【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 -   作:糾縄如氏

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【あらすじ】
犬も歩けば棒に当たる。
勝手に街を出た羂索の弟子は、未知の敵と遭遇する――。



第2部 44話『羂索じゅじゅさんぽ③』

 

 闇市街の外。人知れず降りていた『領域』の天幕が消える。それは『闇のゲーム』の終了を意味していた。

 

 

 

「やっと! やっと真っ当に勝負ができた……しかも『闇の罰ゲーム』を保留してくれるなんて――ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 

 

 領域の主、赤帽子の少年は、満足げに手を振り立ち去っていく。

 

 その背をアーサーは見送っていた。

 

 

 

「……結局、何者だったんでしょうか」

 

(まぁいい。デッキは預けたし。必中効果は後から決めてもいいらしいし、またやりたくなった時は再戦を強制させれば――)

 

 

 

 ひとたびの青春。その味わいに満足し、街へ引き返そうと歩き出す――。

 

 瞬間。

 

 太陽が、落ちてきた。

 

 

 

「うっ! なんだこのFlashはぁっ!?」

 

 

 

 地面を見失い、転げ回る。身をつんざく鈍痛で、敵に殴られたのだと理解する。

 

 だがそれ以上の異常が、彼の網膜を焼いていた。

 

 

 

(景色の全てが屈折して見える。何も直視できない――ヤツが現れた瞬間から!)

 

 

 

 かろうじて地面を見つけ、立ち直るも――彼は蜃気楼に囲まれていた。

 

 体感覚が定まらない。相手の容姿は勿論、どんな立ち姿かも分からない。

 

 

 

「へぇ、流石に頑丈(タフ)やね。品種改良っちゅうやつかのぉ」

 

 

 

 それでも――とてつもないヤツと出くわしたのだ、と理解させられる。

 

 湾曲する世界の向こう、降り立った陽炎。

 男にも女にも聞こえる歪んだ声。

 

 

 

(こいつ――本当に、人間なのか?)

 

「……じゃ、五発でええな」

 

 

 

 得体の知れない強襲者に、

 呪術師として蓄積された全経験が大音量で警鐘を鳴らす。

 

 避けようの災害が、彼の身を襲う――!

 

 

 

――

―――

 

 

 

(どこが五発だ! 何度も蹴り飛ばしてきやがりますコイツ――!?)

 

「……軽いなぁ。蹴鞠思い出してまうわ」

 

 

 

 乱雑なひと蹴りで、少年の体はゴムボールのように地面の上を弾け飛ぶ。

おそらく当人にとっては攻撃ですらない動作。

 

 しかしそれだけでも、転がされる少年は容易く風穴を開けられ、空中に投げ出され、次には地面に叩きつけられ――血肉を撒き散らす。

 

 

 

(呪力探知が安定しない、まるで避けれない。けどダメージは間違いなく甚大――どうする、打ち勝つにはどう『進化』すれば――とにかく今は隙を作る!)

 

 

 

 目の前で荒ぶる蜃気楼。それに食い殺される前に、アーサーは手を打った。

 

 

 

 ――『進化』を右手に発動、同時に右手首を結界術で分割(パージ)する。

 

 彼の命令に従い、右手は急速に別の生き物へと変貌する。そうして出力されたのは――!

 

 

 

「わんっ!」

 

 

 

 ――ポメラニアン!

 それ即ちッ、人間の庇護欲を駆り立てる姿形(かわいさのけしん)

 

 ――アーサーの『進化』は、種の獲得した優位性を再現する。『愛玩動物』という地位で得た、人類から親しまれる存在という認識災害(アイデンティティ)もまた再現可能!

 

 小さく尊き人類の友は、尻尾を振りながら、元気満々に走り寄り――!

 

 

 

「ぎゃわうっ!?」

 

 

 

 ――ぐしゃっ、と普通に踏み潰された。

 

 

 

「いやウチ全然そのくらい殺るで、任務なら」

 

「くそっ、もっと人の心のあるやつに使うべきだった!」

 

 

 

 ――完全なる犬死にだ。

 蜃気楼(あいて)と接触した瞬間、子犬の体もまた認識不能となり、赤黒い何かに成り果てた事しか見て取れなかった。

 

 ――ヤツに微塵も容赦がない事だけは分かった。

 既にアーサーは虫の息だった。分割するまでもなく左脚を失っている。これ以上、攻撃を続行されれば時間はない。

 

 

 

 そんな彼に――次なる激変が目に飛び込んだ!

