【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 -   作:糾縄如氏

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【あらすじ】
黒幕に手も足も出なかった夏油勲と灰原結は、
住民達の悪意に晒される。



第2部 49話『ずっと子供のままでいてね』

 

 夏油(かおる)は『宿儺の器』である。

 パンダの告げた警告によって、夏油勲は気絶せずに済んだ。

 

 しかし、『神風(バードストライク)』の余波(ダメージ)と――事情を知らない現地住民(ロストキッズ)たちの追撃によって、彼の意識は泥濘に沈んでいた。

 

 その深淵に、響き渡る声があった。

 

 

 

『――どうだろう。君も目の前の猿どもを、醜いと感じてくれただろうか』

 

 

 

 自分に似て非なる声。

 初めて耳にした声だが、そう直感する。

 

 

 

『――宿儺に乗っ取られた君は、苦しいと思っていただけなのかい。結局のところ、力を振るう瞬間を気持ちがいいと思ったんじゃないのか?』

 

 

 その言葉の全てが、少年の神経を荒立てる。

 しかし、違うと言い切れないまま。

 

 ――夏油勲は、飛び起きた。

 

 

 

「――右脚! ……よし、治ってる。立てるな……」

 

 

 

 夏油勲は自然治癒力に優れている。

 すでに新しく生えていた右脚を確認し、視線を上げる。

 

 ――さっきまで治りを妨害していた住民達は――。

 

 

 

「――憲泰さまに逆らいやがって!」

「自然に逆らっちゃいけないんだぞ!」

「だいたい大人がここに来るな、大人ならルール守れよ!」

「これは天罰だ! 憲泰さま! 精霊さま! 我々は忠実です!」

 

 

 

「――、は……?」

 

 

 

 ――倒れ伏した夏油勲の仲間。

 灰原結を、原住民達は袋叩きにしていた。

 

 彼女は息こそあるものの、呪力がほとんど尽き、(じゅつしき)すらロクに機能していない。

 それをいいことに、雑魚同然の子供たちは、彼女を蹴り、殴り、転がし回っていた。

 

 

 

「ば――辞めろッ! 何やってんだ、テメェら!」

 

 

 

 

 目を剥き、叫ばれる夏油勲の怒声。

 返答はさんざんたるものだった。

 

 

 

「お前もそうだ、今すぐに土下座しろ!」

「そうだ、平伏して詫びろ! 憲泰さまと精霊さまに!」

「この女がどうなってもいいのか!」

 

 

 

 髪を掴み上げ、これみよがしに重大の灰原結を人質にとる。

 すでに加茂憲泰の拳を受けた彼女は、血みどろで虫の息だ。

 

 ――怒りが加速する。

 

 

 

「――いい加減に目を覚ませ! そんな中途半端な大人、修正してやる!」

 

 

 

 以前の記憶が蘇る。宿儺に肉体を奪われ、危うく灰原を殺しかけた記憶が。

 

 いっそ今はそれ以上に最悪だった。

 

 仲間と思えた相手の裏切り、仲間を傷つける敵、また守れなかったという義憤――だが、まだ死んでいない。

 

 だから勢いそのまま、少年は飛び出そうとした――その間際。

 

 

 

「ちょーっと待てぇッ! お前らよーく見ろ! 今ここで、一番の責任者(おとな)は俺でしょーが!」

 

 

 

 日下部篤哉が、大声でズカズカと割って入った。

 

 怪訝な目になる一同。だが考える暇も与えず――大仰にどかっと座り込み、

 

 

 

「だから頼む! ここは俺一人で勘弁してくれ!」

 

「なっ!?」

 

 

 

 迷いなく、土下座を披露した。

 大の大人が、この場で最も強い男が、手をつき頭を下げて平伏したのだ。

 

 面食って動きを止める夏油勲――対して、住民たちのリアクションは早かった。

 

 

 

「また大人だ!」

「上下関係を叩き込んでやる!」

「なんだそのコートはカッコつけてんのか!?」

「飴なんて舐めるなよ俺たちの特権だぞ!」

「奴隷として使い倒してやる覚悟しろ!」

 

 

 

 などと好き勝手に言われながら、好き勝手に背中を蹴られまくる。果ては卵すら投げつけられる。

 

