人違いだと思う、いやマジで   作:平々凡々侍

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ご無沙汰しております。


エレン/逃走②

 

 初めてアイツと出会ったのはいつだったっけ?あたしも一々記憶してる訳じゃないからあってるかどうかは確かじゃないけど、初めて会ったのはたぶん1年近くは前だったと思う。

 

『ーーでは、皆に軽く自己紹介を』

 

 フォン・ライカンーーボスがどこからか連れてきたアイツは初め、ヴィクトリア家政の経営するメイド喫茶にバイトとして新しく入るキッチンスタッフとしてあたし達に紹介された。

 

『は、はいっ……!』

 

 第一印象はオドオドしてて、見るからに緊張しいなヤツって感じで、何かに怯えている様子はどことなくカリンちゃんと重なる部分があった。

 

『は、初めまして! 今日からこちらで働かせていただくことになりました! ーーーと申します!』

 

『えっと、その! わからないことだらけで色々とお手数おかけするかもなんですが、精一杯頑張りますので、ご指導ご鞭撻のほど……あの、よ、よろしくお願いしますっ!!』

 

 あと緊張からか早口で大声すぎた自己紹介は記憶にわりと残ってる。

 

 ……初めて会った時、アイツは何かに怯えてた。その「何か」がなんなのかはその時も分かんなかったし、今となってもあたしには分からない。

 

 初めての環境に?周りからの奇異の視線に?もしくはその両方?それか単純に緊張し過ぎてそう見えただけ?いやそのどれとも違う理由かもしれない。ただその理由について考える最中に「まぁどうでもいっか」と思う程度にはアイツに対してあたしは最初無関心でいた。……正しくは、無関心でいられた。

 

『ではエレン、彼への教育はあなたに一任します。くれぐれも仕事中に居眠りはしないように』

 

 ………そう。ボスからの半ば無茶振り染みた発言であたしがアイツの教育係に指名されるあの瞬間までは。今思い出してみてもあのボスからの釘を刺すような一言は「新人の前で居眠りして困らせないように」という意味だけじゃなくて「流石に新人の前では居眠りできないでしょう?」という嫌がらせ以外のなにものでもなかったと思う。ボス本人に聞いたわけじゃないから真意は定かじゃないけど。

 

『はぁ〜……最悪っ』

『……あの、なんか、すいません』

『……謝んないでいいって。別にアンタのせいじゃないし』

『そ、そう言ってもらえると助かります……』

 

 そんな訳で始まったあたしとアイツの先輩後輩の関係は分かり切っていたことだけど、無愛想な先輩(あたし)と緊張してる後輩(アイツ)で最初はそれはもうぎこちなくて初っ端からあたしは「こういうのはあたしじゃなくてリナに頼めばいいじゃん」「なんならあたしよりカリンちゃんの方が向いてない?この二人どことなく似てるし、相性悪くなさそうじゃん」と教育係を投げたいと思っていた。

 

 アイツも最初の頃はあたしのことを見るからに怖がってた。…まぁ無理もないでしょ。だってあたし特に愛想良くなかったし、後輩の教育なんて初めてで上手く先輩できてなかったと思うし。

 

『え、エレン先輩! ちょっとお聞きしたいことが……』

『はいはい。ちょっと待ってて』

 

 だけど、日が経つにつれアイツの緊張がとれて環境に慣れていったこととあたしもそれなりに先輩って立場で人にものを教えることに慣れていったことが重なってぎこちない先輩後輩の関係はすぐに終わった。

 

『あの、エレン先輩……ほんと今更なんですけど』

『ん? なに』

『その……エレン先輩って、お呼びしてもよかったですか?』

『……いやほんと今更だし。いいよ。好きに呼んだら?』

『! はい、改めてよろしくお願いします! エレン先輩!』

 

 ……まぁあたし達がそんな関係になれた一番の理由は単にアイツがいいヤツだったから、ってだけのことなんだけど。

 

