【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 - 作:糾縄如氏
第一部のオリキャラの話です。
・安曇野禍福:『命を賭ける縛り』で加速する少年
・婪佳久:呪力の『負の感情』を感じ取れる白い少女
・喇誑:黒い少女、の形をした
第2部 12話『走り切った先で』
――第二次・死滅回游開始から一ヶ月。
乙骨憂太を含めた高専特級戦力、全員の復活が観測され。
この日より――日下部篤哉は、方針を転換。
『一般人のシェルター収容がひと段落ついた。東京はしばらく問題ないだろう――高専"最速"のお前らには、京都に行ってもらう』
その指令により――2025年12月1日・東京にて。
「……んで? ワタシ達、どこに向かってんのー? この地図2018年のだし、サンコーにならないんですけど!」
――無人都市、線路の上を。
元・特級超過呪霊の『残穢』――『
爪先から頭頂までドス黒い人型の呪力が。
何故か、笑顔の描かれた面をつけ。
何故か、逆さに持った地図を読みながら。
しかし、最も意味不明であるのは。
こんなやつが、拘束具とはいえ――高専制服を着ている事。
即ち、新東京高専の味方である事だろう。
「――川崎のビル街。あそこ安全地帯だから、まずはそこ突っ切って関東を脱出するの」
「安全地帯ィ? こんな瞬きしたら滅んだ国にあッたの? そんなトコ」
瓜二つの
しかし黒でなく、真白。
新東京高専2年・
祓っても祓いきれなかった『呪いの呪霊』。
コイツの強さを利用し、使い潰すこと。
それもまた、彼女らが日下部より言い渡された任務なのである。
――しかしながら。
「ああそうだよ。お前の対義語みたいな街なんだ、あそこは」
「えーっワタシ危険じゃないヨ! ワタシちょーラブアンドピースよ! 超!」
同じく、新東京高専2年。
黒い高専制服の少年。
――『天逆鉾』なしで、コイツを抑え切れるのか。
――ただでさえ、長期戦には向かない術式で休み無しの重労働を重ね、体にガタがきてるっていうのに。
(いざってときは、婪佳久だけでも――)
目の奥に穴が空くような痛み。
それを堪え、あたりを注視しながら進む。
その面影は、ひたすら荒み切っていた。
―
――
―――
――安曇野禍福は、一級術師である。
その人望については、伏黒より乙骨・猪野を紹介された際、速攻で打ち解けたという情報で十分だろう。
まず責任感が強い。両親が殺されたから復讐せねばと、敵わぬと知りながら、五条悟殺害に12年も捧げられたほどに強い。
故に頼られる。人材不足で学徒出陣上等の呪術界で仕事が集中、彼は何でも二つ返事で承諾した。
そのうえ、『最速』で解決するのだから経験はマッハで積まれ、あっという間に出世した。
――この一ヶ月の仕事量も、一切容赦なく集まった。
「……婪佳久。寝てないだろ、またおぶってやってもいいぞ」
「あ〜……大丈夫。どこぞのガリ勉サマと違って、わたしサボるの得意だから。まずは自分の心配しときなよ」
「俺はいい。問題ねえ」
そのくせ、決して疲労は口にしない。それが禍福という男である。
絶不調ながらも彼は警戒を絶やさず、役目をなくした線路を進み――その途中。
県境、川の流れる橋の上。
「――え〜。線路内に人がいましたため、停車いたしまァす」
「「「――、えっ?」」」
――電車が。
――平然と運転され、目の前で停車した!
「ど、どうなってんだ!? 交通機関は麻痺してるはずじゃ――」
禍福は困惑を漏らす。当然の疑問。
が、運転席の男はお構いなしであった。
ドアを開き、上体を覗かせ――かぶっていた駅員の帽子を手に取って!
