【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 - 作:糾縄如氏
――俺たちは選ばれた!
勝ち残り、『点』を懸命に集め、そして招待状が来た!
「なぁハニー、信じられるかい!? あの船についたら、ついに念願の結婚式だZE!」
「えぇ! もう母国には帰れないなんて悲しんでいたけど思い違いだったわ。だって、私達は最強ですもの!」
なにやら、情熱的な言葉を交わしつつ。
その男は、式神の靴に導かれるように、滑るように港へと降り立つ!
そう――白ドレスを着込む金髪美女を抱きながら、式神の靴を履く、タキシードに包まれたメリケンマッチョボーイが!
「うん? ねぇアナタ、アレ見てあれ!」
「ううんなんだぁ!? なにやら弱っちそうなボロ女が、船の前で腰を抜かしているじゃあないか!」
ひぃっ、やめて! 命だけは助けて!
そんな、何百回と聞いてきた文言を前に、二人は笑った。
そう、彼等は知っていた――バージンロードとは、己が力で以て開かれると!
「よくない? ちょうどよくない?」
「イエッサー、マイハニー! あんなザコは、僕らの服のシミにすらならないさ!」
「「さぁ、我等が花道の礎となれーッ!!」」
――シュルシュルシュルっ。
「「ぎゃああああ髪が!? 髪が首にぃいい!? ……ガクリ」」
「……ふぅ、こんなもんかな。猪野さん、出てきていいですよ」
静かな港に響く窒息音。
すくわれた足元で砕け散る
その脈は断つことなく、気絶を見計らい、髪は離れる。
バタリ、と打ち捨てられる哀れなカップル二名。
仕留めた獲物を前に、女――灰原結は、作り涙を真顔で拭い捨てた。
「マジでやれちゃったよ。すげぇ慣れてるな……」
「商売道具ですからね。今となっては命綱ですけど」
声につられ、近くの茂みから顔を出すのは、狩野琢真。
コソ泥のようで後ろめたいが、それはそれ。
まずは――この船に乗り込むため、条件を満たさねば。
「まずは、
「そうそう。他者間の『縛り』を成立させてるものがあるはず……」
「ドレスは元から着てるからいいとして……こんなんなら招待状捨てなきゃよかったなぁ」
「あった! これじゃないっすか!?」
だが、運は味方した。
夏油
「仮面! イカしたデザインじゃあないか! 早速つけてみ――」
「いやダメでしょ返しなさい!」
「それ何か変だな……へい、狗巻っち! コイツお願い!」
嬉々として罠にハマろうとする彼に、さしもの灰原結はキレた。
流れるように仮面は猪野の手に渡り、
待ってました、とばかりにハイネックを引き下げ、彼は発した。
「――『剥がれろ』」
「おわっ、普通に喋った!?」
狗巻棘の、呪言。
即座。仮面からこぼれ落ちる、呪力と肉片。
――ロクでもない仕掛けがあったのは間違いない。夏油と灰原は今更ながら理解した――だから彼はいつもオニギリ言葉だったのか、と。
「ったくもう。落ち着きがない。で、招待状は――」
さて、次に見るべきは招待状。
なにやらお高めの封筒に入っていたのは、フランス語地味な斜め字の羅列。内容としては――。
あなたは特別に選ばれた!
この招待は、100点以上の泳者限定で送られています! ……などとある。
とにかく、煽てて褒めちぎるニュアンスが詰められた文章であった。
「……何よ、この。チェーンメールみたいな」
「あ~、たぶんサバイバーズギルトを誤魔化すんスよ。特に現代人は殺人に抵抗感強いですから、自己正当化のために嬉々として飛びつくでしょうね」
「ぅぐッ!?」
ガチ目にダメージが入る灰原。
一方、イノタクは茂みから出てきて、引きはがしたタキシードで身を包んでいた。
「うし、スーツの拝借完了! やっぱどうせなら白じゃないなぁ。解呪した仮面もつけて――いよいよ行きま」
「いよっしゃ行こう! 乗り込め――っ!!」
(いや俺のセリフ……)
作戦開始、二手に分かれる四名。
――灰原結、狩野琢真が。
――客として、真正面から踏み入った。
―
――
―――
入るなり、耳に入ったのは優雅なピアノの弾き語り。
そして目にしたのは、天井を覆うLEDの空だった。
甲板に上がるや視界を埋め尽くす、長さ百メートルを超えるガラスドームのプロムナード。天井はLEDの空で、万華鏡のような絨毯模様がアーチ状に敷かれ、仮面を付けた人々は手を取り合ってダンスに興じている。
(……これだけ貴重な電力、資源を湯水のように使うなんて)
とはいえ、遊びに来たわけではない。灰原はカップル客を演じるべく、猪野のエスコートに促されるまま先を行く。
「狩野さん。怪しまれないための雑談なんですが――昔、高専に私と同じ苗字の生徒がいたんです。ご存知ですか?」
「ん? あぁ、そういや七海さんが言ってたかなぁ。俺が二級になった時に」
(二級? 英検じゃないわよね……?)
