アイリスの唄   作:NONE(ノー・ネーム)

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2話

空中庭園に帰還してから3日が過ぎた。

 

グレイレイヴン小隊は現在、1週間の待機命令が出されており、久しぶりの連休となった。

 

○○は部屋の掃除をしたり、お見舞いに来た友人と話しり、居住区内を散歩してみたりと忙しなくない時間を満喫していた。

 

しかし何処か落ち着かないのは、最近はずっと一緒だったセレーナが側に居ないからだろう。

 

セレーナは今、考古学小隊と共に、地上(ちきゅう)だ。

 

カフェの椅子のもたれ、床に置いた鞄から手紙を取り出す。

 

既に何度も読んだ奇麗な文面。○○は再び目を通した。

 

 

親愛なる○○

 

あなたがこの手紙を読む頃には、私は地上に居ます

 

考古学小隊の遺産調査任務ですので、どうか心配なさらないでください

 

本当はあなたの任務が終わる頃に美術展へ招待し、食事でもと思っていましたが、残念です

 

美術展へのチケットを二枚同封しています。宜しければ他の方を誘って行ってみて下さい

 

ただ――なんでもありません

 

 

彼女らしくない、塗りつぶされた嫉妬心(もじ)に気恥ずかしくなってしまう。

――できれば異性は誘わないでください。

 

修正で消し切れていなかった部分を解読し、現れた彼女の想いに胸が高鳴る。

元より○○はこのチケットを使うつもりがなかった。

 

○○は美術品に対する知識が疎く、昔通っていたのだってセレーナという名前を知らずにアイリスというペンネームの彼女を探していたからに過ぎない。

 

探し人は既に見つかり、セレーナも居ない今、一人で行く理由もない。

 

チケットはルシアやリーフにでも譲ろうか?

 

思考を巡らすながら○○は続きを読む。

 

 

○○……私は最近、あなたが何かに悩んでいる事を知っています

 

それがおそらく、私に関係している事も

 

スターオブライフで定期検査をしている最中、偶然あなたが負傷した事を知りました

怪我は大丈夫なのでしょうか?頭では命に別状はないと理解していますが、今もあなたの身に不測の事態があるのではと怖くてたまりません

 

もし私への悩みが原因なのでしたら、私に話してください

 

こればかりは断る事を許しません

 

私を心配させたあなたが悪いのですから

 

空中庭園に戻り次第、あなたを訪ねます

 

あなたのアイリス

 

 

……セレーナ。

 

心の中で彼女の名前を呼ぶ。

 

一輪のアヤメを持った彼女が瞼の裏で微笑んだ。

 

会いたい。

 

危険な目にあっていないだろうか?

 

また無茶はしてないだろうか?

 

寂しい

 

彼女の笑顔がみたい

 

複雑な感情が○○の思考を掻き乱していく。

 

「僕に2週間……いえ1週間、時間をくれませんか?あなたの問題を解決できるかもしれません」

 

ふと、リーの言葉が浮かんだ。

 

解決?本当に可能なのだろうか?

 

○○は既にセレーナに対して一線を超えた感情を抱いている。

 

とても美しくて危険な、軍人にとっては命取りになる感情を。

 

解決策はひとつ。

 

彼女と一度距離を置き、昔の文通をしていた頃のアイリスと○○に戻るよう勤める事だ……が、無理だ。

 

彼女は聡明で、しかも○○の事を常に見ている。

 

些細な行動の変化や感情さえも読み取り、寂しそうな笑みを浮かべながら、きっと○○が距離を置く事を黙認してくれるだろう。

 

……冗談じゃない。

 

今更彼女を振り払い冷たく接するくらいなら、生還出来ぬ任務でも執行し世界に貢献して果てるほうがマシだ。

 

リーには悪いが、とても彼に打開出来る話だとは思えない。

 

だが、リーは時間をくれと言った。

 

彼は○○にとって頼りになる戦友で、数々の死戦を潜り抜けてきた大切な仲間だ。

 

その彼が待てと言うのであれば、自分は信じて待つ。

 

だが、それでも。

 

彼女との関係については、自分自身で落とし所を決めなければならない。

これはあくまで、○○とセレーナ二人の問題なのだから。

 

 

 

2日後の早朝、来客を告げるチャイムに起こされ、○○は寝ぼけ眼のまま扉を開けた。

 

「やっと――会えました○○」

 

長い黒髪を揺らし、上品に微笑むセレーナがいた。

 

「セレーナ……」

 

「あ、えっと……ごめんなさい、急いで来たので、○○の予定を伺ってから、一度家に戻ろうかと」

 

「予定はないよ、大丈夫。あっても可能な限り空ける」

 

「もう……」

 

恥じらうセレーナは本当に帰ってそのまま来たのだろう。

 

舞踏会のドレスのように美しい彼女の装いはあちこちが土汚れでコーティングされ、輸送機が着いてすぐここまで走ってきたのか髪が少し乱れていた。

 

「セレーナ……おかえり」

 

気がつくと彼女を抱きしめていた。

 

「た、ただいま……もどりました、コンダクター」

 

恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに顔を綻ばせるセレーナ。

 

「○○。左手は大丈夫なのですか?」

 

「うん、治療も終わってるし生活上特に困った事はないよ」

 

「なら良かったです。あなたが怪我をした事についてはまったく良くありませんが」

 

