Doctor Strange: Chains of Revelation   作:Mr.グッドマン

5 / 14
ドクター。決意する。

作業終了の鐘も笛も、この世界にはない。

それでも、空気が変わる。

 

ツルハシの音が途切れ、誰からともなく背を伸ばし始める。

坑道の奥でまたひとつ、命のように揺れていた灯火虫が、スッと消えた。

 

私は、ツルハシを地面に立てかけると、

擦りむけた掌を見つめた。

 

「生きている実感」などではない。

ただ、“まだ肉が潰れてない”という確認だ。

 

隣のトレムも、ゆっくりと身体を起こす。

疲れきった蔦の先端が、だらりと下がっていた。

 

「お疲れさーん!」

 

そう言って豪快に背伸びしたのは、もちろんブルダだった。

 

「いやぁ、アンタらとの作業、なかなかの“噛みごたえ”だったよ。

このまま、今夜も一緒に寝床戻っちまうかな?」

 

私は小さく肩をすくめる。

 

「深層の女王が、表層に腰を下ろすと聞いたら、誰かが騒ぐだろうな。」

 

坑道の出口――

我々が帰り道を歩き始めたその先で、

見張りの男が立ちふさがっていた。

 

汚れた鎧の肩を鳴らし、

腕を組んでブルダに声をかける。

 

「おい、お前……ブルダだな。

お前は“深層係”のはずだ。

表層の奴らと混ざるなって、指示があったろうが。」

 

その言葉に、私は一歩だけ前へ出ようとした。

だが、それよりも先に――空気が変わった。

 

ブルダが、笑わなくなった。

 

その場に立ち尽くす見張り番に、

ブルダは一歩、ゆっくりと歩み寄った。

 

笑みも、言葉もない。

 

あるのは、静かな目線――

まるで背後に「大きな熊」そのものを従えたかのような、冷たい圧。

 

見張りは一瞬たじろぎ、

無意識に一歩だけ後退する。

 

その後で、乾いた咳を一つ。

あたかも何事もなかったように、

踵を返してその場を離れていった。

 

「……ま、好きにしろ。

どうせ上の連中がうるさいだけだ。」

 

足音は、こちらを見ずに遠ざかっていった。

 

ブルダはようやくこちらを振り返り、

また“いつもの笑顔”に戻って言った。

 

「やだねぇ、男ってのは――

声じゃなくて目で黙らせなきゃ分かんない時がある。」

 

私は思わず皮肉をひとつ。

 

「君の目は説教より効果的らしい。

あの見張り、あと三秒いたら気絶してたんじゃないか?」

 

トレムの蔦が、くるくると揺れていた。

笑っていたのかもしれない。

 

作業を終えた者たちが、坑道の側壁に沿って順に寝床へと追いやられていく。

それは、ただの“地面”と“壁”の組み合わせだ。

 

だが今夜――

 

変化があった。

 

見張り番が現れ、無言で我々三人の前に粗末な寝具を放った。

それは、昨日のノミにまみれた藁束ではなかった。

 

まだ汚れてはいたが、

継ぎ接ぎされた布が張られ、内側に薄い詰め物が入っている――マットレス。

 

「……ほう。

“寝かせてもらえる”とは、思わなかったよ。」

 

私はそのマットレスを見下ろしながら、静かに言った。

 

隣でトレムが、それを指で触れ、そっと手を引っ込めた。

まるで、“これが罠じゃないか”と疑っているように。

 

見張りは何も言わなかった。

目を逸らし、次の配分へと去っていった。

 

私はそれを見送るようにして、ブルダに目を向けた。

 

「君の……威光、というべきか。

ここでは随分と“効く”らしいな。」

 

ブルダはしゃがみ込みながら、無造作に背中を伸ばした。

 

「あたし、深層に十年以上いるからねぇ。

怖いもんも、面倒も、全部付き合ってきた。」

 

「そんだけ顔と名前が回ると、見張り連中の中にも“勝手に空気読む奴”が出てくるわけよ。」

 

「ま、言うなれば……“鉱山の主”の末席、ってとこかね?」

 

私は目を細め、軽く皮肉をひとつ。

 

「“主”なら、もっと良い毛布でも用意してほしいものだな。」

 

ブルダはガハハと笑い、肘で私の肩を軽く突いた。

 

「毛布はいずれ自分で編みな!