 それでも姿勢を変えない日下部篤哉を、夏油勲はただ黙って見ているしかない。

 

 

 

 ――そんな時、頭上から声が響く。

 

 

 

『あー親愛なる観測者たちよ。私だ、憲泰だ』

 

 

 

 現地住民(ロストキッズ)の変わり身は早い。

 天をつく一声で、すぐさま足を折り手をついて丁重に頭を下げ、ピタリと止まる。

 

 張り詰めた沈黙。

 淡々と盟主の意思が告げられた。

 

 

 

『いちおう『旅立ちの儀』が妨害されるという問題が発生した以上、処罰をせねばならん。さしあたり、精霊七体がネバーランドに参られる』

 

『彼らは三人程度食べたら引き上げるつもりでいる。喜んで享受したまえ。以上である』

 

 

 

 そうして放送が終わるや否や。

 彼らのリーダー、ピーターパンは迷いなくこう言った。

 

 

 

「おいオマエら、ボク達を警固するんだ!」

 

「はぁっ!? お前らで自衛すればいいだろうが、この土地の問題を他所の人間にやらせようってのか?」

 

「◾️◾️◾️◾️(ムリだよ~! 僕たち子供だし戦えませーん。でもいいか、精霊様を殺すなんて俺たちは許さないぞ! 頑張ってオレ達を守れ)!」

 

「戦えないだと!? バカを言え、さっきまでオレたちを攻撃して――!」

 

「◾️◾️◾️◾️(この女がどうなってもいいのか! よくないだろ、さぁやれ)!」

 

(……オレの耳がおかしいのか。人の言葉に聞こえないぞ――?)

 

 

 

 まるで恥も外聞もなかった。

 ただ仲間を人質に取ることが有効だ、という唯一正しい認識のもと、突きつけられる不条理。

 

 だがやはり、日下部篤哉は(こうべ)を垂れる。

 

 

 

「へへーっやらせていただきやす! とちって精霊殺しちまってもそれは俺個人のミスでさぁ!」

 

(さっきからなんで全肯定してんだ、このコートのおっさんは――!?)

 

 

 

 夏油勲は、刈り上げていたハズの後ろ髪が伸びていたことに無自覚なまま頭を掻く。

 

 弱者を守る指針で辛うじて踏みとどまれているが――まるで納得がいかない。

 このような外敵は排除すべきだ。弱く身勝手で、正しくコレは――。

 

 

 

「……猿め」

 

 

 

 ついて出た言葉を、後から「ハッ!」と自覚し、慌てて口を塞ぐ。

 

 ――理解し難い感覚だった。宿儺に体を奪われた時とも違った。

 忌むべき夏油傑の思想を、口が、この体が肯定しているような――。

 

 

 

―――

――

 

 

 

 ――ほどなくして。

 住民たちに脅され、夏油勲と日下部は、ネバーランドの恐竜呪霊討伐に奔走していた。

 

 

 

 彼らは口では『精霊を殺すな』と言う。

 この環境に甘んじた立場上、この環境に設定された自然現象(ルール)を否定するわけにはいかないからだ。

 

 だから、二人の恐竜呪霊討伐は、非難を浴びせながらも『子供では止められなかった事故』と扱われた――。

 

 

 

「なんで――なんで、あんな奴らに土下座したんだ! あんた何も悪いことしてないだろ、悪いのはアイツらに決まってる! なぜ()()()人質にとってる連中に頭下げなきゃならない!」

 

 

 

 前を歩く日下部についていきながら勲は疑問を叫ぶ。

 すでに彼は何体も切り捨て、そのたび散々トレンチコートを汚された後だ。

 彼の力量の高さは、半端者でも窺い知れる。

 

 それだけに分からない。なぜ彼が弱者どもに従っているのか――。

 

 

 

「いやぁ。このぐらい普段の任務と比べりゃワケねえよ。うだつのあがらんオッサンの土下座なんて価値ねえだろうよ」

 

「ハッキリしろ! どっちなんだアンタ、大人しく従うつもりなのか! それならなんでネバーランドの外へ向かっているんだ! こうしている間にも()()は……いっそオレがあいつらを――!」

 

 

 

