【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 - 作:糾縄如氏
【あらすじ】
東京遠征案件。
伏黒の監督の下、禍福と婪佳久は任務をこなす。
だが、ここは魔窟となった東京。タダでは帰れない――。
「だ、助けてくれ!金は出す!助けろガキ!」
「そうだ、ここの動画持ち帰れば、万バズ間違いなし――」
どッがーん、と。
伏黒は、おそらく史上最も物騒な壁ドンを見た。
「あ。ごめん、ムカついたから、つい咄嗟に」
黙らせようとした禍福より先、
おもむろに彼らの背後。
ビル壁に深々、亀裂を刻んでいた。
多少の老朽化はあれど、八王子の高層ビルに対して、だ。
「……婪佳久。わかってるな、一般人に手を出すのは」
ヤシの木揺らしたみたく、呪霊が落ちてくるのではないか?
などと、真顔で懸念する伏黒を他所に、
「やだなぁ伏黒さん、ちゃんと避けたじゃないですか」
命知らずのバカ三名はすっかり押し黙り、
「この人いい人達ですよ、悪意はないだけの目立ちたがりみたいで。ちゃんと分かってくれますって。ね〜?」
うんうんうん。と三者一様、赤べこばりに首肯する。
「……まぁ何にせよ」
「あぁ。無事発見だな」
すぐに禍福は手をかざし、呪力で意識を奪う。
無事、大人しくなった。
あとは脱出だが――、
「そこはっ。ホームセンターの跡地に紐あったので、縛り上げて一緒くたに運び出そうよ、赤ちゃん紐みたく」
――悪意なくやってんのが悪質だな、色々。
禍福としては、もはや彼等が可哀想に見えてくる。
いや自業自得なんだけども。
「……わかった。じゃあ、縛り上げといてくれるか」
「わーってるって、やっとくよ」
もはやツッコミを放棄した禍福。
背後、伏黒の思わず同情的な溜息が聞こえた。
だが。切り替えろ――と、
努めて、禍福は現場に向き直る。
「どう考える」
「……呪いに当てられて衰弱し切ってます。留まらせるのはよくない。すぐ連れ返しましょう」
「そうじゃない」
……意図がわからない。
不意に振り返ると、視線がかち合う。
まっすぐ、伏黒は問うていた。
「禍福だっけか。お前は、こいつらをどうする」
―――
――
―
「……どうするって、救出任務ですよね?」
なにわかりきってる事を、真面目顔に聞いているんだ。この人。
と、禍福はつい首を傾げるも。
「貴方は現場監督なんだし。ここは、シン影使えてスピード特化の俺が運ぶしかないでしょう」
「ああ、だが客観的には、呪術師の命は一般人より重い」
――それはそうだ、と首肯せざるを得ない。
仲間の損耗は、呪術師にとってよろしくない。
もはやこれ以上の人材不足は業界、ひいては国の生死にかかわる。
今でさえ、フリーの術師を強制雇用する始末なのだ。
「今の東京は紛争地帯だ。ここまでの道中、呪霊も強いのが多かった。『鵺』だけでの移動は厳しかったしな。既に多少の手傷は負ったハズだ。俺たちだけで帰るならまだしも――足手纏いを連れて、集中砲火を突っ切る。割に合うと思うか?」
その懸念も、何ら不思議ではない。
ここまで辿り着くにもタダじゃない……なんてレベルではなかった。
今でさえ会話を交えつつ、
挨拶代わりに顔を出す呪霊複数を一蹴する始末。
人質を連れて脱出などリスクまみれ。
おまけにコイツらは迷惑な配信者。
片手片足を失ってでも生かせ、なんて割に合ったもんじゃない。
「……いいんですか。政府の意向に反するのでは?」
「可能な範囲でやれって言ってるんだ、助けろとは強制しない。本来は有償の行為だからな」
しかし――強者の発言だ。
言外に、「俺なら
人にこんな仕事をさせて、監督役を決め込める厚顔さも含めて。
「ハッキリおっしゃる」
「人命の話だぞ」
「そりゃそうだ」
……言われるまでもない。
元より、禍福の術式行使は命に関わる。
こんな奴らに使うのは不本意極まる。
自分より優先して助ける義理なんてない。
「失敗しようと俺が責任をとる。考えとけよ」
しかし――この人。
呪術師に向いてないんじゃないか?