でもまぁ、今夜はちょいとマシでしょ?」

 

私は座り込んでマットレスに手を置いた。

指先に触れるのは、わずかだが“地面ではない”という確かな実感。

 

それは、今この世界で得られる“最上の贅沢”かもしれなかった。

 

見張りが去り、作業者たちの寝息が少しずつ響き始める頃。

私たち三人は、まだ眠っていなかった。

 

灯火虫のかすかな光が、岩肌をほのかに照らしていた。

 

「……ねぇ、ちょっとだけさ、つまんない話してもいい?」

 

唐突に、ブルダが口を開いた。

 

私とトレムは、無言で彼女に視線を向ける。

 

「いや、ほんっと、どうでもいい昔話なんだけどさ。」

 

ブルダはマットレスに背を預け、壁をぼんやりと見上げながら続けた。

 

「あたし、ここにいるの……奴隷じゃないんだ。

“罪人”なんだよ。」

 

声は普段より静かで、どこか遠くを見ていた。

 

「昔さ。あたし、冒険者やってたの。

小さな村を拠点にしてさ、獣退治だの、遺跡探索だの……

いっちょまえに“正義の味方”気取りでね。」

 

「そんなとき、出会ったんだよ――魔法が使える子供に。」

 

私の眉がわずかに動いた。

 

ブルダは、それに気づいていながら、話を続けた。

 

「まだ幼かったよ。

火を灯せたり、空に浮かんだり。

無邪気でさ、でもそれが“命取り”だった。」

 

「国の役人が来て、“連れて行く”って言ってさ。

理由なんて、なかった。“魔”は悪だ、ただそれだけ。」

 

「だから、あたしは……その子を庇った。

拳で、斧で、言葉で、全部使って立ち塞がった。」

 

「でもね――ダメだった。

あたし一人で、国の“正義”は止められなかった。」

 

ブルダは一度だけ目を閉じた。

 

「その子は、“魔女狩り”に遭った。

縛られて、焼かれた。

あたしは……生き残って、捕まって、ここに送られた。」

 

坑道の空気が、いつもより冷たく感じた。

 

私は何も言わなかった。

トレムも、静かに蔦を胸の前で巻いていた。

 

「ね、つまんない話だったでしょ?」

 

ブルダはふと、こちらを見て笑った。

けれど、その笑みには、どこか痛みが滲んでいた。

 

「でも、あたしは後悔してない。

あの子のために、斧を振るった自分が、

いちばん“自分らしかった”と思ってるからさ。」

 

私は、少し間を置いて言った。

 

「君がここで一目置かれてる理由が、

少しだけ分かった気がする。」

 

ブルダは、今度は静かに笑った。

 

「そりゃあ、あたしが“化け物”だからさ。

心でも、体でも、目の奥でも、誰より深く生きてるから。」

 

ブルダの話が終わると、しばらく誰も口を開かなかった。

 

坑道は静まり返っていた。

他の奴隷たちは眠り、

この炭塵にまみれた空間に、灯火虫の光がひとつ、またひとつと滲んでいく。

 

そんな中で、トレムが動いた。

 

彼の胸元で揺れていた蔦が、

ゆっくりと地面に伸びていく。

 

石くれに触れ、欠けた炭の粉を集めて――

それを使って、地面に絵を描き始めた。

 

その線は、拙く、でもどこか丁寧だった。

 

子供。

笑っている。

その横に、大きな体のベアフォークが立っている。

目が柔らかく、手が伸びている。

 

それは明らかに、“ブルダと、あの子供”の姿だった。

 

ブルダは、それに気づくと

一瞬だけ――ほんの少しだけ、目を伏せた。

 

「……あたし、あの子に何もしてやれなかったのに。」

 

そのとき。

 

