【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 - 作:糾縄如氏
――彼が、これと決めたら一直線なタチなのは知っていた。
――だからわたしは、常に先手を取って動いてきた。
変に振り切れないように、彼の行動と選択が少しでも減るように。
でなきゃ生き残れない。わたしが
なのに、なんでだ。
――どうして、こうなった!?
―
――
―――
名古屋市営地下鉄△△線・緑ヶ丘駅。
「あーこんなありがちなのにハマるなんて私も腕落ちたかしらねぇ。結界? 領域? 宿儺みたいな――いやデカいだけで質はそれほどか……」
その余裕ぶりは平安猛者故か、現実が見えていないのか。或いは両方か。
女は長い黒髪をかきつつ周囲を見渡し、まるで真新しさのない景色に悪態を吐く。
対して、婪佳久というと――。
「そのへんどう思うよ、婪佳久ちゃ……ん?」
「――生存本能、悪意と。なんか欠けてる気がする。古典的な落とし穴には違いない、この空間そのものが呪霊の体内、いや――大掛かりすぎる。なんですぐ殺さない? 術式になんかしらの『縛り』が――?」
背を丸め、爪を噛んで、ブツブツと矢継ぎ早に状況をあげつらい分析に徹していた。
その真白の少女にとって、ここは最悪の環境そのものだった。
「あの~。あのー婪佳久ちゃん、もしもし?」
「――いやむしろ名古屋地下鉄は元からあるよな。呪物に改造して転用してる? どっちも在り得る。けどなんで必中効果をつけな――?」
「もしもーし! ちょっと!? シカトこいてんじゃないわよもしもぉーし!」
――婪佳久は術式『受愚戴転』の効果で、周囲のコントロールされていない呪力を吸収する。
同時に、呪力情報から逆算して『負の感情』を感知でき――この場に立ち込める
現状を飲み込む事自体が、彼女には最初にして最大の難問だった――なので。
「……、なぁに?」
無言、ためらいなしのフルスイングだった。
目の前のゲンコツさえ見落とした婪佳久は、苛立ち交じりに
すぐに『受愚戴転』による治癒――『正の呪力』という呪力特性の再現によって治したものの――額の割れた痕跡は赤々と、白い貌を染めていた。
「なっさけないわね。切羽詰まりすぎて見てらんない。本当にタマついてんの?」
「いやついてるわけないでしょバカじゃねぇの?」
「てか声低っく! カレの前じゃどんだけ猫被ってたのよ」
「声の弾むシチュエーションに見えてるなら流石だね」
目つきから何やら、最悪のコンディションそのものな婪佳久。
それを知ってか知らずか、
「私だってねぇ。私の夫だってねぇ。甲斐性のないオトコで、放っておくとすーぐどっかほっつき歩く人だったのよ?」
「へぇそうなんだ夫いたんだ。てっきり万年独身ストーカーとばかり思って――ぅぐ!?」
「はぁ!? いるわよ、いるに決まってるでしょ。もうっ失礼しちゃうわねェ」
ヘラヘラする間もなく、二発目が腹に綺麗に入った。
今の婪佳久は、身体の呪力強化が一切できない。
風穴が開きそうな衝撃に貫かれ、
しかしながら、とうとう
「いい? あんたも乙女なら自分の恋ぐらい自分で奪いなさい、掴みなさい! 夫が勝手に動こうものなら首を引っ掴んで黙らせなさい、それが妻の勤めなのよ!」
小刻みに震える少女の背を、さながらビールジョッキでも持っているのではないかと握り拳を固め、ガンガンと叩きながら
「そっ、かぁ、
「いや本当はもっとラブラブイチャイチャしたいんだけど。仕方ないじゃない荒っぽいのは、呪術師なんだもの私」
「ぁぶ!?」
立ち上がろうとした婪佳久は、呼吸のように自然に出た
――両者の実力差は開き切っている。婪佳久が反撃しないのは、本気を出された瞬間に殺されると理解しているからだ。
これまで気まぐれで殺さずにいたが、気が変わったので撲殺します。というのは何ら不思議な事ではない。
「欲しいものは待ってるままじゃ掴めない。戻ってこない。取り返しに行きなさいよ。自分の愛なんでしょ? 女の子なんでしょ、恋なんでしょう?」
――二人がここに取り込まれた瞬間に分断されなかったのは、「ついカッとなった」
これは、ただ語りたいだけ語り、持論をぶつけているだけだ――しかし。
「少なくともそうやって、
「……ッ!」
その指摘だけは。婪佳久にとって酷く突き刺さるものだった。
「だいッたい、もう互いの秘密とか知り尽くした後じゃないの? 何を今さら誤魔化す必要が――」
「――意外だなぁ。アンタ想い人を生首にして『これが愛よ!』とか言うタイプじゃないの?」
