【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 -   作:糾縄如氏

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【あらすじ】
乙骨渾身の術式ラッシュ。だが九十九は、ここにきて『星の怒り』の拡張術式で逆転を狙う!



第2部 11話『繋縛』

 

 ――呪具。それは呪術師にとって第二の体。

 

 術者に扱われ、使い込まれることでやがて体の一部となり、術式が刻まれる。

 

 ――そこで、九十九由基はこう考えた。

 どうせ呪具・術者が同じ術式を有するなら――『合体技』ができるんじゃあないか!?

 

 

 

 よって九十九は、式神(ガルダ)をあえて呪具として使い込み、術式を刻ませた。

 

 ただの呪具ではダメなのだ、だって人体でも使って作らなきゃ自我がない。これには式神という、術式を自律制御できる存在が不可欠。

 

 

 

 式神と九十九が、それぞれの技能と『星の怒り(ボンバイエ)』を調律させ、交わらせる。

 

 

 

 そうでなくば――『共振』は、成立しない。

 

 

 

「ぶっつけ本番だ、合わせろよ――『凰輪(ガルダ)』!」

 

 

 

 即興合技――『必殺・稲妻重力落とし』。

 それは、一瞬にして絶対の豪雷だ。

 

 凰輪(ガルダ)は行使できる最大の『星の怒り』を発揮し、回転。攻勢防御(たて)となって、乙骨による『(フーガ)』から九十九を防いだ。

 

 そのうえで注がれる、九十九由基の『星の怒り(ボンバイエ)』。

 

 

 

 ――仮想の質量の『重ねがけ』、仕様にない形での術式行使。

 

 ―― 凰輪(ガルダ)は処理限界を超え、熱を帯び、光輪と化してなお――互いの『星の怒り』の解釈を誤差なくすり合わせ、『共振』させる。

 

 

 

 異なる存在、同じ術式の同時行使。

 その『共振』は、術式出力の莫大化を招く。

 

 

 

 九十九は凰輪(ガルダ)には手に負えないと弁えた上で、それでも術式効果を膨らませていた。

 

 即ち、これは――『凰輪(ガルダ)』の自爆!!

 

 

 

「――燃えろ『星の怒り(ボンバイエ)』ッ! ブラックホールがやれるんだ。どこぞのお兄ちゃんみたく―― 超新星くらいは、起こしてみせろッ!!」

 

 

 

 光輪と化した凰輪(ガルダ)に、打ち付けられる九十九の撃鉄(こぶし)

 

 刹那――過聴領域外に響く、畝り。

 丸まっていた身が拡がり、振るわれる、蛇腹剣の螺旋(りきば)は悉くを巻き込み!

 

 

 

 ――白熱化したガルダの完全燃焼が、『(フーガ)』の爆光までもを呑み込んだ。

 

 暴発である以上、術の質は『ブラックホール』実現に至らずとも――その威力は、列島沈没規模!

 

 剣の荒野は灼かれて蒸発し、捲れ上がり、ひび割れ、断崖絶壁が細かく刻み込まれ――激光の果て。

 

 

 

 乙骨の領域は、跡形もなく、内部から瓦解した。

 

 

 

「……お疲れ、凰輪(ガルダ)。しばらく休んでおくんだよ」

 

 

 

 あくまでも、今のは領域内でのみ許される代物だ。

 本来の世界に降り立つと同時、瞬きは消える。

 

 当然だが自爆の結果、凰輪(ガルダ)は行動不能となった。

 丸まり、スリープモードで放っておく他にない。

 

 式神の奮闘を労い、そして。

 彼女は――顔を上げ、笑う。

 

 

 

「さて――マジで、どうなってんだよ。君は」

 

 

 

 眼前――乙骨憂太は、リカを『庇って』立っていた。

 

 

 

「ゆう、だ……コレ」

 

「ありがとう。リカ――あとは、僕がやる」

 

 

 

 刀を鞘に納め、拳を構えた乙骨憂太。

 彼は欠損なく、五体満足で耐えきっていた。

 

 ――式神『リカ』を動員した反転術式、だけではない。

 ――シンプルな呪力強化? いいや、それで耐えられるものか。

 

 

 

