【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 - 作:糾縄如氏
【あらすじ】
自殺悲願者の少女に出会った乙骨。見過ごせずに着いていくことに。
「――ホント。ここには、いい思い出なかったなぁ〜」
その言葉を、何度も彼女は言っていた。
「ここの幼稚園なんか先生感じ悪くてさ。言葉遣いキツくて言葉足らずで、先生同士でばっか饒舌で。そのくせ私が傷作って帰った時なんか、親が初めて気づいたんだよ? 報告なんもなかったんだってさ」
他人事のように、そう言っては思い出の場所を通過する。
口調の軽さに反し、伸び惚けた髪の下、影色の瞳は上の空。
無表情極まる冬服セーラー姿の少女に、乙骨は続いていた。
――変わり果てた街は、彼の奮闘もあってほぼ鎮圧済み。
――人の都合など知らぬ存ぜぬと、広がる夕焼けに雲は無し。その日は、実に散歩日和であった。
「中学校も、親がそうだからってキリスト教のとこで。毎日お祈りしなきゃなの嫌だったなぁ。どうせ外じゃただ手を合わすだけなのにね。友達なんかいなかったし、毎日毎日『これでやっと帰れる』って気持ちしかなかったよ」
廉直女学院中等部・新潟校。
砕け散ったステンドグラス。
十字架を前にしても、彼女はただ無感動に通り過ぎるのみ。
――自殺願望を溢す口は、なおも軽薄に続ける。
「父さんなんか最低だったなぁ。わけわかんない理由でバカみたいにキレるわ、次には何事もなかったみたいに『美味しい美味しい』ってご飯食べるわ。私すごい顔してんのに、母さんも何も言わないでさ――だから。
「――呪霊に、なって?」
黙々と聞いてきた乙骨は、顔を上げる。
実際、この街は、呪霊で溢れ返っていた。
掃討こそできたが――問題は、出所だ。
この、呪術師しかいなくなった日本で。
呪霊の7割が東京に発生し、東京の呪いが全て尽きた現在において。
何故どのようにして、呪霊はここに発生したのか。
「そう――ここはね、
――悪い予感と、予想が当たった。
伽藍堂の目が、これ以上なく彼の胸を抉る。
今の日本は、そこらじゅうに呪力が拡散している。
死後の呪力と、漏出した呪力が。
2018年の死滅回游においては、そういった呪力は土地に吸われていた。土壌の『慣らし』が目的だったからだ。
今回はそれがない。呪力の行き場がない。
東京への集中も既に機能不全。
――だから、その場で呪霊に転じざるを得ない。
一般人が、呪術以外で命を落とせば。
あるいは、そこにいるだけで――呪霊発生は、不可避なのである。
「そこから、もう大パニックだったなぁ。呪霊に襲われて殺されたり、人間不信を起こして殺し合ったり。あんなバケモノになるくらいなら一緒に死のう、とか母さんから言われたっけ」
そう、彼女は、彼らは『疑似術師』。
あくまで、呪力を『持たされた』だけの一般人――なまじ、『見える』だけに不幸でしかない。
コントロールがまともにできず、呪力漏出を垂れ流すだけの彼らが、襲いかかる呪霊になぜ対応できようか。
呪術師でさえ、後悔のない死はない――というのに、選択の余地なく呪術師に『された』一般人が、この未曾有の事態に刃向かえようか。
この死滅回游の二次災害――呪霊の過去最多同時多発的発生という、未曾有の超災害に!
「もうとにかく戦って、逃げて、隠れて――そうこうする間に、気づいたら、街も友達もなくなっていた」
「だから……もう、生きたくないの?」
それでも、この子は生き残った。
……生き残れて、しまったのだ。
「そう。もう、抗いたくない。でも、死んだら楽になるとも思えない――だってそうでしょう、死んだ後にだって、安嶺はないって知ってるんだから」
(……呪力を持って殺せば、少なくとも呪霊に転じることはない――けど)
ここまで聞かされて、分からない乙骨ではなかった。
もはや、理屈など意味がない。
彼女は、もう本当に手詰まりなのだ。
絶望し切っているのだ。
「――だから、消えたいの。『魂』のカケラもなく、一片の『残穢』も残さすことなく――この世から消えて、なくなりたいの」
だが、それだけに。
そこだけは、不可解だった。
「……どうやって? 君の術式なら、できるの?」
彼女は、本当に頑張って生き残ったのだろう。『魂』や『残穢』という言葉を知っている――それならば。
本当に、そんなことが可能なのか。
『魂』を、抹消するなど――?
