【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 -   作:糾縄如氏

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第一部のオリキャラの話です。
・安曇野禍福:『命を賭ける縛り』で加速する少年
・婪佳久:呪力の『負の感情』を感じ取れる白い少女
・喇誑:黒い少女、の形をした残穢(しにぞこない)



第一幕 関東ブロック -安曇野禍福編-
第2部 12話『走り切った先で』


 

 ――第二次・死滅回游開始から一ヶ月。

 

 乙骨憂太を含めた高専特級戦力、全員の復活が観測され。

 

 この日より――日下部篤哉は、方針を転換。

 

 

 

『一般人のシェルター収容がひと段落ついた。東京はしばらく問題ないだろう――高専"最速"のお前らには、京都に行ってもらう』

 

 

 

 その指令により――2025年12月1日・東京にて。

 

 

 

「……んで? ワタシ達、どこに向かってんのー? この地図2018年のだし、サンコーにならないんですけど!」

 

 

 

 ――無人都市、線路の上を。

 元・特級超過呪霊の『残穢』――喇誑(ラテブラ)は、闊歩する。

 

 

 

 爪先から頭頂までドス黒い人型の呪力が。

 

 何故か、笑顔の描かれた面をつけ。

 何故か、逆さに持った地図を読みながら。

 

 しかし、最も意味不明であるのは。

 こんなやつが、拘束具とはいえ――高専制服を着ている事。

 

 

 

 即ち、新東京高専の味方である事だろう。

 

 

 

「――川崎のビル街。あそこ安全地帯だから、まずはそこ突っ切って関東を脱出するの」

 

「安全地帯ィ? こんな瞬きしたら滅んだ国にあッたの? そんなトコ」

 

 

 

 瓜二つの人型(たいけい)

 しかし黒でなく、真白。

 

 新東京高専2年・婪佳久(らんかく)――短髪から爪先まで、高専制服も含めて白一色の少女は、常に監視を緩めない。

 

 

 

 祓っても祓いきれなかった『呪いの呪霊』。

 コイツの強さを利用し、使い潰すこと。

 

 それもまた、彼女らが日下部より言い渡された任務なのである。

 

 

 

 ――しかしながら。

 

 

 

「ああそうだよ。お前の対義語みたいな街なんだ、あそこは」

 

「えーっワタシ危険じゃないヨ! ワタシちょーラブアンドピースよ! 超!」

 

 

 

 同じく、新東京高専2年。

 黒い高専制服の少年。

 

 安曇野禍福(あずみのかふく)は、焦燥していた。

 

 ――『天逆鉾』なしで、コイツを抑え切れるのか。

 ――ただでさえ、長期戦には向かない術式で休み無しの重労働を重ね、体にガタがきてるっていうのに。

 

 

 

(いざってときは、婪佳久だけでも――)

 

 

 

 目の奥に穴が空くような痛み。

 それを堪え、あたりを注視しながら進む。

 その面影は、ひたすら荒み切っていた。

 

 

 

――

―――

 

 

 

 ――安曇野禍福は、一級術師である。

 (よわい)16にして、他の術師・()いては呪術界を牽引する模範生(しごとにんげん)

 

 その人望については、伏黒より乙骨・猪野を紹介された際、速攻で打ち解けたという情報で十分だろう。

 

 

 

 まず責任感が強い。両親が殺されたから復讐せねばと、敵わぬと知りながら、五条悟殺害に12年も捧げられたほどに強い。

 

 故に頼られる。人材不足で学徒出陣上等の呪術界で仕事が集中、彼は何でも二つ返事で承諾した。

 

 そのうえ、『最速』で解決するのだから経験はマッハで積まれ、あっという間に出世した。

 

 

 

 ――この一ヶ月の仕事量も、一切容赦なく集まった。

 

 

 

「……婪佳久。寝てないだろ、またおぶってやってもいいぞ」

 

「あ〜……大丈夫。どこぞのガリ勉サマと違って、わたしサボるの得意だから。まずは自分の心配しときなよ」

 

「俺はいい。問題ねえ」

 

 

 

 そのくせ、決して疲労は口にしない。それが禍福という男である。

 絶不調ながらも彼は警戒を絶やさず、役目をなくした線路を進み――その途中。

 

 

 

 県境、川の流れる橋の上。

 

 

 

「――え〜。線路内に人がいましたため、停車いたしまァす」

 

「「――、えっ?」」

 

 

 

 ――電車が。

 ――平然と運転され、目の前で停車した!