 

 

 

「――って、なにいっ!? ヤツを覆う蜃気楼が水に変わっ――ごぼっ、ぶぼばっ、ぁあッ!?」

 

 

 

 水だった。キンキンの冷水に全身が濁流に呑まれていた。

 

 鼻に、口に、耳に、傷口に流れ込む。出血を加速させ、急速に体温を奪いにかかってくる。足をとられて体勢が崩され、溺れ、呼吸ができなくなる。

 

 

 

 ――賭けるしかない。アーサーは決意した――本体による『進化』を!

 

 

 

「なら、シャチ(こうするまで)だ――ぁぁaaaAッ!」

 

 

 

 ボロボロの人の形は捨てられ、代わりに大海のモンスターが顔を出す。

 

 濁流を掻き分け進む流線型。

 自我を保てるだけの高い知性。

 大顎を開き、水を裂いて一直線に突っ込んだ!

 

 

 

「やっと使うたか。ほな――次」

 

「ぎぃぁ――aaAAAッ!?」

 

 

 

 次の瞬間、アーサーは、一面の炎に包まれたッ!

 

 

 

(火ッ!? 水が炎の海に変わっただと――ッ!)

 

 

 

 炎を纏った殴打が叩き込まれる。漆黒の体表はみるみる白く焦がされ、エラを含めた呼吸器が灼熱に炙られる。地上を転がされ、血塗られ汚れていく機能美の結晶。

 

 

 

(――『進化』を発動した以上、火傷は無視していい。問題は、この『幻惑』です――恐らく敵の術式が、私の認識を狂わせている。ならば――!)

 

 

 

 秒読みで死の瞬間が迫る中――アーサーは『進化』に『縛り』を加える。

 

 

 

(――結界術で身体内部を区分けし、『進化』の効果範囲を限定――超音波を司る感覚器のみを、一気に更新させる!)

 

 

 

 本来、『進化』の階梯上昇(アップデート)は全身に及ぶ。だが体内の特定器官のみを、何世代の上の性能に引き上げる。

 

 その結果、

 

 

 

(捉えた! 今度こそ知覚できます、このドブカス野郎の動きが――っ!)

 

 

 

 アーサーは獲得した。原生するシャチとは別次元に高度な認識能力を!

 

 これはこれで身体感覚に壮絶なズレの生じる。異常発達だが問題ない――目の前の相手を殺せるのなら!

 

 

 

(まだ嵌めたつもりでいますね。だからこそ、この一撃は、通る――ッ!)

 

 

 

 ついに発揮される大海のハンターの実力。

 罠にハマった獲物を、縦長に生え揃った牙が引き裂く――!

 

 ことは、なかった。

 

 

 

「――ばか、な――!」

 

 

 

 口腔が、引き裂かれていた。

 叩き込まれた拳の一撃によって。

 呪力を扱えるシャチなどという超危険生物が、一方的に打ち負けていた!

 

 

 

(――正しく認識できたハズ、なぜ対応できない。なのに私が、やられ、て――)

 

「残念。()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんよ。君」

 

 

 

 実のところ、さっきまで男は、実際には四度しか蹴っていなかった。

 

 

 

 男はただ――、

 

 何も無いところで溺れて水を口から漏らし、

 何も無いところで炎傷に喘ぎ、

 蹴ったフリで蹴られたアーサーの様を、

 

 ニタニタと、髪をかき揚げる余裕ぶりで、眺め下ろしていたに過ぎない。

 

 

 

 そんな男が――実際に、ただ一度のみ拳を抜いた結果。

 

 

 

「――ぁ……がは――」

 

 

 

 喉奥、発達した感覚器を突き穿ち、胴をカチ割り、木の実を振るい落とすように四肢が堕ちる。

 

 現実時間にして戦闘開始から10秒未満で。

 見るも無惨に、アーサーは崩壊した――。

 

 

 

「人外を縛ることにのみ特化した枷――君の術式強すぎるねん。人体から外れるほどに拘束力が増すにせよ、こうでもせんと抑えきれん――退場してもらうで。人間兵器くん」

 

 

 

 そして強襲者は、引導を渡すべく呪具を持ち出そうとし――。

 

 

 

「――そこまでだ。禪院家初代当主――禪院迦具土(かぐつち)殿」

 

 

 

 動作が止まる。

 その女が、現れた。

 

 

 

――

―――

 

 

 

 ――アーサーの単独行動。それを察知した管理補佐者(ゲームプランナー)達は、部下(エリアマネージャー)を通さず、即座に排除すべく動いた。

 