―
――
―――
「そうッ、可能なのです! なぜなら、私の元には『天啓』が
――カルト教祖だった。
それが、少女に連れ込まれ、示された根拠であった。
それはもう、目がキラッキラに澄んだタイプの狂人であった。オマケに坊主頭で、袈裟姿の宗教家ときた――当てつけだろうか。そうであるなら、これ以上なく的確だ。
「おお可哀想に、そんな目の下にクマを作って! いったい何度と眠れぬ夜を過ごされたのか!」
「え、ぁ、まぁ、はい」
「ですがご安心! 私はこの厄災を予言せし者。そして、私はこの苦しみから解放される手順さえも――大宇宙根源に接続せし、この『第三の目』でお見通しなのです!」
(いやどう見ても作り物じゃないか。胡散臭さしかない……)
彼は、仰々しく乙骨の手を取って、勝手に涙を流し出す。
なお、取って付けたように、額に開かれた目玉に変化はない。
――生存者が他にいたのは喜ばしい。喜ばしいのだが――。
「ようこそ、ロアノークの悪魔教へ。私は教祖、クロアトアンと申します。あなたも
やっぱり、勧誘してきた。
つうか仏教ですらないのかよ、カタカナじゃないか。
しかも悪魔教って、悪いことしてるって自覚あるのか?
とはいえ――現代人ともなれば、見過ごすわけもいかない。
「えっ、あっ、はいそうです!」
「よろしい! さ、そう決まれば、どうぞ教会へ!
「……はい、教祖様」
招かれるまま、その男に乙骨は続き、教会――もとい、キャンプ小屋へと踏み入って。
目を、剥いた。
(こんなにも、生存者が――!?)
なんと、そこにいたのは。
老若男女、軽く見積もっても20人弱!
あれだけ荒んだ場所にあって、これほどの生き残りがいた奇跡に、乙骨は驚愕し。
――続いて、困惑した。
――なぜ、彼らの
「この建物、いや、結界なのか――これを、あなたが?」
「おや、お目が高い。そうっ、これもまた大宇宙との調和によって実現されし――!」
妄言については聞き流すとして。
乙骨は、キャンプ小屋に向き直る。
(結界に転用された建築物――これだけの要件を満たせる結界術ができるなんて)
思想はともかく、結界術の腕は確からしい。
この小屋の内部には、閉鎖された瞬間にのみ結界が生じる。
この結界は謂わばノイズのレイヤー。モザイクだ。
外からの呪術的観測をボカして薄めていたのだ。
そのうえで、結界と建築物の境界を、極限まで曖昧にしている。
二重の隠蔽。こと隠密においては申し分なしの結界――!
