【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 -   作:糾縄如氏

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【あらすじ】
仲間と分断された禍福。
新たな敵の脅威に晒され、翻弄される。



第2部 30話『迷宮廻遊』

 

「なんだ、ここは――呪霊の体内か!?」

 

 

 

 一瞬の意識の途切れの後、禍福が目を開けると、そこは呪力に満たされきった地下鉄の駅構内であった。

 

 人工的な照明が冷たく照らすプラットフォーム。空気は重く、異様なまでに濃密な呪力が場を満たし、呪力探知がほとんど機能しない。

 

 となれば、目視を頼る他にないが――。

 

 

 

「メンバーはどれだけいる!?」

 

「はーい! 主席番号0番、喇誑(ラテブラ)ちゃんデーズ!」

 

「私もいんよー。でもその他2名は分断されたみたいね」

 

「じゃあ――今頃、婪佳久(らんかく)は一人きり!? もしくは(よろず)と一緒だってのか!?」

 

 

 

 冗談じゃない。どっちにせよ最悪だ。

 禍福は頭を振り、髪を掻きむしる――口惜しいが、今はまず、目の前の事態に対応せねば。

 

 自分たちは確実に、何者かの攻撃を受けている。

 

 

 

「コガネ、ここで最も点を獲得した泳者(プレイヤー)は!?」

 

「――空性結界のアクセス圏外だぜ!」

 

「なんだって?」

 

 

 

 かつてない挙動に目を見張る。

 いくつもの疑問が禍福の頭を埋めた。

 

 ――そもそも泳者の情報元は空性結界にあるのか? この結界は空性結界からのアクセスを弾いている? いやあり得ない、より高位の結界でもない限り――! 

 ――正攻法とは思えない。もしや、運営サイドの術師(エリアマネージャー)によるものか――?

 

 

 

「……コガネ、1点消費。呪力に変換できるか?」

 

「おう! 1点が消費されたぜ!」

 

「コガネ〜、カフくんは今何点?」

 

「82点だぜ!」

 

「コガネ。目の前の相手は泳者か?」

 

「おう! 星綺羅羅、135点だぜ!」

 

「婪佳久って泳者は健在かな?」

 

「おう! 婪佳久は現在183点だ!」

 

「「で、ここで最も点を獲得した泳者は?」」

 

「空性結界のアクセス圏外だぜ!」

 

 

 

 どうなってんだこれ、と一同は互いを見合い、困惑する。

 

 

 

 ――なんて狡猾で周到な結界(わな)だろう。

 結界の主は頑なに、自分だけは特定されないよう仕組んでいるのだ。

 

 オマケにそこらじゅう、痩せこけた死体が行き倒れている。この地下鉄に落とされたが最後、餓死する他になかったとでも示すかのように――。

 

 

 

「……ひとまず、探索しようか。どんな結界かを探らないと」

 

「はい。喇誑(ラテブラ)、術式解放だ。そのまま俺たちを手離さないでいてくれ」

 

「んやったーやっと! やっとカフクと手ぇ繋げる~! 合法! 合法ッ!」

 

 

 

 禍福の一級権限によって、拘束具(せいふく)が限定解除される。

 長袍(チャンパオ)の長袖は縦に裂け、あらわになる呪霊の手が、禍福と綺羅羅を繋いだ。

 

 

 

「えーと。ラテちゃんって、どういう術式なの?」

 

「『受愚戴転』、周囲の呪力の『負の感情』を感じ取れます。婪佳久も同じ術式です。詳しくは道中で……くれぐれも周囲の警戒を怠るなよ?」

 

「あいあいさー! ぶっちゃけロクに探知できないけどなるべくガンバる!」

 

「よし――」

 

 

 

 ひとまず彼らは、トンネルを通って移動を試みた。

 

 その駅は一通り見回ったものの、呪力で満たされ、先述の死体が散見される以外には何の変哲もなかった。

 

 脱出を目指す以上、まずは他の場所に移動できるかを確かめた――結果。

 

 

 

「くそッ! また赤池駅に戻された!」

 

「えぇー、ぜんぜん隣の駅に順番通り行けてないヨォ。電車ってこんなもんなのォ?」

 

「違う違う、空間の順番がデタラメに組み替えられてんの」

 

 

 

 一度として、まともに移動できなかった。

 

 『〇〇線・赤池駅』の次には、『△△線・高畑駅』、その次は『××線・堀田』駅、そして今は、最初の駅に逆戻り。

 

 地下鉄案内図、その端から端まで、距離も路線も無視して、彼らは移動させられていた。

 

