アイリスの唄   作:NONE(ノー・ネーム)

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3話

ハセンがセレーナ本人と会ったのは『時の牢獄』事件後の事だった。

 

彼女を議長室へ呼び出し、改めて当人から報告書に載っていない本人の心情や行動について仔細に聞き終えると、締めくくりにある気掛かりを尋ねた。

 

ーー何故、自身の存在を歴史から抹消してまで戦う決意を出来たのか?と

 

口にするのは簡単だが、それは死よりも恐ろしくて残酷な事だ。

 

誕生から今に至るまでの足跡は全て消え、誰の記憶からもセレーナという存在は最初から存在しないものとして忘れ去られてしまう。

 

このような結果を受け入れてまで戦った彼女の動機を、ハセンは知りたかったのだ。

 

これまで淡々と百点満点の回答を繰り返すだけだったセレーナの瞳に、微かな炎が灯った。

 

ーー私はただ、大切な人を守りたかっただけです

 

先程までとは違う人間らしい感情の乗った言葉だった。

 

芸術家という人種は、ひとつの事に対して情熱的だと言われている。

 

情熱こそが作品を作り、より良い物を仕上げようとする信念へと昇華するからだ。

 

人間であった彼女もまた素晴らしい芸術家であったが、構造体となった今でも、彼女は芸術家なのだろう。

 

ただ、ひとつの存在が全てあり、他には一才の熱がない。

 

だからこそ、必要とあらば自らの命さえも炎にくべてしまえるのだろう。

 

ーー危険だ。

 

退室したセレーナを見届けながら、ハセンはもう彼女が各隊ではやっていけないだろうと結論を出した。

 

彼女は〇〇に危険が迫れば、例え任務を放棄してでも救援に向かうだろう。

 

任務を何時放棄するかわからない構造体等、部隊にとっては不穏分子でしかない。

 

だが……逆を言えば、だ。

 

彼女の情熱が遺憾無く発揮出来る舞台であるならば、彼女は既存の構造体を遥かに凌駕する力を奮ってくれるのではないだろうか?今回の事件のように。

 

グレイレイヴン指揮官〇〇。

 

今や空中庭園における最も重要な要である存在。

 

〇〇が死んでしまえば民衆は希望を失い、今度こそ空中庭園を見限るだろう。

 

そうなればおそらくグレートエスケープの時以上の溝が出来上がるかもしれない。

 

人類を救済しようとしながらも、民衆から存在を望まれない組織。

 

空中庭園の部隊達もまた意思を持っている以上、唾を吐き続ける地上の民衆を守ろうとはしない。いつか必ず衝突が起き、確実に敵対し合う事になるだろう。

 

そんな未来を作る訳にはいかない。

 

かといって〇〇を安全な場所に置いておく訳にも行かない。

 

活躍しない英雄の威光はいつまでも続かない。

 

動かない〇〇に、〇〇の部隊を動かさない空中庭園とあれば、瞬く間に失望される事だろう。

 

つまりーー〇〇は常に戦場に赴き、そして生き残って貰う必要がある。

常に、だ。

 

勝利も敗北もあれど、〇〇の死だけは、あってはならない。

 

そして思考の末……新たな答えが天啓のように舞い降りた。

 

グレイレイヴンの指揮下には入らない〇〇の安全にのみを任とする構造体。

 

そう、セレーナの存在だ。

 

しかし『時の牢獄』事件を公に出来ない以上、彼女の経歴は些か以上に力不足といえた。

 

あのグレイレイヴン指揮官の護衛という大任を担う以上、最低でもケルベロス隊長やストライクホークの隊長クラスの経歴が無ければ周囲が納得しない事だろう。

 

ーーだから。彼女には全員の前で力を示して貰うとしよう。

 

代行者級の敵と幾度も戦い勝利し、あの世界に渡ってからは補給も整備も無く戦い抜いた構造体。

 

授格者セレーナ。

 

彼女の力は、もしかすると、空中庭園の最高戦力たるレイヴン隊さえも凌駕し得るかもしれない。

 

 

 

「待ってください!危険過ぎます!」

 

会議は順調に話は進み、任務発令がほぼ決定した頃、ルシアは声を上げる事になった。

 