 そもそも日下部は、夏油勲の味方ではない。

 

 従っているのか、そうでないのか。どっちつかずののらりくらりとした態度に、血気だった少年は食い下がる。

 

 お前は敵なのか味方なのか、そう取られかねない物言いだった。

 

 

 

 対して――彼は首だけで振り返り、歩きながらも冷静に告げる。

 

 

 

「はーっ待て待て。なんでそーどいつも極端から極端に走りたがるかなぁ、うちは」

 

「いいか。灰原結が殺される心配(こと)はねえ。アイツらは打算ありきで動いてんだ。俺たち二人がその気になれば殺されることくらいわかってる、だから人質を取ってる」

 

「アイツらは自分の命、お前さんは灰原結の命。それぞれに譲れないもんがある以上、どちらか一方が失われる状況にならない限りは問題ねぇ――計算しやすくて助かるじゃねえの」

 

 

 

 大事になる前に、要求に乗った。

 もし手を出していれば――乱闘になり、人質としての価値を失った灰原結は、一番初めに攻撃され、殺されていただろう。

 

 指摘されるまで、そんな簡単な想像がついていなかった自分に気付かされ、勲は口をつぐんだ。

 

 

 

「……では、やはり住民たちを守ろうっていうんですか。日下部さん」

 

「あぁーそうだ。命だけはな。上位個体である恐竜呪骸はあらかた倒した、残るは下位個体である恐竜呪霊だが、アイツらなら手足失う覚悟で抵抗すりゃ生存自体はできるだろ」

 

 

 

 さっきまでの算段とは温度差のありすぎる雑さ。

 そんなんでいいのか? と勲は困惑する。

 だが日下部は「いいんだよそんなんで」と当然のように線引きしていた。

 

 

 

「ぶっちゃけ街の外に出りゃどーとでもなるだろ。乙骨と合流できればな。そうすりゃ灰原結も治してもらえる。今は耐えな」

 

 

 

 勲の顔色は優れない。

 説明されたうえでも納得できない表情だった。

 

 日下部の論理に隙はないと思える。

 だからこそ感情のぶつけどころがなかった。

 

 彼の噛み締めた喉の奥に渦巻く――贖罪意識や弱者への憎悪と、弱者庇護。二つの矛盾が、焦りによって衝突を加速させる。

 

 

 

「……汚いんだな。大人って」

 

 

 

 かろうじて、混沌とした頭で上澄みとなる言葉を少年は吐いた。

 

 

 

「ああそうだよ、今更知ったのかオマエ。折り合いをつけていくのが大人っちゅーもんよ」

 

 

 

 日下部はそこまで言って、はたと気づく。

 

 

 

(いや待てよ。こんなガキに大人の講釈垂れる方がガキっぽいよな……)

 

 

 

 今さら自覚して渋い顔になった。

 

 ――いくら言っても納得できない、その若さと怒りはあって当然のものだ――少なくとも。

 

 子供であることは、決して罪ではない。

 そのくらいの事は、日下部でも知っている。

 

 

 

「あー夏油勲、すまん。今の話は全部忘れてくれ」

 

「……はいっ!?」

 

 

 

 故に、日下部は振り返り、前言を撤回した。

 目を白黒させる勲の手前、彼はぶっきらぼうにこう言った。

 

 

 

「お前はそれでいい、好きに暴れていい。俺も責任取るからよ(三割くらいは)」

 

「高専術師ですらない中坊なんだろ。正真正銘の子供なんだろ。なら頼むからガキはガキらしくしといてくれや」

 

 

 

 彼はバシバシと少年の肩をはたく。

 

 その空気感は、勲にとって不思議と懐かしく思えた。久しく忘れていた、真っ当に子供扱いされる感覚――それこそ、教師と生徒とのような。

 

 

 

「……! 押忍! それじゃ折角なんで、歩きながらお喋りに付き合ってください!」

 

「お、おう。体育会系かよ……まぁちょうどいい、語れるだけ語っといてくれ。ほどほどに聞いてるしかできねぇけどな」

 

「はいっ!」

 

 

 

 変わらず、状況には一刻の猶予もない。

 それでも夏油勲は、日下部が敵ではないと理解した。

 