 そのカラクリを、他ならぬ九十九は見抜いていた。

 

 

 

「さっきの必中効果だね。私が知らないってことは呪霊固有(オリジナル)の術式か――私、九十九由基の呪力パターンを完全模倣したわけだ

 

 

 

 ――術式受愚戴転(じゅぐたいてん)』。

 その必中効果、呪力特性の完全解明。

 

 

 

 受愚戴転はコントロールされていない呪力を吸収する。この場合、九十九の呪力特性(ロス)が吸収された。

 

 そして他人の呪力に晒された呪術師は、感じた呪力から逆算することで、籠った負の感情などを微かに読み取ることができる。

 

 

 

 ――必中効果まで昇華されたことで、乙骨は九十九個人が持つ呪力の特性(レシピ)を完全把握した。

 

 ――そして『模倣』の術式を持つ者としての『素養』によって、呪力特性を模倣した。

 

 

 

「変幻自在の呪力。底なしとまではいかずとも、未だ健在だったわけだ」

 

 

 

 自分の呪力で傷つく術師は、基本的に存在しない。

 

 五条悟の自爆がそうであったように。九十九由基の『ブラックホール』が、一定以上は本人にダメージを与えないように。

 

 本来喰らえば即死の『星の怒り』を――即死は免れるレベルまで軽減させていた!

 

 

 

「あくまで軽減です。全得点を呪力に変えないと、とても今のは耐えれなかった」

 

「ふむ――コガネ。乙骨憂太の消費した得点(ポイント)は?」

 

「304点だぜ!」

 

「そりゃ凶悪だ。じゃあ私も――コガネ。全得点を呪力に代えてくれ」

 

「あいよ! 285点を消費したぜ!」

 

 

 

 ――すごい点数だ。

 けれども、乙骨憂太に驚きはなかった。

 

 ――ここには、過去の猛者だって大量にいた。

 それこそ、かつての仙台もかくやという程に。

 乙骨個人が三日三晩暴れた程度で、あれほどの者達が拠点を放棄し、退去するとは思えない。

 

 

 

(――やっぱりそうだ。この場所を鎮圧した人がいたんだ――死んでも、呪術師のままでいてくれたんだ)

 

 

 

 口にはしない。片や、刀を構えた。片や、拳を固めた。

 

 それこそが、互いにとって何よりの称賛(ポーズ)であると、もう彼らは分かり合っている。

 

 

 

(シンプルだ。呪力による格闘戦。組みつかれでもしたら終わる、剣術で優位を取るしかない――さっきみたく折られたら、もう後がない)

 

 

 

 ――こればかりは、性分だ。

 乙骨の内心、どこかで、及び腰になるのを感じずにはいられない。

 

 僕一人で、僕だけの力で。

 この、猛獣を狩れるのか――。

 

 

 

『――(いたみ)があるのとないのとじゃ、成長速度がダンチなんだよ』

 

 

 

 ――いや。大丈夫。

 なにせ――死ぬほど、痛かったんだから。

 

 

 

「行くぞ、乙骨くん――最終ラウンドだ!」

 

 

 

――

―――

 

 

 

「――どおっ、せいッ!」

 

 

 

 九十九のひと蹴り。振るわれる超質量が、地表をめくり上げる。

 

 続く第二歩は、突き上がった地層を踏み砕き――否。

 

 

 

(マジでか君――!?)

 

「やっぱり、パワータイプには見えませんか」

 

 

 

 乙骨の一歩が。妨害など知るかと踏み返し、大地を黙らせ――刻まれた、土俵(クレーター)の中央。

 

 両者は見合い、そして。

 

 

 

「「――シン・影流『簡易領域』!!」」

 

 

 

 単なる、殴り合いにあらず――息つく間もない、カウンター合戦が幕開ける!

 

 

 

(――ワンパンできない。それがどうした、何発も殴ればいい。術式の焼き切れが復活する前にラッシュで押し切る!)

 

 

 

 九十九による簡易領域、そのすべては攻撃だった。

 

 シン・影流『簡易領域』はあらかじめ設定したモーションをオートで発生させる。

 

 そう、オートなのだ。場面によらずに体が勝手に動く。本来反応できないタイミングであろうとも。前後の動きを無視し、体さえ耐えられる限り。

 

 

 

(だからって――そこまでするのか!?)

