カフェオレを飲んで落ち着いた俺はライカンさんの言ってくれたように慌てることなく改めて口を開く。
「ーーどんな人だったんですか?」
最初にしたのはそんな当たり障りのない、自分で言っておいてなんだが漠然とした質問だった。どんな人。なんてそんなの接した人によって大なり小なり抱く印象は違ってくるだろうし、主観が多分に含まれるであろう情報なんて聞いてどうするんだと自分でも思う。
でも、ライカンさんの主観的な評価ならそれは客観的な評価と相違ないのでは?ともなんでだか思えていた。出会って話したのはたった数分。そんな相手なのに俺は不思議とライカンさんの観察眼に対して高い信頼を持ててしまっていた。
それと単純に知りたかったのもある。ライカンさんがその人についてどう思っているのか。
「そうですね。彼は、子供のような人物でした」
「……子供? それはえっと、落ち着きがなくて子供っぽいとかそういう…?」
ライカンさんの評価に俺は疑問に思って問う。同時にその「子供のような」という印象と(主観で)自分の印象を照らし合わせてみる。俺って子供っぽい…?いやそんなこと……な、ないとは言い切れない、のか?だって既にライカンさんに落ち着いてって子供みたいに嗜められちゃってるもんな……うわぁ認めたくない……
そんな風に考えて勝手に落ち込みかける俺だったがライカンさんは「いいえ」と首を横に振る。
「悪い意味ではなく良い意味で、です」
……良い意味で子供のような人?それどんな人?と俺はまた疑問を抱く。なんだろ。子供っぽさ……素直?純粋?裏表がないとか?そんな俺の疑問に対するライカンさんの答えはこうだ。
「無邪気で好奇心旺盛……そういう意味で子供のような性格をしていました」
「な、なるほど……? ……ライカンさんとその人ってどういうご関係だったんですか? ただの友達……って感じじゃないですよね?」
無邪気。好奇心旺盛。確かにそれらの言葉には良い意味で子供っぽいイメージがあるかもしれない。……いやほんとにそうか?好奇心旺盛って良い意味だけじゃなくて悪い意味でも使えるような……?と思いつつも続けて質問する。
「えぇ、彼とは仕事上の付き合いがありまして。私と彼は上司と部下という関係であり、エレンと彼は先輩と後輩という関係でした」
「仕事上の付き合い……それって一緒に働いてたって認識で合ってますよね?じゃあもしかして職場は……」
「はい、今日あなたが来店なされたあのメイド喫茶です」
「!ま、マジですかっ…!?」
ライカンさんから返ってきた言葉に俺は目を見開いた。赤の他人の話ならここまで衝撃は受けないがもしかしたら自分であるかもしれない人物がメイド喫茶で働いてた、という話なので流石に驚く。……まぁ男だから流石にメイド服着て接客してたとは思えないし普通に考えて裏方の仕事をしていたんだろうがそれでもビックリだ。
(無邪気で好奇心旺盛……)
改めてその二つの情報と自分の印象について考えてみた。自分が無邪気かどうかはぶっちゃけ自分自身じゃ判断しようがないので一旦スルーしておくとして、問題は好奇心旺盛か否かだ。…………自分でいうのもなんだが、俺の好奇心はまぁまぁ旺盛な気がする。どれぐらい旺盛かって?これは実体験だけど、仕事で配達中に車を運転しているとき。その道中で見たことない飲食店の看板なんかが目に入ると「あれ?ここって前ピザ屋じゃなかったっけ?」「ラーメン屋になっとる…へー初めて見る店名だなぁ」「よし!今日仕事帰りにでも行こっと!」となるぐらいには好奇心がある。
……それとこれはホントに例えばの話なんだけど、仮に誰かが目の前で危ない目に遭っている場面に遭遇したら、多分俺は気になってこっそり見に行くだろうし、跡をつけると思う。正義感からとかじゃない。ちょっとの心配の気持ちと好奇心から俺は、わたしは、そういうことをすると思う。間違いなく。絶対に。こればっかりは理屈じゃ説明できない。
そうすることによるリスクがどれだけのものか理解できない訳じゃない。想像がつかない訳でもない。ただ気になってしまったから。俺はきっとその気持ちを無視できない。自分でも上手く制御できない。
後先を考えつつも好奇心だけは抑えられないで、 衝動的に動く。それはまるで、
(ーーあぁ、ひどく子供っぽい)
ライカンさんの語る「誰か」の性格は俺にも当て嵌まっている。
ただ良い意味じゃなく、悪い意味で。
(……あれ?)
