれも“最新”ではない。

 

装飾のない実用一辺倒のもの、

刃に微かな欠けのあるもの、

木製の柄が乾ききって軋む音を立てるもの……

 

それでも、

磨けばまだ“現役”になりそうな気配が、いくつかあった。

 

カウンターの奥にいた初老の店主が、

こちらの姿を見ると、ぼそっと口を開いた。

 

「……客とは、久しぶりだな。

 今どき、剣や棍棒を買いに来る奴なんざ、

 傭兵くらいのもんだ」

 

ブルダが一歩進み出て、

どんと胸を叩く。

 

「だったらあたしは、“傭兵みたいな女”ってことで!」

 

店主は驚いたように目を丸くし、

やがて口の端をわずかに上げた。

 

「……それなら、見せる価値のある鉄が、奥に眠ってるかもしれんな」

 

私たちは、

すこし埃っぽく、寂れた武器屋の空気の中で――

 

今にも錆びつきそうな“古き時代の力”を探す旅に出た。

 

棚の一番奥。

埃をかぶった武器たちの中に、

異様な存在感を放つ“何か”があった。

 

それは――

 

山羊の頭部を模したメイス。

 

突き出た二本の角、

どこか呪物めいた鈍い銀色の光沢、

そして何より、無意味にリアルな“眼の彫り込み”。

 

「……なんだこれは」

 

ジクがぽつりと呟いた。

 

「美学の事故現場か?」

 

私も思わず同意する。

 

「いや、むしろ“誰が止めなかったのか”が気になる」

 

柄の部分は異様に短く、

メイスとしてのバランスは最悪。

振れば手首を痛めそうな構造だった。

 

それでも、

ブルダは――

 

目を輝かせていた。

 

「な、なにこれ……!

 あたし、こういうの……すっごく好きかもしれない!!」

 

私とジクの顔が、同時に強張った。

 

「やめろ。

 そんな顔で言うセリフじゃない」

 

ジクも口を挟む。

 

「いや、それはねぇ。

 物理的にも精神的にも“凶器”だ」

 

ブルダは手に取ってみた。

 

「えっ、でもほら、この“角の重み”とか、

 “頭突き的な勢い”が再現されてる感じしない!?」

 

私は肩をすくめた。

 

「頭突きは、君の本体でやれば済む話だろう」

 

ジクも言う。

 

「俺ら、これ持って旅してるとこ想像してみろ。

 どんな宿でも追い出されるぞ?」

 

「……この“睨み”がまたいいじゃない。

 こう、敵がひるむ感じしない?」

 

「味方もひるむ」

 

「俺たちが真っ先にひるんでる最中だ」

 

しばらく押し問答が続いたのち、

ついにブルダは、名残惜しそうにメイスを棚に戻した。

 

「……くぅ〜、インパクトは満点だったのになぁ……」

 

私はぼそりと呟いた。

 

「墓に立てとくには最適かもしれないがね。

 こちら側の墓になりそうだが」

 

店主が遠巻きに見ながら、

小さく苦笑していた。

 

「……あれを気に入る奴がまだいたとはな。

 作った職人も草葉の陰で泣いてるかもしれん」

 

私は、店の中ほどに吊るされた長剣に目を留めた。

 

「……これはどうだろう」

 

それは一振りのグロスメッサーだった。

 

幅広の片刃、微かに湾曲した刀身。

やや重たげなハンドガードと、

がっしりとした木製の柄。

 

武骨ではあるが、

切れ味と耐久性の両立を図った“現実主義の刃”という印象だった。

 

私はそれを取り、ブルダに手渡した。

 

「君の腕力にしては、少し“繊細すぎる”かもしれないが……

 斬るだけでなく、叩くこともできる設計だ。

 料理包丁の親戚と思えば、悪くはないだろう?」

 

ブルダは受け取って、

刃の反りを目で追いながら――

少し難しい顔をした。

 

「うーん……たしかに、作りはいいんだけどさ」

 

「でもね、あたし――

 料理以外で“刃物”使うの、どうにも気が引けるんだよね」

 

その言葉に、私は少しだけ目を細めた。

 

「料理人の“信条”みたいなものか?」

 

「……そう。

 刃物ってさ、“料理するために使う”もんだって思ってんのよ」

 

彼女は刃先を下に向けてそっと置いた。

 

「で、なにより――あたしの握力でこれ振ったら、

 すぐに“曲がるか、へし折れる”かのどっちかだね。」

 

ジクがぽつりと漏らした。

 

「剣より拳が壊れる相手は見たことあるが、

 お前は“剣が負ける”のか……」

 

私は静かにグロスメッサーを元の場所に戻した。

 

「残念だな。

 美しく合理的な武器は、

 君の腕力の“合理性”には敵わなかったようだ」

 

ブルダは肩をすくめて笑う。

 

「ま、料理用の包丁とナイフがあれば、

 切るのはそっちで充分だよ」

 

「敵をか?」

 

「違うってば!」

 

「……なるほどな」

 

ブルダの言葉を聞いていた店主が、

ぼそりと呟いた。

 

その目は、何かを思い出すように細められていた。

 

「“刃物は生かすための道具”か。

 ……いいことを言う。最近、そんなこと言う奴はめっきり減った」

 

そう言って、

彼はゆっくりとカウンターの奥へと引っ込んでいった。

 

古びた木箱をひとつ、床を引きずるようにして引き出す。

 

中から現れたのは――

巨大な、鉄製の“モール”だった。

 

「……これは、“北の国”から流れてきた品だ」

 

店主はそう言いながら、

両手で重々しくそれを台の上に置いた。

 