実績の無いセレーナを指揮官の護衛任務につかせる為に行われる公開演習。

 

それはーー空中庭園の手空き部隊全てで指揮官を襲撃、拘束するというものだ。

間の悪い事にケルベロスやストライクホークという精鋭部隊まで参加予定。

 

更にはグレイレイヴンさえも、指揮官襲撃に加担する事になるのだ。

 

「私も同意見です。既に演習内容として十分な筈。非殺傷武器でも実績は認められると思います」

 

「ほんとレイヴン隊は甘ちゃんばかりね」

 

真紅の髪をかき上げながら呆れたように話す。

 

「護衛としての能力を測るんだから、演習の感覚で実施されたら意味ないでしょ?当たっても死なないなんて、ぬる過ぎると思わない?それにーー」

 

「何が言いたいんですか?ヴィラ」

 

含み笑いをするヴィラに苛立ちを隠さず尋ねるリー。

 

「あの女は見た目人畜無害な子犬のようだけど、本性は狂犬よ?優等生みたいに完璧に仕事をこなして、一般的な道徳観念こそ持ち合わせてるから周囲に溶け込めているだけ。けど、貴方達の指揮官が絡むと話が変わるわ。敵を全て殺し、仲間だろうと必要とあれば見殺しに出来る……素敵な狂犬よ、ねえグレイレイヴン、指揮官共々ウチに引き渡さない?」

 

「ハッ、お断りですねヴィラ。あなたの部隊に指揮官は適していません。『時の牢獄』事件の記録を見る限り、ジョナサンという男性を積極的に護衛していました。貴女が言うような狂気的側面等見当たりませんが?妄言は意識界の中でだけお願いします」

 

「馬鹿ね、そんなのアレが死ねば歴史が狂って元の世界線に合流するからに決まってるでしょ?彼女が本来守っていた護衛対象の事をもう忘れたのかしら?レイヴン隊の頭脳とやらも大したアタマだこと」

 

「こいつ……」

 

「リー!落ち着いて下さい。私達は彼女と喧嘩しに来た訳ではありません。ヴィラ、貴女も必要以上に敵意を煽る言い方は止めてください。指揮官は私達グレイレイヴンの指揮官です。今までも、これからも」

 

ルシアの言葉に肩をすくめるヴィラ。

 

沈黙の中、咳払いして金髪の青年が口を開いた。

 

ストライクホークの隊長、クロムだ。

 

「ルシア、君の心配もわかります。彼は生身の人間だ。私達構造体と違い、ひとつの怪我が命取りに成りかねない」

 

「はい」

 

「ですがヴィラの言う事にも一理あるのも事実。セレーナさんの護衛遂行能力を確認するのならば、彼女が最大限危機感をもてる環境で無ければ意味がありません」

 

「それはそう……なのですが」

 

「気休めかもしれませんが、〇〇は優秀です。指揮官としても、1人の戦士としても。彼ならば、私達構造体が総出で戦っても早々に遅れを取る事はない筈です。私もレイヴン隊の皆さん程ではありませんが、彼と何度も戦地を潜り抜けてきました。大丈夫、彼の強さは私が保証します」

 

「クロム……ありがとうございます」

 

「ただ、殺傷武器で危険なのはこちらも同じ事。〇〇に並の構造体をぶつけてしまうと返り討ちにあった者が死傷しかねない。彼は聡明ですからセレーナさんにある程度の情報を共有してしまえば、情報から自然とこちらの意図に気づくでしょう。ですから最初の襲撃時のみ、私達ストライクホークが担当する、というのはいかがでしょうか?そして私達が輸送機まで誘導し、演習会場を地上に移します」

 

「確かに君達ならば〇〇が抵抗してもお互いに被害無く制圧出来るだろう。わかった。では最初の襲撃をストライクホーク隊が、襲撃地から離脱後の追撃はケルベロス隊とグレイレイヴンに任せよう。その後地上での動きは各隊に委任するとしよう君達以外三部隊が地上で合流する。指揮はルシア、君に任せる」

 

「……了解しました、ハセン議長」

 

「では作戦は0000からとする。各自準備を初めてくれ」

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