【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 - 作:糾縄如氏
失われた日常の1ページ。
少年少女は互いの生活習慣のズボラさを突つき合う。
安曇野禍福の起床は、なにがあろうと7時だ。
どんな夜間任務があろうと変わらない。朝食、洗顔、軽い走り込み。最後は部屋に戻り、ストレッチを経て肉体を活性化させ、一日を始めるわけだが――。
「おはよ〜。いつも言ってっけど、鍵かけな?」
休日となると、これだ。
ドアを開けると、さも当然と寝床を占領した女が、こちらを見もせずにひらひらと手を振っていた。
「いいだろ、別に。天逆鉾は常に携帯している。盗られて困るものはない……そもそも、鍵閉まってたらお前入れてないだろ」
「え。ラインで呼びつけて入るけど?」
(居座るのは既定路線なのか……)
今日の彼女は黒のニットセーターの下に白いボタンダウンシャツを重ねて着ている。ニットの裾から白いシャツの端が少し覗き、モノトーンのレイヤードがほどよい抜け感を演出し――実際、彼女は無造作に横たえてスマホをいじっていた。
なお、禍福は特にツッコマない。
彼女が居座るのも、彼女の服が毎日必ず違うのも、呪力探知で目視するまでもなくこちらを捉えているのも、今に始まった事ではない。
「今日は予定ないんだっけ?」
「残念ながら。ヘルプ入らない限りはな」
「ふーん」
ベットの高みから視線を浴びせられながら、彼はシートを敷いた床に腰をおろし、身をほぐし始める。
「あと、今日こそは前持ち込んだやつ持って帰れよな。物を増やすのは自分の部屋だけにしやがれ」
「はいはーい」
――安曇野禍福の自室は、両極端そのものだ。
家電だけは高級品で揃えておきながら、ベットや本棚、勉強机は寮の備え付けそのまま。その他は極力100均の使い古しが占める。
観葉植物を置く程度には見栄えを気にする神経はあるものの、プラスチックのミニ盆栽で誤魔化している始末。そのくせ鍵をかけないときた。
拘るところは拘り抜き、雑なところはとことん雑。
そんな彼に――彼女は、ついこんな問いを投げた。
「ねー禍福」
「なんだよ」
「禍福ってさぁ。昼寝できない体なの?」
「……」
習慣動作に澱みはなかったが、寝耳に水だった。彼の返答には、しばしの間が開いた。
「……言われてみれば、そうかもな。意識したこともなかった」
「やっぱり? やっぱかぁ、そーだと思ったよ。授業中いっぺんも眠そうなとこ見た事なかったし。しょっちゅうここで寝に来てるのに、文句言われた事なかったもんね」
ガバっ、とうつ伏せの彼女は顔をあげ、肩を落とし嘆息する。
「勝手に人の寝床を占領してる自覚はあったんだな、お前……」
「あ、大丈夫。先生とか先輩いない時は見計らってるから。呪力探知の訓練を兼ねてね」
頬杖をついて余裕の笑みの婪佳久であるが――。
――残念ながら、実のところ釘崎先生にはバレている。
寮で他人の部屋に無断で入るのは御法度だ。
彼ら二人は知るまいが、この状況は彼女が見て見ぬふりに徹する事で成立しているのだ。
――なんなら日下部学長にも薄っすらバレている。
だが彼も『優しい』ので指摘しない。決して単純に面倒なので指摘してないだけではない。
「自堕落を絵に描いた格好しといてよく言うな。俺は知らないぞ。今ここに五条先生がワープしてきても」
「え〜、大丈夫でしょ別に。あの人、青春応援マンなんだしさぁ」
「仮にも教師だ。若人の過ちにはきっちり言うぞ。秤さんが賭博制度持ちかけるたび、普通に『いや学生のうちはダメでしょ』って突っぱねてたそうじゃないか」
「あー……言ってたんだ。そんなこと」
「お前、ナチュラルに五条先生を教師扱いしてないよな」
「まー半分身内みたいなもんだしねぇ? それに言うまでもなく人間的にはカスだし」
彼女のスマホを見る目は、楽観、面倒、楽観へと移り変わる。
――最後の発言については、本音だ。なにせ、婪佳久の名付けの親なのである。
彼女の安曇野家に連れ去られる前の名前や出生を知る者は誰もいない。