と、そこまで考えた所でふと自分の思考に
(俺、今なんて考えた?)
引っ掛かったのはある思考。
目の前で危ない目に遭っている場面に遭遇したら、多分俺は気になってこっそり見に行くだろうし、跡をつけると思う。正義感からとかじゃない。ちょっとの心配の気持ちと好奇心から。
(……ちょっとの心配の気持ちと好奇心から……?)
その自分が抱いた最後のフレーズになんとも言えない既視感を感じた。以前にも俺はどこかで似たようなことを誰からか聞いたような気がする。一体どこで?誰がなんて?
「? どうかされましたか?」
ライカンさんが暫く黙っている俺を心配して声を掛けてくれた。だがそっちに気を配る余裕は今の俺にはなくて、思考を止めることなく何とか思い出そうと両手の人差し指をこめかみにトンと当てて集中してみる。自分にこう言い聞かせて。
思い出せ。思い出せ。思い出せ。
(…………クレタさん?)
思考して真っ先に思い浮かんだのはその名前。俺が一ヶ月近く前に荷物の配達先の工事現場で出会った少女。エレンさんと同じく俺を誰かと人違いしていた人物。なんで今クレタさんの名前が脳裏に浮かんだ?多分それは彼女が話してくれた言葉にこそ俺が引っ掛かりを覚えた、その理由があるからだと思う。
こめかみに当てた指に少し力を加え、押し当てる。目を閉じてもっと深く考えてみる。
………あっ。
『確かに俺はこの子供を思って後を追った。だが、その時に抱いた思いが君の優しさと似たものかといえば決して違う。今さっき説明したように俺がこの子供を追った理由は心配と好奇心が半々だ………いや違うな。実際は好奇心の方がやや上回っていただろう』
そうして思い出したのはクレタさんが教えてくれた兄貴、俺のそっくりさんがしていたというある発言だった。
(あの時、クレタさんのいう兄貴って人の話を聞いて俺はーー)
ーーまるで自分とはキャラが違う。そう思ったんだっけ?でも確かある一点に関しては共感できた筈だ。それは確か子供を追ってホロウに入った理由に、
『実際は好奇心の方がやや上回っていただろう』
……あぁ、そう語ったところだ。
…………ちょっと待って。というか一ヶ月近く前の、他人から教えてもらった話の台詞を(多分)一語一句違えず覚えてるの地味にすごくない?え、俺普段物覚え悪いのに……こ、これは快挙なのでは!?
(た、確かに……いやいや! 何バカなこと考えてんだ俺は。脱線しちゃダメだって。しっかりしろ俺。というかそれをいうならこれを俺に説明したクレタさんの方が事細かに記憶しててお前よりすごいでしょうが)
真面目に頭を回していたところ、スッと割り込んできたそんな思いに俺は内心感心しかけたがすぐに頭を振って雑念を払う。
(集中集中………ん? あれ?)
改めて集中して考え出そうとして、俺は違和感を覚えた。何にかといえばクレタさんに兄貴と呼ばれた誰かさんの口にしていた発言に、だ。改めて振り返ってみる。
『確かに俺はこの子供を思って後を追った。だが、その時に抱いた思いが君の優しさと似たものかといえば決して違う。今さっき説明したように俺がこの子供を追った理由は心配と好奇心が半々だ………いや違うな。実際は好奇心の方がやや上回っていただろう』
うん?何だ?俺は今どこに違和感を覚えた?どこが変だ?
『今さっき説明したように俺がこの子供を追った理由は心配と好奇心が半々だ………いや違うな。実際は好奇心の方がやや上回っていただろう』
………………。
『心配と好奇心が半々だ………いや違うな。実際は好奇心の方がやや上回っていただろう』
(……ここ、なんか、変じゃないか? 何がってーー)
言い回し?っていうか……この人は自分の話をしてるんだよな?自分がどうして子供を助けにホロウに入ったのか、その理由を語ってる訳だ。なのになんだかこの台詞は……
(ーー他人事染みてる?)
