【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 - 作:糾縄如氏
――その社長は。パワハラ上司であった。
「君ィ。なんでこんなこともできないのかね? ……なに? 時間が無いと。なら残ってやりなさいよ」
「うん? 36オーバー? んなことこっちがとっくに超えているわ。まあわかった、案件の資料を見せたまえ。効率のいいやり方を教えてやるから」
そんな言葉が、平然と、ある金曜の定時退勤時刻の1時間前に飛び出す。
しかし部下は頭を下げ、従う他にない。
――『俺もやったんだからさ』という言葉は、いざ上司に言われると逆らい難い。
――有言実行の実力者で、会社の誰よりも働いている人物とあっては、尚更だ。
「ハイ、このやり方なら出来るだろう。もう会議だから、あとは頼んだよ――しかし、もっと早く言いなさいよこういうのは。いつも言っているだろう……いや、遠慮するなって意味じゃなく。私に話を寄越せば、余計な業務量は減ると言ってるんだ。そこんとこ頼むよ、君ィ?」
――もっと働け。もっと多く、もっと無駄なく。
――私にはできた事が何故できない?
あまりに露骨な、パワハラと捉えかねない態度。
しかし、これがハラスメントと訴えられる者はいない。
社内において、彼の言葉は最も正しいのだ。
人生で一度も、失敗したことがないのだ。
彼の責務は、世襲で継いだ資産を順当に高め、より長く確かに存続させる事だった。
蓄積されたノウハウで最善手を打ち、分かり切った成功を積んで、かれこれ十数年。
その有能ぶりは――第二次・死滅回游に巻き込まれても、遺憾なく発揮された。
「……あ~あ……ここでも私は、妥当に成功してしまうのか……」
自社のクルーズ船にて、彼は退屈げにグラスを傾ける。
その眼前には、招待状を鵜呑みにしてノコノコと来客した100点保持者たち。
この船に入った時点で、彼等の点も、肉も、自分のもの――既に、彼は勝っていた。
――彼は、呪術という未知にも、すぐに対応し乗りこなした。
自分の術式を最大活用した、最高効率の殺人システムを早期に確立し、安定させた。
経済が殆ど崩壊しようとも、彼の組織は繁栄していた。
まぁ、ついてこれなかった社員はクビ――もとい、今や肉片となって船と一体化しているのだが――それはさておき。
故に、彼は願った。
「――私は悲しい。私は今でさえ、成功してしまった。故に紳士淑女の皆様。私は望んだのです。選び抜かれたあなた方との交流を。あなた方との祝杯を! 私の願望器にかける願い、それは新体験の到来である故に!」
己の手に入らないモノはない。
それでも、手に入らなかった『何か』を手に入れたい。
この力をもってすれば、きっと届くと。
そのグラスを高々と掲げて、1億点の獲得を夢見る、彼こそは。
「さぁ、どうか。退屈が過ぎる私の人生に彩りを与えてくれ! ――乾杯!」
死滅回游・
所持得点 1438点
―
――
―――
――海賊客船グランメゾン号は、それ自体が領域対策である。
船内でグラスをあおるオーナーはオトリだ。
あくまでソレは人型の肉人形。すでに彼は人であることを捨てている。
彼は、この船と一体化し、この船そのものとなっている。
船本体で術式を行使し、外から領域を叩き割れば、完封勝利できる。
全長318.5m。まずもって領域では、船全体を覆いきれない。
それが、彼にとっての常識。
この船に侵入した時点で、圧倒的有利は約束されていた。
――ただし。
「なんだ――なんなのだ、貴様は――っ!!」
「いいとも。教えてやろう」
――『閉じない領域』。
「――弱肉強食とは、何たるかをな」
領域展開 「
「ぎぃいいいあやあああああああ!?!?!??」
刹那――紅蓮の、斬撃世界が幕開けた。
彼は。船に巣くう肉塊は、痛烈に叫ぶ。
肉が止めどなく血しぶきを奔らせ、海面が弾け、あらゆる叫びは万雷の拍手が如く響き渡る。
「ふむ。まぁそんなところか。八岐大蛇とは比べるべくもない……」
その様子を、領域の主――そびえる牛骨の山。大口を開く大門の上。
――呪印を浮かべ、掌印を結んだ夏油勲は薄ら笑い、見下ろしていた。
(玉座か、あれは! ふんぞり返りながらの片手間でこれほどの――!?)
