【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 -   作:糾縄如氏

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第2部 48話『パンダとティンカーベル①』

 

「よお。久々だな、冥冥」

 

 

 

 状況にそぐわず、くたびれた声と共に靴音が響く。トレンチコート姿の男の歩みはマイペースで、年老いていながら衰えを感じさせない。

 

 

 

「金以外で釣られないテメェがどうしてここにいる? 日本円なんざ国ごとお釈迦になってんだろ。俺でよけりゃ聞かせてくれ――やむにやまれぬ事情っちゅーやつを」

 

 

 

 軽い口調で告げられる、現呪術総監部としての発言。

 冥冥は不敵な笑みを崩さぬまま答えた。

 

 

 

「自白したら免責してくれるのかな? 日下部学長殿」

 

「そりゃ~お前次第だ。その気なら少しでも手加減しといてくれ」

 

 

 

 無数の黒い目が彼を取り囲む。

 意にも返さず、彼は腰をかがめ、飴を吐き捨てた。

 

 

 

「抜刀――シン・陰流『簡易領域』」

 

 

 

 横に構えた刀を広げる。

 閃く銀色に目掛け、翼を広げて一斉に襲いかかる黒塗りの弾幕。

 

 ――悉く、斬って捨てる。

 

 

 

「――『夕月(ゆうづき)』!」

 

 

 

 剣閃が、的確かつ鋭利に黒雨を叩き落とす。

 

 時には直撃をいなし、軌道を狂わせて烏同士の相打ちに追い込む。

 時には真正面から一刀に伏す。

 

 接近した側から、一羽ずつ淡々と行われる対処。

 

 

 

 そこに、冥冥までもが斧を振るい踊りかかった。

 

 

 

(ちっ、全方位攻撃してるだけはある。キレーに一番嫌なとこに滑り込んできたな)

 

「あーあ残念だ――この『隙』は見過ごせねぇ」

 

 

 

 否。日下部はそれを承知で踏み込ませた。狙いは最初から冥冥本人。

 この瞬間を逃すわけにはいかない。落胆混じりに、日下部は渾身の一刀を繰り出――!

 

 

 

「って、なんだそのバカ出力は!?」

 

 

 

 刀身を折られる前に、あえて突撃。

 彼女の足元を滑り抜けて回避した。

 

 ――地面を突き穿つ大斧の余波(しょうげき)をビリビリと感じながら、日下部は目を剥く。

 

 以前とは、呪力出力のケタが違う――純粋にパワー負けしている!

 

 

 

「……読まれたか。ギリギリまで呪力を絞っていたんだけど」

 

「テメェ、んな呪力量どこから――旧シン陰師範から奪取した寿命の呪力変換か! いつちょろまかしやがった、報告書になかったろ!」

 

「これは見落としていたんだよ。というか、そこまでやる給料は貰ってなかったからね」

 

「そうだろーなおまえさんの独断専行だったし! なんでこっちが金出して報告聞かねぇといかねぇんだよ普通逆だぞ、説明もなしに代替わりした身になれっつーの!」

 

 

 

 口では謝りつつ謝意のカケラもない冥冥の笑顔。

 即座に出所を理解した日下部は、唇を噛む。

 

 他者の寿命を縛って得た呪力。

 理屈はかつてのメカ丸と同じ。

 

 そのフィジカルは、明確に特級レベル――!

 

 

 

(目を閉じずに烏と視覚共有できてるのもこのためか。術式効果も底上げさせている!)

 

「さぁ。元一級最強の力、見せてもらおうか」

 

「俺がその地位に固執してるみたいな物言いすんな! ガキども気い遣ってんだぞ!」

 

 

 

 凶悪極まる鎌が振るわれ、男は転げ回る。

 

 ――目の前の相手とモロに打ち合えばパワー負け。かといって『神風(バードストライク)』に一度でも直撃すれば必敗。

 

 烏の突撃と同時、死角から本体攻撃が。

 本体攻撃の隙を埋めるべく烏の突撃が。

 間髪なく容赦なく差し込まれる。

 

 だが――彼は脊髄反射で、その全てを刃で斬り返していた!