さっきから、初めてだ。
仕事で、こうも至極真っ当な話を聞いたのは。
てっきり、この業界において、
信用に値する人間など居ないとばかり思ってたが――。
この人、本当に、あの五条悟の教え子なのか?
「――助けますよ、私は。そういう仕事ですし」
……バカどもを縛り終えたらしい。
ぱっぱっと手を払い、いい仕事をした顔の婪佳久はサラッと言い捨てた。
「どんなバカでも死んだら泣くバカもいるんです。ダーウィン賞の真似事なんて、
コイツは――逆に、根っから呪術師だ。
堪えられない、というのは怒りの意味だろう。
――死の間際、放出される非術師の呪力。
今際の際、負の感情をフィードバックする体質だからこその――『なんてもんを見せやがる』という怒りの意味だ。
さながら、流し見してたSNSのタイムラインで、当然エログロ広告でも見せられたように。
「……大丈夫なのか。呪力量だとか」
「へっちゃらです。事前に、五条先生の蒼パンチ喰らって空っぽにしてんです。道中でも消費したから、もう二時間は余裕でしょう」
「なるほど。……アレかぁ」
術式『受愚戴転』。
婪佳久は非術師の呪力を受け取り――攻撃に転化する。
まるで、負の感情に対する呪い――。
高専に入る前は、どうしてきたのだろうか。
「わかった。暴走したら即失敗だ、注意しろ」
「はい」
しかし――本人としても暴走は望まない。
さしもの彼女も、声から気楽さが抜けていた。
「……お前ならどうする、か」
――見捨てるか、身を切って生かすかなど。
復讐者に問うかね。そんなこと――。
―
――
―――
――特級『事象』呪霊という区分がある。
それは、何年何月何日、
特定の地域において起きた事象に対する呪霊――。
2025年現在。
呪霊発生が集中した東京区内において、
最大の恐怖対象は、ふたつある。
――渋谷事変、新宿決戦。
国内外問わず多くの人が『呪術』を認識し、世情を激変させた出来事。
今だ情報が定かでなく、曖昧な――だが過去最大の量でかたどられた、恐怖。
すなわち、その二つは。
超特級――過去最強の呪霊に他ならない。
「――鉄ノ、鉄ノ味!」
――走る。それらは走っていた。
互いに呪い。呪霊。同類ではある。
多少の知恵・人格があれど、呪い合うだけのものは、そうそう共謀などしない。
だが――脅迫されたのだ。
この東京において、命令を達さねば命はない。
東京で産まれるようになった呪霊は、たとえ特級であっても、あれらに逆らえない。
自由を得るには。この外に呪いを回すには――。
「ナゼ殺ス、呪術師!」
立ちはだかる邪魔者と――対象を、打倒すべし。
―――
――
―
「――ウソっ、特級複数体接近!」
「なんだと!」
婪佳久は負の感情を感じ取り、
禍福と伏黒は呪力で探知。
戦慄し――全員。思わず目を疑った。
「伏黒さん、このような前例は――」
「あるわけないだろ、東京探索の前例は少ない。でなくても前代未聞だ」
突如。無人のビルを打ち壊し、土煙をあげて迫るは――『虹龍』。
その美しい体にまたがる生理的嫌悪――『黒沐死』。
オマケに――『特級叛霊・悪路王大嶽』――さらに!