 

 

 

 その、自傷行為に乙骨は目を剥く。

 

 殴り、蹴りといった動作の後には隙がある。

 緊張の前後には弛緩がある。

 

 その間を、彼女はカウンターモーションで埋めていた。つまりひたすらに殴っていた。

 

 常に相手が至近距離ともなれば出し放題。あり得ないタイミングで発生する攻撃は、あまりに凶悪なフェイントである。

 

 代償に緊張を続けた手足の筋繊維は断裂し、全力疾走を続ける心肺は、もはや人間をやめていた。

 

 

 

 その全てを、乙骨憂太もまた迎撃(カウンター)する。

 

 

 

(後がないのはこっちも同じだ。今『ブラックホール』を出されたら負ける。この刀だけはやらせない。絶対にこれでトドメを刺す!)

 

 

 

 もはやこうなれば意地の張り合いだった。

 

 乙骨は刀を手に、捌き、いなし、避ける。

 

 動きの出を潰し、逸らし、徹底的に直撃を避け――直撃しても、カウンターモーションで死に体を強制的に踊らせ、二撃目を回避する。

 

 

 

 耐え切る。乙骨の存命と勝利はイコールだ。

 

 元の呪力量はこちらが上。呪力が先に切れるのは九十九の方だ。そうでなくとも、じきに焼き切れた術式が回復する。

 

 

 

(へへっ、焦ってら焦ってら。そりゃ怖いよな、だんだん『星の怒り』が高まってるんだから!)

 

 

 

 だからこそ、九十九は止まらない。自分の『星の怒り』で自ら手足が壊れようとも、反転術式で無理矢理にでも生かし、踊る。

 

 

 

 ――実のところ、『ブラックホール』は起こせない。さっきの強引な焼き切れ解消の代償だ。

 

 痩せ我慢で出力をこじ開けている体たらくだが、その甲斐あって――ダメージを受けない『一定』は、超えた。

 

 

 

 これで振り出しに戻った。一発でも喰らわせれば、九十九は勝つ。

 

 

 

(思考の暇を与えるな、畳みかけろ九十九由基!)

 

(マズい、また即死しかねないほどに出力が膨れ上がってる――意識が途切れ出した、今になって酸欠し始めてたのか!?)

 

 

 

 また一発、乙骨憂太の体が爆ぜる。

 首の皮一枚、反転術式で繋がる命。

 その後隙をカバーすべく、振るわれた一刀が九十九の血を散らす。

 

 すでに土俵は真っ赤に染まっていた。

 隙を突き合い動き続ける、イタチごっこさながらの泥沼戦。

 

 だが、忘れるなかれ――九十九由基は、読み合いで勝てる相手ではない!

 

 

 

「――って、歯ぁ!?」

 

 

 

 口に出た驚愕。その時点で、九十九の術中(とびどうぐ)にハマっていた。

 

 ――『星の怒り』を付与されたソレは、指に弾かれ、弾丸となって乙骨の――左眼を、貫通。

 

 咄嗟に、乙骨は身を捻り軌道を逃れる。

 そのまま行けば脳天を撃たれていただろう。

 

 だが。その隙だけでも十分だ。

 

 

 

(もらった! いっぺんも触れさせてくれなかったその刀、今度こそ叩き壊す!)

 

 

 

 我が意を得たり。踏み込み、身を捻り、打ち込まれる渾身の拳。

 

 咄嗟に振るわれる刀、交わる互いの矛。超質量を前に鋼は砕け散り――!!

 

 

 

 ――否!

 ――その拳を、その刀は受け、弾き返す!

 

 

 

「――ここで、『領域展延』だとォ!?」

 

 

 

 インパクトの一瞬。

 その刀身は、空っぽの領域に覆われていた。

 

 ――本来は領域展開に用いられる結界に、相手の術式を流し込む結界術。

 

 九十九にとって、それは思考の埒外だった。だって、『星の怒り』は概念突破の術式なのだ。

 

 

 

 無下限を除き、あらゆる術式には『あべこべ』のようにキャパシティがある。それ以上の攻撃力を叩きつけ、突破する事こそ『星の怒り』の真骨頂。

 

 だが乙骨は、『どうせ突破されるなら、一瞬でいい』と割り切った。

 

 ほんのコンマ5秒間。無に等しい時間にのみ使用を限定する『縛り』で、効果を底上げし――『星の怒り(ボンバイエ)』の直撃に、使い捨ての中和剤(クッション)を噛ませ、凌いでいた!!

