【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 - 作:糾縄如氏
【あらすじ】
擬似術師・夏油勲が灰原結に挑む。
彼女のテリトリーに踏み入った彼の運命や如何に――!?
……とんでもないやつの前に来てしまった。
そう、そこに踏み入って初めて、夏油
「――どういうこと? 初めてだなぁ、最後まで演奏を聴いてもらえたなんて」
市民館の小ホール。
ピアノから離れた演奏者は、そう言って、唯一の観客を出迎える。
「そもそも、襲ってくる奴は皆んな殺したハズなんだけど――ねぇボク。なんだって今更、私の前に出てきたわけ?」
先ほどの旋律と同様に、赤ら顔が出す声音は不安定で扇状的。女は、揶揄うように笑っていた。
酔っている、らしい。これでもかと、ステージには酒の空き瓶が並び、なんなら楽譜の代わりに缶ビールが鎮座している。まず間違いなく、賞味期限は過ぎているだろう。
それを躊躇いなく煽る女。
それは黒ドレスに長い黒髪。整った面立ち。
一見すると、ただの呑んだくれた美女──だが。
(レベルが、違いすぎる……ッ!?)
――呪力の、質が違う。
さっきまでのチンピラなどとは比べるべくもない。
単に呪力を持たされた一般人などではない。
彼女は、本物だ。呪力を我が物としている。
自らの呪力を定義し、自ら生み出せている。
これまでの戦闘など、まるで話にならない相手――。
「そりゃそうだろう。オレはアンタを殺しに来たわけじゃない」
――だというのに。
自分でも不思議と思うほど、夏油勲は冷静であった。
「灰原
淡々と、少年は語る。
曇りなき顔で口にされる大言壮語。に対して、
「あっそ。お断りよ」
「理由を聞いても?」
「決まってる。今の世界こそが望ましいからよ」
強者としての威厳。それが、世間知らずへの返答であった。
「だってそうでしょう。持つ者が持たざる者に奉仕する世界なんてバカげている。腑抜けている。全くもって反吐が出る――その点、今は理想的でさえあるわ」
過去を語る女は、義憤と嫌悪の声音に満ちていた。
その当時から、そう思っていたのか、或いは今でこそ感じるのか。
そこまでは分からないが――彼女は、またひとつ空になった酒瓶を手に、振り上げ――ピアノに叩きつけ、最大の不協和音をホールに響かせた。
「――適者生存! 強者こそが正義にして絶対! 誰もがその連鎖の当事者となった。他人を殺してでも生きたいヤツだけが生きる――腑抜け切ったこれまでと比べれば、それこそ、人のあるべき姿でしょう!!」
高揚する。殺意を礼賛し、破壊に沸き立つ。
殺人と呪いで汚れた己の手を、愛おしむように女は叫んだ。
白かった鍵盤には、幾度と殺人鬼に弾かれて、赤黒いペイントが重なっていた。
人は、どんな累積を辿ればそうなるのだろうか。
彼女以外には預かり知れないが――。
「だから私は――この儀式の、行末を見届けたい」
「そうか。――すまない。わけがわからなかった」
「問題ないわ。これから私達は分かり合える。全身全霊をぶつけ合ってね」
……ようやく、夏油勲は自覚に至る。
最初から何となく、己は、こうなる事を分かっていた。
自分たち、泳者の主張は何であれ、殺人を犯すに足りる、命を賭けるに足りるモノ。
内容によって交わりこそすれど、譲る余地などあるわけがない。
そう、わかっていた――望んでいたのだ。
「それしかないか。なら、プランBだ――ブン殴って従えるか、『点』を奪う!」
「ふふ、元気でよろしいわねぇクソ餓鬼が――良い
いつか、こういう、己の全てを投げ打つ時が来ることを!
―
――
―――
初手は、夏油勲の方が速かった。
「先手必勝! 喰らえ、この――勲・オブ・バビロンを!!」
彼の両脇、出現したのはイカの呪霊。
それらは呪力の散弾を飛ばすガトリングだ。
刹那、振り撒かれた破壊力がステージを飲み込み――ピアノの絶叫と、ガラスの山の破砕音と、土煙が盛大に覆い尽くす!