 

 

 

「新技? 私の記憶違いかな」

 

 

 

 ここにきて、悠然とした笑みを浮かべていた冥冥は初めて眉を寄せた。日下部が見覚えのない挙動をしていたからだ。

 

 

 

 ――シン・陰流『簡易領域』・『泡月(あぶくづき)』。

 

 後世、2086年に普及される『(まだら)』の原型。

 複数の簡易領域を、シャボン玉のように浮かべて同時展開する。

 

 配置はランダム、カウンターのタイミングを自身で決定できない欠陥技だが――シン・陰流『簡易領域』のために鍛え上げられた彼の抜刀術ならば、支障なく動きを組み立てることができる――!

 

 

 

「そりゃ師範だからな。まだ広めてない技のひとつやふたつあるだろう」

 

(残念、未完成なんだなこれが。けどまー勘違いしてくれてるなら良しとしよう!)

 

 

 

 角度を選ばず攻める冥冥に対し、

 見るまでもなく対応してくる男の立ち回り。

 

 そもそも日下部自身のフィジカルも強靭だ。刀ありきとはいえ、術式抜きで一級に選ばれたからには基礎は徹底されている。隙のない崩しがたい牙城。

 

 ――殺せはするかもしれないが――それまでに、あと何体の残弾(からす)が死ぬことになるか。

 

 

 

「――潮時だね。この辺にしておこうか」

 

「どうした。流石に仲間意識(じょう)が出たか?」

 

「まさか。ここでの私の役職は警備員だ。目立った治安悪化は叩きのめすが、殺害まで義務付けられてはいない。ましてや私は、()()()()()()()()()()からね」

 

「……。あー、へいへいそうしといてくれ。何となーく、そっちの考えも見えてきたしよ」

 

 

 

 二人は同時に得物を下ろした。これ以上戦っても骨折り損だと理解し合っていた。

 

 

 

「憂憂」

 

「姉様。ここに」

 

「転移だ、撤退しよう。……たびたび情けない所を見せてすまないね」

 

「まさか! 姉様の大立ち回りはいつだってお見事です。これはますます後世に伝えねば――!」

 

 

 

 何もないところから現れた少年は、次の瞬間には冥冥を連れて姿をくらます。

 

 

 

「……長話ならさっきやってといてくれよ……ああいや。今はそれどころじゃねえんだったな」

 

 

 

 刀をパチン、と収め、敵がいなくなった以上、日下部は現地住民へ目を向けた。

 

 

 

「しかしなんなんだ。ネバーランドに恐竜、それに何よりも――あの見覚えしかねぇ前髪と塩顔は……」

 

 

 

――

―――

 

 

 

 ――『旅立ちの儀』によって、楽園を追放された子供たちはジャングルに追いやられる。

 

 そして跋扈する恐竜の姿をした呪霊たちに、なすすべなく捕食される。

 ただ人を襲う本能に従うまま。

 

 また一人、少女が追いかけられ、ついに逃げ切れるわけもなく毒牙に捉えられる――否。

 

 

 

 ここには、彼がいた!

 

 

 

「――あな、たは」

 

「静かに。そこの茂みに隠れて――後は僕に任せて。いいね?」

 

「は、はい!」

 

 

 

 笑顔は一点、敵へ向かうと冷ややかに変貌する。串刺した亡骸から刀を引き抜き、彼は前へ走った。

 

 少女を狙い、走ってきた四体の恐竜たちへと!

 

 

 

(――空性結果の演出レベルが底上げされている。ほとんど本物の呪霊と遜色がない存在だ。まるで質量を持ったホログラムみたいな――)

 

 

 

 本能の赴くまま、四体は飛びかかる。

 が、牙を剥いた瞬間に気付かされる。

 

 絞られていた剣気の解放――その圧倒的な呪力量の差に。

 

 

 

「まぁ、祓えるなら問題ないか」

 

 

 

 ――特級術師・乙骨憂太。

 

 その居合で飛ばされた呪力の『波』で、いとも簡単に恐竜たちは爆発四散。軌道上の樹木までもが、ゆったりと崩れ落ちた。

 

 ――彼の背後には、追放された子供たちが五人いる。

 彼は民間人保護の目的で、あえてネバーランドでなくジャングルに身を置き続けていたのだ!

 

 

 

(――出た。上位個体だ)

 

 

 

 むせ返るような熱帯雨林の奥から、顔を出す新たな悪意を、乙骨は発見する。

 

 散り散りになった恐竜呪霊の一部を拾い食い、踏み潰して現れたソレは。

 

 

 

(これは呪霊じゃない。恐竜型の呪霊を元手に作られた――恐竜呪骸――!)

