【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 -   作:糾縄如氏

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【あらすじ】
婪佳久の部屋へと招かれた禍福少年。
だが喜ぶところがゲンナリしている様子。
これは一体、どんな部屋なんだ〜?



備忘録④ 2025年7月25日

 

 蝉時雨すら逃げ失せる猛暑下のある日。

 安曇野禍福は研鑽を惜しまぬ自身へのご褒美として、散髪屋に寄った。

 

 湯だった頭をクリーンアップさせ、風を心地よく感じながら歩く。そして30分ぶりに携帯を開き――、

 

 

 

『お願い! 封入作業手伝って〜!!』

 

 

 

 そのメッセージで、最悪の気分に落とされた。

 

 

 

(……よりにもよって、この時期かぁ……)

 

 

 

 口から出そうになった魂をなんとか飲み込み、すっかり変わった目の色で前を向き、重い足取りで寮へと戻る。

 

 ここからは――大掃除の時間だ。

 

 

 

――

―――

 

 

 

 婪佳久の部屋には、常に二つの場合しかない。

 掃除の必要がない時か、掃除するしかない時か。

 

 

 

「……いつもの事ながら。また随分と衝動買いしたな、テメェ」

 

「いやぁ、それほどでもないけど?」

 

「褒めてねぇし。つうかそれ俺にも寄越せ」

 

「これ?」

 

「一袋寄越せって言ってんだ」

 

 

 

 扇風機の前に陣取った真っ白な少女は、水色のアロハシャツに緩いネクタイをぶら下げて揺らしながら、カルピスアイスを咥えて笑っている。

 

 

 

 そんな彼女の部屋は――これ以上ないほどの物量で溢れかえっていた。

 

 山と積み上げられたトレンドの残骸たちは、彼女のムダな収納センスによって所狭しと敷き詰められる。

 グッチャグチャというよりギッチギチ。下手を打てば、積み木を崩すようにむしろ散らからかねない――いっそ芸術的なまでの地獄絵図だ。

 

 

 

「例に漏れず、どれも新品同然か……流石としか言いようがないな」

 

「金銭感覚も五条家仕込みだからね(ドヤァ)」

 

「そうか人雇って片付けてもらえ。俺は帰る」

 

「あーごめんごめん! これとこれとこれだけはダンボールに詰めてください! お願いします!」

 

「わかった、くっつくな! 暑苦しい、体温高いんだよお前は!」

 

 

 

 目の前にもたれかかってくる白い髪の束、その熱量の塊を押し返し、

 ゲンナリした顔で、安曇野禍福はもはや使い慣れた軍手を嵌める。

 

 冷房は20度に設定させた。電気代なんて知らん、管轄外だ。その最低条件で初めて彼は首を縦に振ったのだ。

 

 作業開始だ――部屋の中心に山と重なった業務用ダンボールを開いて、いくつか指定された大きめの物品を収納していく。

 

 

 

「ノンオイルフライヤーか」

 

「あぁそれね。ほぼオーブンじゃねーかこれってなって、じゃあ要らないかって」

 

「やっぱそんなもんか。次は……スポーツバイク? 自転車競技やるわけでもあるまいに」

 

「それねぇ。わたしが本気出すと壊れるし、そもそも自分で走った方が速いわって後々になって気付いてさぁ〜」

 

「ウェア一式揃えといてソレかよ。まぁこれは後で中古屋に出すとして、次は……はぁ? エレクトーン? お前こんなの弾けるのか、足元にも鍵盤あるぞこれ?」

 

「ええ弾けちゃうのです。なにせ昔は五条家別荘のグランドピアノを遊び倒してたからね〜、まぁそのせいでとっくに飽きてたんだけど!」

 

 

 

 扇風機の微風を背景に、短い髪と緩い襟元をたおやかに揺らめかせ、少女は笑っていた。

 

 

 

 婪佳久は多趣味である。何でもやってみて、何でもすぐに辞めてしまう。

 

 所有する事が目的であり、使う事に意味を見出さない。とりあえず買いたいから買った、それ以上でも以下でもない。

 

 かといって積みたいわけでもなく、不要となれば、こうして中古品市場に売り飛ばす。

 

 理屈などない。常に衝動で動き、金銭を蒸発させる。

 そんな負の等価交換を体現した女こそが彼女なのである。

 

 

 

「本当に、なんで買ったんだよ……」

 

「だってー。たまに懐かしくなっちゃって机叩いちゃうし、かといって手元に無いんだもん……どこぞの誰かが襲撃かまして全部吹っ飛んだじゃん、前のわたしん家」

 

「その節は誠に申し訳ございませんでした」

 

「ちょっ、怖。いいから顔あげて作業進めよ、ねっ?」

 

 

 

 爆速で迷わず土下座をかます禍福。

 その理由を持ち出されては、全力で謝るしかない。

 