 そんなあたし達の関係はそれから3ヶ月ぐらい続いて、自分で言うのもなんだけどまぁ悪くない先輩後輩(コンビ)だったと思う。そんな自覚があるから、アイツが店に来て口にしたあの一言。

 

『だ、誰かと人違いしてませんか? 自分この店に来たのは今日が初めてなので、あなたとも今日が初めましてだと思うんですけど……』

 

 まるで今日初めて会ったみたいな反応に、台詞に、柄にもなく頭にきて、

 

『ーーすみません無理ですぅううーっ!!』

「ちょっ」

 

 こっちの言葉を聞いて怯え切った様子で店を出て行ったアイツを見て、

 

「! いた」

 

 何故か、咄嗟にあたしはアイツを追いかけて店を出てしまっていた。

 

(もうすぐシフト上がりなのに……何やってんだろあたし……)

 

 なんて冷静に思いつつもアイツに聞きたいこと、話したいことがあるのも確かで……

 

「か、勘弁してくださぁあああーいっ!!」

「!? こら! 逃げんなっ……!」

 

 ここで見逃したら次に会うのがいつになるかもわからない。だからさっさと追いついて捕まえようと考えたんだけど………え、いや速っ。というか怖いからって久しぶりに会った先輩に対してそんな泣きそうな顔する?なんか失礼じゃない?

 

(は? 何こいつ逃げ足速くない?)

 

 こんなに足速かったっけこいつ?いや別に一緒に働いてた時も特段運動神経が悪いなんて思ったことはなかったし……どっちかというと身体を動かすのが下手くそって感じだったけど……追いかけ出して数秒もしない内に予想外の逃げ足の速さに驚きつつ、元とはいえ先輩後輩という仲だったあたしから必死に逃げようと走っている後ろ姿に、走りながらこっちを振り向いて「ひぃ」と上げる悲鳴に、まるでこちらを知らないかのような振る舞いに、その反応の数々にあたしの中の怒りのボルテージはグンと上がって、

 

(一発蹴ってでも……いや蹴ってとっ捕まえてやる)

 

 あたしはそう決めた。

 

『……それと、あんた、もう店には来ないでよ』

 

 ……それと、今更だってわかってるけど、あの時のこと、あたしはちゃんとあんたに謝りたかったから。

 

 ☆☆☆

 

 鮫メイドさんから逃走を初めて凡そ2分が経とうとした頃。

 

「はぁはぁ……! な、なんだってこんなことに……!?」

 

 まともに足を止めずに走りっぱなしということもあり、流石に呼吸を荒くしがらも俺はまだ逃げ続けていた。普段碌に運動していないにも関わらずここまで動ける自分の体力にも驚きだが、それ以上にここまで走り続けているのにまだ追われ続けている事実の方に俺は心底恐怖していた。

 

(なんでまだ追いかけてくんのあの人っ!?そこまでしてカツアゲしたいか!?ここまで逃げられたら諦めるでしょ普通!)

 

 なんなのその執念!!俺そんなに金持ってそうに見えます?というかなんでそんな走りにくそうな身なり(メイド服にハイヒール)でそんな速く走れんの!?冷静に考えてみれば驚きの要素だらけだ。走りながら振り返ってみればまだ視界には鮫メイドさんの姿がバッチリ映っている。こちとらヒーヒー言いながら全力疾走してるっていうのにあちらはパッと見汗一つ流してないように見えるのがとってもホラーだ。更にホラー要素を付け加えると最初は無表情っぽかった顔が逃走開始1分を超えた辺りで怒りからかピキピキしてる。そのことに気付いた瞬間は心臓がヒュッとするレベルに怖かった。

 

(このまま逃げ続けても埒が明かない………というかこのままいったら体力的に俺の方が先にへばって捕まっちゃう)

 

 走りながらいくつかの逃走ルートを考える。まず冷静になろう。俺の現在位置はルミナススクエアにあるメイド喫茶から800mちょい離れたところ。今ちょうど映画館が見えてきたが、まずこの辺りに逃げ込めるような場所はあっただろうか?このエリアで安全な場所となれば真っ先に思いつくのは………やはり治安局だ。あそこまでなんとか辿り着ければ流石に鮫メイドさんも追っては来ない筈……多分、きっと……え、いや追って来ないよね?治安局でカツアゲとか許される訳ないもんね!?