「いやそれも愛だけど! それだけじゃないでしょ!」
(否定はしないんだ……)
「たとえばアレと、あとアレと! あーんな事とか! あーんなのまでしゃってウフフじゅるり。もうこの際だから抱き枕構築しようかしら――」
婪佳久は食い気味に会話(?)を切り上げる。
言葉選びは適切だったらしい。
――別れたい。1秒も早く、こいつと離れたい。
(よかったぁ、足折られなくって……禍福と分断されたのは痛いけど、こんなのに巻き込まれてたらって思うとゾッとしない……)
これでもかと脳内でこき下ろしたいが、そんな余裕さえもない。
虫の息でいた婪佳久は、最低限の自己治癒で立ち上がり――周囲を、探索して回る。
駅構内には、呪力が満ちていて、餓死した遺体が散見される他には何の変哲もなかった。
――ただし、ある一点を除いて。
「血痕がある。新しい……わたしの血じゃないよね。さっきここ来なかったし――まさか、生き残りがいる?」
「見つけたらどうすんの?」
「……まぁ、助けられるなら、助けるよ」
口実としては丁度いい。背後のクソ女に適当な返事を残し、血痕を辿って歩きだす――刹那。
式神の大群が、二人目掛けて殺到した。
「「――なに!?」」
変化はあまりに一瞬だった。
車輪の轟音と共に線路を通過した暴走特急。
その開いた扉から、滝のような蜜蜂型式神が雪崩れ込む。
羽虫達は鱗粉のように、鋭い尾で空間に軌跡を描く。それは『結界の境界』であった。
ひとつひとつは弱いが、二本三本、数十本も重なれば結界強度は底上げされ――。
「あいだだだっ痛った! なんつー雑な切り口よ信じらんない! この私をこんな安物で切りやがって!!」
一個体としての力は比べようもなし。いくら数があろうと押し潰されない局所的抵抗力。
――が、手負の婪佳久には、そんな芸当などできようはずもない。
(――無理! 戦略的撤退ッ!!)
躊躇いゼロで前進し、婪佳久は目の前のトンネルへと飛び込んだ。
運がいいのか悪いのか。たまたま
(しかし、式神の比率が違かったよな。万さんに9、わたしに1くらい――式神内蔵の術式による領域だった場合、どんだけの高レベル――?)
――その思考が途切れた。
転移は一瞬だった。全く別の駅のホームの上に着地する。新たな状況が目に飛び込む。
――式神に食い荒らされ、たった今殺されただろう細切れの男女が、彼女の目の前に転がっていた。
「――ぅ、あ」
どうやら、最悪の出目を引いたらしい。先ほどの駅で見た鮮血は、ここに続いていたのだ。
大気に充満した呪力でなく、たった今絶命した色濃い死念をフィードバックし、婪佳久は――。
咄嗟に舌を噛んで、気絶を免れた。
(邪魔すんな。もう死んだんだろ足引っ張んなよ――黙って、わたしに使われろ!)
叩き起こされ、最大まで刺激された神経が――次の生命危機に反応する。
咄嗟に彼女は、自身の足元を爆破させた。
その場の呪力を吸収し、叩き落とす。乱雑極まる早撃ち。反動で彼女自身も吹っ飛んだが問題ない。
そうして初めて――背後をついてきた、
「あー……やっぱり誤発注じゃないですか。あのジジイ、また駅をシャッフルしやがりましたね。結界座標しか教えてくれないクセに……」
暗殺に失敗した強襲者は悪態を吐く。
婪佳久は死体の
「……すごい見た目してんね」
「
「――ッ」
――どいつもこいつも。わからない風を装っていながら、的確に傷口を抉ってくる。
ソレは高揚していた。
ソレは白いパーカーのフードから、蛇のように長い舌を覗かせ、涎を漏らし、鱗混じりのツラで笑っていた。
「まァ、いいでしょう。ここは臨機応変にィ――」
少年そのものな背格好はやや猫背気味となり、腰からは長い三角の尾が突き出ている。それは正に――!
「――覚悟なさいッ、真ッ白女ァ!」
「だからさぁ――てめえは誰だよ」
やっっっと導入終わった。週一投稿に戻します。
次回は5/17です。
サブタイ考えるのにいちばん時間かかったかもしれん。なんで俺は曲名縛りなら楽できるとか思ってたんだ……?
【補足】婪佳久は任務サボり気味
婪佳久は術式解除できず常にこの体質なので、普段は任務をあまり受けたがりません。
とはいえ「呪術師をやって初めて自分は人間になれる」という信念から、どんな任務だろうがどんな手段だろうが、やるからには躊躇いなく徹底的にやります。
呪術師としての自負が強過ぎる余り、自分で自分の任務の敷居を上げてるきらいがあります。
まっ今はサボれる状況じゃないんだがなガハハ!