 

 

 

(いいや、今しかない。彼の体制は崩れている。もう片方の手は後ろにある――こっちは、もう片腕のパンチがある!)

 

 

 

 それでも、血を吐いて――九十九由基は再び、至近距離でシン・影流『簡易領域』を展開。

 

 このカウンターモーションで、狩る。

 

 最初で最後。身体限界を無視し、引きちぎれる筋肉を張り上げ、繰り出される蹴りは。

 

 

 

 乙骨憂太とは、別の方を空振っていた。

 

 

 

「――、は?」

 

 

 

 ――なんだ。何に反応した。

 ――そう、目をやって、漸く理解する。

 

 

 

 視線の先――あの少女が。

 呪力強化させた出刃包丁を投げ、足裏に突き刺さっていたのを!

 

 

 

「――ッ、ぶちかませ!!」

 

 

 

 少女は叫ぶ。次には、九十九の視野は揺さぶられていた。

 

 ――乙骨憂太の左ストレートが。

 容赦なく、そっぽを剥いた頭蓋にめり込み、脳を揺さぶる。そして、

 

 

 

「――十割(とおかく)呪法」

 

 

 

 術式、解放。

 それは、七塚三可紗の骨を譲り受けて得た、13個目の包蔵(ストック)

 

 リカが領域から持ち出した最後の一刀。

 

 乙骨は刀を逆手に、右拳で握り込み――下から、上へと振り上げる。

 

 

 

 断面は、あまりにも鮮やかであった。

 

 揺らぐ上体、散った金髪。

 異常な出力(クリティカル)が、九十九の左腕を刈り取る。

 

 同時――裂かれた、地面は。

 より細かく、ヒビ割れ、細かく細断され――呪力の行き渡った、銃弾となって。

 

 

 

「――――瓦落瓦落(がらがら)』!!!」

 

 

 

 呪力強化された土石流が、彼女を飲み込む。

 容赦なく、鈍く、怒涛の勢いをもって響き渡る大地の鳴動――幾度と虐待された地盤は、崩れ去り。

 

 

 

 ――刀は、消え去る。

 その崖には――拳を掲げただけの男が、勝ち残っていた。

 

 

 

―――

――

 

 

 

 

 ――少女は確信していた。

 今のは、一生分の覚悟が求められた行為だったと。

 

 

 

 まずもって、そこに立ち続けるのが苦難だった。

 擬似術師は、紛い物だからこそ本物をより強く感じ取る。

 

 大半が領域内戦闘だったとはいえ――それが、呪術の極地にある死闘だったのは明白。

 

 

 

 それでも。乙骨憂太を信じて、逃げろと叫ぶ本能の警鐘を振り切って。

 

 今しかないと、見出した『3:7』の座標に、唯一の得物を投げ込んだのだ。

 

 

 

 そして見届けた――彼の、勝利を。

 

 

 

「――乙骨、さん」

 

 

 

 自分の知らない技だった。自分では出来ようはずのない、大規模な術だった。

 

 全身全霊。自分の術式だからこそ、痛いほどにそう伝わって。

 

 

 

「――三可紗(みかさ)ちゃん。儀式の場所って、あのキャンプ小屋だよね!?」

 

 

 

 ――そういや、それどころじゃなかったと思い出した。

 

 そして、二人は慌てて駆け出した。

 そうなのだ、敵を倒しておわりじゃない。

 彼女は『縛り』に殉じて戦ったに過ぎない。

 

 

 

 ――呪術的完全集団自決。

 あの儀式の閉廷こそ、最重要である故に!

