クレタさんの話を聞き終え、ラーメン屋を出た俺達はクレタさんの提案ですぐ近くにある店「リチャード・ティーミルク」で彼女オススメのティーミルクを買った。
最初はクレタさんの奢りで……といった流れだったのだが社長とはいえ見た目が幼い少女に俺のような者が奢ってもらうというのは精神的にも絵面的にも不味い気がしたので咄嗟に遠慮して自分の分は自分で買うことで事なきを得た。
「どうだ? 美味いだろ?」
それからティーミルク片手に俺達は目の前にあった歩道橋を上ってその中央あたりで足を止め、互いにティーミルクを一口飲んで感想を零すとクレタさんの方から口を開いた。
「それで、さっきの話の続きなんだけどよ」
「何か思い出せたか、でしたっけ?」
彼女の言葉に俺は手摺にもたれ掛かりながら改めて考える。クレタさんの話を聞いた俺の中に湧いた感想はといえば「すごい話だなぁ」なんて小並感なものでしかなかった。別にクレタさんの話を信じていない訳じゃない。ただクレタさんの話す「兄貴」とやらの存在がどこまでも自分とは似ても似つかなくて、やっぱり彼女は人違いをしているのだろうなぁ…という思いが強くなるにつれて話への興味関心は徐々に薄れていってしまった。
(それに………)
彼女は俺に対して話してくれたが、その目は俺を見ていないような気がする。こちらを見ているようでその目は俺じゃなく「兄貴」と慕う誰かさんを通して見ようとしているっていうか……。
それが嫌でも分かってしまって、何だか居心地の悪さを感じてしまう。
「……特には何も。でも、やっぱり人違いだと思います。クレタさんの慕う兄貴って人と俺は、きっと別人ですよ」
話を思い出してみる。話の内容をそのまま真に受けるなら、兄貴とやらの言動や行動は俺とは似ても似つかない。彼は真面目もしくは律儀さが服を着て歩いてるような人物で?エーテリアスとも当たり前みたいに戦えるぐらいに強くて?その上に顔も名前も知らないすれ違っただけの赤の他人を心配して助けるためにホロウに入ったって??
何だそれ。誰だそれ。
俺とはキャラが違いすぎるし、何を考えているかもさっぱりだし、ただ俺じゃないのは確かだろう。
「そうか? ……ま、あたしはそうは思わねぇけどな」
……またこれだ。こちらの意見を聞いたクレタさんはティーミルクを一口飲むと、俺の隣に同じようにもたれ掛かって言う。
(頑固だなぁ……)
きっとこの人は俺が何を言っても納得しないんだろうな、と思いながら俺は歩道橋の下を走って行く車を見つめながらまた考えた。居心地の悪さは増すばかりだ。
最初、本当に一部だけだが、俺と兄貴とやらが似てるなと思った部分があった。それは兄貴とやらが子供を追ってホロウに入った理由で心配と好奇心が半々、否、好奇心がやや上回っていると語ったところだ。
確かに俺が彼と同じ立場で、万が一、億が一、他人の為にホロウに入ることがあるとすればその理由はきっと善意などではなくて、好奇心に駆られた結果だろう。
だけど、その後の言動は俺にとっては理解に苦しむものばかりだった。特に「頭がおかしくてもそのお陰で誰かの一助に成れているなら悪い話じゃない(要約)」だっけか?……意味わからん。俺はそんな風に考えられない。そんな高潔な生き方できる訳もない。したいとも思わないが。
(……っと、もうこんな時間か)
「もうすぐ休憩時間終わっちゃうので、俺はこの辺で失礼しますね」
ふとポケットから取り出したスマホで時間を見て、昼休憩を取り始めてからもう四十分近くが経とうとしていることに気付いて俺は口を開く。確かクレタさんもさっき工事現場で一時間後に作業再開とか言ってたし、現場に戻るまでの時間も考えたらここらで解散した方がいいだろう。
それにさっきのクレタさんの言葉から無言が続いて何だか気まずくなってきちゃったし。
「! 待ってくれ! あたし、前会った時から……あんたに一度聞いてみたかったことがあってさ」
「聞いて、くれるか……?」
軽く会釈してその場を去ろうとした俺の背に彼女は声を掛けてきた。最後の声音からは今までの溌剌さが感じられなくて、気になって振り返ればそこにいたクレタさんは俯き気味でどこか不安そうだった。……もしかして俺が怒っているとでも思っているのか?別にそんなことは全然ないのだけど。なんでそう思っているのだろうか?