どうしてか、そう感じた。まるで自分のものではない誰かの気持ちを推し量って口にしてるみたいな。そこで一つ予想が生まれた。……ホロウに入ったのがこの人の意思じゃないとしたら?
(……もしも、その推察が正しかったとして、つまりどういうことだ?)
そこでかつての思考、確信を思い出した。
あの日、クレタさんと別れて乗った車、グローブボックスに入っていた見慣れない…使い込まれた警棒。
「ーーあんたは、俺じゃない」
そして、あの時に抱いた揺るぎない確信を、気付けば俺は口にしていた。
あぁ、そうだ、あんたは俺じゃない。
でも、だとしたら、あんたは一体誰なんだ?
あんたは、一体なんで、
(ーー止せ)
そこまで考えた瞬間、突然誰かの声が聞こえた。
どこか、聞き覚えのある懐かしい声だった。
(……えっ……)
同時に眩暈に襲われた。
かと思えば、体に僅かな衝撃と痛みを感じる。
「ーー大丈夫ですかっ!?」
「? ぁ、れ……?」
目を開けて意識を現実に戻せば、俺の体は椅子ごと横にぶっ倒れていた。見ればライカンさんが倒れた俺の傍にいて、店長の機械人さんまでいた。なんだってこんなことになってるか理解が追いつかないが幸いなことに倒れた際に俺の右手はちゃんと床に触れて受け身をとっていたらしく怪我はない。……だが不可解なことはある。
(今聞こえた声……それに……)
受け身をとった自分の右手を見てみる。
目まで閉じて自分の体が倒れることに気付かないレベルで思考することに過集中していた俺が、咄嗟に受け身をとるなんてことはたして可能なのだろうか?
そもそもの話、考え事をしてる最中に体が倒れるってなんだ?別に意識が飛んでた訳でもあるまいし……。
(ーーもしかして、勝手に動いた……? いやまさかそんなこと……)
ある訳ない、と思いたい。
自分の体が自分の意志とは関係なく動く。
一瞬、脳裏にそんなありえない仮説が浮かんだが、そんな風に思考を続けるのを一旦止めて俺は心配そうにこちらを見るライカンさんと機械人さんに向けて笑顔を取り繕う。
「あ、あはは…ちょっとボーっとしちゃってたみたいです。ご心配おかけしちゃってすいません…!」
言って床に手をついてさっさと身を起こすが二人のこちらに向ける視線、そこに宿る懸念の気持ちはまるで和らいでいない。
「お手をどうぞ」
片膝をつきながらライカンさんはそう言うとこちらにそっと手を差し伸べてきた。俺は咄嗟に「自分で立てます」と遠慮しようとしたが、親切を無碍にするのもよくないかと考え直して「あ、ありがとうございます…」とその手を掴んで立ち上がる。それにしてもライカンさんってどんな所作しても絵になる人だなぁ……。
「あなたさえよろしければ、河岸を変えませんか?」
「へっ?」
「……余計なお世話かもしれませんが、今のあなたは少し、いいえ、随分と調子が悪いように見えます」
俺の手を掴んで立ち上がらせてくれたライカンさんはそんなことを言ってくる。それにすぐ「大丈夫です」と返せればよかったのだが……その言葉は俺の口からは出なかった。………ライカンさんにそう見えるのなら、実際そうなのかもしれないと思えてくる。
(痛みはない。ただ意識がぼーっとしてるというか……安定していないっていうか、頭が上手く回ってないような……)
今の俺の自覚できる範囲での体調はそんな感じだった。寝起きに頭痛をプラスしたみたいな具合だ。これは柄にもなく集中して頭を働かせ過ぎた所為なのか?脳疲労ってやつ?考えてもわからないことに無駄に疲弊した脳のリソースを費やしながら俺はライカンさんの提案になんとか頷いた。
一瞬、頭に聞こえた声の正体はわからない。どうして懐かしいと感じたのかもわからない。
だけど、何故か俺は……無性に泣きたい気分だった。
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