 

 

 

「ここ! で、でもどうやって――」

 

「任せて。考えがある」

 

「はっ、はい!」

 

 

 

 キャンプ小屋、再び。

 窓から何から、全面目張りの、内外が隔絶された密室空間。

 

 その内に組まれた儀式構造――『祭壇』の完成度は、九十九由基のお墨付きだ。

 

 だが、裏切り者の発生というイレギュラーが起きている。

 儀式の失敗は、全員の呪霊化まで秒読みの状況!

 

 そのうえで、乙骨憂太は――。

 

 

 

「リカの力だって、元は僕なんだ――やってみせる!」

 

 

 

 ――瞬く、指輪に呪力を通し。

 ――掲げられた掌に、渦巻く呪力。

 

 それは彼の背後、台風さながらに力場を形成させ――!

 

 

 

「借りるよ――狗巻くん」

 

『――伏せろ!!』

 

 

 

 音量マックス。ここぞとばかりに、温存させていたボイスレコーダーから響く声。有無を言わさぬ範囲制圧が敷かれた中――。

 

 

 

 乙骨憂太、単独での指向性呪力収束放射が。

 一瞬で、呪力耐性皆無のキャンプ小屋を焼き切り――文字通り、消し飛ばした。

 

 

 

「よし……終わったよ」

 

 

 

 ――伏せていた、信者たちは。

 顔をあげ、辺りを見て――それから、茫然自失と、立ち尽くしていた。

 

 

 

「えっ、え? 壊しただけでなんとかなるの、これ?」

 

「この儀式は『祭壇』と『信者』、他者間の縛りで成り立っていた。命の受け手がいなくなったんだ、縛りは履行されないよ」

 

 

 

 これ以上ない形で。断ち切られた、彼らの救い。

 すでに、怒る気力など彼らに無く。

 

 

 

「……そ、そんな……バカなことが……!」

 

 

 

 その声を、代弁するのは。

 やはり――教祖であった。

 

 

 

「――なぜッ! なぜこんなことを! これが、唯一の救いであったのですよ!? 今の日本で至上に望ましき往生だったのですよ!?」

 

 

 

 教祖は泣き叫び、乙骨を睨んでいた。

 瞳の奥にある烈火が、視線を通して焼き殺さんと猛っていた。

 

 

 

呪術師(アナタ)は、殺し殺されの道しか知らぬ貴方は! 我々の最期さえも左右できると、何の権利があって思い違えたのですか!!」

 

 

 

 ――これは、僕の、罪だ。

 ――乙骨憂太は、目を剥き、しかし逸らそうとはしなかった。

 

 単なる、狂信(カルト)ではなかった。

 彼は、本気で人を救うつもりだったのたと分かった。

 

 

 

 あの人の『大義』も、そうだったのだろうか――いいや。違う。

 

 

 

 

「……僕も、自殺を考えた時期はありました」

 

 

 

 少女は。

 自分は、なんて裏切りをしてしまったんだろうと、今になって涙ぐんでいた、少女は。

 

 彼の言葉に、息を呑む。

 

 ――これほどの人にも、そんな事があるなんて――。

 

 

 

「だから、生きてればいいことがあるとか、そんな事は言えません。僕は――友達に恵まれただけですから」

 

 

 

 努めて、見つめ返す。痛いほどの目に刺されながら――それでも、乙骨憂太に悔いなどなかった。

 

 

 

「けど、あなた達には諦めてほしくない。顔を知っている人間には、生きていて欲しいんです。だから――お願いします!」

 

 

 

 頭を、深く下げた。

 今はただ、これしかできないけど。

 

 

 

「……諦めるな? ――なんと、なんと傲慢な! そのような綺麗事で済まされるものか! 貴方は、ただ我々に呪いを巡らせただけだ!」

 

「責任は、取ります――僕ら呪術師は、必ず、日本の平和を取り戻しますッ!」

 

 

 

 そう。こんな儀式、許されるべきことではない。

 

 顔も知らない誰かですらない『何か』に、親しい人を、平穏を壊されるなんて――何故それで、その先を生きられる理由があろうか。

 

 

 

 呪術師を、捌ける者など居ない。

 呪術師は、ただただ証明するしかない。

 

 己の価値を、己の在り方を。

 この重みを、決して、忘れる事なく。

 

 

 

「だから、信じて待っていてくださいッ――どうか、お願いします!」

 