――手加減されている。理性でなく、全身で肉塊はそう理解する。
――『解』と『捌』、その出力はあえて落とされていた。
普段が包丁ならば、これはノコギリだ。
切れ味を落とし、より死ににくく苦しみやすいよう。
こちらが術式全開でなんとか耐えられるレベルに留めている――!
(なんだ、この広さは何だ!
「――がッ、ぁああ、ああああああ!!!?」
――不協和音が領域中を木霊する。
ゴリゴリと、ぎぃぎぃと、鈍い音が巨軀に満遍なく響く。
肉塊は筋繊維を余さず嬲られ、断絶され、しかし引き千切れる事だけは許されない。
苦悶の大合唱を、領域の主は静かに笑って眺めていた。
『御廚子』の威力は一定であるのに、断末魔は勝手にエスカレートしていくのだから、可笑しい可笑しい。
(何故だ、なんでこうなる!? おかしい! 私は、いつも最善をやってき――!?)
肉塊の思案は続かない。
幾つもの脳が、斬撃されては再生し、思考までもが細断される真っ最中。
肥大化した肉体総てに、ざっくざっくと刃が突き立てられて。
本来ならば瞬時に爆散していたハズの肉塊は、味わうはずのない感覚を。
だんだんと身が小さくなっていくのを、これ以上なく味わされていた――だから。
「や、やめで! ごべんなさいごめんなさい、生きてでごめんなさぃいい!!」
全身全霊でそう主張した。
遅くか早くか、事ここに至っても、ある意味で彼は最善を選んでいた。
楽になりたい。その一心で己の意地を、己の命を軽々しく放棄していた。
「これが、本体でず! 私の
九つの肉蛇。そのうち一つの首、不死性の源を差し出す。
半ば崩れ落ちる格好で傅いた、肉塊に対して。
「――
決まり切ったように、嗤って。
夏油
「――なっ、なんで!? なんっ、痛い! 痛い痛痛痛いいた――!?」
「初めから見え据えている。これは戯れだ――貴様は、痛ぶり尽くすと決めているのでな?」
――鬼だった。
そのような在り来たりな形容が。
それ以外に例えようがない者が。
紅く染まりきった世界で、嗤っていた。
「仮にも数百と人を喰らったのだろう? 肉と骨の山に座した者なのだろう? ならば腹を見せて媚びる前に、喰らう者として矜持を示せ――そうら。頑張れ、頑張れ」
それが、自分の更に上にいた
肉塊は――恐怖に、打ち震えた。
「――い、やだ――いやだ! やだ! ぃやだ! 死にだぐな、しにだくない! 死にたぐないぃ!!」
身に降りかかった不条理に、今になって肉塊は。その男は泣き喚いた。
切り崩される部位を投げ付け、ムダと分かっていながら足掻き、沈没間際の
もう限界だと自覚しながら、真の恐怖を知った今、黙って食われるなどできようはずがなかった。
――これまで、自分の理屈がすべて通る世界で生きてきた。
――はじめて、限界を知った。初めて世の不条理を知った。
なにひとつ、通じない。
アレには、今日まで培ってきた常識がどれひとつ通用しない。
ニンゲンを喰らう生き物。
ニンゲンを超えた上位種。
――あんな悪鬼に喰われたくはない!