「やったか!?」
が、その発言して倒せた試しなし。
銃弾の雨霰の只中というのに、一瞬にして土煙は裂かれ、その奥で女は凛と佇んでいた!
何故、どうやって、何を使った。
夏油勲は注視し、そして目を見張る。
――意外ッ!
――それは、『髪の毛』ッ!!
「げぇっ!? ぜ、ぜんぶ髪に弾かれている――ッ!?」
そう。バァッと翼の如くしなやかに広がり、主人を守護した盾は――彼女の黒髪そのもの!
異様に長く伸び、一本一本が呪力を帯びた、超強化ワイヤーなのである!
「――そう、私の
それらは、銃弾の雨を『自動迎撃』していた。
呪力の塊を切り裂き、時には髪自体が犠牲となって本体を守護する。
が、破壊されても自動で復活し、損耗はないも同然。
彼女はたた、悠然と構えて己が優位を誇示し――!
「おお、これはご丁寧に! ――えっ、なんでバラしたんです? そいつで出会い頭に殺しときゃよかったのに」
「術式開示っ! 自ら能力を教える『縛り』によって、出力を向上させるの、よ!」
――、初心者すぎて腹が立った。
術式開示、それによる出力上昇によって――ブワッと一気にリーチを増した髪が、夏油勲へと襲いかかる!
「だったらハサミ呪霊でちょんぎ――って、数多すぎるでしょ、それっ!?」
最初こそ攻勢防御を試みるも、その『物量』を前に無理と悟ってUターン。
脇目も振らずに少年は逃げ出す。
ムチの要領で振るわれる『
「ええいっ、こいつでも無理、あいつでもダメ!」
背後、どうでもいい低級呪霊を放って身代わりにさせる時間稼ぎをしながら、夏油勲は現状打開の手段を探し――!
「――宿儺ぁ! なんか手段ないか!」
早々にギブアップ。迷うことなく、第二の人格に教えを乞うた。
『――言ったハズだぞ。俺はそもそも反対した。アレは早熟だ、今のお前では逆立ちしても敵わん』
「そーゆーのはいいから! 呪いの王なんだろ、含蓄あること言ってくれェ〜!」
(……なんとも、都合の良いことしか聞かん耳だ)
――こうも恥も外聞もない無礼者では、もはや虐め甲斐もない。
――オマケに、敵は髪を使った呪術などという古典的相手。つまらん。
それに何より――彼は五条悟の敗北を経て、いわば倦怠期にあった。
よって――『呪いの王』は、奇跡的にも、然程の嫌気もなく応対する。
『戯けたことを。分からんのか――あの頭髪はフルオートで動いている。そして、囮の呪霊が消える間際にだけ、動きが鈍っているだろう』
「――、! そういうことか!!」
天啓を得たのと、ホールの端にまで追い込まれたのはほぼ同時であった。
ここはステージから最も遠い地点。
女はステージで立ったまま動いていない。否、動くまでもないと言う方が正しいか。
――本気ではない。ならば、付け入る隙はある!
「――うん? どうしたよ、鬼ごっこお終い?」
「こっちは、手数で負けたらお終いなんだ。――だったら出し惜しみなしの、短期決戦で!」
(コイツまさか――!?)
灰原結は目を見張る。
夏油勲の決意は大胆そのものであった。
――手持ち個体のうち九割、全開放。
――総勢299体全てが、牙を剥く!
「――全軍! よもや命を惜しいと思うな! 突撃ぃいいい!!」
「ははっ、ヤケクソでも起こしたか――手間が省ける!」
怒涛の勢いでもって雪崩れ込む百鬼夜行が。
観客席を飲み込み、砕き、ステージ目掛けて直進していく。
その大波へ、呪力強化された髪の雨が降り注いだ。が――!
「――っは! よッわぁい♡ そんなんで対抗できると思ってんの!?」
――そう。彼らは、あまりにも雑魚すぎた!