「ご機嫌よう! そして初めまして。壮健そうで何よりだよ、安曇野禍福くん」
名を言い当て、にこやかに挨拶してくる男。
ソイツは、端的に言えばダンディであった。
葉巻片手に、ビシッと決まったスーツ姿。
整えられた立派な髭に、紳士を気取る――ギラついた瞳。
雰囲気は、さながらイタリアンマフィアの如く。
「これが現代の正装なんだってね。折角だから仕立ててもらったのだが、どうだい?」
――見覚えのない相手だ。
――なのに、名前を言い当てられた。
禍福はすぐに、傍の婪佳久に目をやる。
少女は、ふるふると蒼白の顔を横に振っていた――悪意はない、らしい。
そうなると、余計にわからなくなってくる。
「……禍福、知り合い?」
「いや知らん。こっちが聞きたいまである」
「あ! なんかカフクに似てない!? あのイケおじ!」
「こら、人に指差すなって。つうか、あの髭面のどこが――」
コソコソと寄り集まっての意見交換。
満場一致で正体不明。
改めて禍福は顔をあげ、
「――おぉ、おぉ! なんと、若い頃の父様そっくりの美丈夫ではないか。いやぁ色濃く血が継がれたようで何より何より」
「うっせぇ……」
スピーカー全開。車掌としてマイクを取り男は叫んでいた。
つうか、アンタまでボケ側かよ。
ツッコミ不在が過ぎるだろ。
いよいよ収拾つかねぇんだが!?
「ネ! 似てるでしょ、そうでしょ?」
「ん〜……ま、このさい敵じゃないならいっか! へいイケオジさん、よろしければ一時共闘――」
「――黙れ。呪いが喋るな」
――、一転。死を覚悟した。
これまで隠されていたのが不思議なほどの、殺気。迸る呪力の悪意に。
「――うん? お前もなんだ、残穢のくせに存続しておるだと? 気持ち悪い」
否、毛程も感じさせないほどに質が高いのだ。
ただの呪力操作だけで、その場の全員が敗北を悟っていた。
(禍福、待って)
咄嗟に、隠し刀を出そうとする禍福を婪佳久は目線で止める。何故、と問い返す少年の鋭い眼光の手前、少女は『平気平気』と笑い返していた。
『コイツがその気になったら、いつでも殺されてっから、わたし達⭐︎』――と。
(見た感じ、『
そう。なんでか、この男は禍福にだけは殺意がない。
そしてなんでか、禍福の名前を知っていた。
――いったい、何の用だというのか。
「ま、いいやいいや。要があるのは君だけなのだよ、我が子孫」
「――、人違いじゃないのか。俺以外全滅してんだぞ、うちの家系」
「あぁ、その節は全くもって嘆かわしいよ。けどもよかった、君のような傑物が残っていたのだから」
男は一点、少年に向き直る。
勤めて友好的に、なんら毛程の悪意なく。
それこそ――家族のように。
「儂の名は、安曇野
――そんな。
――意味不明なことを男は、笑って言った。
―――
――
―
――安曇野家。
それは、藤原時平の末裔。
それは、旧呪術総監部の一翼。
それは、かつて菅原道真を追放し、道真に呪われて没落し、長野に逃れた――呪術御三家のなり損ない。
だが2013年、五条悟による戦闘で滅亡した――ハズだった。
「こちらも人手が足りてなくてねぇ〜。
それを名乗る男が、なぜか今現在、目の前にいた。
それどころか、この死滅回游の元凶であるなどと名乗り上げていた。
言うに事欠いては、勘のいい婪佳久が太鼓判を押すほど『悪意0』などという――ソイツに。
「――黙れ。安曇野は滅んで然るべきだった」
思わず、気づいた時には、安曇野禍福はその申し出を跳ね除けていた。
