今日、俺は教訓を得た。
慣れないことはするもんじゃない。
そんな当たり前のような教訓を。
俺はオムライスが食べたいがためだけにメイド喫茶に行った。メイド喫茶に入るなんて初めての挑戦で、それなりに勇気を振り絞って、慣れないことをしてしまった。
その結果どうしてかメイドさんには誰かと人違いされて塩対応を受け、いつもならその時点で店を出てるところを今回はオムライスの為に耐えた。これまた慣れないことをした。おかげでお目当てのオムライスにありつけた。……ここまではいい。問題はそれからのことだ。会計を済ませようとしたら何故かメイドさんに「顔貸せや(意訳)」とカツアゲされかけ、逃げ出したら追いかけられ、最終的にハイヒールで顔面を蹴られかけた。
………まぁこれだけ酷い目に遭って得た教訓も俺の出来の悪い頭じゃその内忘れちゃいそうではあるのだけど………
(な、なんだってこんなことに??)
冷静になろうと脳内で事実を羅列してみたが理不尽としか言い様のない展開の数々に混乱せざるを得ない。いやホントになんでだ?俺はただオムライスを食べたかっただけなのに………そんなこんなで内心ちょっと泣きそうになっていた俺だったが幸いにも顔面をハイヒールで蹴られることはなく、ある人に助けられた。
その人というのがオオカミのシリオンらしき執事さんで、
『お客様、お怪我はありませんか?』
『……失礼ながらお客様、この後少々お時間をいただけますでしょうか?』
『お詫びに、といっては何ですがあなた様が宜しければ、どうかこの不肖なる私に一服ご馳走させてはいただけないでしょうか?』
俺は鮫メイドさんに蹴られかけた後、執事さんのそんなありがたい提案で路地から少し歩いた地点にある喫茶店「COFF CAFE」の二階にあるテラス席にいた。
「ーー自己紹介が遅れてしまって申し訳ございません。執事のライカンと申します」
「お客様、この度はこちらの不手際で従業員が大変ご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございませんでした」
執事さん改めライカンさんは席を立った彼は俺にそう言うと謝罪の意を表すと深く頭を下げる。見た目の格好良さ、気品のある声に振る舞い、ピシッと角度の完璧なお辞儀、その上今さっき助けられたという事実の積み重ねで俺は暫し固まって瞬きするしかなかった。こちらからすれば命の恩人といっても過言じゃない相手から丁寧に頭を下げられるというのは困惑せざるを得ない状況だった。
「あ、そ、そんな、危ないところを助けてくれた方に頭下げさせるなんてこっちが申し訳ないっていうか、戸惑うっていうか……と、とにかく困っちゃうので! 頭上げてください! 俺はライカンさんのおかげで全然大丈夫ですから!」
「ですが……」
困惑から来る硬直からなんとか持ち直した俺はライカンさんに慌てながらそうお願いする。だが彼はそれでは申し訳が立たないといった様子で零す。
確かに鮫メイドさんに人違いで追われるという恐怖体験をして無事かというとまぁそんなことは全然ない。肉体的にこれといった怪我がだけで精神的にどっと疲れたのは間違いないし。あと目の前に凶器が垂直落下してきた時なんて生きた心地がしなかった。
それにライカンさんが割って入って来たことで渋々引き下がって行った時の鮫メイドさんの納得がいってない、不服そうな表情………
『………チッ』
こちらを見ての一睨み。小さな舌打ち。
うん!怖いなんてもんじゃなかった!恐怖で縮み上がりそうになった!……いや実際縮み上がった気がする。
『…………はぁ、もういい』
……でも、それはそれとして去り際の彼女の呟き。トボトボと離れていくどこか寂しそうに見えた背中。あれを思い出すとどうにも怒る気にはなれなかった。どころか何か悪いことをしてしまったような……申し訳ない気持ちすら湧いてきてしまう。「いやこっちは被害者では?」「(恐らく)何も悪いことしてないんだが?」と思う気持ちが微塵もないかといえば嘘になるが……うん。
ちくりと胸が痛んだことだけは確かだった。
(あんな全力で逃げることはなかったんじゃ……いやでもカツアゲされそうになったし………いやいや、だけどーー)
「ほんっとうにに大丈夫ですから! それより、あの、先程は危ないとこを助けてくださって……ありがとうございましたっ! え、えっと、執事さん!」
脳内で反省会を開きそうになるのをグッと堪え、俺はライカンさんに感謝を告げて頭を下げた。助けられてすぐに「あ、ありがとうございます…命の恩人感謝永遠に…」と足にひしと縋りついて半泣きで礼を言ったのだが落ち着いた今改めてしっかりと感謝を伝えなきゃとずっと思っていたから。