「………はぁ」
彼女が何に不安を感じているのかはさっぱりだったが、子供相手にここで「すいません、仕事ありますので」と続けて立ち去るのは大人気ないというか、罪悪感を感じざるを得なかった。ので、小さな溜息を吐いてから踵を返してクレタさんの隣に行ってまた手摺にもたれる。
「俺はあなたの慕う兄貴って人じゃないですけど、それでもいいんだったら………聞いてやらんでもないですよ?」
教えてくれたティーミルクも美味しいですし、とティーミルクを一口啜ってから彼女に顔を向けて言う。するとクレタさんは顔を上げてパァーッと嬉しそうに笑ってから俺の隣で同じように手摺にもたれた。
「……ありがとな、配達員のにーちゃん。それと、さっきは悪かった」
「そんなの別に気にしてないですって。俺、何でだか人違いされるのには慣れてるみたいなので」
どうやらクレタさんはこちらが否定しているのに兄貴呼びを続けて、それで俺の機嫌を損ねてしまったとでも思っていたようだった。だがこちとら理由は定かじゃないが人違いされることには何故かデジャブを感じちゃって謎に慣れてしまっているのだ。この程度のことでキレたりはしない。
……まぁ、人違いされて初対面の他人に親しげに話しかけられた時は少なからず恐怖を感じるし、そういう時は咄嗟に弁明してさっさと逃げ出したいって思考になっちゃうだろうけど。
「それで、聞いてみたかったことって何ですか?」
「……にーちゃん、あんたはーー」
……兄貴から「にーちゃん」呼びになったことに関してツッコミを入れたくなったがさっきの話で話の腰を折りまくってしまったので今回はグッと堪えて俺はクレタさんの言葉に耳を傾け、
「自分のことを「大人」と「子ども」のどっちだと思ってる?」
ーー言われて、考えてみた。難しい問いだ。
今、俺は普通の配達員として食い扶持を稼いで、多少の自由と不自由の中で生きている。自分の力で働いて稼いで一生懸命に生きている…つもりだ。そんな俺が「大人」か「子供」か……俺は……
「子どもですかね? うん、きっと、どうしようもないガキのまんまだ」
そうだ。俺はきっと大人じゃない。大人になりきれていない子どもだ。
「なんでそう思うんだ?」
「うーん………クレタさんって、憧れの大人の人っていますか?」
「はぁ? ……憧れの大人?」
質問に質問で返してしまう形になったが俺は彼女に聞いた。
「ですです。いつかあの人みたいになりたいなぁ〜、っていうか、目標にしてる人みたいな?」
「………いるかもしんねぇ」
ティーミルクを一口飲んでから考え、クレタさんの返答に頷いた俺は再び口を開く。
「俺にもいるんですよ、そういう憧れの大人ってヤツ。……いや、
「で、その憧れの大人と今の自分を比べて考えてみて思ったんです。まだまだ俺なんて子どもの気がするなーって」
なんて言いながら内心で俺は自分の発言に自嘲した。何をテキトーなことを、と。憧れの大人。確かに俺にはそんな相手がいたのだろう。けれど、俺はきっといつまで経ってもその「憧れの大人」のようにはなり得ない。
だって、俺はもうその「憧れの大人」の声も顔も名前も思い出せない。ただそんな人がいたような気がする。そんな漠然とした感覚だけが頭の片隅に残っている。
思い出せない相手と自分を比べて考えることなんて、できる筈もない。
(憧れの大人っていうんだから、きっと今の俺なんかとは比べ物にならないぐらいカッコよくて強くて金持ちだったりして………ちょっとイメージが俗っぽすぎるか?)