 そして勲は自身の気を保つため、自分語りを交えながら街を奥へと進んだ。

 

 ――実のところ、日下部は勲と夏油傑の関係を警戒していたのだが――そんなことに気づく素振りも、余裕もないまま。

 

 夏油勲は、自分の思い悩みを、『程々に分かってもらえる』相手を得たのだ。

 

 

 

―――

――

 

 

 

 ほどなくして、彼らはネバーランドの『境界』に到着した。

 

 ネバーランドからは、外のジャングルが常に見渡せる。空性結界で区切られているのだ。

 

 空性結界が自ら開かない限り、ネバーランドを出て、ジャングルに入ることはできない。

 

 

 

「勲。加茂憲泰は、この空性結界を『恐竜絶滅展示館』だと言ってたんだな?」

 

「そうです。住民たちは『観測者』なんだと、隕石が落ちた回数をカウントしてました。これは鏖殺計画のひとつで、オレ達が招かれたのもその一環なんですって」

 

(他者間の縛りだろうな。仕事の報酬として居住区を与えている――しかしこのステージングの力の入りようはなんだ? たぶん博物館なんだろうが……)

 

 

 

 どのみち今は、どうにかネバーランドを出て、乙骨と合流できねば話にならない。

 

 ――そして、灰原結を早く治さないと――。

 

 

 

「で、どー出たもんかなぁ。簡易領域じゃ術式薄めるだけだから、空性結界はどうしようもねぇし……勲、おまえ『領域』持ちの呪霊を持ってないか」

 

「えーそんな高ランク個体いな――……あっいました!」

 

 

 

 呪霊操術によって獲得した呪霊。

 そのうち一体を、迷いなく勲は持ち出した。

 

 

 

「かぶりぃいいい! へいマミー! 久々に呼んでくれたのかい!?」

 

 

 

 ――特級半精呪霊『可塑曼陀羅(カポマンダラ)』。

 

 大きな赤鋏を掲げて登場したソレは。

 

 ヤドカリ型式神を作る術式を持ち、

 その本体は貝殻の中で領域を展開している――。

 

 

 

「よし。勲、空性結界の境界にソイツをぶつけろ。『押し合い』を試す」

 

「わかりました! ふんっ!」

 

 

 

 その本体である貝殻を。

 バリーン、と勲はカッ開いた。

 

 

 

「きゃーっイキナリなにすんのさ貝が! ボクの貝開かないでよ丸見えじゃんか!」

 

「お前の手持ち呪霊、すげえこと大声で言うんだな。てか勲、なんかさっきより体格ゴツくなってないか……?」

 

「『押し合い』ってこんな物理的なコトじゃな――かぶりゃぁああッ!?!?」

 

 

 

 そして空性結界の境界に、露出した領域を貝殻諸共ぶつけた。

 

 死なないよう、『可塑曼陀羅(カポマンダラ)』は必死に式神を生み出し抵抗する。

 

 攻撃特化で防御力皆無のヤドカリ型式神は特攻し、破壊され、再び作られ――その絶命時の膨れ上がった呪力を吸って、どんどん呪力出力が上昇していく。

 

 

 

(必中命令同士の衝突で、領域の『押し合い』は成立する。同じ要領で、空性結界の一点に必中命令を浴びせ続ければ――)

 

「――よしっ、日下部さん! なんか境界が薄まってきました!」

 

「……ダメ元だったんだが、思ったより強い呪霊だったみたいだな――おしきた。ちょっと広げるぞ」

 

 

 

 空性結界の一点だけが薄まった。

 領域に接触し続けたことで、要件定義(プログラム)にごくわずかな綻びが生じたのだ。

 

 その結界の綻びに――シン・影流師範の一刀(けっかいじゅつ)が差し込まれた。

 

 結果。

 

 

 

「おおっ!? 境界が斬り広げられた!」

 

「よしきた通れ通れ! たぶん5分と持たず閉じるぞ!」

 

「本当に『ちょっと』じゃないですか!」

 

「そのくらいのズルなら見逃されるだろ、なにが『ちょっと』かさえ忘れなきゃーいいのよ」

 

「えっボクの出番これで終わ――」

 

 

 

 どたどたどた。一同は外へ!