――そして、それゆえに作戦は狂いなく成立した!
雑魚すぎるが故にワンパンで祓われ、死亡は連鎖し――客席一面は、呪霊の消失反応による濃霧で包まれ!
その結果――髪の動作が、突如として鈍化する!!
「あぁ、そういう……甘ぇんだよ。そぉんな程度でッ『
だが――術式『
質量と速度を両立した、面制圧能力にあった。
人間の髪は、平均で約10万本。
その一本一本は非常に軽い。
だが――その全てが呪力を有し、強化され、呪力量だけ伸びる特性によって。
「吹っ飛べぇええ!!」
一束に束ねられ、振るわれるソレらは――問答無用の破壊力を叩き出す。
駆け抜けるは音速突破の爆音、横一線に振るわれる暴力の奔流。
これを前には、多少の精密動作性が無かろうと――ホールもろとも、呪霊も消失反応も悉くが根こそぎ吹っ飛――!
――否。それは、途上で止められた。
「――づが、まぇだぁあ」
「絡まった――いつの間に、あんなデカブツが!?」
初めて、灰原結は目の色を変えた。
白煙の向こう、巨木じみた巨体が顔を出していた。
――術式こそないが、呪力量とサイズは強大。
――だが、灰原結の敵ではない!
「だったら、噛み砕くまで!!」
その巨体に、全方位からワイヤーは食い込まれる。
肉が隆起し、吹き出す紫の体液。みるみる引き潰れていく呪霊。だが!
「――、嘘――きゃッ!?」
体を持っていかれそうになって、なんとか踏ん張る。
「――おぉぉぉえす! おぉぉおえすッ!!」
そう、あの釣り男呪霊!
アメリカ兵を釣り上げていた、あの二級呪霊が現れた!
デカブツ呪霊は
彼女は理解した――今、自分は綱引きを挑まれたのだと!
「術式のせい? なんつうバカ力、これが本命――だったら! ソイツもまとめて握りつぶ――!」
分かるが早いが、標的は定まる。
その認識は、何ら間違ってなどいなかった。
ソイツは夏油勲が持つ中で、現状最も強い個体だった。
――それゆえ、偽のゴールになり得た。
「――呪霊操術・極ノ番」
低級呪霊らは、綱引き勝負に巻き込まれるだけでも祓われていくクソ雑魚ぶり。
彼女が足元を無視したのは無理もなかった。
その、足元――消失反応の立ち込める最中。
渦巻いた悪意が、牙を剥く。
「――――『うずまき』ッ!!」
雑魚と侮られ、殺し尽くされ、それでも生き延びた――わずか34体の低級呪霊。
だが、その全てが『命を賭ける縛り』を強制され、収束する。
――漆黒の呪霊収束放射が。
――ステージ諸共に塗りつぶし、酒瓶の山を叩き潰し、焼き尽くし、押し流して――風穴を開いて、夕日が、傷ついた少年を照らしだす。
「――はぁ、っ、はっ、――っしゃあ! どうだこの野ろ――じゃないか。この、お嬢さんっ!」
視界不良は勲とて同じだった。
道中、何度死を覚悟したものか。
全身、掠っただけでも切り傷まみれだ。
けれど、よかった。特攻は成功した。
あとの問題は殺していないかだけ。
息も絶え絶えながらもステージを見上げ――。
――己が目を、疑った。
「っ、て……マジですか」
壊れたステージのうえ――彼女だけは、変わらずそこに立っていた。
次は24日(月)です。
灰原のスタンスを示すセリフ、分かりづらかったので改変しました。探り探りでしかキャラを描けない筆者をどうかお許しください。
【解説・擬似術師の感じるプレッシャー】
本物の呪術師。呪力を自分のものとし、自ら呪力を生み出せる存在は、擬似術師にとって大きなプレッシャーです。
半端者なくせに呪いが見える側なので、自分の不完全性、相手との力量差を如実に感じてしまうのです。
マトモなら戦う以前に負けを悟るだろうし、そもそも近づこうとさえしないでしょうね。