ギャンブルに勤しむ人々を素通りし、『点』を叫び合うオークション会場を横切る。
灰原の前を行く狩野は、不思議と白スーツに着せられている感がなかった。誰にも怪しまれることなく、澱みなく歩は進んでいく。
「その人の最期の言葉、知ってたりしませんか? 私、そこだけは聞き取れな――知らされてないんで」
「んー、ごめん。俺が聞かされたのは、土地神案件はまだ受けるなって業務注意(?)くらいで……」
「そうですか……」
エントランスにそびえ立つ螺旋階段を登る。
足元の大理石にはスワロフスキーのクリスタルが無数に埋め込まれ、歩くたびに光が波紋のように広がる。どこを切り取っても絵になる96段のクリスタル階段を降りた矢先。
「じゃ、交代しましょう。七海さんって人の話を聞かせてください」
「えっいいの!? どこから話そっかなぁ、うーむ……」
「あ、着きましたね」
目的地への到達。
雑談は、強制中断とあいなった。
「――ずっと思ってきました。甘んじてはいられぬと。私がこれまでしてきたことは、どれもが成功ではあっても大成功ではなかったのです」
この船の最大コンテンツ。
大食堂に踏み居った時には、そのスピーチは佳境に入っていた。
ステージの上で、男が熱弁を振るっている。
「家庭教師複数人で用意されたカリキュラムをこなし小学校、中高一貫、大学院までストレート。経営においても継いだ財を順当に高め、このデスゲームの直中にあっても、組織は安泰を享受している――して、しまったのです」
――なるほど。お偉いサン特有の長い自慢話、らしい。
スタッフに案内され、空いた白シーツの丸机に促されるまま座りつつ――周りの雰囲気を二人は伺う。
500人あまりの来客が、所狭しと座ったり立っていたり。
最初こそ彼を向いていた客達は、すでに興味が移ろい、小声で談笑したり欠伸をかいていた。
だが。彼ら二人としては、無視するわけにもいかない。
「コガネ、あの偉そうな人の点は」
「1438点だぜ!」
「桁違いね……」
そこはいい、組織の
男の周囲に渦巻くそれは、洗練とは程遠い。
「私は悲しい。私は今でさえ、成功してしまった。故に紳士淑女の皆様。私は望んだのです。選び抜かれたあなた方との交流を。あなた方との祝杯を! 私の願望器にかける願い、それは新体験の到来である故に!」
「やっと終わりそうだな……こっちだって七海さんの話したいんですけど」
「猪野さん。あいつ、『疑似術師』ってヤツですよね」
「あぁ。ある意味すごいよ、それであんな堂々としてるなんてね」
疑似術師は、本物の術師の存在を大きく意識するもの。
この500人あまりの100点泳者は、その大半が『本物』だ。
だというのに、その御曹司は自信に満ちていた。
なんら自信を疑わず、ひるみもせず。ただ堂々として構え、己の勝利を語りながら。
スポットライトの下――真っ赤なスーツで包んだ肥え太った体で。手つきだけは優美に、グラスを掲げる。
「さぁ、どうか。退屈が過ぎる私の人生に彩りを与えてくれ! ――乾杯!」
それが――死滅回游・
またの名を、客席海賊団『グランメゾン』の頭領――『ヴァンサン』。
その一声により、各地一斉、弾けるグラスの音。
そして、振るわまれ始めるオードブル。
「一品目はこちら、
一斉に参加者たちは群がり出す。
マグロ解体ショーよろしく、目の前に持ち出された食材が捌かれ、盛り付けられる。
――もう食わなくてもわかる。絶対ロクでもない。とはいえ――客として潜入するからには。
「「いただきます」」
灰原結、さすがは俳優。
配膳係より渡された皿を前に、笑顔で何ら澱みなく食す。
狩野琢真、さすがは呪術師。
真顔ではあるが苦心ひとつ漏らさず飲み込んだ。
(……揺蕩って、低級とはいえ呪霊だぞ呪霊。そういう術式でもなきゃ腹の足しにならないだろ。何で食べたがるんだこんなの。つうか味しねえし!)
猪野はドン引きしつつも周りを伺う。
何を感じたと言うのか、客達は誰もが舌に乗ったものに喜び震え、さかんに感想を交わしていた。
当然、美女がいたのなら言いよる者もいよう。
灰原結の元には、「これなんか美味しいですよ!」とイルカの心臓を持ち出す者もおり、
「あ、私は結構です」
(ちょ、灰原さん――!?)