「……婪佳久の13年に渡る虐待、俺の12年を縛った復讐、『
少年の怒りは本物であった。
血縁なんぞ知った事ではなかった。
彼の両親はもういない。けれども彼は、受けた愛を疑いはしない。
なにより、彼の『魂』には『無為転変』によって――彼女の、負の記憶が刻まれている。
侮辱に他ならぬ妄言を前に、相入れる余地は消えていた。
そして、それらを察せないほど鈍い男でもなし。
安曇野甘尾なるものは窓ガラスの奥、「そっかぁ残念」と、ひどくアッサリ肩を落とし、
――それはそれとして、と。
――今を生きる己が子孫への目は、変わらず、慈悲に満ちていた。
「これは純粋な心配なんだけれどね。――そこの後ろのヤツ、殺した方がいいよ」
「――、!」
「あぅウ、そんな殺生なァ」
禍福は振り返る。迷わず、その視線は『
「ああ、違う違う。いいよそいつは。宿儺級だったとはいえ、あとは消えるだけだろう――そこの、白い女の事を言ったのさ」
「――は?」
「あり?」
少年は、目を剥いた。
表出する悪意は、再び――婪佳久に、向いていた。
――驚くほどに、冷静を保った。
――なんなら、「えっわたし?」と揶揄う笑みを浮かべた――真白の少女を。
「この『残穢』の産みの親だろう。そいつには空気中の呪力が集中している。第二第三の事態もありうる。どう考えても、客観的には排除すべき存在だ――なんなら、やってやろうか?」
その悪意が、殺意に転じるのは極めてスムーズだった。呪力の巡りもまた同様。
するりと、少女たちの命を刈る牙が剥き出しになり、車体が動く――間際。
「おおっ、速い、速い。さすが現代『最速』」
一歩先に振るわれた、少年の刃。
亜音速で繰り出される投擲を。
――『電車風の式神』による防御で受けた男は、変わらず飄々と振る舞っていた。
「ごめんごめん、君の反応が良くてね、ちょっと揶揄いたくなってしまった」
まったく、直前まで式神とは気づかなかった。
安曇野禍福は、今更なんてヤツに手を出してしまったのかと自覚した。
だが後悔は無かった。許せるわけがなかった。
自分を曲げるよりか殺されてもいいとさえ本気で思えた。
――それも、杞憂だったらしい。
「では、儂は戻ろう。敵対を望むのならさっさと来たまえ――完璧に、仕上げておいたのだからな!」
残された捨て台詞は、「出発進行!」の一言。
電車風の式神は、先ほどとは逆の方へ、来た道を戻っていく――。
その様子を注意深く
「呪力反応消失……実力は疑うまでもなく本物、だったけど」
「話は、にわかに信じがたかったな――しかし貴重な教訓だった。実力差が開き切ってると、もはや一周回って危機感を持てねぇらしい」
「なんだよもォー、ワタシ三人で仲良死ならカンゲーだったのにさぁ!」
白い女は軽々しく嘆息し、黒い塊はそんな事をしれっと言う。
相変わらずの二人を確認しつつ――憂慮の視線を向ける禍福に、婪佳久は、「気にしないで」と笑い返した。
「あぁ、平気平気。化け物なのは、今に始まった事じゃないしさ」
「……、……笑えねえよ」
――、白い髪、中性的な顔立ち。
彼女を見ていると、時々、五条悟がチラつく。
それは――幼さな顔に反した、諦観によるものか。
そんな顔のコイツは、かつての五条悟と同等に、堪らなく嫌いだ。
「……、言ってくれたもんね。『お前が化け物かどうかなんて心底どうでもいい』、とか」
「……あぁ、そうだ。お前が悪く言われるのが許せなかった。それだけだ」
あの時の気持ちに嘘はない。