 

 

 

「ど、どうなってんだ!? 交通機関は麻痺してるはずじゃ――」

 

 

 

 禍福は困惑を漏らす。当然の疑問。

 が、運転席の男はお構いなしであった。

 

 ドアを開き、上体を覗かせ――かぶっていた駅員の帽子を手に取って!

 

 

 

「ご機嫌よう! そして初めまして。壮健そうで何よりだよ、安曇野禍福くん」

 

 

 

 名を言い当て、にこやかに挨拶してくる男。

 ソイツは、端的に言えばダンディであった。

 

 葉巻片手に、ビシッと決まったスーツ姿。

 整えられた立派な髭に、紳士を気取る――ギラついた瞳。

 

 雰囲気は、さながらイタリアンマフィアの如く。

 

 

 

「これが現代の正装なんだってね。折角だから仕立ててもらったのだが、どうだい?」

 

 

 

 ――見覚えのない相手だ。

 ――なのに、名前を言い当てられた。

 

 禍福はすぐに、傍の婪佳久に目をやる。

 

 少女は、ふるふると蒼白の顔を横に振っていた――悪意はない、らしい。

 

 

 

 そうなると、余計にわからなくなってくる。

 

 

 

 

「……禍福、知り合い?」

 

「いや知らん。こっちが聞きたいまである」

 

「あ! なんかカフクに似てない!? あのイケおじ!」

 

「こら、人に指差すなって。つうか、あの髭面のどこが――」 

 

 

 

 コソコソと寄り集まっての意見交換。

 満場一致で正体不明。

 

 改めて禍福は顔をあげ、

 

 

 

「――おぉ、おぉ! なんと、若い頃の父様そっくりの美丈夫ではないか。いやぁ色濃く血が継がれたようで何より何より」

 

「うっせぇ……」

 

 

 

 スピーカー全開。車掌としてマイクを取り男は叫んでいた。

 

 つうか、アンタまでボケ側かよ。

 ツッコミ不在が過ぎるだろ。

 いよいよ収拾つかねぇんだが!?

 

 

 

「ネ! 似てるでしょ、そうでしょ?」

 

「ん〜……ま、このさい敵じゃないならいっか! へいイケオジさん、よろしければ一時共闘――」

 

 

 

「――黙れ。呪いが喋るな」

 

 

 

 ――、一転。死を覚悟した。

 これまで隠されていたのが不思議なほどの、殺気。迸る呪力の悪意に。

 

 

 

「――うん? お前もなんだ、残穢のくせに存続しておるだと? 気持ち悪い」

 

 

 

 否、毛程も感じさせないほどに質が高いのだ。

 ただの呪力操作だけで、その場の全員が敗北を悟っていた。

 

 

 

(禍福、待って)

 

 

 

 咄嗟に、隠し刀を出そうとする禍福を婪佳久は目線で止める。何故、と問い返す少年の鋭い眼光の手前、少女は『平気平気』と笑い返していた。

 

 

 

『コイツがその気になったら、いつでも殺されてっから、わたし達⭐︎』――と。

 

 

 

(見た感じ、『喇誑(ラテブラ)』も同意見か……まったく、頼もしすぎて泣けてくるな)

 

 

 

 そう。なんでか、この男は禍福にだけは殺意がない。

 そしてなんでか、禍福の名前を知っていた。

 

 ――いったい、何の用だというのか。

 

 

 

「ま、いいやいいや。要があるのは君だけなのだよ、我が子孫」

 

「――、人違いじゃないのか。俺以外全滅してんだぞ、うちの家系」

 

「あぁ、その節は全くもって嘆かわしいよ。けどもよかった、君のような傑物が残っていたのだから」

 

 

 

 男は一点、少年に向き直る。

 勤めて友好的に、なんら毛程の悪意なく。

 