(結界の内郭からはちゃんと外が分かる。薄められる限度はあるだろうけど、僕が入っても見られてる気配がない……とんでもなく、高レベルだ)
――それだけじゃない。
――設備もまた、思ったより本格的だ。
「皆さん、『祭壇』の最終チェックは順調でしょうか。ええ待ちきれないでしょうとも私もです。今宵、私の齎す奇跡を共に仰ぐ時がついに――!」
こうなると、新たな疑念が生まれてくる。
――彼らは、オカルトに誑かされたのか。
――或いは、本気なのだろうか。
意を決し、乙骨は、例外なく据わった目で作業に勤しむ彼らに話しかけ――。
「――陸上は俺の全てだったんです。呪霊からはなんとか逃げれました。けど、もう右足が――」
「――お婆ちゃんの、遺体搬送中だったんです。病院でお見送りしようって時、体から呪霊が――そこで私以外、みんな――」
「――たまたま交通事故で、関越トンネルの渋滞に捕まって。急に前の車がひっくり返ったんです――荷台のガスに引火して、一気に炎上し出して、台風だから飛び火になるんじゃともう一目散に――」
「――重症者が次々連れ込まれて、やむなくトリアージを判断しました。けど、それによって死者が発生して――」
――本気だった。
誰もが、全てを失っていた。
希望を、家族を――呪霊と混乱に攫われ、取り残されたのだ。
「っ……、君も、本当にこれでいいの――三可紗ちゃん」
「……まあ、言いたいことはわかるよ。私だって、あの人は信じてない。ずっと前からUFOが何だの、地球は滅ぶとか喚いて、相手されてなかった人だし」
おそらく、皆んな同じ考えなのだろう。
仮にも教祖が侮辱されたというのに、誰一人として異議を唱える者はいなかった。
そう、彼らは――同類であっても、仲間ではなかった。
「けど、これしかないから――もう、苦しい思いをしてまで、生きてたいって思えないんだよ」
「――、ッ……!」
少女の瞳に、彼らの瞳に映るものを、乙骨はよく知っている。
――孤独なのだ。
――誰に癒せるものかと、そう信じてしまうほどに底なしの、孤独。
吸い込まれそうな伽藍堂の目を前に。
乙骨の心もまた、深く、突き落とされていた。
――なにも、ないのか。
僕が、この人たちにできることはッ、なにも――!
「――おや、奇縁なものだね。まさかここに、見知った顔がいようとは」
――その声で。
――今度は。無理解に、放り込まれた。
「――は、――ぁ?」
振り返る。目を疑う。
だって、その人は、ここにいるはずがない。
生きている、ハズがない。
「まさか君が、自殺志願――いや違うか。抹消志願者なんてことはないだろう。乙骨くん」
――でも、間違いない。
長い金髪。鍛えられた長身を包む、ジーンズに肩出しハイネック。
きりりと光る、理性と野心に満ちた眼差し!
そう、彼女は――!!
「つ、つッ――九十九由基さん!?」
「イェエス! アイ・アムッ♡」
ここぞとばかりの『だっチューのポーズ』で。
――九十九由基が。
――2018年の時と同じ姿形で、乙骨憂太を出迎えていた。
―――
――
―
「……おや、九十九さん。お知り合いで?」
「あぁそうなんだよ教祖さん、彼にはまだ『
「おやまぁ、そんなことが――分かりました。くれぐれも、儀式の前には戻ってきてくださいね」
「勿論だよ、『他者間の縛り』なのだからね」
来る者拒まず、去る者追わず。
なにか、そんなやりとりがあった気がする。
気づいたら、九十九に手を掴まれ、キャンプ小屋の外に連れ出されていた。
あまりに予想外の出来事に、乙骨は口をパクパクするしかなく。
「なっ、あ、つ、九十九さん! なんなんですかこれ、わけわかんないですよ!」
だが、いつまでも呆けてはいられない。
疑問は、ひとたび口にすると一斉に吹き出した。
「なぜあなたがここにいて、彼等の協力しているんです? まさか、あの儀式を構築したのは――!」
「してない、してない。そんな人望ないかなぁ私……まぁ、座って座って。ひとつずつ答えていこうじゃないか」
が、そこは九十九由基。努めて冷静。
キャンプ小屋から離れた空き家で椅子を拝借、机の上で腕を組み――淡々と、答え出す。
「まず、私がなぜここにいるのか。こればっかりは分からない、ただただ驚かされているよ。羂索に殺された記憶はあるのにね――この儀式、
「……総則にある、『永続』の一環ってことですか?」
「かもしれないね。どうも前回とは毛色が違うから、解釈が読めないけれど」
――九十九由基ほどの探求者が『分からない』と言えば、乙骨とて、そこは分からないものと割り切った。