こいつの手を、『
――けれども、思わずにはいられない。
――まさか、こんな世界に連れ出すことになったなど――。
「しっかし、『
「――あぁ。どうせなら、東京圏外に再発生してくれりゃよかったのに」
「ちょっとォ? 二人だけで内緒話ィ?」
禍福の思考を遮るように、婪佳久は大問題を指摘した。
――そう、その『
――終わらせよう。こんなこと、一刻も早く。
「それに、さっきの『仕上げといた』って何の事なんだろね」
「……あそこなら問題ない。とにかく向かおう」
だが。このとき、安曇野禍福は浅慮であった。
彼はここまで――善悪のハッキリした環境で働いてきたのだ。
急に平和を取り上げられて『殺し合え!』と言われてオロオロする、関東の一般人をシェルターに避難させ、早くも殺しに手を染めた『わかりやすい悪』を処罰する。
そう、それだけの一ヶ月だった。
だから、少年は。
歩んだ先――本物の、悪意を知る事となる。
―
――
―――
――神奈川県川崎市・某所。
それは『帷』による城塞都市。
フリーの術師がリーダーを買って出て、統率された全市民が呪力を少量献上することで維持される『嘱託式の帷』。
その絶対戦線を跨ぐ、侵入手段は2つだ。
まず、低級呪霊を誘い込んで狩るため、意図的に結界が緩められた地点。
そして『門番役』――呪具で武装した重鎮が立つ、外部交流の窓口にして検閲地点。
彼らは、後者を頼りに侵入しようとした――わけだが。
「――って、門番いねーじゃんっ!」
呪力パンチ。相手は死ぬ。
この道中幾度とあった低級呪霊のワンパン。
だが、今回ばかりは事情が違った。
「禍福! 今の!」
「あぁ――この帷を、素通りしかけていた」
「えっザルすぎない? 誘い込む地点じゃないよネ?」
「違う。というか、結界こんなスカスカじゃなかっただろ。なんだってこんな……」
何かあった。それだけは間違いない事態。
……婪佳久でなくとも、禍福でさえ分かるイヤな予感。
「……、禍福」
「わかってる、……入るぞ」
「あーッ手ぇ繋いでる! ズルい! ワタシもワタシも!」
意を決し、重い足を前へ。黒い薄幕へと顔を沈め、浮上すると。
――地獄が、そこにあった。
「……っ、あ」
「婪佳久!? ……こ、これは!」
フラつく真白の少女。頭を抑えて崩れる体を禍福は支える。そして、それだけの悪意を前に、眼を剥いた。
――帳の中は、これでもかという呪力に満ちていた。
あらゆるビルには一階から火が付いて、そのかがり火を囲うように点在する住民は、例外なく争い合う。
――誰もが、『狡い』と叫んでいた。
許さない。死なない。譲れない。
ただの殺し合いではない。それは物資の争奪だった。
呪具、食べ物、『点』、衣服。
互いが互いを独占者と誹り、密告し、弾劾したはずの資産独占を推し進める。
全身全霊の悪罵と暴力を競い合う生存競争。
暴徒の魔窟が、そこにあって。
「うおーすっげぇ! めーっちゃ呪われてンじゃァーん!!」
「……お前、結局そんなもんなのか!」
「アッ、ごめんソーリー。生理的にサイコーなもんで、つい……」
大興奮を見せる『
そして、すかさず背後、『帳』の内殻に触れた。
(こないだ来た時とは逆だ。外敵の遮断じゃなく、封じ込めるよう働いてやがる!)
黒い幕は、入った時とは比べようもない程に強固であった。
いくら叩いても、どんなに殴っても欠ける素振りもない。
――なんだこれは。どうなっている。
――なにがどうして、こうも変わり果てた!?