 それこそ――家族のように。

 

 

 

「儂の名は、安曇野甘尾(とうび)。安曇野の八代目当主にして――この儀式を起こした者達の一人なのだよ」

 

 

 

 ――そんな。

 ――意味不明なことを男は、笑って言った。

 

 

 

―――

――

 

 

 

 ――安曇野家。

 それは、藤原時平の末裔。

 それは、旧呪術総監部の一翼。

 それは、かつて菅原道真を追放し、道真に呪われて没落し、長野に逃れた――呪術御三家のなり損ない。

 

 だが2013年、五条悟による戦闘で滅亡した――ハズだった。

 

 

 

「こちらも人手が足りてなくてねぇ〜。()()()()()鹿()と呉越同舟しなきないけない体たらくなのさ。――儀式運営を手伝ってくれないかい。我が家の再興のために」

 

 

 

 それを名乗る男が、なぜか今現在、目の前にいた。

 それどころか、この死滅回游の元凶であるなどと名乗り上げていた。

 

 言うに事欠いては、勘のいい婪佳久が太鼓判を押すほど『悪意0』などという――ソイツに。

 

 

 

「――黙れ。安曇野は滅んで然るべきだった」

 

 

 

 思わず、気づいた時には、安曇野禍福はその申し出を跳ね除けていた。

 

 

 

「……婪佳久の13年に渡る虐待、俺の12年を縛った復讐、『喇誑(ラテブラ)』発生でさえ、全て安曇野が発端だ――貴様が、俺にとって敵以外のなんだと言うんだ!」

 

 

 

 少年の怒りは本物であった。

 血縁なんぞ知った事ではなかった。

 

 彼の両親はもういない。けれども彼は、受けた愛を疑いはしない。

 

 なにより、彼の『魂』には『無為転変』によって――彼女の、負の記憶が刻まれている。

 

 

 

 侮辱に他ならぬ妄言を前に、相入れる余地は消えていた。

 

 

 

 そして、それらを察せないほど鈍い男でもなし。

 安曇野甘尾なるものは窓ガラスの奥、「そっかぁ残念」と、ひどくアッサリ肩を落とし、

 

 ――それはそれとして、と。

 ――今を生きる己が子孫への目は、変わらず、慈悲に満ちていた。

 

 

 

「これは純粋な心配なんだけれどね。――そこの後ろのヤツ、殺した方がいいよ」

 

「――、!」

 

「あぅウ、そんな殺生なァ」

 

 

 

 禍福は振り返る。迷わず、その視線は『喇誑(ラテブラ)』に向かい、

 

 

 

「ああ、違う違う。いいよそいつは。宿儺級だったとはいえ、あとは消えるだけだろう――そこの、白い女の事を言ったのさ」

 

「――は?」

 

「あり?」

 

 

 

 少年は、目を剥いた。

 表出する悪意は、再び――婪佳久に、向いていた。

 

 ――驚くほどに、冷静を保った。

 ――なんなら、「えっわたし?」と揶揄う笑みを浮かべた――真白の少女を。

 

 

 

「この『残穢』の産みの親だろう。そいつには空気中の呪力が集中している。第二第三の事態もありうる。どう考えても、客観的には排除すべき存在だ――なんなら、やってやろうか?」

 

 

 

 その悪意が、殺意に転じるのは極めてスムーズだった。呪力の巡りもまた同様。

 

 するりと、少女たちの命を刈る牙が剥き出しになり、車体が動く――間際。

 

 

 

「おおっ、速い、速い。さすが現代『最速』」

 

 

 

 一歩先に振るわれた、少年の刃。

 亜音速で繰り出される投擲を。

 

 ――『電車風の式神』による防御で受けた男は、変わらず飄々と振る舞っていた。

 

 

 

「ごめんごめん、君の反応が良くてね、ちょっと揶揄いたくなってしまった」

 

 

 

 まったく、直前まで式神とは気づかなかった。

 安曇野禍福は、今更なんてヤツに手を出してしまったのかと自覚した。

 

 だが後悔は無かった。許せるわけがなかった。

 自分を曲げるよりか殺されてもいいとさえ本気で思えた。

 