――そのせいで『上司としての対応だけしてくれない』と知った中学生の頃は、全てを与えてくれた王子様への幻想が崩され、盛大に反抗期を起こし、なんとか折り合いをつけて今の結論に至ったのだが――それはまた別の話。
「……って、今は
「そりゃ、疲れはするけど。そういう時は筋トレか、使い捨て呪具の量産あるのみだ。どうせノルマだし、反復作業なら頭も使わない」
「なにそれ、日常生活からしてマグロ体質じゃん……ちっちゃい頃は流石に寝れてたんじゃないの?」
「あー……いや。養護施設にいた時なんか、昼寝の時間を寝れずに過ごしてた覚えがある」
「マジで?」
「マジで。あれは先生が干してくれたバスタオルの洗剤の匂いと、感触を楽しむ時間でしかなかったな」
かれこれ話しているうちにストレッチは完了。禍福がようやく振り返ったとき。
婪佳久は、布団に顔をうずめていた。
「……えーと。何やってんだ?」
「――いや、別に……?」
彼の鋭い視線に、彼女は観念したように長い息を吐く。そうして上体を起こし、透き通るような白髪の向こうから、丸く大きな瞳で彼を見返した。
――彼は、妙な緊張感に包まれた。
「……夜は、ちゃんと寝れるんだよね?」
「当たり前だろ。俺の習慣に狂いはない。毎日、一日の疲れで泥のように寝て……あーいや。高専に入学する前は、睡眠剤ありきで寝てた時期だった」
「あー、そうだよね。クマあったもんね」
そう、この諸問題は婪佳久にとっても大きい。
思い返せば、出会った当初の彼の目つきは今よりも酷かったのだ。それはもう戦闘モードの乙骨先輩ぐらいヤバかった。
いやーすごいクラスメイト出来ちゃったなぁウケる、などと当時は面白がれていたものだが――。
今でも改善されていないなら、流石に一言言わざるをえない。
「元から神経質なのもあるんだろうが、俺の術式は眼精疲労が半端じゃないからな。海外で躍起になって武者修行してた時期なんか、気絶するように寝るか、興奮状態のまま動き続けるかの夜だった」
「えーやばいじゃん。夜勤多いんだし。この仕事、寝れなくなったら終わりだよ?」
「……そうだな。振り返ってみると、当時の俺も大概だったかも知れない」
「『も』とはなんだよ。『も』とは」
いつの間にか婪佳久は腕を組み、日常会話は詰問に変わっていた。ベットに座る彼女からの威圧。自分よりヤバいヤツに諭されたとあっては、さしもの彼もシートの上で正座にならざるを得ない。
実際、神経が休まることはない。
どだい休もうという発想がない。
どんな疲れても、頭が重くても、
昼間だけは眠れないから、じゃあもうやるしかないじゃないか、と発起して脳物質が湧き上がる。
この生活は、習慣半分、もう半分は空元気で成り立っている節がある。
「マジでかぁ。思ったより深刻だなぁ……じゃ、禍福。こっち来な、こっち」
禍福は顔を上げる。婪佳久はポンポンと、ベットの隣のスペースを小さな掌で叩いていた。
「……ええと。すまん。どういうわけだ?」
「いいから。早く座る」
「はい」
珍しく真顔の彼女に気圧され、禍福は促されるまま腰を下ろした。すると、
「……お」
婪佳久は、禍福に顔を寄せ、彼の目を手のひらで覆う。そして、
「……これって」
「ご明察、『正の呪力』だよ」
「反転術式のアウトプット!? 嘘だろ、五条先生すらできない才能ありきの超高等技術を、よりにもよって
驚天動地の衝撃、今日一番の声量が出る。
まったく想像だにしていなかった。
五条先生に「呪霊以下の器用さってどうなのそれ? まさか憂太より呪力雑な奴がいるとは……」と匙を投げられ、なんなら日常生活からしてズボラの極みな彼女に、そんな可能性など毛ほどもあるわけがない。
――その認識は正しかった。
「む。負の信頼がすごい……そうだよ、ズルだよズル。呪力特性の変更。『正の呪力』をひとつの呪力特性と解釈して、わたしの呪力を塗り替えたの。反転術式って正規手順をすっ飛ばしてるから、効率クソ悪いんだけど」
「そ、そうか。『受愚戴転』の術式効果か」
ああ、なるほどなるほど。本人の技量でなく術式効果。そういう事なら仕方ない。
できるものはできる。仮想の事象でさえ実際に起こせる。術式効果とはそういうものだ。
――えっ、術式効果の一環で『正の呪力』が使えるのか? その方がよほどヤバくないか?