「原因を探してくる、婪佳久は『
焦りそのまま、前後不覚に少年は駆け出していく。
「……ま、こうもなるよね。人間だもの」
妙に奪還した婪佳久の独り言は、彼の耳に入ることはなかった。
―――
――
―
それから辺りを駆け回り、見て回る。
いつかここを訪れた頃、まだ平和だった頃の、リーダーに案内された道をなぞっていく。
『――ここはですね! みんなで狩った低級呪霊をぶち込んで、呪力を抽出する『浴』です! これで呪霊から呪力が抽出できるんですよ、クソ不味いっすけど!』
そこには人がブチ込まれていた。
住民は出力される呪力を奪い合っていた。
そんなことをしなくても、前まで分配できていたのに。
『ここが給水所でして、物資の配給も行ってます。倉庫に備蓄された物を集めた急拵えですが、うまくやれば数ヶ月は持ちますよ、ええ!』
――毒や人が井戸に投げ込まれていた。
――倉庫はもぬけの殻になっていた。
計画的思考などカケラもない。
短核的な取り合いが行われるのみだ。
どうなっている。
リーダーと、彼の周りの幹部はどこにいった!
その答えは、婪佳久たちの元に帰って分かった。
すぐそこに――変わり果てたリーダーが転がっていたのだ。
「そんな――そんな、バカな! 伏黒さんが認めた善人のアンタが、どうして死ななきゃならない!」
「……カフクぅ、しょげないでよ。笑ったの謝るからさぁ、ネっ?」
婪佳久も、ましてや『
安曇野禍福はそれほどまでに狼狽していた。
――この一ヶ月、幾度と関東を駆け回り、できる限りの一般人をシェルターに逃してきた。その過程で見捨てた命があるのは事実だ。殺してきた事だって、禍福達の点数が物語っている。
だが――そんな中でさえ、『ここは大丈夫』と信じられた場所だったのだ。
なにがあったと言うのだ。
なにがあって、こんな事が――!
「――お前らのせいだ」
――――思考が、止まった。
――見知った顔が、見知らぬ形相で目に入る。
この、リーダーが生きていた頃、行動を共にしていた――副リーダーの姿が、目の前に。
「――お前らがッ、あのとき助け出してくれていれば――――!!」
呪具を手に、彼は迫っていた。
怒髪天という言葉さえ生温い叫びを聞いた。
全身全霊の憤怒をぶつけられた衝撃に呑まれ、理解を拒否した脳は、そのまま無抵抗に――。
「ぱぎゃ」
「1点が追加されたぜ!」
「――――――、は?」
見知った顔に、空洞が開いた。
向こう側が見えるんじゃないか、というほどに。頭の裏から中身が漏れ出し、体は後ろに倒された。
――白い、手によって。
――――白い少女の、顔面ゼロ距離で放たれた、指向性呪力収束砲撃によって。
――――――婪佳久、が?
「禍福、無事!? ……禍福ッ! ――おらっ!!」
「いだッ」
「無事だね、よし。いやぁよかったよかった。てかどーしたのさ、普段なら反射で動けたでしょ。禍福らしくもない」
――婪佳久だ。
いつも通りの、婪佳久がいる。
五条悟に似て軽薄で悪戯げな微笑。
消え入りそうで不安になるほどの乳白色。
それだけに、おかしい。
「……なん、で」
「うん?」
「だって、おま――今の、誰か分かって……」
白い彼女の、大粒の相貌が丸くなる。
麻痺した思考で、なんとか、疑問を形にする。
そう――『
面識がなく、人への危害にも躊躇はあるまい。
だが、婪佳久は人間だ。さっきの人とは面識があった。
彼が良心ある人間であったと、知っていた。
だというのに、
「んん? あー、さっきヤツか。残念だよ、そりゃ」
そう、これなのだ。
あまりにも、彼女は戸惑いを欠いている。
今更、殺しを咎めるつもりはない。
だが――知り合いの頭を頓着なしに吹っ飛ばし、死んだ知り合いになど目もくれず抱きついてくるなんて――いや、それ以前に、この街に来てから一貫して平静を失わずにいるなんて。