 

 まず最初に考えついたAルート。治安局に逃げ込む場合。真っ先に思いついた案にしては中々いい。かなり安牌な気がする。ただ問題点としては現在地(商店街入口付近)から治安局に行くには今来た道を引き返す、もしくは商店街に入ってそれから路地に入ってぐるりとまわって治安局を目指す2パターンがある。今来た道を引き返す場合は今確実にキレつつある鮫メイドさんと向き合うことになる上に抜くか躱す必要があるが……いや無理では?そんなことしようもんならパンチかキックが飛んできて即捕まらないだろうか?というか自分に向かってきてる相手を正面から抜くor躱すなんてなんの技術もない俺に可能なのか?改めて言うまでもないが俺はスポーツ選手じゃない。逃げ足にちょっと自信のあるただの配達員だ。つまり……やっぱり無理!!

 

(つまり、Aルートを選ぶ場合は消去法で商店街に入るルートで行くしかないってことになる………それなりの距離を逃げる必要があるけど……上手くやれるのか?)

 

 次に考えついたBルート。商店街に入ってそこからどこかの店に入店して身を隠す場合。この案はAに比べると実行自体は比較的に簡単に思える。どこかのタイミングで逃げるスピードを上げ、商店街に入る際の曲がり角で鮫メイドさんの視界から一瞬消え、その隙にどこかの店にお邪魔して隠れる………うん、全然できそうな気がする。ただこのルートには入店後、隠れてるところを鮫メイドさんに見つかった場合ほぼ詰むという見え見えのリスクがある。今なんとか追いつかれずに済んでいるこの状況、目測だが3mちょっとある距離。僅かかもしれないがそれでも確かにあるアドバンテージ。これを投げ出してまで隠れたとして……ハイリスクすぎる感じは否めない。

 

(十分に実行可能だけど、その後が怖すぎるBルート……うーん)

 

 最後に考えついたCルート。それはこのまま走り続けて自宅に逃げ込む場合。自分で考えておいてなんだが上手く行く気がこれっぽっちもしない。いや距離的には問題はない。実際俺は今回オムライスを食べる為にメイド喫茶まで徒歩で来てる訳だし、元々帰りも徒歩の予定だったから。ただ問題は今も割と全力で走っているのに3mちょっとしか距離を離せてない相手(恐らくカツアゲが目的)に自宅を特定される可能性があることだ。……うん、やばいなんてもんじゃない。Bルートなんかよりよっぽどハイリスクに思える。

 

(うん、ここはAだな)

 

 色々考えた末、俺は逃走ルートを最初に考えついたAルートに決めた。走る速度を上げ商店街に入る。まぁ今までも気持ち的には普通に本気だったというか必死で走っていたのだが、どこか無意識にセーブしていたところもあった。そのセーブしていた力を意識して解放する。

 

「! 待てっ……!」

 

 こちらの変化に気付いた鮫メイドさんの驚きか怒りか、どちらともとれる声が後ろから聞こえた。それに内心ビビり上がりつつも悲鳴を堪えて疾走する。後ろは振り返らない。というか振り返れない。怖いから。

 

「はっ、はっ」

 

 商店街の人気はあるにはあるがまばらで走り抜けるのは容易だった。スピードを一切落とすことなく俺はそのまま走り続けーー路地に入る。路地にも人はいない。走りながら勇気を振り絞ってちらりと後ろを見れば鮫メイドさんの姿はない。……行ける。このままのスピードを維持すれば逃げ切れる。配達員としての日々の業務のおかげか体力にはまだ余裕がある。このまま治安局までは持つと断言できる。

 

(よしっ!行ける!)