「あっババア! ババア走ってるっ!?」
「なに!? 全国16体しかいない登録済み特級呪霊ターボババアまで――四体同時か!?」
(……締まらねぇな、なんか)
しかしどうやら、間違いないらしい。
コイツらは何故か――。
「……何それ。そんな、恨み買った?」
笑う、もはや笑うしかなくなっている少女。
婪佳久に――なぜだか、殺意の目を集めていた。
いくらなんでも、この数は。
人質以前に、彼女の呪力量でも死にかねない。
「状況が変わった。俺も出る――禍福。置いてってもいいからな」
伏黒は非常時を認識。
即座に一般人を抱えた禍福が、問われた。
二者択一だ。
――こちらとて特級術師が二名、呪霊らに応戦するか。
――あるいは人を優先し、逃がすか。
あんな、逃す気ゼロの連中から?
「……っ」
歯軋る禍福。伏黒は、急かしているが。
――どちらでもいいと目で言っていた。
そりゃそうだろう。
こんなの失敗したって文句なしだ。
だいたい禍福と特級二名で、特級四体を相手取って、
天秤が釣り合うわけがない。
こんな、大きな悪意に狙われた経験なんてない――だからか。
「……ふざけんじゃ、ねえぞ」
「禍福?」
一周まわって。
恐怖による震えが、怒りになっていた。
……だいたい、なんだよ。
考えてみりゃ、最初から不条理じゃないか。
逆らったら死刑とか言われて仕事するしかなくて。
術式を使うには死のリスクがあって。
この力は、五条悟の復讐に使う筈だったのに、
――こんなどうでもいい奴らのために働いて。
挙句、特級呪霊四体を相手にする羽目に遭う?
「なんだよ。そりゃ」
抱えていた三人を、その場に置いた。
助けると、そう言った少女が不安げに自分を見ている――ふざけんな。
――なぜ、その目で見る。
なぜ、こんな目に遭わねばならない。
余計に仕事を増やしやがって。
どいつもこいつも、モノの順序を守らない。
飼い犬が飼い主より先に死んではならないだとか、子が親より先に死んではならないだとか。
――そういう人の大前提を、生きてもいないモノが平気で踏み荒らす。
無責任に、ただ奪っていく。
誰が、その始末をすると思っている――!!
「――もう、たくさんだ」
「ちょ――」
止める間もなく、駆け出す。
最も速度に長けたターボババアへ。
その間合いは即座に消えた。
――『爆縛呪法』。それは、
ただの一歩が、死線を潜る行為となる術式だ。
ランダム出現する『線』以外は、
線に乗る限りは、加速が発生。
感覚は先鋭化し――呪力運用効率も上昇。
加え、命を捧げる縛りにより、呪力出力上限が段階的に解放され――ボルテージが押し上がる。
その一歩一歩の成功は、すなわち。
「いい加減――人様をッ、コケにするな――!!」
クリティカルの、確率上昇を意味する。
「――あれって」
「あぁ――『黒閃』だ」
――真っ黒なフラッシュが世界を焼いた。
飛び蹴りは刹那、真正面から打ち負けたターボババアがカッ飛んで虹龍を巻き込み、遥か摩天楼を突き抜け吹っ飛んだ。
逃げ切るには、十分な距離の差。
……気は済んだ。そう長く、息を吐いて、
「伏黒さん。――俺は、コイツら助けます」
一瞬で、元いた位置に立ち、禍福は複数人を抱え直す。
「こんなの不相応だ。贅沢なんですよ。こんなしょうもないやつら、あんなのに殺られていいはずがない!」
「……そうだな」
気のせいだろうか。伏黒の声は、どこか嬉しげだった――そんな、感慨も置き去りに。
「婪佳久、一時離脱をする」
「トチったら殺すぞ」
返答など聞かぬと。
怒声だけを投げ、少年は駆け抜ける。
「……誰に言ってんのさ」
白髪が靡く。
返答は。場に似合わない程、穏やかだった。