「……ふふ」
俺の感謝を受けたライカンさんはほんの一瞬ぽかんと呆気に取られたような顔をした後、上品な笑い声を漏らした。次にぽかんとするのはこちらの番だった。
「? あ、あのー……?」
「失礼しました、つい思い出し笑いが……こほん」
俺の反応に気付いてライカンさんは一言謝ると仕切り直すように咳払い。
「承知いたしました。私共としてもお客様にこれ以上の御迷惑をお掛けするのは不本意ですので……お客様のその申し出、謹んでお受けいたします」
礼儀正しく、そう言ってくれた。俺はそれにほっとして、
「ほっ……」
「ですが、私からも一言、これだけは伝えさせてください」
「え」
胸を撫で下ろしたのも束の間、ライカンさんはこう続けた。
「貴方様の寛容な御心に、深く感謝申し上げます」
また目の前で完璧な所作によるお辞儀と感謝を告げられ、俺はまた固まりかけたが二度目のお辞儀ということと先程までの謝罪のお辞儀とは違う感謝のお辞儀ということもあって何とか硬直する事なく、それはそれとして突然の丁寧すぎる感謝におっかなびっくりしながら何とか返事をする。
「ど、どういたしまして……?」
それを聞いた彼はただ優しく微笑んでいた。
☆☆☆
「お待たせいたしました、こちらアボ・カフェオレとブラックコーヒーになります」
そんなこんなから数分後、テーブルに注文したコーヒーがやってきた。……いうまでもないかもだがカフェオレは俺。ブラックは執事さんの頼んだものだ。ちなみに俺はブラックコーヒーは飲めない。苦いからねシンプルに。苦味の中に旨味を見出せるほど俺の舌は大人にはなれてないみたい。
「ありがとうございます…!」
早速コーヒーカップの取っ手を掴み一口飲む。うん甘い!おいしい!なんてシンプルな感想を抱くと同時に思わず口元がニマニマしそうになる。それを何とか抑えようとしている最中、前から視線を感じて……
「…………」
釣られるように前をちらっと見るとライカンさんは微笑ましいものを見るような優しい眼差しをこちらに向けていた。それに気付いた俺は無性に恥ずかしくなって、恥ずかしさを誤魔化すように聞こうと思っていた話を切り出すことにした。
「あ、あの…! 実は俺、ライカンさんに聞きたいことがあって……」
「何でしょうか? 私に分かることであれば、喜んでお答えいたします」
「ありがとうございます! 聞きたいことっていうのは、その……」
俺は今日メイド喫茶に初めて行ったこと、それから鮫メイドさんに誰かと人違いされたこと、会計の後に外で待ってるよう言われてそれをカツアゲと思って逃げ出したら追いかけられたことを話してから本題に入ろうとした。
ちなみに最後の会計の後の話を聞いたライカンさんは苦虫を噛み潰したみたいな……めちゃくちゃに申し訳なさそうな顔で「この度は誠に…」とまた謝り始めようとしたので「お気になさらず!マジで!」と勢いで止め、
「俺、鮫メイドさん……あー、えっとーー」
「ーーエレン・ジョー。それが彼女の名前です」
「……エレン、さん……」
鮫メイドさんの名前を教えてもらった俺はぽつりとその名前を口にして改めて話し出す。
「その、エレンさんに人違いされたことがちょっと気になってて……あ、いや人違い自体はされ慣れてるっていうか、よくあることだからそこまで不思議には思わないんですけど」
「人違い……され慣れている、ですか?」
「はい、変ですよね? 俺も自分で言ってておかしな話だなぁって思います……って今気になってるのはそこではなくて、エレンさんが俺と人違いした『誰か』のことなんです」
「ふむ……」
そこで俺は一旦話を区切りカフェオレを一口飲む。話を聞いたライカンさんは何かを考えるように顎に手を当てる。
「それで、その『誰か』について……もしもエレンさんと同じでライカンさんもご存知だったなら、どんな人だったか教えてほしいなって」
「何故、私もエレン同様にその『誰か』について知っているとお思いに?」
「だって、ライカンさん、俺を助けてくれた時に言ってたじゃないですか」
ライカンさんの疑問に俺は数十分前、あの路地でのことを思い出す。エレンさんの蹴りを止めてくれた後、ライカンさんは俺の方を振り返り怪我がないかどうか確認してくれようとした……その時ぽつりと不意に零したのだ。
『あなたは……! 成る程、道理で……』
それは聞く人が聞けば聞き取れないような小さな声だったけど、俺は聞き逃さなかった。あの意味深な反応はきっと……。