 

 

 何度でも、頭を下げた。

 

 己の狂信こそを、真実にして見せる。

 折れた、彼らの分も、今は亡き人々の分までも。

 

 彼らの無念を引き継いで――元凶に、ぶつけてみせると。

 

 

 

 

 

―――

――

 

 

 

 ――特別秘匿防護シェルター・『窩廬(かろ)』。

 

 

 

 それは呪術総監部が、全国各地に設置した地下施設。

 2018年の死滅回游後に非常事態を想定して設計され、高専ほどではないが強力な結界を有する。平時には術師や『窓』の拠点として使用され、補助監督の管理運営で常時稼働。

 

 しかもしかも、水食料や発電機・牢屋などがそろい踏み! それだけではなく――!

 

 

 

 

「……えっと。これ、ほんとに食べないとなの?」

 

「ごめん。でも必要なんだ、これがないと、みんなじきに呪力切れを起こすし、お腹が空いちゃうからね」

 

 

 

 ――そう、『()』がある!

 

 術師が長期任務にあたって腹に埋め、生理機能を代行させるアイテム。

 それを改造し――腹に寄生することで、呪力出力上限を強制的に最小限にさせる特注品!

 

 代償に、定着までに半日を要し、相互の同意なしには埋め込めない。

 

 

 

 乙骨の手渡したそれを、最初こそ怪訝でいた少女は、それでも甘んじて受け入れた。

 

 なにせ、それだけで――死なずに済むし、呪術は使えなくなるし、空腹にならず、不穏分子を足きりできる。超画期的アイテムであるのだから!

 

 

 

「――乙骨さん。ごめん、信じたいけど、今更、私にはできない。けど、お願い――死なないでね」

 

「もちろん。絶対生きて、また会おう」

 

 

 

 それが、二人の最後であった。

 

 長いようで、短い一日のみの関係。出逢ったときには夕方であったが、すでに朝焼けが彼等を照らしていた。

 

 

 

「次に会うときは、僕の友人を紹介するよ」

 

 

 

 つい、そんな出来ない約束をしてしまった。

 言って初めて、それほどに入れ込んでいた事を自覚する。

 

 だが、後ろ髪を引かれてはいられない。

 張り込み中の高専OBに彼ら生存者を預け――乙骨憂太は歩き去る。

 

 

 

 ……そして、再び、彼女の元に訪れた。

 

 

 

「――どう思いますか、九十九さん」

 

「お、終わった? うまくいったようだね、よかったよ」

 

 

 

 今しがた倒された、九十九由基。

 

 彼女は声をかけられるや否や、勢いよく土砂の下から埋まっていた上体を起こし、「ぺーっぺっ! 砂利の味くっさ!」と元気に唾を飛ばしていた。

 

 

 

「すみませんでした。その――」

 

「気にしないでいいさ、私が敵に回したのは君たち二人だった、なら君の全力に彼女は含まれて当然だ。あれは卑怯でもなんでもない……つうか、そこは『手伝ってくれ』じゃないの?」

 

「九十九さんからしたら、この儀式そのものだって研究対象(モデルケース)でしょう。それに――もう死んだ身なんだし、気軽に一人旅したいだろうなって」

 

「あはは。バレてたか〜。ま、見逃してくれたんだ。よろこんで答えようとも」

 

 

 

 思った以上の元気ぶり。「僕全力だったんですけど……」と苦笑しつつ、乙骨は隣で腰を落とした。

 

 とはいえ、ただ遊び歩いている彼女ではない。

 そこを誇る事もなく――九十九は、語り出す。

 

 

 

「そうだねぇ……では乙骨くん。この儀式の管理者(ゲームマスター)』、誰だと思う?」

 

「――羂索(けんじゃく)に決まってる。五条先生が宿儺に勝った時から、ずっとアイツは逃げてました」

 

 

 

「――私は違うと考えている。羂索は、二番煎じなんてやる性格ではなかった」

 

 

 

 ――乙骨の、膨れ上がった憎悪の向かう先。

 だがそれは、この事態の元凶ではないと、彼女は言った。

 

 そう――今にも殺しにかかってきてもおかしくない気迫の乙骨に。

 