 

「――ッ!」

 

 

 

 トリケラトプスが突進してくる。

 ツノを備えた大楯の質量の直進。

 

 ――最後の子どもたちに攻撃が向かうのは避けたい。乙骨は待避を選択した。

 

 樹を蹴り、樹と樹を飛び回り、

 あえてギリギリ当たるかもしれない間合いを保ちながら、移動する。

 

 

 

(呪骸なら傀儡操術によるものなんだろうけど、操られている気配がない。高い知性で自立行動している)

 

(刀を使うのを見られた。相手もそれを弁えての一撃離脱戦法。うまく立ち回ってる。けど――)

 

 

 

 十分に距離が取れた。その確信を得ると同時、乙骨は迷わず刃を投げた。

 フルスイングで放たれた一射は、リカによる呪力放射の要領で一直線。

 

 亜音速半ばで疾る呪力刀身――それに射抜かれた上で、トリケラトプスはなお突進していた。

 得物を自ら手放した。その優位は、ダメージよりも大きいと判断して――誘い込まれているとまでは気付かずに。

 

 

 

「やっぱり、フィジカルで負けるなんて思わないよね」

 

 

 

 ――突進攻撃と、真正面に乙骨の右ストレートが激突した。

 

 結果、トリケラトプスの顔面は陥没した。大楯は叩き割られ、牙と歯は爆砕し――突き刺さっていた刀身が解放される。

 

 続く迷わぬ一閃で、呪骸の核となる部位は切り落とされた。

 

 

 

「……すっ、すっげー! 倒せちゃった! どうなってんだすげぇ!」

「えっこんなおっかない人にくっついていいの?」

「みんな自然の力に敵わないって……」

「なんでもいいよ! お願い! 憲泰さまの代わりに僕らを守ってくれ!」

 

 

 

 隠れていた子供たちが弾かれたように彼に駆け寄る。

 自分は危険から解放されたのだと確信して。

 

 心配をかけまいと彼は笑い返すも――その顔色は優れなかった。

 

 

 

(……大丈夫。ここまでは問題ない。問題なのは――)

 

 

 

 異変に勘づき、乙骨は頭上を見る。

 つられて子供たちも目を向け――表情は希望から一転、恐怖に染まった。

 

 ともすれば乙骨よりも、その脅威については彼らの方が詳しいだろう。

 

 この空性結界の演出のうち最たるもの。ジャングルの環境リセットを告げる終末装置――『隕石』の到来だった。

 

 

 

(くそっ、前よりも周期が狭まってきてる!)

 

「うわああネバーランドに帰りたい! あそこなら大丈夫なのに!」

「いやだアレに巻き込まれたくないよぉ!」

「ほら見たことか、やっぱり大自然に人間は敵わないんだ!」

「おいなんとかしてくれよ! 大人だろ!」

 

 

 

 あれは空性結界の演出だ。

 なんどもジャングルはリセットされている。

 結界術で覆す以外に止められない――実質不可能だ。

 せめてダメージを減らすしか!

 

 

 

「僕が呪力で覆う! みんなくっついて!」

 

 

 

 呼びかけるも、子供たちは押し合いへし合う。なにせ五人もいるのだ。

 乙骨から立ち昇る呪力の範囲に収まろうと必死になっていた。

 それでも乙骨は出力を最大化させ、全員を庇おうとした。その結果――!

 

 

 

「……ダメなのか……ごめん。ごめんなさい。僕はまた守り切れなかった……!」

 

 

 

 ――乙骨以外は、全滅した。

 文字通りの意味で、恐竜呪霊と植物を含め、あらゆる空性領域内の生命が焼け落ちていた。

 

 他人の体を呪力強化するなど、いくら乙骨でも不可能だった。

 むしろ、乙骨の呪力にあてられる事自体がダメージになってしまうため――どのみち、この子供達は助かりようがなかったのだ。

 

 

 

「大丈夫よ。やっと思い出した、こんな格好だけど、私なんか老い先短いババアだった。死んだ家族のことを忘れて、子供になって遊び回っていた薄情者さ……なのに最期には、こんなにも守って貰えるなんて。恵まれているよ。本当に、ありがとうね……」

 

「……ッ!」

 

 

 

 辛うじて遺言を残せたのは、奇跡とさえ言えるだろう。

 息絶えて、ただの炭になった少女の亡骸を、乙骨は唇を噛み締めながら横たえさせる。

 

 

 

 ――領域展開しない限り、『模倣』ができるのはリカと接続した5分のみ。

 終了後には長いインターバルが挟まる。

 

 黒幕と戦う場面以外で、5分を『使わされる』わけにはいかない。

 

 これが限界なのだ。ここでやれる限りの限界……!