全長はブルダの身長ほど。

太い鉄の柄に、石柱のような打撃頭。

鈍く黒光りする金属面には、かすかに氷紋のような装飾が浮かんでいた。

 

まるで戦場の祭壇にでも立っていたかのような、

“神話めいた重さ”を感じさせる一振りだった。

 

ブルダは目を見開いた。

 

「……これ、持っていいの?」

 

「構わん。だが“試しに”じゃないぞ。

 本気で振らなきゃ、その重みは伝わらん」

 

ブルダは静かに頷いて、

そのモールを両手で持ち上げる。

 

ギイ、と柄が軋む音がしたが――

彼女は、まるで羽根でも掴むように、それを持ち上げた。

 

一度、軽く肩に担いで――

地面に向かって“軽く”振り下ろした。

 

ズガンッ。

 

床が、小さく揺れた。

 

棚の隅で、ひとつ鉄鍋がカタンと音を立てて転がった。

 

ジクが無言で眉をひそめ、

私は目元を押さえた。

 

「……今のは“軽く”だったな?」

 

「うん。力の“2割”くらい?」

 

店主が小さく笑った。

 

「この鉄は、“氷の山脈”の地下でしか採れない。

 斬るより、“砕く”ために鍛えられた武器だ。

 打撃力はあるが、刃こぼれの心配もない」

 

ブルダが、うっとりしたように撫でる。

 

「……すごい。すっごい、あたし好み」

 

「問題は重さと扱いやすさだが……

 君なら、これでも“軽い”と言い出しそうだな」

 

ブルダはにっこり笑った。

 

「これならね、敵も遠慮なく“調理”できるよ!」

 

「いや、“解体”だろう、それは……」

 

ブルダがその巨大なモールを愛おしげに見つめていると、

私はぽつりと提案した。

 

「……“ムジョルニア”とでも呼んでみたらどうだ?」

 

ジクがすかさず顔をしかめる。

 

「お、良さそうな名前だな。

 かなりそれらしい名前だ。」

 

私は肩をすくめた。

 

「北の武器だ。雷の名を借りるのも悪くないと思ってね」

 

だが――

当のブルダは、眉をひそめた。

 

「ムジョルニア? かっこよすぎじゃない?」

 

「むしろ、あたしらしくないよ。

 そんなの、持ってたら“気合い入りすぎ”って引かれるじゃん」

 

彼女はしばらく考え込み、

そして――ぽつりと、呟いた。

 

「……“ドン子”にしよっかな」

 

「…………は?」

 

私とジクの声が、完全にハモった。

 

「“ドン子”?」

 

ブルダはニコニコしながらモールを肩に担ぐ。

 

「うん、だってこれ、ドン!っていくじゃん?

 それで、あたしの可愛い相棒って感じで、“子”」

 

「……いっそ“ドン太郎”の方が武器っぽい気がする」

 

「やだ、語感が男子じゃん。

 “ドン子”は女の子だよ?」

 

私は思わず額を押さえた。

 

「名剣エクスカリバー、伝説のデュランダル、そして……ドン子」

 

「この世界は、いよいよ末期だな」

 

店主は奥で小さく笑い、

やがて帳面を出して言った。

 

「……持っていくなら、銀貨七枚だ。

 北からの仕入れ分にしては破格だが……気に入った相棒が見つかったんなら、それも縁ってやつだ」

 

ブルダは即座に、ポーチから銀貨を取り出した。

 

「よっしゃ、即決!」

 

カチリ、と硬貨がカウンターに落ちる音が響いた。

 

私は、モールを担いで店を出るブルダの背を見ながら呟いた。

 

「ドン子か……

 破壊と可愛さの境界線を、誰か教えてくれ」

 

ジクはぼそりと返す。

 

「まぁ、“お前より破壊的なネーミングセンス”って意味じゃ、負けてないな」

 

店を出て、

石畳の通りへ戻ったその瞬間だった。

 

「わっ!? 財布が――!」

 

悲鳴のような声とともに、

群衆の中から小柄なフードの男が駆け出した。

 

その手には、明らかに他人の財布。

身を縮めて、路地裏へと逃げ込もうとする――その刹那。

 

「――おいコラァアア!!」

 

怒号とともに、

ブルダの“ドン子”が唸った。

 

彼女は一歩、地面を強く踏みしめ、

腰を捻るようにしてモールを水平に振りかぶった。

 

狙うは――

スリの足元、わずか数歩先の石畳。

 

ドン!!!

 

鉄と石と怒りが混ざった、破滅の音。

 

地面が揺れ、

舗装された石が粉々に砕け、

まるで“地面ごと制圧”するような衝撃波がスリの足をすくった。

 

「うおおおっ!?」

 

スリはもんどり打って転倒、

その勢いで財布が宙を舞い、ブルダの手元にポトリと戻ってきた。

 

群衆が静まり返る中、

ブルダはその場でドン子を肩に担ぎ直し、

涼しい顔で呟いた。

 

「はい、捕まえた。

 逃げ足より先に、地面が崩れてたら意味ないんだよね~」

 

私は横で呆然としながら言った。

 

「……“ドン子”、戦場デビュー、華々しいな」

 

ジクも口をあんぐりと開けながら呟いた。

 

「石畳が……石粉になってやがる……」

 

スリは足を押さえて蹲り、

通行人たちはざわめき始める。

 

ブルダは無邪気に笑った。

 

「いやー、初撃ちが決まると気分いいねぇ~!」

 

私は小声でぼそり。

 

「……そのうち、“ドン子伝説”とか呼ばれそうだな」

 

ジクが苦く笑った。

 

「……その時は、“発端の目撃者”って名で歴史に残るのか、俺ら」

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