苦笑いする○○に膨れるセレーナ。

 

可愛らしく膨れる頬を触ろうとすると、首筋に擽ったい不思議な感覚があった。

 

反射的に飛び退くと、珍しく舌なめずりをして悪戯っぽい笑みを浮かべたセレーナが更に追撃してきた。

 

逃げる○○をひたすらに追いかけて壁際に追い詰めるセレーナ。

 

「逃げないでください……コンダクター」

 

耳元で睦言のように艶やかな声音が流れた。

 

そして二人は自然と流れのままに関係を深める事を選んだ。

 

繋がる唇に、永遠とも刹那にも感じられるその瞬間。何度も何度も唇がお互いを求めて、繋がっていく。

 

「初めてのキスはとても気持ち良いものだと聞きましたが、気持ち良いというよりその……」

 

「うん。歯止めが効かなくなりそうだ」

 

セレーナの嬉し涙を手で拭い、抱きしめる。

 

コアと心臓の音が自然とリンクしていた。

 

「私達の鼓動がまるで協奏曲(コンチェルト)のようです」

 

幸せそうに抱かれたまま呟くセレーナ。

 

しかし二人は開いたままの玄関先に人の気配を感じて固まった。

 

「あ、あの、早朝ですからもう少し静かにお願い出来ませんか?」

 

恥ずかしそうに言う隣人に二人は心から謝罪した。

 

 

女指揮官が去った後、○○は改めてセレーナを部屋に招き、構造体の洗浄用設備を準備し始めた。

 

「ありがとう。設備をお借りします」

 

「大丈夫」

 

余韻で赤みが消えない顔を隠しながらそそくさと別室のカプセルの中に入ったセレーナを見送り、端末で簡易的な機体のステータスチェックを行う。

 

機体に損傷及び摩耗は無し。セレーナの言う通り、特に戦闘行為はなかったようだ。

 

しかし、最後にスリープモードへ以降した履歴が5日前となっている。

つまり、任務中は一切、休息行動をしていないという事だ。

 

確かに彼女は構造体であり、一般的な肉体労働程度なら五日と言わず1ヶ月は活動していられるだろう。

 

だが、地上は今やあちこちがパニシングに汚染されており、治安も悪化している。いつ何時襲撃されるかわからない。

 

状況が長引けば、何ヶ月と警戒体制を維持しなければならない事がザラにある。

だからこそ休憩は取れる時に取らなければいけないのだが……。

 

そこまで考えて○○は一人笑った。

 

理屈ばかり考えたが、結局はセレーナに無理をして欲しくないだけだった。

 

不眠不休で動き続けた彼女をどう労わるべきか悩みどころだ。

 

「さてと」

 

○○もシャワーへ入るべくベッドから起き上がった。

 

 

 

「……なるほど。状況は理解した」

 

議長室のソファーに座るハセンはセリカに端末を返すとリーを見て顎を触った。

「つまり君が兼ねてより提案していた『グレイレイヴン指揮官の護衛任務』に考古学小隊のセレーナを推薦する……と、そう言う事かね?」

 

「はい。今まで適任者が居ませんでしたが、彼女なら、○○のプライベート下であっても問題無く任務を遂行する事が出来ます……ですが」

 

レイヴン隊からすれば指揮官の安全に気を配らずとも良いため動き易くなるが、空中庭園からすればこれは、明らかな特別扱いだ。

 

一指揮官に四六時中構造体の護衛が付く等、前例がない。

 

つまりは軍部に多少なりとも軋轢を生む引き金とも成りかねない。

 

提案したのはリーだが、正直なところ通るとは思っていない。

 

次点でリーはセレーナのグレイレイヴンへの移籍を提案する……筈だったのだが。

 

「セリカ、芸術協会のアレンへ本件を伝えてくれ。1100に議長室を尋ねて欲しい。本任務に対する意見を聞きたい」

 

「了解しました」

 

一礼して議長室から出ていくセリカに、リーは信じられないといった顔で見送った。お役所仕事特有の牛の歩みも覚悟していたからだ。

 

「君の提案以前から私も同じ事を考えて準備は進めていた。○○は今や唯の一指揮官ではない。彼とグレイレイヴンは今や大戦の英雄であり、希望の象徴。グレートエスケープによって信頼を失った空中庭園と地上の民衆を結ぶ架け橋だ。当然、特別扱いもする」

 

「……ありがとうございます」

 

「だが……ひとつだけ問題がある」

 

「と言いますと?」

 

「セレーナの実績では、彼の護衛として抜擢されるには弱いんだ。これがケロベロス隊隊長のヴィラやストライクホーク隊隊長のクロムならば問題ないのだろうが」

 

「クロムは既に隊員の世話で手一杯ですし、ヴィラに至ってはまともに護衛をするとは思えませんね」

 

『時の牢獄』事件が表の歴史に出せない今、セレーナの功績はあくまで、かつて考古学隊で働いていた時のものになるが、それだと空中庭園が誇る英雄部隊の指揮官護衛という大任を任されるには、あまりに不釣り合いだ。

 

それでは余計な勘繰りを誘発しかねない。

 

「セレーナを彼の護衛とするなら、彼女には実績を作って貰う必要がある。誰も文句のつけようが無い程の、な」

 

笑みを浮かべたハセンは席を立つ。

 

「○○を除くレイヴン隊に召集をかけてくれ。君達全員の意見も聞きたい」

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