それでも目を閉じて、頑張って想像してみて……自分はきっと憧れには程遠いのだろうなぁーと思ってしまう。だってだらしない生き方をしている自覚はあるし。
「……いつか超えられるといいな、その憧れの大人ってヤツをよ」
「? 超える? ……確かに、そうですね」
クレタさんの言葉に俺は僅かに思案してから同意した。憧れの大人のようにはなれない、なんて俺は考えていたがそもそもの話、仮に憧れの大人の存在を俺が鮮明に覚えていたとしても俺は俺。憧れた誰かとは別人。
「クレタさんもさっき憧れの大人っていうか、目標としてる人がいるかもって言ってましたよね?」
「……まぁな」
「なら、お互い頑張りましょうか。憧れの大人を超えられるように」
「! あぁ、そうだな!」
それから俺とクレタさんはどちらからともなくティーミルクの入った容器を前に差し出して、乾杯するように容器を軽くぶつけ合い、歩道橋の上で別れてそれぞれの目的地に向かって歩き出した。
クレタさんと別れて近くの駐車場に停めていた車に戻った俺は背もたれに寄りかかって「はぁ」と息を吐く。
そして、ふと思い出したのはクレタさんが教えてくれた俺と瓜二つの誰かさんの話……その中に出てきたある
(警棒、だっけか?)
兄貴とやらは警棒を使って戦っていたらしいが……あぁ、どんな見た目かとか色かとか細かく聞いとけばよかったな。なんて思いながら俺は助手席のグローブボックスに手を掛けた。
……なんでそんなことを思ったのかといえば改めて考えた末、警棒らしきものに心当たりがあったからだ。グローブボックスを開けてみれば、
「…………」
その中には車の保険証や取扱説明書、ガソリンカードなんかと一緒に黒い棒状の何か……警棒と思わしき
「重っ」
とりあえず手に取ってみれば確かな重さを感じた。また持ってみた感想としては慣れない…初めての感触だった。こんな重さの物を片手で自由自在に振り回せる気は微塵もしない。振り回すにしても両手で持たなきゃダメだなこりゃ……というか警棒ってこんなに重いの?あとこれ何で出来てんの?金属?ゴム?プラスチック?それにこの警棒らしき物はどうすれば伸びるのかもさっぱり何だが……手で伸ばせばいいのか?それとも思いっきり振りでもすればいいのだろうか?
そう、俺は今日初めてこの警棒らしきものを手に取った。今までも給油の際などにカードを取り出そうと何度もグローブボックスを開けてその度にこれは目に入っていたのだが……
(というかコレ何だ? いつからココに入ってた?)
そもそもの話、俺はこんなものをココに入れた覚えがなく、こんなものを買った覚えすらなかった。当然これを使った覚えもない。だというのにこの警棒?の持ち手には細かな傷が幾つかついているように見えた。……気のせいだろうか?
例えば、単純に俺が忘れているだけでこれが会社から配達員全員に支給されている護身用品だというのであれば、これをここに入れたのは俺自身ということになるだろう。それならそれでいい。
だが、もしそうじゃないとしたら?いつ?どこで?誰が?何の為に?こんなものを俺のような一配達員の乗る社用車に入れたのだろうか?
そもそも、ここにあるこの警棒とクレタさんの話に出てきた兄貴とやらが使っていた警棒は同一の物なのだろうか?仮に同一のものだとしたら?
何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、
「……だぁー!もうっ!柄じゃない柄じゃない柄じゃない!!」
柄にもなく思考し過ぎた末に思考の渦に呑み込まれるような錯覚を覚えた俺は咄嗟に手に持っていた警棒?をグローブボックスに捨てるように放り入れ、頭をガシガシと掻きながら叫んで思考を無理くり止める。
(阿呆なんだから、いくら真面目に考えたって仕方ないだろうに……馬鹿らしい)
無駄なことを考えるのを止めて、仕事に戻るべく俺はキーを挿し回して車のエンジンを掛け、それから発車するべくアクセルペダルに足を添えた。
考えてみてもわからないことだらけだが、ただ一つ分かっていることが俺の中にはあった。
そして、それは俺にとって、単なる憶測ではない。
(あんたは、俺じゃない)
それは俺にとって、揺るぎない確信だった。
クレタ編これにて完です。
キャラ紹介
・オリ主
クレタの話を聞いて彼女が慕う兄貴とやらと自分は別人だと確信した。
この後、しっかり気持ちを切り替えて仕事に臨んだ。ちなみにクレタの片手でのハンマー投げについてはまだ見せてもらえていないので半信半疑。
・クレタ
配達員と話す中で彼があの日に会った兄貴本人だと結論付ける。が兄貴と呼ばれるのを配達員が嫌がっているのを察して兄貴呼びはやめた。ちなみに歩道橋での解散前に配達員とノックノックを交換したことでウキウキで現場に戻っていった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
感想や批評などありましたら遠慮なくお願いします。
励みになります。