ポロッ――

 

トレムの蔦の間から、

黄金色に鈍く光る“魔鉱石の破片”が落ちた。

 

光はほとんど失われていたが、

それでも微かに何かの脈動が、石の奥でうごめいていた。

 

私はそれを、見つめた。

 

そして、言葉を紡いだ。

 

「……君は、今幸せか?」

 

ブルダがこちらを向いた。

その表情には、驚きも怒りもなかった。

 

ただ、少しだけ困ったような、遠くを見るような顔で答えた。

 

「分かんなくなっちゃったよ。

ここで目を開けるたびに、“生きてる”かどうかも、あやふやになってくる。」

 

「あたしが守りたかった未来は、とうに焼けちまった。

でも、まだ“今”を掘ってる。

それだけさ。」

 

私は小さく頷いた。

 

そして、迷いなく言った。

 

「ならば――私と共に、ここを出よう。」

 

ブルダの目が、わずかに見開かれる。

 

「……あんた、マジで言ってんの?」

 

「本気さ。

誰かのために命を懸けた女と、

誰かを救えなかった男と――

まだ名前すら知らない蔦の賢者。」

 

「この三人なら、地獄からだって抜け出せる。」

 

トレムの蔦が、ゆっくりと揺れた。

同意かもしれない。

あるいは、希望という言葉を知らない生き物が、それを嗅ぎ取った合図だったのかもしれない。

 

ブルダは短く笑った。

だが、そこには確かな熱があった。

 

「あんた、本当にバカだねぇ。

……でも、あたしはそういう奴の方が、ずっと“味”がいいと思う。」

 

静けさが、坑道に戻ってくる。

誰もが、さっき交わされた言葉の余韻に、黙って身を沈めていた。

 

トレムは再び、蔦で地面の絵に触れた。

ブルダは、少しだけうつむき、

私は、まだ砕けた魔鉱石を見つめていた。

 

その時――

 

「へぇ〜……なかなかロマンチックじゃないの。」

 

湿った岩壁の奥、

灯火虫すら気づかないような影の隙間から、

ひとつの声が滑り出してきた。

 

現れたのは、もちろんあの男。

 

ジク。

 

いつもの軽薄な笑顔に、目の奥だけが妙に鋭く光っている。

 

「いや〜、見てた見てた。

いい空気だったよ。“仲間の絆”、ってやつ?」

 

ブルダが顔をしかめる。

 

「あんた……また盗み聞きしてたのかい。」

 

ジクは肩をすくめて悪びれず言った。

 

「盗んでないよ、聞こえただけさ。

坑道の音はな、“必要な話だけ、勝手に耳に届く”もんさ。」

 

私は彼を見据えながら、静かに尋ねた。

 

「それで、君はどうする。

知ってしまった今、“通報”でもするか?」

 

ジクはふっと笑い、指を振った。

 

「しないさ。そんな野暮なマネ。

それより――」

 

彼は軽く膝をつき、私たちのすぐそばに腰を下ろした。

 

「俺にも一枚、噛ませてくれや。」

 

 

トレムが蔦をピクリと動かす。

ブルダは片眉を上げてジクを見下ろす。

 

「……本気で言ってんのかい?」

 

ジクは笑いを浮かべながらも、声だけは真っ直ぐだった。

 

「“ただのネズミ”に見えるかもしれないけど、

こう見えてもね――色々な事情に精通してるんだわ。」

 

私は目を細める。

 

「君にとって、それは利益になるのか?」

 

ジクは肩をすくめた。

 

「まぁ、正直に言うなら――この生活にも飽きた。

でもそれ以上に……なんかさ、面白そうじゃないか?」

 

「“奇妙な皮肉屋”、

“喋らない蔦”、

“女熊”、

そして“ドブネズミ”。」

 

「最高のパーティじゃないか。

少なくとも、俺の退屈には効きそうだ。」

 

ブルダが、ジクの背中を“ドンッ”と叩いた。

 

「へっ、いいね。だったらその調子で、

あたしたちに“脱獄の匂い”でも嗅がせてくれよ。」

 