 

 俺は確信した……その一瞬の気の緩みが不味かった。走って路地を出ようとした瞬間、寒気(よかん)がした。

 

(! やばい。まずい。……何が?)

 

 感じた寒気に、脳裏に過ぎる言葉に、自分でも何故そう感じ思ったのか理解できないままーーそれでも体は勝手に動いた。気付いたら俺は後ろに飛び退き、直後、俺が今さっきいた地点に何かが落下してキンッと硬質な音を立てて地面に突き刺さった。

 

「は、え、何ぃ……?!」

 

 それは巨大なハサミのような薙刀のような、俺にはよくわからないものだった。……ただ一つだけわかった。

 

(凶器だコレ!?)

 

 だって地面にガッツリ突き刺さっちゃってますもん!しかも今気付いたけど凶器の刺さってる場所なんか凍ってる…凍ってない…?気のせい?見間違い?

 

 ……っていうかこの巨大ハサミ、なんかデザインというかカラーリング?がどことなく、その、どっかで見たことあるような……どう見ても鮫メイドさんのイメージにピッタリなんですが……やっべ。冷や汗止まんない。

 

 と思って後退りをしたのも束の間、凶器のある位置に何かが、いや、誰かが落ちてきて。

 

「ーーいい加減に、したらっ……?」

「は、ひぃっ!?」

 

 誰かというか鮫メイドさんだった。しかもかなりブチギレたご様子の。俺は思わず尻餅をついた。

 

 ぶっちゃけ俺の頭の中はもう混乱しまくりでハテナだらけだった。え、この人今どっから落ちてきた…?とか。その巨大ハサミはどっから出てきたんです?とか。地面が一部凍っているのはどういう原理?とか。もう考え出したらキリがなかった。

 

 ただ、考えてばかりもいられない。状況は最悪。大ピンチだ。というかもう終わりでは?すいませんここから入れる保険ってあります?え、ない?あっ、ふーん(察し)

 

「はぁ、はぁ、あんたのせいで……ほんと、無駄に走らされた」

「ひ、ひぇ〜……! す、すいません! どうか、い、命だけは……!」

 

 巨大ハサミを地面から引き抜きこちらに歩み寄ってくる鮫メイドさん。それに対し最初は尻餅をついたまま両手を使って後ろに下がっていた俺だが最終的には命乞いすることにした。

 

 だが、悲しきかな、

 

「このっ……!」

「え、ちょっ」

 

 怒ってるからなのか、俺の命乞いは彼女の耳にはまるで届いていないようだった。鮫メイドさんは構わず俺の前にまで歩み寄ってくるとそのまま右足を上げる。どっからどう見ても前蹴りのモーションであった。

 

(顔面にハイヒールの前蹴りは流石にーー)

 

 ーー超痛そう、と呑気に思いながら俺は目の前に迫りにくるハイヒールのかかとに身動きをとれないまま来たる痛みに咄嗟に目を閉じた。

 

 カツアゲから逃げた末に待っていたのがハイヒールの前蹴りなんて……こんなことなら大人しくカツアゲされてた方がよかったかも……なんて後悔しながら歯を食いしばる。

 

 しかし、

 

「ーーやめなさい! 何をしているのです、エレンっ!」

 

 次の瞬間、誰かの凛々しく力強い声がして、来るはずの痛みは来なかった。

 

「! っ、ボス離して! そいつ蹴り飛ばせない!」

 

 恐る恐る目を開ければ、目の前には誰かが立っている。俺と鮫メイドさんの間に割り込むように入ってきたその誰かは鮫メイドさんの右足を片手で掴んで止めていた。

 

「……オオカミ……?」

 

 誰かもわからぬその人の後ろ姿を見て、俺は思わず呟いた。

 





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