乙骨自身、分からないことも多い。たとえば、
2018年の死滅回游では『自ら
なぜ、呪力を『持たされた』だけの疑似術師に、伏黒の姉のようなショック症状が一切発生しないのか。
……言い出してはキリがない。
なのでそこは、おいおい考えるとして――。
「次に、私とあの教会の関係だが。私は単なるボディーガードだよ、儀式構築には携わっていない――あの儀式を見届けたいのさ。『
「……呪術的完全自決、ってやつですか」
「そうだ。驚くべき事に、あのイカれた教祖の儀式は、それを成立させうるのさ」
……目の前の問題に、改めて向き直る。
あの設備。あの生存者たち。
もとい、儀式の構成について。
「なかなかどうして、呪術的理論は完璧でね。シュレディンガーの猫のようなものさ。外部観測を完全遮断した『呪術的観測不能領域』において、『ここには何もなかった』という結論が設定された儀式を行う。儀式過程の証明ができる人物を作らない『縛り』の元、完遂されれば恐らく――次に小屋が開かれたら、そこには痕跡ひとつ残っていないだろう」
――なるほど。九十九由基は外部観測者が発生しないためにいるわけだ。
見返りに、
取り戻した平静さで理解を示し――乙骨は、改めて歯噛みした。
「……すいません、卑怯なことを聞きます――九十九さんは、彼らを止めなかったんですか」
「あぁ、止める気はない。そんな権利はないし、無理やり踏み込めるほど私はイカれてない――あの絶望は本物だった。彼らが何を選ぼうと、『間違っている』なんて言えないさ」
「……ッ!」
その対応は、きっと正解なのだろう。
取り止めのない綺麗事を言うより、ずっと。
――僕の侘しさも。
この絶望を前には、潰されるしかないのか。
そんな、乙骨の感慨など置き去りに――その時は、来た。
―――
――
―
――ふと、
――彼との、別れ際の記憶が浮かんでいた。
『ありがとね。最後の散歩、付き合ってくれて』
言えなかった。何やらドタバタと、気づいた時には追放されていた、らしい。
最近、ひどくぼーっとする。
そのせいだろう、タイミングを逃したと知ったのは後々になってのことだった。
――つくづく、嫌だ。やっぱり、何をやっても嫌なことしか積み重らないのだ。
――――あの女の人とは、どういった仲だったのだろうか――。
――いいや。もう、関係ない。
「皆さん、ここまでの献身に感謝を。――いよいよ『ソア』の時! この『祭壇』、この儀式をもって、今こそ
儀式体制は整った。
祭壇に、あらかじめ摘出された自分の骨を置く。
ただそれだけで、全ては、終わるのだから――。
次回は12月3日(水)です。
この乙骨は余裕なくて必死なので、原作乙骨より落ち着き払ってはいられません。原作と呪術0の中間くらいのテンションを想定してます。
しっかし原作の『永続』って、結局どういう意味だったんでしょうね……? もう分かんないなりに、独自路線でやっていければと思います。
【解説:もっと詳しく! 呪術的集団自決の儀!】
まずは事前準備から。
①観測不能状況の構築
・まず、キャンプ小屋の窓とかドアとかを全面目張りにします。
②儀式の要件である『縛り』を満たす
・全員を『
・人数分、『祭壇』に呪術的重要部位を置きます。今回は骨です
これで『祭壇』の起動準備は完了しました! いよいよ本番です!
③まずはみんなで死にます。呪力は使わないでください
④『祭壇』の効果発動! 儀式の構成員全員を『命を賭ける縛り』で生け贄に捧げ、彼等の魂を統合した『呪胎』を発生させるゼ!!
・この『呪胎』は、祭壇の真上に、ある程度構造を指定された形で発生します。
(だから、さっきの『縛り』を結ぶ必要があったんですね)
・どんな形状かというと、弱点が剥き出しになっており、そこに『魂』が位置します。
まだ発生過程ですので、呪力と魂のつながりが甘い段階です。
⑤ここでトラップ発動!
呪力に反応し、祭壇から『呪具』の針を射出!
弱点を貫き、発生しようとした『呪胎』はあえなく爆☆散!!
・この時点で『魂』の含まれた部位が破壊される
・『魂』と呪力の繋がりが成立しなかったため、呪術的には完全に死亡する
⑥『呪胎』の発生が不成立になったことで、呪力が大爆発。
祭壇や彼等の痕跡が木っ端微塵に砕け散る!
⑦次にキャンプ小屋を開いたら~?
そこには、まったくなにも最初から無かった、という状況ができました! びっくり~!
……そう。跡形もなく消えるんです。普通なら残穢残るのにですよ?
この『完全に』消えるという点で、九十九はこの儀式が気になってるわけですね。