 

 

 

「僕は。なんて無力なんだ……僕はッ……!」

 

 

 

 悲嘆に暮れる合間さえない。すぐさま焦土は、新たな緑色(えんしゅつ)が埋めていく。

 

 次代の恐竜呪霊が、恐竜呪骸が沸いて出る。

 彼は刀を手に、再び走り回される――。

 

 

 

―――

――

 

 

 

「うわー。マージで恐竜ジャングルなんだなここ……」

 

 

 

 パンダは現実逃避していた。

 上空、翼竜の嘴に咥えられ、食われるにも落とされるにも死ぬしかない絶対絶命を、全力で棚上げしながら広大な風景を眺めていた。

 

 

 

(……これアレか。このジャングルも恐竜もネバーランドも、住民が子供の姿なのも、空性結界による演出なのか。しかし呪霊として成立するレベルで実態を得てるなんて見たことねーぞ。いったいどこからそんな規格外の呪力量(リソース)を持ち出したんだ――?)

 

「うわ〜、一般人が恐竜に追われて逃げてる。追放されるとあーなるのか……」

 

 

 

 そしてジャングルが弱肉強食の縮図とわかり、いよいよ空を仰いだ。

 

 命とは儚くも美しい、などと詩人は唄っているが、悲しきかな。呪術師に理不尽ではない死はあり得ない。

 

 それこそ、父親から耳にタコができるほど聞かされてきた――しかし。

 

 

 

「――って。あっ、えぇ!? あれ隕石か!? うおーどうすんだあれ! やっぱ実態あるじゃんか、どうしようもなくないかあれ!?」

 

 

 

 いくらなんでも隕石で死ぬなどとは聞いていない。空を見て、接近する熱と質量の塊を発見し、パンダはジタバタと慌てふためく。

 

 そんな時、プテラノドンが口を開いた。

 

 

 

「――同意すると言いなさい」

 

「なにっ!? つーか喋れたのかよオマエ!?」

 

「いいから早く!」

 

「えっあっ同意します!」

 

 

 

 呪霊の要求なんてロクでもないに決まっている。しかし他に手がなかった。

 

 パンダは『縛り』に同意した、結果。

 

 

 

「――ここは――領域の中!?」

 

 

 

 パンダは、何もない領域の中にいた。

 隕石の存在も、熱帯雨林の気配もない。

 完全に外界と途絶された真っ白い世界に。

 

 

 

「生得領域、だよな。なんも物置かれてないけど――」

 

「――その通り! これが私の術式。生得領域内のシンボルと、選択した対象を置き換える。匿うための『領域』ってワケ!」

 

 

 

「オマエ、まさか――三つの魂で構成された呪骸――まさみち製なのか!?」

 

「いぇーす! Hello、旧型(ロートル)さん♡ ビックリしてついつい連れてきちゃったよー。私はプテラノドンのティンカーベル、よろしくね?」

 

 

 

 驚愕の事実にパンダは目を丸くする。

 全国各地で報告されていた、過去の呪術師の復活。可能性は考慮していたが。

 

 間違いない、この空性結界には――夜蛾正道がいるのだ!!

 





シチュエーションの提示が完了しました。ここから本題です



【補足】恐竜呪霊について

恐竜のガワ着せられた呪霊です。
と説明してますし、実際それ以上の扱いをする気はないのですが、
厳密に説明すると、実態は異なります。

いわばこれは『あたかも生物のような素振りをしている、質量を持った立体映像』です。

ちゃんと血が出るし、斬れば中身が出てくる。呪力も自己捻出している。
空性結界の演出の一部が、あたかも呪霊そのものように振る舞っている。
哲学的ゾンビみたいなもんです。見た人にとっては生き物にしか見えないが、実際に生きているかは判断できない。

本来、空性結界の演出力ではハリボテの恐竜っぽいものでしかないハズなのですが、なぜ中身が設けられているのか……。そこんとこは次回以降をお楽しみに
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