 だが九十九は忌憚なく、冷静に続ける。

 

 

 

「この儀式、前回の死滅回游とは表面上似ているけど全く別物だ。『1億点で何でも叶う』から殺す。ただ殺し合いを強要するだけのものじゃない――この儀式の管理者(ゲームマスター)は、おそらく別にいる

 

「……天元様を持ち去ったのは羂索です。一枚噛んでいるのは間違いないでしょう」

 

「そうだとも。君の憎悪は正しい――けども、最優先とは言い難いかもね」

 

 

 

 その目は、相変わらずの知性の光でもって空を仰いでいた。

 

 ――日本を覆う、大結界。

 ――天元結界そのものを盗んだ、悪用品を。

 

 

 

「そもそもだ。2018年の死滅回游では相互同意が必須で、わざわざ羂索からの選別(スカウト)があった。だが今回はどうだい、無作為に日本全てを巻き込んだ上、私のように同意するわけない過去の人間まで現れている」

 

「それは……確かに、そうですね」

 

「だろ。なにより一番おかしいのは願望器(オブザーバー)』に関する総則だ。アレは願いを叶えた『後』に現れる――普通逆だろう。ドラゴンボールにお願いをして、叶った後になって現れる神龍がいるかい?」

 

 

 

 ――すいません。ドラゴンボール、読んでません。

 

 という内心はさておいて。

 

 ――こうも情報を並べられては、乙骨も首肯せざるを得ない。

 

 

 

【総則⑨】

 

 ――泳者は1億点を消費宣言することで、あらゆる願望を実現できる。

 ――また、その後の『願望器(オブザーバー)』出現をもって、『永続』は終了と見做す。

 

 

 

 ……確かに、まるでゲームのバグじみた挙動だ。

 本来ならば、『願望器』が現れてから、願いを言うのがセオリーだろうに。

 

 この『見做す』という記述だって怪しい。

 誰が『願望器』とやらの出現を観測・立証するのか。

 

 それに、そもそも――『なんでも叶う』なんて俗っぽい事、羂索が望むのだろうか。

 

 

 

「察するに、誰が願望を叶えるかは重要ではないんだ。この総則が発動された後こそが、管理者(ゲームマスター)の目論見なのだろう――だからね、乙骨くん」

 

「おわ!?」

 

 

 

 突如。九十九は、斬られた右腕を投げ渡す。

 

 流石に驚き、慌ててキャッチする乙骨。

 なんのつもりだ、と顔を上げ、

 

 

 

「君は、1億(ポイント)保有者(ホルダー)の誕生を阻止するため――

『京都大結界(コロニー)に向かわねばならない」

 

 

 

 ――『星の怒り(ソイツ)』を持っていけ。

 そう、これ以上のない彼女の激励であると知り、息を呑んだ。

 

 

 

「……なんで、京都なんですか」

 

「ここが最大の激戦区だからだよ――日本大結界の呪力が最も集まっていて、必然的に過去の呪術師の復活が多く、強力な呪霊も跋扈している」

 

「――、夏油傑ですか」

 

「エクセレント。その通りだ、現状で最も、1億(ポイント)保有者(ホルダー)になり得る人間は彼だよ」

 

 

 

 ――乙骨憂太の目に、再び沸る殺意。

 ――羂索の次に、羂索の件を差し引いても、赦すべくもない対象。

 

 コガネを使うまでもないらしいと分かり、九十九は苦笑した。

 

 

 

「この環境、あの術式にとって最高すぎるんだよ。東京・京都を同時に襲えた、あのアドバンテージは計り知れない。『呪霊操術』という一点ならば、今の彼は、羂索だった頃よりも強いだろうね」

 

「当然でしょう、五条先生が居ないんだ――喜んで、僕がやります」

 

「ああ待って、まだもう一人いるんだよ」

 

 

 

 ――やばい、焚きつけ過ぎたらしい。

 

 勢いそのまま、今にも走り出しそうな彼を止めて、咳払いひとつ。

 

 その、もう一人についても、語った――。

 

 

 

――

―――

 

 

 

 

 ――12月3日。

 ――愛知県某所は、赤く燃えていた。

 

 

 

