【第二部開始】もしも新宿決戦で五条悟が北を向いて両面宿儺に勝っていたら? - 呪術廻戦『受愚戴転』 - 作:糾縄如氏
――夏油勲は、眼前のピーターパンを殺そうと駆け出す。
先にラインを超えたのは相手の方だ。こちらが守るべき道理などない。
思考を埋めた怒りと、殺害可能な格下であるという確信のもと、即座に行動が実行される。
その間際――途端に、思い返す言葉があった。
『――力は! 強いからこそ容易に間違う!』
過去に吐いた、自分自身の言葉が。
噛み締められた奥歯の間を伝い、反芻されていた。
『力さえあれば、こんな間違いさえまかり通ると思い違ってしまうんだ――オレが、こういうことを終わらせねば!』
違和感は、赤一色の思考に漏れ出し、急速に広がる。
定められた鋳型からはみ出して、走馬灯のように。
――それは夏油勲の自我だった。
彼だけの固有する記憶が、彼が築いた関係が。言葉たちが――そして何より。
(そうだ、オレは――弱者を踏み躙りたくて力を得たんじゃない――!)
日下部篤哉の言葉が、
彼に渦巻く殺意と、正面衝突したのだ。
―
――
―――
夏油勲の脳内は、
『――もうあの人ひとりでよくないですか?』
見覚えのない金髪の青年がそう言っている。
――オレも、乙骨憂太に同じことを思った。
灰原結を治し、過去に夏油傑を倒し、宿儺という爆弾すら解決できるという存在。
この状況は初めから、自分一人で解決できる問題ではない。いっそ全て委ねることもできるだろう。
だが、ここにいるのは自分だけだ。少なくとも今この瞬間は、自身で選択せねばならない。
全てを振り切って、殺すか。
或いは、弱者を庇護するか――。
『――どちらを本音にするのかは、君がこれから選択するんだよ』
見たことのない金髪の女が、そう理性的に諭してくる。
極めて明確な二択だ。焦燥の只中にある心が、容易に飛びつきたくなる。
けどオレには――。
『――はーっ待て待て。なんでそーどいつも極端から極端に走りたがるかなぁ、うちは』
あの、どっちつかずな大人がくれた言葉があった。
同じ仲間として尊重するのでなく、ただの子供に向けられた言葉が。
『そのくらいのズルなら見逃されるだろ、なにが『ちょっと』かさえ忘れなきゃーいいのよ』
『お前はそれでいい、好きに暴れていい。俺も責任取るからよ(三割くらいは)』
彼は、気にしないでいいと言ってくれた。
囚われるべき責務など、自分にはないのだと。
『正真正銘の子供なんだろ。なら頼むからガキはガキらしくしといてくれや』
そうやって、ほどほどに分かってくれた大人がいて、そして、
『……、分かった――貴方の夢に、賭けてみる』
こんな自分に、命を賭けてくれた仲間がいたから――。
―――
――
―
「――殺さない! 殺さないけどムカつくからテメェらは殴るぞ喰らえぇッ!!」
「ぐぼぉああっ!?」
疾走する勢いそのままに、ピーターパンの顔面に拳がめり込んだ。
ただし、呪力強化なしで。
「そうだよな、お前ら弱いんだし被害者だし、仕方ねーよな! 尚更ムカつくなぁええオイ!」
殴り倒す、蹴り飛ばす。
共感を口にしつつも浴びせられる怒りが、一方通行で全員を巻き込んで、次から次へとしばき倒す。
――夏油勲は優れた格闘能力を持つ。
ほぼ戦闘経験のない、子供の体をした元一般人たちなど相手にならない。
「だからいいか! これは報復でも制裁でもない! ただ俺がスッキリしたいがための、一方的な暴力だッ!!」
しかし、決して殺意はなかった。
彼は思い出したのだ。
ムカついたら殴る、好きなやつは守る。それだけでいいじゃないか。
なにも――全員まとめて殺すか殺さないか、なんて考えなくてもいいじゃないか!