 ――それも、杞憂だったらしい。

 

 

 

 

「では、儂は戻ろう。敵対を望むのならさっさと来たまえ――完璧に、仕上げておいたのだからな!」

 

 

 

 

 残された捨て台詞は、「出発進行!」の一言。

 電車風の式神は、先ほどとは逆の方へ、来た道を戻っていく――。

 

 その様子を注意深く観察(みおくり)し――ようやく、一同は生還を実感した。

 

 

 

「呪力反応消失……実力は疑うまでもなく本物、だったけど」

 

「話は、にわかに信じがたかったな――しかし貴重な教訓だった。実力差が開き切ってると、もはや一周回って危機感を持てねぇらしい」

 

「なんだよもォー、ワタシ三人で仲良死ならカンゲーだったのにさぁ!」

 

 

 

 白い女は軽々しく嘆息し、黒い塊はそんな事をしれっと言う。

 相変わらずの二人を確認しつつ――憂慮の視線を向ける禍福に、婪佳久は、「気にしないで」と笑い返した。

 

 

 

「あぁ、平気平気。化け物なのは、今に始まった事じゃないしさ」

 

「……、……笑えねえよ」

 

 

 

 ――、白い髪、中性的な顔立ち。

 

 彼女を見ていると、時々、五条悟がチラつく。

 それは――幼さな顔に反した、諦観によるものか。

 

 そんな顔のコイツは、かつての五条悟と同等に、堪らなく嫌いだ。

 

 

 

「……、言ってくれたもんね。『お前が化け物かどうかなんて心底どうでもいい』、とか」

 

「……あぁ、そうだ。お前が悪く言われるのが許せなかった。それだけだ」

 

 

 

 あの時の気持ちに嘘はない。

 こいつの手を、『喇誑(ラテブラ)』から引き出したのは、決して間違いではないと信じている。

 

 ――けれども、思わずにはいられない。

 ――まさか、こんな世界に連れ出すことになったなど――。

 

 

 

「しっかし、『喇誑(ラテブラ)』の発言(あくい)わかんないよね。呪力が常に塗り変わってる。今のだって本音なのか……」

 

「――あぁ。どうせなら、東京圏外に再発生してくれりゃよかったのに」

 

「ちょっとォ? 二人だけで内緒話ィ?」

 

 

 

 禍福の思考を遮るように、婪佳久は大問題を指摘した。

 

 ――そう、その『喇誑(ラテブラ)』が、どんな腹積りか味方ヅラしてついてきているのだ。全くもって、起きる悉くがロクでもない。

 

 ――終わらせよう。こんなこと、一刻も早く。

 

 

 

「それに、さっきの『仕上げといた』って何の事なんだろね」

 

「……あそこなら問題ない。とにかく向かおう」

 

 

 

 だが。このとき、安曇野禍福は浅慮であった。

 

 

 

 彼はここまで――善悪のハッキリした環境で働いてきたのだ。

 

 急に平和を取り上げられて『殺し合え!』と言われてオロオロする、関東の一般人をシェルターに避難させ、早くも殺しに手を染めた『わかりやすい悪』を処罰する。

 

 そう、それだけの一ヶ月だった。

 

 

 

 だから、少年は。

 歩んだ先――本物の、悪意を知る事となる。

 

 

 

――

―――

 

 

 

 ――神奈川県川崎市・某所。

 それは『帷』による城塞都市。

 

 フリーの術師がリーダーを買って出て、統率された全市民が呪力を少量献上することで維持される『嘱託式の帷』。

 

 

 

 その絶対戦線を跨ぐ、侵入手段は2つだ。

 

 まず、低級呪霊を誘い込んで狩るため、意図的に結界が緩められた地点。

 そして『門番役』――呪具で武装した重鎮が立つ、外部交流の窓口にして検閲地点。

 

 彼らは、後者を頼りに侵入しようとした――わけだが。

 

 

 

「――って、門番いねーじゃんっ!」

 

 

 

 呪力パンチ。相手は死ぬ。

 この道中幾度とあった低級呪霊のワンパン。

 