 熱気ムンムンのジャングルへと繰り出す!

 

 挨拶がわりに飛び出てくる恐竜たち。喜んで餌に飛びつく彼らを、

 

 

 

「――『夕月』!」

 

 

 

 日下部は次々と切り捨てて突き進む。

 

 

 

「邪魔だ! どけぇええっ!」

 

 

 

 勲もまたなりふり構っていられない。

 手持ちの低級呪霊を同時に展開、物量でジャングルを制圧しながら活路を開き突き進む。

 

 

 

(我を忘れかけてるなコイツ……!)

 

「乙骨憂太ってどんな人ですか!?」

 

「特級術師だ。特級超過案件――お前が宿儺になって暴れても対応できる」

 

「――っ!」

 

 

 

 無我夢中の夏油勲にとって、乙骨憂太は希望に思えた。

 

 夏油傑をかつて倒した猛者。

 灰原結を治療できる存在。

 

 そして――自分が抱える最悪にして最大の爆弾を処理できる存在。

 

 

 

「こっち30m先だ。呪力探知ですぐわかるぞ」

 

「えぅもうわかるもんなんです!?」

 

「あーしかもこれ相当キレてる時だな正直近づきたくねえ」

 

「やたら詳しいですね!」

 

「担任だったからな俺」

 

 

 

 それがすぐそばにあると分かって、夏油勲は全力疾走した。心肺負荷は自己治癒能力で踏み倒し、筋肉の負荷も無視して。

 

 そして、感じ取った。

 

 ――『ぬるっ』、っという異質な気配を。

 

 

 

「――アナタが乙骨憂太か! 初めまし――ぎゃぁあ何で反射で斬りかかってきたんすか!?」

 

「あっごめん! その顔を見たらつい!」

 

「なるほど、そりゃ行幸! こいつぁ心強い夏油キラー(なかま)に出会えたもんだぜ!」

 

(夏油傑、じゃない。でもどう見ても他人じゃない。誰? 斬られかけたのに満面の笑顔見せてる怖……)

 

 

 

 有り余る殺気と呪力量。

 その苛烈さを慌てて納刀した青年は、嘘のように虚弱な困り眉を見せる。

 

 ――ハイテンションで夏油勲に握手され、手をブンブン振られているのだから無理もない。

 

 遅れて、日下部が追いついた。

 

 

 

「日下部さん!? なんでここに?」

 

「説明してる暇はねえ。乙骨、こいつは夏油(かおる)。宿儺の器で呪霊操術の使い手、ついでに夏油傑の息子だ」

 

「えっ、はい分かりまし――えぇっ!?」

 

 

 

 日下部はただ事実を最小限で伝えた。

 

 ――夏油勲。この謎の人物について、疑問を持ち出すとキリがなくなる。

 本人から聞いた限りでも真偽不明の部分が多い。

 追求は、現状打破の後にすべきだろうと、日下部は判断していた。

 

 

 

「そいつは任せたぞ。俺は別行動せにゃならん」

 

「……! 分かりました。タケル君の件ですね」

 

「ああ。夜蛾さんにパンダの件も、できれば行っときたいしよ」

 

 

 

 何より、日下部篤哉には目的がある。

 

 憂憂から知らされた――この空性結界のどこかに連れ去られた、妹の息子の呪骸の奪取だ。

 

 おそらくは夜蛾正道を従わせる人質として利用されている――!

 

 

 

「わかりました。行ってあげてください!」

 

「死ぬなよ乙骨。真っ当に反転術式をアウトプットできるヤツを失うわけにいかねえ」

 

「……はい」

 

 

 

 念押しを残し、踵を返す。

 日下部は茂みの奥へと消えて行った。

 

 

 

「ええと、それじゃ……げと」

 

(かおる)でいいです! それより仲間が傷ついてるんです、治してください!」

 

(カオル)くん!? ちょっ待っ、待ってよ! ああもうなんで説明がないんだよ!」

 

 

 

 再び猛ダッシュ。来た道を戻る夏油勲を、乙骨は追走する。

 

 先ほど同様、呪霊操術による範囲制圧で道を開――。

 

 

 

「なっなんで!? さっきみたくいかな――」

 

(カオル)くん、下がって!」

 