「そうさ! 答えなんて出さなくていいんだ。答えの出る問題じゃないからこそマラソンゲームなんだ! であるならば――オレは『中道』を行く! 答えがないまま突っ走る! それこそが、オレの
若き躍動が、留まることなく暴れ回る。
天真爛漫な、憑き物の落ちたような子供の笑顔は。
その気が済むまで暴れ散らかして――遊び疲れたように、その場で大の字になって寝そべった。
「ふーっ、スッキリしたぁ〜……」
対して、一網打尽された住民一同は。
久方ぶりの痛みを受け、一周回って冷静になり――顔にそぐわない、大人びた顔立ちになっていた。
「あーそっか、そうだよな……こんなのガキの八つ当たりじゃん。こんなガキにこんな負荷かけてたなんて。本当にダメなんだな俺ら。死ぬしかないんだな……」
「……ピーターパン、さすがにさっきのは言い過ぎだよ……いや思ってはいたけどさ……」
「やられてもしょうがないことしてたよね……」
「あぁ。ボクたちは、自分の罪を飲み込もう……」
彼らは抵抗できなかったし、する気もなかったのだ。
彼らはクズであっても、自覚のあるクズだった。
心のどこかで、いつかこうなるかもしれないと理解していた。
意味があるかは分からないが、妖精たちに告げ口した罪悪感があった。
互いに互いを蹴落とし合い、絶対強者に守られる優越感を得てきた。
疑心暗鬼を笑顔で誤魔化して、押し込めてきた。
――ついに、自分の番がやってきたのだ。
そう思って、終わりを受け入れていた。
そんな倒れ伏したピーターパンたちに、ズカズカと夏油勲は歩み寄った。
「あーすまんすまん、いくらクズでもやりすぎたよな……ほらっ、食えよ」
「……へ?」
すっ、と100%の善意で、差し出されたモノにピーターパンは驚愕する。
彼の手に収まっていたのは、呪霊の塊――簡易的な『浴』だった。
抽出された体液は高密度の呪力の塊だ。
――この第二次・死滅回游において、呪力が尽きれば術式剥奪により死を迎える。これを食わせることは、その回避に繋がる!
「あっ、そうか。殴りすぎて顎開けねぇか。じゃっ、ねじこんでやるよ! はいあーん」
「いやちょっ罪を呑むってそういう意味じゃ――んぎゃぎゃぎゃ!?」
「「「「ひぃっ! なななな何やってんだオマエぇっ!?」」」」
「オイ逃げるな食え! 食えなきゃ死んじまうだろーがオレの呪霊が食えねぇってのか、アァッ!?」
そこからは、生き地獄だった。
既に負傷していた彼らが逃れる術などなく。
例外なく、呵責なく。彼の温情がブチこまれた。
「「「「ぎゃあああゲロ雑巾の味がずるぅうう……がくり」」」」
「えーそうかぁ? そんなことないだろう――うめえええ! これが罪の味ってヤツなのか〜ッ!?」
否、夏油勲だけ味覚が狂っているのである。
かくして、住民達は完全制圧された。
もれなく、泡を吹いて倒れる格好で。
「――かっ、
「邪魔だったんで全員気絶させときました! 灰原さんはこの檻の中です、治療お願いします!」
「わっ、分かった!」
彼らを跨いで、到着した乙骨は檻に駆け寄った。
――数分後。
「――かなり酷い傷だったけど、命に別状はなかった。あとは自然と目を覚ますと思う」
「じゃあ
「いや『
「えーっ攻撃のつもりはないんですけど!」
(ないんだ……なさそうだな……)
思わず乙骨は苦笑しつつ、
灰原結の体を牢から出し、住居のベットに横にさせる。
傷は治して、血を拭いた。呼吸も安定している。
現状、それ以上はできない。
「煮え切らない事しか言えなくてごめん。反転術式のアウトプット――他人の治療はかなり呪力を使うんだ。僕はこれ以上、消耗するわけにいかない」
「いえ、そんな事は! オレたちで黒幕をぶっ倒せばいいだけの話です! おかげで仲間が助かりました、ありがとうございます!」
勲も納得し、晴れやかな笑みで返答する。
今は時間がない。彼女の復帰を待つより、加茂
「……僕の方こそ。ありがとう、
「えぇっ!? なんで乙骨さんが頭下げて……!?」
乙骨は、そんな彼に礼をした。
出逢った当初こそ青ざめていた乙骨の顔には、今は安堵の色が濃かった。
「君は、どちらを選んでもよかった。だけど、選ばないことを選べたんだ――だから君は、夏油傑にならない」
――ここまでの道中。乙骨には、いくつもの救えない命があった。積み重なる責務があった。
夏油勲との出会いも、重責のひとつとして受け取り、緊迫したものだが――実際は違った。
「――君の中の宿儺は、僕が倒す」
数少ない、希望を見た。
夏油勲の可能性を、また一人信じた者が生まれたのだ。
「……はいっ! いようし、そうくれば! 力を合わせて、加茂憲泰を打ち倒しましょうぜ!」
「勿論。僕らで倒そう、絶対に……!」
誓いと共に、確かな絆が結ばれた。
そうして、意気揚々とジャングルに出ていく二人は。
この後――『恐竜の王』と相まみえるなど、知るよしもなかった――。
これもう日下部篤哉編なのでは?
叩き台が誤って投稿された件、誠に申し訳ありませんでした。
どうかご放念ください思い出すだけで死にたくなるので……。