ジクはひるまずにニカッと笑った。

 

「あいよ、熊姐さん。

任せな――俺。鼻にはちょっと自信あるんだ。」

 

 

ー ー ー

 

 

ま坑道に夜明けが訪れた――

とはいえ、それを告げる太陽は見えない。

 

天窓もなければ、風も入らない。

ただ、遠くの通路から聞こえてくる金属の軋む音と、

見張りたちのかすれた怒鳴り声が、“今日”を始めさせるだけだった。

 

私は、体を起こす。

 

背中のマットレスは薄く、岩の硬さは昨日と変わらない。

だが、今朝の“感覚”は、どこか違っていた。

 

火が灯っている。心のどこかに。

 

トレムはすでに目を覚ましていた。

彼は、丸めた蔦をゆっくりと広げながら、

地面に描かれた昨夜の絵――“あの子供とブルダ”を、そっとなぞっていた。

 

その手つきは、まるで祈りのようでもあった。

 

ブルダは豪快なあくびとともに起き上がる。

 

「ふぁ〜〜……あー、寝た寝た。

あたしにしてはよく眠れたよ。アンタらが“味のある夜話”してくれたおかげだねぇ。」

 

私は薄く笑った。

 

「君のいびきは、十分炭鉱の地鳴りと張り合っていたが?」

 

「それは失礼。でも安心しな、あたしのはいびきじゃなくて“内燃機関”だから。」

 

ジクの姿は見えない。

だが、それがかえって不安にはならなかった。

 

きっと、もう何かを嗅ぎつけに動いている。

あのネズミは、何も言わずとも、狭間に潜るのが得意だ。

 

ツルハシの音が、再び坑道に響き渡っていた。

同じ岩、同じ湿気、同じ埃。

しかし、今日は“同じ”ではない。

 

私たちは、明確な目的を抱えていた。

それは、ここを出るための最初の一歩――“会話”。

 

私は、トレムとブルダと共に、昨日と同じ壁面を掘っていた。

 

ツルハシの振る音に、微かに声を被せる。

それは、誰かに聞かれることのない、労働音の中に溶ける囁き。

 

「……深層に繋がる通路。詳しく聞かせてほしい。」

 

ブルダは、ツルハシを振る動作を止めずに答えた。

 

「深層の最南端。空気が薄くて、誰も長くいられない。

でもそこに、一カ所だけ空気が流れてる“穴”があった。」

 

「入り口は狭い。でも、風が通るってことは、どこかに繋がってる。」

 

私はその情報を脳内に刻む。

“風”は出口の証拠だ。

 

「通路に護衛は?」

 

「普段はなし。ただし、定期的に炭袋の回収に来る見張りがいる。

奴らの脚は遅いけど、嗅覚は侮れない。」

 

 

私の隣で、トレムが壁を小さく掘るような動作で反応する。

彼は言葉こそ発しないが、蔦が地面に「√」のような線を描く。

 

それは――「地下を通せる」という合図だったのかもしれない。

 

私はそれを確認して、再び声を落とす。

 

「あと三日。

その間に、道具を一つずつ準備する。

食料、水、地図代わりの記憶、そして“鍵”。」

 

ブルダはうなずく。

 

「ジクが鼻を利かせてくれるなら、もう少し情報が手に入るかもね。」

 

見張りが遠くで怒鳴る。

 

私たちは、すぐに“話をやめたふり”をして、

ただ岩を叩く奴隷の顔へと戻った。

 

昼の作業中、壁を掘っていたトレムの蔦が突然“引っかかった”。

 

その先を広げていくと、炭層の奥に妙に滑らかな壁面が現れた。

黒い金属――だが錆びもなく、明らかに今の世界のものではない構造だった。

 

謎の部屋の中にランタンを持っていき照らしていく。

 

すると、中心に鎮座していたのは、

楕円形のカプセル。無音のまま存在している“眠る装置”。

 

私は、表面に触れた。

 

次の瞬間――

 

魔法陣が走る。

 