 

 

ループする結界ですよね、これ。お互い逆方向に走ってみますか? 俺の速度なら結界を破綻させて――」

 

「いや、やめた方がいいかなぁ? 結界の挙動はオートってよりマニュアルだった。トンネルを通る時、私達は結界の主によって手動で次の駅に転移されてる――手を繋がずに通ってたら、作為的に分断されてたと思う」

 

「いぇーいやっぱりお手々つなげばハグれないってコトね!」

 

「というか、状況を鵜呑みにするなら地下鉄全域、87駅全てが結界に使われてる可能性もある。しかも空性結界からのアクセス弾いてるんでしょ? 処理落ちなんて起こす容量じゃないよ」

 

「つまり迷宮(ダンジョン)ってワケね! 宝箱とか置いてないのかなァ?」

 

 

 

 禍福は一級術師として、綺羅羅はベテランとしての経験から、状況証拠をあげつらい事態を分析する――しかし、やはりそこは年齢の差というべきか。

 

 

 

「――じゃあ、どうすればいいんですか!」

 

 

 

 大声が出ていた。積み上げられた事実を前に、禍福は路線図の書かれた看板を拳で叩き、感情(あせり)を露わにしていた。

 

 

 

「この結界の種はおおよそ分かった。けど、その通りだとしたら脱出方法も、ましてや合流なんて――!」

 

 

 

 今にも駆け出しそうな彼がそうしないのは、辛うじて前提条件を飲み込んでいたからだ。

 

 断じて屈する気はない。一秒も早く、何が何でも現状を打破しなければならない。

 

 だって彼女が目の前にいない、今どうなっているかわからない――!

 

 

 

「ちょっ、カフちゃん、まず落ち着こ!? まだ軽く見て回ったくらいだし――」

 

「わかってますよ、分かってて言ってんですよ! もう一級術師なんだ、こんなんじゃ生き残れない事くらい自分でわかってる!」

 

 

 

 何度もブッ叩かれた看板には、壁もろとも亀裂が入っていく。

 明らかに様子がおかしい。もはや錯乱間際であった。

 

 つい先ほどまでの機械めいた彼とは別物の豹変、その振れ幅の大きさに、さしもの綺羅羅も困惑を隠せず、

 

 

 

「あーっちょヤバいヤバヤバ! なんか急にめーっちゃ式神が降って湧いてくんだけど!」

 

「「――なんだって!?」」

 

 

 

 後悔先に立たず。すでに事態は、致命的な変化を起こしていた。

 

 

 

 ――ホームに立つ彼らの目の前。猛スピードで車両が通過する。

 

 振り返った視界の中、火花を散らして線路をなぞり、飛び込んできたのは茶色い大質量。

 

 電車の中で逆に走る電車とすれ違ったが如き轟音を浴びせられながら、禍福は動体視力でもって、その詳細を辛うじて見て取る。

 

 

 

(これは、改造された電車――それも、蜂の巣か!?)

 

 

 

 車輪のついた泥の塊。

 かつて電車だった呪物。

 呪力で稼動し、火花を散らし、レールを時速200キロで走り去る暴走特級はその扉を開き――無数の超小型式神(ミツバチ)を射出する!!

 

 

 

(まずい! 俺や喇誑はともかく、この距離、この数じゃ綺羅羅さんが――!)

 

「――よしきたぁ! 私の独壇場っ!」

 

「――って、え!?」

 

 

 

 禍福たち目掛けて殺到する無数の羽音は、だが一斉に、見えない壁に阻まれる。

 

 式神のうち一体が綺羅羅に触れられただけで、全体が弾き返されていた。

 

 

 

「ふぃー。怖かったぁ。刺されなくてよかったぁホント……残念だったね。発動条件(マーキング)は道中完了済みだよ」

 

「式神達が通れなくなった!? でも俺たちは動けてる。これって……一体どうなってるんですか綺羅羅先輩!」

 

「えーとね私の術式は『星間飛行(ラヴランデヴー)』って言って、南十字の五つ星の距離関係を対象に照応させて――」

 

「すいませんややこしそうなのでまた後でお願いします!」

 

「袋叩きだァ! ひゃっはー!」

 

 

 

 式神の群れはうねり、波のように押し寄せ、角度を選ばず前進しようと試みる。だがそんな時間なぞ許さず、禍福と喇誑はそれらを破壊して回る。

 

 幸い電車はあっという間に通過してくれた。一個体の力は極めて弱い。数と密度こそ脅威だが、これならば――!