これが、弱肉――喰らわれるとは、これほどまでに恐ろしい事だったのかと。
まな板の上に立たされて、漸く生き急いでいた。
「荷が重いか? あぁ、是非も無い――産まれながらに上に立ち、己が頂点と
――ゲラゲラ。ゲラゲラと嗤いが響いている。
胸を弾ませ、肩を上下させ高嗤う。
満遍なく食い込む無数の歯。
海さえ飲み込んで展開された生き地獄。
その蹂躙は――だが。
領域の主の一存によって、すぐに終わった。
夏油勲の体で爆笑する、かつての呪いの王の脳裏に、このような思考がよぎったのだ。
――――しかし、俺は――五条悟に――。
「……ッ、あ――が」
「――、む?」
――しまった、と自覚した時には、もう遅かった。
つい、力み過ぎたらしい。
改めて目を向けたときには、既に、核を切ってしまっていた。
「……、――」
少年は真顔に戻っていた。
寄生した思考は思案した。
――この船は沈没する。領域を解除し岸に出なければ。
――しかし、殺してしまった。痛ぶると言った手前、サクッと一発でやってしまった。
喰われる事の何たるか、頂点とは何かを教え込んでやったが――今となっては俺もまた――。
「……つまらん肉だ。碌に加工をしておらん。数ばかり喰らってきたと見える――坊主の舌ならばと思ったが、さほど美味でもないとは――半端者めが」
とりあえず、勿体ないので肉片をひとつ口に運び、吐き捨てる。
裏梅なら或いは、と思ったが、すぐにもこの具材は海に沈む。
こうあっては、いよいよもって収穫がない。
「――は、ぁ」
考えるのが面倒になって。
倦怠ながらも、一瞬にして。
その体は、木っ端みじんに大爆発する巨船を背に、港に降り立っていた。
「……口直しだ――構えろ。呪術師ども」
――石流龍、猪野琢真、狗巻棘、灰原結。
――まさか、彼等は思うまい。
この後の激戦はつまるところ、単なる八つ当たりだったなど――。
次回は3/15です。
マジで体力とストックがない。
【補足:この船のオーナーはガチで強いです】
①招待状を真に受けて仮面をつけて入った時点で、客を支配し使役できる
(仮にも100点保持者ばっかりで、基本タダでは帰れない)
②船内にいる彼の体は肉人形に過ぎず、痛みは感じるが本体ではない。いくら叩いても無意味
③いざという時は、支配した肉と一体化させ肉人形を強化できる。
客だけではなく、社員全員とも融合可能
④肉人形がやられても本体は船そのものであり、弱点を突かれない限り無限湧きする。
呪力強化され筋肉で補強された全長318mの巨体。
基本的に領域で覆い尽くす事はできないし、殴り合いが成立しない。
最悪社員がいなくなっても、自分一人で船を動かすことができる。
⑤しれっと複数の脳味噌を持つ事が出来る。何それ怖い。
(常に術式を稼働させるなら当然といえば当然)
え~。術式がブッ壊れ性能と言うか、ここまで活かせた彼がすごいです。
初手から人間性を捨てる決断してますし。乙骨があれだけ悩んでるのに何なんだコイツ。
この船の中という『縛り』ありきとはいえ、どんだけ術式解釈を拡張できるインスピレーションを有り余らせていたのか。
これで一カ月前まで非術師だったとは。いやはや社長ってのは凄いんですねぇ。
まぁ、そもそも正面から戦うワケねーだろ、ってのは当然の生存戦略です。
予想外の侵入者に対しても迅速な判断で対応しようとしており、きっちり部下皆を一か月も生き残らせて三食寝床も与えている。掛け値なしに凄いです。
ただ石流と、なにより宿儺がイレギュラーすぎました。火山頭みたいで可哀想。
まっ社会人時代はともかく、今や立派な大量殺人鬼。
それも物資流通の断たれた滅亡日本で、食べ物・呪具・男に女を根こそぎ奪いつくして贅沢三昧する、客船海賊のリーダーです。
これは残念でもないし当然の結末でしょう。
ましてや金曜の定時1時間前になって緊急タスクを持ち出す上司とか、尚更ですよね〜。本当に。いや本ッ当に。