切り替えが早過ぎる。頓着がなさ過ぎる。
――『残念だよ』と感じながらも、その一言だけで、これを片付けていいものか。
「でも見りゃ分かったでしょ。もう、わたし等の知ってるあの人じゃなかった。
「――、は」
なんだ、それは。
もう、それこそ、そんな思考は人ではない。
「何さ、ブッ刺されてたほうが良かったっての?」
「……違っ、そんなんじゃ」
――婪佳久だ。いま、目の前にいるのは彼女だ。知っている。
冗談を聞かされたように彼女は笑っている。
なにもおかしいところはない。
おかしくあるべき所が欠落しきっている。
白々しいまでに出来すぎている。
言いようのない恐怖が。
名状し難い生理的嫌悪が、曇りなく真っ白な少女に対して抱いたモノを禍福は自覚し、無理解に喘いでいた。
この世で最も大事な少女に。
憎たらしくも美しい彼女に。
なぜ、俺はこんなにも怯え――。
「――おい。まさか、まだ取り返しがつく状況とか思ってたわけ?」
「――――」
――ひゅっ、と、息が漏れた。
――これ以上なく、剥き出しになった大粒の相貌が迫っていた。
その視線には怒気があった。
その声音は明確に叱責していた。
――――『まさかお前は、まだ日常から抜け出していなかったのか』と。
……説明しよう。
婪佳久は、術式『受愚戴転』の効果で、呪力の『負の感情』を読み取る体質を持つ。
それ故、この地に立ち寄って直ぐに、彼女は『帷』の中の悪感情の全てフィードバックした。
よって、彼女は驚くまでもなく、事の重大さを知り尽くしているのだ。
「……」
『
口にするまでもなく、婪佳久と全く同意見だからだ。
婪佳久が間に合わなければ、代わりに『喇誑』が殺しただろう。
いや、人を殺せば今度こそ祓われる立場。うまいこと無力化にとどめたかも知れない。
なんにせよ、確かなことはひとつだけ。
――安曇野禍福のみが、この事態を承知できずにいたのである。
「……そっか――共犯じゃ、なかったんだ」
「……、らん、佳久?」
掠れた声が、聞き取れない。
離れた顔が、その顔色の正体が見えなかった。
禍福は取り残されていた。
なぜ、彼女が寂しそうに見えたのか。
どうして、自分がいながらそうなったのか。
――少女を、この一ヶ月もたせてきたモノがあった。
――だが。少年少女は知ってしまったのだ。
そう、互いの感覚の違いを。
目に見えずともわかる軋轢に。
開いた距離を埋め合わせようと、少年は何事かを言おうとして――刹那。
「――全・市民・に告げぇぇぇるっ!」
待っていたとばかりの、声がした。
その声は。大胆不敵に『帷』の中の隅々まで響いた、堂々たる演説は。
「市民諸君。生存を勝ち得た、正義の具現者たる精鋭諸君。再び決起の時が来たッ――この儀式の元凶。この災害を防げなかった呪術高専生が、あそこに居るぞ!!!」
――いっちょう前に悲恋イベントなんてやってる場合じゃないだろう、と。
――これ以上ない形で、現実を叩きつけてきたのであった!
次回は18(木)です。
ヒロインは主人公に助け出された! めでたしめでたし!
…では終わりません。ここからは助けた後にどうするかの話です。
ラテブラという大きな問題のせいで隠れていた、この女のヤバさという問題。果たして彼らは乗り越えられるのか……?
【解説・特級戦力の再発生地点はランダム】
乙骨編にて、一ヶ月間、特級戦力は『窓』の観測からロストし、一ヶ月後に『散り散り』で再発生したと言及しました。
この再発生地点はまちまちです。
ラテブラは、たまたま東京圏内で再発生したため、すぐに合流できました。
【オマケ・婪佳久のビジュアルおさらい】
第一部にあった内容のコピペですが↓
・ワイドパンツに袖膨らんだ白制服
・詰襟は黒リボンで結ばれている
・白髪の短髪
・靴はブーツ
って感じです。なお禍福はただの黒い高専制服です。