灰原結、ギブアップ。
早くも露呈したボロ、焦るイノタク。
だが――大丈夫、と灰原は何やら落ち着いた目でいた。
その見立ては、正しかった。
「そうですか、わかりませんかこの美味しさが! ……んっ、美味い! こんなの食える俺らお愛想すぎるだろ!!」
「四品目は、牛の睾丸焼きにございまぁす!」
「サワートウ・カクテルのお代わりはこちらにございます! 人指の酒漬けと共にご賞味ください!」
――そう。彼らは、まるでイノタクも灰原も見ていなかった。
――ただただ、
この珍味の数々、美味いかどうかなど関係ないのだ。
こういうのを食べている自分は特別であると、その結論を得るがため、彼らは参加したのだ。
そして、やはり彼も、例外ではなかった。
「やぁ、楽しんでくれているかい?」
「あら、CM以来ですね、オーナーのおじさま。それはもう、来て良かったと思わされるばかりで。ご健在だったと分かってホッとしました」
「はっはっは。私も貴女と再会でき嬉しい限りです。まあ、今となっては我が社はこの船を残すのみですが、この体制を確立できたのも一重に私による――」
近えわクソジジイ。
つうか私が言うまで忘れてたろ、CMに起用してたの。
という本音は毛ほども見せずにグラスを合わせ、灰原はみめ麗しゅう淑女となって、社交辞令で応対する。
……こういう硬いノリは苦手な猪野。それだけに『任せて』と目を配る灰原が心底ありがたい。
そんなやりとりなど知るよしもなく、御曹司は饒舌であった。
「そう、私も貴女も特別なのです、だから敗者を糧に生き残れた。我等は強いからこそ弱い者を背負い、食わせ、また感謝する。さながら皿の前で手を合わせるようにね」
口でこそ同意はするが――反吐が出る。
強者生存。弱肉強食。
ノブリスオブリージュを口にする男の顔には、まるで年齢が伴っていない。
ただ貪欲に、食欲旺盛に、灰原結という肉をメラメラとした目で見ていた。
何より、耐え難いのは――前までの私も、こんな風に見えていたのだろうか、という事で。
「そうそう、ここにはスパもあるんですよ。岩盤浴が大変好評でして、よければ――」
――危なかった。
ついつい、その腰に伸ばされた余分な手を、切り刎ねそうになっていた。
猪野が、灰原結を引き寄せていなければ。
「おっと、失礼。そろそろメインディッシュが届く時間でした。では引き続き、お楽しみ下さい」
紳士ぶった肉塊は、そう笑って立ち去っていく。
つい、灰原は自分の頬に手を置く。
己の役者魂に、はじめて感謝した。
笑顔の仮面は崩れていなかった、らしい。
「落ち着け、灰原さん」
だが、気持ちは一緒だと。
彼の暖かな手が、遠慮がちながら、僅かに強張った肩に乗っていた。
「怒るときはとことん怒るべきだけど、今じゃない――俺の仲間が持ち出された場合、腕づくで奪還する。それまでは、ここで耐えましょう」
「狩野さんらしくないですね」
「……ちぇーっ、バレてたかぁ。ええそうです、請負ですよ」
しかし。そのキザさは三流といったところか。
苦笑を交わし、灰原結は買って出た汚れ仕事に向き直る。
――もう、兄さんに顔向けできる身分でなくとも。
それでも、こんなヤツらと同じにだけはなるものかと、心に決めて――。
―――
――
―
一方、ステージの裏手では、もう一手の侵入が進行していた。
「お前ら! 女の脊髄足りないから食糧庫から持ってこい!」
「うっす!」
どだどだどた。廊下に響く厨房の喧騒。
元スタッフらは、デスゲームの中でさえ通常業務をこなしていた。
環境に適用した者だけで構成される彼らは、迷う事なく業務に邁進し――だが、異変を前に立ち止まる。
「なんだダクトから物音が――誰だ!?」
振り返る。侵入者の気配。
彼等とて紛い物でも呪術師だ。呪力の気配を見過ごすバカではない。
現に、感じた存在がこうして目の前に――!
「なんだよ、死にかけの低級呪霊か。びびらせやがって」
――死にかけの呪霊だった。
侵入する過程でトラップに引っかかり、今しがた祓われようとしている。
興醒めし、職員はそこを立ち去った。
呪霊の、中身も知らないで。
「よし、狗巻さん――」
呪力を纏った拳が、突き破る。
化けの皮を剥ぎ落とし、顔を出したのは。
「侵入成功っすね!」
「しゃけ」
――夏油勲。そして狗巻棘。
二人の潜兵は。
視線を交わし合い、駆け出した。
牛の睾丸焼きと人の指を酒漬けした食べ物は現実にも存在します。
ここでは度胸試しのゲテモノしか提供されてません。
次回は1/25です。