 だが、今回ばかりは事情が違った。

 

 

 

「禍福! 今の!」

 

「あぁ――この帷を、素通りしかけていた」

 

「えっザルすぎない? 誘い込む地点じゃないよネ?」

 

「違う。というか、結界こんなスカスカじゃなかっただろ。なんだってこんな……」

 

 

 

 何かあった。それだけは間違いない事態。

 

 ……婪佳久でなくとも、禍福でさえ分かるイヤな予感。

 

 

 

「……、禍福」

 

「わかってる、……入るぞ」

 

「あーッ手ぇ繋いでる! ズルい! ワタシもワタシも!」

 

 

 

 意を決し、重い足を前へ。黒い薄幕へと顔を沈め、浮上すると。

 

 ――地獄が、そこにあった。

 

 

 

「……っ、あ」

 

「婪佳久!? ……こ、これは!」

 

 

 

 フラつく真白の少女。頭を抑えて崩れる体を禍福は支える。そして、それだけの悪意を前に、眼を剥いた。

 

 

 

 ――帳の中は、これでもかという呪力に満ちていた。

 

 あらゆるビルには一階から火が付いて、そのかがり火を囲うように点在する住民は、例外なく争い合う。

 

 

 

 ――誰もが、『狡い』と叫んでいた。

 

 許さない。死なない。譲れない。

 

 ただの殺し合いではない。それは物資の争奪だった。

 呪具、食べ物、『点』、衣服。

 互いが互いを独占者と誹り、密告し、弾劾したはずの資産独占を推し進める。

 

 

 

 全身全霊の悪罵と暴力を競い合う生存競争。

 暴徒の魔窟が、そこにあって。

 

 

 

「うおーすっげぇ! めーっちゃ呪われてンじゃァーん!!」

 

「……お前、結局そんなもんなのか!」

 

「アッ、ごめんソーリー。生理的にサイコーなもんで、つい……」

 

 

 

 大興奮を見せる『喇誑(ラテブラ)』への怒りで、なんとか禍福は我を取り戻す。

 

 そして、すかさず背後、『帳』の内殻に触れた。

 

 

 

(こないだ来た時とは逆だ。外敵の遮断じゃなく、封じ込めるよう働いてやがる!)

 

 

 

 黒い幕は、入った時とは比べようもない程に強固であった。

 いくら叩いても、どんなに殴っても欠ける素振りもない。

 

 ――なんだこれは。どうなっている。

 ――なにがどうして、こうも変わり果てた!?

 

 

 

「原因を探してくる、婪佳久は『喇誑(ラテブラ)』の監視をッ!」

 

 

 

 焦りそのまま、前後不覚に少年は駆け出していく。

 

 

 

「……ま、こうもなるよね。人間だもの」

 

 

 

 妙に奪還した婪佳久の独り言は、彼の耳に入ることはなかった。

 

 

 

―――

――

 

 

 

 それから辺りを駆け回り、見て回る。

 いつかここを訪れた頃、まだ平和だった頃の、リーダーに案内された道をなぞっていく。

 

 

 

『――ここはですね! みんなで狩った低級呪霊をぶち込んで、呪力を抽出する『浴』です! これで呪霊から呪力が抽出できるんですよ、クソ不味いっすけど!』

 

 

 

 そこには人がブチ込まれていた。

 住民は出力される呪力を奪い合っていた。

 

 そんなことをしなくても、前まで分配できていたのに。

 

 

 

『ここが給水所でして、物資の配給も行ってます。倉庫に備蓄された物を集めた急拵えですが、うまくやれば数ヶ月は持ちますよ、ええ!』

 

 

 

 ――毒や人が井戸に投げ込まれていた。

 ――倉庫はもぬけの殻になっていた。

 

 計画的思考などカケラもない。

 短核的な取り合いが行われるのみだ。

 

 

 

 どうなっている。

 リーダーと、彼の周りの幹部はどこにいった!