淡い光が網のように広がり、構造の奥から何かが共鳴を始めた。

 

ブルダはツルハシを構え、トレムは蔦を盾のように動かす。

 

しかし、私はそのまま手を離さなかった。

理由のわからぬ確信があった。

 

やがて、カプセルが音もなく開く。

 

そこにいたのは――

 

銀髪の少女。

 

無表情で、小柄。肌は滑らかだが、人工皮膚のように感じられる。

目を開け、真っ直ぐに私を見つめて言った。

 

「起動確認。カトラ=R3、起床完了。」

 

「データリンク同期中……主、あなたを識別しました。」

 

私は言葉を失う。

だがその間に、彼女はごく自然に立ち上がり、姿勢を正して言った。

 

「……おはようございます、ご主人様。」

 

私は警戒しながら問いかける。

 

「私を知っているのか?」

 

彼女は瞬きをせずに答えた。

 

「指令コード:ノヴァ・プロトコル。過去照合情報不明。

しかし、あなたの“存在構造”は、私の記録内に優先順位1で登録されています。」

 

「結論:あなたはご主人様です。」

 

その言い方の余韻が消えかけた頃――

彼女はふと小首を傾げて、無機質に言い添えた。

 

「ですが、主。あなたの生命維持状態は、著しく非効率的です。

要改善。好きです。」

 

ブルダが鼻を鳴らす。

 

「……なんだいこの子、あたしより毒舌じゃないかい。」

 

私は眉を寄せた。

 

「感情はあるのか?」

 

カトラは間髪入れずに返す。

 

「搭載感情パラメータ:最適化中。

現在の感情:60%“忠誠”、30%“好奇心”、10%“主に対する倫理的懸念”です。」

 

「補足:あなたの判断基準には複数の論理破綻が見受けられます。

ですが、好きです。」

 

カトラ=R3の自己紹介が終わった後の空間には、

異様な静けさが流れていた。

 

機械と魔法、記憶と構造――

目の前の存在は、この世界のどんな文法にも当てはまらない。

 

私は、カプセルを見下ろし、

その隣で静かに立つカトラに目を向けながら、吐き捨てるように呟いた。

 

「……まったく、これはまた皮肉だな。」

 

「魔法だと信じていた世界で、

蓋を開けたら、SFめいた自動人形が『ご主人様』ときた。」

 

「ファンタジー世界だと思ってたのに、ジャンル変更の通知はなかったぞ。」

 

カトラは、無表情なまま応じた。

 

「主、ジャンルの境界は人間の都合であり、

現象にジャンルは存在しません。」

 

「補足:論理的に破綻した発言です。好きです。」

 

ブルダは溜息をつき、

腕を組んだまま、カトラとカプセルの両方を見据える。

 

「……あたしらのノンキなツルハシ仕事に、

こいつはちょいと場違いすぎるね。」

 

「問題は、“こんなもん”が見つかったこと自体が、

あたしらにとって、命取りになるってことだ。」

 

私は彼女に視線を向ける。

 

「……見つかったら、処理される。そういうことか。」

 

ブルダは静かに頷いた。

 

「ああ。こんな遺物、存在そのものが罪だよ。

奴らは絶対こう言う――“制御不能な技術は、破壊すべき”ってね。」

 

カトラはすっとこちらに歩み寄ってくる。

 

「主。現状の私の存在は、“秘匿案件”に該当すると判断します。

処置提案:破壊は非推奨。排除者が現れる前に移動を推奨します。」

 

トレムの蔦が、警戒するように細かく震えた。

 

私は、深く息を吸い込んで言った。

 

「つまり……この子は私たちの爆弾というわけだ。」

 

「だが、同時に――この鉱山を壊せる唯一の火薬でもある。」

 

カプセルの部屋を後にして、

私たちは坑道へと静かに戻った。

 

トレムは蔦で外壁を偽装し、

ブルダが周囲の音に耳を澄ませながら、

私は――後ろを歩く“少女型ロボット”を、未だ現実として受け止めかねていた。

 