 

 

 

「しっかし、この感触……式神に触れたら使役者にもマーキングが入るハズなんだけど、流石に届かないかぁ。領域相手だもんね」

 

「――は?」

 

 

 

 聞き逃せない言葉に禍福は瞠目する。

 

 

 

「そうじゃないの? 式神術でこれだけの質と量を両立できるんだから。メグちゃんみたく必中効果が未搭載の、純粋な術式強化するための領域でしょコレ」

 

「えっメグちゃんって誰でスカ!?」

 

「……!」

 

 

 

 ――なんだそれ、冗談じゃない。

 たまたま必中効果がなかったから生き残っただけじゃないか!

 

 そもそも、これだけの結界規模でなぜ必中効果を捨てた?

 これだけの領域だ、押し合いで楽勝できたハズでは――!?

 

 

 

「ってなると、マズいかこれ。うし、カフちゃん逃げよ!」

 

「はぁ!? 今度はなんで――」

 

「無限湧きだよコレ。物量差がありすぎる。一体でも正規ルートを発見されたら、この体制は崩されちゃうよ」

 

 

 

 軽い調子で「このままじゃ詰む」と綺羅羅は宣告した。

 防衛戦のプロとして冷静にして絶対の認識であった。

 

 事実、視野を埋める蜜蜂(しきがみ)暗雲(むれ)は、総当たりであらゆる方向から、雪崩れ込もうと必死で羽を働かせている。

 

 ――実際、それだけでは済まなかった。

 

 

 

「うわーありゃヤバい! 呪霊だったら土地神できるレベルじゃん!」

 

 

 

 デカブツがやってきた。トンネルの向こうから、線路を埋め尽くすほどの、巨大式神(フンコロガシ)が転がり込んでくる。

 

 回転し火花を散らし、行き倒れた死体を巻き込む。

 さながらブルドーザーの如く、閉鎖空間に一方通行の破滅をもたらす終末装置。

 

 一目見ればわかった。格が違う。

 こいつらは量産型でしかなく、アレこそがオリジナルなのだ。

 

 ――この式神たちは移動した軌跡を『結界の境界』にできる。

 ――あの回転する土塊は、何十にも重なった結界の塊なのだ!

 

 

 

「うへぇ、ありゃ私でも手に負えないや。もう逃げるっきゃない! ほらカフちゃん、悪いけど急いで!」

 

「――ああ、クソッ!」

 

 

 

 よって禍福は、有無を言わさず従わされ――綺羅羅とラテブラを抱え、線路へと降りて、加速してトンネルへと飛び込んだ。

 

 蜜蜂の群れとフンコロガシは軒並み置き去りにされ、瞬時には、次の駅のホームへと転移する。

 

 

 

 ――その先でも、電車は平然と到来した。

 

 

 

「うわーマジでか! これじゃどの駅でも一緒ジャン!」

 

喇誑(ラテブラ)、術式と呪力を抑えろ、今消耗すれば敵の術中だ! 綺羅羅先輩、あれ止められないんですか!?」

 

「無理だねー。領域のシステムの中枢に組み込まれてる。そう簡単には悪さ出来ないよ」

 

「ああ、くそッ! また走るしかないのかよ!!」

 

 

 

 交戦は避けるしかない。

 虫籠をひっくり返したかのように式神たちを置き去って、過ぎ去っていく電車を、禍福は時速500キロで後追って再びトンネルへと入る。

 

 

 

 そこからは、もはや無限ループだった。

 

 駆け抜け、転移し、また駆け抜ける。

 駅のホーム、トンネル。駅のホーム、トンネル。

 次から次へと、景色が早回しされていく。

 

 

 

「うえ。ヤバっ、目ぇ回ってきた……」

 

「えーっどうしよエチケット袋とかないんですけど。えっとえっと!」

 

(――まずいまずいまずい。完全に手詰まりだ!)

 

 

 

 だが、呪力は無限ではない。

 かろうじて綺羅羅の術式による移動阻害と、禍福の速度でその場しのぎこそ出来ているが、このままじゃ削られる一方だ。

 

 そもそも領域を持ち出された時点で負けている。スケールからして押し合いは挑めない。

 

 

 

(だいたい、この速度でなんで処理できる! なんで結界が破綻しない!? バカデカい容量を『分断』だけに特化させてるのか!?)

 

 

 

 何かないのか。なんだっていい。打開の余地はないのか。

 

 とにかく合流せねば打開は望めない。たとえ分断を狙った領域だとしても、何とか合流しなければならない。

 

 

 

(アイツは! 婪佳久はどこだ! 速く! 一刻も早く見つけねぇと――!)