「あれって、エレンさんが俺を誰かと人違いしたことに納得がいったからこそ出た台詞ですよね?」
「……聞いていらっしゃいましたか」
「へへ、まぁ状況がだったので……」
あの時はエレンさんに蹴られかけたところを助けてくれた目の前の恩人さんの一挙手一投足に注目してたからこそ聞き取れたというか、単純に目と耳の良さにはちょっと自信があるからってのもある。
「それで……どうでしょうか?」
「えぇ、あなた様のご明察通りでございます。私共は彼女があなた様と人違いした人物について、彼女同様に存じ上げております」
「! やっぱり……じゃ、じゃあ!」
ライカンさんの言葉に嬉しくなった俺はそのままの勢いで「その人について教えてください!」と続けようとし、
「その前に、一つお聞かせいただきたいのです」
「はい?」
「何故、その人物について知りたいのでしょうか?」
「? な、何故って……」
そんな俺にライカンさんは何故かと問いかけてきた。俺はその問いに「自分の恐らくそっくりさんのことだしそりゃ気になっちゃうでしょ…」と好奇心を理由にして答えようとした。だがライカンさんの真剣な面持ちを見て、改めて考えてみて……理由を見つける。
『…………はぁ、もういい』
エレンさんの去り際の呟きに、表情に、背中に、ちくりと胸が痛んだのは何故か。彼女の心を傷つけてしまったことに対する単純な罪悪感とか、悲しませてしまったことに対する良心から来たものなのか? もしくは………何か俺が忘れてしまっている別の感情から来たものなのか。
「……知らなきゃダメだって思ったんです」
それを知りたいと思った。
……いいや、知らなければならないと思った。
好奇心からじゃなく、心から。
「見て見ぬ振りしちゃ、いけないことな気がするんです」
柄じゃない。馬鹿なんだから。無駄なこと。
そんな風にいつものようになかったことにして放棄していい思考じゃないと、無視していい違和感じゃないと思ったんだ。
「だから、お願いします」
最後にそう伝えて頭を下げる。自分なりに真摯に。
俺の気持ちを聞いてくれていたライカンさんはコーヒーカップを手に取り一口飲んだ後、静かに口を開いた。
「ーー承知しました」
その返答に俺は思わず頭を上げ「ほ、ホントですか!?」と声を出す。ライカンさんは「本当です」と言ってくれる。
「ありがとうございます! ライカンさん!」
「あなた様、いえ、
「や、やったぁー!」
思わず両手を上げて喜んだ俺は早速何について聞こうか慌てて考え出す。聞きたいことは山程あるのだけど、それを全部聞く訳にもいかないだろう。というか聞いても「それは個人情報ですので…」と言われて答えてもらえないこともあると思うし………これは絶対聞かなきゃって質問って何だろ? う〜〜ん。
「そんな風に慌てる必要はございませんよ」
なんて悩む俺を見兼ねて……いやただの本音だろうか。一旦考えるのを止めて彼の方を見遣れば、
「時間はまだ、少なくともこのコーヒーを飲み終わるまでの間、十分にあります」
コーヒーカップを片手に、彼はやっぱり優しい微笑みを浮かべていて、そのまるで幼子か、教え子にでも向けるような温かな目に俺は恥ずかしくなって「は、はいぃ…!」と消え入りそうな声を出すので精一杯だった。
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・オリ主
オムライスを食べにメイド喫茶に行きメイドさんに人違いされ追われ、最終的に間一髪の場面をカッコ良すぎる執事さんに救われ、その末に執事さんと一緒にお茶することになった人。ゆっくりお茶した結果、落ち着いてあれこれ考えて「自分にも非があったんじゃ…」「もっとやりようがあったのでは?」と後悔し始めた。
ちなみにライカンに対しては格好に所作に言動といたる部分がカッコよく見えているのと危ないところを助けてもらった恩人というのがデカいのかかなり好印象。
鮫メイドさん、もといエレンの去り際の反応を見たことが起因して自分に似ているのであろう「誰か」について気になっている。
・ライカン
ヴィクトリア家政の筆頭社員である狼執事。メイド喫茶の様子を見に行く道中で従業員の一人がお客様を追いかけ回す珍事に遭遇。全力で追いつきお客様の顔面を従業員が蹴り飛ばすのをなんとか阻止することに成功。
後にお客様が以前アルバイトで働いていたキッチンスタッフに酷似していることに気付き、お詫び(その気持ちも多分にあるが)という体でお茶に誘った。
オリ主がかつて店で働いていた人物に似ているからか、割と頻繁にオリ主に対して微笑ましいものを見るような優しい眼差しを向けている。