 想像以上の反応に婪佳久は困惑しつつも、「しめしめ」と内心したり顔であった。

 

 実際、手を動かさねば片付かない。やるしかない状況――彼はそれ以降、軽作業のみに徹する事になる。

 

 

 

「……しかし、本当に貯金って発想ないんだな。将来困るぞ、そんなんじゃ」

 

「え〜いいじゃんどうせ任務は減らないんだしさぁ。それにマジで危ない時は闇バイトおじさん頼ればいいし」

 

「……お前ついにそこまで堕ちたのか?」

 

「えっ違っ、五条先生だよ五条先生。任務横流ししてくれんの、昔から!」

 

「昔からって、あぁ。ナチュラルに児童労働させてたのか、あの人……」

 

 

 

 撤去作業の中で交わされる雑談の中、五条悟の株価を生贄に捧げ、自分の株を守った婪佳久は「セーフ」と内心安堵する。

 

 さしもの婪佳久も場の流れで片付け全部を押し付けないだけの神経はあった。禍福が大きなダンボールを量産する傍ら、細々とした物を片っ端から写真に撮り、某転売サイトにあげては梱包していく。

 

 

 

「いやったー! ねぇ見て禍福、5桁で落札されたよ、この現代美術(なぞのえ)!」

 

「おお。ちなみに原価お幾ら万円で?」

 

「えーと確か5万くらい!」

 

「もうシンプルにバカだなお前」

 

 

 

 なんなら、婪佳久にとってはこれこそがメインイベントだ。このように中古品への売り渡しそのものに色素のない目を輝かせている。

 最近の趣味は何かと問われれば、彼女は『利益目的ではない転売です』などと笑って答えることだろう。

 

 

 

 そう、彼女は趣味に邁進していたのだ。

 そんな時だというのに、彼は冷や水を被せ続けた。その結果――!

 

 

 

「……なんか。わたしばっか普通じゃないみたいに言われるのムカついてきた」

 

「おう違うってのか喧嘩なら買うぞ」

 

 

 

 急に作業の手が止まる。

 婪佳久が口火を切り、禍福が睨み返す。

 もはや片付けそっちのけで――罵倒大会が、幕開ける。

 

 

 

「じゃー言わせてもらうけど! まず上履き! 汚れてんのに『ちゃんと洗ったんだがなぁ』って言うのちょっとヤだ! 動く時の靴はちゃんと手入れしてるクセに何でわかる嘘つくの?」

 

「あ〜……(うるせぇないいだろ上履きなんて最悪履けさえすれば)」

 

「目ぇ逸らすな! それと、わたしの生活習慣に散々言う割に本人がジャンクフードばっか食うのはどうなのさ。せっかく高級キッチン買い揃えてんだから使いなよ?」

 

「塩っ辛いもんは単純に好きなんだ。いいだろ昼飯くらいは。野菜(サラダ)も食ってんだし」

 

「うわやっぱそうなんだ、何でも牛脂使えば美味しくなるとか思ってそーだもんね……あとそうだなぁ。スーパーの試食のヤツ必ず全部食うのは人としてどうかと思いまーす!」

 

「い、いや勧められたら貰うだろ。お前と大差なくないか……?(牛脂については図星)」

 

 

 

 ……誤解のなきよう注釈しておくが、彼らは基本的にはストレートに物を言い合える仲だ。

 プライベートに口を出し合うのは日常茶飯事であり、そうでない場合はむしろ異常事態なのである。

 

 

 

「一緒にすんな、わたし試食なんて一切手をつけてねぇし。手に取るからには買うだけだし。あとあと! 保険の電話ぜんぶに二つ返事で多重加入しまくるの頭おかしいでしょ! どー考えても癌なる前に死ぬでしょ禍福は!」

 

()()()()()()()()()()()。信号は必ず青の時しか進まないし消費期限が過ぎた物は絶対食わない。なるべくリスクは避けたいんだよ」

 

「はぁ? どの口が言ってんの??」

 

 

 

 ……それはそれとして、未だ互いへの疑問は尽きない。

 

 売り言葉に買い言葉。お互い息を荒くしムキになったが、理性が追いつき――バカらしくなってきて二人揃って肩を落とす。

 

 

 

「……こんなこと言ってる場合じゃなかったな。デカいのはほぼ片付いた。そっち手伝わせろ」

 

「そ、そうだね……じゃあ梱包お願い。わたしフリマにあげてくから」

 

「おう」

 

 

 

 ――それ以降、淡々と時間は経過した。

 日が傾き、空が赤くなるにつれ、少しずつ部屋の物量は減っていく。

 

 冷気を保つため、換気扇が機能しない空間には、わずかに二人の匂いと湿り気が立ち込めていた。

 

 

 

「いやぁ、部屋広く感じる〜。やっぱスマホと冷蔵庫とキッチンさえありゃ人間生きていけるものですなぁ」

 