などとツッコミそうになったが、気にしたら負けだと割り切った。
「最近は家入先生のお手伝いがメイン業務なんだよね〜。どうだ、わたしだってあくせく働いてるんだぞ?」
むふー、と擬音が聞こえてきそうな声音と裏腹に――確かな癒しの効能が、彼女の掌から注がれていく。
透き通るような白い呪力は目の奥まで浸透し、視神経と血流の硬化を解き、その作用は脳にまで及び――不意に体が緩んでいく。
つい、不安になった。
「……もういい」
「えっ、まだ全然だったんだけど。効き悪かった?」
「いや、すごい効いた。けど相性が悪い……どうも俺、力が抜けるのが苦手みたいだ」
戸惑う婪佳久の手を外させて、禍福はそう答えた。
――時間が勝手に過ぎるのは、焦る。
そうなりかけた時、萎えた気がハッと引き締まる。体はふらつきなどと言う姿勢のノイズを許さない。
こればかりは習慣、条件反射によるものだ。
安曇野禍福は術式行使のたびに、『線』を誤りなく踏むことを求められ、徹底的に訓練してきたのだから。
――こうなると、ますます婪佳久のジト目は悪化する。
「……ほっんと神経質だなぁ。そんなんじゃ、すぐ起きちゃわない?」
「いや。二度寝はできる。要は、動く時と動かない時で二極化してるって事なんだろう」
「どっちにしろヤバいよそれ……」
「……お前に言われる様じゃいよいよって感じだな。うん。確かに見直すべきだ。考えてみりゃ、このままオッサンになろうもんなら立ち行かない」
「いちいち一言多いわ。でもうん、そうしときな」
真剣にそう言い切られたとあっては、受け入れざるを得ない。
――実際、有益な情報だった。習慣なだけに、他人に指摘されねば気付きようがない。
この点を突き詰めれば、よりパフォーマンスを向上できるかもしれない。一級試験に向けた課題のひとつを捉えた彼の様子に、ようやく婪佳久は安堵の吐息を漏らす。
――それはそれとして、
「さて、無断利用もここまでだ。布団乾かすからどけ」
「えー!? いいじゃん、わたし部屋に戻った後でも」
「今日はこの後雨なんだよ。ベランダ狭いから洗濯と並行もできない。今しかねぇ。わかったら大人しく退け」
「……はぁい」
この部屋の主はあくまで禍福だ。その意向には逆らえない。
ホッとしたの半分、ガッカリがもう半分。未練がましく掛け布団から引き剥がされる婪佳久を他所に、禍福はベランダに出る。
「ほい、洗濯バサミ」
「ん。――そういや、お前はどうなんだ。授業中、しょっちゅう眠そうにしているじゃないか」
「まぁ睡眠妨害が多いからね。寝てる最中、たまに『負の感情』が流入することあるんだよ」
「……マジで?」
「マジで」
思わず、布団を落としかけた。
ベランダに遅れて出てきた少女が、さも当然の事のように語ったのは――彼にとって、恐ろし過ぎる新事実だった。
「お前、そうなったら暴れ出すんじゃないのか」
「うん。わたしの性質上、怖いと反射的に攻撃してなんとかしようとするね」
「だよな!? 俺は忘れてねぇぞ。お前に連れてかれたお化け屋敷で、お化け役の非術師に反射で殴りかかろうとするオマエ抑えて、ゴールに引きずったあの日の事を!」
「……そ、そんなことあったかなぁ。ははは」
笑って誤魔化そうとするも、禍福の顔は青い。
蘇るトラウマ。思わず自分のベットが無事かを振り返ってから、改めて危険人物に問いただす。
「じゃあ、まさか。すでにお前のベットは木っ端微塵に……」