坑道の分岐点に差しかかったそのとき、

ぬるりと壁の陰から声が降ってきた。

 

「……やっと出てきたな、お前ら。」

 

ジク。

顔は笑っていたが、その目は明らかに焦っていた。

 

「さっきから、炭鉱の“匂い”が変わってた。

あそこはただの空間じゃない……おい、何を掘り当てたんだ?」

 

ブルダが口を開こうとしたが――

それより早く、カトラが一歩前に出た。

 

「答えます。探索報告:坑道内部にて古代構造体への接続を完了。

自己稼働型スキャニングモードにて、脱出経路を一件検出。」

 

「……は?」

 

カトラは迷いもなければ、感情もない声で、まっすぐジクを見つめて告げる。

 

「経路概要:坑道深層通路、通称“カラ肺”領域において、

構造材の劣化部が存在。破壊により隔壁を崩落させれば、

下層に眠る地下水脈へアクセス可能。」

 

「地下水脈?」

 

カトラは続ける。

 

「はい。水路は自然浸食により地上側へと流出。

人体サイズでの通過は理論上可能。ただし酸素濃度及び水圧への耐性は個体差に依存。」

 

「要するに――泳げば出られるってことかい?」

 

カトラは頷いた。

感情ゼロの肯定だった。

 

「補足:泳げるならば、の話です。

なお、主は肺機能がやや弱っています。訓練を推奨。好きです。」

 

ジクは頭を抱えた。

 

「……いや、マジで何掘り当てたんだよ!?」

 

ストレンジは肩をすくめて言った。

 

「私の世界の技術ですら、これに比べれば黒魔術の域だ。

君の理解が追いつかないのは、正常だよ。」

 

ブルダはため息をつきながら、腕を組んでジクを見る。

 

「……どうする、ネズミくん。

引き返すなら、今のうちだよ?」

 

ジクは一度だけ大きく呼吸した。

 

そして、笑った。

 

「……バカだな、俺。

でも、面白すぎて今さら引けるかよ。」

 

カトラの冷静な説明が終わった直後、

その場に微かな沈黙が生まれた。

 

誰もがその内容を反芻していた――

“深層の壁を破壊し、地下水脈を泳いで地上へ抜ける”。

無謀だが、唯一の突破口。

 

その時だった。

 

ジクが、肩を震わせるように、ゆっくりと声を上げた。

 

「……いや、ダメだ。」

 

ブルダが目を向ける。

 

「ダメ?何が?」

 

ジクは珍しく――本当に珍しく、

笑っていなかった。

 

「今夜とか明日とかじゃ、もう間に合わねぇ。」

 

「俺が言うのもなんだけどよ……

お前らが見つけたアレ、絶対に誰かがもう気づいてる。」

 

トレムの蔦がピクリと反応する。

ブルダが顔をしかめる。

 

「……“匂い”かい?」

 

ジクは無言で頷く。

 

「あんなもん掘り当てて、何の気配も波も立たないわけがない。

さっきの魔法陣の光――坑道にいた奴が見てりゃ、

明日には“上”に報告が行く。」

 

「そしたら、“祓い”が来る。間違いなく。」

 

私は眉を寄せる。

 

「どれくらいの猶予がある?」

 

ジクは即答した。

 

「……“もうない”と思った方がいい。

やるなら、“今”だ。今、逃げるしかねぇ。」

 

その場に緊張が走った。

 

ブルダは短く息を吐き、

ツルハシを握り直す。

 

「あたしは……やるよ。

今やらなきゃ、どうせ後で“火の中”だろうしね。」

 

カトラがストレンジの方を向く。

 

「主、判断を仰ぎます。

作戦開始推奨レベル:99.2%。」

 

「補足:このまま留まる場合、抹殺リスクにより“再起動”不可となる可能性が高いです。

なお、主の判断が遅延する場合、強制的に“保護行動”を選択します。好きです。」

 

私は目を閉じて、呼吸を整えた。

 

そして、静かに言った。

 

「……ならば、やるしかない。

今夜ではなく、“今この瞬間”――

この鉱山を脱出する。」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。