「なんべん同じ悟りに至ってんだよ。まだ終わってねえし……ええと。これは残すやつか?」

 

 

 

 ふと、禍福の目がとまる。

 タンスがあるくせに購入されたクローゼットの中から、隠れたセーラー服を発見したのだ。新品同然、ほぼ使われた形跡がない。

 

 婪佳久の衝動買いはファッションにも例外なく適用されている。よって彼女の服は毎日異なる。

 

 ごく稀な例外として、今後も使用しようと残す場合もあるのだが――。

 

 

 

「あーそれ残す。たまたまクリーニングに出してて奇跡的に残った中学時代の制服だから」

 

(……あと、五条先生に褒めてもらえたやつだし)

 

「そうか」

 

 

 

 これはその例外に該当するらしい。クローゼットは売り渡し、中身は逃すとしよう。

 

 ――いまいち基準がわからない。物持ちがいいんだか悪いんだか――。

 

 

 

「せっかくだし後で着て見せてくれないか」

 

「……へ?」

 

(――急になに言い出してんのコイツ!?)

 

(――今なにを言ったんだ俺!?)

 

 

 

 しまった、と禍福は気づくも、もう遅い。

 つい口が勝手に動いていた。

 

 単純作業による疲労と、終わりかけの気の緩みと、たまたまセーラー服が夏服だった事実から、脳死で発言していた。

 

 ――どう考えてもキモがられるのがオチだろ何言ってんだ俺やらかした――!

 

 

 

「……まぁ、いい、ですけど?」

 

「だよな済まなかった忘れてくれ後生だから――え。いいのか?」

 

 

 

 平謝りしようとした顔が上がる。

 婪佳久はネクタイを指先で遊ばせ、目をそっぽに向けつつも、まさかの肯定の色を見せていた。

 

 ――が、その内心はというと。

 

 

 

(え〜何言ってんだわたし断われよ! 普通に悪意0で言ってんのキッショいだろバカばかばか!)

 

 

 

 全力で後悔していた。自分で自分の言ったことの意味がわからない。いくら考えたって頷く理由がない。なんだってこんな事を――。

 

 

 

(――いやどうせ水着見せた後だし今更じゃね?)

 

 

 

 理由は後から降ってわいた。

 その天啓を得た途端、全ての悩みが、急速にどうでもよくなってくる。

 

 

 

「……まぁ、報酬って事にしときましょう! 五条先生以外見た事ないんだぞ、ありがたがれ〜」

 

 

 

 思考が空いた途端、さっきまで何を必死こいていたのか分からなる。そうしてやはりというべきか、婪佳久は笑って誤魔化そうとする。

 

 ……が、彼はというと顎に手をあて、真剣に何事かを考えている面持ちだ。

 

 いったい、何を言い出すのだろうか。

 彼女の笑顔の裏で、誤魔化せないでいた心拍が緊張を――。

 

 

 

「これって……コスプレって事になるのか」

 

「ブチ殺すぞ?」

 

「すまん調子乗った作業戻ります……!」

 

「よろしい」

 

 

 

 ――そうしてお互い、目の前の作業に向き直る。

 なんか残念なセリフを聞いた気がするが忘れよう。もう過ぎ去った事だ。

 妙な汗を首にかけたタオルで拭いつつ、婪佳久は再び転売サイトを見つめる。

 

 

 

((しっかし、この男/女わけわかんねぇなぁ……))

 

 

 

 という戸惑いを、互いに隠し合いながら――。

 





すみません風邪ひいて遅れました。
次回で日常回はラストです。来週には本編再開します。

(病み上がりでも残業が全く減らないのは何のバグなんですかね)



【補足① いつの間に海行ったんか!?】

海は7/20(海の日)に行ったんじゃないですかね?
あんまり考えてないです。たぶん江ノ島あたりだと思います。

水族館行ってしばらく日が弱くなるまでビーチ手前の階段に腰掛けて駄弁り倒し、散歩に来たワンちゃんを婪佳久が片っ端からモフったりして、おやつどきを狙って泳いだ〜、みたいなフワッフワすぎて無いも同然の想像だけがあります。

とはいえ、花火大会といい、二人だけにとっての重要イベントは多分書きません。読者の皆様のご想像にお任せしたいです。

現状、バトルストーリーの二人についてを考えるだけで手一杯ですので……それにほら、二人だけの思い出も持たせてあげたいし(精一杯の言い訳)

えっ? その日常を取り上げられたのが現在のストーリーだろって?
それはまぁ、オイオイネー。



【補足②】

今更書くまでもないとは思いますが、
禍福はナチュラルに自分の命を「最大の武器」と認識しています。
武器として振るう以上、手入れは怠らないし、捨てるべき時は捨てます。
日常と戦場とで振る舞いの差が激しいです。

なので婪佳久は「どの口が言ってんだよ」と言ったわけです
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