 

 

 ――突き通れなかった。

 有象無象の低級呪霊だけでは、恐竜呪霊たちの餌食になるだけだった。

 

 圧倒的格上――乙骨憂太の抜刀によって放たれる呪力の波があって初めて、夏油勲は前進できていた。

 

 

 

「君だけじゃ無理だ! コイツらは僕が引きつける、絶対追いつくから先に行くんだ!」

 

「……くっ!」

 

 

 

 夏油勲は息を呑む。

 

 ――思えば、先ほどまでは日下部篤哉がいたから強行突破できたのだ。

 それどころか、恐竜呪霊一体を取り込むことさえ、灰原結との共闘なくして成立しなかった。

 

 夏油勲単独では、このジャングルで生存することはできない――。

 

 

 

「……分かりました。先向かってます!」

 

 

 

 彼は走った。

 

 自身の無力さに憎悪を燃やしながら。

 強者の道理に背を押されながら。

 

 ――傷つき倒れた仲間を前に、何もできなかった自分――灰原結のために。

 

 

 

(間に合う! 間に合わせる! ()()()治して、みんなで加茂憲泰(ヤツ)を倒せれば――!)

 

 

 

 ――幻聴が彼の耳を支配していた。

 ジャングルにいながら、この場にいないハズの蝉時雨が。

 脳内に響き、大きくなり続けていた。

 

 その煩わしい悪循環に逆らおうと、ただ必死に直走った。そうして街へと戻った時。

 

 

 

 その『みんな』から、無意識に除外した『(もの)』を直視した。

 

 

 

―――

――

 

 

 

「――これは……なんですか?」

 

 

 

 檻なんてもの、ネバーランドのどこにあったのだろうか。

 傷ついた灰原結は、鉄格子の中で無造作に横たわっていた。

 

 明らかに、自ら入った様子ではない。

 自然、夏油勲の丸い眼は、周囲の住民たちに向けられる。

 

 集団の意思を代表するかのように、ピーターパンと呼ばれた少年は、臆面もなく言い放った。

 

 

 

「◾️◾️◾️◾️(憲泰様の怒りを鎮めるための生贄だ! 精霊さまも森も怒っているんだ!)」

 

(……何がしたいんだ? オレたちに対する人質を自ら手放す? なんの意味が――?)

 

「◼️◼️◼️◼️(だいたい、君たちが来てから時間感覚がおかしいんだよ! 前まで一日の流れをこんな明確に感じたりしなかった、ここは時間にさえ縛られない場所だったんだ! この楽園を乱す者は絶対に許さない!)」

 

(……ああ。そうか――。意味なんてないんだ。力を備えていないと、知性は真っ当に働かないんだ)

 

 

 

 完全にトチ狂っていた。見た目だけは子供の彼らには、確かな打算という行動原理があったが、今はそれすら失われた。

 

 ――灰原結が殺されるハズがない。なぜならメリットがないから。

 その見立ては当たっていたが、現実は遥かに想定を下回った。

 

 ただ、子供のガワを被って、こんな筈ではなかったと喚く大人の醜態があるのみ――。

 

 

 

(コイツらは自力でなんとかしようと思わない。その代わりにオレたちが戦うなんて、キリがない――そんなんで救われる世界なんて、いっそ潔く滅ぶべきなんじゃないか?)

 

 

 

 弱者を庇護せねばならない。夏油勲自身の指針に、全てが逆らう状況だった。

 

 たとえ今を打破できたとして、これからも戦い続ける意味が同じなら――納得できるわけがない。

 

 これまでの全てを秤にかけられた感覚。

 クソッタレな条件のもと問われた命題。

 

 頭蓋に響く蝉時雨に、猿の鳴き声。

 

 そして、死滅回游の泳者である以上――。

 

 

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!」

 

「――ッ」

 

 

 

 ぶちり、と何かが切れた音がした。

 

 夏油勲は遂に、ピーターパンへと殴りかかった。

 





投稿遅れちゃってすみません。納得のいく内容にできるまで時間かかっちゃいました。

えっこの四角はなんだって?
原作の「これはなんですか」のシーンをご参照ください。

あと可塑曼陀羅(カポマンダラ)はボクっ娘です
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