 

 

 

 その答えは、婪佳久たちの元に帰って分かった。

 

 すぐそこに――変わり果てたリーダーが転がっていたのだ。

 

 

 

「そんな――そんな、バカな! 伏黒さんが認めた善人のアンタが、どうして死ななきゃならない!」

 

「……カフクぅ、しょげないでよ。笑ったの謝るからさぁ、ネっ?」

 

 

 

 婪佳久も、ましてや『喇誑(ラテブラ)』が見ている事にさえ気が回らなかった。

 

 安曇野禍福はそれほどまでに狼狽していた。

 

 

 

 ――この一ヶ月、幾度と関東を駆け回り、できる限りの一般人をシェルターに逃してきた。その過程で見捨てた命があるのは事実だ。殺してきた事だって、禍福達の点数が物語っている。

 

 だが――そんな中でさえ、『ここは大丈夫』と信じられた場所だったのだ。

 

 

 

 なにがあったと言うのだ。

 なにがあって、こんな事が――!

 

 

 

「――お前らのせいだ」

 

 

 

 ――――思考が、止まった。

 

 ――見知った顔が、見知らぬ形相で目に入る。

 

 この、リーダーが生きていた頃、行動を共にしていた――副リーダーの姿が、目の前に。

 

 

 

「――お前らがッ、あのとき助け出してくれていれば――――!!」

 

 

 

 呪具を手に、彼は迫っていた。

 怒髪天という言葉さえ生温い叫びを聞いた。

 全身全霊の憤怒をぶつけられた衝撃に呑まれ、理解を拒否した脳は、そのまま無抵抗に――。

 

 

 

「ぱぎゃ」

 

「1点が追加されたぜ!」

 

「――――――、は?」

 

 

 

 見知った顔に、空洞が開いた。

 

 向こう側が見えるんじゃないか、というほどに。頭の裏から中身が漏れ出し、体は後ろに倒された。

 

 ――白い、手によって。

 ――――白い少女の、顔面ゼロ距離で放たれた、指向性呪力収束砲撃によって。

 

 

 

 ――――――婪佳久、が?

 

 

 

「禍福、無事!? ……禍福ッ! ――おらっ!!」

 

「いだッ」

 

「無事だね、よし。いやぁよかったよかった。てかどーしたのさ、普段なら反射で動けたでしょ。禍福らしくもない」

 

 

 

 ――婪佳久だ。

 いつも通りの、婪佳久がいる。

 

 五条悟に似て軽薄で悪戯げな微笑。

 消え入りそうで不安になるほどの乳白色。

 

 

 

 それだけに、おかしい。

 

 

 

「……なん、で」

 

「うん?」

 

「だって、おま――今の、誰か分かって……」

 

 

 

 白い彼女の、大粒の相貌が丸くなる。

 麻痺した思考で、なんとか、疑問を形にする。

 

 そう――『喇誑(ラテブラ)』ならば分かる、おかしくない。

 面識がなく、人への危害にも躊躇はあるまい。

 

 だが、婪佳久は人間だ。さっきの人とは面識があった。

 彼が良心ある人間であったと、知っていた。

 

 

 

 だというのに、

 

 

 

「んん? あー、さっきヤツか。残念だよ、そりゃ」

 

 

 

 

 そう、これなのだ。

 あまりにも、彼女は戸惑いを欠いている。

 

 

 

 今更、殺しを咎めるつもりはない。

 

 だが――知り合いの頭を頓着なしに吹っ飛ばし、死んだ知り合いになど目もくれず抱きついてくるなんて――いや、それ以前に、この街に来てから一貫して平静を失わずにいるなんて。

 

 切り替えが早過ぎる。頓着がなさ過ぎる。

 

 

 

 ――『残念だよ』と感じながらも、その一言だけで、これを片付けていいものか。

 

 

 

 

「でも見りゃ分かったでしょ。もう、わたし等の知ってるあの人じゃなかった。呪力(はら)の感情が呪霊と同じなんだもん――(ころ)すしかないでしょ。こんなの」

 

「――、は」

 

 

 

 なんだ、それは。

 

 もう、それこそ、そんな思考は人ではない。

 

 

 

 

「何さ、ブッ刺されてたほうが良かったっての?」

 

「……違っ、そんなんじゃ」

 

 

 

 

 ――婪佳久だ。いま、目の前にいるのは彼女だ。知っている。

 