 

 

 

 だから走った。ひたすらに走った。

 背後に迫る終わりを拒絶し、目を血走らせ、禍福は次から次へと駅の移り変わりを倍速させていく――その過程で。

 

 

 

「あーっカフク! ほらあそこー!」

 

「――あった!」

 

(えっ今、どこに!? どうなってんのこの二人の動体視力と探知能力――)

 

 

 

 見つけ出した。ただ一点、結界の主に見落とされてきた死角を。

 

 

 

「おーい! こっちだー! こっち来い! 頼むからこっち見てくれー!!」

 

 

 

 腕を振り、存在をアピールする一般人が目に入った。

 彼は駅のホームの、『職員専用』と書かれた扉から、清掃員姿のオッサンが顔を出している――その下半身は、探知できない。

 

 察するに、あの扉の奥は外から観測できない空間なのだ――そう認識したなら、一直線。

 

 

 

 安曇野禍福は最速で転がり込んだ。

 清掃員も抱え、扉を閉め、息を潜めて外に耳をやり。

 そうして初めて――式神の進軍から、何とか逃れた。

 

 

 

「はっ、はっえぇ、な。ホント……でもよかった! 気づいてくれたんだな!」

 

「うぷ。ダウン。私、し、しばらくムリ……」

 

「た、助かったァー! ……いやー見つけられてよかったよかった!」

 

 

 

 ちっともよくない。と即答しようとしたが、今はそれより確かめるべきことがある。禍福は男に問うた。

 

 

 

「おいアンタ。いつからこの地下鉄はこうなった?」

 

「あ、えーとそうだな。俺がここに迷い込んだのは、だいたい……二週間前くらいだ」

 

 

 

 ――バカな、なんてありきたりな台詞が口に出ていた。

 だが、認める他にない。またひとつ、不利条件が追加された。

 

 呪力切れは狙えない――これほどの規模の領域が、二週間も発動し続けているのだから。

 

 

 

―――

――

 

 

 

 この領域は、術者が動かない縛りによって成立している。

 

 故に、かの宿老は座禅を組み、掌印を模って詠唱を続け、結界・式神の制御に専念し続けていた――のだが。

 

 

 

『――逃したか』

 

 

 

 エスパーというべきか。口を動かさず、呪力を通して悪意は発される。

 頭を震わす不躾な発音に――隣に立つ少年は、顔を歪めた。

 

 

 

「だから言ったんです。呪術的観測に頼るだけじゃ足りないって。師匠なら監視カメラだって使いますよ」

 

「だいたい領域は広けりゃいいってもんじゃない。こんなんじゃ、結界に穴が空いてても気づけないんじゃないですか?」

 

 

 

 淡々と少年は感想を語る。悪意に悪意で返すだけでなく、素朴に強さを求める上で感じた疑問を口にする。

 

 しかしながら、老いた成功者というものは、そうやり方を変えないものである。

 

 

 

『――黙れ。旧いよしみで雇ってはいるが、贔屓はせぬ。文句は手柄を立てて申さぬか』

 

「言われなくても。やっとこさ初仕事(おこぼれ)が貰えたんです。喜んでやりますよ」

 

 

 

 売り言葉に買い言葉。先達への敬意は形だけ。

 彼等は利用し合う関係でしかない。

 少年は、ただそれだけでやりとりを終え、暗室を後にする。

 

 ――白いパーカーのフードを目深く被り、ポケットに手を突っ込み――悪意に煮立つ瞳を宿した、そんな少年が。





導入が長くなりそうなので、今回は前倒しで投稿します。



【補足】この結界は、五条悟過去編に登場した『ループ結界』の改良版です。

 特殊な結界なので改めて説明します。

 まず原作の『ループする結界』は、デタラメに空間をつなぎ合わせ、拡張してました。で、冥冥と歌姫が、二人で別方向にダッシュし、空間拡張を破綻、つまりは処理落ちさせて脱出したのですが……。

 今回は『処理落ちしないほど高レベルの結界』で、
『侵入者は移動方向を自分で決められない(転移させられる)』『結界の主は隠密に徹し続ける』ので、原作の攻略手段が通用しません。

 なんなら、そもそも『分断させる事自体が狙い』の結界です。
 侵入者を72駅に散り散りに分断させたら、あとは無限湧きする式神で各個撃破するか、餓死するのを待つだけで勝てます。

 なんとも御無体な戦略ですが、さもありなん。
 さしすめ前回の反省ってとこでしょうね……。
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