「なってない、なってない。あれ、わたし専用ベットだがら。飛び起きた時に嘱託式の結界が起動して閉じ込めてくるの」
「完全に時限爆弾扱いじゃねーか」
そんなとこまで地雷なのかよ。と布団を干し終えた彼はベランダにもたれ、髪を掻きながら毒を吐く。
こればかりは彼女も否定しようがないので、つくづく笑うしかない。
「ん? 待った。一度、俺たち同時に飛び起きた夜があったろ。あの時、お前部屋から顔を出してたじゃないか」
「あの時は、普通に正規の解除行動とって結界をオフにしたんだよ」
「ぜんぜん対策にならなくないか?」
「大丈夫大丈夫。デカいの一発かましたら、我に帰って正規手順を思い出すから。とはいえ、ベットは無事でも布団は普通に壊れるけどね。お釈迦にしすぎて安布団がデフォになっちゃったよ」
ますます渋い顔になっていく彼とは対照的に、婪佳久はどこまでも軽薄ぶりを深める。
これでよく人のこと言えたな、と詰め寄りたい禍福であるが、婪佳久の過去については、あんまり言えない。
「用途が局所的すぎんだろ……そんな呪具どこで作られるんだ?」
「五条家にあったやつだけど?」
「五条家って、五条先生以外のものが存在したのか」
「肝心の時に限って高専の役に立たないけどね。禪院家あった頃に選択肢にすら上がらなかったって何なんだろ?」
「五条家なしには育てなかったクセにそれ言うかよ……」
曇りがかった朝焼けの下、風に吹かれながら、そんなしょうもない言葉の応酬が続く。
彼女に付き合わされる彼は、それが自身の休息になっている事には無自覚なまま――。
「……おい。じゃあ、俺の勉強時間に昼寝しに来るの、かなりのリスクじゃないか?」
「ん? あー、大丈夫大丈夫。禍福んとこに限っては多分暴れないし? 最悪なんとかしてくれるでしょ?」
などと、悪戯げに笑う少女の白々しさを前に、
(……タチが悪いな。本当に)
「? えっ急に黙ってどうしたの」
「なんでもねぇ」
ああもう、ますます気が休まらないじゃないか――と、嘆息しつつ。
彼は部屋に戻り、ウザ絡みされながらも宿題を済ませたのであった。
あんまり禍福と婪佳久だけで長尺とっても飽きそうだし何とか二日置き投稿に戻してぇ。けど眠いので寝ます。
【オマケのオマケ① 保健室の天使婪佳久ちゃん】
婪佳久「はい次は家入さんの番。ほら横なってください、脳みそ癒やしますんで〜」
家入「あぁ、助かる。……はぁぁ。マジで煙草買い出しできたら言うこと無しなんだがねぇ……」
婪佳久「あっじゃあ報酬にそれ一本くださいよ」
家入「絶対やらんぞ後が怖い」
婪佳久「えぇ〜それ家入さんが言いますぅ?」
家入「敬うのかニヤけるのかどっちかにしといてくれ。うっかり殴りかねん」
婪佳久「あっはは、そりゃ光栄です」
【オマケのオマケ② 先生大好き婪佳久ちゃん】
婪佳久が飛び起きる件、一部の頃はそれだけで『暴走』につながりかねず、その度に五条悟も叩き起こされていました。可哀想ですね。
なおこの女は五条をカスと思いながらも、「でもわたしより先に死んだら許さないから。あなたがいない世界で呪術師として生きるなんてあり得ないから」とむしろ熟成された気持ちをいまだに抱えています。
なんなら反抗期だろうが基本毎年五条悟にバレンタインチョコを手作りしてます。
そのくせ五条は呪術師としての言葉しか婪佳久に与えませんでした。彼女の最も求めてるであろうモノには見て見ぬ振りを通してきました(教師として当然の対応)。
そら五条も原作より大人にならざるを得ませんわ。