 冗談を聞かされたように彼女は笑っている。

 なにもおかしいところはない。

 おかしくあるべき所が欠落しきっている。

 白々しいまでに出来すぎている。

 

 言いようのない恐怖が。

 名状し難い生理的嫌悪が、曇りなく真っ白な少女に対して抱いたモノを禍福は自覚し、無理解に喘いでいた。

 

 

 

 この世で最も大事な少女に。

 憎たらしくも美しい彼女に。

 

 なぜ、俺はこんなにも怯え――。

 

 

 

「――おい。まさか、まだ取り返しがつく状況とか思ってたわけ?」

 

「――――」

 

 

 

 ――ひゅっ、と、息が漏れた。

 ――これ以上なく、剥き出しになった大粒の相貌が迫っていた。

 

 その視線には怒気があった。

 その声音は明確に叱責していた。

 

 

 

 ――――『まさかお前は、まだ日常から抜け出していなかったのか』と。

 

 

 

 ……説明しよう。

 

 婪佳久は、術式『受愚戴転』の効果で、呪力の『負の感情』を読み取る体質を持つ。

 それ故、この地に立ち寄って直ぐに、彼女は『帷』の中の悪感情の全てフィードバックした。

 

 よって、彼女は驚くまでもなく、事の重大さを知り尽くしているのだ。

 

 

 

「……」

 

 

 

 『喇誑(ラテブラ)』は、ふたりを無言で見つめていた。

 口にするまでもなく、婪佳久と全く同意見だからだ。

 

 婪佳久が間に合わなければ、代わりに『喇誑』が殺しただろう。

 いや、人を殺せば今度こそ祓われる立場。うまいこと無力化にとどめたかも知れない。

 

 

 

 なんにせよ、確かなことはひとつだけ。

 ――安曇野禍福のみが、この事態を承知できずにいたのである。

 

 

 

「……そっか――共犯じゃ、なかったんだ」

 

「……、らん、佳久?」

 

 

 

 掠れた声が、聞き取れない。

 離れた顔が、その顔色の正体が見えなかった。

 

 禍福は取り残されていた。

 なぜ、彼女が寂しそうに見えたのか。

 どうして、自分がいながらそうなったのか。

 

 

 

 ――少女を、この一ヶ月もたせてきたモノがあった。

 ――だが。少年少女は知ってしまったのだ。

 

 そう、互いの感覚の違いを。

 

 

 

 目に見えずともわかる軋轢に。

 開いた距離を埋め合わせようと、少年は何事かを言おうとして――刹那。

 

 

 

「――全・市民・に告げぇぇぇるっ!」

 

 

 

 待っていたとばかりの、声がした。

 

 その声は。大胆不敵に『帷』の中の隅々まで響いた、堂々たる演説は。

 

 

 

「市民諸君。生存を勝ち得た、正義の具現者たる精鋭諸君。再び決起の時が来たッ――この儀式の元凶。この災害を防げなかった呪術高専生が、あそこに居るぞ!!!」

 

 

 

 ――いっちょう前に悲恋イベントなんてやってる場合じゃないだろう、と。

 

 ――これ以上ない形で、現実を叩きつけてきたのであった!

 





次回は18(木)です。

ヒロインは主人公に助け出された! めでたしめでたし!
…では終わりません。ここからは助けた後にどうするかの話です。

ラテブラという大きな問題のせいで隠れていた、この女のヤバさという問題。果たして彼らは乗り越えられるのか……?



【解説・特級戦力の再発生地点はランダム】

 乙骨編にて、一ヶ月間、特級戦力は『窓』の観測からロストし、一ヶ月後に『散り散り』で再発生したと言及しました。

 この再発生地点はまちまちです。
 ラテブラは、たまたま東京圏内で再発生したため、すぐに合流できました。



【オマケ・婪佳久のビジュアルおさらい】

 第一部にあった内容のコピペですが↓

・ワイドパンツに袖膨らんだ白制服
・詰襟は黒リボンで結ばれている
・白髪の短髪
・靴はブーツ

 って感じです。なお禍福はただの黒い高専制服です。
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