「――チリンチリ〜ン♪ 503点を獲得したゼ!」

 

「ガーッバッハ!! やった! やったぞ、一方的に殴られる、痛さと怖さを教えてやった!」

 

 

 

 何をどうしたらこうなるのか。

 生きている者がいたなら、そう思わざるを得ないほどの辺り一面、ペンペン草も残らぬ焼け野原。

 

 その中心、黒く積み上がった丘の上に立ち。

 

 

 

 宇宙服のようなスーツを着た男は。

 勝利の雄叫びを轟かせる。

 

 そう、彼こそが――。

 

 

 

「ざまあないぜ! あ〜っはっはっは!!!」

 

 

 

死滅回游・泳者 浪江零(なみえれい)

所持得点(ポイント) 16502 消費得点(ポイント) 735 滞留区画(ブロック) 東海

 

 

 

―――

――

 

 

 

「彼は、一度行動すると途端に大量の『点』を得る。よほどの面制圧能力があるんだろうが、いかんせん過去の呪術師ではなさそうだ」

 

「前回だって、現代人の中にも、五条先生に並ぶような人たちはいました。おかしな話じゃありません」

 

 

 

 ――以上の2名が、1億点泳者の候補者。

 彼女の話を聞き終え、乙骨は。

 

 

 

「よく分かりました。ありがとうございます――候補者も、羂索も、僕が殺します」

 

 

 

 深く、頭を下げて感謝し。

 そして――顔をあげ、髪が落とす影の向こう、煌々(こうこう)とした目を見せる。

 

 誰がどう見ても、危険極まる形相。しかし、彼自身が望んだのならと、九十九は止めない。事実、彼は憎悪をもって、これで本望と断言しよう。

 

 

 

 あとは簡単だ。この呪いを、ぶつけるだけでいい――。

 

 

 

「ああ――私の術式は、好きに使ってくれて構わない。君が何を決断しようと、私に腕を治す気はないよ」

 

 

 

 ――急がないと。この死滅回游は、前回とは比にならない。

 

 誰でもいいから願いを叶えさせる、そのために死人さえ、誰も彼もを巻き込んでいるのだ。

 

 1秒に、何人もが死んでいる。

 この選別の中で残る者らの練度を思うと――短期決着、それしかない。

 

 

 

 ――だったら。

 

 

 

(そうだ。僕はなってみせる。羂索も、夏油傑も。何もかもを打ち砕けるような――怪物に)

 

 

 

 ――総て、覆してみせる。

 

 過去の猛者も、現代術師も――願いの果て、起こる災厄を相手取る事になろうとも。

 

 

 

(人間性を捨てる――僕にやれることは。()()()()()()なんだから)

 

 

 

 ――『現代の異能』は。

 仲間の腕さえも、喰らって――走り出した。

 





次回は15日(月)です。分かりやすく伏線置いたからには回収します。

てか実際、本誌のガルダが『呪具化した式神』なのって、どんな理由なんでしょうね。まず式神ってなんだよ(タッセル並感)











【次回予告(15・月に投稿予定)】



 関東某高級ビル街に、運営サイドの悪意が牙を剥く。

 翻弄され焦燥する『最速』の少年。
 元『呪いの呪霊』のなりそこないに、あらわになった『受愚戴転』を有する少女の本性。

 学生の身に余る災厄のオンパレード。
 果たして彼は駆け抜けられるのか!?

 そして何より、少年少女の『愛』の行方は!?

 今こそ構築せよ、君たちのハートをッ!!



 第一幕 関東区画(ブロック) -安曇野禍福編-



【オマケ・乙骨のストック一覧】

・鄒霊呪法(釘崎野薔薇)
・呪言(狗巻棘)
・?????(???)
・付喪操術(西宮桃)
・心身掌握(ラルゥ)
・G戦杖(シャルル・ベルナーク)
・御廚子(虎杖悠仁)
・治天下大王(ドルゥヴ・ラクダワラ)
・邪去侮の梯子(来栖華・天使)
・宇守羅彈(烏鷺亨子)
・???(??)
・受愚戴転(婪佳久)
・【NEW】十割呪法(七瀬三可紗)
・【NEW】星の怒り(九十九由基)
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