 領域を展開しない限り、結界術で捕捉されることはあり得ないと。

 

 しかし――女の事態察知は、想定よりも早かった。

 

 

 

「彼の『進化』が運営上の不安材料になるのは分かるが――君たち運営と私には、相互不可侵の『縛り』がある。にも関わらず、私の弟子に手を出した。これは関係決裂と見ていいのかな?」

 

「いけしゃあしゃあと。よく言うわ、予定にない泳者(プレイヤー)を外国から呼び込んでおいて。だいたいその気になれば天元結界(ゲームボード)ひっくり返せるヤツなんざ目の上のタンコブ以外の何物でもあらへん。ここで瞼ひん剥いたろうか?」

 

「やめた方がいい。君たちと違い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうなってもいいのかい?」

 

「おう、試しても構わへんで。ウチらを一族総出で敵回して勝てるんならな」

 

 

 

 ――危険な空気が漂っていた。

 

 女は知っている。ゲームプランナーたちが如何に計画立てて事を運んできたのか。

 こうも勢い任せに打って出る事は珍しい。おそらく何の議論もせず、行動に移したのだ。

 それだけアーサーを排除できる格好の機会だったのだ。

 

 たった今、そのチャンスは失われた。

 このマイナスを覆そうとする上で――呪術師とは、成功体験(ころし)を躊躇なく選べる生き物。

 

 

 

 睨み合う両者。その手は、互いに領域の印を結ぶ目前で止まっていた。

 

 そして永遠と思える一瞬の停滞は――あっけなく、氷解する。

 

 

 

「あーやめやめ。これ以上は益ないわ。運営同士の内ゲバでゲーム終了なんて話にならへん。ほなおおきに」

 

 

 

 決戦の火蓋は、切って落とされなかった。

 どう考えても一戦闘で収まらない事態になってしまう。今そうなるのはよろしくない。

 

 戦いを用意する側の存在として――陽炎は身を引き、裏方へと消えた。

 

 

 

「ふー、行ってくれたか。相互不干渉の『縛り』は生きている、おかげで手打ちで済んだ――しかし、こうも向こう水に仕掛けてくるとは。ピリピリするね、張り合い甲斐のある相手ってのは」

 

 

 

 女は閉じていた目を開き、嘆息する。

 

 久々に本気で肝が冷えた。具体的には、五条悟が宿儺に勝ったとき以来だ。

 

 それはそれとして――『天逆鉾』を取り出し、弟子を叩き起こす。

 

 

 

「はい。おはようアーサー君。勝手に街の外に行って未知の強敵と出くわしたようだけど、どうだった?」

 

「……かなり得難い経験でした。今までにない――あと、やはりこう何度も死ぬと、得られるモノが多いですね」

 

 

 

 半ギレ気味だった女は目の色を変えた。

 元の姿になったアーサーの憎悪が、より色濃さを増していたからだ。

 

 ――娯楽を通し、快楽を知ってこそ、決意により一層の深みが増した。

 

 その成長を見て、ついつい女は笑ってしまったのだ。

 

 

 

「……そうだね。君の術式は呪術的生死から外れるものの、生物学的に死ぬ事なら可能だ。何度も呪力の確信に触れる事ができるなんて、羨ましい限りだよ」

 

「ヤツは――もういませんね。師匠(マスター)。恐竜以外の『進化』を試してみました。しかも時間感覚を狂わされた結果とはいえ、前より格段に早く変身できたんです」

 

「そりゃ嬉しいニュースだ。じゃ、また反省会といこう。説教も兼ねてね」

 

「はい。お願いします」

 

 

 

 普段に増して、後の講義には熱が入った。

 より辛辣に、より期待を込めて――。

 





あくまでチラ見せ回です。
やっぱ茶々入れて引っ込むムーブは禪院でないとね。

次回から三幕に入りそうです。
急いで次のレールを引かなきゃ()



【補足】アーサーの『進化』は、選んだ生き物そのものになるわけではない

あくまで『進化の中で獲得した種の優位性』を再現する術式のため、
シャチを選んでもシャチそのものになるわけではありません。
シャチの優れたパーツの集合体になります。

そのため、このシャチのようなナニカは空中だろうが海中にいるかのように水泳できるし、シャチ以外でも特定生物種が抱える共通の欠陥を無視して良い点のみを持ち出せます。

そして何度も言いますが、この効果(仮想生物作成)は、物理的にも魂的にも起こっている存在改変です。

なにそれ怖……。
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